<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


苺の園の魅惑


 穏やかな気候が続き、花は咲き乱れ、蝶たちは花の上を舞う。
 そんな麗らかな春の一日、シェラ・シュヴァルツはとあることを思いついた。
「春だねぇ……」
 呟き、シェラは名案を浮かべる。そう、春といえば苺だ。苺をたくさん使って夫や娘に何かおいしいものでも作ってやろうと思ったのだ。
「よし、いっちょこのシェラ様が腕を振るってやろうかねえ」
 苺ジャムをたっぷり塗りたくった特製ビスケットを作るのもいい、それともパイにして味わおうか、それともそれとも――。
 考えて、シェラは夫や娘がおいしいおいしいと涙を流して己の作ったものを食す姿を想像した。うん、悪くない。
「そうと決まったら食材を手に入れないとだね。オーマ!」
 名を呼ばれて彼女の夫であるオーマ・シュヴァルツが顔を出す。シェラが呼ぶ時、彼はすぐさま返事をする。いや、せねばならない。それが、彼の性なのだ。
「春といったら苺。苺を集めておいしい苺料理でも作ろうじゃないかって思ってね」
 告げた瞬間、ビクリと大きくオーマが身体を揺らす。
「シェ、シェラ……えっと、料理をするのは……もしや?」
「もちろんあたしだよ。決まってるだろ?」
「――――――!!」
 オーマは顔を縦長逆瓢箪形に伸ばして口を大きく開け、まるで誰かがどこかで見たことのあるような絵、そのものをかたちどった。
 これこそ「顔面蒼白ガタブルマッチョ」の画だ。彼はシェラの言葉を聞いて胃筋殲滅ナマ絞りの危機を感じた。
「シェラ! いや、シェラ様!!! それはイカン! 苺が……ああそうだ、苺サンたちが可哀相ですっっ!!!」
「何言ってるんだい。せっかく実ったのに食べてもらえない方が可哀相じゃないか」
「いや、けれど苺にも命があり、……いやいや、そういうことじゃなくて!」
「ぐだぐだ煩いねぇ」
 キラリとシェラの相棒である大鎌が光り、オーマは再びギクリと息を潜ませる。
「何か文句はあるかい?」
「……イイエ」
 悲しい下僕主夫の性ゆえ、オーマは頷くしか出来なかった。

 シェラに連行され、二人は苺を手に入れることの出来る苺の園へと向かう。そう遠くない場所に確か苺狩りが出来る農園があるのだ。
 そこでたっぷりと新鮮でおいしい苺を手に入れ、みんなで苺パーティーをする。それはなんとも面白そうな企画だとシェラは楽しみで楽しみで仕方なかった。
 大所帯のシュヴァルツ家で春のパーティーとは何とも興のある催しだ。
 実は彼女は「イベントもの」が好きだったりする。というのも、そういった催し事をすれば皆が楽しそうにして何より自分自身も楽しい。なんだかんだで非常に情愛が深い彼女は、皆に喜んでもらえること、皆が楽しんでくれることを無意識のうちに考えるのだ。―― 表向きは彼女の気まぐれな案のように見えるかもしれないが。

「にしても二人じゃあ少なかったかねぇ……」
 たくさんの苺を持ち帰るにはオーマ一人では足りなかったかもしれない。娘も連れてくるべきだったかなとシェラが考えたその時――。


