<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


巨大植物の迷路を攻略せよ!


 丘陵の屋敷を望む、近隣の丘にて。
 アスティアに頼まれていた花の苗を持ってきた少年ロッソは、目の前に広がる光景を見ながらその赤い頭を掻いている。
「……迷路は苦手なんだけどな……」
 そう。彼の目の前に広がっているのは、植物でできた広大な迷路だった。
 迷路の奥にはアスティアたちが住む『丘陵の屋敷』と、そのすぐ脇には迷路を形成していると思われる植物の巨大な株がある。この異常事態の元凶である巨大植物の株をどうにかすれば事は収まると思われるが、株と屋敷を中心に成長する円形の迷路に阻まれ、肝心の株まで容易にはたどり着けそうにない。
 容易にたどり着けそうにない――そう判断したのは、何も迷路が複雑であるということからだけではない。迷路のあちこちから魔物の唸り声が聞こえてくるのだ。どこからか入り込んでしまった魔物たちが、迷路から出られずに右往左往していると思われた。
 巨大植物はその太い蔦できつく屋敷を締め付けているので、早く除去しなければ、アスティアたちの住む場所がなくなってしまいそうである。
「しょうがないな……どうにかするか」
 戦闘向きではないアスティアとノトールがこの事態を打開するのは難しいだろう。
 ロッソは迷路攻略を手伝ってくれる者がいまいかと近隣の村を回ることにした。

