<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


甘い花の咲く教室



◇ ◆


 桃色エプロンを身に纏い、材料をせこせこと棚から出してはテーブルに並べる。
 道具も一式揃いに揃え、ついでにテーブルを綺麗に拭いておく。
 腹黒商店街の一画“かるちゃーせんたー”でのお菓子作り教室の講師を任されたオーマ シュヴァルツ。
 料理は大得意のオーマだが、どうして急にそんなバイトを勤めねばならない事になったのか。
 ・・・その心は、家計が火の車だから・・・だ。
 家計簿の数字を思い出しては溜息をつき、1日にかかる食費をパチリと頭に描き・・・
 はぁぁぁ〜〜〜・・・
 深い深い溜息をつくと、オーマはオタマを各テーブルに置いて行った。
 どんよりと暗い気分のまま生徒さん達を迎えるなんて事があってはいけないのだが、どうしたって明るい気分になんてなれるはずもない。
 どこでそんな大出費をしてしまったのか?
 考え込むオーマの視線の先、今日も晴天のソーンを映し出す小さな窓。
 その更に先に見慣れた姿を見つけ、オーマはダッシュで窓に近づくと声を張り上げた。
 「ジュダ!!!」
 オーマの声に足を止めたジュダが振り返り・・・その顔にはデカデカと“迷惑だ”と言う文字が浮かんでいた。
 けれどオーマはそんな事は構いもせずに、大声でジュダの名を叫びながら手招きをする。
 ・・・きっと、行かないとこの“地獄”はずっと続くのだろう。
 その悟ったジュダが渋々オーマの傍まで歩み
 「お前は其処で何をしている?」
 “かるちゃーせんたー”と書かれた看板と、オーマの桃色エプロンを見比べながらそう言って、こめかみを押さえる。
 ・・・・頭痛でもしているのだろうか・・・
 「おうおうおうジュダ!俺はお前にずぅぅぅっと前から言いてぇ事があったんだ!」
 今にも掴みかからん勢いのオーマに、ジュダは一先ず落ち着くように言うと、そちらに行くからと言ってセンターの中に入って行った。
 オーマの居る部屋を開けた途端に、わしっと腕を掴まれ―――
 「それで?言いたかった事とは?」
 「お前さん、生活費とかどうしてんだ?」
 「は?」
 「お前もバイトでもしろ!ニートじゃ嫁は迎えられないぜ!?」
 「・・・何を言っているんだ?」
 まったく要領を得ていない様子のジュダと、家計が火の車で半ば八つ当たり気味のオーマ。
 「で、お前は生活費を稼ぐために・・・それか?」
 そう言ってジュダがエプロンを指差し―――
 「おう!クッキーをな、作るんだ。」
 「・・・そうか。」
 軽く頷いて、グルリとテーブルを見渡し
 「で・・・クッキーにコレは必要なのか?」
 オタマを指差しながらそう言うジュダに、オーマが思わず“あっ”と小さく声をあげる。
 「何だ?お前の作るクッキーとは、汁物なのか?」
 「や・・・そうじゃなく・・・」
 八つ当たりをされたお返しとばかりに、ジュダがオーマの準備ミスを指摘する。
 他にも、オタマはあるのに計りがないだとか、卵が無いのにハムがあるだとか・・・
 ボンヤリとしていて結構沢山ミスをしていたオーマ。
 「お前はクッキーではなく、何が作りたかったんだ?」
 ジュダの一言に思わず胸を押さえ―――
 「あぁ、あんた・・・」
 不意に背後から聞こえた声に振り向くと、そこには小柄な男性が1人立っていた。
 センターの主任を勤める彼に、オーマが思わず姿勢を正し・・・けれど、彼はオーマの事は見ていなかった。視線はジュダを捕らえており、顔をジロジロと見詰めた後でコクリと頷き・・・
 「あんた良いね!二枚目だし、料理の腕もたつようだし・・・。どうだい?あんた、彼と一緒にやってみないかい?勿論バイト代は出すよ?」
 ニコニコと言われ・・・ジュダは丁寧にお断りをしようと思ったのだが、既にオーマが主任の申し出を快諾した後だった。
 「コイツも実はやりたいって言ってまして・・・」
 そんな事をいつ言ったのだろうか・・・
 「それなら、早速今日から頼むよ?」
 「や・・・あの・・・」
 ジュダの手が虚しく宙を切る。
 上機嫌で去って行った主任の背中にバイト代アップのチャンスを予感しつつ、オーマはジュダにエプロンを差し出した。
 オーマとお揃いの桃色エプロンに、思わず遠い目をして ―――――


