<PCクエストノベル(2人)>


青い探索、赤い恐怖 〜コーサ・コーサの遺跡〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1720 /葵 /光合成する暗躍者(水使い)】
【2911 /紅姫 /テロリズム料理が得意な風喚師】

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 前方に広がる景色を、その男女はいささか意外そうな目で見詰めていた。

紅姫:「思ってたより、広いみたいね」
葵 :「これは、見付けるのに少し手間取るかな…?」

 エルザードの南にあるコーサ・コーサの遺跡へ行くと葵が云い出したのは、昨夜の事だ。
 そこの守人にして、人の心を読めると伝えられているワーウルフに、失われてしまった自身の記憶を読み取ってもらうのだという。
 それに何故紅姫が同行したのかは後で語るとして――そんなわけで、ふたりは遺跡を目差しやって来たのだが……

葵 :「修道院って聞いてたんだけどな」

 たどり着いた遺跡は、彼らの想像よりも広大なものだった。
 恐らく修道院だけでなく、他にも関連した複数の建物があったのに違いない。蔦が絡み、今では静かな廃墟となってはいるが、その広さから察するに、それ以外の結論は無い。
 問題は、この広い遺跡の中から、どうやってワーウルフの姿を見つけるかなのだが――

葵 :「確か、遺跡の中央には水が湧いてるって云ってたよな……ワーウルフはそこの番人だって」
紅姫:「そうね。つまり水辺を探せばいいんだから――葵ちゃん、もしかして得意分野?」
葵 :「――かも知んない」

 ――ではないかも知んない(どっちだよ)。
 実際にやってみなければわからないが、葵の有する水を操る能力を用いれば、或いはその水辺の気配を察知できるのでは――ふたりはそう考えていた。
 流石は兄妹。
 思考が近い。

紅姫:「でもその前に、ちょっと休憩しましょ。ここまで歩き詰めだったし、せっかくおやつも持ってきたんだから――ね?」
葵 :「そうだね。『脳にはお砂糖』って誰かも云ってたし」
紅姫:「間違っちゃいないんだろうけど……それ、この場で云うなら『甘い物には疲労回復効果がある』だと思うの……」

 ――そう、葵と紅姫は兄妹である(らしい)。
 ただしその事実を記憶し自覚しているのは紅姫のみで、葵は記憶を失うと同時に、家族構成なんてものは綺麗さっぱり初期化済み。目の前の少女を「ソーンに来てから出会った友人」として認識し、その認識に対して、紅姫も話を合わせているというのだからややこしい。
 今回の旅にどうして紅姫が同行したのか――これで察して頂けただろうか?
 勿論、葵本人に対しては、適当な理由をでっちあげての同行なのだが。

 などと、記録者(「誰だよそれ」とか問わぬように)が事情を説明しているその間に、当事者ふたりはさっさと場面を進めていた。
 ……ちょっとぐらい、待ってほしかったんだけどな。

紅姫:「青い方が、ワーウルフへのお土産用だったわよね?」
葵 :「そうそう。僕達の分は、赤い方」

 紅姫が提げていたバスケットの中から、赤と青、それぞれ違う色のリボンが結ばれた袋のうち、赤いリボンの方が取り出される。
 中身は、手作りのカップケーキだ。プレーン、紅茶、チョコ、苺ジャムと、バリエーションに富んだ味が詰め合わせになっている。
 昨日、葵と紅姫がふたりで作ったものなのだが……実はの話、青いリボンの袋の方には、紅姫が製作に関わったものは、一切入っていなかったりする。ワーウルフへの供物は、全て葵の作だ。
 紅姫の目を盗んで、そーいう風に葵が細工したのだが、何故そんな事をしたのかと云うと……

紅姫:「あら? こっちは私が作ったやつばっかりね――まぁいいんだけど――葵ちゃん、何個食べる?」
葵 :「んー……とりあえず、今はひとつでいいかな」

 渡されたケーキを、暫し神妙な顔つきでまじまじと見つめる葵――口元が微妙に引きつっている。

葵 :(ココロの声:「ケーキって云うより、黒い油まみれスポンジ……?」)