 + + +

 最初に出会ったのは、丘陵の屋敷の方へ向かって歩いてくる一組の男女。
 カップル……という雰囲気ではないし、青年は銀髪に黒い瞳、少女は茶髪に緑の瞳と容姿が全く違うので、兄弟でもなさそうだ。
 自分が向かおうとしていた方向から歩いてきた二人を見て、ロッソが怪訝そうな表情になる。
「シュウ、アリエ。あんたたち……なんでこんな辺鄙なところにいるんだ?」
 連れだって歩いていたシュウ・ホウメイとアリエットだったが、彼らもロッソとばったり会ったのを驚いているようだった。
 もっとも、その驚き方はずいぶんと違ったが。
 思いもよらない場所で知人と会ったと驚くシュウに対し、アリエットはほほを紅潮させて視線をさまよわせている。
 アリエットには子供の頃に森で迷子になっていたところをロッソに助けてもらったという過去がある。それ以来彼女はロッソに心を寄せているのだが、なかなか言い出せないでいるようだった。
 もちろん、ロッソはそんなアリエットの気持ちなど知っているはずもない。
「それはこっちの台詞だ。ま、仕事の関係なのだろうと予想はつくがな」
 シュウが肩をすくめて言う。
「そう言うあんたたちは何の用で?」
「異常な成長をする植物があると近隣の村で聞いた。今からその対処をしに行く」
「異常なって……迷路のことか?」
「何だ、耳が早いな。……と、お前はその植物がある方向から来たのだから、知っていて当たり前か」
「と言うよりも、その巨大植物に悩まされている屋敷の主人に用があったんだ。だけど……」
「その迷惑な植物に遮られて用事が果たせなかったのね」
 最初の衝撃から何とか立ち直ったアリエットが、ロッソと話す機会を逃すまいと声を上げた。
「そうなんだ。なにやら物騒そうな迷路だから、心強い協力者を探しているところなんだけど……」
 改めて二人を見る。
 お世辞にも戦闘向きとは言えないが、リレン師であるシュウはとても大きな力になると思われた。
「目的は同じようだから、一緒に迷路を挑戦してくれるか――」
「もちろんよ! 大丈夫! 足でまといになんかならないから」
 ロッソの言葉が終わるか終わらないかといううちに、アリエットが喜々として頷いた。
 この戦力だけでは不安がぬぐえないので、せめてもう一人だけでも戦闘要員を探そうと、シュウとアリエットがきた村の方へ三人は向かった。
 その村はエルザードから遠くにあるもののわりと大きめで、市場は活気で満ち溢れていた。
 どんな村にも大抵は酒場というものがある。そしてそこには様々な人が集まり、多様な情報が行き来する。
 他の二人は未成年なので、シュウが先頭に立って酒場に入る。と、鼻をつくアルコールの臭いが三人を包む。まだ日は昇りきっていないというのに酒におぼれるとは、あまり褒められたことではない。
「ほらほら、もっと遠慮せずに飲め!」
 酒場の中でひときわ目立っていたのは、銀の全身鎧を着た四本の腕を持つ男だった。一本の手で樽を担ぎ、二本の手で腰に手をあて、残りの一本で村の住人と思われる壮年の男の背中をバンバン叩いている。
「あー、この村の地酒はうめぇと聞いて来たんだが、いやぁ、来て正解だったぜ!」
 担いでいるのはその地酒が満々と入った樽である。それを両手持ちに変え、そこから直接酒を飲んでいる。……いや、口に流し込んでいる、といった方が適切だろう。
 飲んだ大量の酒は一体どこへ行ってしまうのかと頭を抱えてしまうような飲み方だ。まるで水を飲んでいるかのように酔う様子がないところを見ると、もしや、残らず体から蒸発しているのではあるまいか?
 四本腕の男は至極幸せそうな顔で口をぐいとぬぐうと、ポカンとした様子で入り口に立っているロッソたち三人に気がついた。
「お前らもじゃんじゃん飲め! 全部俺のおごりだ! ……っと、二人は未成年か……ま、いいよな!」
「…………。……あー、今忙しいか?」
 逡巡の後、ロッソは百戦錬磨の戦士に見える四本腕の男を誘うことに決めた。
 男は浴びるように酒を飲んでいたが、酔っている気配はほとんどない。今現在のメンバー、つまりロッソ、シュウ、アリエットという非戦闘要員のみで迷路に挑戦するよりは、多少酔っていても戦士が一緒にいたほうが心強いと考えたのだ。
「いや、忙しいわけじゃねぇな。酒を飲んでるだけだし」
「ちょっと協力して欲しいことがあるんだ。近くの屋敷の周りで困ったことが起きてて……」
 ロッソが説明すると、男は樽に座ってにやりと笑った。
「面白そうじゃねぇか。よっしゃ、それを片付けたらもっかい飲みにくるとしよう!」
 男は店主に金を投げると、三人と共に酒場から出た。そして、思い出したように手を差し出す。
「俺はシグルマだ。ばっさばっさと障害物をなぎ倒してやるから、ま、期待しとけ」
 シグルマを先頭に丘陵の屋敷の方へ向かって歩いていく。
 もうそろそろ迷路が見えてくるというとき。
 シグルマが「お?」と言って目を凝らした。
 丘陵の屋敷をきつく締め上げる巨大植物と、その太い蔦が作り上げている物騒な迷路。その手前に、肩に花を咲かせた大男が一人立っていたのだ。
「これがお前のハニーなのか? また随分とでかいなぁ。株に目があるってことは人面株……いかにもお前にお似合いだな!」
 肩に咲く人面草は長く伸び上がると蔦で出来ているかべにアタックしては叩き落され、だがそれでもくじける様子もなく起き上がっては、オーマの肩によじ登りなおして再びアタックを試みる。
 人面草のそんな健気な様子を見て、オーマは感動したようだった。
「真のイロモノラブの前にゃぁいつの時代筋も桃色ミステリー筋障害は出てきやがるモンだよなぁ?」
 かなり怪しい光景でもあったが、植物関係を生業としているロッソとシュウ、そして彼らと親しいアリエットは驚かない。
 それはシグルマも同じだった。ただし彼の場合は、その大男と顔見知りであるためだ。
「こんなところまではるばると人面草の仲人役か? オーマさんよ」
「お、シグルマか。お前こそこんな所で何してんだ?」
「近くの村で酒を飲んでるとき、ロッソに迷路攻略を手伝ってくれって頼まれた」
「……ロッソとやらは、この屋敷の関係者か?」
「まぁ、そうなるかな」
 ロッソはオーマ・シュヴァルツの肩に乗っている人面草を妙な表情で観察しつつ、軽く頷いた。
「花の苗を屋敷の主人に持ってきたのはいいんだけど、迷路が邪魔で届けられないんだ」
「ははぁ、アスティアさんに?」
「知ってるのか?」
「冬に大掃除を手伝った。そういえばアスティアさん、伴侶によさそうな男性は見つけたのか?」
「ノトールがこそこそ粘ってる」
「ははぁ、だが冬の調子じゃあ進展してねぇだろうな……」
 などと他愛無い話をしていると、屋敷の方から骨格がきしむような音が聞こえたので、五人はばっと振り返った。
「ロッソ、もうあまり時間がなさそうよ」
 焦った様子でアリエットが言う。このままではアスティアとノトールが屋敷ごと押しつぶされてしまいかねない。
「オーマも手伝ってくれないか?」
「ん? もちろん手伝うぜ。俺の目的は人面株を屋敷から引き剥がして、人面草の告白タイム★を設けてやるつもりだから、たいして目的は変わらんだろ」
 そんなこんなで四人の協力者を得たロッソは一つ頷くと、改めて迷路に向き直った。