◆ ◇


 鮮やかな桜色の長い髪を肩から振り払うと、ユンナは目の前に置かれたトロピカルジュースを一口ふくんだ。
 甘いフルーツの香りが口いっぱいに広がり・・・美形霊魂軍団の1人が、ユンナのプライベートタイムにそろそろと足を踏み入れると、そっと何かを耳打ちした。
 「・・・なっ・・・なんですってぇぇぇぇぇぇっ!!!??それは本当なの!?」
 ユンナの叫びに、顔を青ざめながらもコクコクと頷き、そそくさとその場を後にする。
 それをチラリと横目で見やると、ユンナはすぐさま立ち上がった。
 トロピカルジュースをその場に残したまま、ツカツカと背筋を伸ばして歩き―――
 “噂”の発端である“かるちゃーせんだー”の前まで来ると、そっと窓から中の様子を窺った。
 今日はケーキ講座らしい。
 生クリームの甘い香りが外まで漂い、テーブルの上には苺のパックも見える。
 ――― それよりも、ユンナの目に飛び込んで来たのは“きぃー!”っとなるような光景だった。
 ジュダの周りにこぞって集まる女性達。
 ユンナ同様“イケメン講師がいるお菓子作り教室”の噂を聞きつけた女性達が我先にとイケメン講師であるジュダの周りに集まっているのだ。
 その隣にはオーマの姿も見える。
 ・・・オーマの周囲には誰も居なく、かちゃかちゃとボウルで生クリームをあわ立てているその姿は、哀れと言う言葉がぴったりとくるようにさえ思えた。
 ジュダにベタベタとする生徒達・・・
 ユンナは唇を噛むと、教室の中へスパーン!と入って行った。
 ジュダに集まっていた視線が、ゆっくりとユンナの方へと移動し、オーマが“ゲッ”と言うような表情で唇を薄っすらと開けた。
 「ユンナ・・・」
 「お久しぶりね、ジュダにオーマ。・・・ふぅん・・・お菓子講座・・・ね。確かに、乙女たるものいつも甘い香りを纏っていなければ、美しくないわよね。そう・・・お菓子なんて、女の子のためにあるようなものじゃない。そこまで言うんなら、仕方がないわ・・・この私も・・・美の女神すらも崇め奉るほどの美貌を持った、この私も、この講座、受けてあげても宜しくってよ?」
 「や、誰も頼んで・・・」
 「五月蝿いわよオーマ!そんな、筋肉にしか執着しないからジュダにばっかり生徒が集まるのよ!・・・それにしても、これであんたもよぉっく分かったんじゃない?」
 口答えをしようとするオーマをびしぃと指差すと、ユンナが高らかに宣言した。
 「筋肉よりも美!マッチョよりも美!良い?オーマ!ちっとも美しくないあんたには誰も人が集まらないのよ!」
 ジュダにべたべたとする女生徒達に立腹したユンナは、ここぞとばかりにオーマに八つ当たりを開始した。
 ・・・しかも、ユンナの言っている事はほぼ間違っていない。
 現に生徒はオーマではなくジュダの方へと集まっており・・・バイト代アップどころか、バイト代は果たしてもらえるのだろうか?と言う状況にまで陥っていた。
 「で・・・でもよぅ・・・筋肉っつーのは・・・」
 しどろもどろになりつつ言い訳を開始しようとするオーマの言葉を遮って、ユンナがオーマにエプロンを持ってくるように顎で指示を出す。オーマが渋々エプロンを持って来て、しゅんとしながらユンナに手渡し・・・
 「初めまして、この講座をとる事になりました、ユンナと申します。」
 にっこりと微笑むと、チロリと生徒達を見詰めた。
 どれもこれも、中の中、もしくは中の下・・・。
 美の女神すらも跪き、美の化身かと見まごうばかりの輝きを身に纏いながら闊歩するユンナの敵は、いない・・・ハズ・・・だ。


