<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


一つの未知


 エルバード・ウィッシュテンと流雨(るう)の目の前には、どこかで見たことのある、だが知らない町並みが広がっていた。
「ここ、何処でしょうか?エルさん」
 ぽつり、と呆然としたまま流雨は呟くように尋ねた。
「そりゃ、あれが起動したんなら一つの答えしか出ないよな?嬢ちゃん」
 ほう、と興味深そうに辺りを見回しながら、エルバードは答える。
「本当に、発動してしまったんでしょうか?」
「今こうしてここにいることが、何よりの証拠じゃないのか?」
「それはそうかもしれませんけど」
 流雨はそう言い、言葉を濁す。見たことのあるような、だが見たことのない町並み。今までいた場所とは明らかに違うが、過ごしてきた町並みとは良く似通っている。少しだけ、修正を加えられたという程度のようにも見える。
「やはりここは……未来なのですね」
「たぶん、ね」
 二人は、大人しく現実を認めることに決めた。どう足掻いても、拒んだとしても、ここが今さっきまで自分たちがいた世界とは少しだけ異なっているという事実は変えようもないのだから。
 事の発端は、とある大図書館だった。
「嬢ちゃん、これすごくないか?」
 そう言ってエルバードが差し出したのは、古書の魔術書だった。ぱらぱらと見ただけでも、大分昔に作られたらしい秘術がたくさん載っている。
「確かにすごいですけど……何処で見つけたんですか?」
「あそこ」
 流雨に聞かれて、エルバードは図書館内の一箇所を指差す。そこは、本棚からして古くなっている、片隅にひっそりと佇んでいるところであった。
「他にもたくさん、こういう本がいっぱいあったんだ。だけど、これが一番すごそうだったから」
 エルバードは、本を流雨に手渡す。流雨は「ありがとうございます」といいながら、それを受け取った。
「良く見つけましたね、これ」
 流雨はそういって、ぱらぱらとページをめくっていく。エルバードもそれを覗き込みながら見ていたが、とあるページで「あ」と声を出す。
「どうしたんですか?」
「これ、やってみたくないか?」
 そこのページに出ていたのは、未来へ移動する魔術だった。
「未来、ですか」
「そうそう。ほら、ちゃんと現代に戻る条件も書いてあるし」
 エルバードはそう言って「未来の自分に逢えば、現代に戻れる」という箇所を指差した。確かに、現代に戻る方法をきちんと分かっていれば、未来に行くという不安は多少解消される。
 未来に行ってみるという興味は、全くない訳ではないのだから。
「やってみないか?嬢ちゃん」
 再び、エルバードが尋ねる。まだ迷っている流雨に、更にエルバードが追い討ちをかける。
「未来の自分を、見てみたくないか?」
「それは……見てみたいですけど」
 流雨が言うと、エルバードはにこっと笑って「決まりだ」と言い放つ。
 かくして、古書の魔術は起動されてしまったのであった。