 + + +

 まず五人は屋敷を中心に円形に広がる迷路の周りを一周した。そして分かったのは、迷路の内部へ入り込む入り口が一つしかないということだった。
「ふーむ。これなら俺の案でいけるな」
 オーマは入り口の手前に陣取ると、具現化能力で『巨大親父愛神型扇風機』を出現させた。
 それは名前の通り親父の形をした扇風機……というよりは、親父そのものだった。
「これのどこが扇風機なんだ?」
 シュウが呆れたようにいうと、オーマはちっちっと指を降る。
「まごう事なき扇風機だぜ、これは。百聞は一見にしかず、早速スイッチオンだ!」
 親父の足の甲にある赤いボタンを力強く押した。すると親父がきっかり九十度にお辞儀をし、両腕を横に突き出した。
「……まさか」
 その姿勢で『扇風機』ということは……。
 ロッソの想像とたがわず、親父はぐるぐると回りだした! 腰の部分が自由に回るようで、実に滑らかに、そして力強く暑苦しい風を迷路の中に送り出したのだ。
 風は見るも暑苦しいアニキウィンドとなり、どんどん迷路の奥へ進んでいく。
「……で?」
 ロッソがいささか冷たく言う。いい大人が何てことをしているんだ……とでも思っているのかもしれない。
「でだ。行き止まりにはアニキウィンドがたまるから、たまってない道を選んでいけば中心部にたどり着くって寸法よ!」
「頭いいんですね、オーマさんって!」
 対してアリエットが感動したように言う。
「ふふん、そうだろう! じゃ、早速迷路に入るか」
「アリエ。くれぐれも壁に触ったり先走ったりするなよ。……一番弱いんだから」
 ロッソの不器用な心遣いに、アリエットの頬にぱっと薔薇色が広がった。
「ロッソの方こそ気をつけて……終わったらおいしいラグー作るからねっ」
 オーマを先頭にして迷路に入ってく。
 実際に入ってみるとよく分かるが、迷路の壁はかなり高い。二メートルを越えるオーマの三倍はあるのだ。そのせいで太陽も見えず、すぐに屋敷の方向が分からなくなってしまった。
 最初はまっすぐに屋敷に向かう道が続いていたが、途中で三叉路や十字路、六叉路などに差し掛かり、そのたびにアニキウィンドが役に立った。
 だが……迷路に入ってから三十分ほど経っただろうか。丁字路に差し掛かり、それまでと同じようにアニキウィンドのたまり具合を目印に進もうとしたのだが、左右どちらの道もアニキウィンドがたまっていなかったのだ。
「どういうことかしら?」
 アリエットが不安そうに言うと、シュウが結晶から黒鷲のヨカを出し、上空に飛び上がらせた。
「これで正しい方向がわかるはずだ」
 上空に舞い上がったヨカは左の方向を向いて高く鳴いた。そちらに屋敷があるのかと分かったのも束の間、ヨカに太い蔦が肉薄する。
 ヨカはひらりひらりと軽やかに避けていたが、やがて蔦の数が二十を越えると避けきれず、肩の辺りをしたたかに打ち据えられてしまう。
 墜落するように降りてきたヨカを、シュウは優しく受け止めた。
「やはり、上空から観察するのもままならないか……。ヨカ、ご苦労だった。ゆっくり休め」
 結晶に戻ったヨカを再び隠しにしまっていると、シグルマが左の道に向かってずんずんと歩き出した。
「あー、もう面倒くせぇ! 左に行ってまだ壁があるようだったら、俺が屋敷まで壁を壊してやるよ!」
 正しい道を探してゆっくりと進むのは彼の性に合わないらしく、ここまで大人しくついてくるのも大分我慢していたらしい。
 剣、斧、鉄球、金槌をそれぞれの手に持ち、荒々しく振り回し――それらを壁に叩きつけた!
 壁を作っている蔦は激しいダメージを受けて一度は崩れ去り壁の向こう側に通れるようになったが、シグルマの後を追ってきた四人がその穴を通ろうとしたときにはすでに塞がってしまっていた。
 凄まじい成長速度だ。
「なるほど……さすが植物の化け物、簡単には通しちゃくれねぇか」
 そういって構えなおすシグルマは、酒を飲んでいるときに負けず劣らず楽しそうな表情をしていた。
 相手が強ければ強いほどふつふつと闘争心が沸き立ち、内なる力が発揮されるタイプなのだ。
