<PCクエストノベル(1人)>


運命の嘲笑に撃を向け

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

[ 1953 / オーマ・シュヴァルツ / 医者兼ガンナー(ヴァンサー)副業有り ]


【その他登場人物】

[ 機獣 / ??? ]
[ キジン / 機心、あるいは機神 ]

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 いつだってそうだった。
 何かを守り、救おうとするための戦いは、その何かを守れず、救うこともできなかったときの虚無感との戦いでもあった。それはある意味では、実際に対峙することになる強大な敵以上の圧力をもって、目の前に立ち塞がってきた。なぜならその虚無感は、永遠に追い越すことのできない、“自分と全く同じ力”の持ち主だからだ。
 自分が強くなればなるほど、虚無感もその力を増す。その力の重みを支えきれずに肩が砕けてしまうのは、いつのことになるだろうか。




キジン:『――繰リ返ス。直チニ帰着セヨ。直チニ帰着セヨ。コレハ我々ノ総意デアル』

 広々とした銀色の空間に、無機質な擬似音声が響いている。何かの金属であると思われるその銀色は、しかし不規則的に波紋のような揺らぎが表面に起こり、気味が悪いほど生々しく見えた。
 外からは卵状に見えたこの巨大な建造物の内部は、城が丸々収まってしまうのではないかという大きさの空間になっており、その中央には天井まで届いていそうな、銀色の尖塔が建っていた。床や壁には、まちまちな太さのパイプが網目に走っており、まるで血管のように脈動している。
 ただでさえ異常な光景のなかでも、目の前にそびえている尖塔の異常さは際立っていた。遠くから見ただけでは気がつかなかったが、今ならば嫌でも目に入ってくる。
 その尖塔は、機獣たちが瓦礫のように組み合わされ、積み上げられているものだったのだ。

キジン:『――繰リ返ス。直チニ帰着セヨ。直チニ……』


  ×  ×  ×


 都市の景観は、オーマに自身の故郷を連想させた。連想というだけで、実際には全く異なるものだったが、どこか懐かしさのようなものを感じたことは事実だった。

オーマ:「こりゃまた、凄ぇな……とんでもねぇとこに来ちまったか」

 機獣遺跡に肝心の機獣の姿がほとんど見当たらない、という噂を耳にしてから、嫌な予感はしていた。遺跡あさりを生業にしている人間にとっては、凶暴な主のいない間に物色ができて朗報だろうが、その機獣との交友があるオーマにとっては、心配の種がひとつ増えただけだった。
 彼らが職務放棄[ボイコット]をするなどという話も聞いたことはないし……ということで、ボートをくり出して遺跡にまで来てみれば、その噂通り、機獣遺跡のなかには機獣の姿が全く見つからなかった。 誰か腕利きの人間が機獣を壊滅させたにしろ、広い遺跡のなかに機獣の残骸がほとんど転がっていないのは、明らかに不自然である。持ち帰ったところで、この世界にいる普通の人間にとって、機獣の残骸に価値を見出すことは難しいはずなのだから。
 調査をしながら遺跡のなかを歩き回っていると、壁に大きな穴が空いていることに気づいた。その穴の大きさは、機獣のなかでも最大サイズのものが、ゆうゆう通り抜けられる程はあった。
 オーマの記憶が確かならば、以前までここには穴などなかったはずだった。
 しかも、調べてみるとその穴は、『空けられた』というよりも、『元々空いていたものが隠されていた』といったほうがしっくりくる形状をしていた。この世界には存在しない、高レベルなテクノロジーが詰め合わされた遺跡である。これぐらいの仕掛けがあっても、驚くことではないだろう。
 壁一枚を隔てた反対側には、今まで見たことがない部屋があった。
 六角形をした部屋のそれぞれの角と中央には、人間の大人と同じぐらいの高さの、直方体の箱のような装置があった。表面には無数の光の筋が走り、まだ稼動していることが一目で分かった。まずは中央の装置から調べてみようと、部屋の内部へ向けて歩き出してからすぐ、オーマは自分の不注意さに舌打ちした。

