<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


世間知らずの青年に

「こんにちは」
 白山羊亭に、ここのところ顔を出すようになった青年がいた。
「あ、クルスさん。いらっしゃいませ〜」
 『精霊の森』と呼ばれる場所の守護者という青年クルスに、看板娘ルディアは明るい笑顔を向ける。
「今日はどうかなさいましたか? またご依頼?」
「いや……たまには研究をやめてひとりゆっくりしようかと」
 思ったんですが――とクルスは苦笑する。
「森の精霊たちにですね、街に行って楽しんでこいと怒られたんですよ」
「え、精霊さんたちに?」
「はあ。だから聖都に出てきたんですが……どうも僕は街のことがよく分からなくて……」
 誰かいらっしゃいますか? と青年は訊いてきた。
「僕に観光案内というか……まあ、単に飲み相手をしてくれるだけでもいいんで、相手してくださる方……いてくださると助かるんですが」

     ***********

「お? どうした兄さん」
 ルディアと話しこんでいたクルスを見つけて、声をかけてきた人物がいた。
 金髪に赤い瞳。がっしりとした顔つきの、大柄な男性である。
「あ、トゥルースさん。実は……」
 かくかくしかじか、とルディアが事情を説明しながらクルスを紹介する。
「初めまして。クルス・クロスエアです」
「おう。俺はトゥルース・トゥースだ」
 軽く握手をしてから、トゥルースは「街の案内なあ……」と葉巻をふかした。
「よし、そういうことなら俺に任せておけ」
「いいんですか?」
「おう、俺もこの街は初心者だ」
 ずるっ
 クルスとルディアがずっこける。
 トゥルースはがははと笑った。
「まあ、なんだ、街から街への流れ者でね。ひとつの街に腰を落ち着けることはあまりないんだが、この街はなかなか面白そうだ。しばらく厄介になりそうだし、どうだい。ここはひとつ、街の探索に俺も混ぜるってのは」
「それもいいですね。心強い」
 クルスは眼鏡の奥の目でにっこりと笑った。「よろしくお願いします」
「おう。よろしく頼むぜ」
「それじゃ肝心の案内は――」
 ルディアが白山羊亭内をきょろきょろする。
 そして、ひとつのテーブルに目をつけた。
「あ、アレスディアさんに千獣さん! あのお二人ならどうですか?」
 呼ばれて――
 二人の少女が振り向いた。
 ひとりは銀の髪に青い瞳の、もうひとりは黒い髪に赤い瞳の。ある種対照的な――
「ああ、クルス殿」
 と銀髪のアレスディアが微笑んだ。
「今日は精霊殿はおられぬのかな?」
 以前、精霊をつれてこの街に来たことのあるクルスに、アレスディアは尋ねる。
「いえ、今回は僕自身の個人的なアレで――」
 街案内の話を詳しくすると、
「……街……案、内……?」
 黒髪の少女、千獣(せんじゅ)がちょこんと首をかしげた。
「この……街、の、こと……知らな、かったん、だ……?」
 どうやら意外であるらしい。
「ふむ。精霊殿の薦めでか」
 アレスディアがうなずく。「せっかくの精霊殿の気遣い、無駄にすることはない。私でよければ街の案内、ご同行しよう」
「……街の、こと、は……よく、知ら、ない……けど、私も……いい?」
「おうおう。かわいい姉ちゃんたちが一気に二人も増えたじゃねえか」
 はっはとトゥルースが笑う。彼は楽しそうだ。
 ルディアはまだ店内をきょろきょろしていた。そして、
「あの……オンサさんもどうでしょう?」
 とひとつのテーブルを示した。
 そこに――
 小麦色の肌に白い入れ墨、身に着けているのは前だれひとつの裸同然という摩訶不思議な少女がいた。
 ――オンサ・パンテールは、話を聞いて喜んで街案内を引き受けた。
「任せなよ。あたしはこの街、長いからね」
 そう言うオンサの白い入れ墨はどこか神秘的で、彼女の小麦色の肌によく映えて美しい。
 ふうん、とクルスが感心したようにうなった。
「それはキミの種族の在り方なのかな。興味深いなあ」
「そうとも、これは――」
「エロいぞクルス!」
 どげしっ!
 背後から、クルスの背を飛び蹴りで思い切り蹴飛ばした人物がいた。
「痛っ!――グラン! キミ一体何を考えているん――いた、いたた」
「へへん。この体力なしめ」
 小人族のグランディッツ・ソートが、腰に両手を当てて偉そうに立っていた。
「裸のねーちゃんをじーっと見つめてるなんてエロい。エロすぎる」
「そう考えるキミのほうが……」
「話は聞いてたんだけどよ。街案内だって?」
 俺が案内してしてやろうか? と、にやりと笑ってグランは言った。
「いいとこ来た、たっぷりいたずらしてやる」
「ん? グラン今何か言わなかったかい?」
「ははは気のせい気のせい。まあこれでも飲んで」
 グランは唐突にどろっとした緑色のジュースをクルスに差し出した。
「言っとくが、こないだのドラゴンの血じゃないからな。アオジルとか言ったかな」
「アオジル……?」
「体によいものらしいぜ」
 グランは言いながら、自分は普通の野菜ジュースを飲み干した。
 外見似ていて、中身の違いは恐ろしい。
「ふうん……」
 しかしクルスはまじまじとそのジュースを見てから、
「いつも飲んでるジュースに似てるなあ……」
 つぶやいて、ごくごくとそれを飲み始めた。
 げっとグランが一歩引いた。
「うん、なかなかおいしい。これの調合の仕方知らないか? いつものジュースよりいい」
 飲み干して、クルスが言う。
 グランは、「お前一体普段何食ってんの!」と悲鳴をあげた。
 がははとトゥルースがおかしそうに笑った。