 シグルマの攻撃に反応して四方の壁から鞭のような蔦が伸びてきたので、オーマは具現化させた身の丈を越える銃を構え、シュウは防御の魔法陣を張りつつ蔦を逆に拘束するべく即芽性の種子を握りこんだ。
 そしてロッソとアリエットだが……。
「アリエ。お菓子持ってるか?」
「えっ? う、うん……。シュウと食べようと思って持ってきてあるけど……ロッソも食べる?」
「貸して」
 慌ててバックからお菓子袋を取り出すと、差し出されたロッソの手にそれを乗せた。
 この緊迫した状況にお菓子を食べるのかとアリエットはいぶかしんだが、ロッソから買い取った特殊な石を惜しげもなく使いながら魔法陣を張るシュウにはロッソの目的がよく分かった。
 このチームの前後を固めるシグルマとオーマはかなり奮闘していた。
 シグルマは周りに人がいる状態で鉄球を振り回すことしなかったが、右の二本に斧を、左の二本に金槌を構え、襲いくる太い蔦を中心に斧で切断してはとどめとして金槌の一撃を叩き込む。
 一方オーマは流れ弾が仲間に当たることを恐れてか、銃を消滅させるのと同時に大振りの刀を具現化させていた。素早い動きで幾本もの蔦を断ち切り、返す刀で今にもアリエットに届かんとしていた蔦を切り落とす。
 蔦には鋭いとげがついており、断ち切られた蔦が顔や腕を掠ることもあったが、全員大きな怪我はない。
 アリエットがホーリーフィギュアを取り出し、両手で優しく包み込み祈るようにして自分以外の怪我を治していると、突然蔦の勢いが下火になった。
 激しく応戦していたシグルマとオーマがいぶかしく思いながら辺りを見回すと、元は緑色だった蔦が異様な紫に転じ、やがて枯れたような茶色に転じていくところだった。
「一体何をしたんだ? こんなことが出来るなら最初からやれっての」
 ついに全く蔦の攻撃がなくなったので、シグルマは金槌を持った方の肩を大きく回しながら言った。蔦からは意思や殺気というものが全く感じられないので、彼としては戦っても退屈だったのかもしれない。
「この枯れよう、尋常じゃねぇな。シュウ、お前さんの魔法か?」
 オーマの問いに、シュウは苦笑しながら頭を振った。
 ――そう、彼からすれば『魔法よりももっと恐ろしいもの』の仕業だった。
 ロッソは蔦についた小さな口から紫色の泡のようなものが吐き出されているのを見て思わず同情しつつ、持っていたお菓子袋の口を締めようとした。
 と、シグルマがそれに気がついて袋からクッキーのようなものを一枚摘んだ。
「ふーん、アリエットの手作りか? どれ、一枚味見を……」
 青い顔をしたロッソがとめる間もなく、シグルマがクッキーを口に放り込んだ。
「〜〜ッ!?」
 と、その途端声にならない叫び声をあげて、口の中の『物体』を慌てて吐き捨てた。
 そのシグルマにシュウは持っていた水筒を無言で渡す。
 シグルマはよく口をすすいだ後、血の気が引いた顔のまま、きょとんとしているアリエットに向き直った。
「おま……知り合いと食べる菓子に毒を入れたのか?」
「え? まさかそんなことをするはずないじゃないですか〜。だって私も一緒に食べるんですよ?」
「そうは言っても今の……明らかに有害な味がしたぜ?」
「私も味見しましたがそんなことはありませんでしたよ?」
 だとしたら、彼女は料理人として重大な欠点である味覚オンチなのだろう。――いや、彼女の場合は『オンチ』などという生易しいレベルではない。ここまでくれば『毒の耐性』があると言っても過言ではないだろう。
 ロッソが言うには、彼女が作るお菓子以外の料理はかなりの絶品であるらしい。だが、何故だかお菓子を作らせると必ずこのようなものが出来上がってしまうとのことだ。
「植物さえも枯れさせるたぁ、俺も作り方を教えてもらいたいぜ」
 オーマはあまり笑えない冗談を言った。
 シグルマとオーマは彼女が作ったお菓子が植物さえをも枯れさせたのだと納得したが、ただ一人お菓子の製作者だけはそれを冗談だと受け取って信じようとしなかった。

