<PCゲームノベル・櫻ノ夢>


櫻ノ夢【幻想華】


 薄暗い宵闇に、淡く白い花弁がまるで雪明かりのようにあたりをぼんやりと照らす。
「……此処は夢の交叉点」
 全ての夢が交わる場所。古より、花弁の数だけ夢を重ね続けてきた櫻の古木の枝に腰掛けた巫女がふと視線を落とす。
「だから……そう、だから異なる夢同士が呼び合い交わることもある……」
 彼女はそれを傍観する。数々の夢を引き寄せる櫻の樹と共に、極まれに起こるそれを垣間見てきた……
「今宵集う夢は如何なる夢か……」
 何処の誰の如何様な夢か……
「願わくばそれが良き夢ででありますように……」
 それが巫女の願い……櫻の想い……

 ざぁっ

 風が走り、櫻の花弁がつむじ風に舞った。

 絶え間なく降り続く花弁がただただ美しく……幻想的で……天護・疾風は時がたつのも忘れて、花弁が舞い散る様を見ていた。
 この花は何の為に咲いて散っていくのだろうか……
 樹齢は如何程の物で、そも此処は一体どういった場所なのだろう……他愛もない疑問も浮かんだが、美しい櫻の見事さに考える事を放棄する。
 其れぐらい見事な櫻だった。
 ふと自分を見つめる視線を感じて、振り返る。
 そこにある筈のない、いる筈のない人が立っていた。
「まさか……」
 自らが眷属として使える恋焦がれてやまない女神。風祭・真、現世で彼女はそう名乗っていた。
「……あ………」
 どう声をかけていいのか、一瞬ためらう。
 其れほどまでにその人に見える時を待ち望んでいた。
 疾風はその人の眼差しを受け息を呑む。禍々しいほどの血臭に似た気配と真紅の双眸。
「ふふふふ………どうしたんだい、封護?」
 にやりと口元を歪める笑い方は、疾風の知る三神格とは相容れぬ程の狂気を孕んでいた。
 何故、何故………
 それは目覚めてならない、封じられた神格『禍都比売神』と呼ばれるものであった。
 彼女が司るのは破滅と崩壊。故に『禍』の女神と老神達は呼ぶ。
「お前の自慢の尻尾はどうしたんだい?」
 くすくすと笑うその仕草は疾風の求める女神の物とは程遠い。
「何故……貴女が……貴女が此処に……?」
 動揺を隠すことなく愕然と、今は人の姿をとった疾風と名乗るそれは、言葉にできないほど思いを込めた、狂おしい眼差しを封じるべき女神に向けた。
「彼の女神の奥底に封じられているはずの私が、お前に語りかけるのは不満かい? 封護」
 にぃっと深く刻んだ笑みはどこか妖艶で、禍々しい気配をあたりに放っていた。
 封護との呼びかけに疾風の眉がピクリと動いた。
「櫻は神の花。その花が見る夢は神の夢だとは思わないかい?」
 『サ』とは穀物をすべる神の名で、『クラ』は神のよりしろの『座』するべき場所。
 サクラは佐倉に転じ……神の鎮座する、御倉となる。
 古の時より、櫻は神そのものであった。
「……夢は眠りの中にあるもの。だから眠る私もこうやって動ける――――そう、これは泡沫の夢さ」
 ほんのひと時の奇跡とも言える邂逅。
「おっと……私を消そうとしても無駄だよ、封護。嘘だと思うならやってごらん」
「私は……貴女を屠らなければならない……!」
 『禍』を前にして、知らぬ振りをすることはできなかい。
 誘われるように静宴と銘を持つ刃でその体を両断した。
 がすっ……思ったよりも軽い音がして、ごろりと腹部で両断された女神の体が地に転がる。

 ざぁっ……

 辺りに漂うのは濃厚な血臭ではなく、あわく夜に溶け込みそうな櫻の香。血が流れるはずの傷跡から櫻の花弁が湧き出るように零れ落ち、風がその全てを闇に飛ばした。

「あははははは…………無駄だよ、封護」
 ふふふふ………くくくく……あははは………。
 けたたましい笑い声が闇の中に響く………これは櫻の見る夢……だから……。
「何度でも現れてやるよ」
 そう何度でも。櫻の見る夢が続く限り……私は自由だ。
「これは夢なのですか? それでは私は貴女を手にかけずに済むのか……」
「さてどうなんだろうね?」
 混乱した様子の疾風の前に女神が再び姿を現す。
 彼女を屠ることが疾風の使命、だがそれが夢であるならば…………
 それを守る義務は果たして……あるのだろうか………?
「私には『疾風』という名があります。貴女に………いえ、享楽の女神に頂いた名が……」
 封護……それは疾風に科せられたお役目。
「ふふ……封護と呼ばれるのが嫌なのかい?」
 少しだけ拗ねたような疾風に『禍』の女神がからかうように眉を上げた。
「あぁ、そういえばそんなこともあった……ふふ…封護と呼ばれるのが嫌かい?」
「確かに私は封護ですが、疾風でもあるのです……それが偽りだとは、夢だとは思いたくありません……」
 きっぱりと疾風は女神を見返した。
「けれどお前は封護。私の監視者だ……『真』の眷属であるお前は偽り……」
 それもまた夢なのかもしれない。
 どれが現実で、何処までが夢なのか……それすらも曖昧で……
「精々頑張るんだね…己の使命を……目覚めた時は――櫻が世界を染めるより赤くしてやるよ」
 私が目覚めたときに……この櫻の花弁を全て鮮血よりも赤い色で染め抜いてやるよ。
 今度は現実の世界で……再び見えることを楽しみにしている。
 疾風の耳に唇が触れるか触れないかの距離で囁き、積もった花弁を巻き上げ再び吹きぬけた風が収まったとき、女神の姿は消えていた。
 そう、其処に彼女がいたことすら夢であったかのように………
「……私は……できることならば……貴女に会うことのない未来を望みます……」
 彼の女神達と幾年月も見送った櫻を、これからも見送って行きたいのですから……
 疾風の祈りの様な呟きは、物言わぬ櫻の古木のみが聞いていた。



「……本来交わることのない人格が出会う……それは櫻の夢の悪戯なのかもしれません……」
 それでも、『禍』の神と呼ばれる女神とその監視者の邂逅は確かな物として櫻は記憶の花弁を積もらせる。
「其れもまた一興……出会うはずのない二人の夢も……」
 これも眠らせてしまいましょう……そう呟くと、櫻に宿る女神は静かに微笑み。
 淡く光を放つ、櫻の花弁を大切そうに胸元に捺し抱く。
「櫻の見る夢は、幻と現の併せ鏡なのかもしれません……」
 ふわりと舞い上がり古木に身を寄せると、まるで彼女の存在すらも泡沫の夢であったかのように夜の闇に紛れて消えた。


【 Fin 】



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【参加ゲーム / 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【聖獣界ソーン2181 / 天護・疾風 / 男性 / 27歳(実年齢999歳) / 封護】

【東京怪談 SECOND REVOLUTION / 1891 / 風祭・真 / 女性 / 987歳 / 特捜本部司令室付秘書/古神】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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天護・疾風様

始めまして……と、言うのも何か不思議な感じもしますが……今回は櫻ノ夢ノベルへのご参加ありがとうございました。
葛藤と邂逅をテーマに書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただければ幸いです。

イメージと違う!というようなことが御座いましたら、次回のご参考にさせて頂きますので遠慮なくお申し付けくださいませ。