<PCクエストノベル(3人)>
『淡き薄紅の花の如し』
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)副業あり】
【 2079 / サモン・シュヴァルツ / ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【 2080 / シェラ・シュヴァルツ / 特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】
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誰でも繋がる訳ではない。
繋がるには理由がある。
それは縁。
因果。
望み。
絶望。
悲しみ。
憐憫。
おまえは、どれ?
+++
それを知ってる。
でも知らない。
知っているのは僕じゃない。
僕の深層意識。
人は一番最初は一つの大きな光り、意思だった。
それが枝分かれして、分裂して、大きな一つが、一つひとつ個を生み出した。
全は一
一は全
すべての生命はだから深層意識で繋がっている。
人間もそうではないモノも。
浮かぶ泡は、その繋がっているモノが、見た夢。
泡が浮かんで、
僕は代わりに沈んでいく。
そこは夢ノ宮。
魂が最後に行き着く場所。
極楽浄土。
天国。
宗教によって様々な名前を付けられている、魂の故郷。
人は誰でもそれを持っている。
一は全で、
全は一だから。
沈んでいく場所に居たあなたは…………
とても嬉しそうな顔。
だけどとても悲しそうな顔。
何をそんなに憂いているの?
蒼いルージュが塗られた唇が動く。
何?
何を言ったの?
彼女は悲しそうに微笑む。
本当に泣きだしそうな顔。
そして彼女は最後に、
頼むね………
そう言って僕のお腹、
――――子宮の場所に手を当てた。
それは夢から醒めた途端に、砂糖菓子が水に溶けるように、消え去った。
だけどただ、自分がとても大切な者に出会えたのに、捨てられたような、そんな哀しさだけが、僕の心に残っていたんだ。
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→OPEN
海人の村フェデラ。
海中に存在するその村には彼らが持つ【水中呼吸薬】、【ふやけ防止塗り薬】を使用すれば地上人もフェデラへと行く事が出来る。
フェデラにも桜があるのだという。
海中に咲く桜。
地上でそれが咲くように、海でもそれが咲くという。
マリンスノー。海中のプランクトンの死骸が生み出すその幻想的な光景のように、
海に咲く桜とは、地上で見るそれとはまた違った感慨をもたらした。
その桜見物。
シュヴァルツ一家はその花を見るためにそこへと来ていた。
オーマ:「かぁー。見事なり。見事なり。こりゃ参ったね。素敵に無敵だぜ、この海中桜っていう奴はよ」
一家の大黒柱という名の下僕、オーマ・シュヴァルツは海人が地上人の観光のために用意した屋形船(本当に形としては船だ)に乗りながら咲き誇るそれを眺めていた。
桜はこの村が出来るはるかそれ以前からそこに存在していたらしく、どうして桜がそこにあるかは不明なのだとか。
故に学術的調査による証明よりも人々のその空白の時間を埋める想像の方が先に際立ち、多くの伝説が存在した。
海の中で咲き誇るそれ。
淡い薄紅の花びらは時折海流に乗って枝を離れ、海を漂う。
地上でそれが風に乗って、花霞み、淡き薄紅の乱を起こすかのように。
シェラ:「本当に奇麗ね、これは。地上で見る桜もこの世のものかと風情を感じるけど、海の中で見るこれもまた、幻想雅な想いを抱かせてくれる」
オーマの妻、シェラは海流に乗って流れてきた花びら一枚、指先でとって、嫣然と微笑んだ。
海に咲く桜の優雅さと艶やかさに目と心を奪われて感嘆のため息を零してばかりいる両親に挟まれた、シュヴァルツ夫妻の娘、サモン・シュヴァルツはしかし両親とは違う方向を見ていた。
彼女の瞳の先。そこにあるのはまた、桜の木一本。
それだけが、そこにぽつん、と離れてある。
他の桜とは離れてそこにあるのは何故?
それは哀しいだろうか?
寂しいだろうか?
サモンは船の床面を軽やかに蹴って船から飛び出すと、その桜の方へと泳いでいった。
そんな娘の後ろ姿を見て夫妻は顔を見合わせる。
そしてそこで初めて夫妻はその離れた場所にぽつんとある桜の木に気付いた。
何故だかそこにそれが今まである事に気づかなかったのだ。
どうして?
