<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 水晶玉〜それは異世界への扉〜 +



「もし、そこの貴方」
 真夜中のベルファ通り。帰宅を急ぐ貴方を呼ぶ声が通りに響き、声の主を見ると、ウェーブのかかった灰色の髪に小さなティアラを乗せた女性が机を前に座っており、目が合うとニコッと笑った。
 20代前半といった顔立ちだが、雰囲気はそれ以上のような気がする女性だ。
「占わせて頂けないかしら?」
 この時間帯は何をするかわからない輩が多い。
 帰りを急いでいるので。そう断った貴方だったが、
「そう言わずに。さぁ、そこに座って、ね?」
 突然、体はふわりと浮き、椅子に座った。
「んー。貴方は、そうね……」
 逃げようにも体が動かない。
 顔をジーっと見た後、女性は考えながらトランプを3枚用意した。
「この中から1枚ひいて。見てから、この水晶玉を見てほしいの」
 また体は勝手に動き出し、トランプを一枚ひいて絵柄を見た後、水晶玉を覗き込んだ。
 水晶玉は白く半透明で、机がぼやけて見えたが、徐々に灰色、そして黒と、変化していき、水晶玉自体が真っ黒になったとき、貴方の姿はどこにもなかった。
「うふふ。さぁ、貴方はどんな役なのかしらねぇ」
 女性は水晶玉に手をかざすと、呪文を唱え始めた。



――貴方はひいたカードは『キング』



【白雪姫?】

 ある国に、長年子供が生まれないトゥルース王とお妃様がおりました。妃は何か良い方法はないものかと、国中から医者や学者を集めては、すすめるものを全て試してみましたが、効果がないことがわかると、次々に七つ山の向こうにある小屋へ閉じ込めてしまいました。
 二人目、四人目、六人目と、とうとう七人目の薬剤師ユーアになったとき、差し出した薬を飲んで一晩休むと、やっと妃のお腹の中に待望の赤ん坊が宿りました。
 トゥルース王と妃は大変喜び、ユーアに褒美を与えよう準備をはじめた時、急に妃の体調が悪くなってしまい、ユーアも小屋へ入れられてしまいました。

 それから数ヶ月後。
 陣痛がはじまり、トゥルース王は妃のことが心配で、妃直属の占い師に未来を占ってもらう事にしました。
 占い師ララは言いました。
「いますぐ腹の子供を殺しなさい」
「んなことしたら、子供と妃が……」
「では、お妃様と子供に不幸が訪れても良いとお考えで? 王様はそれでも良いと?」
「……そんなこと、俺が幸せにしてやる」
 トゥルース王は首から提げたロザリオを力強く掴みながら占い師を睨みました。
「七年後、全てがわかりますよ」
 最初に出会ったときと同じようにニコッと笑った。

 数時間後、無事に出産は終わりました。部屋中に元気な産声が響き、部屋の外で待っていた者たちが、急いで生まれてきた子のもとへ駆け寄りました。
 しかし生まれてきた子供を見ると、みな眉をひそめてしまいました。髪の色は妃似の、まるで黒檀のような色で、髪の色以外は赤ん坊の頃のトゥルース王にそっくりなのだが、この子は女。つまりトゥルース王そっくりの女の子が生まれてきたのである。
 見た目は男のようでも、世継ぎを考えると男でなければならない。
 トゥルース王は生まれてきたばかりの子を抱きかかえ、さっきの言葉を思い出した―――


■■■■■


 カーテンを開けても暗いような書斎で書類に目を通していたトゥルース王は、ゆっくり扉が開く音に後ろを振り向いた。
「もう気づくなんて!」
 そこには黒く長い髪を一つに束ね、赤い上着に黒いズボン。扉を閉め、王に微笑むのは、今年七歳になったばかりのトゥルース王とお妃様の子『オーマ』。あれから男として育てられるようになり、今まで一度もドレスなど着たことはない。
「…おぉ、オーマか。ははは、俺はこれでも昔はな」
「はいはい、もうその話はけっこう。母様が呼んでたから、早く行った方がいいよ!」
「そうか、すまんな」
 オーマ王子を呼び寄せ、頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「最近、相手にできなくてすまんな」
「謝ってばかりの父様は好きじゃないよ。父様はいつも家臣たちから『王としての自覚はおありなのですか!』って言われて、大口開けて笑ってる父様が好きなのに」
「ははは! まぁ、元々俺は王になる気がなかったしな」
「アレでしょ? 隣の国が攻めてきたときに義勇軍の一兵士だった父様が、暗殺者に襲われそうになった姫様を助けて、一目惚れされちゃって、っていう」
「まぁ、あんときは先代の王や妃が反対したが、姫やその専属の占い師やら召使いたちが賛成して、それから少しして先代は急死……俺は王になった」
 いつの間にか、火をつけていた葉巻をふかす。
「父様、本当に王になりたかった?」
「聞くなオーマ。それより、これをやろう」
 引き出しを開け、小さな木箱を取り出し、渡した。
「ロザリオ? 父様のものとデザインが似ている」
「今から肌身離さず付けるんだぞ、いいな」
「う、うん」
 その様子に目を細め、トゥルース王は書類と葉巻を手に持ち、
「じゃあな、オーマ」
「父様ありがとう」
 その言葉を背に、トゥルース王は書斎を出た。

