<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


剣士の願い






【オープニング】


「すまない、邪魔をする……」

 そう云いながら、昼下がりの黒山羊亭に一人の男が入ってきた。
 彼の名はレアルス・フィアルアート。賞金稼ぎを生業とする剣士である。



「……実は、近隣の村が最近厄介な者に襲われていてな」
「ふぅん?」
 まずは落ち着きなさい、と強引に進めた酒を一口舐めながら、レアルス。
(……中々に切迫した状況みたいね)
 あれほどの表情で入ってきたのだから当然か、と思い直しながら彼女は相槌を打った。
「それで?」
「ああ……その、歩く死体や幽霊の類なんだが。操っている者が居る」
「……魔術師?」
 ああ、とレアルスが簡潔に肯定した。
「生憎、そちらの手合いとの実戦経験は浅くてな……無論、負けるつもりは無いが」

 ――――しかし、魔術師も同時に探さなければならない。

 絶対的に手数が足りないのだ、と彼は苦々しく語る。
「軍も忙しいそうで、すぐには手が回せないそうだ……だが、事は一刻を争う」
「……随分と拘るわね?」
 冷水の如く。
 目を細めながら告げたエスメラルダの台詞に、レアルスが目を伏せた。
「その……まだ私が駆け出しの剣士だった頃に、瀕死で野を彷徨っていたことがあった」
「それで?」
「―――その得体の知れない私を、金も取らず、薬と宿を提供してくれた村が在ったんだよ」
「それはまた、素敵なお話ね」
 ……何処の村か、とまでは問わない。
(野暮よね、流石に…?)
「まあ、つまるところ。貴方は一緒に同行してくれる人を探している?」
「ああ……村からの報酬は少ないが、不満なら私が出す。だから―――」
「はいはい、分かったわよ。少しは落ち着きなさい」
 勢い良くテーブルから立ち上がるレアルスを制しながら、ぱたぱたと手を振る。

「それじゃ……御人好しに付き合ってくれる人が居るかどうか、探してみましょうか」

 居てくれれば良いんだけれどね、と言葉を結びつつ。

 エスメラルダは、剣士の要望に適う人材を探し始めた――――









【1】


「うー……眠ぃなぁ……」
 机に突っ伏しながら、呟いて。
 氷が解けてオリジナルの味が判らなくなっている飲み物を口に含む。
「……うーん」
 少しだけ意識を覚醒させて、尚も彼、虎王丸は気だるげに唸り声を上げた。
 ―――原因は単純にして明快。昨夜の睡眠時間が凄まじく短かっただけのことである。
「護衛任務ってのは、徹夜なんだよな……」
 当然と言えば当然のことを言いつつ、彼は辺りを睥睨する。
 此処は黒山羊亭と呼ばれる酒場。自分と同じく、何らかの能力に特化した者が集う場所だ。
 この酒場の看板といっても過言ではない女性から、何らかの依頼を受けることも多い。
「ん……」
 其処まで思考して、彼はその「女性」を探して視線を彷徨わせた。
 果たして、すぐに店の奥、カウンタ席に居る彼女――エスメラルダを見つける。
(そういえば、もう暇なんだよなぁ)
 そこで、請け負っていた全ての仕事をめでたく終了していたことに気付く。
 同時に、自分が好奇心の強い男であることも――無意識の内に――認めた。
「っと」
 少しだけふらつく身体を支えて、そちらへ行く。
「―――おーい、エスメラルダ!」
 そう、声をかけて近付いていくが……彼は、彼女が誰かと話していることに気付いた。
(男、だな……何か、真面目そうだ)
 しげしげとエスメラルダの対話相手を観察する。金髪の男だ。
「………それで?一体何があったの、レアルス」
「実はな……」
 近付いた分だけ、二人の会話が虎王丸の耳に入ってくる。
 此処は大人しく会話が終了するまで待とうと思いつつ―――会話の内容を聞いて、彼は眉をぴくりと動かした。
(………へぇ?)
 虎王丸は、一心に話す男の話を、同じく一心に聞き始める……




「と、云う訳なのだが……」
「……それじゃ、御人好しに付き合ってくれる人でも探してみましょうか」
 会話が終わる。
 その内容を吟味して、彼は二つのことを確信した。
 一つは、中々に緊急の事態であると言うこと。そして、もう一つは。
(この男、悪い奴じゃ無ぇみたいだな)
 思い、一人で一度頷いてから、彼はその剣士に話しかけることにした。
「なあ、あんた」
「……君は?」
「あー、俺の名は虎王丸って云うんだ。宜しくな」
「ああ……私の名はレアルス。宜しく、頼む」
「ん」
 男は突然話しかけられたにも関わらず、丁寧に応対してきた。
「それで、君は…」
「へへっ、あのな。すまねぇが話を聞かせてもらったぜ」
「……あら、虎王丸。盗み聞きは良くないわね」
「う。だから謝ったじゃねぇかよ、エスメラルダ!」
 意地の悪そうな顔で言ってくるエスメラルダを、渋い顔で一蹴した。
「それで、ええと…レアルス。聞いたところによると、大分困ってるんだってな?」
「うむ……」
 話題の確信を突かれて、レアルスが顔を俯かせる。
 何処までも真面目な男のようだった。
「あのさ、困ってるんなら俺が助太刀してやるよ!」
「君が?しかし……」
 どん、と胸を叩いて言う虎王丸にレアルスは不安そうな瞳を向けるが、それも一瞬。
 彼とて今日まで生き延びてきた剣士。虎王丸の実力が非凡であることを、すぐさま看破したらしかった。
「死霊・悪霊の類は任せておけって!俺、そういう手合いは慣れてるからなー」
「だが、報酬が君の望みに見合うかどうかは――」
「別に。あんまり興味無ぇよ、そんなこと」
 冒険者にとって重要なファクタであるはずの報酬を、一言で彼は切って捨てた。
 レアルスが、少なからぬ驚愕を浮かべ―――数秒後に、感謝の感情を湛える。
「すまない……」
「なに、世話になった村に恩を返したいたあ、律儀じゃねーか!俺はそういう奴、好きだぜ!」
 律儀に頭を下げるレアルスの背中を、面白そうに虎王丸がばしばしと叩いた。
「さって、それじゃ少しばかり準備をしてくるぜ」
 そう云って彼は席を立つ。
「………もう一度だけ聞くが。本当に良いのか、虎王丸?」
 そして、背中からかけられた声に苦笑した。
 こういう真面目腐った男だって、世の中には居てもいい、と思う。
「言ったろ?俺は、アンタみたいな律儀で真面目な奴、嫌いじゃないんだって」
 に、と気持ちの良い笑みを一度だけ。
 それから、何処までも気楽そうな足取りで、虎王丸は人込みを避けつつ歩き出した。








