<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


交響幻想曲 −機械仕掛けの街−



 ある日突然に1つの噂がソーン中に広まった。

 それは、ある晴れた日、何もないはずの街外れの街道で、大きくそして美しい管弦楽団(オーケストラ)を聞いたと言うもの。
 しかし、音はすれど姿は見えず、辺りは何も変わることなく木が立ち、草が生え、雲が流れていた。
 旅人は首をかしげ立ち尽くすが、音楽は鳴り止む気配がするどころか、どんどんその音を大きくしていく。
 まるでコンサートの最前列で音の振動に耳が震える感覚を全身で受けながら、その音に身を任せるように瞳を閉じると、突然の疾風が旅人の頬を叩いていったのだという。
 そして無人のオーケストラは、歯車が回るような音だけを残して、風に掻き消えるように消えてしまった。

 そんな話が、黒山羊亭のエスメラルダの耳に入るのも時間の問題であった。
「草原の中のオーケストラ…。ロマンチックよね」
 ただ広い空の下で、バックミュージックとして響く音楽。
「エ…エスメラルダ!」
 バンっと黒山羊亭の扉を開け放ち、1人の冒険者が中へと飛び込んできた。
「外へ出てみろ!」
 あまりの冒険者の驚きように、エスメラルダはストールを羽織って黒山羊亭の外へ出ると、遠めに星空の下にも黒く聳える“何か”が地面に突き刺さっていた。