オーマ:「何であれだけ、あそこにあるのさ?」
船頭:「や、それは私たちも分からないのです。何せこの桜の木は私たちがここに村を作る前からありましたから」
しかしシェラがわずかばかりに眉根を寄せたのは明らかにその船頭が何かを隠していたからだろうか?
それは女の勘、だった。
何はともあれ、娘が気になった。
オーマは船頭にそちらに行くように命じると、自分は先に娘を追いかけた。
父がこちらに向かってきているのは気配で分かったが、それを待とうという気にはなれなかった。
どちらかというと、この胸に宿る哀しい、息が詰まるような想いから、そこへは独りで行きたかった。
独りで行って、そしてそこで逢瀬を重ねていた男を待つように、そうやって桜の花をただ見上げて、
こぽこぽこぽ、という気泡が視界を通過する。
ほんの一瞬だけ見た白昼夢は何だったのだろう?
心の中にある感情を思った瞬間に、それは心の奥に引きずりこまれて、そしてそこ(底)にいたのは…………
風鳴りにも似た音が、サモンの耳朶を叩く。
揺れる枝。
海流に乗る淡い薄紅の花びらは尽きる事を知らず、サモンを飲み込んだ。
包み込まれる。
海流に流されて、もみくちゃにされながらサモンは流されていく。
普段の彼女ならばこれぐらいの潮の流れなどものともせずに泳ぎきる事はできたはずだ。
しかし下腹の辺り、ちょうど子宮の辺りが熱くうずいて、身体に力が入らなかった。
熱がそこにだけ宿り、身体は痺れて、いう事を聞かない。
オーマ:「サモン」
白昼夢。
広い大草原。
真っ青な青空の下で、真っ白なワンピースを着て、そこに立っている5さいぐらいの自分。
その自分の頭に被っている麦藁帽子が飛ばされていく。
頭に手をやった時にはもう遅くって、そしてその飛ばされていった帽子は見えなくなって、
代わりに自分の居る場所に陰が出来て、誰かがそこに立っていて、大きな手で頭を撫でられて、
サモン:「………オーマ」
オーマ:「おう、気がついたか、サモン?」
にぃっと笑うオーマ。
ついでサモンは自分が父の広い胸に抱かれているのを知り、わずかながらに頬を赤く染める。
サモン:「大丈夫」
そう言いつつサモンはオーマから離れた。
恥ずかしかったのだ。
対してオーマは苦笑を浮かべる。
もう少し久方ぶりに娘を抱いていたかった。子の大きくなった事を喜ぶ気持ちと、何だか自分が置き去りに、巣立っていく娘に一抹の哀しさのようなものを感じる。
オーマはサモンに桜の木を指差した。
オーマ:「行くんだろう?」
サモン:「うん」
一本だけ離れた桜の木。
その幹にはしめ縄と、そして刻印が刻まれていた。
その刻印を見た瞬間にまたサモンの子宮がうずいた。まるでそこに命があるように。
もちろん、サモンには子を産んだ経験も、身篭った経験も無い。しかしそれが女と言えば良いのだろうか?
例えば女は行為に及び、その結果着床した瞬間、それが、自分が母親になった事がわかるという。母の、女の本能で。
それと同じ、事が起こっていると………
サモンは子宮の辺りを両手で大事そうに触った。
ようやく追いついた船から娘を見るシェラはその光景に何を思うのか、深い表情を浮かべた。
一本だけある桜の木。
しめ縄を締められて祭られているそれは神木といえばいいのだろうか?
