<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


闇夜を駆ける逃避行

【オープニング】
日が暮れ、辺りが夜の闇に包まれた頃――
時間の流れに逆らうように、賑わいを増すベルファ通り。
エルザードだけでなく、ソーン全土で名を知られる歓楽街だ。
普段から酒に酔った男たちの喧騒などで騒がしいのだが、今夜は少し様子が違っていた。

「いたか!?」

「いや、こっちにはいねぇ!」

通りの入り口付近に、数名の男たちが足早に集まってくる。
皆体格がよく、人相はお世辞にもよいとは言えないゴロツキのような連中である。
会話から何かを探しているようだった。

「くそ!あのガキ、どこ行きやがった!?」

「通りの外には出てないはずだ。もう一度探すぞ!」

そう言って、再び男たちは通りへと消えていく。

その様子を物陰から伺う小さな影に、男たちは気づいていなかった。
栗色の髪をした中性的な顔立ち。
年の頃は10代前半といったところか、まだ幼さの方が強い。
手足は痩せ細り、衣服はボロボロ。
そこから覗く肌には鞭で叩かれたような痣が見える。

人通りが多いとはいえ、入り口にはまだ数人見張りが残っており、ここから出るのは危険だ。
別の道を探そうと物影から出て、辺りを窺う。
すると――

「いたぞっ!!」

ビクッと体を強張らせると、一気に駆け出す。
振り返ろうなんて考えない。
すぐ後ろに迫る恐怖から少しでも遠ざかろうと、ただただひたすらに走り続ける。
そんな中、視界に一軒の店が目に入る。
何故かは解らない。
解らないが、『あそこに入ろう』と思った。
そして、心の命じるまま店へと駆け込んだ。

そこは『黒山羊亭』。
ベルファ通りの中でも、多くの人が集まることで有名な酒場だった。
場違いな珍客は、息を切らせてこう言った。

――助けて‥‥


【手当てと事情。邪魔者は排除します】
一瞬水を打ったような静けさに包まれるが、やがていつもの賑わいが戻ってくる。
――子供の言う事なんて当てにならない。面倒事は御免だ――
普通ならそう思うのが当然だ。
だが、居合わせた者全てがそうではなかった。

「エスメラルダ殿、傷薬はないかな。」

「オーマ、確か医者だったな。簡単にでも手当てしてやれないかな。」

金と銀の髪を持つ二人の女性が、子供の手当てをしようとテキパキと動く。
店の奥からは、金髪の女性キング=オセロットが呼んだ、オーマ・シュヴァルツが着替えと暖かいココアの入ったカップを持ってやって来た。
桃色フリルのついたエプロンに三角巾といった服装で、ここでバイトをしていたとのこと。
着替えを渡そうと子供に近づくが‥‥

「ッ!」

店から飛び出すまではいかないが、ひどく怯えた様子で距離を取ってしまう。
キングたちが近づいてもここまでは拒絶しないことから、どうやら男性に対して強い恐怖感を抱いているようだ。
そうでなくとも、2mを超える大柄な男性がエプロン姿で近づいてくれば、別の意味で怯えてしまいそうだが‥‥
やむなく着替えをキングに渡し、カップはテーブルに置く。
丁度、黒山羊亭の主人であるエスメラルダが、銀髪の女性アレスディア・ヴォルフリートに頼まれた傷薬を手渡したところだった。
この中でちゃんとした手当てが出来るのはオーマだけなので、キングとアレスディアの二人は治療の間少しでも子供が落ち着けるようにとずっと傍にいた。
その場限りとはいえ、その関係は患者と医者、看護婦のそれだろう。
治療の間、ずっと握り締めていた右手が気にはなったが‥‥
ちなみにこの際に男であることが確認された。

丁度治療が終わるのと同時に、数人の男たちが荒々しく店に入って来る。
店内をざっと見渡すと、何かに気づいたようにオーマたちの方へと近づいて行く。
店に目新しい物を仕入れた訳ではない。
とすれば、オーマらの近くにあるもので、この柄の悪い男たちが探しそうな物‥‥

