<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
バシリスクを探せ!
郊外にある静かな森で、妖精のミミは書物を眺めていた。
彼女の故郷から出された修行の課題を見直していたのだ。
故郷の村における83の項目に関する出来事を体験し、呪文を唱えることで書物にその出来事を記憶する。映像を本に刻みつけるということになる。
だが途方もない課題の数々に、ミミは付き人である子妖精マメルの意見に従い、他の冒険者に協力を頼むことにした。
人様の冒険に付き合って様々な経験をすれば、それこそ「ミミの課題書」の項目をクリアする出来事に遭遇するのではないかと。
そう話しあい、街中に触れを出し、看板も立て、冒険者に同行をさせてくれと呼びかけてたのだ。
――と、近くに気配を感じる。
誰か来た。
ミミは慌てたように立ち上がり、付き人を呼んだ。
「マメル、マメルー! お客様ですわよ。お茶の用意を」
「は、はい、ミミ様!」
ミミはマメルの返事を聞きつつ、来訪者の姿を笑顔で迎えた。
訪れたのは数々の戦いを乗り越えてきたかのような戦士だった。腕が4本あり、持っている武器も腕の数分ある。
「手伝いをしてくれるという噂を聞いたんだが……ここでいいのか?」
「はい! わたくしがお手伝いさせていただきますわ」
ミミは現われた戦士にとびきりの笑顔で駆け寄り「こちらへどうぞ」と自らの小屋へ招き入れた。
「俺の名前はシグルマ、早速だが手伝ってもらいたいことがあってやってきた」
「あ、はい。わたくしはミミと申します。よろしくお願いしますわ」
手の平サイズの妖精が準備したお茶の葉を机の上に置くのを見て「こちらはマメルですわ」と言い、ミミは湯のみを取りに行く。そして戻ってきて一言。
「わたくしの大好きなお茶なんですのよ」
告げられ、出される湯飲みを見つめ、シグルマはどうせ飲むのなら酒がいいななどと考え、しかしその考えを消す。
相手は少女と子供だ。自分もこれに従おうと湯飲みに手を伸ばし、口に含んだ。酒の味を感じることの出来ないないお茶は、あまり興味が持てなかった。
「で、だ。俺はここに茶を飲みに来たわけじゃないぞ」
「あ、はい、そうでしたわね。お手伝いしますわ。何の冒険でしょうか?」
ニコニコ、ニコニコと微笑む少女は頼りがいがなく、シグルマはほんの少し眉を顰めた。
冒険の手伝いをすると触れ回っているようだったが、冒険にはどんな危険が待ち受けているか分からない。シグルマ自身、今まで様々な経験をしてきたが危険なことだってもちろんたくさんあった。
―――― まあ、今回は幸いなことにそんなに危険なことはないだろうと思うからこそ、このような素人の娘を連れて行ってもいいと思うのだが。
シグルマは一通り己の中での考えを終えると、ふうと一息吐いて告げた。
「今回俺が受けた依頼を手伝ってもらいたいのだが、その依頼というのはペット探しだ」
「まあ、ペット……ですか?」
「ああ。ある富豪のペットのポチが水浴びさせていた時に排水口に落ちて行方不明になったらしいから、探してほしいという依頼だ」
「まあ、それは大変ですわね!」
ミミは己の胸の前で手を合わせ、大げさに声を上げる。何かを期待しているような表情だ。しかしシグルマはそれには構わず続けた。
「ポチの特徴は尻尾に赤いりぼんをしていて、目を黄色い布で隠している。性格は大人しいらしい」
「目に、布を……ですか?」
大きな瞳をパチパチと瞬かせ、ミミが小首を傾げて問う。それを見止め、シグルマは「ああ」と小さく答えた。
ここまでは良い。だがこの後に告げる言葉によってこのような少女は震え上がり、怯え出すかもしれないと思いつつ、しかし平然と続ける。
「今回の件で一つ問題なのはペットがバシリスクという事だ」
「あらあら、まあまあ」
今度こそほんとうにこぼれそうな程瞳を見開いてミミは己の口に手をやる。と、その時それまで黙っていたマメルが急に飛び出してきた。
「そ、それは真実なのか! シグルマよ!」
「ああ、こんなことで嘘ついても仕方ないだろう」
「し、しししししかし、いや、違うと信じたいが! バシリスクといったら恐ろしい魔物ではなかっただろうか?」