「冒険に同行させてくれる者求む〜〜〜。われら二人をお供させてくだされ〜い」


 甲高い声が耳に届く。見ると、若い妖精の少女と彼女の周りを飛び回る小さな子妖精が目に入った。
「ちょうどいいね」
 シェラはニヤリと唇の端を少しだけ上げてその奇妙な二人組みに近付いた。
「ねえ、今から苺狩りに行こうとしてるんだけど手伝ってくれないかい?」
 告げると、少女は「まあああ、苺狩りですか?」と目を輝かせた。
 だが、少女の頭の周りを飛んでいた小さな妖精がものすごい勢いでシェラの鼻先へ飛んでくる。
「む! わ、わわわ我らは冒険の共をすると申しておるのである! 苺狩りなんぞ!」
「なぁに言ってんだい。苺狩りだって立派な冒険だよ。道中魔物に襲われたらどうするんだい?」
「む、むむぅ……で、では、そちらの背後に控えてる巨漢はただのお飾りか!?」
 小さな妖精はビシっとオーマを指差す。オーマは相変わらず青ざめた顔で放心状態のままだった。
 シェラはそれを一目見てふぅと息を吐いた。体調でも悪いのかねえ、後で活を入れてやらないとねえ、と。
「まあまあマメル。いいではありませんか。わたくしも苺を食べたいですわ」
 助け舟を出したのは傍らにいた少女。うふふ、と小さく微笑む。
「し、しかしミミ様!」
「だろ? んで、苺狩りに行くには袋詰め要員が足りなくてね」
 シェラはミミと呼ばれた少女がこの小さな妖精の主であると理解し、少女に向き直って話を続けた。それに彼女の方が融通が利きそうだ。
「あらあら、まあまあ。それは大変ですわね。さぞかしお困りでしょう」
「み、ミミさま!!!」
「マメル、この方はお困りのようですわよ? わたくしたちは、困っている方やわたくしたちの手を借りたいと願う方の協力をするのでしょう?」
「う、ぐぐぐ……」
 マメルと呼ばれた小さな妖精は言葉を捜して唸っている。必死に主を止めようとしているのだろう。
「それにマメル、涎を垂らしながら言っても全く説得力ありませんわ」
 しかしマメルの思案はミミの一言でスパっと止められた。なるほど、マメルの口元は汚くテカっていた。
「わ、わわわわわわわたくしめは!!」
「うふふふ、よろしくお願いしますわね」
 マメルの言葉も聞かず、ミミと呼ばれた少女はシェラと堅い握手を交わし、結託している。
その様を見てオーマとマメル、男たち二人は目を合わせ肩を竦めたが、しかしオーマの目にはマメルの涎がしかと目視出来、こいつは味方にはなり得ないなと感じた。
 そしてやはりオーマの考えは見事的中し、ほんのニ三分後かにはマメルも嬉しそうにシェラ、ミミと並んで歩いており、楽しげに苺の楽園について語り合っていた。―――― マメルは男としてのプライドよりも苺の誘惑に負けた自分を取ったのだ。

 そこで得た情報によると、ミミとマメルは自らの修行のために人々の手伝いをしているのだという。 
 故郷の村における83の項目に関する出来事を体験し、呪文を唱えることで書物にその出来事を記憶する。映像を本に刻みつけるという課題らしい。
だが途方もない課題の数々に、ミミは付き人である子妖精マメルの意見に従い、他の冒険者に協力を頼むことにしたのだという。
 人様の冒険に付き合って様々な経験をすれば、それこそ「ミミの課題書」の項目をクリアする出来事に遭遇するのではないかと――。
「そこで今、オーマ様とシェラ様にお会いしたのですわ」
「へぇ、課題ねぇ……何か課題をクリア出来るようなことがあればいいんだけどねぇ」
「きっと、何かありますわ」
 自信満々に答えるミミを見ながらオーマは自らの胃筋殲滅ナマ絞りの図が浮かび、再びブルブルと身体を震わせた。



 そうこうしているうちに辿り着いた、一面に広がる苺サンクチュアリ。
「おおおおお」
 真っ先に声を出し、真っ先に駆け寄ったのは始め文句を言っていたマメルだった。
「あらあら、まあまあ。可愛らしい人面苺さんですこと」
 ミミの言葉にギョッとなってマメルがまじまじと苺を見る。確かに苺の表面には顔らしきものがあり ―― とても気持ち悪い。
「う」
 思わずマメルがミミの後ろに隠れるように避難すると、シェラはそんなマメルを笑いながら、マメルに「ほら」と指を指す。
「ここは人面苺だけじゃなく、古今東西の苺が揃う、すとろべりー聖地なのさ」
 なるほど、シェラの指差す方には立て看板がいくつもあり『セレブたち』『まだまだオコチャマ』『幻の深海苺』『苺軍隊』などという文字が見えた。
「よぉし、んじゃあとりあえず中に入って苺グッズ売り場や苺菓子などを見て回るかねえ。料理の参考になるかもだし」
 シェラは元気良く一歩踏み出す。その後ろを、まだまだ「顔面蒼白ガタブルマッチョ画」のままのオーマが引きずられていた。