「見つけたぞ、クソガキ!」

やはり、と言うべきか‥‥
オーマの時以上に怯えた様子を見せる少年。
今にも掴みかかりそうな勢いの大男。
そんな様子を見ては、どちらに手を貸すべきか考えるまでもなかった。

「事情はよくわからぬ……が、大の大人がよってたかって幼子を追い回すものではない」

「腹黒ミステリー事情なんざぁ関係ねぇさ。子を守りやがるのは『親』の愛情、それで十分だろ?」

男たちの前に立ち塞がるオーマとアレスディア。
さらに――

「……まったく、ちび相手にむさ苦しいのが大勢。うるさい夜だ。ゆっくり酒も楽しめねぇ」

「正義の味方ってわけじゃねえが、ガキに絡むようじゃ明らかにてめぇらの方が悪党だろ」

これまで事態を見守っていた二人が、オーマたちと共にゴロツキと対峙する。
一人は伸び放題の無精ひげに、ばさばさの金髪を無造作に束ねた男。
2mを超えるであろう体躯をもつその風貌は、獅子と見まごうばかりの威圧感を放っている。
もう一人は対照的に、肩口ほどの長さの黒髪を束ねた細身の女性。
が、その眼光は鋭く、威圧感よりも冷徹さの方が強く現れている印象を受ける。
男はトゥルース・トゥース、女はユーアと言った。
これだけ強そうな人間が集まっては、そこらのゴロツキでは分が悪い。
それは向こうも解っている様だ、舌打ちと共に店を後にしていく。

「良かったわ。店で暴れられたら後片付けが大変だもの」

そう言って、エスメラルダが近づいてくる。

「悪いんだけど、あなたたち。お城までこの子を連れて行ってくれないかしら?」

この時間でも、城門前の詰め所になら兵士がいるはずである。
何か事情があるのは解るが、それが何であるかは口を閉ざして語ろうとしない子供。
このまま此処にいても、連中がいずれ戻ってくることは明白だった。
それならばいっそ、国に保護を求めてはどうかというのが彼女の判断である。

「私でよければ、お護りしよう」

「確かに、お連れしよう」

「わかった。俺の静かな夜のためだ、手伝ってやるよ」

それぞれが思い思いの言葉でエスメラルダの頼みを引き受ける。
ユーアも、言葉には出さないものの子供を守るということに異論はないようだった。
そんな中、一人少年に近づいていくオーマ。
近づきすぎるとまた怯えさせてしまうので、少し離れた所で少年と目線を合わせる。

「何も話さなくて良い。何があろうと守ってやるから、傍を離れるな」

と、左手の小指を立て、指切りを促す。
恐る恐る、といった感じだが、ゆっくり近づいてきてこれに応じる少年。

「よし。お前の勇気と想いを最後までワル筋連中に見せてやれ!」


【目指せ、城門】
裏口から少年を連れ、黒山羊亭を後にする一行。
裏道に詳しいと言うオーマを先頭に、子供を守る形で漆黒の衣服『黒装』に身を包んだアレスディア、後ろをキングが警戒する。
この場にいないトゥルースとユーアは――

「おっさんは着いてかなくて良かったのか?」

「おっさんじゃねぇ。ちょっとあの連中に人生説教でもかましてやろうと思っただけだ」

彼らは黒山羊亭を出た所で十は超えるであろう集団に囲まれていた。
二人は追っ手を引き付けておく囮をかってでたのだ。
この程度の連中ならどれだけ集まってもどうと言うことは無いが、ばれない様加減しなければならない。

