<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
子守唄
優しい腕に抱かれて
温かな愛情に包まれて
まどろみながら聞いた歌声は
その手から離れた今でも
時折思い出されては
胸を優しく締め付ける
***……
穏やかで静かな森の中。
オーマ・シュヴァルツは、特に目的もなくぼんやりと歩いていた。
たまにはこうして、散歩するのも悪くないか――そう思っていると、どこからか静かな歌声が聞こえてきた。
優しい調べに誘われるように歩を進めると、樹の根元に座っている一人の青年へと辿り着く。
オーマに気づいた彼は、歌と共に奏でていたリュートの手を休めにこりと微笑んだ。
「やあ、こんにちは」
邪気の無い笑顔に、オーマは自然と笑みを返す。
「おお、こんにちは」
オーマの返事に、更に人懐っこそうに微笑んだ青年はその表情のまま彼に問いかけた。
「なんだか疲れた顔をしているね?」
青年の唐突な問いかけに、そうだろうか?とオーマは首を傾げた。
すると彼も同じように首を傾げたが、すぐにまた微笑を浮かべて話す。
「疲れているときは眠るのがいいよ。今日は丁度気持ちのいい天気だし、ここも静かで良い場所だしね」
曖昧に相槌を打つと、彼は少し考える様子を見せたあと、
「……君は今暇なのかな?」
頷くと、それはよかったと笑顔になり。
「ちょっと私と話でもしていかないかな。そうだね、…子守唄の話をしようか」
話している間に眠くなってきたら、よく眠れるように歌ってあげるよ。
善意なのか、茶化しているのか、よくわからない不思議な笑みを浮かべてそう言った。
どうしたものかと思いつつも、特に断る理由も思い浮かばなかったので、「子守唄か…」そう小さく呟き、彼の隣に腰を下ろした。
「……まぁ、子守唄の話ってもなぁ。俺は子守唄を歌ってもらった事はないんだよな」
青年と同じように、樹に背中を預けたオーマは、ゆったりとした姿勢で話し始めた。
生まれた――否、存在したときから青年の姿だった。
両親と呼ぶ者たちもおらず、自分に子守唄を歌ってくれた存在は今の今までなかった。
それを寂しいと、今まで思ったことがあったかなかったか。
――今となっては、あまり覚えていない。
「…ふうん、そうなのか。じゃぁ、誰かに歌ってあげたことはあるんだ?」
「うん?……ああ、そうだな。歌ってやったことは、ある」
オーマは昔の風景を見つめるように、目を細めて自分の掌を見つめた。
何よりも、何よりも愛しい存在に。想いを篭めて歌ったそれは、その時からどんなに時間が経ったとしても、生涯消えることなく自分の中で温かく息づいている。
生まれてきた、小さな、けれど他のどんなものよりも眩しくて、大切な。
愛する娘へ贈った子守唄。
「もう随分……昔のことになるんだな」
独り言のようなオーマの呟きに、青年は静かに耳を傾ける。
***……
39年前。永い時を過ごしてきた世界、ゼノビアでは自分の眷属と異種族間での結婚は禁忌とされ、生まれた子には死が訪れると言われていた。
それは、自分の眷属は異種族との間にウォズ―ゼノビアで生まれた具現能力を持つ存在―に似た異形を生むことがあるからだった。
ゼノビアの絶対法律にて禁忌と定められているそれを犯せば無論罰を受ける。
しかし、愛した妻は自分とは異種族であった。
そしてその妻との間に娘が生まれた。
――禁を犯した者は処分される。
それが定めだが、諸事につき今は処分は保留された。
けれど『全て』を終えた時―…一家には、死が待っている。
そんな苛酷といえる状況の中に生まれた娘。
初めて抱いた彼女は、人の形ではなかった。
それは彼女が禁を犯して生まれた『異形』であったから。
――だが、そんなことよりも、まず何よりも愛しさが先にたち。
抱きしめる腕に伝わってくる温かな鼓動に、胸が熱くなったのを覚えている。
生まれてきた娘に最初に贈る言葉の印に名前を与えた。
そして最初に贈る音の印として子守唄を歌った。
『――――、』
一つ一つの言の葉が、『名前』という形を成し音に乗せて歌われ、この世で一つだけの特別な贈り物となる。
愛を篭めて。大切な、大切な娘へ。
あの時の喜びは忘れないだろう……否、忘れることなど、決してない。
……或る凶行により、一家が離散したときでも忘れることはなかった。
殺伐として荒れ果てた自分の心の中で、思い起こされた子守唄は、やさしくていとしくて、痛かった。
***………
「……ってもまぁ、それから再会は出来たんだけどな」
それまでどこか淡々と―遠い目をして語っていたオーマは、そう言うと頭をこつん、と樹に当てて空を仰ぎ見た。
