<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


奇跡を呼ぶ男

 その二人は同時刻、それぞれの家ではあったけれど、同じものを見つめながら同じ行動を取っていた。
 一人は豊満な胸を持ち、一人はガッツリとした筋肉を持っている。
 目に入った腹部。微妙な違和感。
 思わず指先で『摘まんで』みる。そもそもこの行動が問題なのだ。『摘まむ』事が可能な腹。
「……」
 時が止まったように思えた。まるで自分だけこの場に取り残されているような、そんな感覚がやけにリアルに体中を駆け巡った。
 指先は腹の肉を摘まんだままだ。
 もう一度指先に力を入れてみれば、それは裏切ることなくブニと揺れた。
「……いやあああ!?」
「……うおおおお!?」
 止まっていた時は動き出し、二人の絶叫は同時刻、別々の場所から響き渡った。

 ◇

「……」
 覚えた眩暈を堪えた男がここに一人。
「どうしたの? 何か言いたそうね、ジュダ?」
 きょとんと首をかしげるのはユンナ。歌姫とあって最強ボディの持ち主である。本日もそのボディを余すところ無く魅せる衣装……のはずが、タンクトップとオシャレなヨガ用のパンツだ。足元に蓮の模様が派手に入っている辺りがユンナらしい。
 そんな彼女に首を振って、ジュダはもう一人へと視線を向けた。
 こちらはムキムキの筋肉がはみ出そうにピチっとしたタンクトップだった。これこそ余すところ無く魅せる筋肉とでもいうのだろうか。ジャージも体躯に似合っており、格好だけなら有名なスポーツ選手のようにも見える。
「もっと嬉しそうな顔しようぜ?」
 オーマであった。
 マッスル&ビューティー合宿に参加できて嬉しいだろ? と一人頷き口にする彼に、ジュダは小さく溜息を吐く。
「合宿……は、まぁ、いい。百歩譲ってそれはいいとする……が……」
「ちょっとジュダ。私のお願いを『百歩譲って』ってどういうことかしら?」
 オーマも一緒だとは聞いていない。
 喉の奥から出かかったツッコミを無理やりゴホンと咳で押し込み、ジュダは『まぁ待て』と言わんばかりに手で彼女を制する。
「合宿ならば、ほかにいくつでも候補場所はあるのではないか?
 何故よりにもよって……」
 ――こんな聖筋界秘境に合宿小屋が具現化されている?
 言いたいことに気付いたと、オーマがチチチと指を振ってみせた。
「わっかんねぇかねぇ? 俺様の筋肉が衰えたなんて外部に知られるとまずいわけよ。
 この教祖的存在感溢れるカリスマ筋肉腹黒プリンスが筋肉衰えたから鍛えなおし合宿しまーす♪ なんてばれてみろ。
 記者に『筋肉は大丈夫なんですか!』とか『今後の腹黒マッスル界はどうなるんですか!』とか追求されて、腹鍛えなおすどころじゃなくなっちまうじゃねぇか!
 それでさらに衰えてみろ!? それこそ腹黒マッスル界存亡の危機だぜ!」
 ……もういっそ、危機に瀕していいのではないか。それは。
「ちょっと待って、オーマ。私の美しさを忘れてないかしら?
 ジュダ、あなたもわかっていると思うけれど……私のこのボディ。衰えさせるわけにはいかないのよ。
 歌姫である私が……この私が! 太ったからダイエットしまーす♪ なんてばれてもごらんなさい?
 記者に『歌姫は卒業なさるんですか!』とか『今後は山で修行するって本当ですか!』とか追求されて、ダイエットどころじゃなくなるじゃない!
 それでさらに太ったりしたら!? それこそ世界の美の均衡が崩れてしまうわ!」
 言うほど太っていないと思うが……。
「……言いたいことは良く分かった」
 数々の心の声を飲み込み、ジュダは呟くようにその言葉を返す。
 その瞬間、眼前の二人の後ろに見えるナマモノ軍団がキャァと黄色い声をあげたような気がした。

