<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


 魔人事件〜大胸筋の誓い〜


 その日は、オーマ・シュヴァルツにとって運命の日だった。

 というのも、オーマが日頃から通っているソーン腹黒商店街にて特別な催し物が行なわれるからだ。
 その名も『大胸筋爆裂叩き売りバーゲン筋セール』
 いつの時代もどの世界でも、セールという言葉には甘美な響きがあり、人々は酔う様に千鳥足で惹かれてやってくる。
 だが、この戦場は違った。何しろ突撃に来る者たちが半端ないのだ。筋肉美が眩しい下僕主夫たちが家族のために、愛のためにと我先に獲物に飛び掛る。
 夫婦円満、幸せ家族への道のりのためにはここは一発ガツンとキメたいと、皆大張り切りである。
 もちろんオーマも例外ではない。
 戦利品をゲッチュせねば妻にナマ絞りにされる為、一張羅の桃色ふりふりエプロンに三角巾ルックにて精神統一。この日のために腹黒美筋闘気を高めてきた。

 戦いは、もうすぐだ――――。


 オーマはセール開始時刻2時間前になると緊張で武者震いを起こしてきた。
「うあああ、腕がなるぜ!」
 首を振って腕を振って、屈伸を繰り返す。身体中の筋肉をほぐすためにも親父愛第筋体操を始める。
 何しろ敵は手強い。身体能力が存分に発揮できるよう、よく解しておかなくてはならない。
「うぉいっちにいアニキ、にぃにぃアニキっ……」
 ポキ、ポキリと再び腕と首を回す。
 ―― だが、いまいち調子が出ないような気がする。いつもなら大胸筋親父パワーによって親父愛第筋体操どころかナウ筋爆裂ハイグレード体操〜白鳥の舞い〜第一楽章から第五楽章までものの数分で終わるはずだ。
 これではいけない。何としても戦利品を持ち帰らねば愛する妻の愛の仕置きが待ち構えているというのに。
「うーむ……」
 オーマはまだ眠気が抜けていないのかと己の手のひらの開閉を繰り返してみる。
 自分一人ではまずいかもしれない。あの戦は、生半可な心で挑んでも返り討ちにされるだけだ。いや、アニキたちに連れ去られたら一体どうなるか――。
 と、その時オーマの耳に子供が助けを呼ぶ声のようなものが届いた。
「ん!?」
 何か事件かと思い、慌てて飛び出る。「ひいい」や「だ、誰かぁ〜〜」などと聞こえる声に向かって路地を曲がる。

 ―― そこには、徒ならぬ闘気と麗しい筋肉で描かれた体躯が存在していた。

 素晴らしい。この輝かしい肉体は、セールに向かう下僕主夫同士ではないか。
 一目でその優美な肉体に釘付けで、オーマは驚きに目を見張り、叫びをあげた。
「下僕主夫親父愛マッチョりずむんむんアニキ同士見つけたりいいぃぃッッ!!!!」
 言いながら、マッハで駆け寄りその筋肉に抱きつく。
「……っ!」
「……」
「……」
 その場にいた誰もが言葉を失った。
 同士と、妖精のおなごと、小さな虫のようなしゃべる小人は突然現われた巨体マッチョな ―― しかもフリルのたくさんついたピンク色のエプロンと三角巾を付けた親父が突貫してきて驚きを隠せない様子だ。もちろん、驚くなという方が無理であろう。
「な……何ヨ、誰だいチミ!!」
 抱きつかれた当人は驚きを隠せない様子でしきりに首を小刻みに振っている。
 だがしかしオーマはそれにも構わずあまりの筋肉の素晴らしさに感激して涙筋が緩みっぱなしだ。尚熱い蜜筋抱擁を繰り返す。
「きゃー」
 身の丈が標準の人より3,4倍はあろうかという巨大な人は思い切り首を振って、恥ずかしそうに頬を染めながら身体をくねった。
 同時にオーマの身体を跳ね飛ばす。
「うお!」
 少し先の地面に降り立ったオーマは何とか体勢を整えて再び美しき筋肉美を見上げた。
「お、おぬし……!」
 目の前で繰り広げられた光景に我を忘れていた小さな虫のような者が慌てたように声を出してオーマに近付く。
「お、おぬしが……助けてくれるのか?」
 ブルブルと震える体と声で、小さな小人はオーマに恐る恐る問うた。その瞳は、何かを期待しているような不安を抱いているような色だ。
「ん? 助けるも何も……」
 オーマが状況を把握出来ずに声を上げた途端、先ほどまでの腰の捻りは何処へやら、巨大な存在が気を取り直すようにエヘン、と大きな咳払いをした。