そして幹に刻まれた刻印は………
地上では桜の花びらは降ってくる。
しかしこの海中ではそれは無い。
花びらはただ、海流に乗って、どこまでも、どこまでも………
だけどサモンがその広がった桜の枝の下に立った時だけ、それはサモンを包み込むように、包み込むように、舞い降った。
そしてその花霞の中でサモンはひとりの少女と出会う。
淡い薄紅の髪と瞳の少女。
オーマとシェラも彼女を見た。
しかし夫妻は動けなかった。
とてつもなく荘厳な気配によって縛られて。
少女はサモンの前に立って、微笑む。
少女:「約束通りに来てくれたんだね、サモン。とても嬉しい」
そして少女は、サモンの額を覆う髪をそっと丁寧に梳い、掻きあげて、額に唇を当てた。
目を大きく見開いて、赤くなるサモンに少女は囁いて、そうして海流に乗って花びらが散り散りに流されると共に、その場から居なくなって、
――――――それで、
オーマ:「サモン!」
シェラ:「サモン」
遠くなる意識の中で、サモンは両親の悲壮な自分の名前を呼ぶ声を聞いて、
でもその状況をどうにもできずに、
意識を失った。
+++
フェデラの村には動揺が駆け抜けていた。
まさか伝説が、
あの言い伝えが本当になるとは………。
意識を失い、倒れた娘の看病のために部屋に篭るシュヴァルツ夫妻を余所に、村人たちは他の観光客全員を問答無用で帰らせ、
そして武装した彼らは、シュヴァルツ一家が居る宿へと向かっていった。
その顔にはどれも、鬼気迫る表情が浮かんでいた。
+++
先ほどから落ち着きの無かった亭主を一喝したシェラは娘の汗ばむ顔を塗れたタオルで拭いてやった。
目は自然とサモンの両手がしっかりと乗せられている腹へと行く。薄い娘の腹は何ら変わった様子は見受けられなかったが、しかしそこには女同士でしかわかりあえないような感覚のようなものが感じられた。
もちろん、そんな事があるはずが無いのはわかっているが。
しかしその雰囲気はまさにそれだった。かつて自分も体験のした事がある。
シェラはため息を吐いて、妻に引かれたデットラインの向うで心配そうに娘の身を案じている夫を眺めて、深いため息を吐いた。
オーマの顔がそれに苦笑を浮かべる。
シェラは軽く肩を竦めて、言った。
シェラ:「こっちに来なよ」
オーマ:「おう」
二人して娘の顔を覗き込んだ。
本当にいつの間にか大きくなった娘。
しかしその娘を想う気持ちは少しも色褪せる事は無く、寧ろ肥大していた。
オーマ:「明日にも聖都に帰ろう。そこで精密な検査を。身体的な点では異常は見られなかったんだ。だとしたら呪術的なモノなのかもしれない」
シェラ:「そうだね。確かにあの光景は異常だったものね。骸骨が、サモンに口付けをしていただなんて。それに村人の態度も気になったというか………」
シェラはオーマの顔を見て、苦笑する。
オーマも子どもの悪戯を見つけて苦笑するような表情を浮かべて、肩を竦めた。
オーマ:「現在進行形で気になるな。本当によ」
オーマは立ち上がる。
オーマ:「どちらにせよ、やるしかねーのさ。ならやるしかねーだろう?」
シェラ:「だね」
オーマは部屋を出て行った。
シェラはその旦那の後ろ姿を見て、軽くため息を吐く。
シェラ:「やりすぎなければいいけど」
静かに閉められたドア。
しかしそのドアの向うに消えていった温もりの分だけ温度の下がった部屋の空気に怯えるように、サモンが目を醒ましたのはその転瞬後だった。
シェラ:「おはよう」
サモン:「………僕」
シェラ:「気を失ったのさ。あの髑髏に口付けをされて」
額を指差す母にサモンは目を見開いた。
ゆっくりと意識が明確化していくのが瞳の光りによってわかる。
サモンの記憶が繋がったようだ。
サモン:「僕には、桜と同じ色の髪と瞳の女の子に見えた」
シェラ:「そうかもしれないね。あれはサモンにはそう見えたかもしれないね。あれはサモンの名前を知っていた。だけどどうして?」
サモンは首を横に振った。
そのサモンの揺れた前髪の隙間から見えた額にシェラは目を細めた。
シェラ:「これ」
サモン:「え?」
サモンは布団からおき上げると、浴衣の前を慎重な手つきで神経質すぎるぐらいに合わせて、鏡の前に立った。
額を覆う前髪を掻きあげて、鏡に額を映す。
鏡像の自分の額にあるそれには見覚えが合った。
サモン:「これって、あの桜の?」
シェラ:「そうだね。だけど一体どうして?」
娘はふるふると顔を横に振って、そして母は口元に手をやった。
もう一度サモンは鏡を見る。
目を大きく見開いたのは、鏡に映っているのが自分ではなく、あの少女だったから。
母が言うような骸骨なんかではなく、ちゃんとした娘の顔。
美しく、そしていつも悲しそうな顔。
その唇が動いた。
逃げて―――
転瞬、部屋の扉は確かに鍵がかけられていたはずなのに、鍵が開けられて、この村の村人がなだれ込んできた。
サモンは迷わなかった。
+++
鈍い音がしたのはオーマの拳が相手の顔面にめり込んだからだ。
少々荒っぽいが大切な娘を狙う輩に遠慮してやる云われは無い。
そう。あんなにも重い物を背負ってしまった娘のためにも自分は!!!
