<PCクエストノベル(4人)>


共に生きる、同胞(はらから)の思い 〜ハルフ村〜


──冒険者一覧──────────────────────────────
【1989/藤野羽月(とうのうづき)/傀儡師】
【1879/リラ・サファト/サイバノイド】
【3009/馨(かおる)/地術師】
【3010/清芳(さやか)/異界職】
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 広々とした和室の部屋を、隣同士にふたつ取った。
 温泉と云ったら和室だろう、という意見と、いついかなる時にも和室は心が穏やかになる、と云うふたつの意見に同意を見たからである。
 窓の外から見えるのは、横に平たく起伏の少ない景色である。こんもりとした、大きいきのこの形に密生している森の向こうから、うっすらと白い湯気が立ち上っている。

馨:「……静かな場所ですね……」
清芳:「まったくだ……平素の慌ただしさを忘れてしまう、これだけの静寂の中に在ると」
藤野羽月:「リラ、寒くはないか?」
リラ・サファト:「はい、こちらの気候は、都のものより温暖な気がします」

 それぞれの部屋に──リラ・サファトと藤野羽月、馨と清芳──戻って荷物の整理をしてから、夜にはそれぞれが合流して、風呂に入ろうと決めた。荷物そのものは、さほど多くはない。が、息せききって計画を立てなければいけないような、慌ただしい旅でもない。
 長く厳しい冬が終わり、乾いた木々の小枝が瑞々しさを取り戻しはじめた頃。気の合う仲間同士で食事をしているとき、誰が云い出したともなく、暖かくなりはじめたら温泉に浸かりに行こうと約束をした。
 温泉郷、ハルフ村。
 シーズンオフを狙って訪れたせいか、宿に到着するまでの徒歩で、擦れ違う観光客たちもまばらだった。穏やかな気持ちで湯治を味わうことができる。

馨:「たまには、こう云うのも良いでしょう。清芳さんも、ここに留まる間はゆっくりと羽根を伸ばして下さい」
清芳:「そうだな……こうして、都の喧騒を肌に感じないだけでも、とても心が安らぐ」
馨:「それだけ、清芳さんが毎日を賢明に過ごしていると云うことでしょう。本当に、真面目な人だから」
清芳:「褒め言葉として、受け取っておこう」

リラ・サファト:「羽月さん、持ってきた荷物はこれだけでしたよね」
藤野羽月:「そうだが……リラ、私達はここに湯治に来たのだから、いつものように、そんなにくるくると働き回らなくても良い」
リラ・サファト:「ん……でも、嬉しくて──楽しい。こんなふうにする『旅』も、あるんですね……」
藤野羽月:「ああ、そうだ。……ご覧。向こうの桜が、空に溶けて靄のようになっている」

 昼の淡い青の空が、夕焼けの橙に染まるか染まらぬかの時刻。桜の色がその橙に溶け、美しいグラデーションを作っていた。
 都の方とは、空の高さも色も、空気のにおいも、違うものだ。
 しばしの間、4人は、それぞれの部屋で、それぞれの愛する者と──そんな美しい束の間を共に眺めていた。



清芳:「……………………」
馨:「──ほ、ほら、清芳さん? 見て、あの古樹が特に素晴らしいから」
リラ・サファト:「清芳さん、何か違うお肴、お願いしましょうか?」

 待ち合わせた露天風呂は貸し切りの状態で、4人の他には人影はない。
 湯船の上に小さな丸い盆を浮かべて、その上に酒と肴を置いて花見酒、である。
 湯治の風流に倣い、酒は透明な和酒にした。木の芽や実を調理して作った肴が、甘くまろみある和酒の風味に良く似合う。

清芳:「……それで──聞くまでもないことのようには感じられるが……首謀者は一体、この中の誰なのか」
馨:「はは……は……」
藤野羽月:「少なくとも、リラではなさそうだ」
リラ・サファト:「はい……女性用、と書いてあったので……清芳さんをお連れしたのです……」