「も、もう一度問おう。汝ら……我に願いを乞う者か? 我に立ち向かう者か? それとも……」

 傍らに立つ同士が地響きすらも呼び起こすような低い声で告げる。先程あげた悲鳴が嘘のようだ。その余りの変わり様にオーマは「え?」と頭の上にはてなマークを浮かべるがしかし、すかさず少女が告げた。
「願いを! 貴方様の願いを告げてくださいませ!」
 突如言われても浮かばない。何か願いなどあっただろうかと頭をフル回転させようとした途端、オーマは本日の任務を思い出す。―― ああそうだ、同士にも手伝ってもらおうと。

「もちろん! 大胸筋爆裂叩き売りバーゲン筋セールバトルの勝利だ!」

「…………………………。汝の願い、聞き届けよう……」

―――― かくして、戦は始まったのだった。



 セールまであと1時間。並び待ち禁止の規則を破る者もおらず、商店街は嵐の前の静けさを保っていた。
 それを少し高くなった丘から眺めつつ、オーマたちは作戦会議をしていた。
 先ほどの状況だが、どうやら妖精のミミとそのお付きの子妖精マメルが拾った不思議な箱を開いた時、煙の中から魔人が現われたらしい。
 その魔人というのが、素晴らしい筋肉を持つ ―― オーマが同士だと勘違いして号泣しながら抱擁を繰り返した、例のお方だ。
 魔人は強い魔力と力を持っており威圧的で恐ろしい外見なのだが、オーマがその素晴らしい筋肉を見るごとに感激して抱きつく度「きゃあ!」「いやあ!」などと不似合いな声を上げて身体をくねらせていた。
 にしても、ミミに願いを聞かれ咄嗟に答えてしまったのだが良いのだろうかなどとふと考えたが、ミミは自らの願いを言うでもなくニコニコと微笑み「ご協力いたしますわ」と告げていたのでオーマは「そーかそーか!」と大きな声で笑った。
 だが子妖精のマメルはそれに納得がいかない様子である。
「バーゲンなどおぬし一人で向かえばいいではないか。ミミ様をバーゲンなどという下々のイベントに巻き込むなかれ!」
「はっはっは! お前、バーゲンったって普通のバーゲンだと思っちゃいけねえ」
「なんと……っ」
「いいか? これは戦いなんだ。男と男、筋肉と筋肉を賭けた『ドキ★男だらけの筋肉御殿、ウッカリお触られイベントもあるよ』だッ! 生と死を賭けた聖戦だ!! 生半可な気持ちで挑むものじゃねえ!!!」
「!!!!!」
 マメルは余りの衝撃に飛ぶ気力もなくなって地にヘロヘロと落ちた。地面に手を付き、はあはあと浅い呼吸を繰り返す。
「……わ、わたくしめは……わたくしめは……付き人失格でございます……ミミ様」
「あらあら、まあまあ」
 ミミはゲッソリと肩を落とすマメルに優雅な笑みを向けるのみであった。


 ともあれ、一行はバーゲンに向けて着実な作戦を立てるため話し合いを開始した。
 円になって地面を見つめながらコソコソと意見を交わす。
 といっても皆それぞれ体躯が大きく異なる為うまくいかなかったが、雰囲気だけでも会議っぽくということでその隊形で行なうこととなったのだ。

