<PCクエストノベル(1人)>


『世界に響き渡る音』


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【3033 / リージェ・リージェウラン / 歌姫/吟遊詩人】


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 ――――それを哀しいと想ったのは、
 忌避と憎悪、悲しみの果てに差し出された楽器に同情してしまったのは、
 それが自分と重なってしまったからだろうか?



 あたしは、目の前にそびえる塔、封印の塔を見上げる。
 空を覆う暗雲からは雷が降り注ぎ、
 空気は湿気を帯びて、雨の香りをふんだんに孕んでいた。
リージェ:「嵐が、来るのか?」
 リージェは天を見上げる。
 先ほどまでは晴れていたのだ。
 どこまでも空は蒼く。
 白い雲は悠然と風に乗って。
 それはあるいはこの塔にある呪われた品々が呼んだのかもしれない。
 過去、幾度もこの塔にやって来た人間たちがそうしてきたように、こいつもそれをしに来たのだ、と。
 呪われた品が、憎しみを持って、訴えているのだ。
 自分たちの想いを。
 それは憎悪でも、怨嗟でもなく、
 悲しみ。
 それをそう想うのだ、過去ゆえに。
 そう。過去ゆえに。


 あたしは過去を哀しく想っている。
 背負っている。
 それは懺悔であり、
 贖罪。
 それは悲しみであり、
 慟哭。
 それはあたしの辿ってきた道であり、
 だから今の、これからの生き様を腹を括らせたモノ。



 そう。これは同情だ。
 憐憫だ。
 哀れみだ。


 それをかけるのは過去の自分に、
 そして過去のあたしを重ねさせるあんた、呪いをかけられた楽器に。



 楽器に。
 その託された楽器は、呪いの楽器。
 名を呪いの森の竪琴という。
 灰色の魔女の魔道具。魔楽器。
 その音色は天候すらも操り、
 ならば人の心を操るのも簡単。
 また音色は、幻影を見せ、
 魔性の物を呼び寄せる。
 呪いの森の竪琴は、灰色の魔女の魔力を増幅し、
 故に、その邪なる性を増幅させ、
 暗鬱にして、
 陰惨なる光景を作り出し、
 人々に悲鳴と絶望の慟哭を歌わせた。
 それでもあたしは呪いの森の竪琴に同情するし、
 憐憫を感じるし、
 哀れみもする。
 それが作られたのは、楽器としてだから。
 最初はただの美しい音色を奏でるために生まれてきたのだから。


 そう、母が、あたしの幸せを望み、
 明るい人生を願い、
 誰か良い人をいつか見つけて、
 一緒になって、
 子をなして、
 夫と子に囲まれて、
 そういう幸せな女の人生を、
 願い、信じてくれていたように、
 この楽器の作り手も、
 誰か良き奏者に出会い、
 美しい音色を、
 人々に愛される曲を奏でる事を信じていたはず。
 そう。最初はそういう風だった。
 しかしどのような因果か、
 何が悪かったのか、
 神の悪戯か、
 悪魔の善意か、
 ただ本当に巡り合わせが悪かっただけなのか、
 何なのか………
 あたしが、街頭に捨てられて、要人を殺す事で、泥水を啜って、血の海にこの身を浸して、そうして世界の闇の中で、凍え渡るような悪意と絶望、悲しみと狂気の世界で生きざるを得なかったように、
 この森の竪琴も、ただ、出逢った人が、悪かっただけ。
 だけど、あたしは、今は歌で生きられている。
 それに感謝と喜びを。
 幸せと希望を。
 過去に思いをめぐらし、涙を流し、どうしようもなく感情は底の深い竪穴に落ちて、そこから這い出る事が困難かのように思えても、
 それでもあたしは、歌があるから、生きていられる。
 それはあたしに許された、与えられた、喜びであり、エゴであり、新たな罪である。
 それでもあたしが、ならばそれを背負い、それを贖罪とし、この口で歌を唄うのは、そうする事で返せる事も、
 生きる事で変わる事もあると、信じているから。