 だが――。
 そこでオーマの硬直を解く出来事が待っていたのだ。

 というのも、苺狩り園の入り口で休園の札が出ていたからだ。
「ええ!? 休園……?!」
 せっかくここまで来たのにと一同は目を合わせたが、しかし休園の理由についての項目を見た際、先ほどとは違い、驚きで一同再び目を合わせてしまった。
 苺狩り園が休園中なのは最近人面苺の行方不明事件が多発しているためだと書かれていたのだ。そして行方不明者はどれも見事にマッスルラブボディな人面苺たちで、戻った苺はいないとのこと。
「な、なにいい!!?!?」
 説明書きを見た途端に今まで放心状態であったオーマがムクリと蘇るように生気を取り戻した。
 呆気に取られる一同にも構わずオーマは再び立て札を読み返す。―― 特に、マッスルラブボディ云々の箇所に目がいってしまうのを必死に抑えつつだ。
 そして読み返した後、オーマの脳内で急速にとある考えが駆け巡った。
 ―― この侭では聖筋界の苺危機で苺製品が高騰し、しかしそれでも苺を欲するシェラを止めることが出来ず家計は瞬く間に火の車。当然自分は大ピンチ。今度こそナマ絞りでは済まないであろう ―― と。ぶるりと一度大きく震え、オーマは真剣な顔で唸った。
「一大事だ!!! この事件の調査に向かうぞ!!!」
「もちろんだよ」
「ええ、わたくしもご一緒しますわ!」
「……」
 急にやる気を出したオーマに疑問を抱きつつ、マメルは眉間に皺を寄せながら首を傾げたのだった。


 一行は苺園の者から話を聞き、調査を始めた。
苺園の係員を見つけてまずはいつ頃から事件が起きたのかなどと探ろうとしたのだがしかし、その係員が興奮した様子で告げたのだ。「またやられた! 誘拐された!」と。
 リアルタイムで起こってくれた事件に感謝しつつ、西の森の方へ走って行ったという犯人を追いかけて、オーマ・シェラ・ミミ・マメルも急いで後を追う。
 だがしかし、道は行き止まりで近くにあるのは妙に色彩鮮やかな迷宮への入り口だった。
「見るからに怪しいな」
 オーマは入り口を軽く睨みつけて吐き捨てるように言う。だが、シェラは立ち止まることも考えることもせず、スタスタと進んだ。
「早く行くよ」
 シェラは大鎌をギラリと光らせ、考えるようにしていたオーマを促して自ら先頭きって歩み出す。
「売られた喧嘩は買わないとね……」
 などと呟くシェラを見て、正体も分からぬ犯人にブルリと同情の念を送りつつ、オーマはシェラの後に続いた。

 蒼い光がぼんやりと所々に見える不思議な空間はしかし、異様な雰囲気を醸し出す薄気味悪い迷宮だった。
 くねくねと曲がりくねって奥へ奥へと進んでいく。
「何か……音が聞こえないかい?」
 シェラの言葉に一同は耳を澄ます。確かに、歓声の様なものが聞こえるが、いまいち良く分からない。
「人が……たくさんいますわ」
 ミミが瞳を閉じて聞こえてくる音を感知する。
 一同は黙ったまま頷きあって、再び奥を目指した。