 一瞬だけ遠い目になり、それから、恐る恐る口へと……

葵 :「…………」

 その瞬間、葵の周辺だけ時が止まった。
 額に滲む汗。

紅姫:「どうしたの?」
葵 :「………………」

 言葉も出ないらしい。

紅姫:「やっぱりまた、失敗してる……?」
葵 :「……………………」
紅姫:「――そうみたいね」

 そう。ワーウルフ用のケーキが全て葵作である理由は、ひとえに紅姫の料理の腕が……(以下自主規制)だからだ。
 ――いや。記録者として、現実から目を逸らすのは良くないだろう。
 ごめん。訂正。正直に書く。
 葵のこの反応からもわかるだろうが、紅姫の手にかかった料理は、全てもれなく「破壊的」な仕上がりとなるのだ。見た目も、味も。
 更に正直に現実を直視するなら、それはもはや「テロリズム」の域に達していると云って良い。

葵 :(ココロの声:「ちゃんと手順は教えたのに……何をどうやったら、こういう味に仕上がるんだろう……」)

 もはや葵の目は完全に遠くなっている。
 こんな物を食べさせられたら、ワーウルフの反応がどういう事になるか――恐ろしくて考えたくもない。やはり自分の判断は正しかったのだと、遠すぎる目のまま小さな頷き。
 だがしかし、試食者のそんな反応を目の当たりにしても、紅姫は全く怯んでいなかった。

紅姫:「何で失敗しちゃったのかは自分でも不思議だけど……でも、一番大事なのは努力する姿勢よね♪」

 つまり努力は評価してくれと。
 重要なのは課程であって、結果はいずれ(いつだよそれ)ついてくる筈と。
 それまでは、目をつぶれと。
 非常に、前向きである。

葵 :「そうだね……努力は、大事……だよね」


『努力すりゃえーっちゅーもんやないで!』


 ソーンの人々をどっかから見守り、今のこのやり取りも恐らくどっかから見下ろしているであろう三十六の聖獣様も、きっとそう叫びたいに違いあるまい……きっと。


■□■


 疲れを取るどころか、むしろ疲れを倍増させる効果があるようなケーキで暫しの休息を取った後、ふたりは本格的に遺跡の探索を開始した。

紅姫:「大きな柱ねー。彫刻がちょっと、ギリシャの神殿っぽい感じ」
葵 :「姫、蔦が絡んだ建物は崩れやすいから、あんまり近くに寄らない方がいいよ」
紅姫:「ねぇ、何か気配は感じる?」
葵 :「うーん……この近くには、水辺は無さそうだね。もう少し奥まで進んでみようか?」

 人里離れているという事もあり、魔物の襲撃などもありうるのではないかと警戒していたのだが、今のところ、水の気配のみならず、そうした危険の存在も感じ取れない。
 耳に届くのは、自分達の声と足音のみ。
 静かな世界だ。

葵 :「木もたくさんあるのに鳥の声さえしないなんて――少し、おかしいよな」
紅姫:「何か居るのかしら?」
葵 :「そんな感じはしないんだけど、念のため用心し……」

 つと、葵の言葉が途切れた。
 何を感じ取ったのか、歩みを止めあたりを見回す。
 元は柱や天井であったと思われる、装飾の残る石片が、あちらこちらに転がる草むら。
 更にその奥には、辛うじて建物としての外観を残している石柱の列。
 柱の間からは石段が見え、どうやらその先は少し高台になっているらしい。
 木々に覆われ、ここからでは詳しい様子を見て取る事は出来ないが――

葵 :「あそこ――水があるみたいだよ」

 葵が指差したのは、その高台の方であった。


■□■


 高台の木立の向こうには、確かに水辺が存在していた。
 広さは五メートル四方程度。それほど広いものではない。
 しかし周囲には石畳が敷かれ、また、崩れ果てて元の形はもはや定かではないが、石像と思しき物が各所に点在し、かつては相応の整備がされていた場所である事がうかがい知れる。
 そんな景色の中、降り注ぐ午後の陽光を透かす水は、この上なく清い。
 清いが何故か、底が見えない。
 深いのだろうか。

紅姫:「何だか、何処か他の空間に繋がってるんじゃないかって思うわね。これだけ底が見えないと」
葵 :「うん、不思議な感じがするよね……。この遺跡に湧く水は、あらゆる富をもたらすって言い伝えがあるそうだけど――これが、そうなのかな?」
紅姫:「だとしたら葵ちゃん、この水欲しい?」
葵 :「んー……別に、要らないかな」