 信じて、いるから。



 だから、あんたを破壊はしはしない。
 封印する事もしない。
 あたしがあたしであるように、
 あたしが今を生きるように、
 あんたにも選択をさせてあげる。
 それをするために、
 そのためにあたしはここに来た。
 この、封印の塔に。


 ――――――――――――――――――


 →open


 呪いをかけられたアイテムの中には自己修復してしまうものがあり、
 あたしは確かに覚えている。
 あの灰色の魔女との戦いで、確かにこの呪いの森の竪琴の線が切れたのを。
 亀裂が走ったのを。
 しかし、その一例を想像させてあまりある現実として、切れた線はいつの間にか繋がっており、
 亀裂も消えていた。
 間違いなくこの呪いの森の竪琴は自己修復機能を有しており、破壊する事は不可能であった。
 また、この呪いの竪琴を手にした者は、必ずや次の灰色の魔女となる。
 故にこの呪いの森の竪琴はあたしに託されたのだが、正直あたしはこれの扱いに困っていた。
 ただ封印するのも忍びなく、
 そして今は強き精神力で気を強く保っているが、いつあたしの精神が負けて、あたしが次の灰色の魔女となるもわからないのだから。
 あたしには時間は無い。
 しかし………
謎の老婆:「おや、これはまた厄介なモノを持っておいでだね、お嬢ちゃん」
リージェ:「………」
謎の老婆:「んな怖い目で見てくれるでないよ。何、種も仕掛けもある話さ。あたしゃ、占い師。この目はもうろくするまでも無く産まれた時から見えやしない。でもね、この世のモノが何一つ見えやしないかわりに、第二の瞼の下にある眼球は、常人には見えはしないモノが見えるのさ。そう、だからあたしには見えるんだよ。泣いているお嬢ちゃんが。それゆえにその世にも恐ろしい竪琴を捨てられない意味もね」
 謎の老婆はくっくっくっくと笑った。
 このままこの老婆の戯言に付き合うか、それとも無視して通り過ぎるか数秒、逡巡する。
 ―――して、老婆の前で立ち止まった。
 老婆は皺だらけの顔でにやりと笑う。
謎の老婆:「良き判断だ。そうさね。いつだって薄汚くって、正体不明の老婆はしかし、旅には欠かせぬ情報をくれるもんだよ。それを知らないで老婆を無視した奴は助かるモノを、助からずに死んじまう。お嬢ちゃんは、賢き者だから助かるさね。安心おし。そう。あたしゃ、あんたを気に入ったんだ。だから教えてやろう。封印の塔にお行き。おっと、あたしを睨むのは早いよ。あそこはね、ただ呪われたアイテムを封印するだけのところじゃない。行けば、わかるはずさね。だからお行き、封印の塔へ。行って、その昔の泣いているあんたと同じ楽器を救ってやるがいいさ」


 騙される気は毛頭無い。
 それでも、その眉唾モノの話通りに封印の塔を目指したのは、それ以外には情報は無かったから。
 それに確かそこには、塔守が居ると風の噂で聴いた事がある。
 そいつなら、何か方法を知っているかもしれない。
 迷う暇も、
 立ち止まっている暇も、
 あたしには無いのだ。
 ならばあたしは、進むしかない。
 進んでやる。