マメルは小さな身体を懸命に震わせ、唾を飛ばしながら顔面蒼白になって告げる。シグルマはそんな彼を平然と見つめ「そうだな」と返した。
「ひいいいいいいいい」
「だが大人しい性格だというからそんなに構えなくてもいいだろう」
「な!? そ、おまっ、しかし……っ」
マメルは興奮のあまり口を魚のようにパクパクと開閉させ、言いたいことも言えぬようだ。「ミ、ミミ様!」などと叫び、なにやら説得を開始しようとする。
が、急速に目の前でグルグルと飛び始めたマメルを、ミミは容赦なく叩き落した。
「ぅぶ!」
「うふふふ、バシリスクちゃんですか。わたくし未だ拝見したことがありませんのよ。楽しみですわ」
哀れに床へ落ちたマメルに構わずミミはシグルマへ微笑む。シグルマが心配したように取り乱すこともなく、未知の生物を思って「うふふふ」などと微笑み続ける姿を見て ―― この少女は思っていたより芯がありそうだと、シグルマはニヤリとした。
「つー事で決まりだな。下水道を探索するから明かり持ちをしてくれ」
シグルマが立ち上がると、ミミは「はいっ」と元気な返事を返し、二人は連れ立って小屋を出る。
「……わたくしめは、わたくしめは認めません……。ミミさまをそのような危険な目に……うぅぅ……ミミさま」
泣きながら起き上がったマメルは、ぶつぶつと何事かを呟きながら、シグルマとミミの後を追った。
件の排水溝と繋がっている下水道に着くと、そこはかなりの異臭を放っていた。
「くわぁあ〜〜、ものすごいニオイですぞ!」
いつの間にやら馴染みきっていたマメルが顔を顰めて思い切り抗議の声を上げる。
「ミミ、脱臭の魔法などはあるのか?」
シグルマが聞くと、ミミは瞳を伏せて首を振った。彼女自身もにおいに耐えているのだろう。
ともあれ、どうやら我慢するしかないようだと結論付け、シグルマは手ぬぐいを取り出し、それをマスク代わりに巻いた。
「お前も使うがいい」
「あ、ありがとうございますわ」
差し出された布をミミが手にするのをマメルはじぃと見つめる。その視線に気付き、シグルマは告げた。
「お前の分はないぞ。お前のようなミニサイズのものは持っていない」
冷たく言い放たれた言葉にマメルは「ががーん」と悲しみの表情で叫びをあげ、しょんぼりと肩を落とした。
「だがどうしても我慢できなくなったら俺の鎧の中にでも入ってみるか? 少しは防げるかもしれない」
それはシグルマの何気ない言葉だったが、しかしマメルは真剣に考え ―― やめた。マメルはしくしくと泣く真似をしながらミミの懐に入り込んでいったのだった。
チャポチャポ、カランカラーンと水の音や妙な金属音が響く暗い下水道内は、辺りにゴミのようなものがたくさん転がっており、酷く荒れた様子だった。
コツコツと、自分達の歩く音のみが酷く響き渡って何だか胃の辺りがむかむかしてくるような嫌な感じがする。そして、ジメジメした場所だというのに時々感じる生ぬるい乾いた空気が嫌に纏わりつく感じがして不快感を覚える。
「ミミ、お前は戻った方がいいかもしれない」
とうとう、シグルマは傍らを歩くミミに口を開く。言われたミミは足を止めて持っている明かりをシグルマの方に向けた。
「どうかなさったのですか?」
「いや……なんだか妙な気配が……」
言ってシグルマはふと、先の通路を見る。ミミもつられてそちらを見た時、二人は同時に赤いりぼんを見た。少し先にある壊れかけた薄明かりの下、赤いリボンが揺れ動いたのだ。
「あ、ポチちゃんですわ!!」
ミミが駆け出し慌てて呼ぶ。同時にシグルマが頑丈な作りのペット移動用の籠を地に置いた。だがポチはこちらに来るどころか怯えたように離れて行く。
「……? どうしたのでしょう?」
「ああ、おかしいな。依頼主の話だと名前を呼んで、この籠の扉を開ければ走ってくるとの話だったのに」
「迷子になって心細くて混乱していらっしゃるのでしょうか?」
ミミの呟きを聞きながら、しかしシグルマは違うと心のどこかで分かっていた。そして、自分が先ほどから感じている“嫌な感じ”が関係しているということにも気付いていた。
「とにかく、追いかけてみましょう」
「そうだな」
辺りに意識を張り巡らせながらゆっくりと歩み出す。シグルマはいつ戦闘が始まっても良いよう籠をミミに預け、剣、斧、鉄球、金槌を持つ四本の腕を広げた。
