<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
荊姫
once upon a time
お姫様が眠ってる。
once upon a time
お姫様が狙われている。
once upon a time
once upon a time
once upon a time
くるくる繰り返される、昔話。
そう、それは言い換えれば今は昔。
だから、昔は今。
くるくるくる。
どっちがどっち?
once upon a time
昔々
今は昔。
ただの御伽噺だと思っていたのは現実のこと。
「確かじゃないんだけれどもね?」
古めかしい地図を取り出して話を始めるのは顔をヴェールで覆った中年ぽい女性。ついっと、指先が地図の上に置かれた。その指は艶かしく、そうして年齢の割には綺麗だった。
「ここにある尖塔の一番上には捕らわれの姫君がいるらしい」
そんな話をカウンターで誰にいうでもなく、始めれば人が寄ってくるだろうか。
それでも女性は人が寄ってこようがどうしようか、構わず話を進めていく。
「捕らわれたのは何時だろうね。物凄く昔かもしれないし、ごく最近かもしれない。あまりにも曖昧なんだよ。すべてが。」
女の言葉は空ろで、それでも淡々とただ続けられていく。指は依然深い森を示す場所を指したまま。爪に塗られたマニキュアの赤が艶かしい。
「姫のいる天辺の部屋の扉は、荊が絡まって開かないという。姫を護ってるのか、それとも姫と一緒に眠るといわれてる。お宝を護ってるのかしらないけどね。」
そうして、赤い爪の指はずっと抑えていた場所から離れた。
それと同時に女はいった。
「どうだい興味はないかい?」
そこから物語りは始まった。
おとぎ話のような話。
夜の帳が下りた。
街のあちこちで明かりが灯りだす。
べルファ通りも例外ではなく、明かりが灯りだす。
歓楽街のせいか、その灯りはそのほかの通りに比べて煌びやかだったかもしれない。その灯りに誘われて、より一層に賑わいを見せるとおりの一角。
黒山羊亭も例外ではなく店内はより一層賑やかだった。賑やかというか、騒がしかった。噂の踊り子がやってきているからだ。
けれども、店内の一角は店の喧騒を無視するように静かだった。
顔をヴェールで覆った女性の話に聞き入る冒険者の中に、ひとりの男性がいた。
女性のように整った姿、紳士的な態度で受け答えをしていたのは、シヴァ・サンサーラだった。
ある意味その姿は店の中で目立っていたかもしれない。
「ご夫人、その話は本当なのだろうか。憐れな姫君は今も?」
「さぁ、どうなんだろうね。曖昧なんだよ。全てがね」
質問を幾らしても、暖簾に腕押し。返って来る返答はそんなものばかり。嘘かも知れないという想いも脳裏をよぎるも、もし本当なら見逃しておくことは出来ない。
シヴァは地図の上に指を置いて確認した。
「この森の奥に、その噂の塔があるのかい?」
そういいながら、地図の上に己の指を置いたときだった。
「――――……なぁ、にーさん。姫を助け出すのか?」
背後から聞えてきた男性の声。 それにシヴァは振り返った、視界に捉えたのは体躯のいい男性だった。
「ん?いや、ちょっと興味はあってな。何時までも囚われているのは哀れだ」
シヴァの返答。興味はあると。そうして続けようとしたシヴァの受け答えの言葉を遮るように、大きな身体の男性は続けた。
「俺はオーマ。 オーマ・シュヴァルツだ」
「あぁ、私はシヴァ・サンサーラ。 で、何か用かな?」
「シヴァ。 おまえは選ばれた未来の下僕主夫だ」
「はぁ?……………いや、姫君を助け出して差し上げようとは思う……が………」
「じゃぁ、話は早い。早速今から塔に向かって、姫を助けだそうじゃないか」
「いや、それはいいのだが。オーマとか言ったかな?すこし勘違いを…………」
「善は急げ。行くぞ。シヴァ」
オーマの勢いに押されたまま会話は続行。
そうして、なにやら妙に話が食い違ったまま。オーマは一人納得し、シヴァの手首を掴めばずんずんと歩き出す。
掴まれているのだから、シヴァもそれについていくしかなかった。
そうして二人の珍道中が始まった。
塔のあるも意に着いたのは次の日の夜になっていた。
微妙に話がかみ合わない二人が話し込みながら歩いた結果だった。
いつの間にか空には白い月が昇っていた。
―――カサリ。
自分達とは違う場所で、何か草が踏みしめられるような音がした。
自然と視線は其方のほうに向く。
そこにいたのは月明かりに、輝くような広い肌、青い髪の毛をした女性だった。