【2】


「さって、ようやく着いたな……ここが件の村か、レアルス?」
「ああ、そうだ」
 ――――豊かな自然に囲まれた環境の中で、オーマ・シュヴァルツが伸びをしながら呟いた。
 彼の眼前には、小さいながらも集落として立派に機能している村がある。
 それが、今回自分たちが守り切るべき対象なのか、と。自分の依頼主に向かって彼は問うたのだ。
「へぇ、結構良いところだね。こういう場所はボクも嫌いじゃないや」
 続いて、音も無く軽い足取りで遊慶が続く。
 一見女性にも見えそうな美貌と、ふさふさとした尻尾が印象的な彼である。
「レアちゃん、村の名前、なんて言うんだっけ?」
「ヴォルの村、だ」
「ふーん……」
「しっかし、結構遠かったな!とりあえず村へ行って休もうぜー」
 陽気に言ってオーマへ追いつこうとするのは、虎王丸。
 日に焼けた小麦色の肌が良く映える健康的な青年が、レアルスの傍らを過ぎ去った。
「……疲れていないだろう、あれは」
「あらあら、このままでは置いていかれてしまいますわよ、レアルス様?」
「さ、私たちも行きましょう!一刻も早く行って事情を聞かなければいけません!」

 苦笑するレアルスを後押しする声も、また響く。

 殿を固めていたメイと、ゆったりとした足取りで疲労の見えないシルフェであった。
 メイは正義感に燃えた声で、シルフェはどこまでもマイペェスな声で、彼に告げる。
「そうだな。では、私たちも急ぐとしよう」
「ええ!」
「はい〜」
 結局一番後ろを歩きながら、レアルスが村へと進んでいく。
 ……既に遠くでは、村に到達した虎王丸達がこちらへ手を振っていた。
「しかし……これでは私が、年寄りみたいだな」
 誰にも聞こえない声量で。
 剣士たる彼は、仲間の頼もしさを思いつつ苦笑して彼らを追うのだった。




 ―――既に日は傾き、夜の帳が落ちるのも時間の問題である。



「これはこれは、よくぞお越し下さいました……!」
 訪れた家――村長宅らしい――では、村の重鎮らしき者達が既に集合していた。
 ……誰もが心底安堵した顔を浮かべている。
 余程追い詰められていたのだろうと言うことが、用意に窺えた。
「こんな村からは出る収入も微々たるものでしてなぁ……お役人様も、この時期は忙しいとかで」
「まあ、少数の一般兵士程度じゃ、派遣されても解決は難しいだろうしなぁ」
 嘆息する村長を見ながら、オーマが顎を撫でた。
「それで、村長さん。敵に心当たりはあるのか?」
「ええ……ええ!実は、それには心当たりと言うか……」
 とりあえず、と言う感じで聞いてみた虎王丸の言葉に、村長らしき老人がかくかくと頷く。
「なんだ、あるのかよ?」
「ええ…実はですね、一ヶ月ほど前に、墓地の死体を献上しろ、と言ってきた魔術師が……」
「…っていうか、もう明らかにそいつだね。ステレオタイプな悪人だなぁ」
 遊慶が薄く微笑んで紡いだ言葉が、他メンバの意見を代弁している。
「大仰な理由も無い、か……遊慶の言う通り、ステレオタイプだが……厄介ではある」
「ええ……本人からしたら、大した理由なんでしょうけど」
 顔を険しくするメイ。
 ――――天使たる彼女にとって、死者に安寧すら与えない者は赦し難い。
「レアルス様、これで敵の目的はとりあえず特定できましたね?」
「ああ………しかし、それは同時に守る対象が増えたことも意味するな」
「……確かに」
 そのメイに応えつつ、苦々しげにレアルスが呟いた。
 すなわち――――
「村長殿。奴等は村の居住区も襲ってきているのですね?」
「その通りです……」
 がっくりと、村人達が項垂れた。
 襲撃が始まったのは、つい最近のことらしい(長期間襲撃に遭っていたら、村はそもそも全滅だ)のだが、相当の疲労が挙動の節々から見て取れた。……死霊たちは墓地を主目的としているものの、死者も少しずつ出ているとか。
「あらあら、どうします、レアルス様?」
 そこで、今までのんびりと話を聞いていたシルフェが、レアルスの意を汲むように呟く。
 ………また。ぼんやりと、何となしに放たれたと思われがちなその台詞には、しかし二重の意味が在る。
「俺達が確認した情報が正しかったなら……この村の墓地って、相当に広かったよな」
「その通りだ、虎王丸」
「そして―――レアルス様。私たちとしては、一刻も早く敵の場所を突き止めたい」
「………それも、その通りだ。メイ」
 ふぅ、と息を吐いて、レアルスは二人の台詞を肯定する。
 こういうことを一々説明しなくても良いのは幸いだが………それだけに現実逃避もままならない。