このような狭い場所での戦闘は避けたい。だが――――。
その時、聞いたこともない雄叫びが聞こえた。
地下道に響き渡り、ギシギシと全体が揺れ動いているようにさえ感じる。
「何だ?!」
言って、シグルマは走った。
ここは古くからあるらしい下水道だった。ミミには黙っていたが、ところどころにトラップのような仕掛けがあった。魔物がいてももちろんおかしな話ではない。古代からここを守る魔物がいたとしてもおかしくない。
細く暗い道を走り、ミミが誤ってワナに掛からないよう先導する。そしてしばらく進み、くねくねと曲がり角を進んだ後、少し広い空洞に出た。
―――― そこには、巨大な魔物が横たわっていた。
先ほどから聞こえる、今までに聞いたこともないような恐ろしい叫びをあげ続けたまま、何度も何度も繰り返す。
酷く威嚇しているようなのに襲ってくる気配がない。
シグルマはしばらく魔物を睨みつけていたが意を決して先手必勝で仕掛けようとした。
「待ってください!」
だが、ミミの叫びによって止められる。
「何だ?!」
「この魔物さん……眠っていらっしゃるようですわ」
「何?」
シグルマは構えていた剣を下ろし、魔物に近付く。
確かに、寝ていると言えば寝ているような感じではあるが――。
と、納得しかけたその時。
「あ!」
再び聞こえたミミの声に振り返ると、赤いリボンをつけた、件のバシリスクが魔物の傍に寄り添っているのが目に入った。
手先で大きな魔物にちょっかいを出し、そしてそれに気付いた魔物が目を覚ます。
目を覚ました時点で、なるほど確かにこの魔物が寝ていたのだということが分かった。大きな瞳はこぼれそうなほど顔の全面を覆っている。しかも、とても潤んでいて愛嬌のある顔だった。
そして大きな魔物は目覚めた途端、目の前のシグルマとミミに対し小首を傾げ「キュドゥルリィ?」といった声をあげた。その仕草は人間じみていて可愛らしいとさえ思える程だ ―― こんなにも大きく恐ろしい外見を持っているというのに。
「まあああ、シグルマ様! わたくし、わかりましたわ」
シグルマが呆気になって魔物を見ていると、ミミが素っ頓狂な声を上げた。胸の前で手を組んで、幸せそうな笑みを向けている。
「この魔物さんは女の子ですのよ。それで、ポチちゃんはリボンをお付けになっておりますが男の子なんですわ」
そこまで聞いて、シグルマはミミの言いたいことを理解する。
「つまり、ポチがこいつに惚れ込んで帰りたくなくなったということか?」
「はいっ」
ミミは満足そうに頷いた。そんな馬鹿なと思いながらも、しかし巨大な魔物とポチは、確かに尻尾を絡ませあったり前足でつつきあったり、酷く人間じみた動作でじゃれあっているように感じる。
「うーん……」
シグルマは考える。
依頼人から「ポチを連れて帰ってくれ」と言われていたのにそれを破るわけにもいかない。しかし、ポチと呼びながら籠を開けてもやはりポチは魔物の傍を離れない。
「うーん、どうしたらいいものか……」
「この魔物さんも一緒に連れて行って差し上げましょうっ!」
―― 結局、ミミの純粋な意見と気迫に負け、シグルマは二匹の魔物を連れ帰ることにした。
幸い、あの大きな魔物は頭が良かった。言葉が分かるようで「一緒に来てくれ」と告げると黙ってついてきたのだ。
だが巨大な魔物が下水道を出て後からついてくる様はとても奇妙なもので、シグルマは複雑な心境であった。
その後、依頼人の元へ辿り着くと、依頼人は巨大な魔物の登場に目を回して倒れてしまったが、ポチは嬉しそうに尻尾を振っていたのでまあいいかと思う。
しかも依頼人の夫からなかなかの額の報酬をもらい、シグルマは「いいことをしたな」と満足げに酒場へ向かったのだった。
そしてミミはというと――。
その夜、己の修行の成果を記録する「ミミの課題書」の62項目目『真実の愛を見よ』が埋まったのを満足そうに眺めた後、眠りに着いたのである。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0812 / シグルマ / 男性 / 29歳(実年齢35歳) / 戦士】
NPC
【ミミ】
【マメル】
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