シヴァが動くよりも先に動いたのはオーマだった、オーマは女性に近づけばその背後から声を掛けていた。
「ようー。ねーちゃん。ここいらは危ないらしいから、用がないなら帰った方がいいぜ」
「――――――……………!」
突然掛けられた声に女性はびくりと体を震わせて、ゆっくりと顔を下ろす途中。オーマを見た。すこしじっと見るように。
それからゆっくりと、女性は言葉を返してきた。
「いいえ、あたしはこの塔に囚われているという姫君を助けにあがったの」
「お嬢さん。あまりお勧めしませんよ。折角の綺麗な体に傷がついてしまってからじゃ大変だ」
オーマに少し遅れて、女性の方に近寄りながらシヴァが女性へと声を掛けた。
もう一人、いるとは思ってなかったのか、また少し驚いたような表情をシヴァに向けた女性。
それにシヴァは少し眼を細めて、小さく笑った。
「あ、あなたたちは?」
びっくりして少し乱れた呼吸を整えながら、女性は二人の男性に言葉を返した。
「俺はオーマ・シュヴァルツ。 姫の将来のラブダーリンの護衛さ」
「私はシヴァ・サンサーラ。憐れな姫君を助けにね。 って、コラ。オーマそう勝手に決められては困る」
「あたしはレピア。レピア・浮桜。 あたしもこの塔に囚われいるかもっていう姫を助けにきたの」
――――――――――なら、話は早かった。
冒険者達は3人。
下僕主夫けれども愛情は人一倍深いオーマ・シュヴァルツ。
神をも降臨させると言われる踊り子のレピア・浮桜。
女性のように整った顔立ちの死神のシヴァ・サンサーラ。
今一度、塔を見上げた。細い三日月が塔の先端にかかっていた。
「いくぞー。ホラ、将来のラブダーリン君も未来の奥方に愛を叫ぶのだーっ!!」
塔に入る前から、オーマは気合たっぷり。姫の王子候補にされたシヴァの背中をがつーんと気合を入れるかのように大きく一度はたいた。それにシヴァはすこしむせ返ってしまった。
「オーマ。勝手にそこまで決めてもらっては困るよ。姫の騎士になってもいいが、私には妻を捜すという………………………………」
「さぁ、て、と。まぁ。この一番上にお姫様が寝ているのね。そうと分かれば、早く助けてあげないと」
オーマとシヴァの言い合いの間に割り込むようにレピアがずいっと、塔の前に一歩踏み出してまた上を見上げた。そうして自分に言い聞かせるためにかそんな言葉を呟けば、その言葉を耳にした男ふたりも言葉を飲み込み塔を見上げて頷いた。
3人は黙って、塔の扉に手を掛けた。
どれくらいの年月開かずにいたのだろうか、重い扉はオーマによってゆっくりと開かれていった。
軋む音もまた重く低く、これからの道のりが険しいことを暗示するかのような響きだった。
一歩足を踏み入れた塔の中は、その閉ざされた年月を語るかのように埃ぽく。お約束のように薄暗かった。
先頭を行くのはシヴァ。そうしてその後にレピア、オーマと続いた。
螺旋階段は果てしなく続いているように見えてしまう。
先頭をいくシヴァは愛用の大鎌『ロンギヌス』紅の刃は薄暗い中でも先をキラリと光らせた。最後尾を歩いていたオーマは手にした二刀の大剣を手持ちぶたさにぶらぶらさせて暢気にあたりを見渡しながら歩いていた。
聞えるのは3人の足音だけだった。
――――――――――――ひらり
舞いおいてくるものがあった。
その気配を一同に感じ取ったのか3人とも一斉に上を見上げた。
――――――――――――ひらり、ヒラリ
落ちてくるのは紅い花びら一枚。
まるで今塔を一歩、また一歩と登っている冒険者たちの侵入を拒むように。…………ひらりひら。と、一枚舞い落ちてきた。
そのあまりにも薄暗い世界とのコントラストの違いの美しさに、思わずレピアはその紅い花びらに手を伸ばした。
「待てっ!迂闊に触るなっ!!」
手を伸ばしたレピアに背後からオーマが声を掛けた。
けれどもそれは一瞬遅かった。
花びらはまるでレピアの伸ばした掌に吸い込まれるように落ちてきた。
振り返ったシヴァはその瞬間を見た。
レピアの掌に納まった花弁は彼女の柔肌に触れたとたん、ぼうっと炎を上げた。
「きゃぁっ!」
レピアの悲鳴があがる。
慌てて掌を振り払い、炎を振り払った。すぐに掌から離れたおかげで、レピアの掌は大事にはいたらなかった。
「だから、触るなっつたろー」
「や、だって。思わず…………」
オーマが軽く火傷を負ったレピアの掌を命の水の魔法で癒していた時だった。
「上を見ろっ………ゆっくりはしていられなさそうだ」
シヴァの声にオーマとレピアはまた上を見上げた。