 ズズズズズ―――…

「きゃ…」
 突然の自身に店の壁に手を付いてこらえると、その“何か”は少しだけ先ほどよりも傾いたように見えた。




Life is either a daring adventure or nothing.           Helen Keller





 カツンと靴音を響かせて、この不可思議な街に降り立ったのはアレスディア・ヴォルフリートだ。
 その背には丸めた白い紙やペン、インクを入れた鞄が背負われている。
「大荷物だな」
 ふぅっと煙草から煙を吐き出して、街の道に荷物を下ろしたアレスディアへとキング=オセロットが視線を向ける。
「日を分けて散策する場合、地図があった方が便利だと思ってな」
「その意見には私も同意だ」
 そうは言いつつもオセロットの持ち物は煙草だけという身軽さで、地図を書く様な道具は持ち合わせていない。
 それもそのはず、オセロットはサイボーグであるという自身の記録容量を利用して街の外観を覚えていけばいいのだから。
「でしたら、作った地図の確認が出来ますね」
 ゆったりと辺りを見回しながら後を付いてくるように歩いてきたのはシルフェだ。
「この街が紡ぎやがってるのは心地よきが非話音声か、それとも否かか……」
 辺りを見回すように、どっしりとそしてしっかりとした足取りで街に踏み入ったオーマ・シュヴァルツは、徐に懐に手を伸ばして、一輪の花を取り出す。
「うっわー……」
 屋根の上から届いた声に視線を向ければ、背中に剣を背負った湖泉・遼介が、手扇を作り辺りを見回していた。
「大丈夫か少年!?」
 そんな遼介を心配して、黒い羽根を数枚散らしてサクリファイスは屋根の上に降り立ちながら心配そうに声をかける。
(管弦楽団の謎、解けるかねぇ)
 エスメラルダがオーケストラの噂を聞いた直後に落ちたこの街。関連性を考えてもいいだろうとランディム=ロウファは一行の最後からのんびりと街へと足を踏み入れた。
 そうしてどうやってこの街の散策を始めようかと相談を持ちかけてみる。
 当然、アレスディアを始め、オセロットやシルフェは元々から地図を作るつもりだったのだから目的ははっきりしているため、今更説明する必要はない。相談が必要だとすれば、まとまって行動するか否かくらいだ。
「私は空を飛べるし……上空からこの街を見てみようと思う」
 サクリファイスの翼があれば確かに歩いて回るよりははるかに早く街を一周することができるだろう。
「俺も道路をちまちま歩くつもりはないぜ」
 そう言えば遼介はこの街に来た時にはもう民家の屋根に上っていた。
「屋根伝いで移動できるし、歩くよりは早くいろいろ見れると思う」
 と、屈伸運動をしながら今にも飛び出していかんばかりの元気さで言葉を締めくくる。
「俺はそんな高尚な目的はないが」
 ランディムが肩に担いだ突撃銃のベルトを持ち直してちらりと周りを見る。
 テーマパークとして考えれば、観光客が居ないおかげで色々と風景を見てのんびりとできそうだ。
「まあ、目ぼしいものが無いか探してみるさ」
 一応何かあってもいいように護身用に突撃銃を借りてきたし。
 最後、オーマはごそごそと服の間から何かを取り出す。
「俺はこれだ」
 取り出したのは一見なんの変哲も無い一輪の花。
 そう『想い』に反応するこのルベリアの花を頼りに、街に残る『想い』を探し、見てみようと思った。
 “落ちてきた”この街が、故郷である空中浮遊大陸を思わせ、どこか懐かしい気分になりながら。
「では、それぞれの探索が終ったら、暗くなる前にここに戻ってくるというのでどうだろう」
 それぞれが手に入れた情報をバラバラに話すよりは、1つにまとめてしまったほうがエスメラルダも喜ぶだろう。
 バラバラの帰還で、もし帰ってきていないという事になってはいけないから。
 一同は帰りにまた此処で落ち合うことを了承して、それぞれの探索へと向かっていく。
「のんびり散策ってーなら、俺たちは同士だな」
「へ?」
 一瞬殊勝な顔つきで薄く微笑んだオーマだったが、のんびりと歩き始めていたランディムの肩をがしっと掴む。
 しかしどうにも突っ込み体質のランディムは、過去の経験からオーマと行動を共にしていてはあまりろくなことがないと知っていた。けれどこの場合早々にこの場を立ち去らなかった自分の落ち度だと、溜め息を吐きつつ視線を黄昏に泳がせる。