 ◇

『ジュダさまぁ! こっち向いてー!』
 漂う料理の香りに、漂うナマモノ黄色い声。
 その傍でユンナがストレッチをし、オーマが腹筋をしている。落ち着かないことこの上ない状況だったりするが、二人の集中力は凄いものであった。
「……よくもまぁ、そんなに集中できる」
 手際よく食事の準備をしながらジュダがポツリと口にすれば、そんな嫌味だけはしっかり聞こえていたらしい二人。同時に視線を向ける。
「痩せるためですもの!」
「筋肉取り戻すためにな!」
 不協和音を奏でた二つの声にジュダは溜息一つつき、
「それにしたって、この大音量……少しは気にさわらないのか?」
 ちらりとナマモノへ視線を向けた。
 瞬間、きゃあ! とまた声が上がる。その声に、ふふふん、とオーマが笑った。
「ふむ。まぁ、全然気にならないってのは嘘だろうけどよ。
 サポメン・ジュダ様の追っかけとあっちゃなぁ? 追っ払いもできんだろ?
 安心しろって。俺だって多少は融通利かせてやるから」
「……何が言いたい」
「つ・ま・りー。お前が、あのカワイコナマモノちゃんたちのうち、誰かと二人っきりになりたい、なんてときはぁ」
「……包丁とフライパン。投げられたいのはどちらか選ばせてやろう」
 るん♪ と人差し指など立てながらオーマが冗談めかして言えば、全然冗談に思えない表情と口調で、ジュダが包丁を握り締める。
 この男は、やる。
 一瞬オーマの頭にそんな言葉がよぎり、慌てて『いやいや冗談冗談』と返した。こんなところで命を落としている場合ではない。
 そんな二人の間に入ったのは、ユンナだった。
 ストレッチで流した汗さえキラリと光っているあたりが、さすが歌姫。二人の間に入り、綺麗に磨かれた爪をオーマへ向ける。
「今のは私も聞き捨てならないわね。
 いくら冗談だからって、ジュダがあの中の誰かと二人きりなんて」
 ほかに突っ込むべきところがあるんじゃないのか――。そんなジュダの呟きは二人には届かなかったが。
「考えられんことじゃないだろうが。ジュダだって男だぜ?」
「考えられないわ、ぜんっぜん考えられないわ!
 男って言ったってジュダはあなたとは全然違うのよ。脳内筋肉率98パーセントのあなたと一緒にしないでくれる!?」
 いやだから、男だからとかいう以前の問題であって――。そんなジュダの呟きも、もちろん届くわけもない。
「ハッ! 男をわかってねぇよなぁ? あんなラブ筋マッスルカワイコちゃん達に迫られてみろ。
 遠くの薔薇より近くのタンポポっていうだろうが!
 いくらジュダがスカシ筋桃色拒絶タイプBだからってな、確立0とは言いがたいんじゃねぇのか!?」
 タイプBってなんだ。タイプAもあるのか。そんなジュダの呟き以下略。
「なんなのよ、その遠くの薔薇より近くのタンポポって! 聞いたこともないわ! さ・す・が筋肉しか詰まってない脳味噌ね、オーマ!」
「年中花に囲まれてりゃ満足のお前にゃいわれたくねぇなぁ、ユンナ!」
「なんですってぇ!? 美しい私には美しい花こそ良く似合うのよ! 私を引き立てる最高の小道具に対してそんな言い方しないでくれる!?」
「はーっはっは! そのうち花も枯れるってもんだぜ!」
「残念ね、枯れるのはあなたの筋肉でなくて!?」
 もはや最初の論点とはことごとくズレまくっている。
 途中から聞き流して料理を仕上げることにしたジュダであったが、二人の喧嘩がいよいよ本格的になるのを見ると間に割って入った。
「……落ち着いたらどうだ」
 ジュダが余りにも冷ややかな表情で冷静に口にしたため、彼が颯爽とお玉を片手に割って入ったことに――そしてそのシチュエーションが微妙に間の抜けた雰囲気をかもし出していることにオーマもユンナも突っ込むことが出来ず、結果的に二人の口論が収まり、ようやく場も元に戻るか――と。