―――――――――――ひらり
―――――――――――ヒラリ
―――――――――――ヒラリ
……………………………ひらり、ひら。
空から舞い落ちてくるかのように、舞っている花びら。深紅のその色はまるで生き血でも吸ったかのように更に赤さを深くしているようだった。
また一枚だけ舞ってきたと思った花びらは一枚だけはなかった。
上から降って来るのは、無数の紅い花弁。
音がないはずなのに、舞っている音が聞えてきそうなほどの無数の花弁。
「一気に駆け上がるぞ」
シヴァの声とともに一斉に階段を駆け上がり始めた3人。
先ほどまでよりもより大きな靴音を響き渡らせて、階段を駆け上がる。
けれども紅い花弁は雨が降るように、音がしないはずなのにどうしてだかヒラヒラと、舞い散る音が響き渡っているように聞えてしまう。
「――――――チッ」
シヴァは小さな舌打ちをした。
止まることを知らずに上から降り注いでくる紅い花弁に向かって、それから構えた花弁と同じくらい、いやそれ以上に紅い刃の大鎌を振りかざし、振り落とす。
紅の刃に切り刻まれていく紅い花弁。けれどもそれは細かくなる前にレピアの掌の上で上げたときと同じ炎を上げて消えていく。
大鎌を的確に振り、舞い落ちてくる花弁に炎の花を咲かしているシヴァの後方、最後についていたオーマも同じように、両手に持った大剣を振り回す。大振りに大きく振り回しているかのように見えるが、的確に花弁を切り裂いていく。
切り裂けばそこここで上がっていく紅い炎の花。
炎が次から次へと 上がっていく。
シヴァもオーマも花弁を切り刻んで、3人は螺旋階段を駆け上がり上を目指す。
切り刻んで炎をいくら上げてもそれはきりがなく。
どれくらい階段を駆け上がっただろう。
どれくらい時間が過ぎただろう。
切って切って切り刻んでいた、紅い花弁の雨はやんでいた。
また、塔内は薄暗さと、静けさを取り戻していた。
駆け上がっていた3人の足音だけが響き渡っていた。
そうしてなんの前触れもなく現れたのは行き止まり。
荊の蔦に絡まった壁と扉らしきものが塔の終着を教えた。
「―――はぁ。 この向こう側に?」
僅かに上がる呼吸を整えながらレビアが扉の方へと足を数歩進めた。と、扉に絡みつく荊がするすると動いた。更に扉に絡ませて。
その動きを3人が見逃すはずはなく、3人の動きが一斉に止まり。扉を凝視した。
それからゆっくりと、3人は顔を見合した。
「これは…………。荊が姫を護っているというのか」
「じゃぁ、さっきの赤い花びらはどう説明するの?―――――――……まさか、試されてた?」
「なら、ここは無理にこじ開けない方がいいってことか」
シヴァがポツリと呟いた。それにレピアが言葉を返しながら、何かにきがついたように二人の顔を見た。まさか、とでも言うように僅かに目を見開いて。二人の言葉を聞いたオーマが荊の絡まった扉を見たあと、少し考え込むような二人を見た。
「えぇ、多分」
「荊がこうやって動き、我々を狙っているとこと」
「中に未来のカリスマカカア天下姫がいるからこそ………か……」
少しだけ重い空気が流れた。
中に姫がいるというのなら、手荒なことしてもしものことがあったら大変だ。
すこしの沈黙。
その後に口を開いたのはレピアだった。
「ここまで来たということで認められたのなら、自然と扉が開いたりとかしないのかしら?」
「私はシヴァ。ここに囚われた姫君を救いに来ました。貴方達に害するものではございません。扉を開けさせてください、お願いします」
3人一斉に扉に向かって数歩歩いた。
シュル、スル。スル。
3人が足を進めるたびに、荊が動く。
それでも3人は足を止めずに、扉へと続いた。
すぐに扉の目の前へと立つことが出来た。
そのときには扉に荊の姿はなく、青銅色した小さな扉が現れていた。
「よし、これで」
シヴァが扉のノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けた。
オーマも、レピアも思わず固唾を飲み込み、見守った。
軋む音は低く重く塔内に響き渡り、扉がゆっくりと開かれていく。埃ぽい匂いが鼻をついた。
目を疑ったのは、3人とも。
扉が少しずつ開き向こう側が見えると思ったときだった、その隙間を狙って一気にこちら側に押し寄せてきたのは、無数の紅い花弁。
風など吹いていないのにまるで、風に吹かれ、舞い上がるかのようにここらを紅に染め上げるほどの花弁の数。
思わず3人とも、自分の身をかばった。
花弁は止むこともなく、部屋から吐き出されてくる。