 + + +

 アリエットのお菓子による毒の影響が株まで届かないようにだろう、株から半径五十メートルほどまでの蔦は枯れ果てており、まだ青々としている蔦と枯れた蔦の境目は自らぶっつりと切れていた。
 そのおかげでしばらくは簡単に進むことが出来た。枯れた蔦はシグルマの金槌で殴打するまでもなく簡単に崩れたし、崩しても再び成長することはなかった。
 壁を突き破って進む途中何匹かの魔物とすれ違ったが、彼らは厄介な迷路から解放された喜びのためかロッソたちには見向きもしなかった。
 やがて蔦が枯れた部分の迷路が終わり、再び青々とした壁が目前に迫ってきた。
 そこで全員が立ち止まったのは、先ほどのような厄介な蔦に再び囲まれるのを恐れたからではない。
 彼ら五人の目前にある丁字路を、左から右へと魔物の群れが駆け抜けていったのだ。左からは魔物たちがあげる恐ろしげな叫び声、右からは甘い蜜のような香りが漂ってくる。
 さて、どちらへ進むべきか……。
「さすがにここまでアニキウィンドはこねぇしな……。多数決ででも決めるか?」
 多数決の結果、シグルマ以外は右の方に挙手した。
「まぁ、罠の可能性もあるがな……」
「でも私は右に本体がある気がするわ」
「魔物といえど、無駄にしていい命はねぇからな!」
「今まで迷路を進んできて甘い香りを出す花の類は見かけなかったから、興味がある」
 ……というのが、シュウ、アリエット、オーマ、ロッソの意見だった。
 シグルマは「右だの左だの面倒だ、一人でも壁を突き破って進むぜ!」と言うので、一人で直進することになった。
 言うなりさっさと直進するシグルマに残された面々は、前方で繰り広げられる蔦と武器の乱舞を見て驚きと呆れの混ざった表情をしている。
「じゃあ、俺たちも進もう」
 頭痛がするかのようにこめかみに指を当てながらロッソが言う。
 四人はまずちょこっと右の道を伺い見て、道の先の壁にラフレシアのような花が咲いているのを確認した。
 ……走っていった魔物たちの姿は見えず、ただ呻き声のようなものが聞こえるのはどうもすっきりとしなかったが……。
 頷きあい、それぞれ前方はもちろん左右と背後、最後には空にも注意を向けつつ花に接近していく。
 そして――。
「いたっ」
 アリエットが小さく声を上げた。彼女の足元には、地面から生えた蔦が――。
 と、その直後、アリエットの体が宙高く放り上げられていた。
「――ヨカッ!」
 シュウがとっさに黒鷹のヨカを呼び出してアリエットを助けに向かわせたが、ヨカは怪我をしている上に、万全の体調でも落ちるアリエットを支えられるほど巨大ではない。
 一人と一匹が悲鳴を残してそのまま巨大花が咲く壁の向こう側に落ちていくのを見て、一緒にいた三人は酷く焦った。
 壁の向こう側、今アリエットが落ちたと思われる場所には、先ほどここへ走ってきた魔物も落とされているのだろう。確かに弱ったような魔物の声が聞こえてくる。例えアリエットが上手く地面に着地したとしても、魔物に囲まれてしまったらどうしようもない。
 壁を壊して助けに行くとしても、壁のすぐ近くにアリエットがいたら非常に危険である。となると……。
「受身は自分で取れよっ!」
 オーマはシュウとロッソの肩を抱くと、先ほどアリエットが踏んでしまった蔦を思い切り踏みつけた。
 直後、三人は蔦によって宙高く放り上げられている。
 軽々と壁を越えてしまうほどだから、十メートル近くは放り上げられたのだろう。不安定な体勢のまま下を見ると、ヨカをその胸に抱き壁際まで下がったアリエットの姿と、それを取り囲む魔物と巨大植物の巨大な口がいくつも見えた。
 ヨカが空を向いて弱々しく鳴くのを聞いて、アリエットははっと空を仰ぎ見た。
 ――男が三人(しかも一人は特大)、自分がいるところへ向けてなにやら叫びながら落ちてくるのが見えた。
「みんなっ!」
 アリエットは三人を受け止めるべきか――もちろん無理は承知で――戸惑った。
「伏せろ!」
 オーマは吼えると、下僕主夫弁当と腹黒同盟のパンフレットを魔物たちに投げつけた!