「いたずら大失敗ってかあ? アオジルなんてもんは初めて聞いたが、どんなもんが入ってんだ」
「おそらく色んな野菜がほどよく調合されてるんだと思うんだけど――」
「調合!」
 ガタン! と椅子を蹴倒して近くのテーブルから立ち上がった青年がいた。
「調合調合! なんだい、何の研究だい!?」
 ワタシも混ぜてくれっ! と意味不明なことを言いながら、こちらへ飛ぶようにやってくる。
 銀髪に、緑の目をした青年だった。二十代半ばほどだろうか。
「いや、アオジルの……」
「アオジルの研究かい!? いいねえ、ワタシにも興味深いよその飲み物はっ。いかにしてそのほどよい味を作り出せるか……っ!」
「げげっ! あんたもアオジル推奨派!?」
 グランがさらに二歩引いた。
 青年はがっしとクルスの手を握った。
「よく分からないがキミとは気が合いそうだ! ワタシはクレシュ・ラダ! よろしく!」
「よ、よろしく。僕はクルス・クロスエア」
「で、何の話だい……!?」
 ――話がようやく元に戻った。
「えーっと……なるほど、つまりキミの相手をしろと言うわけだね!? そういうことならワタシ立候補!! きっと退屈させないよ?」
「ありがとう」
 クルスは微笑んだ。
「大所帯になってきたなあ」
 トゥルースが煙を吐き出す。
 と、少し離れたテーブルから――
「あ、てめっ! ライカ! 今イカサマしたろ!」
「イカサマは貴様の常套手段だろう。俺は普通にやったまで」
「そんなわけがねえ、でなきゃイカサマやった俺に勝てるはずが――あっ」
「イカサマが正攻法に勝つこともたまにはある」
「ありえねえ!」
 イカサマ失敗したのかちくしょーー! とその銀髪をかき乱して悔しがっている青年がいた。
「正攻法で勝ったのさ」
 テーブルにトランプを広げながら、堂々とそうのたまう赤い髪の青年が、その向かいに。
「ありえねえ……この俺がイカサマ失敗させるなんてありえねえ……っ」
「猿も木から落ちるものだ。貴様もこの先、これにこりてイカサマをやめることだな」
「じょーだんじゃない、頭脳派がイカサマやめるなんてそんな阿呆なこと」
「頭脳派でもまっとうに勝負すべきときもあるよ、うん」
 突然クレシュがそのテーブルに駆けていき、うめいている銀髪の青年にさとすように言った。
「かくいうワタシ、頭脳派だけれどゲームに勝てたためしなし」
「そりゃただのアホだ!」
 銀髪の青年はクレシュに怒鳴り返してから――ふとこちらの団体を見た。
「何だ? 何の騒ぎだ? むしゃくしゃしてんだ、依頼でもあるなら受けさせろ」
 ――かくして、銀髪のランディム=ロウファ、赤髪のライカ=シュミットがクルスの街案内に付き合うこととなったのだった。
「精霊の森……? 言われてみれば確かにそんな場所もあるな」
 ライカは真顔でクルスを見た。「それもそこの管轄者が出向いたとなれば、聖都査察のために来たと見た。当然VIPとなるわけだ……彼の命を狙う輩がひとりやふたりいても説明がつくはず」
 俺は彼の観光に付き合うと同時に――、とライカはどこまでも真顔で、
「最善を尽くし、磨かれた技能を役に立てるべく彼の安全を護りぬくだけだ」
「いや、あの」
「まあ俺は別にクルスの依頼に付き合ってもいいけど……っていうか付き合うって言ったけど……なんでライカまで? よりにもよってこの純粋培養戦争兵器を!?」
 ランディムが嘆きの声をあげた。
「たしかに護衛につければ心強いし荒事になれば強いけど、その荒事をコイツ自身が起こしてるってのも事実だから、そこんとこも少し考えに入れてくれ! ライカの最善は必ず最悪の結果を招くことになるんだ! つーかライカは今回の依頼の趣旨を分かってるのかよ……戦争しに行く訳じゃないんだぞ」
「仮に武力行使が必要だとしても、最低限にとどめるように努力はする」
「いらんいらん! 仮にも何も武力行使なんて必要ない!!」
「何ていうか」
 クルスは少し考えてから、
「……まあ、あれだ。二人は二人でセットって気がするから、二人とも雇う、みたいな……」
「そんな理由!?」
「失敬な。誰がこいつとセットだと?」
「そりゃ俺のセリフだーーー!」
 クルスやライカの言いように、ランディムは全力でつっこんで、ぜえはあと肩で息をした。
 その肩を、ぽんぽんとトゥルースが叩いた。
「まあ兄さん。いっぱいやって落ち着け」
「飲んだところで落ち着けるかーーー!」
 ……ランディムはどこまでも全力だった。
「……何、か……」
 ずっと静観していた千獣がぽつりとつぶやいた。
「何、か。足り、ない……気が、する……」
「ああ千獣殿。それはもしかして」
 アレスディアが苦笑する。
 そして魔の手はクルスにしのびよる――
「クーーーールーーーーースーーーー」
「うぐっ!?」
 後ろから羽交い絞めにされて、クルスは苦しそうにうめいた。
「街の観光なんて面白いことに俺を真っ先に呼ばないなんてどういうことだっクルス!」
 ぎりぎりとクルスを絞め上げながら、巨漢の男が背後から言う。
「ぐは……お、オーマ……キミいつからいた……ぐは、ギブ、ギブ!」
 べしべしと背後のオーマの体を叩いて、「ギブアップ」と意思表示をすると、オーマはようやくクルスを絞めあげるのをやめた。
 ぜえぜえと息をはきながら、クルスはオーマ・シュヴァルツを見上げた。
「……キミ、いつからいたの……」
「ふ……っ腹黒同盟仲間のいるところ、いつでもどこでも俺様あり!」
 びしっとポーズをきめながら、オーマは言った。
「街案内なら任せろ! 俺もこの街は長いからな」
「き、期待してる……よ……」
 言ったきり、
 クルスはばったりと倒れてしまった。