 露店風呂の入り口で、男性陣と女性陣と別れた際、リラは『女性用入り口』と書かれた脱衣所へと清芳を伴った。羽月と馨は、男性用入り口より。
 ごくさりげないふうを装って、ただ『男性用』『女性用』と札のかけられた入り口──おそらくは、男性風呂と、女性風呂、と云う意味合い──の前を通り過ぎ、『露天風呂・男性用入り口』と『露店風呂・女性用入り口』の前に一同を誘ったのは誰だったか。

リラ・サファト:「入り口だけが別々で、お風呂は繋がっていたなんて……」
清芳:「まったくだ。……犯人はひとりしかいないな」
馨:「ほら、雅ですね──満月まで顔を出しましたよ?」

 会話など耳に入っていないふうを装って、呑気に和酒を満たした器を口に運ぶ馨がにくらしい。上目使いに、む、と彼を睨みつけ、清芳は湯の中でぴっちりとタオルの合わせを押さえ正す。

藤野羽月:「まあ──こういうのもたまには面白いだろう。旨い酒と、旨い肴。旨い景色を、今はのんびりと味わうのが一興だ」
リラ・サファト:「そうですよね。それに、ここのお湯って、お肌がすべすべになる効能があるって書いてありましたよ? たくさん浸かって、たくさんお水を摂って、お肌もお休みさせてあげましょう?」

 苦笑混じりに助け船を出した羽月に、すっかりと状況に馴染んでしまったリラが言葉を重ねた。ふたりがそう云うならば、と云ったところだろうか。それ以上の言及はするまいと、清芳が無言のまま、盆の上に手を延ばし、自分のぶんの和酒の器を指先に摘み取る。

馨:「あ──、」
清芳:「?」

 ちびり、と清芳が酒を口に含んだとき、馨が彼女の背後を見つめ、小さな声をあげた。

馨:「さすが、ここの湯は、我々人間のみならず、動物たちにも人気があるようですよ?」
藤野羽月:「リラ……そっと、後ろを振り返ってご覧」

 羽月の言葉に、リラが目をまたたかせたあと、そっと自分の背後を振り返った。馨の小さな頷きに促され、そろそろと清芳もリラの所作に倣い、振り返る。

リラ・サファト:「わ……」
清芳:「──あれは……」

 見れば、温泉の湯が零れ落ちる小さな流れの下のほうで、たぬきによく似た愛らしい獣が、腰から下を湯に浸らせ、毛繕いをしている。湯気にしっとりとつやめいた毛を晒し、4人の視線に気がつくとふんふんと鼻を鳴らしながら空気のにおいをかぐ仕草を見せた。

リラ・サファト:「もう少し、こっちに来てくれたらいいのに」
藤野羽月:「先客に──私たちに気を遣っているのだろう。上流の湯に浸かれば、己の零した毛が湯を汚す」
馨:「それが獣湯の入り方ですよ。もしも彼が我々よりも先にここに浸かっていたならば、我々の方があちらで湯に浸からなければならなかった」
清芳:「ほう……ここでは、人も、獣も、平等に白湯の恩恵にあずかれると云うわけか」

 ちゃぷん、と音を立て、たぬきが岩のふちから湯をあがる。しばらくすると森の方から、今のものよりも少し小さなたぬきが2匹現れて、こちらの様子を窺いながら湯に飛び込んだ。
 その動きが、愛らしく滑稽で、一同の口許に柔らかな笑みが浮かぶ。

清芳:「今上がっていった獣の、あれは子供かなにかだろうか」
リラ・サファト:「そうかもしれませんね……気持ち良さそう。ねえ、木の実をあげても良い?」
藤野羽月:「味の薄いもののほうが良い。……こちらなら、彼らも喜んでくれるだろう」