オーマ:「ちっ。やっちまった!」

 装置は範囲内に侵入した物体に反応し、自動的に起動するタイプのものだったのだ。
 一瞬で視界が白と青の光に奪われ、上下左右が区別できなくなったかと思えば、次の瞬間には暗い銀色に揺らぐ都市の、道らしき場所の真ん中に立っていた。
 異様な景観だった。全く同じサイズの、各面に四角いくぼみの空いた、銀色の立方体がだんご状に8つずつ縦に連なり、建物のようになっている。その奇妙な建物が、間隔を同じく整然と並んでいるのだ。
 眩しさを感じて顔を上げれば、頭上には空が広がっていた。だがその空は、まるで水色の絵の具一色で塗りたくっただけのように均一に青く、雲ひとつないというのに寒々しさすら感じてしまう。極めつけに、太陽らしき光源がひとつではなかった。8つの光源が環状になって空に浮かんでいたのだ。
 そして、その環の中心にあたる位置に、地上には銀色の卵が建っていた。
 それは卵としか形容できない建造物だった。立方体に敷き詰められた都市のなかで、全体に曲線を帯びたその卵は、ひどくアンバランスな印象がする。
 先程からオーマには気になっていることがあった。足元の道の中央には1本の筋が走っており、そこを青い光が断続的に通っているのだ。道は卵まで一直線に続いており、光もまた、同じ方向を示している。

オーマ:「寄り道せずに来い、ってことか? 俺は素直なイイ子じゃねぇんだけどな」

 しかし、こういった都市では、『不測の事態』に抗する対処方法は、完全に確立されていると考えておいたほうがいいだろう。もしオーマが予測外の行動をしたが最後、容易に聖獣界――いや、聖筋界へ戻れなくなる可能性も大きい。好奇心に従うのは簡単だが、帰り道すら分からない未知の場所で危険を冒すことは、あまり得策ではないだろう。
 そう判断したオーマは、青い光に従って道をまっすぐに歩いて行った。


  ×  ×  ×


キジン:『貴様ハ我々ノ秩序ヲ乱シタ。統制ヲ侵シタノダ』
オーマ:「そんなつもりはねぇよ。仲良しになっただけだろうが」
キジン:『貴様ノ価値デ語ルナ。我々ニオイテソレハ攻撃行動ト同一』
オーマ:「だけどよ、あいつらは嫌な顔してなかったぜ?」
キジン:『ソレガ貴様ノ攻撃ノ成果。ダガ我々ノ統制ガ完璧デナカッタノモ事実。ユエニ貴様ヲ攻撃対象ト認定スルコトハ免除スル。直チニ帰着セヨ。二度ト我々ニ攻撃意思ヲ抱クナ』
オーマ:「いいから、あいつらと話をさせろ! そうすりゃ俺の言ってる意味が――」
キジン:『無駄ダ』

キジン:『負傷個体ハ既ニ再生産段階ニ入ッテイル。記憶媒体ハ初期化済ミダ』

 青い光に従って銀色の卵のなかへと足を踏み入れたオーマは、キジンと名乗る存在と遭遇した。といっても、キジンがどこにいるのか、そもそも物質的に存在するものなのか、それを確かめる術をオーマは持ち合わせていなかった。中央に銀色の尖塔がそびえる、卵の内側の巨大な空間を進んでいくと、突然どこかから声が聞こえてきただけだからだ。
 キジンと名乗る声は、一方的に用件を告げてきた。オーマのした行動の意味、この都市に呼び出した理由、そしてこれからの警告。
 反論など全く意味がなかった。

オーマ:「な、んだと? あいつらをバラバラにしたってのか?」
キジン:『ソノ表現ハ的確デハナイ。攻撃ヲ受ウケタ個体ヲ解体シ修理シテ再生産シテイル』
オーマ:「お前ッ、自分のやったことが分かって……!」

 オーマが語気を荒くしながら一歩踏み出すと、鋭い意識が自分の体に突き刺さっているのを感じた。その攻撃のような意識は、あらゆる方向から感じられる。この卵自体が、オーマに攻撃意識を向けているのだ。さらにもう一歩を足を進ませてから止まり、オーマは目の前の尖塔を睨みつけた。
 あちこちに機獣の姿が見える塔。これが、キジンのいう“再生産”に関係していることは間違いないだろう。このなかにはオーマと交友し、少しだが理解しあったと感じられていた機獣も、ただの残骸として混ぜられているのだ。
 彼らのなかに、オーマと交わした会話の記憶が残っているとは考えづらい。
 この施設を徹底的に破壊し、彼らの残骸を探り当てたところで、それはやはり破壊でしかない。オーマの求めているものとはかけ離れてしまう。視界を覆う大量の機獣の残骸に、オーマはしばし呆然と立ち尽くした。