 + + +

 シグルマは宣言したとおり、屋敷があると思われる方向へ向けて直進を続けていた。
 途中蔦のほかにも迷路から出れずに右往左往していた魔物たちにも出くわしたが、戦うまでもなくひと睨みで散らしてしまうことの方が多かった。……蔦には目がついていないので睨んでも効果がなかったのだが……。
 入る前に隣の丘の上で確認した大きさを参考にすると、もうそろそろ屋敷につく頃だなと考えていたとき。
 自ら壁に開けた穴の前で、右の道から激しい地響きが響いてくるのを感じた。
「なんだなんだ、魔物の群れでも襲ってきやがるのか?」
 魔物には逃げられてばかりで正直戦い足りなかったシグルマは、武器を構えて不敵に笑った。
 地響きの正体が道の角から正体を現した。
「……って、オイ! 何事だ!?」
 シグルマが驚いたのも無理はない。角から姿を現したのは魔物の群れだけではなく、それに追われ、血相を変えて走ってくるオーマ、シュウ、ロッソと、ロッソに背負われたアリエットだったのだ。
 シグルマはそれを避けるべく――さすがに彼一人の力では止められそうにない――、開けておいた壁の穴に飛び込んだ。それを見ていた四人も穴に飛び込む。
「オーマ、シュウ! こっちに走ってくるのはいいけどよ、お前らはマトモに戦えるんだからちょっとは数減らしとけ!」
 走りやめないロッソたちを追いかけながら、シグルマは怒鳴った。
「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだよ! 早く逃げて、株のところへいかにゃあまずいぜ!」
 オーマも怒鳴り返す。
 魔物たちはロッソたちになど目もくれず一直線に走り去った。その様子を見る限り、彼らが目的ではなさそうだが……。
「おいおい、一体何したんだ!?」
 ロッソたちの周りにある壁が見る見る変色し、ピンクの混ざった紫になってしまった。
 オーマは問答無用で銃を壁に向けて撃ちまくった。壁は最大出力の銃撃に耐えられるはずもなく、ついに最後の一枚に穴が開けられた。
 その穴にアリエットを背負ったロッソが最初に飛び込み、次にオーマ、シグルマと続き、最後に絶え間なく結界を張って走り続けていたシュウが飛び込んだ。
 そのシュウの体を結界の張ってない背後から打ち据えようと蔦がしなっているのを見て、シグルマは剣でそれを切り落としたが……。
「畜生め!」
 切り口からこぼれ出た液体が剣に付着し、その部分が煙を上げながら融けてしまった。
 だが真相を知っているであろう四人はシグルマに注意を向けることなく、迷路を抜けたばかりの彼らがいる場所から百メートルは離れている巨大植物の株を目指して走り続けている。
 巨大植物はぎょろりとした黒い目をロッソたちに向け、直接株から伸びた蔦を動かし始めた。
「シュウ、届くか!?」
「……届かなかったら諦めるんだな!」
 シュウはこれまで使っていた石の中でも特に美しい赤く澄んだものを出すと左の手の平に乗せ、右手に持っていた杖の頭でそれを叩く。
「消えろっ!」
 赤い石からまばゆい光があふれ出て、それはまるで太陽のような鋭く激しい光を発する。
 石がますます眩しく輝きだしたので、全員目を閉じた。