◇ ◆


 突如ユンナが乱入してくると言う危機に、オーマとジュダはたじたじだった。
 ユンナのじっとりとした視線を全身に受けながら講座を進めねばならなかったジュダは勿論の事、作る料理は美とはかけ離れた存在になってしまうユンナにとって、そのイライラを向ける対象はオーマだ。
 「こんなのちっとも美しくないわぁぁぁっ!!!こんなのあんたよあんた!オーマよ!」
 自らが作った“ぐっちゃりケーキ、ほんのり死の香りテイスト”を指差しながらそう言って・・・
 オーマの隣には豪華なケーキが鎮座していた。
 料理にいたっては超特A級のオーマにとって、ケーキなんて簡単だ。
 ―――今日もユンナが現れるのか・・・きっと現れるだろう・・・。
 両肩に圧し掛かるユンナ様の重圧に、朝起きてから何度目かの溜息をつくと、ゆっくりと教室の扉を開けた。
 ゆっくりと開く教室の中から、濃く香る、チョコレートの甘い匂い。
 ・・・チョコなんて、昨日は使ってないし・・・今日だって・・・。
 不思議に思いながらも教室内を見渡し、オーマは愕然とした。
 いたるところにつけられた、足・・・足・・・足・・・手・・・手・・・手・・・
 中には顔らしきものもあり、壁中、床中がチョコレートだらけになっていた。
 もしもコレが血ならば、超ホラー物になるだろうが・・・
 「これは・・・?」
 背後からジュダの声が聞こえ、振り返るとその隣にはユンナの姿もあった。
 「どうして部屋に入らないのよ。」
 あんたがそんなところで立ち止まってると、公害なのよ!公害!と言って、オーマを押しのけて教室内に入ろうとして・・・1歩目を出しかけて、元の場所に戻した。
 「何よコレ・・・」
 「俺が来た時には既にこうだったんだ・・・」
 「・・・手形足形共に、小さいな。」
 「子供のものかしら?だとしたら、悪戯・・・ね。」
 「たまたま鍵が開いてたとかで、入って遊んだ・・・か。しゃぁねぇな。とにかく、全部拭いちまわねぇと。」
 教室の後ろに置かれているロッカーから雑巾を取り出すと、ジュダとユンナに投げ渡した。
 「ちょっとオーマ!私は生徒なのよ!?しかも、この雑巾洗ったの!?なんだか素敵にオーマ臭がするわよ!?」
 雑巾の香りがオーマの香りなんて、なんだかとっても誤解を受けそうな発言をすると、ユンナが顔を顰め・・・
 「素敵ならいーじゃねぇか。それにだ・・・お前さんは生徒の中でも一番駄目だからな。罰掃除を・・・」
 「なぁんですってぇ・・・?オーマ・・・!!!」
 ご立腹しそうになるユンナの肩をポンと叩くと、ジュダがオーマに向かって「早くしないと生徒が来る」と告げ、床にしゃがみ込んだ。
 時刻は講座開始時間の20分前。
 きっと生徒達が来るまでに拭き終る事は出来ないだろうが・・・