 トゥルース王が書斎を出てからオーマ王子はロザリオを付け、窓を鏡代わりにして見ているが、そこに映っているのは笑顔ではなく、物悲しさがある表情。
 書斎に一人残ったオーマ王子は、父に目の下に隈があることを見逃していなかった。 最近、父は慣れない書類と戦いながら何かを悟っているし、母の容態は一段と悪くなってしまった。
 色々考えたが、本来の目的を思い出し、本棚から一冊の分厚い本を取り出した。さっきまでトゥルース王が座っていた椅子に座り、机の上に本を置いて読み始めた。まだ七歳には重すぎて持ち上げるのにも一苦労なくらい大きな本を軽々と持ちながら。
「ふむふむ…なるほど……」
「ここにいたのか、王子」
「うわぁ!!」
 いつの間にかオーマ王子の後ろには王子護衛の一人、キング=オセロットがいた。
「お、オセロットか。お、おおお驚かせるな」
「せめて護衛と一緒に行動を。最近は治安も良くないので」
「わかった、わかったよ。で、俺になんか用?」
「いえ、姿が見えなかったので」
 飄々とした態度にオーマ王子は拍子抜けしかけたが、コホン、とし、
「じゃあ、この本が区切りのいいところまで読めるまで守って」
「かしこまりました」
 窓にも扉にも近い場所にあるため、オセロットはすぐにでも戦闘態勢に入れるよう気を入れた。
 しかし窓から見える木の枝には赤々としたリンゴが実ってたり、それを青虫が狙っていたり、ぴよぴよ小鳥がさえずっていたり……
 しばらくして、何事もなくオーマ王子は読み終えた。
「ありがとう、オセロット。もう部屋に戻ろうと思う」
「かしこまりました」
 椅子から飛び降りると、棚に本を直した。扉を開き、オーマ王子とオセロットは書斎を出た。
 もう外は真っ暗である。

「ねぇ、オセロット」
 赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながら、オーマ王子はオセロットを見上げながら話しかけた。
「俺は何かを忘れている気がするんだ。思い出そうとすると頭の中で桃色のモヤや変な草がゾロゾロ出てきて」
「……早く休んだほうが」
「だからさ!」
 ジェスチャーを加えて説明するオーマ王子は、努力もしていないのに料理ができるとか、整理整頓をしないと気がすまないとか、何もしていないのに筋肉がつくとか……
 内容に耳を傾けているオセロットは七年間も護衛を務めているが、たまたま本か料理場を見ただけだとか、才能があるとか、遺伝であるとしか検討がつかなかったが、オセロットにも疑問に思うことができた。
「オセロットにもそんなことない?」
「そういわれてみれば、胸が軽いな」
 手をあてるが、そこには平坦な胸だけ。オセロットは男なのである。
「どうして? 男に胸があったらおかしいよ!」
 笑うオーマ王子は部屋に戻るまで笑いがおさまらなかったが、オセロットはなぜかその姿が、少し、愛らしくて、いとおしくて――
『こんな感情になるなんて』
 まるで自分ではないような気がした。
「じゃあね、おやすみ!」
 手を振るオーマ王子にオセロットは手を振り替えした。代わりの護衛は王子に挨拶すると一緒に部屋へ入っていった。
 いつもはオーマ王子が目覚めるまで一緒にいるのだが、オセロットには今日、特別な任務があった。明日の朝には戻るつもりだが、王子の護衛ができないのは、なぜだが、今日だけ、歯がゆい気がした。
『こんな感情になるなんて』
 今日の私はおかしい。

 まるで、キング=オセロットという名の別人のようだ。


 例年より少し寒い夜風が吹く外を歩きながら、改めて城の大きさを実感していた。
「オセロット、少しいいか」
 声をかけたのはトゥルース王だった。
「王、なぜここに」
「重要な話があってな。姿を見つけたんで、後で言おうとしたが今でいいだろ。ちょいと耳貸せ」
 声を潜めて話す言葉にオセロットは飄々とした態度を崩し、『任務放棄』という四文字が頭をかすめた。
「大丈夫だ。おまえの任務はこれを想定してっから、なるべく早く帰ってくればいい」
「……わかった」
 まだ十分に時間はあったが、オセロットは目的地へと駆けていった。
 闇に紛れ、オセロットを見送ったあと、トゥルース王は葉巻に火をつけた。
「ふぅ……」
 夜風にあたりながら、葉巻をふかした。
「運が良いほうの勝ちってところだな」
 煙は上へ上へと上がり、そして消えた。
「思い上がるな、ってか。どうせ上へ立ったものは下へ落ちるか、消えるだけだ」
 葉巻の火を消し、トゥルース王は歩き出した。


■■■■■


 書斎や王子の部屋とは離れた場所に、妃の部屋はあった。中では蝋燭の炎が燃え、妃がベッドの中で上半身を起こし、漆黒の手鏡を持っている。
 しばらく自分の顔を見つめた後、口を開いた。
「鏡よ、鏡。
 私の病気の原因は何?」
 すると、鏡の中に顔が現れ、
『お妃様、オーマ姫が生まれるときに、お妃様の大事なモノを奪い去ったのです。
 それが病気の原因です』
 これを聞いた妃は驚いた。出産のときより多くの医者に見てもらったが、一向に原因が見つからず、こうして数年間も病に伏しているのだ。そんな病の原因が我が子とは――
「それは何? 一体なんなの?!」
 キィ
 古い木の扉は耳障りな音を立てて開いた。中に入ってきたのは妃所属の占い師。
「お妃様。具合の方はどうでしょうか?」
「ダメだわ」
「お妃様。先日お渡しした鏡の方はどうでしょうか?」
「……これは事実?」
「この占い師ララの言う事に嘘はありますでしょうか? 事実、治安が悪く、王子様は三回も襲われかけている。その事に王様もひどくまいっておられるのはご承知でしょう。こうしてお妃様も病に伏し―――
 あの時に殺せばよかったものを。子供など、またつくれるでしょうに」
 鏡を持ったまま、妃は再び自分の顔を見た。子供が生まれるまでは、絶世の美女とうたわれたというのに、今ではその面影もないくらいに青白く痩せこけてしまって、まるで老婆のようにシワやシミも―――
「ララ、また王を呼んでちょうだい。さっきは寝ていて話ができなかったの」
「かしこまりました」
 指を鳴らすと、もうそこにララはいなかった。