「相変わらずしょぼいなあお前の体力……」
 オーマが上体を起こしたクルスを引っ張りあげながらぼやく。
「ここはいっちょ、クルスに体力つけてもらうためにも街案内だな!」
 グランがにやにやたくらみ笑いをしながら言った。
「大丈夫か? 体力なくてはこの街はつらいぞ」
 オンサが言い、
「……大丈、夫……?」
 ひときわ心配そうに、千獣がクルスの顔をのぞきこんだ。
「何とかなるだろ……」
 千獣に手をあげてみせてから、クルスは大勢の街観光同行者に頭をさげた。
「それじゃあ、どうぞよろしく」

 まずはエルザード聖都内を歩くことになった。
「クルス殿はどのようなところを好まれるのだろうか……」
 アレスディアがつぶやいた。
「やっぱり観光って行ったら、……戦場めぐり!」
 クレシュがはいはいと手をあげた。
「人の血液をたくさん集められていいよ!」
「……いや、特に血液は必要としてない……」
「え? いやなら……火葬場? もしくは墓場? あるいはあそこ!? 自殺の名所の塔!? あそこは見晴らしもよくておすすめ……え、不満?……ええっと、じゃあどこに?」
「………」
 しばらく、誰もが沈黙していた。
 こほん、と咳払いをして、勇気ある少女アレスディアが話を戻した。
「ほ、本をよく読まれるようだし、古書街などのほうがよいだろうか?」
「古書街?」
 十人てんでばらばらになりながらのんびり歩きつつ、クルスはアレスディアに聞き返す。
「図書館ほどではないにしろ、稀に今となっては稀少なものもあるところが侮れぬ」
「古書街以前にガンガルドの館はどうだよ? あそこは本の倉庫だぜ」
 ランディムが横から口を挟んだ。
「本か。魅力的だな」
 クルスの瞳が輝く。
 と、
「おーいクルス、こっちこっち〜」
 グランの声がした。
「ん?」
 クルスは呼ばれるままにグランのところまで歩いていく。
 と――
 がおうっ!
「うわっ」
 ぐるるる、とうなる危険そうな犬――むしろオオカミ――が鎖でつながれているその前を通ることとなり、クルスは危うく襲われかけた。
「あ……危な、い……」
 千獣がクルスをかばう。オオカミの歯が、千獣の肌に触れそうなところでぎりぎり鎖が引き止めた。
「あ、ありがとう千獣――というかグラン、キミ知っててやっただろう……!」
「へへーんだ」
 グランはぴょいぴょいと飛び跳ねて先へ行ってしまった。
「………」
「元気のいいぼっちゃんだなあ」
 葉巻をふかしながら、トゥルースが笑った。
「ガンガルドの館に行くかい? それなら少し歩くことになるけれど」
 オンサがガンガルドの館の方角を指差して言った。
「とは言っても――」
 アレスディアが苦笑した。「今回のことは、精霊殿が森で読書や研究に勤しまれるクルス殿を気遣ってのこと。にも関わらず街に来てまで本の虫になられることはないかもしれぬな」
「おい、お前一日で帰るつもりか?」
 オーマがクルスの肩腕をかけながら訊く。
「いや……長くて二日間だね。結界を張ってきたけれどそんなに精霊たちを放っておくわけにもいかない」
「じゃあ帰りに本見てきゃいい。本は後回しにしときな」
「それがいい」
 オンサが同意した。「帰りにしておけば荷物も軽くて済む」
「そうだな。図書館だけではなく、古書街にも掘り出しものがあるかもしれぬと、その程度に留めおいていただければ」
「つーかあんたの森の本ってのはどこから手に入れたモンなんだ?」
 同じ魔術師として気になるのか、ランディムが訊いてくる。
「ああ、あれは先代の精霊の森の守護者たちが集めた本なんだ。みんな本の虫になりがちだからね、大量にあるんだよ。僕はまだ全部制覇していない」
 クルスは笑いながらランディムに答えた。
「へえ……なあ、あんたはどんなタイプの魔術師なんだ?」
「補助系だね。とかく精霊たちが暴走しがちなものだから、抑圧系の魔力には自信があるよ」
「抑圧系か。俺は結界なら得意だぜ」
「結界も重要だね。精霊の森に下手に人間を入れたくないときは。今みたいにね」
 ふんふんと興味深そうにうなずくランディムに、
「……お前がそんなに真剣に魔術の話をするとはな」
 ライカがぽつりとつぶやいた。
「うるせ。俺だって研究には余念がねんだよ」
「どうでもいいが、さきほどのオオカミ……撃ち殺したほうがよかったか?」
「よせーーーー!」
「キミ魔術師?」
 クレシュがつんつくとクルスの腕をつっついてくる。
「よかったら精霊の話でも聞きたいなあ。キミ自身にも興味津々なわけだけど……研究心がくすぐられるっていうか……生体検査とかがしたいのが本当なんだけども、今回は精霊の話だけにしとく!」
「今回は?」
 クルスのつぶやきは、クレシュの爽やかな笑顔に吹き飛ばされてしまった。
「でね、精霊精霊」
「あ、ああ、うちの森の精霊だったら大きく言って四属性――」
 ――先に行ったグランの姿が見えてくる。
「ほらほら、クルス! 食い物屋だぜ! 何か食うか?」
「そう言えば腹のすく時間だなあ」
 トゥルースが何気なく言う。
「ほら、クルス。どうだ? コンニャク! あ、ワカメ! 森にないだろ?」
 グランは目をきらきらさせながらクルスに色々薦めている。
 ……どれもくせのあるものばかり。
「いや……何か、グランに薦められるだけで危険を感じるからいい……」
「あ! 人の親切に何を言ってやがる!」
「こらこら、クルス君に変なものを薦めるんじゃない!」
 クレシュがなぜかクルスの味方をした。
「彼は森で森っぽいものしか食べていないところがいいんだ! 違うもの食べたら血液に反応でちゃうだろう、だめだめ!」
「け、血液検査……」
「何と言うか」
 ライカがつぶやいた。
「この人物、どこかの組織の回し者か? 隙だらけだから抹殺は軽いが」
「アホかライカーーーー!」
 懐から拳銃を取り出そうとするライカを押しとどめ、
「お、おい。昼食ならうちの喫茶店にくるか? 天使の広場にあるんだけどよ」
 とランディムは努めて笑顔で言った。
「ああ、そう言えばあなたは喫茶店を営んでいらっしゃるのだったな」
 アレスディアがいつかのランディムのセリフを思い出し、微笑む。
「じゃあお邪魔しようかな」
 というわけで、一行はランディムの喫茶店へと向かう――