 あたりをきょろきょろと見回しながら、エルバードと流雨は歩いていた。
「とりあえずは、未来の自分を探さないとな」
 エルバードはそう言い、興味深そうにあたりを見回す。それを見て、流雨が「エルさん」と声をかける。
「あんまりきょろきょろしていたら、不審者と間違われるかもしれませんよ」
「だって、結構変わっているもんだから。ほら、あそこの店なんてもっと小さかったのに」
 エルバードは一つの店を指差しながらそう言った。そこにあったのは、大きなケーキ屋だった。以前は、もっと小さな店だった。店主が一人で一日に売り出すケーキを作っているという、こぢんまりとしつつも人気のあった店でもある。
「確かに、あそこのケーキは美味しかったからなぁ」
「感心してないで、もっとちゃんと探さないと……」
 流雨がエルバードをたしなめようとしたその瞬間、カーン、という教会の鐘の音が響いてきた。
「教会?」
 流雨は思わず教会のある方向を見る。鐘の音が響いてきた方向を考えると、もともとあった教会の位置は変わってはいないようだ。
「行ってみる?」
 そういって尋ねてきたエルバードに、流雨はこくりと頷いた。教会で鐘が鳴るということは、結婚式があるという知らせだ。人が集う場所ならば、未来の自分もいるのかもしれない。
 二人は顔を見合わせて頷きあい、教会へと進んでいく。
 教会では、ちょうど花嫁が花婿とともに登場する時であった。手にブーケを持ち、幸せそうに微笑んでいる。
「ちょ、ちょっとエルさん」
 流雨は慌ててエルバードをたしなめる。エルバードが、近くにあったテーブルの下にもぐりこんでいたからである。
「嬢ちゃん、よく見てみろよ。あの夫婦、妙に見覚えがないか?」
「え?」
 エルバードに言われ、流雨は結婚式を終えた二人を見つめる。そうして、慌ててエルバードに続いてテーブルの下へと潜り込んだ。
 出てきた新郎新婦は、知人だったからである。
「……にしても、遅いな。エルと流雨」
 テーブルの下に潜り込んだ途端、自分たちの名前が出てきた。二人は顔を見合わせ、耳を済ませる。
「迷うことはないでしょうけど……まあそのうち来るわよ」
「二人一緒に来るから、遅れてるのかもしれないな」
 はっはっは、と笑いあう人々とは裏腹に、エルと流雨は顔をじっと見合わせている。
「何で一緒に来るんですかね?」
「そりゃ、仲がいいからだよ。今みたいに」
 エルバードはそういってにっこりと笑う。流雨はほんのりと頬を赤らめて「もう」と言う。が、次の瞬間、流雨の動きが固まってしまった。
「何しろ、一緒に暮らしてるんですものねぇ」
「う、嘘ですよね?」
 その言葉を聞いた途端、二人は大きく目を見開きながら顔を見合わせた。そうしてしばらくすると、慌てふためく流雨とは対照的に、エルバードはぽん、と手を打ってからにやりと笑う。
「なるほど。二人暮らしということは……」
 そっと囁くように言うエルバードに、流雨は「エルさんっ!」と言って思わず召還をしてしまう。
 よりにもよって、火蜥蜴を。
 ぼっという音とともに、エルバードは一瞬火に包まれる。となれば、当然二人が隠れているテーブルも火に包まれてしまう。
「なんだ?」
「火事か?」
「小火か?」
「自然発火か?」
 結婚式場が、一気にざわざわし始める。無理もない、突如テーブルの下から火が出てきたのだから。
 流雨は慌てて火蜥蜴を戻し、エルバードの手を引っ張る。
「嬢ちゃん?」
「早く行きましょう!これ以上ここにいたら、大騒ぎになっちゃいますよ」
 エルバードは「了解」といい、流雨の手に身を任せる。
 そうして慌ててその場から逃げ去る瞬間、二人の男女とすれ違ったのだが、流雨とエルバードが気づかなかった。
 それよりも、今は逃げることが大事だったから。
 しばらく走っていき、教会が見えなくなったところでようやく二人は落ち着いた。
「こ、ここまで来れば大丈夫ですよね」
 流雨は全身で息をしながらそう言い、エルバードもそれに同意した。そうしてあたりを見回し、今時分たちがいる場所が公園であることを確認する。近くには、ベンチもある。
「嬢ちゃん、ともかくちょっと休まないか?」
「は、はい」
 二人はベンチに座り、大きく息を吐き出した。
「にしても、びっくりしたぜ。まさか、火蜥蜴を出すとは思わなかったし」
 くすくすと笑いながらエルバードが言うと、流雨は顔を真っ赤にして「だって」と反論する。
「いきなり、エルさんが変なことを言うから」
「変なこと?」
 意地悪っぽく笑いながらエルバードが尋ねる。流雨は顔を赤らめたまま「もういいです」とため息をついた。すると、すっとエルバードと流雨の間にジュースの入った紙コップが差し出された。
「ジュースでも飲む?」
 二人が後ろを振り返ると、そこにはくすくすと笑いながらジュースを差し出す女性がいた。桜色をしたショートの髪に、漆黒の瞳。膝丈のタイトスカートとはきはきした話し方が、彼女が活発で知的な雰囲気を持っていることを暗に物語っていた。
「そうそう、まずは一息ついたほうが良いぜ?」
 その隣にいた男性がそういって微笑んだ。黒い長髪に、落ち着いた物腰。さりげなく寄り添っている二人は、見ていて全く不快感を催さない。
 むしろ、落ち着く空気を持っている。
「まさか……」
 流雨が呆然としたまま目の前の二人を見る。
「いや、そのまさかだよな?」
 エルバードも呆然としながら目の前の二人を見た。
 目の前の男女は顔を見合わせ、にっこりと笑いながら「こんにちは、過去の私たち」と答える。
「さっき、結婚式会場にいたでしょう?慌てて追いかけてきたんです」
 未来の流雨はそういって、未来のエルバードと目配せする。未来のエルバードは頷き、現在のエルバードに笑いかける。
「未来はどうだ?」
「不思議な感じだな。でも、違和感はないな」
 現在のエルバードの答えに、未来のエルバードはそっと笑った。
「あまり慌てて火蜥蜴を出したら駄目ですよ。余計に目立っちゃいます」
「本当ですね。以後、気をつけます」
 未来の流雨のアドバイスに、現在の流雨はそっと笑う。そうして、互いに顔を見合わせて笑いあう。
 四人でくすくすと笑いあい、暖かな時間を共有する。不安も、戸惑いも、全てがその空気に溶けていくようだった。
 ゆるやかに、溶けていく……。


 気づけば、エルバードと流雨は図書館にいた。目の前には、あの古書。
「夢じゃないですよね?」
 流雨がぽつりと呟くように尋ねた。エルバードはこっくりと頷き「もちろん」と答える。
「あれが、私たちの未来……本当に、一緒に暮らしていたなんて」
「何なら、もう一度行って確かめればいいさ」
 エルバードは悪戯っぽく笑いながらそう言い、本を戻しに行こうとする。そして、ふと気づく。
「嬢ちゃん。……今のは、確定した未来じゃないぜ?」
「え?」
「あくまでも、一つの可能性だってさ」
 流雨はそれを聞き、ちょっとだけほっとしたような表情を見せた。エルバードと一緒に暮らしているのが、一つの可能性でしかないと知ったからだ。
 それを見てエルバードは少しだけ残念そうに笑み、かたん、という音をさせてから本を本棚に戻した。
 あくまで一つの可能性。たくさんの分岐の中の、一つ。
「それでも、可能性はない訳じゃないって事だな」
 エルバードはそっと呟き、流雨の方を振り返って微笑んだ。流雨はその目線に気づき、ちょっとだけ笑んで返した。
 ランダムで選んだ一本の道を、思い起こさせるかのように。

<一つの未来を知って共有し合い・了>