 数分後、ノックもなしでトゥルース王は入ってきた。
「よぉ、調子はどうだ?」
「来てくれたのね!」
 妃はベッドから飛び起き、トゥルース王に抱きつこうと手を伸ばすが、足がもつれて倒れそうになった。それをトゥルース王はさっと支え、お姫様抱っこをしてベッドへ寝かせた。
「まだ体調が良くないんだ、無理をするな」
 少しキツク言った言葉を無視し、妃はトゥルース王を見つめたまま、まるで子供のように、
「ああ! 王は私に……何年ぶりでしょう!」
「お、落ち着けって。また話があるんだろ? それからゆっくりしようぜ」
「そうね、そうね! さっきは起きられなくて話せなかったけど、最近こうして二人きりになることなんて久しぶりだし……王はいつも書類や家臣やオーマやらで、いつも私は一人ぼっち。寂しかったわ」
 手鏡を手に、映った自分の顔を撫でながら、
「これからはずっと一緒にいてちょうだい」
「おい、おまえらしくもないこと言うじゃねぇか……って、しかし、おまえとはオーマが生まれてからは」
 妃はトゥルース王のほうを向き、
「そう、全てあの子が生まれてから……病気の原因はあの子なの」
「まさか、嘘を言うんじゃねぇ。確かにあいつが生まれてから病気になったが、それは」ただの」
「いいえ、違うわ。全てあの子の所為なの。あの子が私の大事なモノを奪い去り、病を……いいえ、呪いだわ! あぁ、なんてオゾマシイ。あんな娘が私の腹から出てきたなんて!! もう我慢できないわ。今すぐあの子を森へ連れて行って、置き去りにしてちょうだいっ! ララ!」
「仰せのままに」
 部屋の隅の陰からすっとララが現れた。
「待て! そんな事をしてなんの意味がある。俺だって家臣だって黙っちゃいねぇぜ。だから考え直せよ。自分を見失うな」
「……ふふふ。そうね、じゃあ連れて行くのはオセロットにしましょう。明日の朝に実行し……そうだわ、あの子の肺と肝臓を取ってきてもらいましょう。食べるとあの子の若さが私のものに……」
 その言葉を聞き、トゥルース王は叫んだ。
「妃よ、正直か?! 俺は絶対許可しない。そんなことをやってみろ、おまえを国から追い出してやるぜ。二度とこの地を踏めないようにな!」
「あーら、即答しなくてもいいじゃない。まぁ、夜は更けたばっかりだし、時間はあるわ。
 ゆっくり、考えてね」
「王様、こちらの部屋へお越しください」
 ララは王の腕を掴むと、トゥルース王は離そうとしたが離れない。
「離せっ、俺は王だぞ!」
 ララは指を鳴らすと、二人は妃の部屋から王の部屋へと移動していた。
「何しやがる!
 ……ガラでもねぇことしてるのは百も承知だがよ、ずいぶん強引すぎじゃねぇか」
「ふふふ。あなたは最初にもそう言ったわね、って覚えてるわけないか」
「なにがだ」
 葉巻を取り出し、火をつけた。
「ほんと、私の魔法がよく効いている。あなたはこの世界に来るまで、どんな人物で、どんな職業をしていたのかさえ……」
 葉巻をふかしながらララを睨んだ。
「話を戻すが、女でも男でも、オーマは大事な子供だ。ほんと、ガラでもねぇがよ。それになぁ、わかっている事が一つある。言ってもいいか?」
「なんでしょう」
「……おまえは人間ではない、闇の者だ」
 一斉に窓は開け放たれ、無数の書類が宙を舞った。この所為で前が見えないが、トゥルースにはわかる。