 冷たく暗かったはずなのに、進めば進むほど辺りの明るさが増えてきて生ぬるい空気に変わっていく。
 間違いなくこの先に何かがあるのだと一同が息を飲んだ時――。
「……た、たすけてぇ……」
 か細い声が何処かから聞こえ、ハッとなった。
「なんだ、今の声は!?」
 オーマが声を上げると再び「たすけてえ」という声が響く。どうやら岩の向こう側からするようだ。小さな穴を覗き込んでみてもよく見えない。
「マメル、様子を見てきてくださいな」
 ミミの声にマメルがぱああと顔を輝かせた。
「わ、わたくしめの出番ですかな!?」
「ええ。大事な大事な任務ですわ」
 ぱああと輝いたマメルの瞳は零れ落ちそうなくらい大きく広がって、挙句には瞳を涙でいっぱいにさせる。この様子を見ると、彼が活躍したことは今までにないのかもしれないということが分かった。
「おぉぉぉおぅ! ミミ様!!! わたくしめは、生死を賭けた危険な戦いにミミ様の御為……!」
「早くお行きなさいな」
 マメルは己の活躍を誇示したかったようだがミミの一言であっさり切られ、泣く泣く小さな穴に入っていく。それはまるで負け犬が情けなく退却するかのような様であった。
 待つことしばし――。
「た、大変ですぞ!!」
 ヨロヨロと入り込んだ時とは打って変わって高速で飛び出してきたマメルは、慌ててぶつかってしまったオーマに構うことなく、彼の顔にへばりついた。
「中には人面苺たちが捕まっておりました!」
 マメルの言葉によって確信する。人面苺たちを誘拐している犯人の根城はここで間違いないのだと。
「ビンゴだったようだねぇ」
 シェラはニヤリと唇の端を上げて笑った。そして同じくシェラの持つ大鎌もニヤリといったように光ったような気がして、オーマはほんの少し震え上がった。
「よ、よし、とりあえずこのまま先に進もう」
 再び、気を引き締めるように頷きあって一行は光を目指した。
 

「わあああああ」
「いけいけ〜」
「うおおおお〜」


 それまでの薄暗い場所とは一転して、現われたのは目も開けていられぬ程の明るさの中、大勢の人々が中央にいる人面苺たちに何事かを叫んでいた。
 会場の真ん中にあるリングのような場所では人面苺たちが互いを攻撃しあっている。
「まさか……ここは、闇のファイトマッチ賭博場か!?」
 オーマの呟きは大勢の歓声によってかき消されてしまった。
 生死を賭けた闇のファイトマッチ賭博が何処かで行なわれているという噂を聞いたことがあったがこのような場所で、しかも人面苺相手に行なわれていたとは――。
「おい!」
 呆然としていたせいか、前方にいた覆面に声をかけられたが反応が遅れた。
「許可証を見せろ」
 言われた言葉に焦りの色を浮かべた瞬間――。

 白い霧の世界へと思考が飛んだ。


 
 
「……ここは?」
 目覚めたら、そこはタイル張りの小部屋だった。手足を縛られ、身動きが取れない。
「なんてザマだい」
 苛立ちのこもった声が背後から聞こえる。シェラだ。同じように手足を縛られて身動きが取れないようだ。見ると、ミミとマメルも意識を取り戻したようだが状況が把握出来ていないようだった。ただ分かるのは、自分たちが捕まったということのみ。
《ようこそ諸君。私の名前はいちごLove伯爵だ》
 突如部屋の中に音声が流れた。人を小馬鹿にしたような声音、そして名前だ。
《ここで何が行なわれているかは先ほど見てしまったようだが、ちょうど私もこれだけではつまらないと思っていたところでね。そこで都合良く君たち侵入者が訪れたものだから、これはいいと思ったのだよ。どうだろう、私のお願いを聞いてくれないかな?》
 部屋の中に流れた音声が言いたいことを一気に言い切る。こちらの話は聞くつもりもないのだろう。―― 最も、手足を縛られている状況では抵抗も出来ないが。
「お願いったって断る余地ねえじゃねえか!」
 オーマの言葉にマメルが「卑怯であるぞ!」と続ける。
《まあ、見て分かるだろうが私は苺が大好きである。苺たちが私のために真剣に戦い、私のために勝利した勇気ある苺を私が愛でる。ああっ、なんと美しい愛なんだ!!》
 抗議の言葉に構わず男は続けた。しかもその内容は皆が眉を潜めるようなもので。
「……苺マニアにしてはタチが悪いねぇ」
「しかもただの苺マニアさんではありませんわ。変態さんですわよ」
「いや、なんちゅーか……歪んだ愛というか……」
「……ただのアホではないか」
 シェラ、ミミ、オーマ、マメルは次々に思い思いの言葉を告げる。皆で顔を見合わせ、「ふぅ」と、謎の男に哀れみの溜め息を吐いた。
《……フン、凡人には私の崇高な思いは分かるまい》
 男は気分を害する様子もなく淡々と答える。が、フウと一息吐いた後、ガタンとマイクに身体をぶつけたような音が響き、「あー、あー」と告げる男の声が近くなった。マイクに近付いたのだろう。フーフーと鼻息まじりの呼吸が室内に流れる。