 意気揚々と歩き出したオーマの後にやれやれと思いながらもついて歩き出す。本当に嫌ならばコッソリ違う道を行けばいいのに、それでも共に歩き出すランディムも少々苦労性の気があるように見て取れた。
 オーマの大きな背中を見物するように後を付いていけば、オーマの足取りには少しの迷いも無く、ただ一直線に進んでいることがわかる。
 馬車が行き交うことが出来るような広さの大通りとは違い、入り組んだ西洋の田舎の裏路地的な家と家の間の細い道は、まるで迷路のように多種多様に伸びている。
 その中をオーマはわき目も振らずに進んでいるのだ。
 そんな確信的にも見える行動に、つい、何かを信じてしまいそうになる。
 しかし歩き出してから幾分か経ったところで、オーマはふと足を止めた。
 此処へついた最初は、やはり着いたばかりという条件から花が想いを感じ取れて居ないのかと思ったが、それはまったくの間違いで、着いたときから花の色は一片の変化もしていない。
 いや、変化がないというのも、もしかしたら間違っているかもしれない。
(…黒?)
 花びらの色は変わらずとも、花の中心部に、何か集約されたような黒。
 これは、闇―――か。
 だとしたらそれは誰の?
「………」
 いつも軽口と、筋肉が強調されたような言葉ばかり発しているオーマの表情がすっと固まっている。
(??)
 ランディムは遠目からその姿を見据え、瞳をパチクリさせると小さく首を傾げる。
「あんたでもそんな顔するんだな」
 ふっと笑うように語り掛ければ、オーマははっと我を取り戻すようにランディムに視線を向け、どこか寂しそうに微笑んだ。
「いや、まぁな」
 手にはルベリアの花一輪。
 この場所に訪れ、花が感じるという『想い』を頼りに街を散策しようとしていたオーマだったが、この街には何の想いもないのか、ルベリアの花に変化はまったく感じられない。
「枯れかけだったとか?」
 切花の寿命が短いことくらいランディムだって知っている。
 いくら普通の花とは違う特殊な能力を有していようとも、同じ花ならば手折って持ってこられた時点で、普通の花のように寿命がありそうなものである。
「それだけじゃねぇ」
 この街には何の『想い』も存在しない。
 ただそこに在り、ただ何かの規制が外れて落ちた。
 本当に、ただ在っただけ。
 それは表面上に出てきていないだけなのか、はたまた本当に虚無であるのか。
「ま、俺には関係ないけどな」
 ランディムはふぃにオーマから視線を外し、ふと足を止めて街をぐるりと観察する。
 先が緩やかなカーブを描いていく裏路地。
 エルザードの街並みにも酷似するレトロな街並み。
 ランディムはそっと懐からカメラを取り出すと、街並みをそのフレームで捉え、フィルムへと焼き付けていく。
 草原のオーケストラと、不時着した街。
 この言葉だけ考えればどこにも接点など感じられない。
 そしてランディムが今歩く裏路地から辺りを見回した限りの情報では、ただの偶然だったと言ってしまっても落胆はすれど間違ってはいないように思えた。
 しかし、それならば……
 エスメラルダさえも噂で聞いた程度で実際の管弦楽団の音は聞いていない。
 もし、この街を散策することでそのオーケストラを聴く事が出来たなら、エスメラルダはそれはそれは羨ましがることだろう。
 何も手がかりは無くても、その程度のお土産話だって充分だ。
 ランディムはふっと笑いながら、ゆっくりと歩を進めつつカメラで街の風景を捉えていった。
「花がダメなら、足で稼げばいいってか」
 オーマは握っていたルベリアの花を懐にしまいこみ、ふんっと鼻息荒くにやりと笑って、豪快に1歩足を進める。
「??」
 無駄に足元から響いたような衝撃に、ランディムは恐る恐る振り返る。
「よっしゃー! 行くぞランディム」
 オーマは胸の前で拳骨同士をガツンと打ち合わせ、何か別方向に芽生えた探究心に心を燃やしているのか、その瞳の中に熱く燃える炎が見えた。
 ランディムは無駄に流れ落ちる冷や汗を感じて、口元をひくっと引きつらせる。
「いや、何で、俺を、巻き込むわけぇ!!」
 偶然その辺りに居たものになら絶対に聞こえていたであろうランディムの悲鳴が辺りに響き渡った。