「俺は適当に相手したらずらかるが、お前は?」

「邪魔する奴ぁ叩き潰す。それだけだ」

ユーアは既に臨戦態勢である。
子供を渡せと息巻く男共といい、全く騒がしい夜だと紫煙を吐きながら思うトゥルース。
そして、夜はまだ始まったばかりだ‥‥

遠くの喧騒が俄かに大きくなったように感じる。
どうやら二人が行動を開始したようだ。
相手の規模は判らないが、これで多少なりともあちらに注意がいくだろう。

「よし、ここから桃色下水通ってくぞ」

ちっと臭うが我慢しろ、と付け加えて先行するオーマ。
遅れぬよう後に続こうとする三人。
すると――

「待て!こっちだ、こっちにいるぞ!」

騒ぎの方へ向かう途中の集団に見つかってしまう。
慌てて下水へと降りる一行。
夜ということもあり、中は真っ暗だろうと覚悟していたが、意外に中は明るかった。
よく見ると壁や天井が光を放っているように見える。
と言っても、ぼんやりと先が見える程度の明るさなのだが。
材質か塗料なのかは解らないが、とにかく仲間を見失うことはなさそうだ。
‥‥当然それは敵にも言えることで、このままでは逃げ切ることは難しいだろう。

「どうする?何時までもこのままじゃ拙いだろう」

「そうですね。やはり、何処かで迎え撃つべきでしょう」

「大丈夫だ。このまま突っ走るぞ!」

追跡に不安を覚える二人をよそに、勝手知ったるという様子で走り続けるオーマ。
追いつかれない様、少年はオーマが背負い三人は一気に加速して追っ手を突き放す。
入り組んだ下水を縦横無尽に走り回り、やがてやや広めの空間に辿り着く。

「丁度、この辺が天使の広場の下辺りだな」

少年を下ろして説明するオーマ。
ここから上に上るのであろう梯子も確認出来る。

「これだけ広ければ戦うのに十分だな。上に戻る前に対処しておくか」

大分距離が開いたとはいえ、振り切ったとは考えにくい。
ならば、ここで後顧の憂いを断っておくべきだとキングは判断したのだ。
アレスディアもそれに賛同し、携えた突撃槍『失墜』を構える。
そんな二人を見つつ、未だ余裕の構えを崩さないオーマは、一人秒読みを始める。

「3、2、1……」

ギャアアアアア!
オーマのカウントダウンが終わるのとほぼ同時に、下水全体に響き渡るような絶叫がこだまする。
驚いたように顔を見合わせるキングとアレスディア、少年の三人。
断続的に響き渡る悲鳴を背に、オーマが声をかける。

「大丈夫って言ったろ?早く行くぞ」

促されるままに下水を後にする一行。
この事をオーマに聞いても不敵な笑みを浮かべるだけで、答えようとしない。
ただ一人、キングだけは何が起きたかの心当たりがあるようだった。


【到着、その後】
「全く。歯ごたえのねぇ奴らだ」

足元に蹲るゴロツキを一蹴し、背を向けるユーア。
振り返った先には、同じようにゴロツキを一掃したトゥルースの姿があった。
こちらは、倒れた相手に何か話しかけているようだ。
恐らく先ほど言っていた『人生説教』でもしているのだろうが、相手に意識があるようには見えない。

「ん?そっちも終わったか」

近づいてくるユーアに気付いて立ち上がるトゥルース。
お互いに、疲れた様子は全く見当たらない。
数だけは多かったが、所詮烏合の衆だったようだ。

「さて、と。確かちびたちは城門前だったな」

「ずらかるとか言っといて、結局最後まで付き合ってんだな。おっさん」

そういうユーアも、行く先はトゥルースと同じ様だ。
遅ればせながら、二人は城門へと向かう。
彼らが城門前に着いた時には、既に他の三人の姿があった。
だが、肝心の少年の姿が見当たらない。

「あの子なら、中で事情を説明している」

と、キングがこれまでの経緯を説明してくれた。
彼らが下水を出た後は、何の障害もなくここまで来ることが出来たのだが、その後が問題だった。
兵士たちは彼らの言葉を聞こうとはしなかったのだ。
確かに、普通に考えれば悪戯と思われてもしょうがないのだが、事実自分たちも襲われている。
何とか信じてもらおうと説得している時に、少年が今まで握り締めていた右手を開いて見せたのだった。
そこにあったのは石。
だがもちろん、ただの石ではない。
それは、採掘の禁止されている鉱石なのだ。
原石の段階で人体に影響を及ぼし、何の装備もなしに触れると皮膚が爛れてしまうという。
更に、この鉱石を精錬すると、その際に生じた熱量を内部に蓄え、砕けた際に一気に放出する。
精錬された鉱石は非常に脆く、ちょっとした衝撃で壊れてしまう。
大きさと精錬者の腕前によっては町一つを消し飛ばすほどの物を生み出すことが出来るとされている。
ちなみに、子供の手に収まるほどの大きさでは小さな爆発が起こる程度で、死者が出るほどの破壊力はまずない。
何故少年がそんな物を持っていたのかは解らない。
しかし、それが狙われる理由というのは想像に難くないだろう。
結局、その日のうちに少年が開放されることはなかった。