《そもそも、私と苺の偉大なる軌跡はだな……》

 部屋に流れる音声はどれ程の時間を掛けてか分からぬ程、様々なことを事細やかに教えてくれた。苺との出会い、苺との初恋、苺とのメモリー等などだ。
時には熱く、時にはしんみりと語られる、いちごLove伯爵の甘く切ない苺ストーリーは四人を感動させることはなく、ただただ疲れさせるだけだった。
一つ良いことと言ったら、充分な時間を与えられたため縛られた手足の縄を漸く外すことが出来たということくらいだろうか。
「……う、うう……わたくしめは何だか気分が悪くなってまいりましたぞ」
 男の熱い苺愛に、マメルはフラフラと頭を抱えながらミミの懐に潜り込む。そんなマメルを横目で見ながら、シェラは腕を組んで大きく息を吐いた。
「とにかく、あんたの望みは何なんだい? てっとり早く終わらせて帰らせて欲しいんだけど」
《おお、そうであった。つまり、貴殿たちには人面苺たちと同じくファイトマッチに出場していただきたい》
「どういうことだ?」
《私も普通の戦いでは飽きてしまってね。苺たちが究極の変形プレイをし、己の身体よりも大きな相手にも怯むことなく果敢に挑む様が見てみたいのだよ。ああ、モチロン『私のために』戦う苺たちのね!!》
 彼にとっては重要なことであるらしい部分を強調て告げられた言葉だったが、シェラはその部分に構うことなく問い返す。
「……つまり、苺たち同士がただ戦うだけでなく、武器やら何やらの小道具となって戦うところが見たいってところかねぇ?」
《その通りだ!》
 シェラの言葉に男は興奮気味に声を張り上げて答えた。当のシェラは自分の言った通りだったことが残念であるというような素振りを見せ、肩を竦めて息を吐いてみせる。 
《君たちには戦いをしてもらうが、攻撃方法は全て苺だ! 苺ソード、苺ステッキ、苺爆弾を使うも良し、苺サマーソルトキックに苺連続拳なども見てみたいなあ……》
 うっとり、といった声を漏らす男に一行は随分冷めた視線で眉を潜めあう。伯爵の趣向は他のものにはどうやっても理解出来ないことだろう。手っ取り早く彼の望みを叶えてやろうと結論付けた。
「んで? 勝者にはそれなりの賞品があるんだろうねえ」
《ああ。優勝した者には特別に、スペシャル苺食材をプレゼントってところかな。ああ、苺料理を楽しんでもらうなどもいいなあ……》
 ギラリ、とシェラの目が光る。
「料理はさせてもらえるのかい?」
《ん? 作ってくれるというのか? それはもちろん、こちらとしてもありがたい》
 シェラの頭の中で瞬時に様々な計算が行われる。―― といっても簡単なことなのだが、つまり、シェラはここで優勝して食材をゲットして、ついでに苺料理の練習でもしようかと思ったのだ。なにぶん家で料理をすると汚れる。それならば少しでもコツを覚えてさっさと手軽に作れるように練習をしてから家での本番に挑もうかと。
「その話、乗った!」 
《では、勝者には苺料理クック権だ!!》
 何とも偉大なプレゼントかのような物言いに、シェラはやる気を込めて「よし」と告げ、ミミは「あらあら、まあまあ」などと呟く。
 そんな中、オーマとマメルはくだらないと深々と溜め息を吐かずにはいられなかった。そして、オーマは更に、絶対に負けられないと心に誓ったのだった。まずいことになったと――。
 