 +++


盗賊の頭:「情報通りだ。驚いた事に小娘があの、灰色の魔女の魔楽器を持っていやがる。いいか。あれを闇のマーケットに流せば俺たちは一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るんだ。気合を入れていけ」
子分A:「あいよ、頭」
子分B:「頭。あの情報屋の話じゃ、その小娘、上物なんでしょう? 当然、その小娘に楽しませてもらうのもありですよね?」
盗賊の頭:「ふん。好者め。好きにすればいいさ。ただし、てめえが楽しめるのは俺様が小娘に飽きてからだぜ」
 その盗賊どもは世界が安定しているソーンにあって、それでも道から外れた者たちの、最下層に部類する輩たちだった。
 得物は、大剣。
 スピア。
 アックス。
 銃。
 総勢25人からなる盗賊どもは、リージェが乗っている馬車の情報を得、その馬車が街道の真ん中、逃げる事も、その街道沿いにある街の衛兵たちを呼ぶ事もできぬと、絶望したくなる場所で、襲い掛かってきた。
 馬が暴れ、まずは御者台に乗っていた御者が、犠牲となって、断末魔の悲鳴をあげた。
子分B:「おっと、動くんじゃねー」
 馬車の荷台に客に紛れて最初から居たそいつは骸骨にも似た顔に気色の悪い笑みを浮かべて、唇を舐めた。
 銃の銃口を、もっとも近くに居た子どもを人質にとって、そのこめかみにあてる。
子分B:「男どもは皆殺しだ。そしてそこのお嬢ちゃん、てめえはまずは呪いの森の竪琴を俺たちに渡し、それから後はたっ〜〜〜ぷりと、俺たちの相手をしてもらう。そこの奥さんもな」
 子どもの母親は、小さな悲鳴をあげ、人質に取られた子どもに視線を向けたままの目を、さらなる絶望の色に染めた。
子分B:「ほんとによ〜、運がいいぜ〜。あの森の竪琴を手に入れられるだけじゃなくってよ〜、こんなにも馬車に上玉の女が何人も乗ってんだもんなー。この小っちゃな嬢ちゃんもそりゃあ高い値で売れるぜ〜」
 気分良さそうに唄う子分Bに、しかしリージェがあからさまに侮蔑と嘲りを込めて鼻を鳴らしたのはその時だ。
 そして彼女は立ち上がった。
 馬車の荷台が新たなる殺伐とした空気に満ちる。
 女の子の母親がわずかに悲鳴にも似た声を出した。
 しかしその声に重なるようにして紡がれたのは、リージェの歌声だ。
 リージェは透明な歌声で歌を紡ぎながら、子どもを人質にしている男へと近づいていく。
 男は目を剥き、怒鳴ろうとした。
 が、それは不可能だ。
 もはや懺悔する事も、それ以上の暴挙に出る事も叶わない。
 男の身体は筋肉が硬直し、
 呼吸すらもできず、
 口から泡を吹き出した。
 女の子はそれを見て、悲鳴をあげるが、しかしリージェはその子を抱き、そっとその子の耳に子守唄を歌う。
 女の子は、まるで母の腕の中に居るように、安らかな寝顔で、深い眠りに着いた。
母親:「ミサ」
リージェ:「大丈夫。悪い記憶は、目が醒めるのと同時に悪夢として、霧散するから」
 そっと微笑むリージェに母親は顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら何度も頭を下げた。
 それをリージェは目で制する。
 そう。この馬車は盗賊どもに囲まれているのだ。
 逃げる事は不可能だ。
 逃げる? 
 逃げる必要は無い。
 リージェは硬直している男を馬車の荷台から蹴り落とし、それと同時に自分も荷台から降りた。
 唄った歌は、先ほどの男に聴かせてやったのと同一の物であった。
 盗賊を撃退する事などは、リージェにとってみれば赤子の手を捻るよりも簡単な事であった。
 が、封印の塔への道はまだ遠かった。



 +++



 砂漠を徒歩で渡る無謀さを町の者は散々聞かせてくれたが、
 しかしあたしは予想以上にこの呪いの森の竪琴の事が広まっている事を知ったために、馬車などの手段を取る事が躊躇われたのだ。
 砂漠ではしかも化けサソリが出る。
 この呪いの森の竪琴が、それを呼ばないとも限らなかった。
 昼間の太陽は容赦なく地上とあたしを焼き、
 夜の砂漠の発する冷気は、逆にあたしを容赦なく弄った。
 衣服は下着にわたるまで冷気によって濡れて、身体に張り付き、
 氷のようなそれと、夜気が、あたしから温度を奪っていった。
 身体の芯から凍りつくような感じ。
 星の角度から進むべき方向は理解していたつもりだが、いつの間にかそれも見当外れの方向へと進んでいた。
 しかも運の悪い事に砂漠アリの巣に、あたしははまってしまった。
 沈んでいく身に、しかし疲弊しきった心は焦燥を抱く事もできず、
 また凍りついた身体は、自由にならなかった。



