<PCクエストノベル(4人)>


交差する道〜底無しのヴォー沼

------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】 整理番号 / 名前 / クラス

1800 / シルヴァ / 傭兵
2359 / ストラウス / 情報屋
2606 / ナーディル・K / 吟遊詩人
2829 / ノエミ・ファレール / 異界職
------------------------------------------------------------


 沼の周囲は賑やかだった。
 危険な底無し沼であり危険なところなのだが、その地下にはお宝が眠っているという噂が冒険者を呼び、訪れる腕自慢を相手取っての露店が並ぶ。
 底無しのヴォー沼とは、そういう場所だ。

ナーディル「少し、予想外だったわね」
シルヴァ「話にゃ聞いてたが、露店まで出てるとは思わなかったな」

 とはいえ、賑やかなのはあくまでも沼の周辺だけのこと。

ストラウス「岸に近すぎなければ、迷惑にはなりませんよ」
ノエミ「そうですね」

 一歩間違えれば奈落の闇へと落ちてしまう底無し沼。けれどその下から無事に生還してきたものもいる。また、底無し沼と言ってもどこもかしこもずぶずぶと沈んでしまうわけではない。
 その辺りさえ間違えなければ、問題ない――というより、この四人は観光に来たわけではないのだから、岸付近でうろうろしていてもなんの意味もないのだ。
 かといって、実は、一攫千金狙いでもなかったりする。
 沼に入っていくその一歩手前で、ノエミが深々と頭を下げた。

ノエミ「よろしくお願いします」
ナーディル「こちらこそ、よろしくね」

 礼を欠かさないノエミに好感を抱いて、ナーディルはにこりと楽しげに微笑む。

シルヴァ「修行っつっても真剣勝負だからな。手加減はなしだぜ」
ストラウス「もちろん、私もそのつもりですよ」

 そう。
 彼らの目的は観光でもなければ一攫千金でもなく。ただ、己の腕を磨くことだった。


◆ ◆ ◆


 ――バチャンッ!!

 沼の中ほどで、盛大な水飛沫……というと語弊があるか。泥水の飛沫があがった。

シルヴァ「なかなかやるじゃねえか!」

 シルヴァの隣、少し後方には今回の戦闘でペアを組んでいるストラウス。その正面では、ナーディルとノエミのペアがそれぞれに武器を構えて立っている。
 先ほどの飛沫は、シルヴァが思い切り剣を振り下ろした勢いによるものだ。
 ナーディルは軽やかな体術で飛沫すらも避けきり、シルヴァが剣を振り下ろした直後の隙を狙ってノエミが駆け出す。
 沼だから当然なのだが、足元は不安定だし、下手な走り方をすれば滑って体勢を崩してしまう。そして何より、ここは、底無し沼だ。四人は巧みに沈みにくい場所を選び取って足を下ろしているけれど、ほんの一歩分、読みを間違えれば沼の底に沈むハメになる。

ノエミ「はぁっ!!」

 振り下ろされたばかりのシルヴァの剣を狙って、手にした片手剣を横薙ぎに払う。この体勢ならば、多少腕力で負けていたとしても、そう簡単には受けられない。
 相手の攻撃の直後を狙う――反撃を得意とするノエミは、抜群のタイミングでシルヴァの剣に打ち込んだ。
 いや、打ち込もうとした。
 ガキンッ! と、金属の触れ合う音が晴れた空へと響いて消える。
 ノエミがシルヴァにたどり着くその寸前に、ストラウスが横から割り込んできていたのだ。二つの三日月刀が、ガッチリとノエミの剣を挟み込んで止めていた。
 このまま留まっていては危ない。ノエミはそう考えたけれど、下手に引けば追撃を受ける恐れがある。しっかと踏みしめる大地があるのなら、引いても凌ぐ自身はある。だがひとつ間違えれば身体ごと地の底に沈んでしまうこの場所では、凌ぎきれるかは微妙なところだ。

