<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
『食欲の春!』
春です。
春といったら、歓送迎会。
そう、食欲の春です。
ちなみに冬は忘年会、新年会。夏は祭りで食べまくり。
秋は言うまでもなく。
ええ、一年中食欲の季節なのです!
私は食べることが大っ好きです!!
ゴホン。
さて、ここ白山羊亭では、店主の気まぐれで時折大食い大会が催されているようです。
今回は自家製ホットケーキで行われるそうな。
制限時間は30分。
30分以内により多くのホットケーキを食べた者が勝者だ。
賞品は白山羊亭一日貸切! 飲食い放題との事!
以下のルールを厳守すれば、方法は問わないそうだ。
ルールを破ったものは即退場となるので注意。
・単独であること。
・制限時間は30分。参加者一斉に開始。
・競技中はホットケーキ以外の食べ物は食べてはならない。
・ホットケーキ以外の飲食物は提供されない。
・10枚食べられなかった者は自腹。
「ふふふ。その勝負受けてたーつ!」
店先で張り紙に言い放ったのは、ダラン・ローデスという少年だ。
「優勝したら、ここで俺サマの単独ライブ開いてやるぜ〜。よーし、準備だ準備!」
チラシを一枚バリッと剥がしてバタバタ走り帰ってゆくダラン少年。
繰り返し言おう。
ルールは厳守。ルールを守っていれば、手段は問わない。
さあ、勇者よ今こそ立ち上がれ!
必ずや勝利し、ホットな栄光を手に入れるのだ!!
**********
「ここに集いし3人の勇者の決戦の時が近付いてまいりましたー!」
マイクなどなくとも、ルディア・カナーズの元気の良い声が白山羊亭を駆け巡る。
カウンター席には、3人の男性の姿がある。
「さて、まずは自己紹介をお願いしますー」
ルディアに盆を渡される。この盆がマイク代わりのようだ。全くマイクの役目は果たさないのだが。
「俺はダラン・ローデス。ローデス家の御曹司だ! 世界は俺の為にある。故に世界中のホットケーキも俺のものだ!! 皆のもの控えぃ〜!」
……こいつは馬鹿だ。単なる馬鹿だ。
自己紹介を聞いただけで、観客全てが理解した。
続いて、真ん中の人物に盆が手渡される!
「虎王丸だ。あまり甘ったるいものは好きじゃねぇんだが、出場するからには勝ってみせるぜ」
黒い瞳が鮮やかに輝く。まだ少年のようだが、その立派な体躯に皆の期待が高まり、歓声があがる。
この大会だが、観客は選手に賭けることができる。
賭けた選手が勝利した際には、観客にも白山羊亭飲食代50%割引券がプレゼントされるのだ。
続いて、盆が虎王丸の隣の人物に手渡される。
ぼさぼさの髪、何処となくやつれた表情の男性だ。とても痩せており、大食い大会に出場するような人物には見えない。
とはいえ、痩せの大食いの可能性もある。そう、痩せている人ほど胃袋が底なしの可能性があるのだ。胃が吸収をしないため、痩せているのかもしれないのだっ。
油断は出来ないと、虎王丸はその男を注意深く見るのであった。
「あー。ファムル・ディートだ。職業は錬金術師。とりあえず、薬の力で勝ってみせるさ」
「反則だ、反則ー!!」
途端、ダランが騒ぎ出す。
「いえ、反則には当たりません〜。この大会は記されたルールさえ守れば、何でもアリなのでっ! さて、選手の皆さん、席についてください!」
ルディアの号令で、選手が一斉に席に着く。
ホットケーキが大男により運ばれてくる。
ホットケーキ作りを買って出たのは、オーマ・シュヴァルツという常連客である。
その巨体。筋肉隆々の身体つき。彼が出場すれば更に、大会は盛り上がったのだろうが、なんでも、愛妻のブレックファーストで胃筋が殲滅しただとか。胃筋殲滅しようが普通に活動できるオーマの精神力にも敬服だが、いとも容易くオーマの胃を破壊してしまうその愛妻とやらには恐怖さえ覚える。
並べられたホットケーキは白山羊低のホットケーキの材料を使い、オーマが作ったシュヴァルツ宅ヴァージョンである。
「ええっと……。これはなんだ? た、食べ物というより、黄色いクッションのような膨らみ方だが……」
ファムルが目の前に置かれた黄色っぽい物体を見て問う。
「無論ホットケーキだ」
「そうか! この巨大ホットケーキを一番早く食べたヤツが勝者ってわけだな!?」
「いいえ、大食い大会ですので。一番沢山食べた人が勝者です。10枚食べれなかった人は自腹ですー」
ルディアが説明をする。
目の前のホットケーキといえば、オーマの胸板ほどの厚さがあるのだ!
