<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


あやしてあげて

 白山羊亭の前で、人が集まってざわざわしている。
「………?」
 ルディアは急いで様子を見に行った。
 人ごみをかきわける。そして、そこで信じられないものを見た――

「あ、赤ん坊……!?」

 かごの中に入った、年のころ一歳にもなっていなさそうな赤ん坊――

「の、ぬいぐるみ……」

 ルディアはまるで本物の赤ん坊そっくりのぬいぐるみを持ち上げた。
 と、
 ぬいぐるみの口が、くわっと開いた。
「きゃっ!」
 思わず取り落とすと、ぬいぐるみは赤ん坊らしからぬ「きしゃー!」という奇声をあげた。
「………………」
 ルディアはおそるおそる、ぬいぐるみが入っていたかごを見る。

『あやしてあげてください』

 ぬいぐるみは触るたびに、くわっと口を開き、「きしゃー!」と奇声をあげる。
「どうしろって言うのよーーー!?」
 青い空に向かって、看板娘は嘆きの声をあげた。

     **********

「どうしたよ?」
 まっさきに現れたのは、見慣れない『スーツ』姿の大男だった。
 オーマ・シュヴァルツ。いつもの服ではないのは、何かの用帰りだからだろうか。周囲の人ごみをかきわけてルディアのところまでやってくる。
「あ、オーマさん」
 ルディアは赤ん坊型ぬいぐるみを差し出して説明する。
 オーマは――
 ぬいぐるみを見て、ほわわん、と表情をゆるませた。
「娘が生まれたときを思い出すねえ……」
 よっしゃ任せろとオーマはしゃがみこみ、ルディアからぬいぐるみを受け取った。
「きしゃー!」
「おお、よちよち」
 奇声にも負けず、オーマはほわわんと表情をゆるませたままで、首にかけていたアクセサリーを危なくないようにとはずし、ぬいぐるみを調べ始めた。
 ぬいぐるみは、さわり心地がぬいぐるみである。体温はない。脈もない。
 しかし、「きしゃー!」と泣く。
 服を脱がせようとしたら、「きしゃー!」と泣いた。
 泣かれるたびにほわわんと表情を崩しながら、オーマは性別をたしかめた。
 ――女の子のようだ。
「ああ……ますます娘が生まれたときのことを思い出すねえ」
 自分の娘は「きしゃー!」とは泣かなかったが……。
 とそのとき、「ごめんよ」と人ごみをかきわけてまたもや大柄な男がやってきた。
「よお、オーマじゃねえか。今日はいつもと違うかっこして……何だそのぬいぐるみ?」
「お、トゥルース」
 顔馴染みのトゥルース・トゥースに、オーマははっと顔を向けて、
「葉巻消せ! ここに赤ん坊がいる……!」
「へ?」
「ぬいぐるみだが泣きもすりゃ噛み付きもする、立派な赤ん坊だ! 煙草は厳禁だ!」
「そ、そうか?」
 ――話を詳しく聞いて、ようやくトゥルースも渋々葉巻を消した。
「口寂しいねえ……」
「飴でも舐めるか?」
 どこからとりだしたのか、さっとオーマが飴玉をトゥルースに差し出した。
 トゥルースは大人しくそれを受け取った。口に放り込み、
「赤ん坊のぬいぐるみなあ……ぬいぐるみったって、お前さんが言うとおり泣きもすれば噛み付きもする。ぬいぐるみだろうが何だろうが、こいつは生きてるってわけだ」
「ああ、その通り」
「なんでできてるかなんて、この世界じゃさほど問題じゃあるまい? そんなわけで、放っておくわけにゃあいかん」
「あの……」
 人ごみをかきわけて、さらに二人の少女が姿を現した。
「さきほどから……何事だろうか?」
「……変な……声が……聞こえる」
「よっまた顔馴染みじゃねえか。お前さんらもやってけ、将来のために!」
 ――こうして、アレスディア・ヴォルフリートと千獣(せんじゅ)も、子供あやしに付き合うこととなった。