 オーマ曰く、敵はマッスル親父にアニキに下僕主夫達に人面草に霊魂ナマモノなどなど、らしい。
「……れいこんなまもの?」
 マメルは小さな瞳をしきりに瞬かせて怪訝な声を出す。ミミはミミで「まああ」などど始終ニコニコしっぱなしだ。
 そして例の魔人はというと ―――― ちょっとよく理解できないんだけど。っぽい瞳でただ黙っていた。
 そんな面々の様子になどお構いなく、オーマは親指を勢い良く立てる。
「油断するとアニキまみれにされ、連れ去らるやもしれんので宜しくぅっ!!」
 ブイっと、オーマは極上の笑みで微笑んだ。
「い、いやあああ〜〜」
 途端、魔人が悶え苦しみ出し、それをよしよしと慰めるミミ。好筋心に負けたオーマが嘆きの声を上げる魔人の大胸筋にチョチョイと触れてみて「きゃ〜」とあがる野太い悲鳴に、ウフフと微笑むミミ。「こんなことでへこたれるな! お前は一番のターゲットにされちまうぞ! 特訓だぜ!」と言って魔人の大胸筋タッチ、蜜筋抱擁を繰り返す。同じく大胸筋タッチを手伝うミミ。その途中、腰をくねらせナヨナヨと崩れ落ちる魔人に「お、今の腰の振り、イイ!! 使えるかもしれん!」などと叫ぶオーマに、「それではわたくしもやってみますわね」と告げるミミ。
 そんなこんななやりとりが長々と続き、泣き喚く魔人を説得してようやくオーマとの連携プレイの練習に入る。
 大胸筋に願いを込め、二人が熱くマッスルボンバーと唱えた時、ミミがフワリフワリ跳び立って上から攻めろ、などという作戦で。
 ―――― それは、見た事のない地獄絵図。
「………っ……くっ、ぅ」
 マメルは声を押し殺して近くに咲く小さく可憐な花に隠れて泣いた。





 マメルがどんなに来てほしくないと願っても時間というものは過ぎ去っていくものであり、いよいよバーゲン開始まで残り1分。
 ゴクリと息を飲み、一行は商店街入り口の木陰に身を潜めていた。
 30,29,28,27と、心の中でカントダウンを始める。
 あと5秒、4、3、2、1―――。



「うおおおぉぉおおおおおぉぉおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおおおぉおおおお」



 凄まじい程の雄叫びが響き渡り、何処からともなくガタイの良いむさ苦しそうな面々が酷い形相で駆け出して来た。
 圧倒されることなく、オーマたちも魔人を先頭に負けじと駆け出す。が、その中にマメルの小さい姿はなかった。―――― マメルは皆の余りの凄さに失神してしまったのだ。声もなく。
「……あら!? マメルが!」
「ミミ、駄目だ! ここは行くしかねえ!! 逆走はそれこそ命取りだ!」
 途中で気付いたミミだったがオーマの言葉に従い、進む。ちなみに、この筋肉道の中をミミが進むのはかなり厳しい。そのため彼女は魔人に肩車されるような形で戦場に攻め込んでいた。
「うおおおおお、あそこだああ! あそこの店だ!! 見えたぜーーー!!!」
 狙いの店の姿を確認できたオーマは溢れる筋肉たちの喧騒の中、一際大きい声を上げた。
 その声を聞き、魔人が速度を上げる。脅威のウン十人抜きを果たしたところで件の店の品物の手前にて、一致団結して強敵を抑えにかかったマッスル親父達に囲まれる魔人。すかさずオーマが助けに入り、二人はお互いの大胸筋を擦りあわせ、幻の秘技を繰り広げる。練習の成果は上々、親父達はその筋肉に見惚れ、攻撃の手を緩める。だが背後から飛び出してきた人面草が「きしゃぶふほぁぁあ〜!」などと聞き取り不可能な叫びを上げながらオーマの腕を噛み付くように押さえつけた。
「くうっ!」
 オーマは自らの腕が傷つくのも恐れず人面草を剥ぎ取る。だが――。
「きゃああ〜」
 魔人の声だ。見ると、魔人はたくさんのアニキに取り押さえられ、あろうことか薄い腰ミノのようなもので覆われ、隠された、幻の大殿筋に触れられていた。
「キミ、いいケツしてるねえ。こんな、筋肉が付きにくいところにまでしっかりと……」
「いやあああ」
 魔人は全身を震え上がらせ身体を捻って力を抜く。これではまずい。このままでは全滅だ。
「ミミ! 今だ、いけ!!」
 オーマは舌打ちをしてミミに告げた。ミミは戸惑いながらも作戦の通りフワフワと店先に飛んでいく。
 このままミミが無事に逃げ切って、獲物をゲットしてくれれば良い。それを願うのみだ。オーマは飛んでいくミミの後ろ姿を横目に、再び襲い来る霊魂たちと対峙した。