オーマは手際よくホットケーキを3人の前に並べる。その腕にはあと何枚もの皿を器用に乗せている。
「といっても、10枚は無理そうですよね。うちの自家製ホットケーキで10枚というルールですので、このホットケーキの大きさだと、2枚分くらいでしょうから。2枚食べれなかった人は自腹ということで」
マスターから伝言を受け、ルディアがルールを訂正する。
「10枚だって平気だったんだけどなっ! 水で流し込めば何枚だっていけるぜ〜☆」
威勢良くダランが言う。
虎王丸はでんと、大きな水筒をテーブルに置く。水は多めにもってきている。
ファムルも、水筒と薬瓶をテーブルに置く。
ダラン君といえば……。
「水!」
「水はありません」
そう、ルールに「ホットケーキ以外の飲食物は提供されない」とあるではないか。水さえも提供されないのだ!
「え、えええ!?」
慌ててチラシを見直すダラン。
「お、おおお。【競技中はホットケーキ以外の食べ物は食べてはならない】とも書いてあるじゃないか! 誰も飲んだらダメってことだな! お前ら、水とか薬とか仕舞えよー」
「いいえ、食べ物は食べてはいけませんが、飲み物は飲んでも構いませんので」
「…………」
一人口をぱくぱくさせているダラン君は放っておいて、虎王丸とファムルはナイフとフォークを手にする。
「では、スタートしてください!」
ルディアの号令と共に、二人は食べ始める。
「序盤からホットケーキではなく、焼肉とかもうちょっと喰いごたえがある食い物だったら良かったのになぁ」
虎王丸は気合を入れ、朝食を抜いてきた。食べ盛りの年頃だ。無料とはいえ、物足りない。
ぼやきながらも、虎王丸はホットケーキを口に運ぶ。
勝てば食べ放題が待っている!
「ほれ」
ダラン君には救いの女神……じゃなくて、救いの筋神が現れた。グラスに入った乳白色の液体がダランに渡される。
「飲み物を提供してはいけないってルールもないからな」
「お、おおおお! さんきゅぅ、アニキ!」
オーマから受け取った飲み物を飲みながら、ダランもホットケーキを頬張り始める。
「いたいっ」
ルディアの悲鳴にビクッと虎王丸が手を止める。
「女の子の顔を傷つけるなんて酷い……」
上目使いでルディアが虎王丸を見る。
ホットケーキにはオーマの手により焼印で参加者や白山羊亭のメンバーの顔が描かれているのだ。虎王丸のホットケーキに描かれていたのは、ルディアの顔。しかも、実物より10倍可愛い! 実物だって可愛いけど、彼女は。だから、すっごく可愛く描かれていたので、切らないで欲しくなっちゃったのね。
「そんなこと言ってもなー。んじゃ、一気に食う!」
ルディアの顔の周りをナイフで落とすと、虎王丸は彼女の顔を口の中に押し込めた。
「えーん、虎王丸さんに食べられた〜っ」
「よっ、色男!」
「ルディアちゃんの味はどうだったか〜い!」
ルディアは笑顔で、ちょっぴり嘆きながら言い、観客達から笑い声や冷やかしの声が虎王丸に飛んだ。
ダランはグサグサホットケーキの中央をナイフとフォークで刺している。
「はっはっはっ、ザマーミロ」
誰の顔だかわからないほど切り刻んだホットケーキを口にいれる。
彼の1枚目はファムルの顔のホットケーキだったのだ。ファムルはダランの元師匠だという。ダランは見てのとおりの馬鹿なので。救いようもないほどの馬鹿なので。師弟の縁を切られてしまったわけね。
一方ファムルは黙々と食べる。
「よう、オッサン。薬なんかに頼ったら副作用があるんじゃねぇの?」
「大丈夫だ、副作用も薬で治す。副作用の副作用も薬で治す。副作用の副作用の副作用も薬で治す。副作用の副作用の副作用の副作用も……」
ファムルは既に壊れかかっているようだ。薬の副作用だろう。ぶつぶつ虎王丸の問いに答えながら、事務的に食べ続ける。
「おいおい、小さい身体にそんなケーキ詰め込むと、破裂しちまうんじゃねぇの?」
続いて、虎王丸は勢い良く食べ続けるダランに挑戦的に声をかける。
「ふごご、もぐぐ、ばごご」
何を言っているのかは分からないが、まだまだ平気らしい。1枚目最後の一切れをダランと虎王丸は同時に食べ終える。
2枚目のホットケーキは両者素敵なアニキフェイスの顔焼印入りだ!
「なんかさっきのよりマズそうに見えるんだが……」
しかもなんだか、ホットケーキに睨まれているような気がするのは気のせいだろうか?