「つーわけで、いらっしゃい!」
 喫茶店に入るなり、ランディムが明るく言った。
「この喫茶店の名物は『ちま』! おらライカ、今から俺は『ちま』になるから後は頼むぜ!」
「おい待てお前が店長――」
 ライカの制止の言葉はどこ吹く風、ランディムは近場のテーブルに手をかけて、
 ころん
 掌サイズのぬいぐるみのような、『ちま』へと変化した。
「へえ。かわいい――」
「なんてことだ……!!!」
 クレシュがクルスを押しのけてランディムを捕まえ、
「ああ、構造はどうなっているのだろう? ワタシにも教えて欲しい、あ、血液検査だ! この状態でと普段の状態でと二種類採らせてもらえないだろうか!?」
 クレシュの手に唐突に注射器が現れる。
「うわーーー! 誰かこいつをとめろーーー!」
 ランディムは目をきらきらさせるクレシュの手の中でもがいた。
「お前が勝手に『ちま』になるほうが悪い」
 ライカは知らん顔で、昼食の用意を始める。
「く、クレシュ殿、そちらの方は人間でいらっしゃるから……あまり、そう、そういう扱いは」
 アレスディアが慌てて止めようとする。
「……? 『ちま』……」
 千獣が近づいてきて、クレシュの手の中のランディムをつっついた。
「……やわら、かい……。危な、い、もの、じゃ、ない……」
「お前以前にも見てるだろーがっ! つーか俺は人間だっ!」
 ランディムは人扱いされていないことに怒っているが、誰もがひそかに思っていた。
 ――『ちま』になった自分のほうが悪いだろう、と。
「しかしよ、面白れえモンになれるもんだなあ?」
 ライカが手早く作ったパスタに早速手をつけながら、トゥルースが言う。
「実は俺もなれるんだが、見てみたいか?」
 オーマがやる気まんまんきらきらハートでトゥルースに言うが、
「いや、お前さんのはなんとなく見たくねえ」
 ――ガーン、とオーマがショックを受けて固まった。
「え、なになに、オーマ君もなれるのかい!?」
 クレシュが嬉しそうにオーマに迫った。
 オーマとクレシュ。普段はライバルと認め合った仲だが、こんなときにそんな線引きはない。
「おおクレシュ……! 俺でよけりゃあ実験体になってやるぜ!」
「ああ、さすが我がライバル! 頼むよ、早速血液検査――」
「その、今はクルス殿の観光が先――」
 アレスディアが慌ててとめた。
 これから食事だというのに、血液がどうのこうのとあまり聞きたい話ではない。
「金は払ってくれ」
 ライカは重々しく言った。「ただでは店のものは出せん」
「出しちまってからそれは粋じゃねえんじゃねえか?」
 トゥルースがちっちっと指を振る。
 ライカは神妙な顔つきで、
「こんなに客が来ることは滅多にないんでな……今のうちに稼いでおく」
「余計なことは言わんでいいーーー!!」
 ランディムが『ちま』状態のまま、大声でライカを怒鳴りつけた。

 ライカの作ったパスタはなかなかの味だった。
 全員は満腹になり、ランディムの店を出た。
 否、
「えー。キミの血液検査はさせてくれないのかいっ」
「させるかーーー!」
 いつまでも店内で言い合いをしていたランディムとクレシュだけ、店を出るのが遅かったが……
 本当はライカも『ちま』になれることを、クレシュは知らない。
 ライカはそれについては沈黙を保っていた。

 喫茶店から出てしばらくして――
「ん?」
 オンサがふと気づいたように、「あの元気のいい小人はどこへ行った?」
「え? ああ、グランか。そう言えば――」
 誰もグランがどこにいるのかを知らない。
「……手分けして探してやるか、仕方ねえ」
 オーマがぽりぽりと首の後ろをかいてそう言ったとき――
「ああ、あれ」
 クルスがふと、何かを見つけてそれに駆け寄った。
「これだ。グランの身に着けてるグライダー乗り用のゴーグル……」
 しゃがみこんでそれを拾い、そして顔を上げその場所見る。
「……路地裏に行ったのか?」
「迷ったのかよ。しょうがねえなあ」
 トゥルースが路地裏に踏み込んでいく。
「グランがねえ……何か嫌な予感がするなあ……」
 それでも、グランを放っておくわけにもいかず、クルスは他のメンバーも促して路地裏へと入って行った。
 路地裏は途中で二手に分かれていた。
「ん? どっち行きやがったんだ?」
 トゥルースが葉巻を取替えながら言う。
「……匂、い……」
 千獣が片方を指差した。
「こっち、から……」
「ありがとう、千獣」
 クルスは走り出した。
「あ、そっちは――まてクルス!」
 とオーマが止めようとするより早く。
 曲がり角を曲がって、まっすぐ――
「グラン!」
 呼びながら飛び出した先は街の外――
 きしゃあああああああっ!
「っ!」
 クルスはとっさに結界を張った。
 意味不明な形をした魔物が、目の前にいた。それが結界にぶちあたり、そのまま結界をがじがじとかじっている。
「グラン? グラン!」
 近くで笑い声が聞こえた。
「やーい、引っかかってやんの!」
「グラン……」
「ほらほらクルス、これは冒険者なら当たり前にやってることだぜ。魔物を倒さねえと」
「僕は攻撃系の魔術は苦手なんだよ」
 クルスは嘆いた。グランはにんまりと前に進み出ようとした。
「仕方ねえなあ、じゃあ俺様がやってやる」
「……これが冒険者のやることだっていうなら、やるけどね」
 剣を貸して――とクルスは言い出した。
「へ?」
「だから、剣」
 グランの手にしていた剣を引ったくり、クルスは一閃――
 結界にかじりついていた魔物をさっくりと切り払った。
「――これでいいのかい?」
「………」
 グランは口をあんぐりあけたまま声が出なかった。
 ちょうどそのとき、他の仲間たちが――
 街から外へ出るところへ来ていて、
「くる、クルス、お前……剣使えたのか……」
 オーマが呆気にとられて尋ねる。
「いや。僕にも分からなかったんだけど」
「はい?」
「僕は記憶喪失でね。どうも記憶をなくす前は武器を使っていたらしくて、たまに体が動く」
「そんなあいまいな根拠で剣扱ったのか!?」
 なんちゅー危険な、とオーマは顔をぺしっと手で叩いて嘆く。
「無事、で、よかっ、た……」
 千獣がクルスに駆け寄った。
「ああ、大丈夫」
 結界を消して、クルスはにこりと微笑んだ。
「あの結界いいなあ……」
 ランディムはクルスの結界を消す瞬間をしっかり目にやきつけた。
「……やはり、狙われているのではないか。彼はVIPだ、危険要素は抹殺する」
 懐から銃を取り出そうとするライカの足を、思い切り踏みつけながら。