ナーディル「ノエミさんっ!」

 叫ぶと同時にナーディルは、ストラウスの傍へと回り込んだ。
 シルヴァがナーディルに剣を向けてくるけれど、ナーディルは持ち前のスピードでシルヴァをかわして先へと駆ける。
 ナーディルの短剣がストラウスの肌に触れようかというところで、ストラウスはノエミを抑えることをあっさりと諦めて背後に飛んだ。
 動から静へ。
 沈黙がおり、同時に、ひたひたと鋭く重い緊張感が空気の中へと溶けて満ちる。
 最初は互いに相手の出方を見て。動いたのは、ほとんど同時だった。
 特定の誰かと真っ向から剣を打ち合うことはなく、戦いの知識のない者が見ればまるで秩序のない乱戦のようであったけれど、戦いに慣れた者ならすぐに見抜いたことだろう。
 そこにあるのは無秩序などではなく、策を練り互いに相手の弱点を――言い換えれば、自分の戦いやすい状況に持っていこうとする、均衡のとれた戦いだった。
 何度も過ぎ行く剣戟の音。
 まるで相手を試すかのような――そうして隙を狙いながら、近づいては離れ、また近づく。

ストラウス「……このままでは勝負がつきませんね。シルヴァ様。ノエミ様と真っ向勝負をしていただけますか?」
シルヴァ「俺もその方がいいと思ってんだが……」

 シルヴァの大剣をナディールの短剣で受け止めるのは難しい。しかもナディールは受けるより避けるのを得意とするようで、先ほどから一度もまともに打ち合っていないのだ。
 避けて、相手の攻撃直後の隙を狙って短剣を振るう。
 もちろんシルヴァとストラウスも、相手が短剣を持っているという時点でその戦法はある程度予測していた。だから反撃を避けることはできるのだが、向こうにも避けられてしまうので、なかなかこれといった勝負がつかないのだ。
 一方のノエミは、相手の攻撃を真っ向から受ける防御反撃タイプだ。鍔迫り合いになればこちらの動きも止められてしまうが、同時に、相手の動きも止められる。
 こちらは作戦として膠着状態に持っていこうとしているのだ。お互い同じく一人ずつ動きが取れなくなるのなら、策としてそれをやろうとしている者の方が有利になるのは決まっている。

 ストラウスとシルヴァのペアが戦いの中の一瞬の隙を付きながらそんな作戦を練っていた頃。ノエミとナーディルもまた、このままでは勝負がつかないと考えていた。
 何か、相手の体制を大きく崩す方法を考えねばならない。
 どちらかといえば力押しを主としているけれど、決して速さも捨てていないシルヴァと。戦いの最中でも情報収集を怠らず、状況を利用し策を練ってくるストラウス。
 ペアを組んでいる以上、相方と連携を取るのは当然だけれど、だからこそ。勝負をつけるには、いかにこちらの連携を保ったまま向こうの連携を崩すかが決め手だ。

ノエミ「盾は受け止めるだけのものではないんです」
ナーディル「え?」
ノエミ「私は魔法も扱えますから。反射の魔法をかければ、相手の勢いをそのまま相手に返して吹き飛ばすことができるんです」

 ノエミの発言を聞いて、ナーディルはふと思いついた案を口にする。
 シルヴァはやノエミはまだまだ体力ももつだろうけれど、体力に自信がないと言っていたストラウスはその発言通り、そろそろ疲れが見え始めていたし、ナーディルも持久力はあまりない。
 もう、勝負をつける頃だ。
 二人は頷き合い、そして。
 四人は改めて、向かい合う――。