 魔法は完全に解けていた。

「『おいた』が過ぎたな。ララ、おまえを喰っちまうぞ」
 くわえていた葉巻を手に持ち、舞う書類の一つに火をつけた。
「ふっ……魔法が解けたのなら覚悟なさい」
 結婚指輪が光り、それは瞬く間に篭手となった。紙に引火した炎を纏い、それは炎の拳となった。
「くたばれっ!」
 ララはさっと避けるとトゥルース王の耳元でこう言った。
「私がいる限り、魔法が解けた者には容赦はしない」
 炎の拳は頬をかすめたが、体勢を立て直し、心臓めがけて一撃くらわそうと突っ込んだ。その体がなぜか重い。
「甘い」
 交わされ、開いた口から何かが流れ込んでくる。
「ナッ!!」
「クックックッ……ちょっと“借りる”わね」
 トゥルース王はその場に倒れた。ララは瓶を叩きつけて割ると、気を失ったトゥルース王のあごを持つ。
「あなたは『クイーン』のカードをひいたの。ちゃんと実行するために、私が借りちゃうわ。悪く思わないでね」
 ララは指を鳴らすと床に倒れ、入れ代わりに王が起き上がった。
「ッ! ……まだ抵抗する器だけど、まぁいいか」
 首をまわし手首足首をまわし、準備体操をしてから、倒れているララを抱きかかえ、部屋の外へ飛び出した。
「大変だ、占い師が倒れた! 早く医者を呼べ!」
「た、ただいま!」
 占い師はすぐに医者に見られたが、数時間後に息を引き取った。
 今はベッドに寝かされ、頭に白い布がかけられている。その隣では専属の医者と王が話し合っていた。
「お妃様の良い相談者であられたお方が……どう報告すればよいやら……」
「この者が息を引き取る前に遺言だと言って、こう言った。“森へ行き、オーマ王子を殺して肺と肝臓をお妃様に謙譲せよ。さすれば病は治る”と」
「しかし、それでは王子が!!」
「子はいくらでもできる。明朝、森へ連れて行き、そこでやれ」
 王は部屋を出ようとしたが、振り返り、
「そうだ、やるのはオセロットにまかせろ。任務から帰ってきたら、すぐに」
「し、しかし民が」
「そんなの公表しなくていい。これは命令だ、必ず実行せよ」
 強く扉は閉められ、王は部屋へと戻っていった。
「いったい、どうして……まるでお人が違うようになられてしまわれた――」
 動揺し、震えている医者の横で、白い布の下の表情は、笑っていた。

 すまん、幸せにしてやるって言ったのに―――



■■■■■


 城から少し出た所に、深い森があった。そこは狩人も踏み入れないくらい木々がうっそうと茂り、獣道しかないような暗い森であるが、オセロットは手を引かれながらオーマ王子とその森を駆けていた。
「ねぇ、オセロット! どこへ行くの?!」
 朝早くオーマ王子は起こされ、事情も聞かされないままオセロットと二人で城を抜け出し、ずっと走っているのだ。
「オセロット! オセロットってば!」
 もうすでに森へ入ってからずいぶん経つが、オセロットは一言も口を開かない。
「ねぇ!」
「つかまれ、王子」
「うわっ!」
 オセロットはオーマ王子を抱きかかえ、横へ飛んだ。寸秒の差で、もといた場所に矢が刺さる。オーマ王子を背にまわし、銃をかまえ撃つ。
 森の中に二発の銃声が鳴り響いた。途端、崩れ落ちる音がし、有色の液体が地面に流れた。
 まるで、目の前の出来事は夢であるかのような目で見ているオーマ王子を尻目に、オセロットは銃をなおした。
「追っ手がいるとは、よほど私が信用できなかったか」
「おおおオセロット……」
「落ち着いて。私たちはこれから七つの山を越えた所にある小屋に行かなくてはならない」
「えっ! どうして?」
「それは……知らなくていい。いずれ分かることだ。いまはそれより」
 オセロットは短刀を取り出すと、オーマ王子の髪を持ち、
「少し見た目を変えなければね」
 ざくっ、という音とともにオーマ王子の長い髪の毛が地面へ落ちた。
「さぁ、行こう。新たな追っ手が来る前に」
 二人はまた、歩き出した。まわりに警戒しつつ、今度は喋りながら歩く。お腹が空いても、オセロットは馴れた手つきで魚や木の実を採ってきては食べた。しかし、オーマ王子は城の外へ出たことがないので二人分の獲物を採ってきたが、オーマ王子はすでに食べられる薬草や果実を自分で採っていた。

 何十人もの追っ手を倒し、やがて四つ目の山の中腹まで来ると、隣国へ繋がる道やら舗装された道が出てきたがそれを無視し、ひたすら山道を歩いていると、オーマ王子は道端にはえている薬草を摘み取った。
「オセロット! これは傷に効くんだよ、日頃のお礼だよ!」
「あ、ああ」
 サイボーグなので必要としないが、もしものために持っておくか。
「ケガしないで…ね?」

 あれから、追っ手は来ていたが、どいつも手ごたえがなかった。それが油断の原因だったのだろうか

「オセロット!!!」
「お…ぅ子、逃、げろ」
 オーマ王子を草むらに辛うじて隠したが、オセロットの胸には鉄の矢が貫通していた。火花と電光が飛び散り、矢が少しずつ溶けていく。
「クックックッ……王様とお妃様のご命令をお忘れですか? 王子の肺と肝臓を取ってくるっていう命令を。まぁ、王子の護衛である貴方が遂行するとは微塵も思っていませんでしたけど。こんなに手を煩わせてくれるとは、王子に特別な感情でもお持ちなのですか?」
「誰がだ……」
 数名の兵士を引き連れ現れたのは、同じく王子護衛の男。まだ城に居た頃、王子の護衛を一晩だけ任した同僚。
「油断しましたか、それとも鈍りましたか? まぁ、この世界では仕方のないことでしょう。“全ては占い師によって決まる世界”ですからね。能力も勘も……おっと話しすぎました。では、そろそろ王子を連れて帰ります」
「させるか……」
「そうですか、取り押さえろ!」
 兵士たちは一斉に剣を抜きオセロットに襲い掛かった。それらを片端から格闘主体の攻撃で倒すが、だんだん全身が重くなっていく感覚にも襲われる。だけども、ここを離れると王子が連れて行かれ、必ず殺される。邪魔な感覚を振り切り、銃を手に取るが、
「あははは! 貴方とは一度手合わせ願いたかったんですよ!」
 最後に残ったのは親玉。力量としてはオセロットのほうが上だが、傷が癒えることもなく、逆に悪化しており、
「王子に、は指一本…触れさ、せ……はシナイ」
「そんな体で何ができるっていうんです!」
 動くたびに胸元からは鉄片や火花が飛び散っていた。
 すかさず、相手の剣が振り下ろされ、短剣で受けるも弾かれ高く宙を舞った。
「さぁ、おとなしく王子を渡すのです」
 喉に剣を突き立てられたが、オセロットはそんな態度の相手に鼻で笑った。
「ふふ、ふ……私がそん、なこと…をするとで、も思っ…たか」
「ふっ。それじゃあ、あの世で悔やむがいい!」
「それは貴様だ」
 オセロットはキッと睨みつけ、左腕を前へ突き出した。
「お、おい、嘘だろ」
 それは瞬時に巨大砲塔となり、
「グアアアァァァ!!!」
 目の前の人物を消し去った。