「さて……」
 議論を煮詰めるために場所を宿屋の一室に移し、改めてレアルスが仕切り直しの声を上げた。
「取り合えず今夜は、敵本拠地の調査をしている余裕は無い」
「敵の戦力も、ロクに分かりませんからねぇ」
「ああ……オーマに策が在るらしいし、今夜はどうにか出来る筈だ」
 シルフェの台詞(少し眠そうなのは自分の気のせいなのだと信じた)に頷き、レアルスはオーマを見た。
 視線を受け、応、とオーマがにやりと笑う。
「ただ、そう何度も使える策じゃねぇし、気休め以上の意味も無ぇがな」
「そう言うのに詳しいメイちゃんのお墨付きも貰ったしねー……後は、斬るだけか」
「物騒だが、全く以ってその通りだ……」
 遊慶が己の武器をゆらゆらと遊ばせているのを見ながら、レアルスもまた己の長剣に触れる。
 ………死者を斬った経験は、殆ど無い。
「それでレアルス、迎撃班の棲み分けと、迎え撃つ地点はどうするんだ?」
「ああ…幸いこちらには、虎王丸、遊慶、オーマ、メイ……死霊や悪霊を倒すスキルを持つ者が四人居る。加えて、回復術を使用できるシルフェも居るからな。多少の無理は利くだろう」
「ふふ、多少、から外れても頑張らないといけませんわね?私たちは」
「それは無論だ、シルフェ」
 ふわふわと微笑むシルフェに微笑み返す。
「さて、それでは今夜の作戦だが、」
「皆様、そろそろ敵の襲撃時刻です!」
 と、レアルスが結論を出そうとしたタイミングに―――ばん!と扉が開かれた。
 慌てた様子で村人が駆け込んでくる。顔を彩る脂汗は、まさか冗談ではあるまい……
「―――このまま、現地に向かう間に手短に説明することにしよう!皆、期待している!」
「「了解!」」
 一瞬口を噤み、すぐに、優しい顔に似合わない笑みを剣士が浮かべ。



 剣士の願いに、皆が同じく、躊躇わずに頷いたのであった。








【3】



 ………闇夜を、月明かりが照らし出す。

 既に時刻は夜。傾いていた太陽は日の役を終え、姿を完全に潜めている。
 そして……その下を、歩く者たちの姿が在った。
「ウ……ウウ……」
 ………「それら」は一見すれば、成程人のようだった。
 だが、その身体の皮膚の色。その皮膚から発せられる腐臭は、人であることを自ら否定している。
 言うまでも無く、彼らの正体はゾンビと呼称される怪物。
 そして―――その塊の中に散在している半透明のイメェジ。腐臭は……していないが、それも同類でしかない。
 魔物と戦うことを生業としている者が見れば、そのレイスが油断ならぬ存在だと知っているだろう。


「……」

 虚ろな目をした死者の群れは、一心不乱の勢いである場所を目指す。
 彼等の行軍の先には――――中々に広い墓地を持つ、ヴォルの村がある。
「……」
 目的は、無論其処に。
 彼等は彼等の主――自分達から安息を奪った者だが――から、言われている命令を果たすのみである。
「………」
 誰が何を言うでもなく、やがて彼等は二手に分かれる。
 目的は二つある。ならば、それは当然の行動であった。一方は村の正面から。もう片方は、裏手の美地へ……





 無論。
 そのどちらもが、目的を達せずに終わるのであるが。






「……来たみたいだぜ、レアルス」
「了解した…」
 虎王丸の言葉に頷いて、壁に背をもたれていたレアルスが背を離した。
 手に携えるのは、抜き身の長剣。基本的には膂力を以って敵を押し切る一品である。
「……シルフェ、君の準備は?」
「完了しておりますわ」
 ちら、と視線を横に流すと、三十センチほどの小振りの杖を持つシルフェが居た。
「聖職者の方から教えて貰った術は?」
「ええ、使えます……けれど、あくまで護身程度にしか成り得ませんわね」
 困ったものですねぇ、とシルフェが嘆息する気配が伝わってきた。
 

 ―――流石に今回は死者の密集する死地に臨むと言うことで、彼女もそれなりの準備をしてきた。
 初歩的な攻撃呪文の習得と、補助具である杖の調達がそれであった。
「とは言え、普通は一朝一夕で身に付くものではありませんし……どうにか、私の慣れ親しんでいる水属性の術を応用して攻撃に転化するのが精一杯でした。うふふ、困りましたねぇ」
「……この状況で笑っていられるのは、素直に大物だと思うけどな」
「同感だ…」
 苦笑しつつ、前衛の二人が前に出た。
 ……目の前には、あろうことか敵の大群である。
「この群れと、墓地へ向かった奴等以外の散発的な奇襲は?」
「村人への攻撃と言う点なら、おそらく大丈夫だろう。……オーマの聖水が役に立つ」
 確認口調で聞いてくる虎王丸に、一言で返す。
 そう、オーマが大量に持ち込んだ高位の聖水を、村の人々の住居に振り掛けておいた。
 死者を倒す威力は無いが、暫くの間の加護は得られる。根本的な解決ではないが、十分だった。
「なら、俺達は敵を倒すことだけ考えれば良い、か!」
「ああ……行くぞ!」
「応!」
 既に目の前に迫る敵軍――――虎王丸もレアルスも、進むことはあれ退くことは無い。
 分かれた仲間達も、そろそろ必死の迎撃を始めている頃。