 ―――― 長い戦いが幕を閉じる。

 それは、たくさんの勇者たちが天国に向かうか地獄に落とされるのかが決まる、運命の閉店時間だった。




 あの後、奇跡の生還を成しえた魔人とオーマは戦いの中で疲労と緊張に打ち勝ちながらもたくさんの敵を返り討ちにし続けた。
 偉大な力を持つはずなのに使えない魔人に「この役立たず!」と叫んだ時、魔人が怒りに巨大化したのだ。
 その後圧倒的な力の差により魔人を囲んでいた親父達をはじめ、霊魂たちなども慌てて逃げ去り、そこら一体が随分と空いて一息ついたところ、今度は店主が「大事な客を〜〜!!」と怒り狂い、オーマたちには品物を売ってくれなかった。
 慌てて標的の店を変えたがそこもまた荒れ果てた戦場。しかも途中参戦となってしまったため不利であった。
 ヒートアップする争いは止まることなく、アニキに連れ去られそうになること28回。―― 思えば、無事に終えられたのは幸運だったのかもしれない。
 だが、戦を終えて商店街を追い出された時にはぐれていたミミと合流し、ミミが買ったという『妖精の羽飾り』を見せられ、オーマはガックシきた。
「……す、すみません。これしか残っていませんでしたの……」
 泣きそうな顔でそう告げるミミにその品を贈り、何も戦利品をゲッチュ出来なかった自分への妻の愛を考え、身震いを起こした。
「…………はあ」
 ため息を吐くとポン、と触れる大きな手。
 魔人が瞳をキラキラと輝かせながら全てを終えた達成感が湧き出ているような、満足げな微笑を見せていた。
「契約終了だな」
 まるで少女漫画のように瞳をキラキラさせて満足げな顔を見せながらも低く野太い恐ろしい声。それを見てるとオーマの中でふつふつと沸いてくるものを感じる。
「おまえ、なーーーーんにも役に立たなかったじゃねえか!」
「何を言う。我は任を果たしたぞ」
「なーーにを偉そうな! きゃあ〜とか言ってたのは誰だ!」
「誰だ?」
「…………おまえだーーーーーーーーーーーーー!!!」
 オーマは勢いでハイパーウルトラ大胸筋スペシャル蜜筋抱擁をしかけようとしたが、すかさず魔人は「我は任を果たした」と告げ、何処からともなく現われた箱の中に戻ってしまった。
 それは、ミミがどこかで拾ってきた、魔人を呼び出した例のものだ。
「……ミミ」
「はい、なんでしょう?」
「この箱を俺にくれ」
「はい、畏まりましたわ」
 ニッコリと笑って箱を差し出そうとするミミに手を伸ばすオーマだが、何故か箱が自ら意思を持ったようにミミの手から離れない。
 オーマは力づくでその箱を己の手に収め、にやりと笑った。
 「いぃぃ〜〜〜〜やぁぁぁぁぁあ〜〜」という声が聞こえたような気がしたのは気のせいだろうと、オーマはミミに別れを告げ、口笛を吹きながら家路に着いた。


 その後家に箱を持ち帰ったオーマが、妻によって天国行きを言い渡されたのか地獄行きを言い渡されたのかは、ミミには分からない。
 けれど、きっと地獄行きなのではなかろうかと思い、ミミは自らの力不足を深く反省したのだった。

 ―――― 一方。
 もっともっと役に立たなかった者がどうなったかというとだが。

「お、おや!? はっ! ミ、ミミさま?!!?? ミミさまあぁぁ〜〜」

 夜遅い商店街の中、そんな声が響き渡っていたという。
 そして、その声によって戦いの最中に気を失っていた者たちも目覚め、その後彼らの家族によって地獄の仕打ちを受けたそうだ。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


NPC
【ミミ】
【マメル】