「オセロット……」
 草むらに隠れていたオーマ王子が見たのは、まわりの木が倒れ、霧と間違うほど舞う砂埃にまみれ、コートがズタズタに傷ついてしまったオセロットの姿だった。手には鉄の矢が握られている。
 オーマ王子は慌てて近寄ろうとしたが、
「…そこに落ちてる短剣を持って、早く行け」
 目線を合わせないまま、オーマ王子の近くに落ちている短剣を指差した。
「オセロットは? オセロットもちゃんと来るよね」
 先がなく、途中が溶けて固まった矢を片手で折り、捨てると、
「ああ……あとで、な」
「絶対だからね」
 後ろに何度も振り返りながらオーマ王子は山を登って行った。
 その後姿が見えなくなるのを確認すると、足が崩れ落ちた。木にもたれながら、もう立つことさえできなくなった自分の体を見ずに、もう未来はわかっていた。
 せめてオーマ王子に心配させぬよう、胸から抜いた矢が致命傷なのか、それとも切られた傷がそうなのか。もう考えるのをやめて、コートから煙草を取り出し、火をつけた。
 オセロットは息をふーっと吐くと、煙は風に流されずにゆっくり天へと昇っていった。

 やがて、六つ目の山を越え、七つ目の山を登りかけても良い頃に、オーマは道に迷っていた。小屋へ続く道や方角はオセロットにしかわからなかったからだ。
 片手に持ったオセロットの短剣で道を切り開いても、一向に道に出る事はない。もうこのまま一生迷い続けるのかと思いはじめたとき、両親や家臣たちのことを思い出し涙が出てきた。そして涙が出るたびに“自分には忘れてはいけないことを忘れている気がした”
 木の枝やツルがもどかしくて、思い切り短剣を振ると、少し開けた場所に出た。そこはアーチ状になった木が日陰をつくり、かといって湿気がたまらない程度の風がそよいでいる場所だった。
 そこでやっとわかったのが、太陽が頭の上にあるということ。それと、目線がだいぶ高い事。
「木の実も実ってるし、昼ごはんにするか」
 この森にはいたる所に木の実が実っており、保存食を持たないオーマはなんとか生き延びていた。しかし、水はない。すべての川は底が見えるほど透き通っているが、なんせ川に行き着かなければ水にありつけない。
 果汁ではしのいでいるが、
「み、水が飲みてぇー」
「…ぇ……まじで。こんなところにガキがいるなんて」
「うわっ!」
「驚くのはこっちのほうだ」
 草木をかきわけ現れたのは男性か女性か、どっちともとれる顔の人間。
「迷子か? それとも君はオーマっていう王子さん?」
「あ、ああ。あんたは?」
「あ? んなことより、その手に持ってるリンゴをくれねぇか?」
「え。あ、どうぞ」
 差し出したリンゴをペロリと食べると、満足そうな顔をして、
「俺はユーアだ。オーマは、もしかしてオセロットの知り合いのオーマか?」
 驚いた。まさか見ず知らずの人物から“オセロット”の名前が出てくるとは――
「オセロットを知ってるのか?!」
「あ、ああ。どうやらオセロットの知り合いのオーマ王子……さんか。思ったより大きい奴だな。探したぜ、こっちだ」
 ユーアは二十前後の顔立ちで背も高く、オーマは七歳で、どちらかというと小柄のほうである。
悩んでいる暇もなく、ユーアは来た道を指差し。
「こっちだ」
 再び林の中へ飛び込んだ。慌ててその後を追いかけると、やがて道に出た。
 そして再度確認しても、やはり目線は高いし、服も窮屈である。しかし、そんなことを気にしている間もなく、ユーアは走り続けオーマもはぐれないように走った。
 もうそろそろ小屋が見えてくる頃である。


■■■■■


 城。一国の王子が行方不明となった今、通常なら一大事になるはずだが、王と妃の命令によりウヤムヤにされ、一部の知ってしまった家臣には口止めが行われていた。
 そして妃の部屋では、まだ昼間だというのに黒いカーテンを閉め、妃は手鏡を手に口を開いた。
「鏡よ、鏡。
 オーマはどこにいるの?」
 風もないのに蝋燭が揺らめき、鏡の中に顔が現れた。
『お妃様、七つも山を越えた小屋に、オーマ姫はいらっしゃいます』
 言葉にならない叫びを上げ、ベッドに手鏡を投げ捨てた。
「ねぇ、まだ生きているのよ。もう我慢できないから、私が行っても良いかしら?」
 ロッキングチェアに座る男に抱きつき耳元で言った。その男は無言で妃に口付けをすると、一晩中一緒に過ごし、朝になると妃はララの遺品を鞄に詰め込み、顔に色を塗ったりして、物売りのお婆さんに変装した。
「どうかしら、これじゃあもう私なんてわからないよね」
 瞳に暗い影を落とした男は妃の髪を撫でると、指をならした。
 すると、もうそこに妃の姿はない。