 ひょいと水面を覗き、そこに映る自分の顔と睨めっこをしながら、葵は間延びした声で答えた。その口調は、「要らない」というより「興味が無い」と云いたげだ。

葵 :「天気を操っていつでも晴れに出来る装置が作れるなら、光合成し放題だから嬉しいけど――そんなの、いくらお金を積んでも作れっこないしね。だから要らない」

 それか理由は。

葵 :「姫は欲しいのかい?」
紅姫:「私も要らない――お金なんて、毎日食べていけるだけあれば充分だもの。それにそんな物無くても、毎日賑やかで楽しいし」

 この世界に飛ばされてからの日々を、ふたりは一瞬振り返った。
 確かに、賑やかを通り越しドタバタした日々の連続で、退屈だけはしていない。
 無欲ばんざい。
 ぶらぼー無欲。

葵 :「それに、この水を手に入れようとしたら命を落とすんだろ? そんな危険を冒してまで金持ちになろうなんて――」
? :『――思う輩が後を絶たぬ故、我がこうしてここに居るのだ。まぁ、ぬしらにその心配は要らぬようだがな』
葵・紅姫:「……え?」

 今の声は――?
 ふたりは咄嗟に互いの顔を見合わせた。自分達の声ではない。
 少ししゃがれた、呆れまじりのその声は、耳にではなく自分達の頭の中に、直接語りかけてきた。
 不思議な声の主を探し、そろそろと周囲を伺う。
 すると――
 少し離れた石像の傍らに、異形のものがふたりを見据えていた。

紅姫:「あなたがワーウルフ……?」

 全身を灰色の毛で覆われたそれは、人のように二本足で立ってはいるが、確かに狼の姿をしてる。
 黄金の眼光は威圧されそうに鋭く、ただの獣とは思えない。

人狼:『ぬしら人の子には、そう呼ばれているらしいな。故に、そう呼べば良い――あぁ、ぬしらの名乗りは不要ぞ。我がどんな力を持っているか、それは承知で来たのであろう?』
葵 :「じゃあ、僕達がどうしてここに来たのかも――」
人狼:『無論、知っておる。ぬしの失われた記憶を、我に探らせたいのであろう?』

 ワーウルフは人の心を読む――その噂に間違いは無かったようだ。
 それならば――
 葵の胸が期待に弾んだ。

葵 :「お礼になるような物はこれぐらいしか無いけど……でも、どうしても知りたい事なんだ」

 バスケットから、例のケーキを取り出し差し出す。
 勿論、青いリボンがついているのを確認してから――

葵 :「最近、変な感覚が起こる事があるんだ。ただの思い込みかも知れないけど、記憶が戻れば、その感覚の原因もわかるような気がして……だから、教えてほしいんだよ」

 時おり湧き上がるじりじりとした感覚。
 それがどれ程の不安を与えているかがうかがえる、真剣な声音と表情。
 ――それらを傍らで見つめながら、紅姫の胸中は複雑だった。

紅姫:(このまま記憶が戻らない方が、もしかしたら、葵ちゃんにはいいのかも……)

 紅姫の記憶の中にある、かつての葵とは別人のような今の葵――そのあまりの変化に当初は驚いたが、仲間に囲まれのどかな暮らしの中に居る今の彼は、それはそれで幸せそうだ。
 勿論、かつての葵も今の葵も、紅姫に見えている姿だけが全てだとは思っていない。彼女の知らぬ一面もあるであろうから、それを判断材料に加えぬまま、葵にとって最良の結果がこれであると、他者が結論を出す事は出来ない。
 しかし紅姫には、そんな気がした。

人狼:『成る程。無であると思うたものに有が生じ、源が気になったと申すのだな。されど……』

 葵の訴えにそこまでを返し、ワーウルフはつと言葉を止めた。
 無言のまま紅姫へと視線を流し、そして一瞬、訝しげな顔をする。

葵 :「……?」
紅姫:(まさか――!?)

 まさか自分の心が読まれたのではないか――紅姫ははっとした。
 そうだとすれば、自分と葵の本当の関係なども、全て知られてしまった可能性が……

紅姫:(お願い……何も云わないであげて……)