 + + +

 シュウの「もう大丈夫だ」という言葉で目を開くと、先ほどまで激しく蠢いていた迷路は心なしか縮んできているようだった。色は紫から元の緑に戻っている。
「毒は病(レン)ではないから、すっかり消え去ったかは少々自信がないな。だが、株がかかっていた病はすっかりよくなった」
 株はぐったりと目を閉じ、ゆっくりとではあるが伸ばしていた蔦を……迷路と、屋敷を束縛していたものを緩め、本体に『吸い込んで』いるようだった。
「毒だぁ?」
 至極当然なシグルマの疑問に、シュウは説明を始める。
「私たちがシグルマと別れた後、アリエットが罠にかかって壁一つ隔てた道へ飛ばされた。道に落ちる拍子に、バッグから彼女お手製のお菓子がこぼれてしまったらしい。植物はそれを食べ……」
「最初の菓子は枯れただけだったじゃねぇか。ほんっとタチのわりぃ菓子だな」
 着地に失敗して足をくじいてしまった当のアリエットは、嬉しそうな顔をしてロッソに背負われている。
 あの時彼女を助けるべく、オーマ、シュウ、ロッソがわざと罠にかかって壁を越えた。着地する際にアリエットを踏みつけそうだったのでオーマが投げた下僕主夫弁当を放り投げ、弁当につられた大型の魔物がうまくアリエットの上を跨いだのでその上に着地したのだった。
 そこからはロッソたちも魔物たちも毒によって暴れだしたので、全員揃ってまだ毒が回っていない方向へ向けて走り出した。
 それから後はシグルマも知っている通りである。
「なんなら毒が株に回るまで待ってればよかったじゃねぇか」
「それじゃあ俺の人面草ちゃんがこの人面株にらぶらぶアタック★できねぇだろ」
「…………」
 今までずっとオーマの肩で待機していた人面草は地面に下りると、自分とは比べ物にならないほど巨大な株の前に立ち、なにやら話し始めたようだった。
「折角なんだから上手くいきゃあいいけどな」
 オーマはアリエットの足を治療しつつも人面草の恋の行方を気にしている。
 恋といえば……。
 ロッソが近くにいないことを確認し、オーマは独り言のように言う。
「アリエットはそんなにはっきり分かりやすいのに、何でロッソは気づかないかね?」
「なっ……。何を言っているんですか、オーマさん!」
「まぁこんなに可愛くて優しいんだから、いずれロッソもアリエットのことが好きになるだろうな」
 アリエットは顔を真っ赤にしてぱくぱくしていたが、オーマは治療を終えると笑って屋敷の扉へ向かった。
 その時ちょうど屋敷の玄関があき、細く開けた隙間からノトールが顔を出していた。不安そうな顔をしているものの健康を害してはいないようで、オーマはほっと胸をなでおろした。
「お、ロッソじゃん! それにオーマさんまで」
 外に見知った人間がいると知って、ノトールは玄関から走り出てきた。
「このはた迷惑な植物を懲らしめてくれたんだな? いやぁ、助かったよ! 俺とアスティアさんだけじゃあどうしようもなかったからなァ」
「……仕入れた花を買い取ってもらえないと、俺が損するからな」
 ロッソは肩をばしばしと叩かれながら、素直ではないことを言う。それがいかにもロッソらしくて、ノトールは嬉しそうに笑った。
「オーマさん、ロッソ、そして皆さん。本当に助かりましたわ。大したものはありませんけれど屋敷でくつろいで行って下さいな」
 遅れて出てきた屋敷の主人であるアスティアが、やわらかく笑って功労者たちを屋敷にいざなう。