 羽月が差し出した器から、指先で木の実の欠片を受け取って、リラは獣を脅かしてしまわないよう、そっとそれを放って投げてやる。
 眼前で、弧を描いて飛んでいった木の実の欠片を、彼らはこの湯に浸かりに来るたび観光客にもてなされているのかもしれない。怯えることなくその実に近寄り、両手で器用に掴みあげると、湯の下流でせっせと洗い始めた。

馨:「驚きましたね──あれはたぬきではなく、あらいぐまでしたか」
清芳:「あらいぐま……? ああして食べ物を洗って食べるから、あらいぐまと云うのか」
馨:「ええ、面白いでしょう? 清潔好きで、繊細で、愛らしくて。清芳さんと良く似ている」
清芳:「……私は、あんなにとろんとした垂れ目をしていない」

 真面目なのか、照れ隠しなのか。つっけんどんにそう答えた清芳に、3人が声を出して笑いあった。自分のことが話題にあがっていることを、獣も感じて取るものだったか。あらいぐまは小首をかしげて一同を眺め、まるでお辞儀をしているかのようにぺこんと頭を下げると、また森の茂みの中へと消えていった。

リラ・サファト:「あ……帰っちゃった……もう少し浸かっていたら、今度は別の動物もお湯に浸かりに来る、でしょうか……?」
藤野羽月:「ああ……だが、リラ。湯あたりか? 顔が赤……」
馨:「待って、それ……」
清芳:「──、私の器だ」

 うっすらと頬を染めたリラが、口々に語りかけてくる3人の顔を交互に見遣り、そして、自分が手にしている器をつと見下ろした。

リラ・サファト:「……あ、私……お酒、呑んじゃいました……」

 次々と現れては愛らしい仕草を見せた、あらいぐまの観察にうっかり夢中になっていたらしい。ちびちびと口に運んでいた透明の液体が、自分の器に満たされた水ではなく和酒であったと、まったく気付かずにいたのだった。

リラ・サファト:「……暖かい……のと、少しだけ……ふらふらして……気持ち良い……」
藤野羽月:「いけない──それは湯あたりではなくて、酒あたりだ。リラ、出るぞ」
馨:「気をつけて──清芳さん、手を貸してあげてもらえますか」

 さすがに、己が助けることは憚られたものか。馨がそう告げると、ぐらりと傾いだリラの上半身を、清芳が慌てて、そっと支えてやった。羽月がそれを受け取り、心配そうな表情でリラの前髪を梳いてやる。

藤野羽月:「少し、湯を冷ましてやってくる……申し訳ない、ふたりでゆっくりと」
清芳:「あ、え……」
馨:「気を付けて。首の後ろを、少しずつ冷やして差し上げるのが良い」
藤野羽月:「ありがとう。──リラ、立てるか」

 湯に身をひたしたままのふたりに小さく会釈をすると、リラの細く華奢な身体を支えながら、羽月はしっかりとした足取りで風呂から出ていってしまった。

馨:「──リラさんは大丈夫ですよ。彼がついてますから」
清芳:「ああ……しかし、──」
馨:「ふたりきりに、なってしまいましたねぇ……」
清芳:「…………」

 羽月の足音が遠くなったあとで、清芳がそっと背を丸め、こぽり……湯の中で、所在なげに小さな息を吐いた。



 部屋に戻るまでの間、幾度かリラの面持ちを覗き込んでみた。
 が、さほど心配するほど具合を悪くしたわけではなさそうだと、数度目に気がついた。
 頬がほんのりと朱に染まり、しっかりと腰を支えてくれている羽月の肩へ、リラは安心しきったように自分のこめかみを預けていた。

リラ・サファト:「心配……させてしまいました……ごめんなさい……」
藤野羽月:「いや。……リラが無事でいてくれるならば、それが1番良い」

 言葉こそはしっかりしているものの、ぐらり、ぐらりと頭が左右に揺れているのは確かである。風呂から上がり、簡単に身に付けさせた衣服から、ぴっちりと糊のきいた浴衣に着替えさせてやった。髪が、まだしっとりと濡れている。それもすぐに乾いてしまうだろうか。