「図書館やら教会やらがありゃ、何か分かりやすいと思ったんだがなぁ」
 うぅむと唸り顔で一人腕を組み、むむっと眉を寄せるオーマ。
「………」
 それとは対照的にどこか精気を持っていかれたかのようにぜーぜーと肩で息をするランディム。
 それもこれも、此処に至るまでに―――

「邪魔するぞ!」
「って、そりゃ王道だけどよ!」
 オーマは突然民家の扉を開け放ち、どっからのオプションか家宅捜査班のようは雰囲気で、ずかずかと家の中へ入っていく。
 頭のどこかで鍵かかってないのかあ。なんて呑気に考えたりもしたが、どう考えても不法侵入である。
 いやしかし人の気配はないのだし、昔の遺跡に足を踏み入れてその家を眺めていく観光客と今の自分達は酷似しているかもしれないが。
 オーマを止めるように向けた足が1歩民家へと入り込み、ランディムは腕を伸ばしたまま動きが止まる。
「け…けっこう普通、だな…本当に」
 ゆっくりと見回した民家の中は、エルザードに存在している民家とそう変わらず、足りないものと言ったらそれを使用していたという痕跡くらいか。
「見ろ、この器。きっと毎夜毎夜、桃色兄貴ゲッチュが酒盛筋していたに違いねぇ…」
「誰か住んでた気配なんて全然しないだろーが」
 ランディムの突っ込みに、ぴくっとオーマの動きが止まる。
「夢を見させろおおお!!」
「夢かよ!!」
 全力のボケと全力の突っ込みに、お互い瞳を交し合い、ぜーぜーと肩で息をする。
 そしてオーマは突然ふっとランディムから視線を外し、よろめくように壁に手を付いてもたれかかる。
「燃え尽きたぜ……」
「えぇ! どこのパクリ!?」