「う、む……赤ん坊の、人形……しかしながら、泣きもするし、噛み付きもする……」
 銀の髪のアレスディアは、オーマがあやすぬいぐるみを見ながらうなった。
「まあ、泣くのもよし、噛み付くのもよしではあるが……この子はいったい、どなたの子なのだろうか」
「まったくだ」
 トゥルースがうなずいた。「どこのどいつがどういう理由でここにおいていったか知りてえもんだ。理由によっちゃげんこ一発な」
「ぼ、暴力はともかく、この子供は意思を持っている様子。それをこのように放っておくとは、何とも」
「赤ん、坊……?」
 黒髪の千獣がちょこんと首をかしげる。
「親、が、いる……?」
「いや、親が知れるとは限らぬ。まずは、この子の面倒を看ねばな」
「きしゃー!」
 オーマが抱いている赤ん坊が、奇声を発した。
「マチョー!」
 オーマはほわわんとした顔でそう返した。
 ずざざっと他のメンバーが引く。
「かわいいぜこの子。首すわってるから抱っこしやすい。ほら、お前さんらも抱いてみろや」
 オーマがアレスディアや千獣に渡そうとしたそのとき、
 赤ん坊がくわっと口を開いてオーマの手に噛み付いた。
 オーマはほわわんと表情をゆるめて、
「ナイスラブマッチョ攻撃めv」
 と何の問題にもしなかった。
「な、泣くのは赤ん坊故仕方ない。噛み付くのも、悪意あって噛み付くわけではないだろう、少々のことは仕方ない」
 アレスディアが赤ん坊を受け取ろうとする。
「まあ、多少のことならあ、噛み付かれたとて騒がぬ。こちらが騒げば赤ん坊はもっと不安になる――」

「きしゃー!」

 受け取った瞬間に奇声をあげられて、アレスディアは危うく赤ん坊を落としそうになった。
 実際に手元で泣かれると――なかなかに怖い。
 おっと、とオーマがうまく抱きとめて、
「だめだぜアレスディア。将来のために赤ん坊はうまくあやせるようになっておかなきゃな」
「しょ、将来……」
 アレスディアは頬を染めた。
「きしゃー!」
 と赤ん坊が騒ぐのを、
「マチョー!」
 で返し、
「さ、もう一回だ、アレスディア」
 オーマはアレスディアに再度赤ん坊を渡そうとした。
 赤ん坊は、早速アレスディアに噛み付こうとした。
 ご丁寧なことに、赤ん坊の歯はぬいぐるみ素材の中に何か硬いものを入れてある。噛み付かれると多少の痛みが走る。
「赤ん坊に不安を与えぬこと、安心して身を任せてもよいのだと知ってもらうことが肝要。ふむ……しかしよくできた赤ん坊だ」
 きしゃーきしゃーと泣く赤ん坊をゆっくり揺らしながら、アレスディアはじっとそのつぶらな瞳を見つめた。
「遠くから見たら本物にも間違えそうだな。作った者はよほどの人形師に違いない」
「人形師って言うとろくな思い出がねえなあ……」
 オーマが遠くを見る。
 と、アレスディアの腕の中から、ぬいぐるみが動いて逃れようとした。
「!!」
 オーマがとっさに受けとめる。
「か、体ごと動けるのかこいつは……!」
 さすがのオーマも愕然としたとき、アレスディアがこほんと咳払いをして、
「ど、どのような事態でもこちらはあくまで落ち着いて対処……」
「大した赤ん坊だなあ」
 トゥルースが飴玉を舐めたまましげしげとオーマの腕の中の赤ん坊を見る。
 オーマはうむとひとつうなずいて、
「アレスディアの言う通りだ。冷静に対処しなきゃな。――千獣、お前さんも抱くか?」
「私……も……」
 千獣は大人しくぬいぐるみを受け取った。
 きしゃー! 攻撃にも、彼女は動じなかった。
 噛み付かれても、平然としていた。
 ただ、じっと腕の中の赤ん坊を見下ろして、
「……私が……噛み付く、と、したら……おなか、空いた、とき……とか……あとは、怖い、とき、かな……この子は、どう……なん、だろう……?」 
「赤ん坊が泣くとなると……」
 横からアレスディアがのぞきこんで、「おむつを換えてほしいとか、おなかがすいたとか……あとは……寂しい……だとか、その辺りだと思うのだが……」
「触った、だけ、で……噛み付こう、と……する、なら……怖い、のかな……?」
 千獣はいつになく優しげな顔をした。
「そう、だったら……この、子が……落ち着く……まで、抱っこ、する、だけ……に、しとく……」
「千獣、中々抱くのが上手じゃねえか」
 オーマに言われて、千獣はきょとんとオーマを見た。
「……そう……?」
 きしゃー! と腕の中で赤ん坊が泣く。
 くわっと口を開けて、千獣の腕に噛み付く。
 千獣はどこまでも冷静だった。
「噛み付く、のは、別に、いい……平気……ただ、この子を、怖、がらせ、ない、ように、気を、つける」
「千獣殿……」
 アレスディアもつられて優しい顔つきになり、横からそっとぬいぐるみの頬に手をそえる。
 やわらかい感触がした。
 きしゃー! と泣き声がして、アレスディアの手は噛み付かれた。

