<PCクエストノベル(5人)>


天に響く歌声〜クレモナーラ村〜

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【 冒険者一覧 】
【 整理番号 / 名前 / クラス 】

【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り 】
【 2079 / サモン・シュヴァルツ / ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【 2081 / ゼン / ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【 2082 / シキョウ/ ヴァンサー候補生(正式に非ず)】
【 2083 / ユンナ / ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】


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●歌姫への招待状
 思えば春にあの村に行くのは初めてだろうか?
 ふと招待状を手の中で弄びながら、ユンナは思った。
 秋の音楽祭にはなんどか足を運んでいる。だが、春は〜と思うと少し印象が薄い。
 違っていたとしても、まあいい。
 折角の招待状、折角の春の祭りなのだから。
 だが、祭りと言うものは一人で行っても面白くもなんともない。

ユンナ:「よし! き〜めた♪」

 彼女は勢い良くその建物の扉を蹴り開けた。そこが病院と呼ばれる所かもしれないとは、一欠片も考えず。

ユンナ:「サモン、シキョウ。おでかけしましょ?」

 中に居た少女達の手を引っ張った。

シキョウ:「な〜に? おでかけ〜?」
サモン:「僕は‥‥いい。別に興味‥‥ない‥‥から」
ユンナ:「ダメダメ。どうせひましてるんでしょ? 今回は出血特別大サ〜ビスで、私が奢ってあ・げ・る・から? さあ、いくわよ〜」

 右手にシキョウの左腕、左手にサモンの右腕をしっかりと掴んだまま歩き去るユンナを止める者は、もとい、止められる者は誰一人としていなかった。


 ちなみにこちらはユンナが蹴破った病院の院長。

オーマ:「誰だ? 扉壊しやがったやつは!」

 目撃者Aさんは語る。

A「はい、彼は最初はとてつもなく、怒っていました。次に顔色を変えていました。そして、イライラと落ち着かないように歩いた挙句‥‥」

オーマ「え〜い、こんなとこでイライラしててもしょうがねえ! そもそも悩むなんざ俺の性にはあわねぇんだ! 行くぞ! ゼン!」
ゼン「はあ? なんだよ、急に。 こら! バカヤロウ! 放しやがれ!」

A「その場に居合わせたゼンさんの抵抗なんてほんの僅かも気にも留めず、強制収用して、行ってしまわれました」

 ちなみに、彼らが、彼女達がどこに行ったか知っていたかどうかは定かでは無い
 この時点でそれを知っていたのはユンナだけだったのであるが‥‥。


シキョウ:「ねえ、ホントにどこいくの〜?」
サモン:「もう、逃げないから放して‥‥。あ、それは僕も知りたい」

 パッと手を離し、ユンナは二人をじっと見つめた。

ユンナ:「あれ、言わなかったっけ? クレモナーラ村よ。春の音楽祭があるんだって。お仕事もあるんだけど、折角だからいっぱい遊びましょ!」
シキョウ:「わ〜い! おまつり、おまつり。おごり、おごり!」
ユンナ:「こらこら、あんまりはしゃぎすぎて迷子になっちゃだめよ」

 能天気に喜ぶシキョウ程、軽い気持ちにはなれないがお祭り、の言葉にほんの少し心温め、ほんの少し、笑顔を浮かべ、約束どおりサモンは二人の後を追いかけていった。
 街道には優しい色合いの春の花があちらこちらに咲き始めている。
 楽しい祭りになるかもしれない。
 らしくもないと思いながらも少女達の心は春風に踊る花のように弾んでいた。

●春色の少女達
シキョウ「うわ〜、きっれ〜♪」
サモン「‥‥(無言で小さく首を縦に)」

 ピンク、黄色、赤、白。クレモナーラの街は眩しいまでの色と花とで溢れていた。
 呆然と見つめる二人を保護者のようにユンナはうんうん、と見つめる。

ユンナ「うん、春よね〜。さあさあ、こっち来て、来て」
シキョウ「? どこにいくの?」
ユンナ「どこって、まずは洋服屋さんかな? 明日の衣装と、飾りも欲しいし。二人にも約束だからドレス。奢ってあげる。明日着ていくドレス欲しいでしょ?」
シキョウ「ほしい!」
サモン「僕は‥‥いいよ」