 ―――と、こんな感じのやり取りが、訪れた民家分かわされたからである。
 はぁっとランディムは一度大仰に溜め息を吐いて、前髪をかきあげるように空を仰ぎ見た。
「なぁおっさん。あれ」
 屋根に殆ど阻まれてしまっているけれど、小さく遠く十字架がついた尖塔が見える。
「ありゃ、確かに教会…か?」
 けれど此処から歩いて進むには少々遠い。
 それに、同じように仰ぎ見た空の先、太陽がオーマに時間を告げている。
 そろそろ皆と別れた場所に戻らなければ、約束の時間を違えてしまいそうだ。
「しょうがねぇ。教会はまた次だな」
 頂上にたった1つしか建っていない教会など、この街にとってあの教会がどれほど重要かその立地だけでも見当がつく。
 あそこへ行ければ、この街を無駄に散策するよりは一気に情報を得られそうだ。
「そろそろ戻るか」
 と、振り向いた頃にはランディムの背中はもう遠くのほうへと去った後で、
「こぅら! ランディイイイム!!」
「ぎゃぁああああ!!」
 と、無駄に全速力でランディムを追いかけたりなどしたものだから、まるで鬼ごっこのように集合場所へと戻ったのだった。





Imagination is more important than knowledge.           Albert Einstein




 続々と当初降り立った街の入り口へと戻ってくる。
 次にまた来る事を想定して、地図を作成しようと荷物を持ってきたアレスディアや、同じような考えを持っていたオセロットとシルフェと共に、お互いに見て記した簡単な地図をつき合わせて実際に街を見上げながら精巧度を確かめている。
 翼も持ち機動性に優れるサクリファイスは、同じように軽い身のこなしで屋根から屋根伝いに移動していた遼介と共に街を上から散策して、3人が作成した地図に空から見た情報を伝えていく。
 空を飛ぶメンバーが居たおかげで、詳細とはいかなくとも大まかに足を運べない部分の地図まで出来上がったことは幸いと言えた。
 最後、やけにゲンナリとしたような表情のランディムは、どこか清々しいまでの光るオーラを発して戻ってきたオーマの影になって、その表情までしっかりとは見て取れなかった。しかしテンション的には対照的な2人であった。
「これといって妖しい気配も、込められた『想い』も感じられなかったなぁ」
 そう、持ち込んだルベリアの花は、まったく何の色も手に入れる事無く、ただ咲いているだけ。
 いや何の色もというのは間違いか、そう花の中央が小さく、本当に小さく黒く染まったのだから。
 黒の色が意味するもの。それは、何を意味するのか。
「ま、俺からの収穫と言えば、この写真くらいになるか?」
 ランディムはこの街の風景を収めた元の世界より持ち込んだカメラを一同に見せる。しかし、
「それが現像できれば貴重な資料となるな」
 オセロットは、ふむ…と小さく呟き、ランディムのカメラに視線を向ける。
「かめら…ですか?」
 シルフェが首をかしげる様に、やっとランディムは何かを理解したようだった。
 そんな中、オセロットがカメラに反応したのは、自身が未来的な存在そのものであるから、カメラ程度など元の世界にはゴロゴロしていたためである。しかし、このソーンという世界にそれを活用できる設備や技術はあった記憶はない。
「……っちゃー、それは盲点だったな」
 ランディムは少しばつが悪そうに頭をかきつつ、自分と同じように異世界から来た誰かにでも頼めば大丈夫だろうと、カメラを懐にしまう。
「現像できたらエスメラルダの所へ持っていけばいっか」
 そう、情報は全てエスメラルダに報告することになっている。まぁ依頼主がエスメラルダなのだから当然の行動ではあるが。
「空から見ても、特別な建物と言うのは無かったのだが」
 ふと思い出したようにサクリファイスは口を開き、一度遼介と顔を見合わせる。
「入り口がない家があってさ」
 四方を同じような民家に囲まれて、入り口も出口も見当たらない、そんな家。
「それに建物とかは、エルザードとあんまり変わらないみたいだった」
 何かあるかもしれないドキドキとかワクワクを期待して来たけれど、ただこの街を跳び回り気がついたのは、本当に人っ子一人見当たらないことと、道に面していない家に4方を家に囲まれ尽く入り口が見当たらない事。
「ここからも見えるが」
 そう促すようにしてサクリファイスの視線を追いかければ、小さく街の頂上に十字架が見える。
「あの教会もまた、同じように入り口がなかった」
 流石に機動力に優れているとはいえ、遼介の足でも頂上までは届かず、こればっかりは空を飛んでいたサクリファイスだけが知ることが出来た情報だが。
「四方に入り口がねぇってことは、どうやって入るんだ?」
 次にここへ来たならば、あの教会を目指そうと思っていたオーマに突然の弊害発生である。
 ただ首を小さく振ったサクリファイスに、オーマは考え込むようにして顎に手を当てた。
「そうだ、遼介」
「ん?」
 そして思い出したようにサクリファイスは遼介を見下ろして、促すような視線を送る。
「あ、ああ」
 その視線を受けてやっと思い出したのか、遼介ははっとしてポケットを探ると、何かの欠片にも見て取れる水晶の輪を取り出した。
「それ、どうした?」
 遼介に率先して問うたのはオーマだった。
 そして、その手にはルベリアの花が握られている。
 そう『想い』に反応し、色や向きを変えるオーマの世界に咲く不思議な花が。
「弱ぇな……」
