<PCゲームノベル・櫻ノ夢>
山櫻の宴
今宵は満月、神社の木々も青々しい葉を月光に照らす。
だが、見たことも無い神社だ、一体此処はどこだろう…。
そして…誰も居ないはずの、神社の方でざわめきが聞こえる。
愉快そうに笑う声 愚痴を零す声 歌いだす声
全く持って三者三様、十人十色。様々な声が溢れかえっている。
しかし、賑やかなのを助けているのは声だけではないらしい。
琵琶や尺八、琴に笛、鼓の音は軽快に。
明かりが見えた、あれは―――――……幾つもの、鬼火。
『皆様、今宵はお集まり頂き、恐縮ですわ』
宴の席に、凛とした女性の声が響く。そちらへと目を向ければ
純粋な大和撫子の可憐な姿、白と桃の色合いの小袿姿。
ふんわりとした黒髪は烏の翼のように軽やかで。
…そんな彼女の大きな…黒曜石を思い出させる、黒い目と目が合った。
彼女はふんわりと笑い手招きをする。
『いらっしゃい、大切なお客様。阿厳、茨吽、案内して差し上げて』
戸惑っていれば、両脇から金と銀の修験者の格好をした者が現れた。
一人は色黒、一人は色白、まるで正反対な二人にお辞儀をされる。
そうしてまた、凛と気高い声が、神社に響き渡る。
『今宵の宴は、千客万来、皆様、楽しんで下さいまし。
わたくしの、花弁が散り行く最期の刻、満足のゆく程に、どうか…』
その時、強い一陣の風が吹き荒れて
あたりは一面の櫻吹雪へと覆われた。
鴇色の嵐は、今宵、明の明星が昇るまで、止む事はない。
『此方へ…』
修験者の格好をした白い青年が案内するのは、金糸の髪を持つ可憐な姿の少年。
『どうぞ、宴をお楽しみくださいませ』
修験者の格好をした黒い青年が案内するのは、優しげな黒曜石の目を持つ青年。
二人はきょとんとした様子で宴を見つめている。先に歩みだしたのは少年の方、小袿姿の女性へと歩み行く。じっと見据える目は真摯、されど表情は無愛想そのもの。そんな少年の姿に女性はまたふんわりと笑った。
「見事な櫻だ」
『…お褒めに頂き有難う御座いますわ、さ、貴方も宴をお楽しみになって。』
少年、蓮生は微笑む女性に目を伏せてから、その場を後にする。行くは琵琶や笛の音の聞こえる境内へと。それを見ていた青年もまた習うように女性へと足を進めた。一つお辞儀をしてから、青年…健一はにこりと優しげに笑う。
『貴方もお楽しみになって下さい、この宴が賑やかになってよかったですわ』
「ええ、本当に綺麗な櫻です、散るのが惜しい程。」
ほのぼのとした空気が流れ、二人は暫し会話をした後に健一もまた境内の方へと足を向けた。境内には様々な物の怪に精霊が集まっていた。蓮生はそれに臆する事も無く会話を楽しみ、楽を聞いている。何とも賑やかしい境内に揺れる鬼火はちらほら踊る。それに合わせて影のあるもの無い者もまた楽しげに舞っていた。
きゃっきゃと年端も行かぬ子どもの姿が駆け回る、その後には青々しい草が芽吹いて。…それは春の訪れと共に芽吹き育ち、初夏と共に育つであろう。夏の訪れが近いのを物語るほどの青さだ。蓮生の周りにも子どもたちが駆け回った、芽吹いてきた若々しい柔らかな草を撫でながら蓮生は少し微笑む。
「夏も近いな、これから暑くなるだろうか。」
『やあ、美しいお坊ちゃん、暑くなったら私の所へ避暑においで。』
にこりと笑って言い寄ったのは、青い若葉を髪にかけた青年。何気なく蓮生の肩へと腕を回している。それにも構った振りをしない蓮生、きょとんと目を瞬かせては小首を傾げる。すれば鴇色の花弁が付いた細やかな金糸がさらりと揺れた。
「…ん?いや、俺は…」
『違うわぁ!この子は、あたいの所へ来るのよねえ?蝉がたかってる様な奴の所へ言っちゃ駄目よっ』
「…賑やかだな、この山の精たちは…」
次いで遣って来るは青いもみじの葉が彩られた振袖の女性に抱きしめられてしまう始末…。それでも至って冷静な蓮生は、黙って二人の言い争いを…聞いているのかいないのか…、一人落ち着き払って櫻吹雪を見物している。
「…ちょっと、皆さん、あんまり苛めちゃ駄目ですよ…。」
困り顔をして助け舟を出したのは健一、胸に抱えたことを撫でながら精たちへと声をかけるもなんだか逆効果の様子。蓮生の両隣を陣取った精たちは更に騒がしく取り合い合戦を始めだす。