「よっし。俺様は獅子になってみせるかな」
 オーマが気合を入れて、ぼわんと変貌した。
 赤ん坊が乗せられるサイズのミニ銀獅子へ。
 やわらかい毛並みは銀獅子も同じだ。赤ん坊が喜ぶかもしれない。
『背に乗せてくれや』
「オーマ殿、お気をつけて」
 アレスディアに促されて、千獣がそっと獅子オーマの背に赤ん坊を乗せる。
『飛ぶのは危ねえな。歩いていくか』
 オーマはそうつぶやいて、とことこと天使の広場にまで歩いていく。
 サポーターに人面霊魂軍団も呼び、天使の広場まで行くと、
『そおれ追いかけっこだ』
 赤ん坊を背に乗せたまま、人面霊魂を後ろから追いかけた。
 赤ん坊のよだれが獅子の毛並みを汚していく。
 しかしそんなことは平気だった。
「きしゃー!」
『ん? ん? 何がしたい?』
「あ、オーマ殿!」
 アレスディアが声をあげる。
 千獣がぱっと飛び出して、オーマの背から降りようと――落ちようとしていた赤ん坊を受け止めた。
『うおおっ! 俺様としたことが……っ!』
 オーマは『大丈夫か大丈夫か』と赤ん坊に必死に声をかける。
「大丈夫そうだぜ、オーマよ」
 トゥルースが安心させるように赤ん坊の様子を見ながら言った。
『背から降りたかったのか。降りて自分で追いかけっこしたかったか?』
「そうかもしれねえなあ」
『よし、霊魂軍団、行け!』
 ぬいぐるみは、驚いたことによちよち歩きをした。
 そして、一生懸命低空飛行をする霊魂軍団を追いかけた。よちよちと。
『か、かわいい……vvv』
 その姿にラブズキュンのオーマ。ハートマークを散らしてじっと視線で追いかける。
『娘が初めて歩いたときのことを思い出すぜ……』
「そういやお前さん子供いたんだっけなあ」
 トゥルースが声をかける。飴玉がなくなって口寂しく、動きがせわしない。
『おう、いるぜーかわいいかわいい娘がv 今でもかわいいが、赤ん坊の頃もかわいかった……vvv』
 赤ん坊はただいま、追いかけられる側になって、よちよちと一生懸命霊魂軍団から逃げている。
 もちろん霊魂軍団は簡単に捕まえたりはしない。ゆっくりゆっくり飛行して追いかけ、そしてある一瞬にとんと背中を叩く。
「きしゃー!」
 赤ん坊は泣いた。
『ああ、よしよし』
 獅子オーマがすかさず飛んでいって柔らかい毛並みで頬ずりをした。
「きしゃー!」
 かぷっ
 オーマはそのまま、噛み付かれた。

「この赤ん坊はミルクは飲むのだろうか?」
 アレスディアが腕にぬいぐるみを抱きながらふと言い出す。
「おなかが空いているのなら……飲ませてやらねば……」
 獅子から元に戻ったオーマ、
「おう! ミルク作りなら任せろよ!」
 腹黒商店街マッハ筋デリバリーで材料、道具を揃え、あっという間にミルクを用意。
「お前らミルクの飲ませ方知ってっか? こうやってだな――」
 唯一の子持ちであるオーマが、残りの三人に懇切丁寧にミルクの飲ませ方を教える。
 アレスディアがおそるおそるミルクの口を赤ん坊にくわえさせた。

 ――飲んだ。

「ど、どこからどこへ入っていきやがるんだ……?」
 トゥルースがぞっとしたようにうめく。
「まさか出すもんもあるのか? おい」
「赤ん坊だ! それぐらいで驚くな」
 オーマは嬉しそうだった。「おむつの替えも腹黒商店街マッハ筋デリバリーするからな。安心してしろよv」
「しろよってあんた……」
「他に赤ん坊をあやすとなると、どうすればよいのだろうか?」
 アレスディアがミルクを少しずつ飲ませながらオーマに尋ねる。
 トゥルースがつぶやいた。
「俺も結構な年を生きてきたが、赤ん坊だけは縁がねぇ。あやすっても見様見真似でしかねえが、あれか? 『高い高い』とか『いないいないばぁ』とかか?」
 そしてしばらく沈黙した。どうやら自分の中で自分がそれをやっている場面を想像しているらしい。
「……うーむ……まぁ、仕方ねえ、なあ……」
 トゥルースは、アレスディアの腕の中の赤ん坊に向かって、顔を隠した。
「いないいない〜」
 そして、ばっと手を開く。
「ばあ」

 きしゃーーー!!!

