<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
『狼少年』
料理が美味しいことで知られる白山羊亭。
多くの常連客や冒険者で連日賑わうこの店に、ここ数ヶ月週に2,3回の頻度で訪れていた少年がいた。
名を、ダラン・ローデスという。トラブルメーカーとして名を馳せている人物である。
「マスター……どうしましょう」
普段は元気の塊のようなルディア・カナーズが今にも泣き出しそうな顔であった。
腕組みをするマスターの前には、一枚の紙がある。
息子は預かった。
金を用意し、白山羊亭で待機していろ。
追って連絡する。
角ばった文字で、そう書かれていた。おそらく定規を使って書いたのだろう。
先ほどダランの父親が白山羊亭を訪れ、おいていったものだ。
父親は金の工面のため、一旦店を去った。
指定された金額はこの店が丸ごと買えるような額である。だが、ダランの父は親馬鹿成金富豪であり、金を用意することはそう難しくないのだという。
問題は……。
この脅迫文が本物かどうか、である!
このダランという少年、幼稚な悪戯や、狂言誘拐を起こしては皆の興味を引こうとするお騒がせ少年なのだ。
被害が比較的軽微であることと、親が金の力で片付けてしまうため、大事件に発展したことはないのだが。
今度のことも自作自演でないとは言い切れない。
「またか。ほっとけほっとけ〜」
現に客たちもあまり関心がないようだ。
バシッ!
突如、店のガラスが割れ、ルディアが小さな悲鳴をあげた。
「見て、これ……」
店の中に転がった石に、紙が貼り付けてある。
噴水公園に来い。
そこに次の指示がある。
紙にはそう書かれていた。
すぐに追えば、石を投げ込んだ人物くらい、捕まえられたかもしれない。
「へー、今度は凝ってるじゃないか、ダラン君も成長したなぁ〜」
しかし、誰も本気にせず、動きはしなかった。
「でももし、本当だったら……。ダランさん、ひどい目にあわされていないかしら」
ルディアはガラスの破片を片付けながら、心配そうにつぶやいた。
「ひどい目にあわされるのは、これからだろ。悪戯がバレてはいつも仕置きされてるからな。がははははっ」
常連客が豪快に笑う。
そんな中、脅迫文を食い入るように見る少年がいた。
(もし本当だったらどうするんだろう……)
その少年、蒼柳・凪も、ルディア同様今にも泣き出しそうな顔だった。
紙に書かれた角ばった文字からは、冷たさを感じる。
凪はダランには会ったことはなかったが、話には聞いている。自分より年下の小柄な男の子だという。
「金を持ってきた!」
息を切らして小太りの男性が、白山羊亭に駆け込んでくる。ダランの父親だ。
「あの、俺、行きます!」
凪は決心していた。
「この手紙には、人物の指定まではしていないし。俺の方が相手も油断するだろうから」
「ほほう、若いのに感心だ」
大きな手が、凪の頭にかぶさった。
オーマ・シュヴァルツ。彼もこの酒場の常連客にして、ダラン被害者……というより、教育親父筋である。
「ダランは確かに微ワル筋だが、悪戯といっても今までは器物破損まではしていなかった。今回は本当かもしれん」
こくりと、オーマの言葉に凪は頷く。そして……。
「行こう、虎王丸!」
ステーキに齧り付いていた同じ年頃の少年の手をとった。
「ふごっ。んー、まあしょうがねーなー」
虎王丸は、面倒そうに立ち上がる。
「気をつけてくださいね」
ルディアが心配気に見上げた。
「頼むぞ、少年達! 息子をどうか助けてくれ」
ダランの父親がすがりつくように、凪の手をとった。
「大丈夫、俺が何とかするから!」
凪はルディアとダランの父親を交互に見ながら、強く頷いてみせた。
その赤い瞳は使命感に燃えていた。
「大丈夫に決まってんだろ、心配すんなって!」
虎王丸も、凪の後ろからひょいっと顔をのぞかせて余裕な表情で言った。
「危険なことはしないでくださいね」
ルディアは少しだけ微笑んで、しかし心配そうな瞳で二人を見送ったのだった。
*******
ソーン中心街から少し外れた場所にある、噴水公園。
天使の広場とは違い、自然に囲まれた公園である。
夜間ということもあり、人の姿は殆どない。
付近を見回すが、特に怪しい人物もいない。ベンチにカップルの姿がある程度だ。
「この公園っていえば、やっぱ噴水の側だろ」
言い方は投げやりなのに、虎王丸はなんだか楽しそうだ。
対して凪は真剣な面持ちで周囲を見やる。
噴水がたまに人の顔に見えたり、周囲の木々に睨まれているような気がしたが、それはオーマの配備した霊魂軍団である。
「くぅぅぅーん」
足元に擦り寄ってきた動物……猫だろうか? 何かを銜えている。ベンチの下から引き摺りだしたらしい。
半分に折られた紙だった。受け取って開いてみる。
「なになに」
虎王丸が紙を覗き込んだ。
「金を噴水にぶちまけて、噴水脇のベンチに腰掛けろ」
犯人からの指示書のようだ。
噴水脇のベンチには、『ペンキ塗りたて』と紙が貼ってあり、誰も座っていない。このベンチに何か仕掛けがあるのだろうか。
「人質の身が最優先だ。従おう……」
「おい凪、何すんだよ!」
凪は鞄から金を取り出し、噴水に投げ入れる。
「あー、もったいねぇー」
虎王丸は惜しそうに濡れていく紙幣を見ている。
「虎王丸はベンチに座って!」
金に手を伸ばした虎王丸をぺしっと叩き、凪が言った。
「へいへーい」
投げやり気味に言って、虎王丸はベンチにドカッと腰掛ける。
(まあ、金取られちまっても、ダランが戻れば礼金たんまりもらえそうだしな〜、ふふふ)
かったるそうにしているが、顔は思わずにやけてしまう。
「……ん?」
しかし、腕を組もうとして気付く。何か変だ。
「う、ああああああ!?」
突然の相方の大声に、凪が振り向く。
「虎王丸!?」
虎王丸は、確かに立ち上がっているのだが、座っている?