「……この、あた、り……」
 千獣がふとあたりを見渡して、「私、が、眠る、場所……」
「キミが?」
「私、街、で、は、眠れ、ない……」
 あそこで寝てる、と指差す先。
 街からすっかりはずれた場所になぜか存在する建物の、屋根の上……
「そ、そうだそうだ、キミもワタシの生体実験被験者になってくれないか、血をちょっとくれればいいから。あと唾液とそうだな皮膚も一枚ほど」
「珍獣扱いするなクレシュ」
 どげん、とオーマが千獣に飛びつこうとするクレシュの頭を殴りつけた。
 たしかに千獣は普通の人間とは違う。内に魔物を『飼って』いる身だ。
「だからって千獣に手は出させないよ」
 クルスがため息をついた。「そんなに欲しいなら僕が被験者になるから、千獣はよしてくれ」
「え? なに、キミはいいの!?」
 クレシュが飛び上がって喜んだ。
 そんな様子に恐れをなしたクルスは、
「……お手柔らかに……」
 と自分の腕を心配そうにさすりながらつぶやいた。
 千獣はやりとりの意味が分からず、きょろきょろしていた。
 トゥルースが、
「ほほう。さっきから兄ちゃんと嬢ちゃんの仲が気になるところだな」
 と言って葉巻の煙を吐き出し、笑った。

「この……辺、り……静かで……ひとり、過ごす、のに……気持ち、いい……」
 千獣がぽつりぽつりと言葉を並べていく。
 その様子をクルスが微笑んで見ている。
「え、なになに、あの二人そういう関係?」
「い、いつの間に……」
「けっ。クルスのくせに生意気」
「いい見ものじゃねえか」
「はー。人前でよくやるねえ」
「……興味はない」
「ふふふ……俺の計画が近く達成されつつある……!」
 とメンバーがこそこそと固まって感想を言う中で、
「そうだな。この辺りは静かで、心地いい」
 オンサだけが千獣の傍に行き、うんうんと同意していた。
「ここのあたりで吹く風はいい風だ。よく知ってるな」
「う、ん……。ここ、好き……」
「そう言えばオンサ。その入れ墨は?」
 クルスが尋ねる。
 オンサの小麦色の肌に、綺麗に施された白い入れ墨――
「この入れ墨は獣牙の戦士の誇りだ」
 オンサは誇らしげにクルスに語った。
 クルスが微笑んだ。
「その入れ墨には精霊の加護を感じるよ」
「本当か!?」
 オンサはとても喜んだ。体中にある入れ墨をなでながら、
「この入れ墨を隠すのは不吉なこと。だからあたしはこの格好でいるんだ」
 と言った。
 裸と言ってもいい格好でいるのは、そのせいなのだと――
「私、と、逆……」
 千獣が言った。
「私、自分、隠す……この、包帯、で……」
「そうなのか? 人によりけりだからね」
 オンサはにっこり笑って、「だからお互い気にせず行こうじゃないか」
 と千獣の手を取った。
 千獣は戸惑いながらも、その握手を受けた。
 やわらかい風が吹いた。
 二人の少女を、包むような風が。

 全員で再び街へ戻り、クルスに一通りの場所を案内する。

 陽が落ち――
 夜が近づいてきた。
「クルス殿は酒は飲まれるのだろうか? 夜に、桜の下での酒盛りなど風流でよいかもしれぬ」
 とアレスディアが提案した。
「私は未成年ゆえ飲まぬが、他の方々で飲まれる方もおられよう」
「おう、そうだぜ兄さん」
 トゥルースがとんとんと拳の裏でクルスの肩を叩いた。
「今日は人様の尻馬に乗っかってばっかだけだしよ。兄さんはこっちはイケる口かい?」
 こっち、と言いながらくいと杯をかたむけるしぐさをする。
「飲めないとは言わないけど……どうかな。普段あまり飲まないからね」
 クルスが苦笑する。よっし、とトゥルースがばんと腹を叩いた。
「酒はいいぞ、酒は人を選ばない。人どころか、人間以外だって等しく酔わせてくれる。酒をこう、一口きゅっとやればどんな相手にだって友情が躍り出るってもんだ」
 姉ちゃん、とトゥルースがアレスディアを呼ぶ。
「いい桜の場所を知ってるか?」
「それなら俺に任せろ」
 オーマが名乗り出た。「アルマ通りのな、ちょっと奥に行ったところにいい桜並木があんだ」
「よし、それで決まりだ。夜桜見物の中で酒。いいねえ」
 トゥルースはすでに酔っ払ったかのように言う。
 暗がりの中を、オーマは火を生み出して明かりにしながら一行を案内した。
 そしてその場所へたどりつくなり、
 オーマは火を消した。