 遠慮がちに俯くサモンにダメダメとユンナは指を振る。手を引く。

ユンナ「せっかく春なんだし、お祭りなんだし、思いっきり楽しまなきゃ。ほら、見て、春の新作コスメや春色のファッションの出張販売やってるわよ。サモンには何色が似合うかしら」
シキョウ「ピンク! みずいろもにあうとおもう! きいろもきれいだよ!」
サモン「あ、待って‥‥」

 やけに盛り上がっている二人に半ば強引にショッピングに連れまわされるサモン。
 春の色に輝くドレスや衣装を身体に当てられ、花の香りや色の化粧品に目を瞬かせサモンはそれに付き合った。

ユンナ「この美しい私が舞台の上に立つのですもの。恥ずかしい格好など出来ないわ。‥‥この首飾り頂くわね」
シキョウ「うん、ユンナににあう! とってもきれい。サモンもにあうよ〜」
サモン「そう? ‥‥ありがと」

 付き合わされた、というのが正しいかもしれないがそうである、とは言わない。
 引っ張りまわされるその時間、共に過ごす時間は彼女にとってもとても楽しく、得がたいものであったが故に‥‥。

 さて、クレモナーラでも特別な、男子禁制のファッションエリア。
 そこを物影に隠れて見つめる影二つ。隠れるには大きすぎる身体をひょいと覗かせてオーマは遠くを見つめる。
 彼の視線の先には、薄紅色のドレスを身に纏った娘が一人。

オーマ「まったく、まだ子供のくせに洒落っ気を出しやがって! ユンナもユンナだ。サモンが変に色気づいて悪いムシでもついたらどう責任をとってくれるんだ?」
ゼン「あのなあ、そういうのを。馬とか鹿とかいうんだぜ。だいたい、なんで俺が‥‥うげっ!」

 突然呻き声を上げてゼンはしゃがみ込んだ。無理矢理引き込まれたが、我関せず。勝手にしやがれと向けていた背中に向けて、クリティカルヒットが打ち込まれた。

ゼン「なにしやがる! ‥‥ってアガッ!」

 再び攻撃HIT! 今度は三撃、上右左から逃げ場の無いアタック! 何度か左右の攻撃はかわしたものの上からの攻撃にゼンは再び頭を抱えた。
 それが、丁度こちらを向いた少女達の視線からゼンを隠す。

ユンナ「どうしたの? サモン」
サモン「‥‥いや‥、なんでもない。妙な殺気がしたと思ったけど、気のせいだと思うから‥‥」
ユンナ「そう? ならそろそろ宿に帰りましょう? この祭りの主催者の一人がエルファリアだから、参加招待者あつかいで、取ってもらったのよ。とってもいい宿だから」
シキョウ「わ〜い、おなかすいたあ〜!」

 両手一杯に荷物を抱え、楽しそうに帰路に着く少女達。祭り前夜の熱気が彼女達も浮かせているようだ。
 宿まで彼女達を邪魔しようとするものは誰もいなかった。逆に荷物運びを買って出る気合のある男性も、いなかった。
 実は手を差しのばしかけた者はいたのだが、背後から迫りよる二つの邪悪な影に倒され、飲み込まれたという。