 突風が、吹いたようだった。
 本当の風ではなく、戦いに駆けるその勢い。
 それが、空気を裂くかのような、一陣の風を生み出すのだ。


 力と速さを備えたシルヴァの剣を受けるのはノエミの盾。
 真正面から剣を止めれば、当然、相手の動きが一瞬止まる。しかも盾は、相手の攻撃を防ぐと同時に、相手にこちらの動きを悟らせにくくする目隠しの役割も担うことができる。
 けれどストラウスもノエミたちの策を黙って見ているわけではない。防御を得意とする者の盾を相手に力押しではどうにもならないかもしれない。だが、腕は二本しかないのだ。
 シルヴァの攻撃を警戒しながらストラウスの攻撃を防ぎきるのは難しいだろう。
 だが一方で、ノエミの盾の影で冷静に相手を見据えるナーディルも、ストラウスの動きには気がついていた。
 少々大げさな動きで剣を振るうシルヴァは囮。ノエミの盾を逆に利用して死角から攻撃してこようとするストラウスに狙いを定める。
 けれど。
 盾は、剣を受け止めたと思った次の瞬間、シルヴァごとその大剣を吹き飛ばした。

シルヴァ「――っ!?」

 声もなく、後方へ飛ぶシルヴァ。
 咄嗟にその身を避けたストラウスは、予想外のことに――盾で押し返すことがあったとしても、それがこれだけの威力を持つとは思わなかったのだろう――思わず背後へ視線を向ける。振り返るというほどではなかったが、それでも、一瞬でも。ノエミとナーディルを視界から外した。
 視線が戻された時。
 ストラウスの前に立っていたのは二人のナーディルと一人のノエミ。
 実は二人のナーディルのうちの片方は魔法で作り出した幻術によるものだが、一目で見破れるようなお粗末なものではない。
 シルヴァが立ち上がる前にと、三人となった二人は武器を手に駆け出した。
 ふっ、と。
 ストラウスの視線が、三人の足元へと向けられる。
 その途端、沼がねっとりと足を捕えるように動き出した。その動きはごく鈍く、抜け出すのは容易だった。だがそのほんの少しの時間を、どう使うか。それでまた、状況の優劣は変わる。
 シルヴァはぬかるんだ地面をものともせずに素早く立ち上がってストラウスの方へと駆け戻る。
 ナーディルとノエミがたどり着くのが先か。
 それとも、シルヴァがたどり着くのが先か。
 実力が拮抗しているだけに、二対一となればそう長くはもたないだろう。
 ぴたりと。二人になったナーディルの片方が立ち止まる。
 ――何かするつもりだということは、誰の目にも明らかだった。
 阻止しようにも、ストラウスが向かうにもシルヴァが向かうにも距離がありすぎた。
 ……音が、流れた。
 竪琴から奏でる音は、それは、ただの音ではない。高く響くその絃の音は、ストラウスとシルヴァの動きを鈍らせた。
 その間に、ノエミと幻のナーディルがストラウスのもとへと走る。
 だがストラウスもただでは起きない。再度大地の砂を――沼の水の中にある砂を操り、こちらも、ノエミの動きを少しなりとも遅らせる。
 シルヴァの剣が、再度、ノエミの盾へと振り下ろされた。
 けれど足元に気を取られていたノエミは今度は、それを真っ向から受けきることができなかった。シルヴァも、真正面から振り下ろしては同じことになるだけと、盾を弾くつもりで渾身の力を込めていたのだ。
 盾が手を離れた――自覚した瞬間、ノエミは素早く剣の切っ先を動かす。
 シルヴァの喉元に。刃の先が突きつけられた。

ノエミ「勝負はつきましたね」

 これが本当の本気の、命の取り合いであったなら。シルヴァはまだ、動いただろう。ストラウスもまだ、策を練っただろう。
 けれど今日のこれは修行。真剣勝負ではあるけれど、相手に怪我を負わせるのは本意ではない――戦闘中の不可抗力の怪我は別として。

ナーディル「やっぱり、長時間の運動は辛いわね」
ストラウス「本職は情報屋ですが……もう少し体力もつけたほうが良さそうですね」

 体力のない二人は頷きあって苦笑した。

シルヴァ「次も勝てると思うなよ」
ノエミ「はい。今回は私が勝ちましたけど、勝負は時の運と言いますし」

 技術や腕に大差がないなら、尚更だ。


 こんなふうにして、ヴォー沼を舞台とした戦闘は終わりを向かえ、四人は機会があったらまた――と言葉を交わして、それぞれの道へと戻っていった。