 月明かりの下――

 一陣の風が吹き、

 夜桜が、

 舞っていた。

「酒の用意も俺に任せろ。ルディアに言って持ってきてやるぜ」
 言って、オーマはひとりお酒の調達に向かう。
「ふむ……これはあれか。酒で酔わせてから一網打尽にしようというたくらみか」
「だーかーらー違うーーー!」
 ライカとランディムは相変わらずだ。
 どっかとトゥルースが座る。
「兄さん、こっちにこいや」
 手招かれて、クルスはその傍らに座った。
「おい、そっちの黒髪の嬢ちゃんもだ」
 にやりと笑ってトゥルースは千獣も手招きする。
「………?」
 千獣はちょこんと首をかしげてから、トゥルースの傍に行った。
 クルスの向かいには、オンサが座った。
 ライカはいつでも銃をぬけるよう懐に手を入れたまま周囲を注意深く見張っており、そんなライカを無理やり引っ張って座らせようとランディムが頑張り、グランとアレスディアはそれぞれ桜がよく見えそうな位置をさがして座る。クレシュはひそかに、オーマが座れる場所もあるようにと場所を確保した。

 オーマが酒を抱えて駆けてくる。
「おう、お疲れだぜ」
「いつもながらすごいねオーマ君、またパワーアップしたのかい? ひとつその筋肉をワタシの研究材料に」
「まてクレシュ! 今まさに注射器とメスを取り出そうとするな!」
 トゥルースが酒瓶を手に取り、クルスに杯を持たせてなみなみとついだ。
「この一言だけは忘れちゃいけない。『酒は飲んでも呑まれるな』ってな」
 そして、
「さ、いけや」
 ぽんとクルスの背を叩いた。
 クルスは杯につがれた酒を――
 一気に飲み干した。
 トゥルースとオーマが拍手した。
「おお! イケるじゃねえかクルス!」
「いい呑みっぷりだねえ兄さん」
「はあ……っていうか、これ強くないかオーマ……」
「気のせいだ。さ、酒の飲めねえやつはこっちのやつ飲め、ほれほれ」
「ありがたく頂戴する」
 アレスディアはオーマが持ってきたジュースを丁寧に頭をさげて受け取る。
「あたしは酒をもらうよ」
 オンサは杯を受け取った。
 そして見事な酒豪っぷりを披露した。
「うおおおなんていい飲みっぷりだオンサ……!」
 酒豪のオーマが感激してばしばしとオンサの肩を叩く。その拍子に酒がこぼれた。
 こぼれた酒はオンサの裸の胸元をつたい、流れていく。
 一瞬、そのあでやかな色っぽさに男性陣は目を奪われた。
 オンサはすかさず一番近くにいたオーマを張り飛ばした。
 ――真向かいにいたクルスも、思わずその胸元を見てしまった。
「何を見てるんだ?」
 オンサがクルスの視線に気づく。
「ああ……いや、すまない」
 クルスが慌てて目をそらす。
 オンサはいたずらっぽく笑って、
「普通ならぶん殴ってるところだけど、そんな邪な心の奴には精霊は味方しないからね」
 と言った。
「てことは俺は邪なのか――!?」
 復活したオーマがオンサに迫る。
「あんたは見るからに邪だ」
 オンサは冷たい目でオーマを見た。
「ひでえーーー」
 端でこそこそと――
 実は見とれていたランディムが、まったく無反応のライカの背後に隠れていた。
「何をしているんだ? ディム」
「黙れ。正常な男ならこうなるんだ!」
「お前が正常だったのか?」
「お前にゃ分かんねえよ……っ」
 ライカは人間ではなく人造人間である。正常な男性の反応を示すわけがない。
「おい、クルス……」
 クルスの傍らでこそっとトゥルースが彼を呼ぶ。
 クルスがトゥルースを見ると、トゥルースはちょいちょいと別方向を指差していた。
 その先には――
 千獣が。
「………………」
 なんともいいようのない雰囲気をかもしだしながら、そこにいた。
「ああ、千獣」
 クルスは何事もなかったかのように千獣に手を伸ばし、その髪に触れる。
「―――っ!」
 千獣はその手を振り払った。驚いたように、クルスは手を引っ込めた。
「く、クルス、ひど、い……」
「なんだ? 髪についてたのを取っただけなんだけど……」
 ほら、とクルスは千獣に伸ばしていた手を見せる。
「桜の花びら」
「―――」
 クルスの手にある、闇夜に浮かぶそのピンク色のはかない花びらに、千獣のかもしだしていた異様な雰囲気が消えた。
 オーマとトゥルースがこそこそと近づいて、
「あれは天然か?」
「いや、桜の神様に護られてやがるんだ。それでこそ俺が見込んだカップル……!」
 オーマがぐっと拳を握る。
「何だよ何だよ。つまんねえなあ」
 グランが酒を飲みながらぼやいている。
「い、いい夜桜だ。な、グラン殿」
 アレスディアがなだめていた。
「いやあ、いい眺めだねえ」
 いったいどこを見て言っているのか、クレシュがひとり満足そうに杯を傾けていた。

