<PCゲームノベル・櫻ノ夢>
夢の通い路、桜遊戯
●夢の始まり
白い霞のかかったような道をいつの間にか歩いていた。
どこか、桜の香りがするような気がした。
「やあ、どうしたんだい……? こんなところで」
バスケットを持った人影が、霞の中にふっと現れたように見えた。青年のようだが、どこかぼんやりして掴み所がない。
「そちらも桜を見に行くのかい?」
……桜。
そうだったかな、と考え込む。
いや、と思いなおす。少し時期が外れているような気もした。
「いや、私の家の近くには桜はなくてね……こんなところまで花見にね。時期もちょっと外れてるし。そちらもそうなのかと思って」
ほら、手に、お弁当があるから……と、示されて、ようやく自分も弁当の包みを持っていることに気がついた。何故こんなことを忘れてしまっていたかと思えば。
「夢だからね」
と、まだどこか輪郭のぼんやりした人影は言った。
そうか、夢だから……桜を見たいと思って、でももう時期外れだったから。代わりにアンティークショップで買った桜色の茶器で、おまけにもらった桜のお茶を飲んだんだっけ。
それでそのまま寝たから、桜の香りがするのだ。だから、こんな夢を見ている。
「もうじき……辺り一面の桜が見える」
人影が指し示すと、霞の色が、ほのかに桜色に色づいたような気がした。
気がつくと、周囲の人影が増えている……
と、そのとき。
「でも、簡単にはたどり着けないよ」
人影が嘲笑うように言った。その姿がはっきりとする。英国紳士風の服を着た、金髪の青年だった。桜には似つかわしくはないかもしれない。
「私はこの桜を楽しみにしてきたんだ。穴場のつもりだったからね、誰かと同席するとは思ってなかった。現実の花見にも、場所取りがあるって言うじゃないか。桜を見る良い場所を賭けて、ゲームをしないかい?」
嫌だと言っても、あちらは聞かないつもりのようだった。
行く道の先に亀裂が走る。そんな芸当もできるような者であるらしい。
亀裂はみるみるうちに広がって、普通に跳んだくらいでは渡れなくなる。
亀裂の底からは、太い豆の蔓のようなものがみっちりと壁のように絡まりあい、天高くまで伸びていく。左右の先は霞んでいてよく見えない。
「ここは夢の中だからね、何でもできるし、何もできない」
蔓の壁の真ん中に、扉が現れた。
「扉の中は迷路になっているよ。夢の中だからね、奥行きは関係がない。でも、中に入って、最初の十字路を右に折れて、次の角を左に折れ、行き当たったT字路でもう一度左に折れる。そのまま道なりに進んで、三つ目の扉を開け……中にいる門番の三つ首の犬を倒して奥の扉を開ければ、外に出られる。向こう側にね」
ゲームと言いながら、道順を教えてくれる。信じられるものかどうかはわからないが。
「もしも迷路で迷子になったら、花見はできない。抜けてきた速さによって、場所を賭けよう。普通に私の言ったとおりに進んだら、早足で十分ほどかかる。君が五分以内で抜けて桜に辿りつけたら、私の知っている最高の場所に案内しよう。そこを譲るよ。八分以内なら、そこで同席しようじゃないか。十分以内なら、及第だね……二番目に良い眺めの場所を教えよう。十五分以内だと……うーん、まあ仕方がないかな。三番目の場所を教えよう。それより長かったら……私に近づかないで、自分で場所を選んで決めるのだね」
青年は微笑んで、さあ、と促した。
●金色の夢の法則
周りの霧が緩やかに晴れると、青年以外に二人の姿が確認できた。
二人とも金の髪だ。自分の髪も、やはり金色だ。こうなると髪の色で区別するのはナンセンスだろう。だが、瞳の色も緑が二人、青が二人だ。二人が男性で、二人が女性。どうもアリュセには、自分が一番歳若いように思えた。
金の三つ編みを揺らして、もう一人の青年がゲームを持ちかけてきた青年に問いかけた。
「これを突破せずして、桜を見ることは叶わんか……こんなゲームに参加させるのだから、名前くらいは訊ねても良いだろう」
「私かい? 魔術師とかゲームマスターと呼ばれることが多いかな」
名前を訊ねられたけれど、それははぐらかしたようだ。ゲームマスターというのは、当然本当の名前ではないだろう。問いかけたほうの青年はやはり納得いかない様子で、その気持ちを察したかのように、ゲームマスターはにやりと笑った。
「ゲームは今からだ。向こうで待ってるよ。向こうで会えたら、教えてあげよう」
そうして、彼の体はそこには何もないかのように、蔦の壁を潜り抜けた。
アリュセは、それをじっと見つめていた。通り抜ける様子を目で追いながら、考え込む。
ゲームは開始してしまったらしい。もたもたしているわけにはいかないだろう。同じことを残されたもう一人の青年も思ったようで、目の前の扉に手をかけようとしていた。