 胸の内で、必死に祈る。
 ワーウルフの視線が、葵へと戻された。

人狼:『されど――』

 途切れた続きを語り始める。

人狼:『――心と記憶は別物じゃ。確かに我は、思うた事を読み取れはするが、今のぬしが思うておらぬ事を読み取るのは……』

 今の葵は、過去の一切を失っている。
 失ったその状態で思った事の中に、失われたその過去の分子が含まれる事は無い。
 故につまり――

葵 :「無理……なんだね?」
人狼:『おぼろに見える場合もあろうが、その時は本当に断片だけだ。恐らく何の手がかりにもならぬ』
葵 :「そうか……」

 一気に勢いを無くし、力の抜けた声で悄然と呟く葵を哀れと思ったのだろうか。
 ワーウルフは、ひとつだけ伝手を与えた。

人狼:『これが関係あるかは知らぬが……ぬしの中に、強い怒りの名残が見える。いつ何ゆえに、そのように強い怒りを抱いたかは判らぬがな』
葵 :「怒り……。そんなに怒った覚えなんて、無いんだけどな」
人狼:『関係の有無は勿論、今後のぬしに影響を与えるのかも我は知らぬ。見えたをそのまま語ったまでだ。されど……怒りとはまこと多様な結果を生む思い故、感情を制御致す事は、常に心に置いた方が良いやも知れぬな』

 過去に対する解釈だけでなく、今後に対する暗示とも取れる言葉と共に、ワーウルフの金色の瞳が、葵の顔を鋭く見据えた。


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人狼:『大して役に立てず、済まなんだな――されど、時が変われば状況も変わる。また何かあらば、来るが良い。何ぞ新たに示してやれる事もあるやも知れぬ』
葵 :「――ありがとう」

 結果として得られた情報は無いも同然だったが、元々が雲を掴むような話であったのだから仕方あるまい。
 礼を云い、葵は帰路へと踏み出す。
 紅姫もそれに続こうとしたが、何を思ってか、数歩で立ち止まるとワーウルフの元へと駆け戻った。

紅姫:「ありがとう――黙っててくれて」

 小さな照れ笑いと共に、そっと耳打ち。
 刹那、鋭い牙の覗くワーウルフの口元が、ニヤリと微かに笑み崩れた。

人狼:『我が頼まれたのは、あの男の心を読む事のみ。ぬしの心まで語れなどとは、一切云われておらぬ故……な』
紅姫:「本当に、ありがとうね」
人狼:『されど……あれで良いのか?』
紅姫:「わからない。わからないけど……今はもう少しだけ、このままの方がいいと思うの」

 どうする事が、そしてどうなる事が最良か。
 それが見えるまではもう暫く――
 複雑な胸中を示すようにふわりと儚い笑みを浮かべると、ワーウルフに小さく手を振りながら、紅姫も遺跡を後にした。


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葵 :「ワーウルフと、何を話してたんだい?」

 日暮れに近づき始めた道を、ふたりはほてほてと歩いている。
 立ち去り際の紅姫の挙動について、葵とすれば何気ない質問だったのだろうが――直後に紅姫が投下したのは、この日最大の爆弾だった。

紅姫:「ん? せっかくだから、残ってた方のケーキもプレゼントしてきたの♪」

 ――ぇ?

紅姫:「だって、先にあげたのには多分、私が作った分はあんまり入ってないだろうし――頑張って作ったんだから、どうせだったらもっとたくさん食べてもらいたいじゃない?」

 この上なく可憐で幸せそうな笑顔と共に、紅姫は血も凍るような言葉を口にする。
 一方の葵は衝撃を通り越して、もはや顔面蒼白だった。
 凍りついた表情のまま、紅姫の手からバスケットを引ったくり、中を見る。

葵 :「……」

 隔離しておいた筈の赤いリボンの菓子袋は、確かにそこには存在しない――
 間違いなく、「危険物」はワーウルフの手に渡ってしまったらしい。

葵 :「…………」

 甘いテロリストの被害者が、こうしてまたひとり増えるのか……
 絶望的な溜息と共に、葵の目が彼方を彷徨った。


 その頃――


 知らぬというのは平和なもので。
 手の中に残された土産物を、ワーウルフは苦笑を浮かべながら見下ろしていた。

人狼:『我に供物を持参した者は他にもおるが……よもや菓子などと可愛らしい物をもらう事があろうとはの』

 自分でも、似合いの品とは思っていないらしい。
 だが、悪い気はしていないようだ。

人狼:『せっかくだ。頂くと致すか』

 手の中には、赤いリボンと青いリボンのふたつの袋。
 暫し迷うように両方を見比べ、ワーウルフが先に袋の口を開いたのは、赤いリボンの方であった……


 そして、
 テロリズムな供物を口にした彼がどうなったか……


 事実を正直に綴るのが記録者の責務ではあるものの。
 これだけは、はっきり書きたくアリマセヌ……(合掌)。