 妃がいなくなった後、家臣の一人が部屋をノックした。すると、なんと出てきたのは王であった。
「こんな所におられましたか! 早く書類にサインをしてください。いますぐに!」
「そんなこと、誰かにまかせればいい」
 力強く扉を閉め、カギをかけた。そのあとも何度か激しいノックが響いたが、王は一歩も妃の部屋から出ることはなかった。
 それはというと、王はあれから仕事をまったく行わなくなり、妃以外の人間と極力会わなくなっていたのだ。ララの精神が無理やり入り込み抵抗のすえ、感情がほぼ無くなってしまったのだ。
「オーマ王子が行方不明になられてから、王はお人が変わられた」
 こう家臣たちからは囁かれるようになっていた。そして、それは民にまで広がっている。


■■■■■


「紹介する、こいつがオーマだ」
 木造の小屋の中に歓声が沸いた。それから小屋に暮らしている者の自己紹介がはじまる。みな医者や薬剤師で、男が四人、女が三人の計七人。近くの村などに往診へ行くことを日課としている。
 ただし、薬剤師のユーアのみ本業をせずに、主に炊事以外の家事やオーマ王子探しをしていたという。理由を聞くと、仕事を任される等されて教えてはくれなかった。
「オーマ、一緒に来い」
 ユーアはオーマを呼び止めると連れて行った。今はユーアとオーマ以外の者は往診に行ってしまい二人きりなのである。オーマは新しく貰った服を気にしながらも付いて行く。なぜなら女の子の服だからである。本来の性別の服であるが、着慣れていないため違和感がある。
 スカートが足に纏い付き走りにくそうにしているオーマを尻目にユーアは小屋の近くにある小さな建物の扉を開けた。
「オセロットは、オーマが来る前にここへ来たのは、王子を守る体勢を整えるためだったんだ。だからここには食料や医療品が数多く揃っている」
 高く積み上げられた木箱の内、少し低くなっている所の箱を持ち上げると、それをオーマに渡した。
「オーマならこれくらい持てるよな」
「……あ、ああ」
 オーマの顔をジッと睨むとユーアは、
「…くだらん事考えてる暇があったら、それをちゃんと運べよな」
ここはまるで倉庫である。オーマはこれらを見るたびに、最後に見たオセロットの姿が目に浮かんだ。
「これがあったらオセロットは……」
 オーマには、もうオセロットは亡くなってしまったのではないかという思いが頭から離れなかった。
 その様子にユーアはため息をつき、
「オセロットがそんくらいの事で死ぬとでも思ってんの? まったく、自分の護衛の事くらい信じてやれよなぁ」
 実は男だったユーアに肩を叩かれ、我に返ったオーマは肌身外さず持っているロザリオと新しく作ってもらった鞘に収められたオセロットの短剣を見つめた。
「行くぞ」
「ユーア、手ぶらだぞ?」
「そんな重いもの持てないよ。だからオーマを呼んだのさ」
「えっ、ちょっと!」
 文句を言いつつ、ユーアとオーマは二人で小屋へ帰って行った。奥に黒い炎が潜んでいる事に気づかないで―――

 もうすでに気づいたときには遅かった。
 炎は建物全体を包み込み、あっという間に全てを燃やし尽くしてしまったのだ。墨と化した残骸の前に立ち尽くすユーアとオーマは呆然としていた。
「ど、どうすんだよ。食料とかあったんだろ」
「…森には沢山の木の実があるし、みんなが帰ってきて金貰ったら町に行こう」
「そう、だな……」
 内心怒り狂うユーアには犯人に心当たりがあった。火のまわりが早く、到底人間業だとは思えないくらい激しい燃え方だったので、きっと――
 王国専属の占い師。この国の占い師は、別名魔術師と呼ばれるくらい魔法の腕に長けていた。そして、こんな事をするのは妃専属の占い師ララのみ。他の占い師は争いを心底嫌って夜逃げするのも珍しくなかったくらいなのだ。
 小屋へ帰るユーアの背からでも、その怒りの感情は読み取れ、オーマは声をかけることができなかった。

 数日後、ようやく小屋での生活にも慣れてきたオーマが食事の後片付けをしていると、一緒にいるはずのユーアの姿がなかった。もしかして、と不安になり名前を呼ぶも、返事はない。
 小屋から出て、あたりを見回すと、木陰で気持ちよさそうに昼寝をするユーアがいた。むにゃむにゃと、寝言を言いながら寝返りを打つ。内心ほっとして、何か上にかけるものを持ってこようと小屋へ戻ると、扉の前に一人のお婆さんが立っていた。
「どうかしたか?」
 オーマが声をかけると、お婆さんはドキッとしたような仕草を見せたが、
「こんにちは、私は物売りのお婆さんだよ、さぁさぁ見ておくれ」
「すまんが、ここにはお金がないんだ」
 すまなそうに言うと、お婆さんはオーマの顔をじーっと見て、
「貴方みたいに可愛い子はおしゃれをしないといけないよ、この胸紐をあげよう。さあ後ろを向いて」
 オーマは喜んで後ろを向きました。なぜなら、好きな色である桃色だったから――