 今まで遼介の想いのほうが強くてそれに負けていたと思われる『想い』が、実際に外に出されることで、ルベリアの花にその水晶の輪が発する微弱な『想い』を届けた。
 だけど、本当に今にも消えてしまいそうなほどに弱い。
「それをどこで?」
 完成した地図に、唯一持って帰れそうなアイテムがあった場所を書き込めれば、それは貴重な情報と言える。
 アレスディアはペンと紙を手に遼介とサクリファイスに問いかける。
「何の事はない。普通の街中だったが」
 特別と思われるような建物は、本当に街の頂上にあるような教会と見て取れるもので、他は殆どの区別はない。
 いや、もしかしたら街の内側に、何か特別な場所があるのかもしれないが、現状そこまでの結果を見つけられないでいた。
「あ、そう言えばですね」
 シルフェは何かを思い出したようにポンっと手を打って、
「ここのお家って、殆どのお宅に鍵がかかっていらっしゃらないでしょう?」
 だけど、シルフェが散策した地域に1箇所だけ、鍵がかかっていて開かない扉があった。
「それはどの辺りだった?」
「この辺りでしょうか」
 シルフェはアレスディアが持つ地図の中を指差し、アレスディアはその位置に×を書き入れる。
「そうだ、その水晶を見つけた位置も」
 アレスディアは遼介に向き直り、手にしていた地図を目の前に見せる。
「確か…」
 ここ。と指を差した位置を見て、遼介が先ほどついたばかりの×印を見比べる。
「あれ? 近いな」
 シルフェが開かない扉を見つけた場所を1階層とするならば、遼介が水晶の輪を見つけたのは、2階層。
 階段1つという考え方もできるのだが、徒歩で行こうと思ったならば、通路は入り組みこの外周を回る道だけが直線という変な街。
「その辺りに何かあるのは確定のようだな」
 オセロットはふぅっと長く煙を吐き出し、
「ちょっと行ってくる。ルベリアの花も反応するかもしれねぇ」
 そろそろ日が傾きかけた時間に差し掛かっていることもあり、見知らぬ地で一夜を明かすのは危険だろうと、自分だけで行くつもりであったのだが、
「おっさん。俺も付き合うぞ」
 アレだけボケ突っ込みを繰り返していたのに、そんな道中が楽しくないといってしまうと嘘なわけで。
「あのオーケストラとの関係性の謎は解けないしなあ」
 エスメラルダが余談のように口にしていた噂と、この街の現われは偶然にしては出来すぎたタイミング。ランディムはこの街に足を踏み入れたときから気になっていた。
 それが解けるならば、もう少しこの街に居てもいい。
「それってずるいだろ! 俺だって気になるのに!」
 輪を拾った当事者である遼介は2人だけで行くことを決めているオーマとランディムに口を挟む。
「この街の謎を解きたいと思うのは誰でも同じ」
 オセロットは今まで時々行動を共にしたことがあるオーマを、信じていないわけではないが、完全に任せられるとも思っていなかった。それに、やはり知りたい気持ちは変わらない。
「多少の帰りが遅くなるのは仕方ありません」
 その時に気にはなったものの、地図を作ることを最優先させたシルフェは、あの扉の向こうに何があるのか、それがとても平凡な結果に終ってしまったとしても、今から楽しみでしょうがなかった。
「では、詳しい案内は私がしよう」
 もう一度シルフェの記憶と地図を見比べながら歩くより、地図を見つつ全体を見渡せる空から道案内をした方が早いだろうと、サクリファイスはアレスディアに振り返る。
「地図はまた明日にでも届ければいいな」
 アレスディアは現状での完成稿となった地図をサクリファイスに手渡し、軽い鞄をしょい上げる。
 空からのサクリファイスのナビゲーションによって、一同は多分シルフェがこの場所へたどり着いたときよりも幾分も早く該当の場所へとたどり着くことが出来た。
「あ、あそこ。あの家覚えてる」
 遼介が街を見上げ、2階層に聳える家を指差す。
「あぁ」
 そう言えば…と、シルフェは思い出す。
 この場所に差し掛かったとき、跳んでいった遼介と追随して飛ぶサクリファイスの背中を視界の端に見たような気がするからだ。
「この扉です」
 シルフェはガイドのように開かない扉に手を向ける。
 扉の見た目は辺りをざっと見回してもても、記憶を手繰り寄せてみても形は同じ。
「確かに開かねぇな」
 扉のドアノブはガチャガチャと音を立てるだけで、一向に回らない。
「ぐぬぬぬぬ」
「うわ、壊れちゃうよ」
 半分ムキになっているオーマの姿をオロオロと見る遼介。
 そして案の定。
「「あ」」
 ガチャン。と音がして、ドアノブを握ったままのオーマが、引きつった笑いを浮かべて振り返る。
 オセロットはやれやれと小さく首を振り、シルフェはまぁと口元に手を当てる。
「ドンマイ」
 ちょっと高すぎる位置にある肩に手をポンとすることは出来ずに、ランディムはその背中にポンと手を当てて、哀愁漂う笑顔を向ける。
「ドアをぶち破るか。いや、それでは……」
 ドアノブが壊れてしまったのだから、この先を調べようと思うならばもうドアを無理矢理ぶち破るしかない。
 しかしそれは非人道的だ。非常時でもないのに、他人の家に押し入るのは……と、アレスディアは心の中で葛藤しつつ、どうしようかとウンウン唸る。
「どうかしたのか?」
 一同の様子に疑問を抱いたのか、空から舞い降りたサクリファイスは、どうにも苦笑している皆を見て首を傾げる。そしてドアから外れ、オーマの手の中に納まっているドアノブを見て、ぽかんと口を開けたのだった。