「なら、俺達が退く理由は何処にも無ぇ!」

 共に高速で駆ける中、先に仕掛けたのは虎王丸だった。
 彼が携える日本刀、その刀身には、いつの間にか白い焔が宿っている。
 ………彼の所有する異能、「白焔」である。
「ああああああああああああああああ!!!!」
 吸い込んだ呼気を一気に吐き出し、激情の焔と共に敵の最前線へと叩きつける!
「オオオオオオオ!?」
 白き焔は、無論邪悪を許さず。
 轟、と上がる焔は一撃の威力と範囲を助長し、密集する敵に大穴を開けた!
「レアルスッ!」
「承知!」
 其処を見逃すレアルスではない。
 彼もまた長剣を持ち、突撃する勢いを器用に殺さず、その威力を振るった。
 すぱん!と小気味良い音すら響かせて、数体のアンデットが上半身と下半身を離散させる。
「やるじゃねぇか、レアルス!」
「君も―――思い切りの良さは大したものだ!」
「へへっ……まだまだっ!」
 豪快にして、大味。けれど必殺の一撃を振るいながら虎王丸が敵を蹴散らし進む。
 脅威は後方に控えるレイス。奴等は直接攻撃こそアンデットに劣るが、術を使う。
「……!」
「遅ぇっ!」
 こちらへ手を翳してくる目の前のレイスに肉薄―――
(斬撃は……数瞬間に合わねぇか!)
 ならば、
「おあああああああああ!」
 吼え、彼は形振り構わず、利き手とは逆の手に焔を召喚し―――乱暴に幽霊へ叩きつけた!
「!」
 面食らい、思わず動きが鈍るところに、
「あらあら、しぶとい方ですねぇ」
 のんびりと、響く声もある。
 死者は戦慄など覚えないが――――しかし、意外と軽やかな動きで迫るシルフェは脅威であっただろう。
「観念して下さいね?人に迷惑をかけてはいけませんよ」
 その優しい叱責と共に、水――そう、水だ―――で構成された鞭が、自分を切り裂いた!
 それ自体は、初歩の魔術。
 けれど、水の魔術に精通し、触媒にオーマの用意した聖水を使うなら、それは死者を追い詰めるに十分な代物。
 音も無く、レイスの一人が霧散した……。
「さ、レアルス様に虎王丸様。まだまだ先は長いですよ?」
「ああ!」
「……無論!」
 ひらりと、素早く敵の攻撃圏内から逃れるシルフェの声援を聞いて二人が吼える。
「レアルス、あっちは大丈夫だと思うか!」
「自分で確信している問いはしないことだ、虎王丸!」
「……へへっ、そうだな」
「シルフェ!君は本来戦闘向きではないだろう?あとどれくらい保つ!?」
「ええ、体力は大丈夫なのですけれど……」
「何か異常か!?」
「……やっぱり、今日は少しばかり眠いですねぇ」
「我慢してくれえええええええええ!」
 レアルスの悲鳴が、響いた。





「……なんか今、レアちゃんの悲鳴が聞こえなかった?」
「うん?気のせいじゃねぇか?」
「うーん、それじゃボクの聞き間違いかなぁ……」
「苦戦しているのでしょうか……」
「曲がりなりにも下僕主夫の魂を持つ男だ、そいつぁ無ぇと思うがね…」
 ……ほぼ、同時刻。
 村の裏手にある墓地の入り口を固めながら、遊慶、オーマ、メイが呟いていた。
 半信半疑な遊慶の台詞の通り、既に表ではレアルス達が戦闘を始めている。
「さて……レアちゃんのピンチは置いておいて。こっちにも来たみたいだね」
 目を細めて、笑いながら遊慶が呟く。
 他の二人も、言われるまでも無く来客に気付き―――自分たちの視線の先、村の外を睨む。
 そこには、レアルス達が迎え撃っているのとほぼ同数の敵が居た。
「うっわぁ……予想通り、やっぱり二桁以上は確実に居るね」
「みてぇだな…」
 何処までも明るい口調で、遊慶とオーマ。
 前者はその手に、漆黒の刀身を持つ両手剣を。後者は、丸太とも見紛う、身の丈程の銃を持つ。
「……後方のレイスが厄介ですから、私が一気に崩します」
「オッケー、それじゃボクたちは動く死体の掃除役だ」
「よぉし……それじゃ、こっちも始めるぜ!」
 既に相当の距離を詰めている敵へ向かって、豪快なオーマの叫びが契機と成る。
 手に炎纏う爆炎剣・イグニスを持つ遊慶が、信じられない速度で敵へ肉薄する!
「さ―――楽しませてね!」
 表向きはいつもとギャップを微塵も感じさせない軽い口調もそのままに、
「……灰にしちゃえばさ。二度と起きることも無いでしょ?」
 重量が見て取れる両手剣を、彼は軽々と振るい敵の行軍を一撃で食い止めた。
 高熱を、炎を散らす彼の愛剣が、絶対的な脅威となって敵を脅かし―――敵もそれを自覚する。
 アンデットが、薙ぎ倒されて行く同胞にも構わず遊慶を取り囲む……
「……あれ、良いのかな?」
 それが。
「ボクとしては嬉しいんだけど………他の人も構ってあげないと、いじけちゃうんじゃないかなぁ」