 月明かりの下。

 一陣の風が吹く。

 ひら ひらと――

 桜の花びらが舞い、彼らの周りを巡る――

     **********

 一通り飲み明かした後、クルスは宿屋に泊まることとなった。
 ライカとランディム、クレシュにオーマは一度家に帰り、他のメンバーは全員で同じ宿を取った。
 普段宿を取らないという千獣も、
「……挑、戦……して、みる……」
 と参加した。彼女はアレスディアとオンサと同室になった。
 男性陣は全員違う部屋を取った。
 クルスが、
「グランと同じ部屋だと多分眠らせてもらえない……」
 とぼやいたためだ。
 体力のない彼は今日一日で疲れ果てていたので、グランのいたずらに付き合っている暇がなかった。
 しかし――
 部屋が違うからと言って、安心できるものではない。
 グランは夜中近くに、クルスの部屋に遠慮なくやってきた。
「なあ、精霊の森の様子聞かせろよ」
 一人用のベッドにどっかと腰かけて、グランは言う。
 クルスはため息をついて、
「聞きたいならそれより遊びに来てくれ、森に……」
 と言った。
「そうそう暇もねえんだよ。セイーは元気か?」
「ああ、元気だよ。幸い水は綺麗なままだからね」
「そーか」
 グランは勝手にベッドに寝そべり、天井を見た。
「俺はお前の過去を聞きたかったんだけどな……」
「僕の?」
「お前、記憶喪失だっけな」
「ああ、おかげさまで」
「……記憶、取り戻したいと思わないのか?」
 グランの声が静かな響きを伴う。
 クルスが、部屋に汲み置かれている水差しから、グラスに水を入れる音が部屋を満たした。
「――僕の記憶は永遠に戻らないからね」
 クルスは水の音にまぎれるような声で答える。
「どうして?」
「それが契約だった。不老不死になるための」
「不老……不死……か」
 なあ――とグランは言った。
「街の生活も……悪くねえだろ」
「………」
「あんまり森に閉じこもってんなよな。たまには遊びに来いよ」
 クルスは水をグランに差し出しながら、笑った。
「キミがいたずらをしないと約束してくれるならね」

     **********

 次の日の朝は快晴――
 今日人一倍張り切っていたのは――
「今日は俺がしきらせてもらうぜ!」
 大胸筋を力いっぱい張った、オーマ・シュヴァルツ。
「聖筋界大胸筋色観光っつったらよ、色々むんむんありやがるけどな。今のお前さん+αにゃあ下僕主夫&カカア天下試練筋聖地で決まりだぜ……!!」
 オーマ節全開で始まった一日。
 下僕主夫育成大胸筋的指導計画をビシッとつきつける。
「いや、だからなんで僕が下僕主夫に――」
「ようやくカカア候補ができたんだ! 前のようにはいかねえぜ、クルス!」
「カカア候補ってキミね、」
「さあさあ行くぜ、下僕主夫&カカア天下予備軍が試練受けし聖地へ……!」

 何が何やら分からぬまま(とりわけクルス以外の人間は)――

 銀獅子となったオーマの背に乗ってたどりついたのは、火山地帯だった。
 地底には魔城があり、下僕主夫親父神を崇める下僕主夫大魔王(ただいまカミさんの仕置きから逃亡中)が存在する。
 城へのマグマ洞窟は下僕主夫&カカア天下魔族軍団が待機中。そして下僕主夫とカカア天下のLVを試す様々なラブ攻撃をしてくるのだ……!!
 クリア条件は魔王の元へたどりつくこと――
 参加条件はカップルであること。
 ……両方男性の場合は片方が女装すること。

「……って」
 引きつった人物が約一名――
「何で俺が女装なんだよーーー!?」
 ランディム=ロウファ。哀れ、女装のえじきに。
 もちろん相方はライカ=シュミットである。
「なかなか……似合わんぞ、ディム」
「何で俺が……なんで俺が……」
「ええええ? 女装は楽しいじゃないか」
 もう一名、女装のえじきになりながらも楽しげなのは、クレシュ・ラダ。
「ワタシの相手はオーマ、キミかい? ははは、たまにはライバル同士仲良く試練をクリアしようじゃないか」
「悪ぃなあクレシュ。俺もうカミさんいるからよ、すぐ糸切れるわ」
「糸?」
 それはカップルお互いの小指同士に結ぶ赤い糸。
 これを切れないようにしながらゴールを目指すのが、このゲーム――

 チーム分け、以下の通り。
 グランディッツ・ソート=アレスディア・ヴォルフリート
 トゥルース・トゥース=オンサ・パンテール
 ライカ=シュミット=ランディム=ロウファ
 オーマ・シュヴァルツ=クレシュ・ラダ
 クルス・クロスエア――
 =千獣

 っていうか何で俺たちまで参加するのという意見は大胸筋却下された。

「ほれ、武器だ」
 男性用=ラブな剣。
 女性用=魔法ステッキ。
 それぞれ、互いのらぶぱわーのみが力になる。
「そのらぶぱわーで、魔族どもをぶっ飛ばしてきてくれ……っ」

 そしてゲームが始まる――

     **********

「どうして俺が女装しなきゃなんねーんだーーー!」
「うるさい。貴様の運命だ、享受しろ」
 ランディムはいまだにわめいていた。
 それを冷静に制止するライカは、小指同士につけられた糸を、「邪魔だ」とぶつぶつ言っていた。
「この糸を切らずに戦闘だと? ディムの動きが邪魔で不可能だ。ディム、動くな」
「ていうかもうさっさと切ってゲームセットにしようぜ……」
 ランディムは疲れた声で言う。
「馬鹿者。与えられた任務をまっとうできなくてどうする」
「任務とかじゃなくてだな、これはだな!」
「どんなものであれ終着点があるというのなら目指させてもらう……」
「だーーーー!!」
 下僕主夫&カカア天下魔族が躍りかかってくる。
「っ!」
 動きづらいスカートなどをはいているランディムに下僕主夫が襲いかかるのを見て、ライカは「ディム!」と叫んだ。
 と――
 なぜか、ランディムの持っていたステッキが発動した。
 らぶはぁとふらっしゅ!
 ピンク色の光があたり一面を燃やし――
 気がつくと、魔族がのきなみ気絶していた。
「ふむ」
 ライカは深くうなずいた。「なかなか役に立つ武器だ。ディム、普段からそれを使ってはどうだ」
「やめれーーー!」
 ランディムは思い出していた。あの巨漢の男は何と言っていた?
 お互いの武器が発動するのは、お互いのらぶぱわーが発動したとき――
「ライカ! 俺はそんなんじゃないからな! お前の剣を発動させたり絶対しねえ!」
 とか言った瞬間に、
 らぶはぁとふらっしゅ!
 ライカの持っていた剣が発動した。
「……ふむ」
 ライカはしげしげと自分の持っていた剣を見つめた。
「これもなかなか使えるのかもしれん」
 こいつは何も分かっていない。何も分かっていない――
「ああああ……ありえないありえなさすぎる……」
 ランディムは真っ白になっていた。