―――バン!!

 ドアが内側から開け放たれる。
「ん?」
 オーマが何事かと振り返る。
「オーマ!?」
 名を呼ぶオセロット。
 ドアから伸びた“何か”がドアの前のオーマに襲い掛かる。
「敵か!?」
 持ち前の瞬発力を活かし、瞬時に剣を構える遼介。
 ポケットの水晶が光り、何かに呼ばれるように地面に落ちていく。
「あ…!?」
 サクリファイスはとっさに手を伸ばすが届かない。
 “何か”は光の元にさらされ、それが人型であると知る。
「……っちゃー」
 ランディムは借りていた突撃銃を構える。
「!!?」
 この人型の“何か”が街の住人であるならば、傷つけるわけには行かない。
 アレスディアの静止の声が響く。
 シルフェは一番後ろから、その様子を驚きに瞳を大きくして見つめる。
 オーマの手からドアノブとルベリアの花が飛ぶ。
 ルベリアの花が一瞬七色に輝いた。

―――カラーン

 遼介のポケットから水晶の輪が地面に落ちた音が響いたと同時に、時間が一気に駆け抜ける。
「うらぁ!!」
 オーマはふんっと気合を入れると共に自分の上に覆いかぶさってきた人型の“何か”を弾き飛ばす。
 どうも見てもそれは、人型であるだけで、眼はあるのに瞳は無く、表情はまるで嘆いているような……
「遼介! 水晶が無い」
 確かに落ちた音がしたのに、落ちた場所に水晶がない。
「え!?」
 折角街の謎が解ける手がかりになるかもしれないと思ったのに……!
 “何か”は両手を向けて一直線に走りこむ。まるで、抱きつくように。
 しかし、どんな力を持っているのかも分からないのに、安易にその手中に収まるわけには行かず、その腕から逃げる。
 腕が空を切った“何か”は、暫し腕を揺らして、ゆっくりと顔を上げる。
「相変わらず心臓に悪いゴタゴタに首突っ込んでるなあ、俺……」
 強気の口調で言ってみたものの、ランディムの目の前に広がっているのは、真昼の怪談さながらの光景。
 ランディムは“何か”の腕を避けるが、銃を構えようにも突撃銃では現状分が悪い。
 突っ込んできた“何か”の手を払う程度にしか使えない。
 使えない道具は持っていても仕方が無い。
 元から自分に銃は似合わないと思っていたし、硝煙や空薬莢が吐き出されるギミックには美学のカケラもないと思っていたところだ。捨ててしまおうかとふと考える。
 その背後で、懸命にも叫ぶ声が聞こえる。
「あなた達は街の人なのか!?」
 もし街の人達が居たら何か情報が聞き出せないかと思っていたサクリファイスは、“何か”に向けて叫ぶ。
 しかし“何か”どもはただ嘆くようなうめき声を上げるばかりで反応は無い。
「悪意は感じられないが、危険であることに変わりはないな」
 ひらりと身体を回転させて腕を避けたオセロットは、軽く当身を食らわせてみるが、“何か”に効いている手ごたえが無い。
 やはり人型をしているだけなのだ。
「よし! どんと来い!」
 抱きしめたいのなら、全力で抱きしめてやろう! と、オーマがふんっと鼻息荒く両手を広げる。オーマの服の間から見える大胸筋がぴくんと動く。
 流石にこれには“何か”たちさえも躊躇ったような気配が感じられた。
「あらあら」
 危険に遭遇したら逃げると決めていたシルフェは、一人路地の隙間に逃げ込んで、その様子を見つめる。
 オーマだけを見ていればギャグですみそうなのだが、他の面々を見ていると、そうとも言ってはいられない。
「倒しちゃダメなのか!?」
 どう見ても地球のRPGゲームに出てくるモンスターにどこか似通った風貌の“何か”。剣を構えつつも、それを薙ぐことはできず、遼介はただ避ける。
「この街の者ならば、私たちこそが闖入者」
 排除しようと襲われても仕方が無い。
 だけれど、
「逃げてばっかりじゃきりないよ!」
 遼介の叫びはもっともなのだが、彼らは街の中で唯一動く物体。意思疎通が出来れば……そう考えるが、こちらの言葉に反応する様子が見て取れず、アレスディアはぐっと奥歯をかみ締 める。
 アレスディアの気持ちは、腕を避けながら“何か”に向けて叫ぶように問いかけているサクリファイスと同じ。
 傷を付けるわけにはいかない。けれど、このまま手をこまねいていたらいつかこちらが疲れて負ける。
 遼介は一同をちらりと盗み見、ぐっと剣を持つ手に力を加えた。
「はぁ!」
 振り下ろした剣から巻き上がったカマイタチが“何か”を弾き飛ばす。
「遼介!?」
 この街の住人かもしれないという思いがあるサクリファイスは、咎めるように遼介の名を呼ぶ。しかし、“何か”はカマイタチによって額に傷を作り、地面に落ちる寸前、光の粒となって消える。
「え?」
 そして、そこにあったのは、遼介が拾い、この騒動の中地面へと落ちて消えたあの水晶の輪。
「こいつら、生きてないんだ!」
 完全に誰かが作り出した人形。
「だったら、手加減する必要も、逃げる必要も無いってか」
 逃げてばかりというのも男が廃ると、ざっと移動して遼介と背中合わせに立つ。
「さっきのカマイタチどこに当たった?」
「多分、おでこだ」
「オーケー」
 ランディムはあっさり突撃銃を捨て去り、愛用のビリヤードノキューを手に構えた。
 ビリヤードは球を突くゲーム。ならば頭も突いてしまえ。
「額…か」
 オセロットは遼介と人形の攻防と言葉を聞いて、襲い掛かってきた人形に視線を戻す。
 オセロットはその腕を伸ばしてその頭を掴み、すっと瞳を細くする。
「なるほどな」
 額に刻まれた何かの文字。
「どうかしたのか?」
 今にも握りつぶしてしまいそうな様子に、アレスディアはこの人形達を壊すべきかどうか迷いながらも、オセロットに問いかける。
「私たちが会うべきは、“これ”を作った本人のようだな」
 そして、オセロットは少し力を入れれば、額の文字は簡単に歪んで崩れ、人形は光の粒へと帰し、そしてまた地面に水晶の輪が落ちた。
「オーマ様、抱きしめていても仕方ないようですよ?」
 解決策を見つけ、遼介とランディムが殆どの人形達を水晶の輪へと戻し、ほぼ安全が確保されたと確認するや、シルフェはのっそりと一同の下へと戻ってくる。
「何? そうなのか?」
 しかしこいつらは、なかなか根性が(以下略)と、一人口上を述べ始めたオーマは、人形を水晶の輪へと戻すつもりは無いのか、そのまま持って帰ってもいいかと言い始め、ある者はポカンと口を開き、そしてある者はただ苦笑いを浮かべたのだった。
 こうしてこの街での1日は終わりを告げた。