  ×  ×  ×


キジン:『――繰リ返ス。直チニ帰着セヨ。直チニ帰着セヨ。此レハ我々ノ総意デアル』

 同じ音の羅列ばかりが聞こえている。
 射抜くような攻撃意識は感じなくなったものの、これ以上の会話は無駄だと相手は判断しているらしい。
 オーマはといえば、先程から気になっていることがあった。塔に埋まっている機獣のなかでも、まだ稼動を停止していないものは、かつて“眼”に相当していた部分が、規則的に明滅していた。そのなかにひとつだけ、不規則な明滅をくり返す光があったのだ。まるで、オーマの注意を引こうとしているかのように。
 それに気づいたときには、オーマは足を動かしていた。途端に体中に突き刺さる攻撃意識が、脳に警告を鳴り響かせる。ある意味では、どんなに鋭い槍の一閃よりも、内臓を抉られるような攻撃だった。

キジン:『止マレ。ソレ以上接近スレバ攻撃ノ意思明確ト判断スル』
オーマ:「うるせぇよ。もうちょっと近くで見させろってだけだろうが」

 その機獣には見覚えがあった。個性には乏しい機獣だが、オーマは親しくなった相手の風貌を忘れることはない。最初に会話を交わし、共にウォズと戦ったこともある機獣だ。

オーマ:「こいつ……俺のことを覚えてんのか?」

 呟きには知らず知らずのうちに、期待がこもっていた。
 そして、機獣はそれに応えた。明滅のタイミングが一瞬変化したのだ。オーマは暗雲のように翳っていた心が晴れていくのを感じた。オーマはその機獣へ手を伸ばした。冷たいが、指が覚えている冷たさだった。

キジン:『直チニソノ場ヲ離レロ。サモナケレバ攻撃ヲ開始ス――』
オーマ:「こいつは連れて帰らせてもらうぜ」
キジン:『何ノツモリダ』
オーマ:「友人を連れ帰るだけだ、文句はいわせねぇ。やりたいなら来いよ。……だがな」

 いつの間にかオーマの左手には、ただでさえ大きな身の丈を、さらに上回る大きさの銃器が握られていた。それは銃器というよりも、兵器と呼んだほうがふさわしいかもしれない。オーマの想いに応える具現銃器は、挑発的で威圧的な光を放ち、銃口は卵の内壁へと向けられていた。
 オーマは唇に笑みを浮かべながら、朗々と言い放った。

オーマ:「お前らも無事じゃ済まさせねぇぜ」
キジン:『…………』

 無言を許可の意思だと判断し、オーマは機獣を塔から引き剥がすべく、作業に取りかかった。あちこちの部品が他の残骸と絡みついていたが、それらを解いて機獣を分離させることは、それほど難しいことではなかった。
 分離できた機獣は、多くの部品が失われ、音声を発することもできなくなってしまっていた。だが背中に担いで帰るには程よいサイズでもあり、そういう意味では都合がよかった。チューブを体に巻きつけて、背中から機獣がずり落ちないように固定してから、尖塔に背を向けて歩き出す。
 空間の隅にある、機獣遺跡にあった装置と同じものが、色とりどりの光を帯び始めた。

オーマ:「邪魔したな。今度は酒でも持って来るからよ」

 青と白の光に目も耳も遮られ、言葉が届いたかどうかは分からなかった。


  × × ×


 機獣遺跡の真上に浮いた小さなボート。
 青と白の入り混じる空の下、機獣を担いだ姿勢のまま、気づけばオーマはボートの上に立っていた。
 バランスを崩しそうになり、慌ててボートの底面に座りこむ。微風にかき乱される海の下には、変わらぬ姿の機獣遺跡が鈍い光を放っていた。

オーマ:「今度からここに来るときは、あいつらの恨みを買って、苦労しそうだな」

 誰にともなく苦言をこぼす。顔を後ろに向けてみたが、背中に担いだままの友人が、同情してくれている様子はない。

オーマ:「さぁて、帰るとするか。住みやすい家じゃないかもしれねぇが、勘弁しろよ」

 行きよりも少し重たくなったボートは、ゆっくりと海面を滑り始めた。





◇ライター通信
 この度は発注をして頂いて、誠にありがとうございます。
 これが私のOMCでの最初の商品となりました。
 執筆の機会を与えて下さったことに、本当に感謝しております。
 ご期待に沿えていたならば、これほど嬉しいことは他にございません。
 それでは、この辺りで失礼させて頂きます。
 またのご縁がございますことを。