 下策だとも、気付けずに。


「遊慶、跳べっ!」
「!」
 響く警句は一瞬で、しかしオーマの意図を汲み遊慶が高く高く跳躍する。
 見上げる彼等は、無防備。言うまでも無い。
「んじゃ―――掃除を始めるぜっ!」
 そこへ、オーマの具現銃から放たれる聖水弾と光線弾が降り注ぐ!
 速度は破壊力に。そして、付与された属性は致命的なそれ。
 瞬く間に、遊慶を追い詰めるはずの大群が倒れて行き―――
「……くす。頃合だね?もっともっと斬らせてもらうよ!」


 自由落下の勢いのままに、落ちてくる刃もあるものだ。

 オーマの攻撃はその瞬間からピンポイントなものに切り替わり、尚も敵を追い詰める。
 …稀に「アタリ」であるらしい弾に当たったアンデットが健康体に変わり、恥かしそうにしていたりもしたが。
「ふっふっふっふ!死者にとっては腐臭ボディが誇り!完璧マッスルボディは恥ずかしいだろう!」
 ………いや。それは、さておき。
「……」
 そこまでして、やっとレイスが術を完成させかけるが―――
「遅いです!」
 空を翔る白の天使が、それを許すはずも無い。
 天使の名はメイ。手に携える大鎌の銘はイノセントグレイス―――彼等に安息を与える存在だった。
「貴方を、浄化します!」
 滑るようにオーマと遊慶の独壇場の上空を通過し、メイはイノセントグレイスを振り下ろす!
 結果は見るまでもなく。
 死して尚安息を得られなかった魂が、救われた。
「オーマ様、遊慶様!どんどん行きます……彼等に安らぎを!」
「同感だ!」
「ボクも、まだまだ斬り足りないからね………ペースを上げさせて貰うよ!」
 加速度的に、戦闘が終結へと向かっていく。



 ………一足早く戦闘を終結させたレアルス達がこちらに来る頃には、三人も戦闘を終えていた。





「終わった、か……」
「ああ」
 敵の骸が殆ど確認できなくなった墓地を見て、遅れて到着したレアルスが呟く。
 ……彼等もまた、すぐそこで同じ程度の軍勢を撃破した後である。
「さて、次の手をどう打つか……」
 言って、レアルスが黙考に入る。
 自分たちの存在は、まず確実に知られた。
「って言うか、村に入る前から知られてたと思うよ?見られる気配、感じたし」
「ああ……状況把握のために、死者の見張りは周辺に張り巡らされている、か」
 遊慶の指摘に、一人頷く。
 それに続けて発言したのは、オーマだった。
「しかし、悪いことばかりじゃ無ぇぜ……さっきの戦闘中に、敵の操る波動を多少なりとも感知できた。ある程度は、敵の居場所も見当が付いたぜ」
「それは明るいニュースだが……第二波が無いとも限らない。皆の体力も考えると……」
「今夜だけじゃ決着は見ない、か」
「そういうことだ」
「多分、敵の魔術師も油断しないで防御を固めてるだろうしなぁ……」
 ぼやくような虎王丸の言葉も、また真実を突いている。
「でも、多分次の夜まで待ったら。強敵の存在を知った敵は、かなりの数をこちらに回しますよね?」
「そう、そこも重要なんだ、メイ……ううむ。危険を覚悟で、昼間に敵の牙城を切り崩すか。それとも、夜に敵の戦力を削り、その後に乗り込むか……どちらもあまり変わらないようだが……」
「そのプロセスの途中で、敵が逃げることもありますね?」
「………そこも、問題だな」
 考えれば考えるほどに、思考は泥沼に嵌って行くのだった。
「敵に対して、何らかの油断を噛ませておきたいところだ…」
「あらあら、それでしたら、レアルス様?」
「ん?」
 皆が悩む中、ぽん、とシルフェが手を叩く。
「どうした、シルフェ?」
「ええ。でしたら――――いっそのこと、積極的に敵さんの油断を作ってしまいましょう?」
 にっこりと微笑む彼女の笑みが、ただその場を支配した。
 語り始める彼女の言葉に、誰もが耳を傾ける………







【4】


「―――依頼を降りるとはどういうことだ、オーマ、遊慶!」
 次の日。
 村の外の、草の生い茂る平野で。レアルスは怒ったように叫んでいた。
 自分の後ろには、メイ、シルフェ、そして虎王丸。
 そして、自分が叱責する目の前には―――仲間であるはずの、オーマと遊慶だった。
「悪ぃな、レアルス。娘と約束していたのを思い出してな」
「オーマ!」
「やっぱりあの程度の報酬じゃ割に合わないしねー。敵も沢山斬ったし、ボクも引き際かなぁって」
「何を今更……」
 飄々と言ってのける二人に、レアルスは怒気を隠そうともしない。
 背後で事の成り行きを見守る三人は、先行きの怪しさに顔を曇らせるばかりだ。
「二人とも!」
「もう……レアちゃん、少ししつこいよ?」
「まったくだぜ……落ち着けよ」
「だが!」
「………やれやれだ」
 尚も食い下がるレアルスを、オーマがその太い腕で殴り飛ばす。
 がっ、と言う音が響き、同時にレアルスが後方へとよろめいた……否、倒れてしまう。
「とにかく、話はそういうことだ。村人が死なないよう、頑張ってくれや」
「エスメラルダに、応援でも頼んでおくから期待しててねー!」
「待て……!」
 叫ぶ声も、彼らを止められず。
 ………オーマと遊慶の姿が、やがて完全に視界から消えてしまう。