     **********

 グランとアレスディアコンビは、途中まではうまくいったのだが、途中で糸が切れてしまった。ために一番早く帰還した。
 オーマとクレシュ組は、そうそうに赤い糸が切れてしまったものの、クレシュが下僕主夫&カカア天下魔族の生体検査をすると言って聞かないので、帰還に時間がかかってしまった。
 結局――
 下僕主夫魔王の元へたどりつけたのは三組。
 なぜか赤い糸が切れているのにたどりついてしまったトゥルースとオンサ組。
 ……なぜか赤い糸を切ることもなくたどりつけてしまったライカとランディム組。
 そしてクルス、千獣組。
 クリアした三組には、『下僕主夫&カカア天下予備軍皆伝書』と、いつかあるらしい『試練第2筋ステージ強制参加権』が魔王から授与された。
「てか強制!? 俺たちは何かの間違いでクリアしちまったんだ、取り消せ!」
「ふむ。また新たな任務か、これもまっとうせねば」
「もうライカお前黙れ!」
 ランディムは女装姿で暴れていた。
「またこんな面白い企画があるのかい? そりゃいいじゃねえか」
「また参加しようか」
 なぜかほのぼのと、トゥルース&オンサ組。
 ……糸が切れいている彼らにその権利が与えられたことが不思議だったが。
 そして、
「第2ステージがあるのかい……まったく、キミのやってくれることはいつもキリがない」
 クルスが苦笑しながら権利を受け取っていた。
「千獣。また遊びのつもりで来ようか」
「う、ん……」
 千獣はこくりとうなずいた。
「よしよし。俺の思惑もうまくいっているようだな」
 オーマは満足そうにクルスと千獣の様子を眺める。
「おいおっさん」
 ランディムはオーマを呼んだ。「この剣とステッキどこにやりゃいいんだよ」
「おう。クリア組はお持ち帰り自由だ。好きなように使え」
「いらねえ!」
「何を言っているディム。なかなか役に立つ武器だったろうが」
「こんなピンク色の剣とステッキ誰が使うかーーーー!」
 ――本当に、彼らがなぜクリアできたのか謎である。
「私たちはクリアこそできなかったが……なかなか楽しかった。グラン殿、ありがとう」
「い、いや……」
 アレスディアの爽やかな笑顔に、グランが赤くなっているのはなぜだろうか。
「ワタシ心残りだよ! 魔族たちの生体検査がうまくいかなかったじゃないか……!」
 キーッと悔しそうに地団駄を踏むはクレシュ。
「そう言うなクレシュ。また相手を見つけてここに来い」
 オーマはクレシュをなだめてそう言った。
 ……クレシュがちゃんとした相手を連れてここに来ても、研究に没頭してクリアできそうにはないが。
 とにかく――
 一行は再び銀獅子となったオーマの背に乗り、エルザード聖都に帰ることになった。

 陽がとっぷりと暮れている。
「もう帰る時間かな」
 最後に古書街だけ寄って、数冊の本を買ったクルスが、観光につきあってくれた九人の前で頭を下げた。
「ありがとう。……楽しかったよ」
「こっちもな」
 オーマが言う。トゥルースがはまきをくゆらせながら、
「また来るといいぜ、兄さん」
「そうだぜ、また来いよ」
 グランが両手を腰に当てて偉そうなポーズをとりながら言った。
「今度来るときは生体検査させておくれよ!?」
 クレシュが瞳をきらきらさせながら言う。
「あたしも楽しかったよ。今度は精霊の森に招待してくれるかい?」
 オンサがにっこり笑うと、
「いつでもどうぞ、お待ちしてますよ」
 とクルスは笑い返した。
「あ、そうだった精霊の生体検査も――」
「あははクレシュさん。精霊に害を成す人間には僕は容赦しないのでそのあたりよろしく」
 爽やかな笑顔でクレシュの言葉を一蹴――
「また俺の喫茶店にでも来いよ」
 とランディムが言い、
「そのときはVIP扱いだ。いくらでも護衛はしよう、呼ぶがいい」
「だーかーら戦争じゃねえっつの!」
 ……ライカの言動は相変わらずだった。
「またいらしてくれ、クルス殿」
 アレスディアが握手を求めた。
 それに応えて、「ありがとう」とクルスは言った。
 そして――
「千獣。また森においで」
 みんなが会いたがってるよ――とクルスは千獣に告げる。
「……、う、ん」
 千獣はこくりとうなずいた。
「一番待ってるのはお前さんだろうが。え?」
 オーマが嬉しそうにクルスの肩に腕をかける。
「そうかもね」
 クルスはにっこりと答えた。
 一瞬場が凍った。
 が、
「な、仲のよいことはよいことだ」
 こほんと咳払いをして、赤くなりながらアレスディアが言う。
「ちぇっ。見せつけやがって」
 グランが足下の土を蹴る。
「皆にも会いたいさ、また」
「あ、うまくかわしやがったな」
「かわすとかじゃなくて、会いたいさ」
 クルスは優しく微笑む――

 そして、精霊の森の守護者は帰っていく。
 この二日間でできた、たくさんの友人に、見送られながら――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0963/オンサ・パンテール/女/16歳/獣牙族の女戦士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2315/クレシュ・ラダ/男/25歳(実年齢26歳)/医者】
【2767/ランディム=ロウファ/男/20歳/法術士】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【2977/ライカ=シュミット/男/22歳/レイアーサージェンター】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3108/グランディッツ・ソート/男/14歳(実年齢20歳)/鎧騎士】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳/伝道師兼闇狩人】

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■         ライター通信          ■
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ライカ=シュミット様
こんにちは、お久しぶりです笠城夢斗です。
今回は依頼にご参加くださり、ありがとうございました!
真剣にクルスを護ろうとしてくださり、とても嬉しかったです(笑
書いていてとても楽しかったです。本当にありがとうございました。
またお会いできますよう……