<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
『さっきまで隣に』
何処に行こうと決めていたわけではない。
ただ、とても天気が良くて。
とても、気持ちがよかったから。
二人、一緒に歩いていた。
陽射しは暑いほどなのに、時折ベルファ通りを吹き抜ける風は、思いのほか冷たかった。
“北風さんが、雪山に帰ろうとしているんだ”と、メラリーザ・クライツは目を閉じながら思っていた。
メラリーザの隣には、黒いコートを羽織った不機嫌そうな男性の姿がある。
……あれ?
さっきまで隣にいたはずだ。
メラリーザが振り返ると、その不機嫌そうな表情の彼は、メラリーザの斜め後ろをつまらなそうに歩いていた。
どうしたの? と言おうとしたメラリーザの頬を、再び冷たい風が吹き抜ける。
そっか。
立ち止まって、彼、朝霧・乱蔵が自分の隣に来るのを待つ。
風除けになってくれたんだね。
彼は何も言わない。
いつもの不機嫌そうな表情で歩いているだけ。
メラリーザも何も言わず、彼の隣を歩いた。……柔らかな笑みを浮かべながら。
「乱蔵さん、あれ可愛いですー」
ぱたぱたとメラリーザがショーウィンドウに走り寄る。
メラリーザが目に止めたのは、可愛らしいクッション。
スマートで、それでいてボリュームがあり、色は優しいホワイト。銀と赤の糸で月と花の刺繍が施されている。
「メラリーザに似ているな」
突き放すような、ぶっきらぼうな口調だった。
彼を知らない人なら、少し傷ついたかもしれない。
だけれど、メラリーザは彼を知っているから。
その言葉を素直に受け取り、喜んだ。
そう、そのクッションはまるでメラリーザのようだった。
まるで彼女の肌のような色。銀の月は彼女の髪のよう。赤い花は彼女の穏やかな瞳のようだ。
「綺麗だな。抱いて寝るのに最適だ」
「そうですね。ぎゅっと抱きしめたいですよね!」
メラリーザは呟きのような乱蔵の言葉に素直に答えた。
言葉の真意には気づかず。
つまり、クッションを自分と例えているとは思いもせず、純粋に答えたのだった。
「お店の中、見てきていいですか?」
目を輝かせ言うメラリーザに、自分にしか分からないほどの小さな吐息をつき、乱蔵は「いっておいで」と言った。
雑貨屋の中は宝物でいっぱいだった。
メラリーザは目を輝かせながら、店内を見て回る。
「みてみて、さっきのクッション!」
後から入ってきた乱蔵の手をぐいぐい引っ張っぱったかと思えば、ぱっと話して自分だけの世界に入っていく。
メラリーザが目に留めたのは、先ほどのクッションのミニミニ版。
掌よりも小さいクッションの形をしたキーホルダーだった。
「クッションの役目は果たさないけれど、とっても可愛いです」
目の前には、クッションの役目も果たせる可愛らしい存在がいるのだが、乱蔵はそんなことを言うこともなく、キーホルダーも一瞥しただけであった。
「ああ、ちょうどこのくらいの鏡が欲しかったんですー。それから、こんなポーチもっ」
メラリーザは店内を回りながら、いくつもの商品を抱えていく。
「ゴミ箱はさすがに持ってかえれないなぁ。うーん」
前が見えないほどに雑貨を抱え込んだメラリーザに、すっと買い物籠が差し出される。
何を言うわけでもなく、無表情で乱蔵が差し出していた。
「えへへっ、ありがとっ☆」
お礼を言って、メラリーザは雑貨をカゴに入れていく。
雑貨が沢山詰め込まれたカゴは、乱蔵が持った。
ごめんね、重いでしょ? というメラリーザの言葉に、特に乱蔵は反応を示さない。
でも、何も言わなくてもわかっている。
もっとゆっくり買物楽しんでいいよという徴だと。
両手一杯荷物を抱えて、二人は雑貨屋を出た。
本当はこんなに買物をする予定ではなかったけれど、あまりに可愛らしい品物の数々に、メラリーザは衝動を抑えることができなかった。
乱蔵もまた、メラリーザがあまりに楽しそうだったので、止めることはしなかった。
荷物を抱えているので、手を繋ぐことができない。
通りを歩いていて、ふと、本屋に目を留めた乱蔵は、窓に映る自分を見て足を止める。
隣を歩いているはずのメラリーザの姿がない。
振り向けば、花屋前で足を止め、花に見入っているメラリーザの姿が見えた。
何も言わずに近付いて、彼女が満足するのを待つ。
風が吹いた途端、自分に重なっている影に気づきメラリーザは我に返る。
「あっ、ごめんね、行こっか」
目の前には不機嫌そうな顔。
でも、怒っているわけではないのは分かっている。
また一緒に歩き出す。
夜の帳が下りると、気温が一気に下がる。
この時期の夜はまだ寒い。
荷物を預かり所に預けて、二人は有名な黒山羊亭を訪れた。
乱蔵は一番端の席を選び、メラリーザはそれに従った。
ちょうど、踊り子の舞が終わった直後らしく、店内は陽気な雰囲気に包まれていた。
二人でメニューを見る。
乱蔵は僅か数秒で決めて、メラリーザの方へメニューを向けてやる。
メラリーザはメニューを捲ったりひっくり返したりしながら悩み、結局乱蔵と同じものに決めた。
食事が届くまでは、今日買ったものについて話をした。
といっても、メラリーザが一方的に話しているようなものだった。
乱蔵はメラリーザの話を、頷きながら聞いている。
その様子はやっぱり不機嫌そうだけれど、きちんと話を聞いてくれていることが、メラリーザにはよくわかった。
「辛っ」
運ばれてきた料理の炒め物は、メラリーザにはちょっと辛かった。
乱蔵はメラリーザから取り上げて、自分の揚げ物と交換する。
「ありがと〜、乱ちゃん」
甘えた風に言って、メラリーザはちょっと強いお酒を注文した。
今日はもう少し酔ってみたかった。
素敵な買物が出来たこと、素敵な時間を過ごせたこと。
そして、今ここで、二人で過ごしている今を、もっともっと楽しむために。
食事を終え、デザートを注文する。
その頃には、二人共お酒の力で普段より大らかになっていた。
……もっとも、乱蔵が不機嫌そうであることは変わらなかったが。
「メラコ」
ほろ酔いになったメラリーザに、乱蔵が語りかけた。
いつもより、優しい声だった。
「なあに、乱ちゃん」
乱蔵はポケットから取り出したものを、メラリーザに渡した。
それはあのクッション――。
小さなクッションのついた、キーホルダーだ。
いつの間に買ったのだろうか。
そういえば、彼の胸ポケットから、ちょっとだけ鎖が覗いている。
きっと、彼は2つ買ったんだ。
自分の胸に一つ。そして、もう一つは相応しい人物に。
「……ありがと、乱ちゃん」
クッションをきゅっと両手で抱きしめて、メラリーザは今日一番の笑顔を乱蔵に向けた。
乱蔵の顔は変わらない。
だけれど、少しだけ顔が赤いように見える。
お酒で上気しているだけなのだろうけれど。
今は、私の所為だと……。
私がいるから、だって思っていいかな?
乱ちゃん、大好き――。
何処に行こうと決めていなくても。
天気が悪かったとしても。
気分が優れなくても。
二人、一緒に歩きたい。
end
●ライターより
初めまして、川岸満里亜です。発注ありがとうございました。
孤高で、いつも一人遠くを見ていそうな乱蔵さんと、子猫のように可愛いメラコさん。今後どのような物語を作っていくのか、とても楽しみです。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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