 + + +

 その後の調査で、巨大植物は元から丘陵の屋敷に生えていた薔薇が変形したものだと分かった。
 地面を掘り起こしたわけではないので確証はなかったが、地面深くに有害なものを出す何かがあるのではないかというのがシュウの結論だった。
「有害なもの? 地下に邪悪化した地竜でも住んでやがんのかぁ?」
 アスティアとノトールが振舞った食事を取り、迷路に入る前に散々飲んでいた酒がやっと回ってきたのかシグルマが眠そうに言う。
「そうですわね。きちんと調査してみる必要がありそうですわ」
「知り合いのノームを紹介するよ、彼は優秀な地質調査員だから。……俺が持ってきた花があんなふうになったら困るしな……」
「アスティアさん、人面草と人面株……人面薔薇?  が上手くいきそうなんだ! また人面草をつれてきてもいいかね?」
「もちろん。いつでも好きなときにいらっしゃってくださいな」
 なんだかんだわいわいと楽しそうに喋っているのを尻目に、シュウは離れた場所に座っているアリエットに近付いた。
 アリエットは幸せそうにロッソを見守っている。そこへ小さな声でささやいた。
「言葉にしなくとも想いは零れ落ちるものだ。まっすぐに見詰めていれば奴もいつか気づく……」
 はっとして、顔を赤くしたアリエットがシュウの顔を見上げる。
 そう言うシュウは愛しい恋人の顔を思い出していた。
 ――恋を知って自分が変わったように、いずれロッソも変わるだろう。
 そう思いながら。
「じゃあ俺は先に帰るぜ。ここに泊まるわけにもいかねぇしな」
 シグルマが伸びをしながらそう言うと、次々と声が上がった。
「さてと、家に帰って下僕主夫の勤めをキッチリこなさなきゃあな!」
「じゃあ俺も……他の仕事もあるし。シュウ、途中まで道が一緒だろ?」
「あぁ。私も次の仕事場所へ行こう」
「ロッソ! その前に私のラグーを食べに来てよね!」
 それぞれアスティアとノトールに別れの言葉を言うと、いまや迷路のなくなった丘を下っていった。
 丘陵の屋敷に住む二人は外から屋敷を見上げ、ため息をついた。
「……修理が必要ですよね、アスティアさん?」
「えぇ、そのようですね」
 二人が骨を休めることが出来るのは、まだしばらくかかりそうだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0812/シグルマ/男性/29歳(実年齢35歳)/戦士】
【1792/シュウ・ホウメイ/男性/23歳/リレン師】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【3260/アリエット/女性/16歳/料理人(バトルコック)】


NPC
【ロッソ/男性/18歳/仕入れ屋】
【ノトール/男性/26歳/本当は執事】
【アスティア/女性/64歳/屋敷の女主人】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
このたびは『巨大植物の迷路を攻略せよ!』にご参加いただき、ありがとうございました。

どの程度までの魔法を使っていいのか分からず、戦闘ではほとんど活躍させられませんでした(+_+;)
個人的に鉱石も魔法陣も好きなので、とても楽しく書かせていただきました♪
う〜ん、それにしてもヨカが愛しいです……(笑)!

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。