◆ ◇


 「今日で何日目・・・かしら・・・。」
 教室に入ってくるなりユンナがそう言って、桜色の髪を肩から払った。
 今日も壁と床中チョコの跡跡跡跡跡跡・・・・・・・・・
 それを一生懸命拭くのはここの生徒とジュダ、オーマだ。
 ユンナは優雅に椅子に座ってお茶をしており、その代わりにと言って霊魂軍団が一生懸命生徒達の輪に入ってチョコを拭っている。
 「悪戯にしては、随分と陰湿じゃねぇか。」
 オーマの一言に、生徒達がピっと立ち上がるとジュダの元へ歩んだ。
 「大丈夫です!私達がジュダ様をお守りいたします!」
 ・・・どう考えても逆のような気がするのだが・・・。
 本来ならば、チョコレートの跡がこうも毎日教室中につけられていると、何の仕業なのかと考え・・・恐怖心が芽吹くはずなのだが、彼女達はどうやら違ったようだった。やたらジュダを守る事に闘志を燃やす生徒達を見て、ユンナがこっそりと溜息をついた。
 「だが、こうも毎日続くと授業どころではあるまい。」
 チョコレートで汚れた雑巾をバケツの中に突っ込むと、ジュダが溜息混じりにそう言ってオーマにチラリと視線を向ける。
 その視線は、俺はそれで良いがお前は良いのか?と言っているかのようで・・・
 そうなのだ。
 授業にならなければ講座の意味は無い。講座の意味がなければ講師はいらない。
 よって・・・バイトはクビ・・・になってしまうのだ。
 センターからもどうにかしてくれないかと言われていたオーマ。
 どうせ子供の遊びだろうと思ってそっとしておいたのが間違いだったようだ。
 最初は壁や床だけだったのに、最近では道具にもベタベタと足形や手形がついている。
 天井にはチョコを投げたのだろうか?大きなシミが出来ており、時折チョコが掃除をしている生徒達の頭に降って来ては、困ったように髪についたチョコに触れてシャワーを浴びたいと涙ながらに訴えている。
 「こりゃ、そろそろとっ捕まえないといけねぇかもな・・・」
 「あら。別に子供のお遊びなんだし、放っておけば良いじゃない。」
 「だがよぉ・・・」
 「そうなれば講座はお終い。あんたは必要なくなるし、ジュダだって必要なくなるじゃない。」
 どちらかと言うと、ユンナの精神衛生上はそちらの方が良い。
 ジュダがこうも毎日生徒達にベタベタされているかと思うと・・・考えただけできぃー!となって、霊魂軍団に八つ当たりしたくなってしまうのだ。
 「お菓子作り教室なのに、全然お菓子は作ってないし・・・。毎日毎日雑巾とチョコレートの臭いなんて、ちっとも素敵じゃないじゃない!この私に雑巾臭なんて毎日毎日嗅がせて・・・!全ての美の象徴とも言うべきこの私が・・・!良い!?美の象徴とも言うべき、このわ・た・し・がっ・・・!!」
 ビっと人差し指を立てながら何かを言おうとした時だった。
 ボトリ・・・
 ユンナの頭の上にチョコレートが降ってきたのだ。
 桜色の綺麗な御髪がまるでプリン状態になっている。
 頭のてっぺんだけ茶色いその姿に、思わず苺プリンを思い描き・・・プっと、オーマが吹き出した。
 ――― プッチーーーン!!!
 ユンナ女王様、ご立腹である。
 「そうねぇ・・・流石においたが過ぎるようよねぇ・・・。ここは、この私が・・・この私が!しっかり、きっちり、教育しなおさなくちゃいけないわよねぇ・・・。勿論、子供だけでなく、そのご両親とやらにもきっちり・・・この私がわざわざ出向いてあげるんだから、光栄に思ってもらわないと駄目ね・・・。」
 ふるふると怒りに燃えるユンナに、オーマが思わず未だ見ぬ子供と両親に合掌を送った。
 しかし、それは心の中だけで・・・勿論、オーマだけでなくジュダも生徒達も、心の中では手を合わせていた・・・。