ユンナ、サモ、シキョウ「「「ん?」」」

 だが、彼女達はそれ以上は気にせず宿に入る。
 クレモナーラ一と名高い宿が彼女達を従業員の笑顔と共に出迎えた。

オーマ「やれやれ、無事に宿に着いたか‥‥」
ゼン「おい! いい加減腹減った! もう大丈夫だろ? ならとっとと宿に戻って飯でも食おうぜ!」

 手を軽く払ってやる気無く言うゼンの言葉を、今度はオーマも却下しなかった。
 踵を返し、少女達の宿とはあまりにも違う安宿に足を向ける。
 ただ、一度だけ。

オーマ「‥‥‥‥」

 思いをそっと囁いて。彼女らに届いては居ないと解っていても‥‥。

●祭りの始まり‥‥現れた闇、現れた聖獣
 翌朝は、澄み渡るような快晴。
 春の祭りにはこれ以上無い天気となった。

ユンナ「う〜ん、いい天気ね。歌いがいがあるわ!」

 完璧な化粧と衣装を身に纏い、本日の主役の一人歌姫ユンナは身体を空に伸ばした。
 今日はクレモナーラ春の音楽祭のオープニング。招待歌姫の美声によって祭りは幕を開ける。
 クレモナーラ最大のイベントであるだけに、昨日までの前夜祭などとは比べ物にならない賑わいを見せている。
 広場はもう人でいっぱいだ。
 午後からは音楽コンクールもあるし、メインステージ以外でも小さなイベントは沢山行われるだろう。

ユンナ「あら? いつのまにあんなものが並んだのかしら。昨日までは無かったような気がするのに」

 舞台袖から、会場を覗き見てユンナは首を傾げた。
 サモンやシキョウは今頃、この会場の下のほうで舞台を見つめているだろう。
 二人を飲み込んでいるであろう広場の周りに、不思議なものが並んでいたことに、ユンナは今更ながらに気付いた。 
 守護聖獣達の石像が広場を取り巻くように並んでいるのだ。
 エンジェル、ガルーダ、パピヨン。ドラゴン、ナーガ、サラマンダー‥‥。
 どれも精巧で今にも動き出してもおかしくないほどの見事な出来だ。

ユンナ「凄いなあ。誰が作ったのかしら? そもそもあんなにいっぱい、何時の間に」

 ユンナの問いに係員は誰かからの寄贈品だったと思う、とだけ答えて首を捻った。
 どうやら係員達も解らないらしい。いや、忙しさに紛れて忘れているだけなのかもしれないが。

「とにかく、ユンナさん。もう直ぐ出番です。準備お願いします」

 そんな声に促され、ユンナは舞台に進み出た。満場のお客達の拍手と視線がたった一人に注がれる。
 クレモナーラの春の音楽祭。その幕が今、開こうとしていた。

ユンナ「♪長い〜眠りから目覚め、今、光が生まれる〜。目覚めよ。無垢なる光よ。暖かい春の風よ〜♪」

 朗らかで明るい調べに乗って、一片の汚れの無い澄み切った歌声が春の空に広がっていく。
 それは、長い冬の終わりを宣言し、春の到来を風に替わって知らせる天上の調べのごとき。
 人々はその祝福の歌声を、全身全霊で聞いていた。

シキョウ「うわ〜、きれ〜だね〜」
サモン「‥‥そうだね。本当に、すごい‥‥」

 二人の少女達は自分達の知り合いが、舞台の上に立つ姿を見てため息をついていた。
 良く見知った人物がまるで、女神か精霊の如く見える。
 彼女の歌声は、心を前に引っ張るのだ。光の中へと。
 きっと自分だけではなく、彼女の歌声を聞いた人全てがそうなるのだろう。
 人々のユンナを見つめる笑顔が物語っている。
 サモンはそれ‥‥舞台の上の歌姫と、彼女の歌声に耳を傾ける、人々の笑顔‥‥を見ながら不思議な思いを抱いていた。

サモン「凄く嬉しい。でも‥‥少し、寂しい‥‥? 何でだろう?」

 小さな呟き、僅かのセンチメンタル。
 だがそれは‥‥

サモン「あれ? 不思議な歌声 ‥‥‥‥‥‥!」
 
 次の瞬間一瞬でサモンの中から消え去った。身構え、周囲を見つめる。
 ほんの今まで幸せで楽しい、人々の笑顔に包まれた祭りが行われていたのに、今、この地、この街は死都となりかけている。

サモン「一体、どうしたって‥‥! おい!」

 サモンは驚いて言葉無く、唾を飲み込んだ。
 隣で立っていた婦人も、斜め前で踊り出してた女の子も、次々にばたり、ばたりと倒れていく。
 まともに立っている者など、もう数えるほど。

オーマ「サモン! 大丈夫か!」

 ふと、その中で数えるほどの中の一人、まともに立っていた人物の二人が倒れた人々を器用に避けながらサモンの方へと走ってきた。

サモン「! どうして、‥‥ここに!」

 瞬きして娘は問う。目の前の人物の一人は一応続柄は父親、だ。
 だが、ここに来る事を話した覚えも無ければ知らせた覚えも無い。それなのに‥‥何故?