『あたいの所!』『いや、私だ!』
「…苛められている気は毛頭ないが…、少し痛いかもな。」
ぽつりと連勝が呟いたのを皮切りに、ぱっと二人の精は腕を蓮生から離し今度は猫なで声で謝罪。蓮生は何も気にせず構わんと一言言い遣るのみ。…健一はその様子を依然困ったような笑顔で見ていたのだが、そうしていれば、健一にもお声が掛かるだろう。とんとんと肩をつつかれる感触、ふと後ろを向けば二つに分かれた尻尾を持つ女性…猫又だろう。にこにこと笑みを浮かべているがその頬は赤い…手には一升瓶が握られている。
『ぼっちゃん…、あたしと飲まないかい?あんたみたいな綺麗な子に手酌されると酒も一層美味しくなるんだよねぇ…』
相当酔っているらしい物の怪、目は据わったままにも拘らず口説いてきた。仄かに香る酒の匂いにむせ返ってしまいそうなほど、健一の困った笑みは後どれほど持続するのだろう、…頼まれてしまえばハイと頷いてしまうのだった。
暫くして…
「もう、止められた方がいいのでは…」
『なぁに、言ってんだい!あたしが、この位で酔うわけ無いだろお?』
豪快に笑う猫又の女性は愉快そうに尻尾を揺らせながらも、かなり酔っているらしい。顔は真っ赤、歩けばよたよた千鳥足。石に躓けば…何処見てんだい、あんた!と石にくどくど説教をしだす始末。
「…妖怪も、お酒に酔うものなのですねえ…。」
何となく難は逃れた雰囲気、ほっと安堵の息を吐く健一の横へと影が差す。ふと顔を上げれば、金糸の髪を揺らし立つ少年、蓮生の姿があった。華の精のような彼へとにこりと笑いかければ、健一はぽんと隣を軽く叩きやる。蓮生は会釈するように、また少し目を伏せてから、健一の隣へと腰を掛けた。
「…見事な櫻吹雪だな」
「ええ…綺麗なものです、風流ですねえ」
ほのぼのと健一の言う言葉に、少し蓮生が笑う。櫻吹雪はまだまだ止みそうもない。飲めや踊れやと囃し騒ぎ立てる物の怪に山の精、宴も酣、夜もすがらといった勢い。
ふわり
健一の元へと一片の花弁が舞い降りた。其れを手に取り、少し微笑む。鴇色の嵐を見つめながら、櫻の美しさとはかなさでも悟っているのだろうか。一つ、名残惜しむように琴の弦を弾いた。健一の宵闇を思わせる深い髪が微かに揺れ、指の動きはしなやかに水の波紋のような音を紡いでゆく。
その澄み切った音色は境内へと響き、女性の耳にも届く。華やかな曲調は思わず楽を奏でていたものたちの手も止まる、境内にあるのは健一の琴の音のみ。隣に端座していた蓮生は徐に立ち上がり、腕をまっすぐ前に上げた。その動きは流麗風靡、花弁の如く柔らかく、凛として。
「俺も…礼だ、舞を一指し、ご覧に入れよう。」
「…おや」
思わぬ共演者に健一も目を瞬かせた、しかし琴の音は滞らずに見えぬ流線を空へと描く。それに触発されるよう、琵琶、笛、琴、尺八、鼓の音が段々と重なってくる。全く持って荘厳、そして華やかな…山櫻舞う山のように華麗な曲となっていく。櫻吹雪の中、優美に舞う蓮生もまた華の精の如き可憐さ。
物の怪たちや、女性もまたその様子に目を惹きつけられてしまう。優美な舞は演出無しでも存分に美しいもの、それに加えて鴇色の花吹雪。見惚れぬ者などいる筈も無く。
蓮生の舞は物の怪や女性の目を楽しませ、健一の琴は物の怪や女性の耳を楽しませた。華やかな曲調につられ、子どもの精霊や物の怪たちも共に拙い舞を披露し始める。音に合わせてくるりと舞って、花弁にあわせとんと跳ねる。二人の美しい客人に、それを祝福するが如く月光の恩恵はとても強く、宵も深い境内を照らした。
『綺麗な子たちね、幸せだわ…久しぶりに良い宴が催せたわね、阿厳、茨吽。』
女性は二人の客人を眩しそうに、目を細め微笑みながら見つめている。健一と蓮生は…華の嵐は段々と弱くなっているのも気付かぬほどに、礼にと、舞を、楽をと、興じている。物の怪たちは手を叩いて喜び、即興で歌などまで歌い始める始末。鬼火もまたゆらゆら、曲調に合わせて揺れていた。