翌日、ベルファ通りで一斉検挙が行われた。
非合法に人身売買や密輸入を行っていた組織の摘発だ。
少年は、そこで奴隷として売られそうになった所を逃げ出し、その際に鉱石を持ち出した。
以前からその存在は掴んでいたが、決定的な証拠の入手に成功した為、今回行動に移したとの事。
当然、その証拠というのはあの少年が持ち込んだ鉱石である。
結果として、少年は国に保護される形となり、彼らが受けた依頼は果たされることとなったわけだ。
少年を助けた夜から数日後、偶然あの日と同じメンバーが集まった。

「結局、あの子はどうなったんだろうな」

心配そうにオーマが口にする。
あの日から、一度もこの場にいる面子は少年に会っていない。
否、正確には会わせてもらえなかったと言った方が正しい。
面会を申し出たのだが、血縁者でない者はそれさえ許されないのだ。
貴重な証人であることは認めるが、この場にいる者たちは誰一人そんな理由で納得は出来なかった。

「会えないのだから確かめようがないだろう」

「まさか、城に忍び込むわけにもいきませんからね」

「‥‥フン」

口を開かないのはユーアだが、その表情を見れば他のメンバーと同じ意見なのは見て取れる。
そんな彼らに一人の男が近づいてくる。

「キング=オセロット様、オーマ・シュヴァルツ様、それにアレスディア・ヴォルフリート様ですね?」

見覚えのあるエルザードの兵士だった。
確か、あの晩にオーマたちの応対をし、少年を預かった男だ。

「此度のあなた方の働きにより、密売組織の一つを抑えることが出来ました。改めて御礼を言わせていただきます」

と、恭しく頭を下げる兵士。
儀礼的な挨拶を終えると、兵士は一通の手紙を手渡した。
少年が書いた物だと言う。
内容は子供らしい字で、これからのことが書かれていた。
要約すると、この件の事後処理が終わるまでは国が保護し、以後は西部街外れにある孤児院に預けられることになるらしい。
そして、手紙は『ありがとう』と、それを直接言えないことを謝って括られていた。
無理もない。
事後処理が何時まで続くかなど解らないし、それまではろくに人に会うことも出来ないだろう。
だからこそ、こうして手紙という形で伝えたのだ。

「あの子、ちゃんと笑えるようになるといいな」

オーマの言葉に、全員が賛同する。

Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2872 / キング=オセロット / 女性 / 23歳 / コマンドー】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー】
【3255 / トゥルース・トゥース / 男性 / 38歳 / 伝道師兼闇狩人】
【2542 / ユーア / 女性 / 18歳 / 旅人】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】


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■         ライター通信          ■
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どうも、ライターの鎧馬です。
今回二作目なのですが、早くも規定数を超えてしまいました(汗
後半になるほど、まとまりが悪くなっている感がありますが、プレイヤーの皆様すいません!
人数の多さに苦労するという経験を積ませていただく作品となりました。

そして、オーマさんとキングさんは引き続きのご参加、ありがとうございます。
オーマさんは、今回も面白いプレイングを送ってくださったのですが、今回はシリアスで行きたいという私の意向で割愛させていただきました。
申し訳ありません。
‥‥ひょっとして、オープニングでは真剣さが余り伝わらなかったのでしょうか?(爆

そろそろ戦闘をメインにした作品を書こうかなと思っているので、もし宜しければご参加下さい。
それでは、またのご参加を心よりお待ちしております。