◇ ◆


 子供のやる事は、単純で可愛らしいものだと心の底から思う。
 明朝、ひっそりと物陰に隠れながらユンナとオーマ、そしてジュダはその一部始終を目撃していた。
 バケツ一杯にチョコを入れ、一生懸命になりながら教室の扉を開けると、その中に手と足を突っ込んでペタペタと壁や床に足形や手形をつけていく。
 ・・・その様子は愛らしいものがあった。
 無邪気に遊んでいる子供のようにさえ見えた。
 けれど、その顔は辛そうで、悲しそうで・・・そして、微かな怒りも含まれているようにさえ思えた。
 ガタンと物陰から姿を現した3人に、少年が大きく目を見開き―――
 「よぉ。」
 オーマがそう言って右手を上げた。
 まるで、昔から見知った人への挨拶のようで・・・少年が困惑したように視線を左右に揺らす。
 「ま、別にな、やっちまった事はやっちまった事だ。それはともかくおいといて・・・どうしてお前さん、毎日毎日飽きずに同じ事を繰り返す?」
 その理由が知りたいと言うオーマに、少年がキっと鋭い視線を向けた。
 「お前なんかに誰が話すか!お前なんか・・・お前達なんか・・・!」
 少年の声が震える。
 その姿を見て、ユンナがそっと少年に近づくとその髪を撫ぜた。
 ビクリ!と肩を上下させて、潤んだ瞳をユンナに向け・・・
 「ね、もし良ければ話してくれないかしら?このままだったら、貴方が全部悪い事になるわ。私達にも悪い所があったから、貴方はこんな事をしているのよね?それをきちんと、話してくれないかしら?」
 優しいユンナの声色に、少年が唇を噛んだ。
 「お前らが・・・お前らが悪いんだ!お母さんの生徒さんをとって・・・!お母さんの講座がつぶれちゃって・・・!」
 その言葉に、ユンナとジュダの視線がオーマに集中した。
 「お母さんの講座?・・・するってぇと、アレか?“お菓子講座1”の事か?」
 「そうだよ!お前達のせいで、生徒さんがみんな・・・」
 ボロボロと泣き出した少年の背中を優しく撫ぜると、ユンナが眉を顰めた。
 「オーマ・・・??」
 「わ・・・ま・・・待て!何か手違いがあったんだろ!?な??大体、俺は最初の講座に生徒さんが集中して手一杯になってるっつぅから・・・」
 「お前達が講座を開いたから、そっちにみんな行っちゃって・・・生徒さんがいなくなっちゃったんだろぉっ!!!」
 だから、少年はあんなに毎日チョコレートの足形と手形をつけていたと言うわけだ。
 チョコの跡だらけの教室では授業は成り立たない。毎日毎日チョコの後片付けをさせられる生徒達も、オーマ達も、きっとうんざりして講座はお終いになるだろうと。そうすれば、お母さんがまた講座を開けるのだと・・・。
 子供らしい発想で、毎日毎日朝早くから頑張ってチョコを溶かし、ペタペタと手形や足形をつけていたのだろう。
 きっと、心のどこかでは自分でもイケナイ事だと分かっていたのだと思う。
 そうでなければ、辛そうな顔なんてするはずがない・・・。
 でも・・・悪い事でも、イケナイ事でも、その罪を犯してまで・・・大好きなお母さんに再び講座を開いてもらいたいから・・・。
 「まぁね、そう言う事なら仕方がないと思うわ。でも、イケナイ事はイケナイ事よ。」
 ユンナがそう言って、少年にビシっと人差し指をつきつけた。
 「教室を汚したばかりでなく、この私に・・・良い!?この美の化身であるわ・た・し・に!雑巾掃除をさせた挙句、頭の上にチョコを落としてくれたその罪・・・深く重いわよ?」
 「ユンナ・・・」
 「キッチリと教えてあげないとね・・・。その罪の深さを・・・」
 にっこり・・・妖艶な微笑を浮かべるユンナに少年が恐れおののき―――
 お母さんを連れてきなさい!と言うユンナ様直々のご命令を賜って、少年が走り出した。
 その後姿が見えなくなるまで見詰めた後で、ユンナはオーマとジュダにそっと“ある事”を耳打ちした・・・。


◆ ◇


 少年が母親に全てを打ち明け、オーマ達のいる教室の扉を開けたのはついさっき。
 綺麗に装飾された教室内を見て、思わず目を丸くして・・・
 香る、チョコの良い匂いに母親と目を合わせる。
 テーブルの上には豪華なチョコレートケーキに、チョコクッキーに、真っ白なカップにはホットチョコレート。
 チョコづくしの中、奥のテーブルには色鮮やかなフルーツが乗っていた。
 チョコフォンデュだ―――
 「これは・・・」
 「あのね、チョコって悪戯をするためにあるんじゃないのよ。こうやって、美味しく食べるためにあるの。今まで無駄にしたチョコにお詫びしながら食べなさい。」
 ユンナがそう言って、トレーの上に乗ったチョコクッキーを差し出した。
 少年が1つ、口の中に放り入れ・・・サクっと、軽い食感に小さく笑みを零す。
 「美味しい・・・」
 「それは良かったわ。そうだわ、そこの貴方・・・ちょっと宜しいかしら?」
 少年の母親をビシっと指差すと、ユンナがテキパキと真っ白なエプロンを着せ、オーマとジュダの隣に引っ張って行った。
 「これからね、生徒さん達が来るのよ。ジュダとオーマだけだと、大変でしょう?だから、ね、貴方も手伝って欲しいのよ。」
 「でも・・・」
 「良いじゃねぇか。生徒達に良いアピールになるぜ?」
 「・・・きっと、講座は直ぐに開ける・・・。」
 オーマとジュダの言葉に、女性が小さく微笑み―――
 「別に、悪気があってやったわけじゃない。だから、あんまり・・・叱らないでやってくれないか?」
 「ま、ちょっぴりホラーチョコ風味も体験できたわけだしな。」
 「私も許してあげるわ。ただし!不味いモノ作ったら承知しないからね?」
 腰に手を当ててそう言うと、ユンナがにっこりと微笑んだ。
 「有難う・・・御座います・・・。」
 甘い香りの花咲く教室で、今日も生まれる、素敵なお話。
 きっと明日には講座が2つ、ふわふわとした夢のような香りを振りまくから・・・。





   END