樹の枝や葉の隙間から見える空の色は、穏やかな青色だった。
離れてしまった妻と娘との再会は極最近である。再会するまで、実に39年の空白の年月があった。
娘が生まれて一家が離散するまでの短い間。
子守唄を歌ってやれたのは、何回だっただろうか。
何度も何度も、それこそ娘が飽きるほど。
歌ってやりたいと思った。思っていた。
「歌ってあげればいいじゃないか」
気づかぬうちに、心中の言葉を外に出していたのか、それまで黙って話を聞いていた青年が声を掛けた。
一瞬虚を突かれたような表情をして彼を振り返ったオーマに、青年はにこりと微笑んでみせる。
オーマはそれにつられるようにゆっくりと目元を和ませた。
「今はそんな―子守唄歌ってやるような年じゃないんだがな」
それでも。
今の想いを篭めて、また歌ってみようか。
「……回し蹴り喰らいそうだけどな」
苦笑して呟くと、青年はきょとんとした顔で首を傾げる。
「回し蹴り?」
「ん?いやいや、聞き逃しといてくれ」
オーマは片手をひらひらと振って笑った。
そして、ふと笑みを引っ込め、隣に座る青年に問いかけた。
「なぁ、子守唄の話をっていうからには、あんたも何か想い入れがあるのか?」
「……んー、あんまり深く考えてなかったんだけど。そうなのかもね」
「なんだそりゃ」
やや呆れた顔をするオーマを楽しそうな顔をして見つめる青年は、リュートを大事そうに抱えなおすと「そうだねぇ」と話す。
「私は、生まれた時から色々な子守唄に育ててもらったから」
「色んな人に面倒見てみらったってことか?」
オーマの問いかけに、青年は目を瞬かせると、ふんわりと微笑んだ。
「……そうだね。色々な人に、色々な子守唄を聴かせてもらったよ」
「…そうか」
彼にとっても子守唄は大切なものなのだろうと、表情を見てわかった。オーマは穏やかに目を細めて微笑みを返した。
「さて。じゃぁ、話もひと段落したことだし、お昼寝でもするかな?歌ってあげるよ」
「本当に寝さす気か?」
オーマが笑って聞き返すと、青年はこっくりと頷いた。
「大切な話を聴かせてくれたお礼にね。君に心地よい眠りを」
ふ、と。淡く微笑んだ青年の話す声は、まるで歌う声のようだった。
眠りへと誘うような青年の声に、オーマは暫し考えたあと、こきこきと首をほぐすと青年に言った。
「それじゃぁ、お言葉に甘えようかねぇ。あんた言うとおり、たまにはのんびり寝るのも悪かねぇや」
にやりと笑みを浮かべたオーマは、青年の隣にごろりと寝転がった。
肌に触れる、土と草の感触はやさしく、心地よかった。
身体を横たえてみると、じわりと眠気が襲ってきた。彼が言うように、自分は少し疲れていたようだ。
「――あ、そういえばよ、あんた名前はなんてぇんだ。俺は、オーマだ」
「名前?……クラウディオ、だよ」
「クラウディオ……ね」
頭に認識させるように彼の名を呟くと、オーマはゆっくりと目を閉じた。
そしてそれを合図にしたように、青年―クラウディオはリュートを爪弾き始める。
軽やかな音色と共に、彼は柔らかく歌った。
単純な―けれど優しく穏やかな旋律と慈愛に満ちた言葉は、静かな森の中に緩やかに響いた。
暫くして、静かな寝息をたてて眠りに落ちた様子のオーマを見て、クラウディオはやんわりと目を細めた。
「目が覚めて、家に帰ったら次は娘さんに歌ってあげるといい。思いを込めた歌は、きっと伝わるからね」
――回し蹴りにめげずに、ね。
最後にそう付け加えたクラウディオの呟きに、眠っているオーマは少しだけ眉を寄せたが、すぐに穏やかな表情になり口元を緩めた。
Buona notte, sogni d'oro.......
良い夢を。
Fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
NPC:クラウディオ
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました。ライターの佳崎翠です。
今回は再度のご発注、本当にありがとうございました…!!
もう一度、オーマさんの大切な思い出を書く機会を頂けてとても嬉しかったです。
嬉しくて、感謝の思いもたくさんある分果たしてその大切な思いを壊さずに書けるだろうか…と不安もありました。
少しでも楽しんで頂ける内容になっていればよいのですが…(><)
ご意見ご感想など、お聞かせ頂ければ幸いです。今後の参考に致します。
それでは、またお会いできますことを祈りつつ…ここで失礼致します。
書かせて頂き、本当にありがとうございました(*^-^*)
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