 悪寒がして目が覚めると、ユーアは悪夢にうなされたように汗をびっしょりかいていた。気にせず小屋へ戻ると玄関先で誰かが倒れていた。直感し、急いで顔を見ると、それは間違いなくオーマであった。
 抱き起こしてみると、首にはきつく紐で締め付けられており、指ではほどけない。急いで刃物を持ってきて二つに切ると、オーマは激しい堰をした。
 生き返ったのだ。

 あの事件での犯人がわからぬまま数日が経ったある日、ユーアは悩んでいた。小屋に住む他の者たちが帰ってこないのだ。
 一日二日帰ってこないのは今までにもあったが、もう今日で五日目である。さすがに心配になり往診先に行きたいが、ここを離れるとまたオーマが狙われるかもしれない。
 いっそ一緒にも行っても良いが、オーマは王子である。ララ以外に狙うものは大勢いる。
 悩みぬいてユーアは一日だけ小屋から離れることにした。その間、オーマには一歩も外に出るなと言う事にしよう。
 出発の準備を整え、ユーアはいつもより速く走って六人の往診先へ向かっていった。
「後悔するがいい」
 町に着き、道端ですれ違いざまにこう言われたような気がして振り向いたが、そこには誰もいなかった。
 やがて一人の往診先に着くと、そこには何もなかった。四日前、謎の爆発により、住民とそこに居合わせた医者一人が亡くなったと、近所の人から聞いた。気を取り直し、別の往診先に向かうと、地面がえぐれていた。通りすがりの人に聞くと、三日前に謎の爆発があり、前と同じく住民と医者が亡くなったらしい。
 また別の往診先に向かうと、帰りに通り魔にあったとか、土砂崩れに巻き込まれたとか、来ていなかったとか……その人は行く途中で倒れていたらしい。
 とにかく皆、なんらかの事故や事件で亡くなっていた。
 なぜ――死体や墓を見るたび、その気持ちは強くなり、ユーアは小屋へと急いだ。


■■■■■


 ユーアが小屋から出て行った後、オーマは暇で暇で仕方がなかった。掃除は毎日行っているため汚れもそれほどなく、すぐに終わってしまったし、料理は食材がないからできないし、本を読もうにも、すでに読破しており、何も見ずに暗唱もできるくらい読んである。
 窓から顔を出して外を見たが、ユーアはもちろん人っ子一人いない。
「暇だー」
 こんな事も言い飽きるくらい言ったが、何も変わらなかった。

 コンコンコン。
 数分後、ノックする音が聞こえて、急いで玄関に走った。
「どなたですか?!」
「私は物売りのお婆さんだよ、さぁさぁ見ておくれ」
「すまんが、小屋から出てはいけないと言われているのだ」
 本心は今すぐにでも出て行ってお婆さんの持ってくる素敵なものをじっくり眺めたいのだが、それだとユーアとの約束を破る事になってしまう。
「そう、それじゃあ、お腹は空いてないかしら? 今ね、そこの木でリンゴを採っていたのさ。さあ、お婆さんは半分しかいらないから、もう半分をあげるよ」
 お婆さんは扉の横にある小さな窓から手を入れ、オーマに真っ赤なリンゴを差し出した。丁度小腹が空いていたオーマは、外に出ていないのだから約束を破っていないと思い、リンゴを受け取った。
「美味しいわぁ、さあ早くリンゴを食べなさい」
 シャリシャリと瑞々しい音が響き、お婆さんは美味しそうにペロリと食べてしまった。それにつられオーマも一口二口とリンゴを食べてしまった。
「美味しかったぜ、ありがと……っ!!」
 急に胸が苦しくなり、オーマは倒れてしまった。
「あはははは! 簡単に人を信用するからこうなったのよ。これで王は私だけのものだわ!」
 そのリンゴは特別な細工がしてあり、片面にだけ毒が塗ってあったのだった。物売りのお婆さんに化けた妃は、鼻歌交じりに城へ帰っていった。

 しばらくしてユーアが小屋に戻った時、すでにオーマは息をしてはいなかった。しかし、その顔は生前と同じく血の気があり、手も温かい。まるで眠っているかのようである。
 ユーアはオーマを抱き上げると、ベッドにそっと寝かせた。そしてその顔をじっと見たり、手を触ったり、揺らしてみたり……でもオーマは目を覚まさなかった。


■■■■■


「すいませんが、一晩泊めていただけないでしょうか」
 その出来事から数ヵ月後、変わらず小屋に暮らしていたユーアのもとに一人の訪問者が現れた。
 扉を開けてみると、そこにはウェーブのかかった金色の長い髪を一つに束ね、綺麗な青色の瞳に片眼鏡をかけ、軍服のような黒いコートを着た――
「オセロッ……ト?」
「ん? 君は私を知っているのか」
 間違いなく、あのキング=オセロットであった。ユーアは恐る恐る小屋へ入れ、椅子に座らせ話を聞いた。
 しかし、
「……どうやら貴方が知っている“オセロット”と私は違うようだね。私は隣国の王子だ。今日は少し……道に迷ってしまってね」
「そう、ですか」
 少しがっかりしながらも、ユーアはこのオセロット王子を泊めることにした。部屋へ案内すると、奥のベッドに眠るオーマに気づいた。
「あの方は?」
「ああ……オーマだ。今は眠っているから、そっとしといてくれ」
「そう、わかった。では、いつ頃目を覚ますのだ?」
「さあ知らないね」
 ユーアはつい、オセロットと見た目も性格も仕草も同じ、この王子に事の真相を話してしまった。しかし、王子は真剣にそれを聞き、冷静に受け止めた。
「そうか、なら私の国へ来ないか? ここよりずっと安心だと思うのだが」
 思いもよらなかった言葉に聞きなおしたが、やはりオセロット王子は同じ事を繰り返した。
「俺も一緒に行ってもいいなら」