苦笑しながら、虎王丸は、ホットケーキの追加を頼む。
なんと、彼はこのふっくらホットケーキを3枚重ねたのだった。ナイフで4等分に切り裂いて大口を開けて一気に食べる。
「うぐっ」
さすがに喉が詰まり、苦しみながら、水を飲む。
「負けるかー!」
ダランは手づかみでホットケーキを食べだした。
「さあ、レースもそろそろ終盤だ! 筋肉Lvは虎王丸選手がダントツだな。ファムル選手は無駄のない筋肉の動きだ。すばらしい! しかし、勝負は終わってみねばわからん。脆弱な幼筋少年が勝つか、美しき少年筋が勝つか、貧弱な中年筋が勝つか! 全ては筋肉のみぞ知る!」
皿を手に、オーマが中継を始める。
「おおっと、ファムル選手ダウンか!」
ファムルがホットケーキに顔をうずめたまま、眠ってしまった。まるで、枕に顔を埋めるオヤ……おじ様☆のようだ。
思考能力低下の副作用を治そうとして飲んだ薬の副作用だろう。
「眠ってしまっては副作用の副作用を治す薬を服用することすらできなーい! ファムル選手リタイアか!?」
「んぐぐぐ……」
ダランも苦しそうである。
「やめといた方がいいんじゃないか? ホントに爆発するぜ? ダランちゃんよ」
虎王丸が茶茶を入れる。
「ぐー。も、持って帰るってのはダメか? 明日食べるから!」
「勿論ダメです。あと、5分でーす☆」
ルディアがにっこり言う。
そこに、再びオーマからダランへ差し入れが。今度は違う色の飲み物だ。
ダランはそれを飲んで口の中のホットケーキを飲み込み、更なる高みへと進んでゆく。
「ここにきて、美しき少年筋、虎王丸選手もペースダウンか!」
最後の一切れ……といっても、3枚重ねだ。どんぶり一杯ほどの大きさな気が。
虎王丸は水筒に直接口をつけ、水を飲みながら、ホットケーキを一気に流し込んだ。
「はいっ。終了〜」
「くはーっ」
虎王丸はカウンターに突っ伏す。
「まだまだ食えるぜ〜」
ダランは何故か元気だ。食べ始める前より一回り彼が大きくなったように見えるのだが?
「さて、結果は……見てのとおり、虎王丸選手の圧勝です!」
虎王丸はルディアに、片手を持ち上げられる。嬉しいけれど、とりあえずほっといて欲しい。それほどに今彼は苦しかった。ホント胃が爆発しそうだ!
「俺はまだ食えるっていってんだろ! 大食い大会なんだろ、早食いじゃなくて!」
ダランが不服そうに立ち上がる。序盤はホットケーキの顔切りを楽しみ、中盤ペースダウンして、1cm四方ずつしか口に入れなかった彼だが、何故か今は元気である。
「食わせろ! 5日に分けて5枚食べてやるぜ!!」
それではだたのおやつです。
「げふっ」
突然、ダラン少年が蹲る。
「い、いててててててててててててててててっ」
「ははは。何の薬でも大量摂取しては副作用がきついからな」
オーマが腕組みをしながら、うんうんうなづいている。
つまり、オーマがダランに差し入れた液体は『胃筋メタモルフォーゼ腹痛腹筋リフレクト胃腸薬』だったり、プロテインだったりしたわけだ。大丈夫! オーマは医者である。命には別状ないはずだっ!! 痛みを乗り越えてこそ、真の男になれるのだ、ダランよ!
「では、2位のダランさんにも、素敵なプレゼントを差し上げます〜」
ルディアが蹲るダランに紙を渡す。チケットのようだ。
「ほ、ホットケーキ無料券……いらーん!!!!!」
ぱたり。
絶叫後、ダランは撃沈した。
「お、俺も……」
虎王丸も切れ切れの声で言った。
「もう何も食えねー。食べ放題は3日ぐらい後にしてくれ」
3日後、虎王丸は白山羊亭を訪れる。
店内には虎王丸の肖像画と大会の記事が貼られている。
「いらっしゃい虎王丸さん〜」
ルディアが虎王丸を笑顔で迎え入れと、客達から拍手や歓声が起こる。
少し照れくさいと感じながら、大会の際に座った席に腰掛ける。
「んじゃ、最初は……これだ!」
メニューを見ながら注文を決める。
「参加賞ができたぞー!」
そこに、大男が現れた。手の中のダンボールには、写真が詰まっている。
若気の至り筋記念にと、大会の模様を虎王丸や、客達に配る。
ルディアには引き伸ばしたものを渡す。この写真も店内に飾られることだろう。
「ぐはっ、俺こんな顔してたのかーっ」
勝利した瞬間のぐてっとした顔が写されている。
お前の分だと、オーマは虎王丸の隣の男性にも渡す。
……。
返事がない。
いや、今は深く考えないことにする。
あれからずっと寝コケているのかなんて考えてはいけない!
男達よ、今はホットケーキのことは忘れて、思う存分食の喜びを堪能せよ!!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】
ダラン・ローデス(NPC)
http://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=SN01&NPCID=NPC0464
ファムル・ディート(NPC)
http://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=SN01&NPCID=NPC0463
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■ ライター通信 ■
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食欲の春! にご参加ありがとうございます! ライターの川岸です。
今大会ではファムルのみ自腹だったそうな。
この後、虎王丸さんは楽しい一時を過ごしたかと思います。
またお目に留まった際には、どうぞよろしくお願いいたします。
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