「ちょっと待って!」
アリュセはそこではっとして、青年の手を静止する。
「あなたは?」
青年は軽く振り返って、今度はアリュセの名を問うた。
「私はアリュセ。私、少し考えてることがあるから……この扉、私に開けさせてもらえないかしら?」
日傘を差したアリュセは、その日傘の影から青年を見つめた。
「構わないが、手早くな。もう時間が過ぎていっている」
「ええ、大丈夫よ」
青年がアリュセと位置を入れ替わると、青年は後ろにアリュセよりは年長の少女を見つけたようだった。見つけたというのは、正しくなかろうか。アリュセより少し年長に見える少女は、少し不機嫌そうな顔で、ずっとそこにいたのだから。
「あなたは?」
青年は彼女にも名を問うた。
「マリオン・エジスフォードと申しますの……あなたは?」
マリオンの少し苛立ちを滲ませた声に、青年はふむと答えながら。
「私はフィセル・クゥ・レイシズ」
そう名乗った。
そのやり取りを背中で聞きながら、アリュセは心の中で迷路の様子を思い浮かべながら、ゆっくりと扉を開ける。
「やっぱり!」
そして念じていた通りの風景が広がると、アリュセは自分の考えに確信を抱いた。
「ごめんなさい、先に行きますね」
そして傘を差したまま、中へと入る。地面を蹴り、アリュセの体がふわりと飛ぶ。
それを追うようにフィセルも中に踏み込んだようだったが、もうアリュセの体は天井と迷路の隙間をくぐるように飛行していた。ホリィ・アンブレラと自分の体をまっすぐにしては通れないくらいの幅だったが、少し傾ければ通ることができるようだ。
「ここは夢の中だから――」
追ってきて、そして驚いて足を止めたフィセルに、半ば言い訳のようにアリュセは言った。
「ゲームマスターの彼の夢であると同時に、私たちの夢でもあるから。この世界で強く望んだものは、現実になるのだと思うわ。私が望んだから、迷路はこうなったのだと思うの」
迷路そのものは、ゲームマスターの作ったもの。だが、それに干渉することもできるらしい。
「わたくしたちもまいりましょう」
マリオンの声がした。
アリュセは二人を置いてきてしまったことに少し良心の咎めを感じたが、マリオンのきりりとした声が聞こえて、少しほっとした。そのまま先に進む。
下を見下ろしながら、アリュセはふわふわとまっすぐに進んだ。
「上手く私を出口につれて行ってね……」
そう呟きながら。
すべてが思い通りになるのなら、あっという間に出口まで着けそうなものだったが、残念ながらそうはいかなかった。ホリィ・アンブレラに任せきりではダメで、自分で方向は見定めなくてはならなかったらしい。これはアリュセの夢であるのだから、アリュセが決めなくてはならなかったということだろう。ホリィ・アンブレラはそこまで助けてはくれず、アリュセの無意識の力もそこまでは夢に干渉はできなかったようだ。
ただ、アリュセの前に障害はなかったし、壁を蹴って加速するのも方向転換も容易だったので。夢に力を加えるには、はっきりと意識する必要がある……と気が付いた時点でも、アリュセはぎりぎりながら最短時間内にその迷路を突破できそうではあった。
まあ、概ねの方向は、青年のヒントから汲み取れるだろう。左方向だ。上を飛んで行っていれば、通路がどうなっているのか、部屋があればその中はどうなっているのかわかる。それで概ねこの辺りという方向で三つ首の犬を探せば、そこが出口のはずだった。
少しロスしながらも、アリュセは三つ首の犬のいる部屋を見つけた。その広い部屋の向こうに、重厚な扉がある。あれが多分ゴールだと、その部屋に舞い降りる。
犬は侵入者に唸りをあげ、威嚇してくる。迂闊に近づけば腕の一本も噛み千切られそうな大きさの番犬に向かって、アリュセは微笑みかけた。
「大人しくしていてね……」
そして柔らかな声で、子守唄を歌いだす。
だんだん番犬の表情が緩んでいき……そして、その場に伏せる。
歌は止めぬままにそっと歩み寄り、通り過ぎる。
アリュセは扉の前に立つと、迷わずにそれを押し開けた。
「まあ」
思わず、感嘆の呟きが漏れた。
●桜さくら
圧倒的なまでの薄紅の花が視界を埋め尽くす。
時を巻き戻して、そこは春の盛りだった。
いや、もしかしたらそこは一年中春なのかもしれなかった。夢の中なのだから。
初めてその場所を見る衝撃も加えて、そこだけでもう十分に最高に美しい風景に思える。
アリュセは圧倒的な桜色の空気を深呼吸すると、前に踏み出した。後ろで自然に扉が閉まる。
改めて辺りを見回すと、横手に生えていた桜の樹の下で、ゲームマスターが手を振っていた。
「こっちだよ」
