<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


偽者退治〜悲しみの旋律〜

「まあ、偽物ですか?」

 活気溢れる白山羊亭内にて可愛らしい声が上がった。
 美しい姿をした、背中に羽を持つ少女だ。妖精だろう。
 彼女は再び「偽物……」と呟き、一瞬の後、興味津々の顔で身体を乗り出させた。
「そ、それって、わたくしの偽物もおりますの?!」
「ああ、誰が行っても自分と同じ顔したヤツが相手になるってんで、幻惑の魔法か何かだって言われてるけど……実際自分と同じ顔したやつに遭遇するっちゅーのは何とも恐ろしいことだわな」
 がっしりとした己の身体を抱きしめるようにし、男は「おーこわ」と身体を震わせてみせた。そして「あんたも気をつけな」と言って席を立ったのだが。
「まあぁ……わたくしがもう一人!?」
 歓喜に震える声を出し、浅い呼吸を何度か繰り返し、少女が立ち上がった。
「行きましょう! マメル!」
 呼び声と同時に何か虫の様な小さなものが飛び出る。
「いけません、ミミ様! そのような危険なことを!」
「いいこと、マメル。このような危険な状況を放っておくのは冒険者として情けないことですわ」
「いいえ! 余計な好奇心を持たねば危険なことはありませんぞ!」
 バシン、という派手な音と共に虫の様なものは見事に彼女の両手に潰され、そのまま地面へと落ちていく。少女はそれを笑顔で見つめながら気分を切り替えるように息を吸った。
「さぁて、ワクワクしますわね。どのような恐ろしい魔物なのでしょう!?」
 鼻歌まじりで小躍りしつつ、ミミと呼ばれた少女は白山羊亭を後にした。彼女が叩き落した虫の様なものには目もくれず。

「う……ううっ……」
 ミミによって叩き落された虫――マメルは嘆きの声を上げながらズルズルと立ち上がった。羽虫にしては大きめで、人の小指ほどの小さな小さなマメル。良く見ると緑の髪に緑の瞳を持った小さな子妖精であった。
「ミ、ミミ、さま……」
 マメルは溢れる涙を懸命に拭きながら主の名を呟く。そして思い立ったようにハアハアと荒い息をしながら起き上がり、力の限り叫んだ。
「どなたか、我が主人を救ってくだされい!! 我輩が思うに、敵は幻術を操る姑息な魔物。どなたか我こそはという勇者はおらぬか!?」
 こんなにも多くの者がいるのだから一人くらいは付き合ってくれるだろうと。助けてくれるだろうと。むしろミミ様の危機を助けようと思わぬ者がこの世にいるものかなどとまで考えつつ、けれど誰も答えてくれなかったらどうしようという不安な考えは消えてくれない。――マメルは実はとっても小心者なのだ。
 だが――。
「私が協力しよう」
「俺も行くぜ」
 幸いにもマメルの呼びかけに同時に声が上がった。斜め左前のテーブルと斜め右後ろのテーブルからだ。
 一人は美しい金の髪を一つに束ねた軍人らしき女性、キング=オセロット。
 そしてもう一人は長身にたくましい肉体を持った男性、オーマ・シュヴァルツだった。
 どちらも凄腕の冒険者を予感させるいでたちで、マメルは目を輝かせた。彼ら二人がいればミミを助けることなど容易であろうと。――自分が危機に陥ることもないであろうと。
「おお、ありがたい! ……っと、感謝するのはミミ様と合流した後である! ともあれ、ミミ様を追うぞ!」
 マメルは小さな身体を素早い動きで翻し、二人の護衛に合図を送ったのだった。