オーマ「‥‥ん、んなこと、どうでもいいだろう? 一体何があったんだ? ユンナの歌が始まったと思ったら、急に石像が具現化し始まったんだぜ!」
ゼン「おい、ユンナも苦しんでるし、この腐食の力、このまま放っておいたら、人間なんざ、ひとたまりも‥‥?」
サモン「ユンナ! 大丈夫」

 ステージからユンナを抱き上げて、ゼンが飛び降りる。地面に寝かされたユンナにサモンは駆け寄った。
 だがユンナは

ユンナ「‥‥う、う‥‥うん、‥‥歌が‥‥‥‥あれは、‥‥一体‥‥」

 苦しそうに呻くのみ。

サモン「しっかり、しっかりして!」

 ユンナの身体を心配そうに揺する娘を手で制して、オーマは、キッと前を向いた。

オーマ「サモン! ゼン! とにかく今は、あの石像をぶっ壊すのが先だ。どっから、どー見てもあれが原因としか考えられねえからな! 手伝え!」
サモン「‥‥う、うん。解った‥‥」
 
 ふわり、自分の肩にかけていたショールをユンナにかけてサモンは石像を見た。微かに脳裏をさっき聞こえた歌声が過ぎるが、ユンナの為にも躊躇うことは出来ない。
 今、正に踏み込もうとした、その時。

ゼン「待て! おっさん! サモン。待つんだ!」
 
 二人の前にゼンが立ちはだかった。
 
オーマ「何してやがる! とっとと具現封印しねえとどうなるか!」
ゼン「シキョウの奴が! 今、あの石像の中に吸い込まれたんだ!」
サモン、オーマ「「なに!」」

 ゼンが指差す先にはエンジェルの石像がある。
 いや、その石像はもはや石像には見えない。頬に肌色が差し、羽根も純白にはためく。
 今にも飛んでいきそうなほど神々しい、それは命あるものに見えた。
 そして、エンジェルを守るように、他の石像たちも動き‥‥36聖獣と呼ばれる者達が広場を、いや正確にはオーマ、ゼン、サモンの三人を取り巻いた。    
 彼らが本当の力を発揮すれば破壊も封印も容易いかもしれない。
 だが、それは周囲の被害とシキョウを無視すること。
 
オーマ「くそっ!」

 だから、彼らは今、何もすることが出来なかった。
 目を閉じた白いエンジェル像がその瞳を開くまで‥‥。

●聖なる願い
シキョウ「あれ? ここどこかなあ〜」

 突然変わった光景にシキョウはキョロキョロと首を振った。
 薄暗闇の中。ぽわっと白い光が浮かぶ。

?「ここは、貴方が来るべきではない世界です」

シキョウ「はにゃ?」
 
 瞬きする間に白い光は不思議な人型に変わる。
 見たことの無い、眩しい存在。顔も良く見えない。
 なのに、良く見知った誰かに似ているように思えてさらにシキョウは首を傾げた。

シキョウ「きちゃいけないなら、なんで、ここにきたの?」

 素朴な疑問に光は優しく微笑んだ。

?「貴方にお願いがあるからです‥‥。歌を歌って頂きたいのです。皆を静める為の歌を、貴方に‥‥」

シキョウ「うた? どうして?」
?「ごらんなさい」

 光の存在の後ろに不思議な影が浮かんだ。シキョウがその影の中を覗き込む。
 中に、一瞬、本当にいろいろなものが見えた。
 ‥‥それは大きな力に押しつぶされて消えた自分と同じ年頃の少女。かと思えば、暗い情念を抱いて絶望した男。そして彼らを斬る、良く見知った者達‥‥。

シキョウ「‥‥あっ」

 シキョウは思わず目を背けた。ほんの瞬きの間の幻。もう思い出そうとしても何があったか思い出せない。
 でも、彼らを助けたい。何かをしたい。
 その思いが胸に溢れる。無垢な思いが‥‥。