 事情は、おそらく誰が見ても明らかであっただろう。

 頼もしい仲間であったはずのオーマと遊慶の離脱。

 口に出せばそれだけだが、しかし致命的な事件。

 ……そんな事件が起きたと言うことを端的に意味していた。

「レアルス様、大丈夫ですか?」
「ああ………くそっ、ただでさえ人手が足りないと言うのに!これでは敵を追い詰められない!」
「まあまあ、落ち着いて下さいまし。今治療致しますわ」
 激昂するレアルスを、メイとシルフェが宥めすかそうと必死である。
「……村に戻ろうぜ、レアルス。予想外の事態は痛ぇが、対策を練らないと。聖水もあまり残ってないんだろ?」
「……そうだな」
 虎王丸の言葉に頷いて、戻ろう、とレアルスが皆に告げる。
「なぁ……レアルス。こんなんで、本当に大丈夫なのか?」
「何を言っている……仲間を信じろ、虎王丸。私達ならこの状況も打破出来る筈だ」
「うふふ、そうですね。きっと明日の朝は、笑って迎えられますよ?」
「そうです!私達が頑張れば、悪い魔術師も撃退できますよ!」
「…………へへ、そうだな。俺達は、俺達に出来ることをやるだけだ」
 皆と共に頷いて、虎王丸もまたオーマ達の方向に背を向け、村に戻り始める。
 二人の抜けた穴をどう埋めるか、などと話しながら、四人の姿も消えた。


「………」

 そして……その近くの草むらが、がさりと揺れたのは、気のせいではあるまい。
 この、レアルス達にとっては最悪の展開を。
 見ていた者が、居たのだろうか………









 ―――そして、夜である。


「………」
 昨夜起こった襲撃が、今夜起こらぬ道理は無い。
 凄まじい数の、アンデットとレイス。昨夜よりも確実に多い。
「……」
 彼等は昨夜と同じように、彼等は二手に分かれて村を襲う。
 一方は村の表から。もう一方は村の裏手から……

 しかし、変わらないのは「こちら」の事情だけ。


「………」
 村の表から襲撃をかけようとした軍勢は、そこに待ち受ける敵が居ないことを知る。
(否、刷り込まれていた情報が正しかったと証明された、という方が正しいか?)
「…………」
 聖水も、付与されていない。
 敵も、居ない。
 人の気配も――――――無い。
「!?」
 アンデットよりはましな知性を持つレイスの数匹が、その最後の情報に愕然とする。
 気配が無い!?村人の!?
 村の中の事情は看破できないものの、外の動きは逐一見張っていたはずだ。
 それが、一体どうして――――

「オオオオオオオオオオオオオオ!?」

 その思考を中断させるように、遥か彼方から悲鳴が上がる。
 自分達、アンデットと同じ類の者が上げた悲鳴に相違ない。
「………!?」
 理解できない。
 何が、どうなっているのか。
 自分たちは、絶対的な有利に立っているのではなかったのか―――――?







「レアルス、右だあああああああ!」
「ちぃ……!」
 虎王丸の叫びに、右をロクに見ることも無く剣を振り回す。
 ざしゅっ、と言う、死体を切断する嫌な手応えが伝わり、自分が窮地を脱したことを知った。
「虎王丸、助かった!」
「応よ!」
 礼を言いながら、レアルスは一瞬で体勢を立て直し、
「ふっ!」
 目の前の敵を、駆逐する。
 背後には下がれない。自分たちの後ろには――――守るべき人々が居る。
「メイ!そちらの状況はどうなっている!?」
「シルフェさんと同時に当たってギリギリです!申し訳ありませんがそちらの援護はもう少しだけ――」
「了解した!」
 切迫したようなメイの応答を聞いて、落胆する暇も無い。




 彼等は、四人で墓地を舞台に戦っていた。
 そして、その後ろには――――数十人に昇る村人が、身を寄せ合って震えている。
 その周りには、オーマの残した聖水を惜しみなく撒いてあった………簡単には、近づけまい。
「せああああああ!」
 これが、四人で考えた火急の策。
 守らねばならないのは村人と彼等の家族が眠る墓地。ならば、それを一箇所に集めれば良い。
「敵の一角を切り崩す!……レアルス、援護は任せたぜっ!?」
「任せろ!」
 防戦一方の状況を打開せんと、剣に白焔を宿らせた虎王丸が駆ける。
 彼は己の安全も省みずに敵の数の厚い場所へ奇襲を掛け、手に持つ刀を一閃する!
「喰らいやがれっ!」
「グアアアアア!」
 悲鳴を上げて数体が倒れ臥す。
 刀と言うより、クレイモアでも振り回しているかのような豪快な一撃。
 その隙を突き、鈍重だがしぶといアンデットが虎王丸を襲うが、
「………甘いんだよ、間抜けっ!!!」
 反対の手に渦巻く焔は、隙を見せていない彼の心情を表し燃える。 
 利き手を振り回した勢いのまま、くるりと独楽のように回転し――燃え盛る浄化の焔を撒き散らす!
「敵が怯んだぜ、レアルス!」
「おおおおおおおお!!!」
 穴の開いた箇所を、更に剣士が猛進する。
 完全包囲の優位に立っていた筈の死者の群れが、今にも崩れんとしていた。
「!」
 その流れを食い止めんと、レイスがレアルスに立ち塞がる。
 如何に優れた剣士であろうとも、手に携える剣に霊的な力は感じられない。
 ならば……
「くっ……!」
「レアルス様、下がって!」

 ――――ならば、その対策が成されているとは、考えられないのか。

 舌打ちしてバックステップを取るレアルスと入れ替わりに、天使がふわりと到達する。
「お逝きなさい。此処に貴方の場所は無い―――」
 手に持つ大鎌は、救いの象徴。
 纏う無名の戦鎧も、神の祝福を付与された絶対存在。
「はあああああああ!!」
 その小さな身体からは想像も付かない速度で振り回された安息の鎌が、レイスを凄まじい勢いで刈り取って行く!
 