藤野羽月:「苦しくはないか? 痛むとか、つらいとか……」
リラ・サファト:「はい、大丈夫です。少しだけ、横になっていれば……お酒も、抜けると思いますから……」
藤野羽月:「そうか」

 4人で風呂に浸かっていた間に、宿の従業員が敷いておいてくれた布団に、そっとリラを横たわらせた。首の後ろを冷やす──そんな馨の言葉を思い出し、

藤野羽月:「……少し待っていろ」

 きつく絞ったタオルを畳み、リラの首の後ろに当ててやった。

リラ・サファト:「そんな……大丈夫、羽月さんの手を煩らわせてしまっては──」
藤野羽月:「良いんだ。……云っただろう。たまには、こういうのも──良い」

 膝枕。
 今なおほんのりと赤いままのリラの面持ちを静かに見下ろしながら、涼しげな朝顔の花が描かれた団扇で首筋を仰ぐ。
 常なら、リラの方が羽月にしてやる所作だった。膝枕をしながら、耳を掻いてやること。真夏の暑い夜、団扇で羽月を涼ませてやることも。

リラ・サファト:「……えへ……」
藤野羽月:「何を笑っている」
リラ・サファト:「本当に……なんだか、ちょっと──こういうのも、良い、ですね……」
藤野羽月:「──ああ」
リラ・サファト:「……都に戻ったら、また……させて下さいね、膝枕」
藤野羽月:「ああ──リラの膝の上は、格別に心地よいから……な」



 しばらくの間、のんびりと湯に浸かったまま、ふたりが戻ってくるのを待っていたが、

馨:「完全に、酒当たりしちゃいましたか、ね……」
清芳:「手が届くところに酒を置きっぱなしにしていた、私の咎だ……」

 ふと視線を投じれば、リラの酒当たりを自分の責任だと思っているらしい清芳がしゅんと俯き、表情を暗くしている。馨の口許に、自然と苦笑が浮かんでしまう。どうしてこう、このひとは生真面目にすぎるのだろう、と。

馨:「ふたりのことは、今は忘れておしまいなさい」
清芳:「でも……」
馨:「判らないんですか?」
清芳:「?」
馨:「ふたりにしてあげなさい、と云うこと」

 そんな馨の言葉に、しばし沈黙したあとで──ああ、と。
 ようやく合点がいったと云うように、清芳の表情が明るくなった。

清芳:「そうか。……それなら、馨さんの云う通りに──もう考えないことにしよう」
馨:「そうです。良い子、良い子」

 時折、子供をあやすように扱われることがある。
 でも、このひとにそれをされるのは、厭なことではない、と清芳は思う。
 以前この湯に浸かったころには考えにも及ばなかった思いや、存在すら知りえなかった景色が、今の自分の前に広がっていて、それはすべて、このひとのおかげなのだとも、思う。

清芳:「──不思議なものだ。ひととひとが、時間を共有し、共に生きると云うことは」
馨:「まったく──その通りです。私は、あなたの側で生きるようになってから、──…‥・」

 紡ごうとした言葉を、馨は途切れさせ。
 その代わりに、ぐいっと器の中の和酒を飲み干した。

清芳:「……気になるな。その言葉の続きは、いったい何だろう」
馨:「申し上げなくても、あなたには判っているでしょう」

 是。
 言葉で語り尽くされぬ思いも、こうしてふたり、穏やかな時間を過ごすことで、肌から感じ取ることができる。
 それが、共に時間を共有し、生きていくと云うことなのだ。
 飲み干した己の杯に酒を手酌し、馨は清芳の杯にも並々と酒を注ぎ正す。

馨:「あなたの聡明さに」
清芳:「夜桜と、満月と──あらいぐまに」

 つれないことだ──そう苦笑する馨と、杯を搗ち合わせる。
 ふたりがそれぞれの器の中身を飲み干したとき、淡黄色の満月が刹那、その姿を雲に隠した。

(了)