 
 言い渡された組み合わせはミミ対マメル、オーマ対シェラというものだった。
 だがマメルは試合が始まった途端に「ミミ様に歯向かうなど、わたくしめは〜〜〜〜」とおいおい泣き出し、棄権。特に何をしたわけでもなく、ミミは与えられた苺のステッキを嬉しげにフリフリしただけで勝利を得た。
 続いて第二ラウンドのオーマ対シェラだが――。
「フン。悪いけどオーマ、勝たせてもらうよ」
「悪いけど俺も負けるわけにはいかねえ……っ」
 ギリと唇を噛み締め、オーマが返す。
 オーマは必死だった。妻を止めねば胃筋殲滅ナマ絞りが待っている。何としても止めねば恐ろしい地獄が待っているのだ。しかし――。
「はああぁぁっ!」
 シェラは苺鎌を振り回し、オーマ目掛けて飛び掛った。オーマはそれを素早くかわし、シェラとの距離を保つ。ともかく考える時間を、勝つための手段をと必死に考える。
 ―― しかし、相手は愛する妻だ。オーマにはシェラを傷つける ―― もとい、苺まみれにすることは出来ない。それこそ後々どうなるか考えるだけで大胸筋が痙攣を起こしてしまう。
 シェラを傷つける(苺まみれにする)か、シェラに傷つけられる(苺料理で地獄の番犬桃源郷トリップ)かだ。
「くぅっ……俺は……俺にはぁっ、シェラを傷つけるなんて出来ねえ!!!」
「何をぐだぐだ言ってるんだい!」
 シェラの攻撃は緩むことなくオーマを襲う。苺手裏剣やら苺爆竹などまで使われ、オーマは逃げるだけで精一杯だ。身体中は苺だらけで苺の甘い香りが何とも悲しくオーマに圧し掛かってくる。せめてこのまま、苺が苺本来の味を出せるものとして食卓に並んでくれればこんな思いはしなくて済むのに。
「いつまでダラダラ逃げてるつもりだい! 大人しくしな!!」
 シェラはとうとう苛立ちを隠せない様子で、オーマはその恐ろしい形相に思わず姿勢を正して立ち止まってしまった。
 ―― その瞬間、胃筋殲滅ナマ絞りを覚悟した親父は、涙に濡れた顔にシェラの熱い苺鎌攻撃を食らった。
「ぐはっ!!!」
 苺の香り漂う中、オーマはその巨体を地に落とす。その時、今感じた苺の香り、味をしかと心に刻んでおこうと思った。―― この後待ち受ける恐ろしい儀式を思って。

 見事勝利を果たしたシェラは満足げにオーマを見下ろす。オーマはしくしくとリングに蹲っているしか出来なかった。悲しい下僕主夫の性なのだ。
 だがその後真の優勝者を決めるということになって、オーマはハッとなってミミを見た。
 そうだ、ミミが勝てばシェラはクック権を得られない。それにミミはああ見えて実はすごい力を秘めているかもしれない。
「ミミ!!!」
 頼んだぞと、オーマは願いを込めた瞳でミミを見つめた。ミミはうふふと柔らかな笑みを見せる。が、しかし――――。
「わたくしはシェラ様に優勝を譲りますわ、うふふ」
 慈悲の欠片もない言葉にオーマの希望は崩れ去る。がっくりと肩を落として、オーマは死刑台に向かった。