 今までにない泣き声をあげられた。
「………」
 トゥルースは背後に影を背負った。いかんせん、彼はいかつい親父である。
「い、いや、負けてはいけない。高い高いはどうだろうか?」
 アレスディアが慌てて励ました。
 トゥルースの腕の中に赤ん坊が移る。それだけで赤ん坊がきしゃーきしゃーと今までにない暴れっぷりを見せたが、トゥルースは頑張った。
 赤ん坊の両脇下をつかんで、
「高い高ーい」
 空へと持ち上げる。

 きしゃーーーーーーー!!!

 ……ものすごい声をあげられた。
「………………」
 トゥルースは黙って赤ん坊をオーマに渡し、遠くを見てたそがれた。
「まあまあ。負けんなって」
 オーマは軽く笑って励ました。そして、
「言葉は分かってるみたいだな。皆で子守唄歌ってみっか?」
「……子守、唄……?」
 千獣がちょこんと小首をかしげる。
「ああ、知らないか? ええとな、ららら〜ららららららららら〜♪」
「ああ、その唄ならば私も歌える」
「俺も……歌っていいならな……」
 トゥルースは軽く自虐が入ってしまった。
「皆で歌ったほうがいいに決まってるだろうがよ?」
 オーマはぽんぽんとトゥルースの肩を叩いて、
 さん、はいっ
「ららら〜♪ らららら、ららららら〜♪」
 おかしな四人組の合唱が始まった。
 あまりにもおかしな四人組の合唱だった。
 しかし――