その時だった。
二階の、自分たちが泊まっている部屋の窓ガラスが割れて、
そしてその窓の澄んだ破壊音と共に飛び出してきたのは娘だった。
+++
シェラ:「サモン!!!」
シェラは振り返り、娘に手を伸ばすがしかし、その手が娘に届く事は無かった。
シェラは割れた窓の向うに消えていった娘を追って、自分の身体の前で両腕を交差させて窓の残骸に飛び込む。
地に着地して、そして娘を追いかけようとして、
その妻の手をオーマが掴んだ。
腕を引っ張られたシェラはオーマの胸倉を掴んだ。
シェラ:「何をやっているのよ? オーマ。サモンが」
オーマ:「ああ、わかっている。わかっているがよ、でもその先にこいつらを倒す方が先だ。サモンの行った先は分かる。あの桜の木のところだ」
シェラ:「はあ?」
そしてシェラはようやくそこで周りを見て、自分たちを囲んでいる魚人を見た。
それらはとても気味の悪いものだった。
シェラ:「こいつらは?」
村人:「魚人です。こいつらはサモンさまが身篭られた海の神を食おうとしているのです。ですから我々はこいつらからサモンさまを守るために」
オーマ:「そういう事だ。だからここは俺に任せろ。シェラはサモンを」
シェラ:「あいよ」
シェラはオーマにウインクして、それで身を翻し、サモンを追った。
そしてオーマは魚人たちに驚異的に腹黒さを感じさせる笑みを浮かべた。
+++
サモンはどのようにしてそこまで来たのか覚えていない。
気付いたらそこに居た。
あの桜の木。
独りぼっちの。
どうしてあの桜がそんなに気になったのか?
自分と同じだと想ったからか?
それとも深層意識の奥深く、そこで出会った彼女の事を、託された命の事を感じていたからだろうか?
一は全。
全は一。
だから気付いた。
いいや、違う。
やっぱり、知っているからこそ。
真っ暗な部屋。そこに帰ってくる悲しみを。
寂しさを。
それが独りだけでぽつんと咲いているそれと重なった。
サモンは桜の木に触れる。
子宮が熱い。
うずく。
そこにある生命が生まれようとしている。
海の神。
それはそう言われている精霊。
それはかつて海辺の町の生娘の少女の子宮に宿った。
生まれるために。
だけどその度に魚人たちに食われた。
生まれられなかった。
それでも深層意識の奥深くにある、かつて全てが一つだった事を感じさせるその奇跡によって、それを孕む娘たちが居て、
でもその辿る運命は同じで。
娘の無念を、
生まれてはこられなかった悲しみを感じさせるかのように、
二つの命が散ると同時に、
桜の木が海の中に生まれた。
その度に。
そしてあの刻印の桜の木となった娘は、その悲しみが絶大で、
独り離れて咲いて、
そうしてフェデラを作り、準備を整えた。
今度こそ海の神を、誰かが生む事ができるように。
できるように。
少女:「生まれるよ。海の神が生まれるよ」
サモン:「うん」
サモンは自分の腹を、子宮を両手で覆う。
生まれる………
それは遠い昔の事だったから、誰も知らない。
魚人などというものはそれの鱗が変じただけのものなどとは。
それはサンショウウオに似ていた。
鈍色の鱗に覆われたそれは四肢で海の大地を踏みしめて、咆える。
それは喜びを噛み締めて。
それは溢れんばかりに欲望に塗れて。
この世界には必ず天敵というモノが存在する。
それにとっては海の神とは、食料であり、駆逐すべきもの。
故に生命の神秘とも言うべき、その光景を前にしてもただ、数千年ぶりに食えるその歓喜しかない。
サモンは子宮を両手で抱えて、桜の木を背後にして、それを睨んだ。
サモン:「何よ? 何、そんな嬉しそうな顔をしているのよ? このばかぁー」
叫ぶ。
泣き叫ぶ。