 ………だが、彼女は本来後衛であったのではないか?
 考える亡者が、虎王丸の猛攻も掻い潜り生者へと襲撃するが、
「あらあら、ご苦労様です」
 にっこりとした微笑に、迎えられる。
 ……長い長い透明の鞭。聖なる水の束が、この身を拘束して……焼く。
「オオオオオオオオ!?」
「数も、減って参りましたからね……うふふ、私も少し、頑張ってしまいますよ?」
 見れば、聖水の陣を取り囲むように。
 シルフェの展開する水の魔術が、敵の猛威を防いでいる。
「皆様方、一気に決めて下さいませ………慣れない術故、あまり持ちそうにありません」
「頑張れ、シルフェ!」
「疲れたら、眠ってしまっても宜しいでしょうか?」
「頑張れ、シルフェッ!!!!」
「あらあら、うふふ」
 ふわふわとしていて……だが、頼もしい防壁だった。
「レアルス様、もうすぐ表から襲撃を掛けようとしていた軍勢がこちらに来ます!」
「分かった!メイ、シルフェ、虎王丸!もう少しだけ付き合って貰うぞ!」
 会話するうちに、目の前の敵が見る間に減り。
 遠くから、ざっ、ざっ、ざっ、と。敵の来訪を告げる音が鳴る。
「では………第二幕の始まりだ!皆、朝はそう遠くないぞ!」
「ああ!」
「ええ……」
「了解しました!」
 ………長い長いヴォルの村の夜は、まだ、終わらない。


 レアルス達は時も忘れ、その牙を振るい続ける…………。







【5】


「ふん……存外に粘るな、馬鹿共め」
 苦々しげに呟く声が、洞窟に木霊した。
 ……「死者の目を通して視る」映像を見て、彼は不服そうに鼻を鳴らす。
「まったく……正義感を振り回す馬鹿は、これだから始末に終えんのだ」
 本当に忌々しい、と言わんばかりに彼は口を開いて嘆息する。

 ―――此処は、ヴォルの村から離れた場所にひっそりと位置する洞窟の最奥部。

 すなわち、動く死者が生み出され、その元凶が住まう場所だった。
 そして、元凶である魔術師―――既に初老を迎えた男が、忌々しげに水晶球を見詰めている。
「これでは、押し切られるか……」
 苦々しく思うだけでは、状況は変えられない。
 彼は観念して、護衛も最低数に留め、監視等を行っていた全ての者を村へと向かわせる。
「やれやれだ……」
 これだから、崇高な研究を理解しない一般人は嫌いなのだ。
 素直に死体を渡せば何もしなかったと言うのに。彼は己の所業が悪いことではないと信じていた。
(もう死体でしかない物を有効活用して何が悪い)
 あまつさえ、正義感を振りかざして街から護衛がやってきたのだから喜劇である。
「本当に、理解し難い輩が野には多い……」
 その反応が普通の情を持った人間のそれだと、彼は信じない。
 故に人里を離れ、この暗い暗い洞窟に落ち着いたのだ。
「しかし……昼間のアレは、中々に笑えたな」
 不快なときは、愉快なことを考えるに限るものだ―――――そう思い彼はく、と笑った。
「依頼主らしき者は相当に怒っていたが……分からんな。アレが得策だと気付けんとは」
 彼は、逃走した二人の行動を評価していた。
 どう考えても利の無い戦いだと計算し、潔く我が身可愛さに逃げることの何が悪いのか?
「ああいう行動が、普通なのだ……ふん、あの二人は見所があった」
「そりゃ、お褒めに預かり光栄だ」
「………!?」
 聞こえるはずの無い他人の声。
「馬鹿な!?」
 思わず狼狽して、彼は部屋の後ろへ振り向いた。
 そこには――――

「ふぅん、君が悪い魔法使いか。予想通りに悪い人相だね」
「へ、そりゃ確かにその通りだ」


 既に逃げ出したはずの、オーマと遊慶が立っていた。






「馬鹿な……何故!?」
 何故此処に居る、と。信じられないように彼は呟く。
「何故此処に居るのかって?……そりゃ簡単だ、魔術師」
 肩を竦めて、オーマが笑った。
「ありゃ、芝居だったのさ」
「芝居……だとぉ!?」
「ふっふっふー、ボク達の演技力も捨てたもんじゃないよねー」
 気楽そうに言う二人と対照的に、魔術師は愕然とする他無い。
 自分は―――その芝居に引っかかり、今こうして窮地に立たされているのだから!
「あの程度の数じゃ、監視の目を掻い潜ってくるのも簡単だったよ?」
「ま……魔術師の住処にしちゃ、些かお粗末な出来だったしなぁ」
「う、うるさい!」
「あ、動かないでね?妙な動きをしでかしたら―――指の一本や二本は、貰っちゃうから」
 狼狽して腕を振り回す魔術師を、投げナイフで遊慶が牽制する。
 その時――――偶然か遅効性の必然か、後ろの扉から数対のアンデットが現れる!
「おお!お前ら、こいつらを殺せ!殺してしまえ!」
 勢い込んで魔術師が叫ぶが……既にこの時、彼はもう平静ではなかったのだ。
 昨夜の二人の戦い振りを見ていたなら、すぐにでも逃げるのが得策であったのに――
「うわぁ、高らかに馬鹿笑いしてるよ……オーマちゃん、左は任せて良い?」
「ああ、行くぜ!」