空が白む、明けの明星は東の空からポツリと浮かんだ、其れと同時に明るみだす空は橙…。気づけば鴇色は地面へと伏せったままに。女性は立ち上がり、深々とお辞儀を一つ。烏の羽のような艶やかな髪を垂らし、客人たちに礼を告げる。黒曜の目が少しほどきらりと瞬いた、光の加減だろうか。いや、そうではない、女性はつつと一筋…真珠のような涙を零す。
『有難う御座います、有難う御座います、今宵はなんて素晴らしい宴だったのでしょう…。感謝してもし切れませぬ…。』
女性は涙を袖で抑えながら礼を言う、その姿、既に足元が掻き消えそうなほどに薄れ。あんなにも舞っていた花弁も、今では地に落ちた雪のように気だるく地を這うだけ。女性はもう一度、深々とお辞儀。それは美しき少年と青年へと。顔を上げた女性の頬にはまだ、涙の痕が一筋付いていたがとても晴れやかな表情をしていた。昨晩、見た時と同じように、櫻の花弁のようにふんわりとした優しい笑顔。
「楽しんでいただけて何より…僕の琴をそんなにお気に召していただけるなんて、嬉しいです」
「ああ、それに、あれは礼と言ったはず。俺に礼はいらぬ、黙って受け取るが良い」
蓮生の豪気な口ぶりに健一はくすくすと思わず笑ってしまう、何がおかしいのだと聞きたい風にちらりと蓮生の目が向けば、健一は小首を傾いでごまかすか。はたと見ればまるで兄弟のような二人の様子に、女性や精や物の怪たちは面白そうに笑う。
『またおいでね、坊やたち。あたい待ってるから!』
『ああ、寂しくなったらいつでも。私が慰めてあげよう』
『今度こそは、あんたも酔うまで付き合ってもらうよ…』
物の怪たち、精たちから別れを惜しむ声が広がる、健一と蓮生は暫し顔を合わせ、健一はくすと小さく笑い、蓮生は軽く息を吐いた。女性は既に半透明となった腕を振るい、最後の櫻吹雪を起こしてゆく。気がつけば、山の櫻は既に葉桜。緑は初夏らしく若々しい。
桜色の嵐が目の前を覆い尽くせば、段々と目の前は明るい。
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「…朝かぁ…」
ふと目を開けた、既に外は朝…外では小鳥たちが賑やかに啼いている。いつもの風景と音に健一はまた瞼を閉じる、其処に映るのは昨晩見た、あの美しい山の風景。
鴇色はもう散ってしまっただろう。其れを思えば残念なのだが、健一はゆっくりと瞼を開けた。
「…儚いからこそ、美しい、か」
一つ呟けば、空は今日も青々としていて美しい。きっと緑の山に映えるだろう、葉桜の山を思い健一の脳裏にあるのは若々しい山の姿。
今頃、緑に囲まれ、木漏れ日が差し、枝には新芽…それもまた美しい風景だろうと健一は目を閉じた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 3626/ 冷泉院・蓮生 / 男性 / 13歳 / 少年】
【整理番号 0929/ 山本建一 / 男性 / 19歳(実年齢25歳) / アトランティス帰り(天界、芸能)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、左です。このたびは、私の書いたシナリオを注文していただいて有難う御座います!
まだまだお仕事に慣れておらず、緊張しつつ書かせていただきました。楽しんでいただけたでしょうか?
もうすぐ散り行く櫻の精に、とても情深く接していただき嬉しく思いました。書いている此方としてはとても楽しかったです。
これからも精進いたしますので、何卒宜しくお願いいたします。
■山本健一 様
初めまして、今回はご依頼有難う御座います。音楽の表現などとても好きなので結構多用してしまいました…。とても書く側としては楽しかったです。
優しげな雰囲気と、ちょっと押しが弱めになってしまったのですが如何でしょうか。(笑)雰囲気が出ていると良いのですが…。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご感想など、ありましたら宜しくお願いいたします。
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