<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


兄弟悪戦苦闘

「ねえフリッツ兄ちゃん」

 ――四兄弟の末っ子グレンが、長男のフリッツに会いにきたのは春も初めの頃だった。
「なんだ? グレン」
 末の弟のグレンが自分に会いにくるのは珍しいことだ。グレンには放浪癖があり、気がつくとすぐにふらっとどこかへ行ってしまっている。
(まだ小さいのに)
 歳がかなり離れた兄として、常々不安に思っているところなのだが……
「お願いがあるんだ」
 グレンは真顔で、ちょこんと兄の前に正座した。
 そのしぐさだけで、フリッツは少々イヤな予感がしていた――

「モンスター退治、手伝ってくれない?」

     **********

 ことのあらましはこうだ。
 冒険者として働き始めた自分が、ようやく引き受けることのできたモンスター退治。しかしそのモンスターが、自分ひとりではどうにも倒しようがないというのだ。
 グレンは、見かけは十歳にも満たない。実年齢にしても十三歳だ。
「モンスター退治は早すぎるだろう……」
「他に誰も、依頼してくれる人がいなかったんだよ」
 グレンはむくれて兄に言った。
 たしかに――まだ子供のグレン、それもひとりきりに依頼するような人間はそうそういないだろう。
 そんなグレンに依頼した。それはつまり……
(よほど弱いモンスターなんじゃないのか?)
 フリッツはそう思った。
 しかし、グレンは「ひとりじゃ倒せない」と言ってきかない。
(こいつもまだまだだな)
 フリッツはため息をついて、
「分かった、俺も一緒に行くよ」
 と重い腰をあげた。


 と、言うわけで――


 ある山奥へとやってきた兄弟だったのだが――

「………?」
 フリッツは岩陰からそれを見たとたん、眉間に強くしわを刻んだ。
 魔物はいた。たしかにいた。ドラゴンだ。
 しかし――なんともまるっこい形をした、色もピンク色に水玉模様のファンシーなドラゴンだった。
「……お前、あれが倒せないのか?」
「だってだって! フリッツ兄ちゃん――」
 グレンはぱっとドラゴンの前に飛び出す。
「あ、おい!」
 フリッツは慌てて弟を引きとめようと己も岩陰から飛び出した。
「見ててよね!」
 グレンは言うことも聞かずに、背中の翼をばさりとはためかせ、槍をドラゴンに向かって突進させようとした。
 と――
 ギラリ
 ファンシードラゴンの青い瞳が、グレンに向かって光った。
 フリッツの冒険者の勘がぞくっと背筋に悪寒を走らせる。――あの瞳は危険だ。
 グレンは突進していく。

 ギャース!!

 ドラゴンは奇声をあげた。
 そして――思いの外鋭い爪でグレンを薙ぎ払おうとした。
「グレン!」
 フリッツは弟の名を呼ぶ。グレンは慣れたように、さっと後ろへさがった。
 グレンの足を、ドラゴンの爪がかすめていく。
 フリッツは――
 今になって、ようやく気づいた。
 ……弟の体は、傷だらけだということに。
「グレン……!」
 フリッツの目の前で、ドラゴンは弟に向かって突進し、かみつこうとする。
 それが避けられると口から火を噴いた。
 ぐわっと太い尻尾が叩きつけられ、重い足で踏みつけられそうになる。
 ――外見にそぐわない、恐ろしく凶暴なモンスターなのだ。
「グレン! お前何だってこんな依頼引き受けたんだ……!」
 フリッツは弓に矢をつがえてドラゴンに放ちながら、弟に鋭く叫んだ。
「だって、他に依頼がなかったんだよ……!」
 ――その依頼者はいったい何を考えていたんだ?
 フリッツは考える。
 その1.外見がファンシーだから弱いだろうと思った。
 その2.凶暴だから、グレンが諦めるだろうと思った。
(どっちでも……ろくなもんじゃない……!)
 ドラゴンはファンシーでも弱くなかったし、凶暴だけれどグレンは諦める気がない。
「一度受けた依頼は、投げ出しちゃいけないんだ……っ!」
 グレンはそう言って、槍を手に立ち向かう。
 その言葉に、
 一瞬フリッツは動きを止めた。
 口元がほころんだ、そのことに気づいた自分を慌てて叱咤する。
(ばか、こいつの成長を喜んでる場合じゃない……!)