そしてそれの声に応えるように、
シェラ:「ああ、そうだねー。本当に馬鹿だねー」
母が現れる。両手で携える大鎌をそれに向けて、不敵に微笑む。
シェラ:「誰だい、今、あたしをおばあちゃん参上、って言ったのは?」
艶やかに微笑む。
シェラ:「まあ、サモンが産む子だ。だったらあたしの孫で、そしてそれは命を懸けて、守るべきものだけどねー」
大地を蹴って、それに襲い掛かる。
しかしそれはここにある桜の数だけ海の神を喰らってきたのだ。それを孕んだ娘たちごと。
シェラの鎌の切っ先がそれに触れようとした瞬間に、しかしそれが止められたのは、鱗に浮かぶ顔を見たから。
見てしまったから。
―――子宮に宿った命を産めなかった無念に彩られた少女たちの顔を。
動きを止めてしまったシェラ。
その彼女に化け物は一撃を叩き込む。
彼女の細い身体が吹っ飛ぶ。
彼女の軌道上に赤い血が舞った。
憐れみが、
隙を作った。
同じ女だから、
動きを止めてしまった。
自分はサモンを、産んだから、
母親だから
母親だから、
だからこそその無念さを――――
そしてその化け物は、サモンから産まれかかっているそれをサモンごと喰らうために、襲い掛かる。
瞬間に、花たちが、全て舞って、
サモンを舞い囲った。
それは守るように。
抱きしめるように。
花は、守る。
自分たちが出来なかった事をしようとするサモンを。
命を。
鱗から解放されていったのは怨念。
なら、できる。
―――いや、しなければならない。
ここでそれができるのは、自分だけだから。
そしてシェラは大鎌を振り上げて、その化け物に襲い掛かる。
その一撃は化け物を沈めさせた。
海を染めた血。
それから目をそむけるようにシェラは背後を振り返り、
そうして産まれたそれは産声を上げた。
海の中が喜びに満ち溢れる。
確かに海は、祝福していた。
その命の誕生を。
しかし!!!
その瞬間、それに誘われた物。
シェラの一撃によって気絶していたそれすらも喰らい、現れたそれは、先ほど現れたそれよりも巨大で禍々しい化け物。
牙を剥き出しにし、涎を出して、向かってくる。
シェラは大鎌を構え、娘たちを守ろうとするが、
しかし先ほどのダメージが、効いていて、動けない。
大振りの一撃が、シェラに叩き込まれて、そして化け物は、サモンに向かう。
母親さえも喰らったそれは、産まれたばかりの海の神を喰らわんと、
サモンはまだ生ればかりで形を保てないエネルギー体でしかない、それを抱きながら、母を目で追う。
母は瀕死だった。
もう死ぬ事はわかった。
それでも娘を想う母は、残りの最後の最後の最後の最後のそのまた最後の力を振り絞って、唇を動かした。
サモン、逃げて………
シェラ:「逃げれない。逃げれないよ。置いて逃げる事なんて、できないよぉ」
泣き声をあげた。
そしてシェラは叫んだ。
助けに来て欲しい人の名前を。
瞬間、海が震えた。
食欲という欲しか持ってはいないようなそれが、動きを止めた。
止めさせられた。
それによって。
目で追ったのは、自分の横を駆け抜けていった何か。
気泡があがる、その中でそいつは居た。
赤い血を零し続ける妻を抱きかかえるそいつ。
表情は見えない。俯いているから。
しかし、ぎりぃ、とそれが歯軋りしたのが分かった。
握り締めている拳から血が流れ出たのが分かった。
ぞわぁ。と、それの髪が逆立った。
オーマ:「おまえがやったのか?」
ゆっくりと顔を上げる。
オーマ:「おまえがやったのかと聞いているんだ?」
あくまでそう問う声は静かに。
それの髪の色が変わる。
それの肉体が変化していく。
オーマ:「おまえがやったのかと、聞いているんだぁぁぁぁぁッツツツツ」
