<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
剣に魅入られた男
□Opening
揺らぐ男の影に、エスメラルダは首を傾げた。どこか不安定で、何か不安を感じる。
「依頼の内容は、この先の森で夜毎魔物を斬る、その男だ」
けれど、エスメラルダと向かい合った男は無表情に話を続けた。
「……、魔物を退治しているのなら、問題無いんじゃないかしら?」
そう、夜の森はえてして暗くて危険。その中を、魔物退治しているのなら、それは良い事では無いのか? 当然の疑問を、男に返す。
「退治では無い、斬るのだ……、この剣で」
はじめて、男の顔が苦痛で歪む。
男の手の中には、さほど大きくは無い剣。ただし、柄の部分には繊細で美しい細工が施されていた。そう、とても、美しい……。宝石が散りばめられているわけでは無い。けれど、その剣は魅力的に、そして怪しく光っているように感じられた。
「……、何か事情がありそうね?」
エスメラルダは、本能的にその剣から目を逸らし、そして男に問い掛ける。
「事情? そんなものは無い、ただ、剣に魅入られた者はいつか魔物では飽き足りず過ちを犯してしまうだろう」
男の影が、また揺らぐ。
エスメラルダは、静かに何度か瞬きをした。
「待って、つまり、貴方の依頼って……」
「そうだ、俺を斬ってくれ」
殊更はっきりと、男は断言した。
そして、懐からずしりと重そうな小袋を取り出す。どうやら、金貨がつまっているらしい。
「森の奥、泉のほとり……、昼間でも、俺の意識が……薄れ……どうか、たの……む」
そうして、突然男はエスメラルダの前から掻き消えた。
必死の思いで、思念だけを飛ばしていたのだ。しかし、自分を斬ってくれとは、困った依頼だ。エスメラルダは、困ったように何度か唸り、それでも冒険者を探し始めた。
□01
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――いつまでも美しく、幾久しく変らぬ輝き、
――私は、それが欲しい
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――だから、ねぇ、
――ねぇ
オーマ・シュヴァルツは、その声を聞いていた。
目の前の男に精神同調し、その声を聞いていた。
――ねぇ、生きているものが美しいって本当?
――ねぇ、美しいモノを輝かしているものは何?
――私はそれが欲しい
――ねぇ、だから、美しいものそれの源
――それを頂戴、
――ねぇ、もっとよ、
――もっと、もっと
その声は、とても魅力的で、心地良く頭に響く。甘く痺れるような感覚がオーマを襲う。いや、それは、男の感覚だ。
巻き起こる風を感じ、オーマは本当の感覚に気がつく。
振り下ろされた剣を紙一重で避け、男を見据えた。男の目はオーマを見ていた。けれども、オーマ・シュヴァルツを見てはいなかった。何故なら、剣が欲したものはオーマを構成する血と肉であり、男は剣の囁きに魅入られていたのだから。
下手に手出しは出来ない。
オーマはじりじりと男との間合いを取りながらちらりと剣を見た。
□02
「森の奥、泉のほとり……、ねぇ」
エスメラルダから事情を聞いたオーマは、依頼人の言葉を吟味するように口にした。
森の奥、と、一口に言ってもそれだけで場所を特定するのは、かなり難が有るように思える。そもそもそれはどこの森の事なのか。
「そ、頼めるかしら?」
肩をすくめ、困ったようにため息を漏らすエスメラルダ。
彼女の言葉に、オーマは頷き、そして精神を集中し始めた。まだ辺りには依頼人の思念がかすかに残っている。具現精神同調で思念派を辿り、依頼人の居場所を探るのだ。
「ああ、魔は魔を異は異を呼び招く……ってかね」
ポツリ呟き、口の端を持ち上げる。
細い一筋の線を手繰り寄せるように、渦巻く依頼人の思念を捕まえたのだ。
思念を手繰れると言う事は、まだ全てが終わってしまったわけでは無い。オーマは、依頼人の思念を胸に刻み込み、その先へ駆け出した。
□03
辿り着いたのは、小さな森の奥、泉のほとりだった。昼間だというのに、森は静けさに包まれている。鳥の声も聞こえない。動物の鳴き声も、虫の羽音も。ただ、静寂の真中で、男の息遣いだけが響いていた。
「よぉ、アンタが依頼人か?」
オーマは、立ち込める死臭を振り払うように、男に声をかける。
そう、透き通る泉のほとりで、辺りは死臭に満ちていた。累々と積み重なった動物の死骸。腐敗をはじめているものもある。どす黒く固まった血液は点々と草木を侵していた。
オーマの声に、男は振り向く。
その屍の山の中心で、男は剣を片手に立っていた。
ただ、静かに、佇んでいた。
男は、オーマを目に捕らえて、それからまた剣を見る。『俺の意識が……薄れ……』と、オーマは依頼人の言葉を思い出す。もう、意識が無いのかもしれない。
「お前は何を見ている? 何を感じている?」
オーマは、空ろな男に語りかけ、そして精神同調を開始した。