 最早、物語は最高潮。
 温い道を行くつもりは、毛頭二人の脳裏に存在しない―――地を蹴り、全力で二人は駆ける!
「ふふっ、さあ謝落(しゃらく)――――ボクの意と、威を示せ!」
 浮かべる余裕の笑みは、レアルスの依頼を受けたときより消えることは無く。

 愛剣イグニスを愛称で呼ぶ遊慶が、すれ違いざまに二匹のアンデットを塵と変え、

「おおおおおお!!いかんなぁ、その程度の攻撃で俺の親父愛マッスルボディは傷つかねぇぜ!?」
 豪快なオーマの体当たり――なにやらアンデットの身体に怪しげな勧誘パンフレットがめり込んでいる――が、同じく残りのアンデットを吹き飛ばし、無力化させる!
「ひ……ひいっ!」
 此処に至って、魔術師はようやく逃げなかった己の愚を悟るが……遅い。
 目の前には。
 瞬きの間に距離を詰めたオーマと遊慶が立っていた。
「チェックメイトだぜ?」
「さて……ボクも見境の無い殺人鬼じゃないから、殺さないけど」
 しゃっ、と腕を振り、手に短剣を握る遊慶が微笑んだ。
「―――ボク達の要求くらい、理解できるよね?」
「あ、ああ……」
 頬に刃を当ててやると、存外素直に魔術師はかくかくと頷いた。
 彼が呪文を唱えた途端、水晶球の向こうでレアルスたちと戦っていた者達が動きを止める。
「うん、よし……それじゃ、コイツ縛っちゃおうか?」
「ああ、そして然る後にナウ筋矯正を施して反省を促すぜ!」
「……内容は分からないけど、なんかヤだね、それ」
「おう!」
 微妙に噛み合わない会話をしながら、ぐいぐいと持参したロープで悪者を縛る。
 既にオーマはナウ筋矯正(?)の準備のために己の気力を昂ぶらせて呼気を吐いていた。
 ………その闘気の凄まじさたるや、微妙に戦闘時よりも高い気がする。多分気にしてはいけないことなのだろう。
「ふぅ、流石に隠密行動は疲れるね……さ、戻ろうか?」
 大きく息を吐いて、遊慶が水晶球を見る。
 其処には、何が起こったのか。誰が何をしたのか、確信しているレアルス達。
「仲間達のところへ、だな!」
「おー、なんだか青春って感じの台詞だね。ボク、初めて聞いたよ」
「ぎゃああああああ!?筋肉が!筋肉があああああああ!?」
 ……微妙に洒落にならない絶叫が聞こえるが、きっと気にしてはいけないことだ。
 オーマに組み付かれて悲鳴を上げる魔術師をずるずると引き摺りつつ、二人は帰途に着いた。






 それから後は、ありふれた物語の解決に似た、平和なものだった。
 役人に魔術師を引き渡し、村人は涙して礼を言い、レアルス達は数日に渡る歓待を受けることになる。
「……今回は本当に助かった。皆、力を貸してくれてありがたく思う」
「はっはっは、良いってことよ!それより今夜は、下僕主夫としての心意気を徹夜で教えてやるぜ!」
「それは……なんというか、ありがたいな。それも死ぬほど」
 宴の最中にぺこりとレアルスが頭を下げ、皆が思い思いの言葉で彼を労った。
 ばしばしと、オーマが酔った勢いでレアルスを叩く。
 ………首筋を狙い澄ましたように、びしびしと。
「っていうか、死ぬんじゃねぇかー?にゃはははは、世界が回ってるぜー!」
「うむ……というか、虎王丸にアルコールを飲ませたのは誰だ!?」
「あらあら、いけませんでしたか?」
「シルフェ、君と言う人は……」
「ほらほら、固いこと言わないで。レアちゃんも浴びるように飲もうねー♪」
「ぐふっ……遊慶、ほ、本当に頭から浴びせるのはどうかと思うぞ!?」
 怒涛の攻勢が、絶妙の連携を以ってレアルスを追い詰めていく。
 何故かピンチだった。
「メイ……き、君は酔っていないようだな。良かった……」
「ええ、この程度で酔うような未熟者ではありませんから!」
「………………そ、そうか」
 微妙な疲労感を味わいつつ、苦笑を浮かべてレアルスは宴に加わり続ける。
 ……少しくらい、羽目を外しても誰も怒るまい。
「私も、本格的に酔うことにしようか……疲れた」
「「おー!!」」
 賑やかに、夜は更けていく。
 悪しき魔術師と動く死者に脅かされていた村は、もうその陰を見せることは無いだろう。
 レアルスはハイペェスで酒を飲みながら、仲間に感謝しつつそう思う。



 ―――――此処に、剣士の願いは果たされた。

                           <END>












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】
【2969/遊慶/男性/25歳/賞金稼ぎ】
【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】
【1063/メイ/女/13歳/戦天使見習い】






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■         ライター通信          ■
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 虎王丸様、初めまして。
 ライターの緋翊です。この度は「剣士の願い」へのご参加、どうもありがとうございました!


 虎王丸さんは初めて依頼にご参加頂いたので、出来得る限りプレイングに忠実に描写させて頂きました。気に入って頂ければ良いのですが……
 物語中ではレアルスと並んで守りの要役をこなして頂きましたが、如何でしたでしょうか?

 
 楽しんで読んで頂ければ、これほど嬉しいことはありません。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


                           緋翊