海が、割れた。
風に花びらが空に舞い跳び、妻を抱いたままそれは大地を駆け抜け、ジャンプ。蹴りを叩き込んで、それを蹴り上げると共に、
シェラを丁寧に寝かせる。
死んだ妻を。
そして流した自分の涙に濡れた妻の顔に向かって笑むと、
サモンを見た。
娘は幼い子どものように何度も自分の名前を呼んでいた。
ゆっくりと娘の前に立ったそれはくしゃっと娘の髪を撫でて、
そうして翼を羽ばたかせて逃げにかかったあの化け物を睨み、叫んだ。
オーマ:「ァァァァァアアアアアアああああああああああああああ」
大気が吹っ飛んだ。
そしてそれは大地を蹴って、空に飛ぶと同時に天駆ける銀の獅子となり、それを追いかけた。
逃げられると想うか?
否。
この世界にそれの翼から逃げられるものなどいない。
一羽ばたきでそれにおいついた獅子は牙でその化け物の蝙蝠の羽に似た翼をもぎ、爪で残りの翼を剥いだ。
そして落ちていくそれに体当たり、蹴り、突き上げを食らわせる。
それは永遠に続くかと想われた。
永遠に。
それの目は完全に我を失っていた。
慈悲の心を失っていた。
おそらくはこの聖獣界ソーンを焦土へと変えても、その怒りは消えないと想われた。
その怒りを収める事の出来る者はもう、どの世界にも居ない。
サモンはそれを見ていた。
割れた海の中で。
産まれた命を抱きしめて。
しかしその命が、形をついに成した。
それは美しい青年だった。
そして優しく微笑んだ彼はサモンの手を握り、
その瞬間、サモンの意識は奥深くに沈んで、
そしてそこは天国と言われる場所で、
そこにサモンは母を見つけて、
シェラにサモンは抱きついて、
シェラは驚いたような、困ったような顔をして、
それから優しく微笑んだ。
青年の胸からシェラの胸へと、光りが移動した。
そして二人は現実世界に戻ってきていた。
桜の花びらに包み込まれていたシェラはゆっくりと立ち上がり、嫣然と美しく髪を掻き上げると、
ただ一言、
シェラ:「オーマ」
と言った。
オーマ。
桜の花びらと共に風が運んだその声がもたらした奇跡は劇的だった。
怒り一色の瞳に見る見る知性が宿る。
そしてそれの口の片端は吊りあがった。苦笑するように。
右足の強烈な一撃が化け物に叩き込まれ、
だけどそれだけで、それはオーマへと姿を戻し、
オーマは微笑む。
この世の全てに慈悲の眼差しを向ける慈父の様に、大いなる優しさと大きさを込めて。
具現能力。
発せられた力は、その化け物を巨大な桜の中に封印した。
舞い跳び、化け物さえも憐れむかのように包み込んだ桜の花びらたちの力をも借りて。
【ラスト】
青年の姿をしていたそれは、一頭の巨大なシロナガスクジラの姿を持つと、最後に清らかな歌声でサモンに礼を述べるように詠い、消えていった。
そしてオーマはその後ろ姿を感慨深げに見送るサモンと、いつかはあたしたちもだね、というような笑みで自分を見るシェラをそれぞれ抱き寄せて、その温かみに安心するかのように微笑み、
シュヴァルツ一家はしばらくそうやって家族の時を過ごした。
【closed】
++ライターより++
こんにちは。
この度担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼ありがとうございました。
任せていただけた謎の答えには、展開には満足していただけましたでしょうか?
少しでもお気に召していただけていますと幸いです。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
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