 その出来事は数時間前の出来事だ。

 一行はマメルから主人であるミミについてやら経緯やらを話されながらテクテクと歩き続けた。しかし行けども行けどもミミの姿は見えなかった。道は途切れ、狭く獣道となった横道に曲がって森のような場所へ出る。人気のない場所に恐れを感じながらも、それでもマメルは「きっとミミ様はこっちに向かわれたはず」等と言い張った。
「ふむ……マメル、あなたの主は随分と行動力のある方のようだな」
 きょろきょろと辺りを探るマメルを横目で見ながら、オセロットはそこらにあった大きな岩場に寄りかかって煙草を咥える。
「む、むむむむ……そうなのじゃ。ミミ様は見目麗しくご身分も申し分ない方。……それなのにあの性格が災いしておると我輩は考える。問題事に首を突っ込む癖はミミ様の将来にとって好ましくない!」
「……問題事、ね。そんなこと言ったら俺らも問題事に首を突っ込む輩ってことになるんだがなあ」
「あ、おぬしらは良いのである! おぬしらがおらねばミミ様を救えぬのだから!!」
 オーマの呟きに慌てて己の発言とは矛盾したことを告げるマメル。そんなマメルを横目で見つつ、オセロットはフゥと煙を吐く。
「で、結局どちらなんだ」
 オセロットの言葉に、マメルは弾かれるように再び辺りを探り出した。
「おい、こっちに洞窟があるみてぇだ!」
 オーマの呼びかけに「おお、でかしたぞオーマ!」などと声を上げてフラフラと跳び寄って来るのを見つめながら、オセロットはマメルが全く役に立たない存在であることを理解したのだった。

 地下洞穴になっているそこは、暗く湿り気があって通路が狭いという何とも嫌な場所だった。
「み、ミミ様がこのような場所に一人で向かったと申すのか?!」
「おまえがこっちだって言ったんだろ?」
 あまりの恐怖に混乱してきているマメルにオーマが返す。そんなオーマにマメルは尚も言い返そうとしていたが恐怖に身体が震え、言葉にならず、不本意ながらオーマの陰に隠れていた。
「静かにしろ」
 突如、オセロットが声を上げた。思わずビクリと身体を震わせて、マメルは呼吸すらも止める。辺りを伺うようにして漸く異変に気付いた。
 狭く暗い洞窟だったはずだ。けれど目前には湖があり、その傍には枯れかけた桜の樹が立っていた。
「……なんと、このようなところに……」
 マメルはフラフラと湖に近寄る。どこかで見たようなその光景に、思わず近付かずにはいられなかった。そっと、湖を覗き込んでみる。どんよりとした水面はマメルの顔を映し出すことなく揺れていた。
「地下洞窟内に湖と桜の樹、か……怪しいな」
「ああ」
 オセロットは秀麗な眉根を寄せて辺りを探り出した。オーマも続いて歩き出す。が、マメルはそこから動けないでいた。枯れた桜は何度見ても変わらない。だが違和感を感じる。この光景は、この桜は、こうであってはならないのだ――。

《だれ、か……》

 声が聞こえた。
「?! ミミ様っ?!」
 慌てて呼びかける。けれど変わらず枯れかけた桜の樹。ハラハラと落ちる花びらは湖へと吸い寄せられるように翻っていく。そして同時に――。
「……!」
 美しい鈴のような音が聞こえた。
「ミミか?」
 オセロットの声にオーマも気配を探るよう辺りを見回す。途切れ途切れに響く音、美しく、儚い、綺麗な音。それは何事か言っている。
「……歌?」
 誰かが呟いた。そうだ、歌だ。何処からともなく歌が聞こえる。そしてその旋律は水面を揺らし、水を流れに乗せ――――。
「っ! こ、これは……!!」

 ――――辺りを包み込んだ。

 目を開けていられぬ程の花吹雪が舞起り、己を包み込む。そのまま足を踏み外し、足は大地を踏みしめる感覚から離れた。鋭い水音が響いた後、己の叫びなのか他人の叫びなのか、それとも他の者の叫びなのか分からぬ音が頭の中で響き、そのまま意識が遠のいて行った。