「凪ー!」
「わっ。こっちに来るなっ!」
駆け寄ろうとする虎王丸を避ける凪。
あのベンチが、『ペンキ塗りたて』と貼られていたベンチが! なんと、虎王丸にべったりくっついているのだ。
「なるほど、これで拘束しようとしたってわけか」
距離をとりながら、凪が言った。
ダランの父なら、ベンチにくっついたまま、動けなかっただろう。
しかし、虎王丸は虎の霊獣人であり、体格も良い。この程度のベンチなら張り付いていようが動ける。動けるのだが……。
「み、みっともねぇ……」
服を脱ぐことも考えたが、右手がくっついてしまっていて思うように動きがとれない。
「凪、おまえのせいだ! おまえが座れなんてい言うからー!」
「だ、だから近付くなって、虎王丸、うわっ」
ベンチの端を咄嗟にかがんで避ける凪、うっかり触れてしまったら、二人して身動きが取れなくなってしまう。
二人が鬼ごっこをしている中、先ほど手紙を銜えていた動物は、排水溝付近をちょろちょろしていた。
「あら〜、可愛い猫ちゃんね」
綺麗なお姉さんだ。噴水からも見える位置にいるカップルの女性の方だ。男性は茂みの中で何か作業をしている。
こっちにおいで〜と伸ばされた手に近付いて、じゃれてみせる。
「あれ? 猫じゃないわね? まいっか。こっちでお姉さんと遊んでいましょうね〜」
女性は猫……ではなく、そのライオンの子供を抱き上げて、ベンチに座った。
「ボクは男の仔ですか〜、女の仔ですか〜。おー、立派な男の仔ですね。むぎゅ〜っ」
女性はぎゅっと仔ライオンを抱きしめる。
水の流れる音がする。
週に一度くらいだろうか。この時間、噴水の水が取り替えられるのだ。
「おい、終わったぞ」
男性が小声で言い、掬い上げた何かを女性に見せる。
振り向いた女性の目に、網で掬い上げられた紙の束が映る。紙幣だ。
「やった、成功ね!」
「ふむ、成功だな」
突如、誰もいないはずの方向から、男の声がかかる。
重い。身体が以上に重い。苦しすぎる。
バッと振り向いた女性の顔間近に、迫るものは……。
ゴッツい親父顔ドアップであった。オーマ・シュヴァルツだ。
「う、うきゃあああああーーーー」
逃げようとするが、親父筋に軽く取り押さえられ動くことはできない。
「な、なななんだ貴様は! どこから現れやがった! これは俺の金だ!!」
男の方も動揺していた。
巨漢な自分が公園を徘徊していたら、犯人も現れ難いだろうと小動物に変身していたのだが……そんなことを、犯人にわざわざ説明してやる必要はない。
「オーマさん!」
悲鳴を聞いて凪と虎王丸が駆けつける。
「あんた達が犯人か! ダランさんは何処だ? 無事なんだろうな?」
「貴様等、ただじゃおかないぜッ!!」
虎王丸が凄む。本気で怒っているのはベンチが張り付いてるせいだ。しかし、こうベンチが張り付いていては、イマイチ迫力に欠けていたりする。
「わ、私は関係ないのよ、あいつに無理矢理いうことを聞かされて、カップルのふりをさせられていただけでっ!」
「な、なんだと! 最初にダランを利用しようって言ったのは、お前の方だろ!」
「違うわ、ダランの計画に乗ったのはあなたが先よ!」
「とりあえず、首謀者はその女だからな!」
「あ、待ちなさい!」
男は金を抱えたまま、駆け出す。
「虎王丸追って! ……って無理か!」
ベンチが張り付いているせいで、虎王丸はいつものように素早く走れない。凪とオーマで男を追い、出口付近でオーマが仕掛けた罠……霊魂軍団に阻まれていた男を、凪は隠し持っていた銃型神機で威嚇し捕縛した。
「お……お・ね・が・い。見逃して」
残された女性は潤んだ瞳で、虎王丸を見上げた。
年のころは20歳そこそこ。なかなかの美人だ。
「そ、そう言われてもなぁ」
途端、虎王丸は頭を掻きだす。怒りは何処にいったのか。