 事態が発生したのは、その時だった。

『さっきの、ほんと?』
 聞こえたのは、背後。
 何事かと振り向くと、びっしりとナマモノが集っている。
「な、なんだぁ!?」
「ちょ……な、なんなの、この数!?」
「……」
 驚く二人と、表情こそ崩さないもののどこか呆然としたようにも見えるジュダ。
『さっき言ってたの、ほんと?
 ジュダさまが、私達の誰かと二人きりになりたいって』
 ナマモノ達が次々と口にする。
 それなら私よ! いいえワタシが! ジュダさまに決めてもらうのよ! 待って、くじ引きにしましょう!
「……余計なことを言うからだ」
 お前が、と言葉最後につけたし、ジュダがオーマに視線を向けた。
「は、ははははは!
 ま、あれだ。こうなったら、ジュダ。お前、誰か一人と」
「馬鹿を言え」
「そうよ、ば、馬鹿なこと言わないでよ、オーマ!」
「しかしよ、ユンナ。
 こんだけ集まったんじゃ、逃げようもないしだな――」
 ひそひそと会議をしていたナマモノ達が、オーマの声を遮るように叫ぶ。
『一つになればいいと結論が出ました!』
 かなり意味不明な発言に、三人は再び首を傾げた。
 ひとつになる。
 とは、どういうことだ?
『一人では不公平なので、私達、合体することにしました!』
『ジュダさま、みんなの気持ち、受け止めてッ!』
『ラブラブパワー全開ッ! めざせジュダさまの星! とどけ私達の愛ー!』
「何ッ!?」
 ナマモノたちの掛け声は、合宿所全体に響き渡り、建物を震わせる勢いで――ドォオオオオオオン! 目をやられるような真っ白い光の後、再び三人が目を開けると、そこには――。

 そこには、一人のマッスルラブパワー全開愛思考ジュダ方面ムキムキ親父がぽつんと立っていた。頭が光っている。

「……」
 三人は無言でみつめた。親父を。
 掛け声の余韻でパラパラと埃が落ち、そしてようやく静か過ぎて奇妙なほど静かになった。
『……』
 眼前の親父も無言であったが、突如キュッ! と体を絞って見せる。
『さぁ、ジュダさま! 私達に誓いの口付けを!』
 静かな空間にナマモノの声が、響き渡る――。
「……」
 ナマモノと誓いのキス。
 しかも見た目はマッスル親父(テカリ炸裂)。
 なぜ親父なのだ。
 なぜ。
 いくら俺という存在であっても選択する権利はあろうというもの。
 そもそも何の誓いだ? 一体何を誓うと……。
「……うっ」
「きゃー!? ジュダー!」
「倒れるやつがあるか!」
 あまりにも想像の範囲を超えた出来事に、ジュダがお玉を手に持ったまま派手に倒れた。
 オヤジ、否、ナマモノがキャア! と駆け寄る。
『ジュダさま起きて! しかたない、マウス・トゥー・マウスで!』
「ちょっとちょっとちょっと! は・な・れ・て!」
「くっ、ジュダがこれじゃ合宿でメシもろくに食えねぇじゃねぇか……!」
 ジュダを護るようにユンナとオーマがナマモノの前に立ちはだかる。
 一人は愛のために。そして一人は飯のために!
「ユンナ、利害は一致したな」
「ジュダを渡すわけにはいかないわね」
 オーマが銃を具現化すると、ユンナはどこからともなくハリセンを取り出した。
 見えるのは未来だ。
 筋肉を取り戻し豪快に笑う自分。そして美を取り戻し優雅に振舞う自分。
「ジュダは渡さねぇ!」
「ジュダは渡さないわ!」
 二人の声は大きく重なり、眼前のナマモノオヤジへと勇猛果敢に立ち向かった――。

 ◇

 その二人は同時刻、それぞれの家ではあったけれど、同じものを見つめながら同じ行動を取っていた。
 一人は豊満な胸を持ち、一人はガッツリとした筋肉を持っている。
 目に入った腹部。先日までとは違うそれ。
『摘まんで』みようとした。――が、それは無駄の無い筋肉であり、引き締まったボディであり、『摘まむ』ことは不可能に近かった。
「……やったわーー!」
「……よっしゃああ!」
 オーマとユンナの叫びが響き渡った。

 オヤジになったナマモノは時にバラバラになり、また時にはオヤジに戻り、四方八方からジュダを狙ってやってくる。それをハリセンと舞いのごとき動きで追い払うユンナ。銃を片手に気を失ったジュダを抱え走るオーマ。
 死闘と呼ぶに相応しいジュダ争奪戦を繰り広げ、ナマモノが諦めて涙を流しながらその場を去ったとき、二人は信じられないほどの汗を流していた。
 エクササイズ・ナマモノー's――。

 二人はジュダに感謝した。
 彼が倒れてくれたおかげで予想以上に速く――奇跡にも近い速さで結果が出たことに、二人は心底感謝した。
 しかしどれだけ日が経とうとも、ジュダが『それは良かった。役に立てて嬉しい』など口にすることは、決して――決して、なかったけれど。

 そんなわけで、今日も腹黒マッスルオヤジの高笑いと歌姫の華麗な笑みが、街中をざわめきたてている。


- 了 -