 あたしは、死ぬのか、ここで?
 何も出来ずに………
 ――――脳裏にそれがよぎった瞬間、
 あたしが殺した人々の顔が、浮かんだ。



 口の中に広がった血の味は、意識を覚醒するために下唇を噛み切ったためだ。
 あたしは、守護聖獣ユニコーンの力を借りて、その砂漠アリの砂地獄から抜け出すと、
 夜目の効く目を酷使してオアシスを見つけ出し、そこに到達すると同時に意識を失った。


 +++



 …………ここは?
 温かい空気。
 火がはぜる音。
 甘い香り。
 楽器の音色。
 人々の、笑い声――――



 それはまだ朦朧とする意識の中で感じた事。
 夢をまだ見ているのだと想った。
 そして、意識が明確化していってもまだ、それらは聴こえて、
 肌が感じる温度が、それらが幻では無い事を、あたしに教えてくれた。
旅の老人:「おう。起きたか、お嬢さん」
旅の女:「ああ、良かった。身体が凍えきっていたから、悪いけど勝手に着替えさせてもらったよ。あんたの着ていた服は、ちゃんと洗って、火で乾かしておいたから、朝になったらお着替え」
旅の子ども:「はい、お姉ちゃん。蜂蜜酒。すごく美味しいよ」
 差し出されたカップの中には、甘い芳香を香らせる液体が注がれていた。
 あたしがそこに居る人々の顔を見ると、彼らは優しい顔で頷き、あたしはそれをありがたく頂戴する。
リージェ:「美味しい」
旅の女:「良かったら、これもお食べ」
旅の女:「この団子もどうぞ」
旅の男:「パンや、干し肉。遠慮する事は無い。これも神のめぐり合わせだ、食べな」
 その人たちはこのソーンを移動し続ける泉を追いかけて生活する人々だった。
 あたしはその人たちの好意にすっかりと甘えてしまい、
 美味しい、栄養のある食事と、
 温かな床を用意され、
 それをいただいた。
 身体はどうやら熱を出しているようだった。
 おそらくは呪いの森の竪琴との精神の戦いによる疲労から来ているもの。
 しかし、それもこの人たちと共に居ると、和らいだ。
 その理由を考えて、
 それが先ほどからこの人たちが唄っている歌のせいだと行き着く。
 私が老人の顔を見ると、
 老人は、何も心配する事は無い、と優しく笑って、頷いてくれた。
 どれぐらいぶりだろうか? こうして、深く眠れるのは………。




 +++
 


 砂漠を越え、
 深い森を渡り、
 あたしはようやっと、そこに行き着いた。
 封印の塔。
 先ほどまでは天気の良かった世界は、しかし今は嵐となり、世界は荒れていた。
 あたしは、封印の塔の門をたたき、まるで死霊の断末魔の悲鳴かのような、奇怪で、耳障りな、その蝶番の音を聴きながら、塔の中に入った。
 そこに居たのは、青年だった。
リージェ:「あんたが、この封印の塔の塔守?」
 そう訊ねると、彼は何故か苦笑を浮かべた。
リージェ:「あたしは、リージェ。リージェ・リージェウラン」
ケルノ:「僕は、ケルノイエス・エーヴォ。ケルノで良いよ」
 ケルノはそう言って、苦笑を笑みに変えた。
ケルノ:「それにしても随分と怖い物を持ってきたね。それは、本当に厄介なモノだ。封印するにしても、すごく手間取るよ?」
 あたしは声を低くしてそう言ったケルノに顔を左右に振った。
リージェ:「封印じゃない。あたしは、この子を、呪いから解放するためにここへと来たんだ」
 そう言うとケルノは両目を見開いた。
ケルノ:「ちょっと待って、リージェ。呪いから解放? それ、君、本気?」
 あたしが頷くと、ケルノは顔を片手で覆った。
 あたしは、ぎゅっと拳を握り締める。
リージェ:「方法が無いというのなら、他をあたる」
 あたしがそう言って、身を振り返らせようとすると、何故か彼は慌てた。
ケルノ:「まあ、そう焦らないでよ。待って。驚きはしたけど、でもそれは確かにここでは不可能ではないよ。というか、ここでしか、そして僕と君にしか、できない」
 ケルノはにこりと笑い、
 そして彼はあたしを儀式の間、という階に連れて行った。
リージェ:「ここは?」
ケルノ:「儀式の間。ここで、この森の竪琴にかけられた呪いを物質化させれば、そうすれば呪いは解ける。ただし、その呪いを物質化するのは僕だ。だから物質化した呪いを打ち砕くのは必然的に君になるのだけど、君、できる? 考え直すのなら、今のうちだよ?」
 あたしは肩を竦める。
 それで彼もあたしの言いたい事を理解してくれたよう。
 くすりと笑う。
 そして彼は言った。
ケルノ:「僕はこの塔からは出れなくってね。だからいつも退屈で、時折ここにやってくる人たちから、楽しい話を聞いては、それを誰も来ない時は思い出しているんだ。君が来てくれたのは3年と5ヶ月ぶりなんだ。だから、事が終わったらたくさんの世界の事を聞かせてくれないかな?」
 そう言う彼にあたしは笑う。
リージェ:「ええ。いいわ。あたしが知り得る限りの歌と、世界の事を聴かせてあげる。この森の竪琴の音色を奏でながら」
 ケルノはああ、楽しみだ、そう笑った。
 それは約束。
 事を成就させる事の。