 もうオーマは、仲間だからな

 王子は頷き、迎えに来た家来にユーアの荷物を預けると、丁重に眠り続けるオーマを運んだ。
 移動する最中、ユーアはオセロット王子に話しかけた。
「なあ、なんで俺らを国に連れて行こうと思ったんだ?」
 オセロットは一瞬表情を崩し、
「昔、世話になった人と一緒に戦った人に似ていてな…」
「俺も、仲間に似ている」
 それから二人は話すことは無かったが、天気は快晴。雲ひとつ無い青空である。
 今日は野宿だが、明日には城に着くだろう。


■■■■■


 妃は、厚いカーテンに囲まれた部屋の中で真赤な薔薇を愛でていると、突然胸騒ぎを覚え、薔薇を放り投げ、手鏡を持ち尋ねた。
「鏡よ、鏡。
 私の不安の原因はなに?」
 すると、
『お妃様、それはオーマ姫が隣国にいるからです』
 腸が煮えくり返りそうになりそうになりながらも、手鏡に再度問いかけた。
「なぜ、いるの?」
『王子様が運ばせているからです』
「王子?!!」
「はい、隣国の王子様。オセロット王子ガ」
 妃は手鏡を叩き割ると、もう何も答えてくれない王に必死に抱きつき、大粒の涙を流した。
「なんで……なんで、私の思う通りにならないの! あの子は死んだのに、死んだのになんで王子なんかに拾われるのよ!!」
 泣き続ける妃と一切目を合わさず王は首元に顔を近づけた。
「……なぁ、俺は美人が嫌いなわけじゃないが、お前には愛想が尽きたぜ」
「えっ……ッ!!」
 まるで獅子のような表情で王は妃の首下に食らいつき血を吸い上げた。
「は、ははは……わたし、私は王を、王をッ――」
 崩れ落ちる妃を見つめ、王は口元に血を垂らしながら、
「オーマの仇だ。おいたが過ぎたな」
 床に落ちる無数の薔薇の花びらは無情にも妃を美しく見せたが、王の目にはまったく見えていなかった。
『よくも私を抑えたわね。まぁ、いいわ。新しい器が見つかったもの』
 次の瞬間、トゥルース王は体が一瞬軽くなるのを感じると、ついさっき倒れた妃が起き上がった。
「うふふ、こんにちは。元占い師のララだけど、今は貴方の妻。そしてこの国の妃。これからもよろしくね」
 妃はニッコリと笑うと、指を鳴らした。


■■■■■


 ユーアは空を見上げていると、こちらに雲が迫ってくることに気が付いた。その速さに異常を感じ、
「オセロット、あの雲を見ろ!」
 雲を指差し知らせているうちに雲は高速で頭上を通り過ぎようとし、その時ピカリと光った。その光で全員が怯んでしまい、目が正常に見えるまで時間がかかってしまったが、ユーアとオセロット王子が見たとき、何も起こっていないように見えたが、一つ、驚くべきことが起こっていた。
「ぅ…ん…」
 黒くて短い髪の毛にスカートがなんとも似合わない、あの、
「オーマ……」
「ゲホゲホゲホッ! はぁ、死ぬかと思ったぜ」
 服についた砂をはらいながら立ち、まわりを見渡した。
「あれ? どこかに行く所だったのか?」
 目の前の出来事が信じられない二人はオーマの問いも聞こえなかったが、
「なぁ!」
「…今から私の国に姫をお連れしようと思ったのです。さぁ、今すぐにとは行きませんが、来てくれますよね」
 オーマもまた、キング=オセロットとそっくりな王子に目を疑っていたが、もちろん答えは、
「はい」
 その微笑みは、さっきの光よりも、まるで太陽のように眩しかった。


■■■■■


 それからというもの、数年後には王子と姫は結婚したとか、姫は自分を助けてくれたユーアと結婚したとか、姫の国が滅んでしまったとか、色んな噂が飛び交い一人歩きしたが、これはまた別のお話。
 自分勝手なお妃様と精神だけが他人に移ることができる女が引き起こした事件の結末は、人それぞれの解釈が違うように、その結末もそれぞれ違う。


 貴方はどんな結末を思ったのでしょう。
 またこの世界を体験してもらいたいわ。



 貴方は目を覚ますと、そこはベルファ通り。怪しい占い師に水晶玉を覗かされた場所であった。
 辺りを見回しても、そこには誰もいなかったが、昇り始めたばかりの太陽は、あの時の笑顔のように光り輝いていた。



■□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□■
1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り/役:白雪姫
2542/ユーア/女性/18歳/旅人/役:薬剤師
2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー/役:王子護衛&隣国の王子
3255/トゥルース・トゥース/男性/38歳/異界職(伝道師兼闇狩人)/役:王様

NPC/ララ・ウルディアン/女性/?歳/超常魔導師

■□ライター通信□■
 長らくお待たせしてしまい、申し訳御座いません。ライターの田村鈴楼です。
 参加者様のプレイングや設定を読ませていただきまして、このような白雪姫? となりました。一部、ゴタゴタしてしまい、うまく伝えられていないかもしれませんが、わたしの中では、これを書いていて勉強になりました。とても楽しかったです。
 この作品が少しでも気に入っていただけますように。
 ありがとう御座いました。