『マメル、わたくしの夢を教えてあげましょうか?』
『はっ、是非!』
『……わたくしの夢はね……』



 遠い日、そんな話をした気がする。けれどなぜそのようなことを思い出すのか――。




「……はっ?!」
 気付くと、そこは――――マメルにとってよく知っている場所だった。
「なんだったのだ? さっきの現象は」
 頭を抱えながら起き上がるオセロットは辺りを見回し瞬時に異変に気付いた。
「桜が……」
 先ほど見た枯れかけた桜の樹は、若々しく咲き誇っていた。美しい湖に美しい桜。それは幻想的な世界のようであり、このような洞窟内には相応しくない世界だ。むしろ――洞窟内に居たはずなのに此処はどこか、違う空間のように思えた。
 視界いっぱいに広がる緑。美しい花々。青く澄んだ済み渡る空。
「くっ、これが幻惑か?」
「……ち、違う……。ここは……ここは、我らの故郷……?」
 マメルが震える声で何かを告げようとする。しかしうまく言葉が紡げずもどかしさを覚えた時――桜の幹に背を預ける人影があるのを見つけた。
「み、ミミ様!!!」
 マメルの声にもミミは反応を示さなかった。ただ、愛しげに幸せそうに歌を口ずさんでいる。
 優しく温かいその旋律は、戦意をなくして気力がなくなってくるかのようで――。
「ミ、ミミ……さま」
 マメルは涙を流しながら地面へ足を付けた。そしてそのまま倒れこむ。
「……マメル、あれはあなたの主ではないな?」
 オセロットの問いかけにマメルは気が遠くなるのを感じながら、「わ、わかりませぬ」とだけ呟いた。
「ひとまず歌を止めさせないといけない」
 オセロットはミミの元へ駆け出そうとする。
「待て」
 それを止めたのはオーマだった。
 オーマには魔物の幻惑について、そしてこの場所について分かっていたのだ。
 先ほど感じた嫌な感じ。彼が何度も感じてきたものだ。全ての脅威で忌むべき罪咎、そして罪垢の証たるモノ――具現。ここにいる魔物は彼が追い続けており、そして彼の天敵でもあり――救いたい存在、ウォズだ。ウォズの目的は分からない。けれど殺しあうことではなく、消しあうことではなく、共に生きる道があるはずなのだ。
「アレは……そしてこの場所も幻惑じゃない。この場所は、ミミへ対する…………まやかしの鏡面世界だ」
「幻惑ではないか」
「いや、違うんだ。待ってくれ……アレは……」
 オーマは必死で言葉を、いや、敵を探っていた。目的、行動、そして望みを――。
 このウォズの目的は何か。封印ではない解決策は何か。
 彼の戸惑う態度は彼の豪快で勢いのある性格とは全く異なっていた。だがオセロットは構わず敵を見据えて一歩踏み出す。
「関係ない。倒せばいいだけのことだろう」
「待て!」
 オセロットは幹に持たれる少女へと駆けた。彼女がミミの元へと辿り着いた時、ミミであった存在はオセロットの姿へと変化するのが見えた。
「くっ……」
 オーマは様々な思考を吹き飛ばすように乱暴に首を振った。彼の周りは元の洞窟内に変わっていた。ミミへ対する具現が終わり、オセロットに対する具現に変わっているのだと気付く。――つまり、相手にあう具現世界を作り出している。

 目的は何だ?
 望みは何だ?
 相手を油断させてその隙に襲うためか?
 ――それならもうミミは――。

 ――けれど、彼は気付いた。彼が立っている場所は元の洞窟内と同じ構造であるが薄暗く古ぼけた通路や岩石はない。常に誰かが道を掃除し、岩を磨き、其処を住処として安らぎを得ている場所。
「ここは……鏡面世界か」
 上の――元いた洞窟内はこちら側のものよりも酷く古ぼけており、泥に塗れた陰鬱な雰囲気漂う場所だった。とても人が近付きたがるような場所ではなかった。
 そう考えるとあの時見た枯れた桜はこちら側にあったミミへの具現と対称であったのだろう。だから今、ウォズがオセロット相手にしているためこちらの若々しい桜の樹も消えている。
 それならば――――。
 オーマは若々しく咲き誇っていた桜の樹があった場所へと駆けた。二人のオセロットは交戦中に移動でもしているようでどこか奥の方から音が聞こえた。
「ミミ!」
 思ったとおり、妖精のミミは桜の樹があった陰にある岩穴で気を失っているようだった。
「おいしっかりしろ!」
 軽くゆすってやるとミミはうっすらと目を開いた。――彼女は泣いているようだった。
「わたくしは……わたくしは無事ですわ。あの方はきっと、このままわたくしを帰してくださるつもりだった……」
 虚ろな視線を彷徨わせ呟き、そしてミミはハッとなって身を乗り出す。

「そう……このままではいけませんわ! あの魔物さんの元へ連れて行って下さいませ! わたくし、謝らねばなりません!!」

 ミミの叫びにオーマは大きく頷き、彼女を支えながら戦いの場へと歩み寄った。
 ――同時に聞こえる銃声。
 一瞬、身体が緊張で固まる。――が、一瞬の後、桜の花びらが舞い踊った気がした。