意を決した3人は向かい風につっこむように扉の向こう側の部屋に足を勧めた。
中は一面紅い薔薇で覆われていた。
むせ返るほどの薔薇の香り、荊はここでも壁に天井に張りめぐっていた。ただ今までと違うのはその先にみな大輪の紅い薔薇の花を咲かせていたということ。
あまりの光景にレピアはただ見入るしかなく。
シヴァはあたりを見渡していた。
「あ、あっちにベッドが」
固まったままの静寂を打ち破ったのはオーマの言葉だった。
彼の指差す方向には、天蓋つきの豪華なベッドがあった。
薄いベールに囲まれたベッドもまた薔薇に埋め尽くされていた。
「ここは私が………………」
オーマの言葉によってベッドに気がついた、シヴァがベッドの近づき静かにヴェールを開けてみた。
ベッドの上も紅い薔薇の花と花弁がしきつめられて、そこはさながら花のベッドになっていた。
その上に横たわっているのは、見目麗しいブロンドの髪の毛をしたまだすこし幼さを残した女性。
姫君らしい人物を見つけるとシヴァはそのまま身を屈めて、その唇に自分の唇を重ねようとした。
その光景をオーマは目を細めて微笑ましげに眺めていた。が、レピアはシヴァに一歩近づきその背後から声を掛けた。
「ちょっと待って。 なんでそのままキスしようとするの?」
あたしにだって姫君を起こす権利はあるはずよ。と、主張した。その声に振り返ったシヴァは、レピアをみた。その表情はちょっと驚いていたかもしれない。
「いや、ここでこうするのは普通じゃないか?」
「だから、あたしだってその資格はあるわけじゃない?」
「じゃーまー。ここは間をとって、シヴァはこっちから、レピアはこっちから。キスをしてみたらどうだ?」
少しむっとして眉をしかめたレピアが文句を言えば、シヴァは少し困ったように言葉を返していた。
ソレを見かねたオーマは、まぁまぁ。とレピアをなだめるように言葉を続けて行った。
指を指し示し提案する。シヴァは今いる場所から、レピアはその反対側から一緒にすればどうだと。
レピアはその提案を受け入れ、ベッドの反対側にうつる。
そうして、シヴァを視線を合わせて目で合図した。
二人の唇が、姫の唇に触れた。
静かに音もなにもなく。
紅い薔薇の花弁がまた舞った。
姫へと口付けていた二人の唇が同時に、離れた。
呼吸をするのさえ躊躇われる時間が流れた、きっとそれはすごく一瞬の出来事なのにまるで永遠の永さを体験するかのような。
三者三様。横たわる姫君から視線が外せない。
ぴくり。
と、眉が僅かに動いたような気がした。
―――――――……… …すると
一面そこここに、溢れていた紅い薔薇の花。紅い花弁が次から次へと枯れていく。
ガラガラと音を立てていくように、音などなにもしてなどないのに。聞えてくるのは耳障りな悲鳴のような崩壊音。
突然の出来事。
オーマは枯れて色あせていく紅い花弁、しびていく荊を呆然と見つめながら、緊張感を一気に高め。シヴァは立ち上がり、横たわった姫君を護るかのように、大鎌を構えた。
レピアもまた立ち上がり、あたりの変貌振りに目を瞬かせた。何事が起こっているのか、ことの原因を探るように用心深く魅入っていた。
紅い世界は一瞬で色あせた世界に変わった。
紅かった花弁は茶色く枯れていた。荊もまた、色あせしなびて力をなくしていた。
音がしないのに、音がする世界。
聞えるのは悲鳴のようなもの。それはまだ止まず。
それがなんなのか分からずに、レピアはぐうぐると視線をめぐらした。
「もしかして!!」
大きな声を上げたのはレピアだった。
「まさか…………。 荊が姫を護ってたじゃないのよ。………荊が姫を閉じ込めていた」
「一体、なんの為に」
「報われない愛か? ――――――満開の薔薇の花言葉は秘密。」
レピアの言葉に、オーマが反応した。両手に持った剣を軽く構えながら、万が一に備えた。シヴァはそのレピアの言葉の意味が理解しがたいものだった。まるで世界の崩壊を見ているようだと思った。
オーマがレピアの言葉から、何かを思い出したかのように呟いた。
それに静かな言葉を漏らしたのはシヴァだった。
「――――………荊は姫に恋をした。そうして誰の手にも触れさせないようにここに閉じ込めた」
皆、導き出した答えは同じだった。
一概には信じがたいこと、けれども姫への口付けで荊の呪いが解けたというのなら。荊の他になにもなく、姫のいる場所をこんなにも美しく彩っていたこと。
まさかとも思えたけれども、そう思うほか考えが思いつかなかった。
なら、その呪いが解けたという姫は………………。