アリュセはそこへと近づくと、青年を覗きこんだ。
「間に合いましたか?」
近づいてみると、座っている青年の前には、大きめの砂時計がいくつか並んでいた。一番小さな一つが、今落ち切ろうとしていた。
「ぎりぎりだけど、五分以内だ。優秀だね……ずいぶん賢いお嬢さんだ」
「ありがとう」
アリュセが褒め言葉には素直に礼を述べると、青年は立ち上がろうとした。
「それじゃあ先に一番いい場所に案内しようかな」
「あ、あとでいいです……ていうか」
アリュセはにこっと微笑んで。
「一緒にお花見しましょう? どんなにいい場所でも、一人だと寂しいわ」
「……そうかい? でもこれはゲームだからなあ」
ゲームマスターは少し考えながら、じゃあこうしよう、と座りなおして提案した。
「みんな八分以内なら、一番の場所でみんなで花見をしよう。十分以内なら二番目の場所で、みんなで。私は一応君に負けてるから、二番目の場所まではお付き合いするよ。それ以上遅かったら、私は二番目の場所に行く。他の人には合わせた場所を教えよう。君がどこに行くかは自由にするといい」
「わかったわ」
「座るといいよ……もう、来るだろうけれど」
「ええ」
アリュセが青年の隣に腰を降ろして、扉のあるほうを見やった時……
ちょうど扉が再び開くところだった。
扉から、二人の姿が出てくる。二人とも桜に圧倒されながらも、すぐに気がついて、こちらへと近づいてきた。
「着いたね」
ゲームマスターは朗らかに言った。
「着いたな。じゃあ、約束だから名前を教えてくれるか?」
フィセルは結果を問うより先に、青年の名前を再度問うた。
「約束だからね。私はサアド・ハッダード。最近はあんまり、この名で呼ばれたことはないけどね」
わずかに皮肉気な笑みを浮かべて、ゲームマスターは名を名乗った。
だがフィセルはあまり気にすることもなく、次を促す。
「では、サアド。結果は?」
「このお嬢さんは、ぎりぎり五分を切ったよ」
そう言って、サアドはアリュセを示した。
「それでは、彼女が一番良い場所に行くんだな」
「……と、思ったんだけどね」
サアドの言葉に、フィセルが何故と問おうとする。だが、それは先回りしてアリュセが答えた。
「せっかくのお花見ですもの、みんなで楽しみましょう?」
「そういうことらしいよ」
アリュセがそう言うのなら、フィセルに異論はなかったようだ。マリオンも、どこか不満気ながら異論を申し立てることはなかった。
サアドが立ち上がり、そしてアリュセもふわりと跳ぶように樹の根を離れる。
「案内しよう」
再び視界に靄がかかる。
だが数歩歩くと、その靄は晴れた。そしてまた、見事な一面の桜が広がる。
地形は変わっているようだった。なだらかな丘陵に桜色が満たされている。遠い緑が、草色が、なお鮮やかに見えた。
あるいは、時さえも変わっているようだった。
先ほどは満開ではあったけれど、散ってはいなかった桜が、はらはらと散っている。
「これは見事だ」
「だろう? 桜は散りゆく様が一番美しいね」
「あの丘で、お弁当をいただきましょう」
アリュセは嬉しくなって、丘を指した。
お弁当のサンドイッチは食べきれないほどバスケットに入っていた。デザートは桜のクリームのマカロンだ。飲み物に紅茶もある。
「お一つどうぞ」
「……ありがとう」
桜の舞い散る、緩やかな時が流れていく中。
サアドにもマリオンにもフィセルにもおすそ分けしても、まだまだ余っていた。おなかがいっぱいになるまで、ゆっくりと楽しめるだろう。
「皆さん、お疲れ様ですね……でも、こんな桜が見られて、嬉しいわ」
はらはらと舞う桜の花弁。
「また来年も見られるかしら……?」
サアドに小首をかしげるように、問うてみる。夢の中だからこそ……ここに来るまでの道程は憶えていない。
「もちろん、君が望むならば――」
望むままになる夢ならば――
きっと望む限り、この桜を愛で続けられるだろうと。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3280 / アリュセ / 女性 / 15歳 / 具象心霊】
【1378 / フィセル・クゥ・レイシズ / 男性 / 22歳 / 魔法剣士】
【0984 / マリオン・エジスフォード / 女性 / 18歳 / お嬢様】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございました。奇しくも皆さん、ソーン在住でいらっしゃる……夢の世界の話には、ソーンの方が馴染みやすかったのでしょうか。
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