?「私達はこの世界を守る守護精霊。救いを求め彷徨い来る者たちをあなた達の所に導く為に来ました。彼女の歌で、目覚めてしまったけれど、彼らは救いを求めているのです。そして、それが彼らにできるのはあなた達、いえ、あなただけ‥‥」
シキョウ「そうなの?」
?「この世界と、生きる人々、そして‥‥彼らの為に力を貸して頂けませんか?」
シキョウ「いいよ!」

 ほんの僅かの躊躇いも無く、少女は光に向かって頷いた。

?「やって頂けますか?」
シキョウ「うん。うたう! それをまっているひとがいるんでしょ。ユンナみたくじょうずじゃないけど、いい?」
?「ユンナさんの歌声(力)は、全ての者を心を振るわせ、目覚めさせるでしょう。でも、あなたの歌(力)は違うのです。あなたの思うままに‥‥どうか‥‥」
シキョウ「わかった。ま〜かせて」

 光はその返事に満足そうに頷いた、ようにシキョウには見えた。
 やがて光は広がっていく。純白の世界がシキョウを包み込む。
 全てが白に染まり、意識が消える瞬間。シキョウはその光の正体が解ったような気がした。
 それは、一瞬だけのことだったけれど‥‥。

●天使の歌声
ゼン「だ〜っ! もう、本当にどうしようもないのかよ? なんか方法でも考えてみやがれってってんだ! この腹黒オッサン!」
サモン「‥‥役立たず‥‥」

 時折襲い掛かる瘴気を散らし、闇色の影を斬り捨てながら彼らは毒づいた。
 だた石像とにらみ合うしか出来ない時間だけが過ぎていく。
 オーマは自分に向けられる理不尽な八つ当たりを、反論することなく黙って受けていた。
 普段なら反論し、下手すれば変身して大暴れ〜! しているところだろうが、彼は必死に考えていたのだ。

オーマ(「どうすれば、シキョウとユンナを救える? ‥‥この場をなんとかするには、どうしたら‥‥」)
 
 良く見てみれば聖獣達は攻撃してこない。
 黒い影をむしろ押さえているようにさえ見える。
 だが、どうしたらいいのか?
 答えが出ないまま、太陽が昼を越え、夜を迎えようかというその時!

シキョウ「た〜だいまあ♪」

 能天気なまでに明るい声が響いた。

オーマ、サモン、ゼン「「「シキョウ!」」」

 天使の像の目が光り、その光の中から出てきたシキョウが、正しく天使のようにゼンの腕の中に舞い降りた。

ゼン「どうしたんだ? どこに行ってた! 心配したんだぞ!」
シキョウ「ゴメンね。でも、いまはね〜、さきにやんなきゃなの、やくそくがあるの〜」 

 小さな身体を抱きしめるゼンの腕から抜け出して、シキョウはぴょん、とステージの上に立った。
 同時にオーマは身構える。彼女の期間を待っていたように聖獣達の像の背後からもやもやとした黒い影が湧き出し、舞台の上のシキョウの周りに集まろうとしている。

オーマ「くそっ、しょうこりもなく!」

 立ち上がり、飛び上がり、具現の能力で全てを蹴散らそうとした正にその時。

シキョウ「だ〜〜〜〜め!」

 天使の声がその足を止めた。

オーマ、サモン「‥‥シキョウ?」

 彼らは舞台の上を黙ったまま見つめる。聞こえてくる伴奏は聖獣達の歌声。
 そして夕焼けのスポットライトの中、優しい笑顔で天使‥‥は歌を歌った。

サモン「‥‥」

 誰も、その歌を聞いたことは無かった。
 それは当然だろう。歌詞など無い。ただのメロディに言葉を思いを乗せただけのものだ。
 歌と言うにはあまりにも拙く、歌姫ユンナの技術にはとても叶うことなどない。
 だが、サモンはその歌声に涙していた。理由は無い。
 ただ、胸に響いてきたのだ。
 