一斉に3人はベッドの上を見た。
そこにはさっきまであったはずの姫の姿はなかった。
初めからいなかったというように。
枯れた干からびた花弁が風もないのに、ふわりふわりと舞っていた。
……… …… … ありがとう ご ざいます。
微かに耳元に届いたのは、女性の声。
声が聞こえるたびに、干からびた花弁がゆるゆると舞っていた。
―――――――― ……… …… ありがとう。
荊に開放された姫の声。
そんなことはないのかもしれないし、空耳かもしれないけれども皆そう思った。
―――……… …… … これで安らかに ……… ありがとう
どれほどの年月ここで囚われていたのかはわからない。
残ったのは枯れてしまった荊と、紅い花弁。
身体が朽ちてもこの場所にとどまっていたもの。
ココロまで囚われて、今ようやくそれが開放された時だった。
聞えるやわらかい声にその声の主を眼で思うも、その姿が見えることはなく。
やわらかい声が木霊するだけ。
闇夜の空にそれは上っていくかのように、次第に消えていった。
無言のまま3人は来た道を戻っていく。
それぞれに何か思うことがあるのか、口は重く、それと同じように少し空気も重かった。
シヴァもまた、皆と同じように黙って黙々と階段を下りていった。
鳴り響く自分の靴音がなんとなく耳障りだと思った。
これも愛の形なのだろうか。
荊は本当に姫に恋をしたのだろうか。それとも違うのだろうか。
もうそれは分からない。
けれども純粋すぎて、歪んだ愛がそこにはあった。
あまりにも純粋すぎて、ボタンを掛け違えて閉まったような愛だけれども。
シヴァはふっと、ため息をついた。
塔の出口の扉を押しあけた。
まだ空には白い月があった。
たった数時間の出来事だったのに、何故か物凄く長い時間居たような気がする。
「これで、良かったのよね?」
「―――――あぁ」
塔を出たところで堪らずにレピアが唇を開いた。そうして、一緒にこの出来事を体験した、オーマとシヴァを見た。
レピアの言葉に短く返したのはオーマは、レピアを見てにっと笑って言葉を続けた。
「ありがとう。と、言う言葉はマボロシでも俺は聞えた。これでやっと姫様は自由になったんだ」
「純粋ゆえに、歪んでしまった愛情ですか」
最期にシヴァは塔を見上げて、まるで独り言のように呟いた。
一体なんだったのだろう。
私はここまで来て本当に姫を助けられたのだろうか。
あのまま荊の愛に抱かれていた方が幸せだったのではないだろうか。
けれども聞えた声が、どこからともなく脳裏をよぎった。
―――――――ありがとう。
確かに偽りなく聞えた声。
きっとコレは間違いではなかった。
シヴァは自分の腕にまだついていた、干からびた紅い花弁を指で挟みとり、夜風に乗せた。
塔の天辺にはまだ、白い三日月がかかっていた。
――――――――fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1758/ シヴァ・サンサーラ/ 男性/ 27歳(実年齢666歳)/ 死神
1953/ オーマ・シュヴァルツ/ 男性/ 39歳/ 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
1926/ レピア・浮桜/ 女性/ 23歳/ 傾国の踊り子
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■ ライター通信 ■
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シヴァ様
はじめまして。櫻正宗と申します。
この度は【荊姫】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加いただきうれしい限りでございます。
3人の冒険者で噂でしかない姫君を助け出すという依頼となりました。
結果的には少し物悲しい、感じのエンディングになってしまいましたが、
きっとそれぞれの冒険者の胸になにか残ればとおもっています。
シヴァさんのさらりとカッコイイところが上手く描写できたのかどうか不安です。
が、姫を助けたいという想いと美しい容姿なのに男らしい行動とかとても楽しく
執筆することが出来ました。
それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。
櫻正宗 拝
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