「そいつは死んでねえ! 死んだフリをしてるだけだ!!」
 オーマの叫びに戦いを終えたオセロットは己の倒した相手を振り返る。
「……己の死に様を見せて惑わすとは随分と性質の悪い魔物だな」
 オセロットの呟きにオーマは身を乗り出して叫んだ。
「違う! あれは――」
「あれは……心の優しい悲しい存在」
 オーマが目を見張ってミミを見る。オセロットもミミを見る。ミミはオーマに支えられながらも何処か違う方を見つめていた。
「誰にも邪魔をされたくないだけなのですわ。ただ、この地を荒らす存在を追い払いたいだけなのですわ」
 悲しそうに呟きながらミミは歩み出す。いつの間にか再び蘇っていた桜の樹へと近付くと――大きな幹の裏側でもう一人のミミがいた。
 悲しく美しい旋律が響き出す。
「それは、退魔の唱。ごめんなさい……退魔の唱は邪悪な気を持つ霊体にしか効きませんの。それでは……わたくしたちを追い払うことは出来ませんのよ」
 ミミは瞳を伏せて頭を下げた。そして己の化身をそっと抱きしめた。
「もう静かな暮らしの邪魔は致しませんわ。申し訳ありませんでした」
 ミミの言葉に、もう一人のミミは小さく頷き、そして目を閉じた。――同時に起こる花吹雪。

 一行が気付くと、そこは洞窟の入り口だった。

 事件は――どうやら解決したようだ。



 街へと戻る間、一行は不思議な現象について語り合った。
 気を失っていたマメルにとっては状況が全く状況が掴めぬままに終わってしまった事件だ。根掘り葉掘り聞きたいと願うのも当然だ。
 ミミは己の好奇心ゆえに魔物を傷つけてしまったせいか浮かない表情を浮かべたままに説明を繰り返したのだった。
 つまり――あの魔物はただ静かに暮らしたく、侵入者を防ぐためにあのような方法を取っているのだと。そして力ない者、無害の者には出来るだけ穏便に引き返してもらいたいと考えていたのだろうとミミは告げる。
「実はあの桜の樹や湖はわたくしの故郷のものですわ。そして赤子を得る事は……わたくしの夢。故郷を思い出させ安心させ、そして願望を映し出し惑わして、戦意を無くそうとしたのだと思います」
 その上ミミの歌声は人の心を操り、惑わすことが出来る特殊な技だ。それならばそれを利用すれば簡単に邪魔者を追い返すことが出来るだろう――魔物はそう考えたのだろうとミミは告げた。現にマメルはミミの力を利用した魔物により戦意を無くして気を失ってしまった。
「戦意を失わず挑んでくる者にはその者と同じ姿で惑わすしかないと――そう考えたのでしょう。誰だって己自身が襲ってくるということに慣れていませんし、避けたいと思いますわ」
「そうか……私には感傷攻撃は効かない。だから私は自分と戦うことになったのだな」
「……オセロット様が魔物さんを引き付けてくださっていたお陰でわたくしは救われました。ありがとうございます」
「いや、礼には及ばない」
「オーマ様も、ありがとうございましたわ」
「ああ」
 オーマは話を振られ、何かを考えていたようだったが気を取り直すように笑った。
「俺も……ありがとな」
 ウォズの想いを受け止めてくれて――。
 
 彼の言葉にミミは首を傾げたけれど、マメルが何事か騒ぎ出したためにうやむやになってしまった。


「オセロット、オーマ、感謝するぞ! ミミ様を救い出したおぬしらはこの世界の英雄じゃ!」

 一番嬉しそうに、偉そうにしているのはマメルで。
 実際マメルは何の役に立ったのか、この位で英雄になれたら誰もが英雄だなどと皆それぞれ思ったが、決して口に出すことはしなかった。
 そしてほんのちょこっとだけ――ミミの姿で人々を追い返すウォズのせいで「ミミは魔物だ」などという噂が立つのではないかと思ったが――それはそれ、その時になって解決策を考えれば良いだろうと思ったのだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2872 / キング=オセロット / 女性 / 23歳 / コマンドー】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】


NPC
【ミミ】
【マメル】