 今は目の前にいる敵を倒すのが先、だ……


 ドラゴンには近づかないほうがいい。
「グレン! 気をつけろ――!」
 叫びながら、フリッツは弓で戦う方法を選んだ。
 矢をつがえ、放つ。
 ――ドラゴンの皮膚は信じられないくらい硬いらしい。跳ね返された。
「く……っ」
 グレンは上空に飛び上がり、そのまま滑空して槍を垂直に突き下ろす。
 しかしふいにドラゴンが上を向き――
 その口がかっと開いた。

 炎――

「グレン!」

 フリッツは叫んで再び矢をつがえる。
「だ、大丈夫……!」
 グレンの、思った以上に元気な声が炎の中から聞こえた。
 フリッツはふいに思い出した。――グレンの聖獣装具。それは紅蓮色のローブだ。
 強力な炎耐性を持つ――
「噛まれるなよ……!」
 矢を放ちながら、フリッツは弟に言った。
「僕だって、このドラゴンに何度も挑戦したんだもん! 馬鹿にしないでよ!」
 グレンの、負けん気の強いセリフが返ってきた。
 グレンの武器や槍だ。それなりにリーチはあるが、グレンの腕力を考えると、突き刺すためにどうしてもドラゴンに近づかなくてはならなくなる。
 ――グレンひとりでは、とうてい無理だ。
(悪いがグレンには囮になってもらうか――)
 フリッツは弟を心配しながらも、「何度も挑戦している」という弟の言葉に賭けた。それなら、避ける方法ぐらいは身につけているだろう。
 ドラゴンにまとわりつくグレン。何度もその翼が爪で裂かれそうになるが、グレンはさっと避けていた。このあたり、体が小さくて得をしているかもしれない。
 フリッツは――
 慎重に狙いを定めた。
 あまり何度も矢を放っていては、こちらに意識を向けてくるかもしれない――
 慎重に、慎重に、一発で決める――!