 そして、儀式は、実行される。



 +++



 ここは?
 あたしは確かに封印の塔の2階と3階の間にある15階、封印の塔の儀式の間に居たはず。
 しかしあたしが今居る場所は、見知らぬ宮殿の間だった。
 見知らぬ宮殿?
 いや、違う。
 あたしはそこを知っていた。
 ここは灰色の魔女の城の間だ。
灰色の魔女:「そう。そうだよ、リージェ。ここは、私の場所。私が森の竪琴にかけた呪いが物質化された世界。おまえは恨めしい事に私を倒しただけでは飽き足らず、私がこよなく愛したこの森の竪琴も私から奪う気なのだね。でもね、そうはさせはしないよ。これは私が愛した男が作り出した物。だから手放す気は無いの。そして私は、のこのことここにやって来たおまえを倒すの。そうしたら、私はおまえの身体を頂く。前の私の方が数倍おまえよりも良い女だったけど、いいの、我慢してあげる。おまえも私ほどではないけど、奇麗だから。そう、おまえのその髪も、瞳も、肌も、唇も、乳も、手足も、指も、身体も、ぜーんぶ、ぜーんぶ、私の物」
 相変わらず、狂った女。灰色の魔女。
 あたしは携帯していたナイフを手に取る。
 そして立ち向かう、灰色の魔女に。
灰色の魔女:「ふん。前と一緒ね。私は灰色の魔女。だからおまえに殺された私じゃない私の記憶だって、ちゃーんとあるの。だから!!!」
 ナイフを繰り出すタイミングがわかっていたかのように灰色の魔女は紙一重でそれを避けて、そして森の竪琴を鳴らす。
 その音階による攻撃が、あたしを打つ。
 あたしはたっぷり5メートルほど吹っ飛ばされて、壁に埋もれる。
 せき込みながら床の上に立ったあたしを、しかし灰色の魔女は睥睨する。
 くすくすと笑うそれの攻撃が、あたしを打ち続ける。
 ナイフの横薙ぎの一撃、
 突き、
 縦横無尽のナイフ裁き、
 それらいっさいをすべて囮につかっての、ナイフの投てき、
 その必殺の一撃すらも、避けられて、
 あたしは、手を無くす。
灰色の魔女:「ほーら、だから言ったでしょう? この世界での傷は、現実世界でも傷となっている。私は私の新しい身体がこれ以上傷つくのは嫌なの。だから、ねぇ、リージェ・リージェウラン。そろそろし・ん・で♪」
 ぶん、と、その姿が掻き消えたかと想った次の瞬間、
 灰色の魔女はあたしのすぐ目の前に現れて、
 にぃーっと笑って、
 あたしから、すべてのナイフを奪う。
 そして森の竪琴の旋律を奏で、
 あたしの意識は、ついに………
灰色の魔女:「リージェ。おまえ、生意気にもこの森の竪琴の洗脳や幻影にもずっと耐え抜いたけど、でも、もうそれも終りね。おまえの心、これで狂わせて打ち砕いてやるわ。そしてたっぷりとお仕置きをしたら、私が食べてあ・げ・る」