「……」
 そわそわと、シェラの料理を待つ。ミミもマメルも、楽しそうに待っている。
「……」
 知らないから皆は平気でいられるのだ。というか皆にだけ食べさせ、自分は体調が悪いとか何とか言って席を立とうか。
「……あ、俺……」
 ガタリと席を立った時――。
「何処に行くんだい? オーマ」
 背後から掛かった声に「ひい」と情けない声をあげ、オーマは再び席に着いた。
 見れば、シェラは大きな皿になにやらたっぷりと苺ジャムの『ようなもの』をいっぱいかけた『ナニカ』を載せていた。そこからは何故か緑の湯気が出ている。
「あの、シェラさん……ナニカ変な煙が出てますガ」
 オーマの小さな呟きにシェラは「あん? 何だって?」と返す。いや、確かに会場は煩くてよく言葉が聞き取れない。しかしこの状況で凄まれればオーマは何も言えなくなってしまう。
「さあ、シェラ様の特別メニューの出来上がりだよ」
 どんと置かれた皿の上の『ナニカ』と睨み合い、ゴクリと息を呑んだその時――。

「すと〜〜〜〜〜おおぉぉぉ〜っぷ!」

 どこかで聞いたようなナルシスト声が響く。
 見ると、苺の帽子に苺のマント、苺のパンツ姿の奇妙な男が立っていた。たぶん間違いなくいちごLove伯爵その人であろう。
「そのお料理、私がいただこう!! 苺のどんな姿でも、苺のどんな味でも、苺のどんな状況だって、私が全てを知るべきなのだ!!」
 変なポーズをつけて証明を照らした後、伯爵は驚くべき速さで机の上からシェラの料理を取り上げた。
 そして一気にそれを口の中に流し込む。決して他人に一口たりともあげるものかという独占欲丸出しの態度だ。
 ―――― しかし、その苺への熱い思いが己を地獄に導くことも知らずに、とオーマは密かに合掌した。



「NOOOOOOおぉぉぉおぉおおぉぉぉ〜〜〜〜〜!!!!」



 伯爵の悶絶の様は見ていて涙が零れそうになるほどで。
 オーマは見ていられず、その場を逃げるように駆け出した。

 その後シェラをはじめ、皆を無理矢理連れ出して、人面苺たちが囚われていた部屋に向かい、解放する。
 その間中もずっと伯爵の叫びが聞えており、オーマは苺迷宮を出る前にもう一度合掌をし、そっと、迷宮前に自分の家の住所を書いた紙を置いておいた。―― せめて自分の医術が役に立てればと思ったのだ。


 そんなこんなで、見事囚われの苺たちを救い出したオーマたちであったが――――。
 お礼にと貰った苺を見つめ、シェラは顔を引きつらせる。というのも、人面苺たちがそれを『生み出した』からだ。
「はあぁっ……ふんっ!」と力を込めて赤く尖った下部の方からポトリと新しい苺が生み出される様は、決して直視出来る様な光景ではなかった。
 それを見てしまった為か、当初あんなに張り切っていたシェラの苺料理熱が一瞬で冷めてしまったようだ。
「あ〜……あたしはもう料理したしねぇ。それにあの伯爵が涙を流して喜んでくれてたようだし、もういいさ」
「そ、そうか!」
 オーマは胃筋殲滅ナマ絞り危機が回避できたことに喜びを隠せない。だが、すかさずシェラが続ける。
「それともなんだい? オーマもあたしの苺手料理が食べたかったのかい?」
「あ、いや! まあ、ええっとぉ〜、よし! せっかくいただいた苺だし俺が料理をしようかな〜♪」
 フンフンと口笛を吹きながら素知らぬ顔で先行するオーマを見ながら、シェラは「はぁ、ホントに、見るんじゃなかったねぇ……」とぼやきながら、苺の園を見つめた。全ての苺が『あのような』生み出され方をしているわけじゃないと分かっているが、いや、信じたいが、しかししばらくは苺を見たくないかも、などと思いながら。
 地獄行きを免れてご機嫌なオーマと、複雑な表情のシェラはそうして家路に着いた。


 そしてミミはというと――。
 その夜、己の修行の成果を記録する「ミミの課題書」の29項目目『歪んだ愛の悲しみを知れ』が埋まったのを満足そうに眺めた後、眠りに着いたのである。
 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080 / シェラ・シュヴァルツ / 女性 / 29歳 / 特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

NPC
【ミミ】
【マメル】