 赤ん坊が初めて、
 にぱっと、笑った。

「おおおおおっ!?」
 オーマが唄をやめて赤ん坊の顔をのぞきこむ。
「きしゃー!」
 とたんに赤ん坊の顔が険しくなる。
 ――心なしか、表情が豊かになってきている気がする。
「いいぞいいぞ、育ってきてるぞ」
 オーマが赤ん坊を持ち上げ持ち上げ喜んだ。
「……ねえ……人間の、赤ちゃんって……みんな……こんな、風に……して、もらうの……?」
 きょとんと千獣が尋ねた。
「獅子を相手にしたりはしねえだろうがな」
 トゥルースがははっと笑った。「お前さんも赤ん坊とは縁がないクチかい? 俺もだ」
「私たちにも、こんな時代があったのだな」
 アレスディアは感慨深そうにつぶやく。
「よっしゃ、もう一回子守唄だ。さん、はいっ」
 ららら〜♪ らららら、ららららら〜♪
 ららら〜♪ らららら……
「ん?」
 オーマがふと、「今誰か……別の人間が歌ってなかったか?」
「私もそのような気がした。オーマ殿」
 四人が唄を止める。しかし、
 ららららら〜♪
 誰かが唄を続けていた。
 近くで……ひとりの存在が……
「………………」
 オーマがのしのしと歩いていき、
 ごいんっ
「痛っ! 何をするのぢゃ!」
 気持ちよさそうに歌っていた小人は、頭を一撃されてわめいた。
 オーマは怒鳴った。
「結局お前か、ゼヴィル!」
 ――人形師ゼヴィル。魔術師でもあり、今までに人形にいたずらに命を与えては問題を引き起こしてきた。
 ゼヴィルはぶるぶると首を振った。
「違う違う! 俺は確かにそのぬいぐるみを作ったが、決して今回は魔術などかけてはおらん!」
「じゃあ何だってんだこのかわいすぎるぬいぐるみは!」
「何かが取り憑いたんぢゃ! 本当ぢゃ!」
「……何、かが……取り、憑い、た……?」
 不思議そうに千獣がつぶやく。
「俺の手には負えんかった、というより俺は赤ん坊のあやしかたを知らんかった! だから白山羊亭に依頼に来たんぢゃが、噛まれて痛くて痛くて……つい置き去りに」
「……ちなみに、歯に硬い素材を入れた張本人は?」
「俺ぢゃ」
 ごいん
 今度はトゥルースの拳が飛んだ。
「約束どおりげんこ一発な」
 ふむ。と彼は満足そうに自分の拳を見下ろした。
「まったく……何が取り憑いたってんだ? 幽霊か?」
「お、おそらく赤ん坊の幽霊ぢゃと思うんぢゃ。だから何だかかわいそうでお祓いとか呼ばれるもんもできんで」
「……ふうむ」
 オーマはうなった。
「赤ん坊の幽霊……」
 アレスディアが信じられなさそうな声でぬいぐるみを見る。
 きしゃー!
 ぬいぐるみは奇声をあげて、オーマの腕に噛み付こうとしていた。
「あ、赤ん坊ならばおぎゃーとか、そういう泣き声をあげるのでは……」
「赤ん坊はそれぞれだ、アレスディア」
「そうなのだろうか……?」
「そういうことにしておけ」
「………」
 黙りこんだアレスディアの代わりに、トゥルースがゼヴィルに声をかける。
「んで、お前さん的には、こいつをどうしたいんだ?」
「かわいそうだからどうにかしたいんぢゃが……」
「それじゃさっぱり分からねえよ。どうしたいんだ、具体的に」
「ああ、そうだゼヴィル」
 オーマがにっこりと笑った。「お前たしか以前、人形たちの父親になりたいって言ってたよな?」
「あ、あう?」
「丁度いいじゃねえか。こいつの父親になってやれや」
「し、しかし……俺には自信がない……」
 最初はそうしようと思ったんぢゃが……とゼヴィルは寂しそうな顔になり、
「結局痛さに耐えられんで白山羊亭に連れてきてしもうた。俺などに父親の資格など――」
「こいつはな、ゼヴィル」
 オーマは言い聞かせた。
「さっき、にぱっと笑ったんだ。きしゃーじゃないぜ。にぱっとだ」
「なに……!?」
「お前、こいつがよちよち歩きすることを知ってるか?」
「し、知らん」
「ほらな。つまりこいつは成長してる」
 お前さんにも――と。
「いつか、なつくかもしれねえぜ。お前さんがしばらく耐えればな」
「ほ、本当か!?」
 ゼヴィルは身を乗り出した。
「そうだなあ。ひょっとしたら体も成長していくかもしれねえな。ちょっと怖ぇけど」
 トゥルースが言う。
「……優しく、して、あげれば……きっと、噛み付く、の、減る……よ?」
 千獣が少しだけ微笑んだ。
「言葉も解するようだ。そのうちしゃべるかもしれぬ」
 アレスディアが真顔で言った。
「そ、そうか……」
 ゼヴィルの瞳が輝き始めた。
 そんな人形師の腕の中に、オーマはぬいぐるみを抱かせた。
 きしゃー!
 泣くなり、人形師の腕に噛み付くぬいぐるみ……
「いいい痛い」
「耐えろゼヴィル!」
「た、耐える」
「よしそれでいい」
 ゼヴィルは一生懸命腕の中で優しく赤ん坊を揺らす。
 オーマはさらさらさらっとあっという間に紙に何かを書き出して、ゼヴィルにつきつけた。
「赤ん坊の育て方だ。これ見て育ててみろ」
「ああ、ありがとう」
 ゼヴィルは嬉しそうにそれを受け取った。
「いい、子に……育つ、と、いい、ね……」
 千獣が横から赤ん坊をつつく。
「きっとよい子になる。さっきの笑顔……」
 ――にぱっと笑ったときの笑顔。
 あれはまぎれもない、普通の子供のかわいらしい笑顔だった。
「お前さんの育て方次第だがな」
 トゥルースが笑ってゼヴィルの背を叩いた。「ま、頑張れや」
「聞いてくれ!」
 ゼヴィルは瞳をきらきらさせながら声をあげた。
「この子の名前を考えてあったんだ! 聞いてくれ!」
「おう。何て名づけるつもりなんだ?」
 オーマが尋ねる。
 ゼヴィルは胸を張った。
「フトゥールム<未来>ぢゃ!」

 お騒がせ人形師ゼヴィルが、フトゥールムと名づけた赤ん坊を抱いて帰っていく。
「まったく……ま、久しぶりに娘をあやせた気分で楽しかったぜ」
「お嬢さんらには将来の練習になったかね」
 トゥルースがアレスディアと千獣を見る。
 アレスディアが赤くなった。千獣が小首をかしげた。
「将来、の、練習……?」
 トゥルースは笑った。
「ははっ。今に分かる」
 ――ゼヴィルの後姿が消える。
「さあーて、俺たちも帰るかね」
 オーマが背伸びをして、夕日を指差した。
「俺たちも未来を目指して! なーんてな!」
「寒いぜ、オーマ」
 アレスディアがふきだす。千獣が不思議そうな顔をする。
 四人はやはり別々の道を、それぞれに歩き出した。フトゥールムに負けず、未来への道を……


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳/伝道師兼闇狩人】

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■         ライター通信          ■
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オーマ・シュヴァルツ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は子供あやしということで、オーマさんが輝いて見えましたw活躍してくださってありがとうございます。
よろしければまたお会いできますよう……