 あたしは気がつくと、何処までも続く真っ白い世界を走っていて、
 灰色の魔女の大きな顔が、大きな口をあけて、あたしを食べるために追いかけてきていて、
 それであたしは走り続けて、
 でもあたしは、疲労一杯の足が絡んで、転んで、
 それで灰色の魔女の口が、ついにあたしを………



 諦めるの?
 諦めちゃうの?
 ねえ、本当にあんた、リージェ・リージェウラン、あんた、ここで諦めちゃうの?
 この子、見捨てて。



 あたしを哀しそうに涙で濡れた目で睨みつけてそう訊いてきたのは、
 生きるために暗殺をしていた頃の、あたしで、
 そしてそのあたしが手を繋いでいた小さな女の子も泣いていて、
 それでその娘は、泣きじゃくっていた。



 本当はわたし、こんな酷い事、したくないよぉー。




 したくないよぉー。




 ノイズ。



 色んな光景がそれと一緒に、意識を駆け抜けた。
 暗殺をしていた頃のあたしの記憶が。




 コオリヨリモツメタイ、チノニオイシカシナイ、サイテイデ、サイヤクデ、ゼツボウトカナシミシカナイ、ゼッタイテキナワスレタイ、デモワスレラレナイ、ソレハ、キオク――――



 いいや、忘れるな。
 忘れてはいけない。
 いけないのだ。



 だから………



リージェ:「あたしは、負けられないんだ」
 あたしは立ち上がった。
 そして、あのオアシスで出会った人たちが聴かせてくれて、
 その歌声であたしを守ってくれた、
 あの歌を、唄う。



 唄う―――




 おやすみ、あたしの愛しき子。
 お日様の香りと温もりのする布団の中でお眠りなさい。
 今日の幸せな事を思いながら。
 哀しかった事は夢の中で忘れてしまいなさい。
 大丈夫。
 そうすれば、哀しい事は。夢となって消えて、
 今日のその悲しみの中で思い描き、祈り、待ち望んでいた明日が、
 目が醒めれば今日となっているから。
 おやすみ、あたしの愛しき子。
 あたしの愛情の中で眠りなさい。
 安心して。
 あたしがあなたを包み込んであげるから。
 そうして明日を迎えましょう。
 明日は今日。
 また明日は、その明日には、今日となって、
 悲しみは、過去になって消えるから。
 夢が醒めれば、悲しみは消えて、今日があるから、だから大丈夫だよ。



 世界に皹が入っていく。
灰色の魔女:「こ、コレハなんだ…愛情? ば、馬鹿な、呪われた楽器に、人を壊し続けたこれに、明日、今日などというそんな甘い戯言を…愛情をくれる人間が居るなんて………ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」



 そうして灰色の魔女が森の竪琴にかけた呪いを物質化した世界は、粉々に壊れ去った。




 +++



 封印の塔には音色が流れている。
 それはとても澄んだ美しい音色。
 この世の一番の奇麗な物、優しさ、寛容を知っている音色。
 そして、哀しい事を知っている音色。
 だからその音色は、とても奇麗で、優しくって、切なくって、だから人の心の琴線に触れる。
 それと一緒に奏でられるのは美しい少女の優しい歌だった。


 【fin】


 ++ライターより++


 こんにちは、リージェ・リージェウランさま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼、ありがとうございました。


 いかがでしょうか?
 お気に召していただけましたでしょうか?^^

 呪いをかけられた楽器と、リージェさんの過去とが私の中でこのように重なって、今回のお話が出来上がりました。
 呪いをかけられた楽器を想うリージェさんの事を想った瞬間に、
 それはリージェさんの過去が関係しているのではないか、と想ったのです。
 そこから呪いの森の竪琴の本当の言葉、嘆き、
 そして今回の敵たる灰色の魔女が出来上がりました。
 少しでもPLさまの中にある世界観、リージェさん像、そして想像していたお話に近い形で今回の話が出来上がっていますと、幸いです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。