――エスメラルダへの報告――


■簡単だが全体を把握できる地図■
※詳細は、アレスディア、オセロット、シルフェが歩いて移動した部分のみ記載済み。
※サクリファイスの情報により、入り口のない家が多々あることも記載されている。

■街の風景が収められたカメラ■
※後日ランディムが現像し写真に出来れば重要な情報になると思われる。

■水晶の輪■
※繋ぎ合わせることが可能で、長さ遼介の肩から肘まで程度の水晶の鎖に。
※オーマが抱きしめていた人形は、街から離れエルザードに入ったとたん輪の欠片へ。どうやら人形を形作っていた力は街から離れすぎると消えるらしい。
※水晶から作られていた人形は人為的なものであるようだ。
(余談だが、そのため街での攻防はある意味無駄骨であったように思われるが、それにより輪の欠片を多数手に入れる事が出来たともいえるため複雑である)



「探査した範囲で、たった1つの開かずの扉……」
 報告を聞いてエスメラルダは一人カウンターで呟く。
「その扉の先も気になるけれど」
 他にも、開かずの扉があるかもしれないわね。
 そしてふっと微笑み、ケープを翻していつもの笑顔でお客が座るテーブルへと向かう。

「謎はまだ、殆ど解けていない……わね」

 だけれど、まだそこに謎があるのかどうか、その断片さえも見えないけれど―――
 その呟きは笑顔の下に掻き消えた。






to be…






☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【1953】
オーマ・シュヴァルツ(39歳・男性)
医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

【1859】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家

【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師

【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー

【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【2767】
ランディム=ロウファ(20歳・男性)
異界職【アークメイジ】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 交響幻想曲 −機械仕掛けの街−にご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。えっとまず最初に、コレはまだ全然続きます。ごめんなさい。然しエンディングを用意していない探査ばかりのお話というわけではありません。当方NPCと該当ページの看板をご覧になられた方はなんとなーく関係性を垣間見たかと思います。該当フラグが立たなかった場合は当分探査になる可能性があることだけは、先に記述しておきます。
 お初にお目にかかります。次回以降ご参加いただけましたら、現像した写真に何か違和感を感じる等のプレイングをかけていただいてOKでございます。その際その謎の部分はこちらにお任せとなってしまいますが、その謎をランディム様から皆様へ、という形で描写させていただきたいと思います。
 それではまた、ランディム様に出会える事を祈って……