 グレンが、
 空中滑降で再び槍を上から突き刺そうとする。
 ドラゴンが、
 グレンに向かって上を向いた、そのとき。

「――はっ……!」

 放った矢は――
 狙いたがわずドラゴンの目へ――

 ドラゴンの片方の目が矢につぶされた。

「フリッツ兄ちゃん、すごい!」

 グレンが大喜びではしゃぐ。

「油断するな!」

 フリッツは鋭い声で警告を発した。
 案の定――
 それからのドラゴンの暴れっぷりは、さらに磨きがかかった。もはやグレンだけを狙っていない。意味もなく火を噴き、尻尾をばたつかせ、ぶんぶんと腕を振る。
 水玉模様のドラゴンだけに、その動きが妙にこっけいだった。
(ちっ――)
 フリッツは胸中で舌打ちをする。
 皮膚にささらないならまず確実に弱い部分を――と思ったのだが、やはり危険だったか。
「グレン! あまり近づくなよ――!」
 と弟に言った傍から、
「やーーーーーー!」
 グレンは空中滑空で、槍を暴れるドラゴンに突き出していた。
 ――っ――
「な……」
 フリッツは呆然とそのさまを見た。
 弟が、もう片方のドラゴンの目をつぶした、その瞬間を。
「グ、グレン……」
「やったね!」
 グレンはヒットアンドアウェイで空へと再び戻る。
「そっかあ、目とかを狙えばいいんだ! フリッツ兄ちゃん、ありがと!」
「ば、ばか――」
 フリッツは思わずそう言ってしまった。
 ドラゴンの暴れっぷりに、限界がなくなってしまった。あたり構わず爪を食い込ませ、地面がどんどんえぐれていく。近くに樹があればそれに噛み付き、さらに尻尾を振り回してなぎ倒した。
 えっ、えっとグレンが空中で右往左往している。
「ど、どうして?」
「片目だと視界が狭くなる! そのおかげで暴れるとしても動きが制限されるんだ! 目が両方ともつぶれたらもうそんな限界はなくなるだろう……!」
「そ、そうなの……!?」
 瞬間――
 グレンのいた位置が低すぎたのだろうか。振り回されたドラゴンの尾が、グレンの体を打ち飛ばした。
「―――っ!!!」
 グレンの小さい体が飛んでいく。
「グレン!」
 フリッツは叫んだ。
 懐から取り出したのは聖獣装具――白銀色の、短剣。シルバーファング。
 これなら切れないものはない。これを使うためには懐に入らなくてはならないから、避けようと思っていたのだが――
「よくもグレンを……っ!」
 決死の覚悟だった。
 フリッツは、暴れるドラゴンに肉薄した。
 振り回される尾に足をかけ、迫ってきた腕にシルバーファングを走らせる。
 ひゅっ――
 ドラゴンの腕が飛んだ。
 その際に避けるのに失敗して、飛んだ腕の爪でフリッツの翼が傷ついたが――
「構うものか……!」
 ちらりと見た先。弟が地面に倒れふしている。
 グレンの様子を見ている場合ではない。その隙に炎を吹かれたら、グレンはともかくフリッツが危険、近寄ってこられたらさらに二人とも危険。
 今のうちに――止めを刺す!
 横からもう一本の腕が襲いかかってきた。
 今度は短剣を出すのが遅すぎた。フリッツは後退する。しかし翼を持つ者であるフリッツは、風の抵抗の問題で後ろへ跳ぶのは得意ではなかった。
 ざ、くっ
 ドラゴンの爪が、フリッツの腕を傷つけていく。
 しかしこの程度の傷、弟を傷つけられたことに比べたら何だと言うんだろう?
「負ける、か……っ!」
 フリッツは再度ドラゴンの懐に飛び込んだ。
 尾が飛んでくる。短剣を閃かせる。
 緑の血がはねる。ドラゴンの血が。
「グレンの痛み……思い知れ!」
 ざっくりと短剣で裂かれた尾を踏みつけ、フリッツは血に濡れた短剣を――

 思い切り、ドラゴンの胸へと突きこんだ。

     **********

「ごめん……フリッツ兄ちゃん……」
 グレンはしょぼんとした顔で、腕に包帯を巻くフリッツを見ていた。
「まったく……いいか、できない仕事は請け負うんじゃない!」
 フリッツはぷんぷんと怒っていた。
 フリッツは腕に重傷、グレンは軽い打ち身。
 グレンの仕事だったというのに、これでは立場が逆だ。
「そ、それでも……僕も頑張ったもん」
 グレンは小さな声で反論を試みた。
「だめだ! まだまだだ、もっと簡単な仕事を見極める目をつけろ!」
「何だよう!」
「大体お前、何だってこんな早くから冒険者になんかなりたがってるんだ……!」
 フリッツはぶつぶつと文句を言う。
 グレンは心の中で、べーっと舌を出した。
(言わないもんね。……兄ちゃんたちに憧れてるなんて、絶対言わないもんねっ)
「いいか、グレン。二度とこんな仕事請け負うんじゃないぞ。分かったな!」
「やーだ! 僕は諦めない……!」
「グレン!」
「やーだ!」
「せめて簡単なものから……!」
 ――兄弟の言い合いは続く。
 お互いの心のうちは知らぬまま……

 さて。
「僕は兄ちゃんたちに近づくんだもん」
 頑張るグレンは今日も無茶な依頼を引き受け、フリッツに助けを求める。
 フリッツに叱られ、同じことの繰り返し。

 グレンの願いが叶う日は、いったいいつになることやら……


 ―Fin―