シキョウ「〜おやすみなさい。し〜ずかに〜。きっとまたあえるから〜。おやすみなさい。いいこたち〜。あしたもいっしょにあそぼうね〜」

 最初は黒い絡みつくようだった影達が、だんだんその歌声に呼応し、白い光へと変化していく。
 そして光たちは太陽を追いかけ空の彼方へと溶けて‥‥。

サモン「あっ!!」

 サモンは目元を擦る。石像が、羽ばたいた?
 いや、あれはもう石像ではない。
 石像の姿を借りていた聖獣達はシキョウの周りに浮かび祝福を与えるようにキスをするとそのまま天へと昇って行った。
 夜空に輝く星となって。

オーマ「シキョウ‥‥」

 空を見上げたシキョウは、地上からの呼び声に、にっこりとドレスの裾を持ってお辞儀をした。

●幸せの時

ゼン「一体、なんだったんだ?」

 串焼き肉を食べながら呟くゼンの問いにさてな? とやる気なくオーマは答えた。
 あれから広場に倒れていた者達は全員傷一つ無く無事に目覚めた。
 クレモナーラにもはや死都の気配も腐食の魔力も気配すらなく、人々は一日の空白に疑問を感じることさえなく‥‥こうして音楽祭は続いている。
 ユンナの‥‥今度は何も起きなかった‥‥歌声は来賓たちにも大好評で、初日の話題を独占した。
 そして‥‥あの聖獣の像のことを記憶している者さえ無い。

ユンナ「そうだったの‥‥。ごくろうさま。いい子ね。シキョウ‥‥」

 ここにいる五人以外は。
 ユンナに労われシキョウは嬉しそうに微笑む。
 そんな様子を見つめながらオーマは無言で空を見つめた。
 口にはしないが理由はいくつも考えられる。
 ‥‥長い、長すぎる時を生きてきた。その中で生まれた『闇』達が具現化したのでは。
 それが、この世界を蝕もうとし、聖獣たちが浄化の為に力を貸してくれたのでは。
 ユンナの歌声は彼女の真の『力』ではない。
 だが、それでも時を狙っていた『闇』達を目覚めさせるだけの力があって、呼応したのか‥‥
 正解が用意された問題集ではないので考えても仕方が無い事ではあるが。
 ただ、一つ。
 確かなことは‥‥シキョウ。

オーマ「あいつの力はやっぱり未知数だってことか‥‥」

 理解したつもりでもあの子の本当の姿は、そして力はオーマでさえも完全に知りきれてはいない気がする。
 ぽん。オーマの背中を歌姫が叩いた。
 彼女もきっと、いや彼女が何よりも今回の事件の真実に近づいているのだろう。だが‥‥

ユンナ「‥‥」

 そっと首を横に振り、口元に指を一本立てた。
 視線の先にあるのは、子供達+1の明るい笑顔。
 その意味をオーマは察して暗い考えを空に向けて投げ捨てた。

オーマ「ま、いっか。せっかくの祭りだしな‥‥」
シキョウ「おなかすいた〜。ふえあめかって! ケーキかって! たいこまんじゅうかって!」
オーマ「いいぜ。今回は頑張ったしな。好きなだけ食べろよ。腹壊さねえ程度にな」
シキョウ「わ〜〜い!」
ゼン「オッサン、俺には? 無理矢理連れてきたんだ。バイト代代わりに奢ってくれたってバチはあたるめえ?」
オーマ「何言ってやがる。お前が何かしたかって?」
サモン「‥‥そういえば、まだ、聞いてなかった。‥‥どうして二人とも‥‥ここにいる? ‥‥まさか‥‥ストーカー?」
オーマ「ば、馬鹿を言うな! 俺、俺はだなあ。ただ、変な虫が付かないか心配で‥‥」
ユンナ「あら、そういうのをストーカーというのではなかったかしら?」
サモン「スケベ親父‥‥」
シキョウ「サモン、このあめおいし〜よ!」

 どこにでもありそうな当たり前の会話。幸せな一時。
 それが守られた事に小さな感謝を込めて笑う彼らの上に、クレモナーラの調べと春の風。
 そして聖獣達の祝福が静かに広がって溶けていった‥‥。