それは、男への、そして剣への問い。
「が、ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」
男の身体が、突然一つ震えた。
力を込めた抑制と、構えよと言う命令。
男は、オーマへ向かい合い、ついに剣を構えた。空ろだ。オーマは、男の空虚な瞳を見つめた。そして、精神同調を深める。
男が地面を蹴る。空ろな剣士は、しかし、その技量を持ってオーマと対峙した。
――……、ねぇ
男の剣を足の動きでかわし、オーマは、その痺れるような甘い囁きを、聞いた。
□04
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――いつまでも美しく、幾久しく変らぬ輝き、
――私は、それが欲しい
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――だから、ねぇ、
――ねぇ
オーマ・シュヴァルツは、その声を聞いていた。
目の前の男に精神同調し、その声を聞いていた。
なるほど、呪いではない。これは、魅了。剣に魅入られし男の心に、オーマは首を横に振った。
「いいか、この楔解き放つは、お前自身」
さらに、男の攻撃をかわしながら、オーマは自身の守護聖獣イフリートに念じる。ソーンに於ける者なれば、宿る聖獣の存在は不変。
「イフリートよ、男の守護聖獣と共鳴を」
彼の者の動きを、鈍らせよ、と。
オーマの願いに、イフリートは応えた。瞬間、男の腕ががくりと下がる。しかし、それは一瞬。表情の無かった男に、苦しみが滲みあがり、それから男は剣を構え直した。
オーマはその瞬間を見逃さない。
はじめて、オーマが男に向かう。踏み込んで、すれ違いざまに男の手首を取った。鈍った男の身体から、剣を取り上げる。ウォズに施す具現封印の応用で、それは、男の手から離れた。
「……あぁぁ、……」
男は地面に膝をつき、倒れ込むように力を失った。
――ねぇ、生きているものが美しいって本当?
――ねぇ、美しいモノを輝かしているものは何?
――私はそれが欲しい
――ねぇ、だから、美しいものそれの源
――それを頂戴、
――ねぇ、もっとよ、
――もっと、もっと
次に、声はオーマの頭に響き渡った。
精神同調して、男を介していた時とは違う。優しく、甘く、そして激しく、剣は求めている。
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――いつまでも美しく、幾久しく変らぬ輝き、
――私は、それが欲しい
オーマの身体を、繰り返し繰り返し、その声は響く。
――ねぇ、私は綺麗でしょう?
――だから、ねぇ、
――ねぇ
オーマは、その声に聞き入っていた。
そして、静かに、
そう、諌めるように、なだめるように、優しく、そして、はっきりと首を横にふった。
「いいや、魔は魔であり、異は異、呼び合うものは美しさでは無いが?」
――嘘よ、私は美しい
――だから、もっと、美しくなるのよ
「だが、これを見てみろ」
オーマは、口の端を持ち上げ、辺りを見渡した。美しく透き通る泉のほとり、その周りには累々と積み重ねられた死骸の山。どす黒く固まった血液は点々と草木を侵していた。
「ここは美しくない、勿論その中心のお前もな」
オーマは、剣をその真中へ放り投げ、その全てを否定した。
□Ending
崩れ去る剣を、オーマは眺めていた。否定されたものは、ただ消え行くのみ。
足元には、呆然と座り込む男。
「これほどの屍を重ねて来てしまったのか、俺は」
呟く声には張りが無い。
男は、ようやく顔を上げ、自らの足に広がる死骸の山を見ていた。
「だとしたら、どうする?」
オーマは、男の答えを静かに待った。
「……、けれども、俺は、生きていかねばならない」
ああ、そうだ。
罪を受止めつつも生行く想いは必要。
オーマは、その答えに満足そうに頷いた。
「けれども、彼女は美しかったろう?」
泉を背にしたオーマに、呟きのような声がかすかに届いた。
だがしかし、オーマはまた、首を横に振るだけだった。
<End>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
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■ ライター通信 ■
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□オーマ・シュヴァルツ様
こんにちは、いつもご参加有難うございます。
剣に魅入られた男の話、いかがでしたでしょうか。あまり激しい戦闘も無かったのですが、それでもオーマ様の魅力を描けたでしょうか。
少しでも気に入って頂けたら幸いです。
それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
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