「首謀者は……そう、ダランなのよ。私じゃないわ。私も被害者なの」
困った様子の虎王丸の方に、女性は訴えかける。
「うーん、そうかぁ……あいつならやりかねねぇよなー」
「ダランは、この公園の倉庫にいるから、彼に話を聞くといいわ。それじゃねっ」
そそくさと立ち去ろうとする女性。
「ま、待って! れ、連絡先をっ」
ゴイーン、ペチッ。
「んきゅぅう」
虎王丸にくっついたベンチが不可抗力で女性の腰を殴打! 女性はベンチに張り付いたまま目を回していた。
月明かりが美しい。
噴水に降りかかる光が、水と共に踊っている。
しかし、公園の隅は暗がりの中にあった。
真っ暗な倉庫の中に、ダランはいた。
ベッドに縛り付けれていたのだが、呑気なもので熟睡している。
「ダランさん、もう大丈夫だよ!」
凪の声で目を覚ますダラン。縛られている状況に気付き、もがきだす。
そんなダランに虎王丸が軽口を投げる。
「なんだ、ベッドに縛られて。新しい遊びかダランちゃんよお」
虎王丸といえば。倉庫には入ってこれず、倉庫の前でベンチに腰掛けて左腕を足の上で立てて顔を支えている。これが今の精一杯のカッコイイ姿勢なのだ!
「むきー! 俺様を縛るとはいい度胸じゃねぇか〜」
半分寝ぼけたまま、暴れだすダラン。
「動かないで!」
凪は心配そうにダランの縄を解いてあげた。純粋に彼の身を案じながら。
「ん〜。金手に入った? ……あれ?」
ダランはぼーっと凪を見つめた。知らない人である。
「金っ、て……」
「あ、ああ! もしかして、俺を助けに来てくれたの!? ありがとぉぉぉぉー! 女の子だったら、もっと最高だったのにー!」
「君は誘拐されていたんだよね?」
「そーなんだよ、俺ってばまた誘拐されちまって。もてる男は辛いぜ〜」
「ほほう。仲間が『ダランの計画に乗った』などと言っていたが?」
にっこり微笑んでダランに顔を近づけるオーマ。
「え、ええーと、それは〜。はははっ。んじゃ、とにかく帰ろうぜ! 皆俺のことを心配してるだろうし!!」
パン!
オーマの顔から笑みが消え、大きな手がダランの頬を打っていた。
そのままオーマは何も言わず、振り向かずに倉庫を出ていく……。
彼の大きな背中は、叩かれた意味や想い、言葉は己で考えろと語っていた。
「……本当に、狂言だったのか? お前は嘘で、お前のお父さんやルディアさんに、一体どれだけ心配かけたんだ!」
凪がダランの両肩を掴んで揺さぶった。
ダランは頬を押さえて、唇をかみ締めている。
「……心配、してたか?」
「当たり前だ!」
凪の言葉を受けたダランは、小さくうなっていた。
その後、凪はダランを連れて白山羊亭に戻る。
……虎王丸はベンチをぶち壊してから戻るということだ。
ダランは白山羊亭に入ろうとはせず、店の前で父親と顔を合わせる。
彼が語った真相はこうだった。
誘拐の話を持ち出したのは自分だ。単なる余興のつもりで、軽い気持ちだった。
欲しいものは買ってもらえるし、自分はお金に執着していない。
だけれど、仲間はそうではなかったらしく、もっと真実味のある誘拐にしようと、本気の計画を立て始めた。
自分の指示通りに動いてくれないのなら、今回はやめようと言った自分だったが、いつの間にか眠っていて……あとは、凪の説明通りだ、と。
「多分、薬か何かで眠らされていたんだと思います」
彼も反省しているようだから、これ以上は責めないでくれという凪の言葉にダランの父親は頷く。
「礼をせねばな。身代金の一割……」
「いいえ、お礼なんて必要ありません」
「では、せめて食事を奢らせてくれ」
その申し出を凪はありがたく受けることにする。しかし、後で虎王丸が聞いたら、何故金を受け取らなかったんだと拗ねそうである。
ダランの父はルディアにお金を支払うと、凪に深々と礼をし、ダランの手を引いて帰っていった。
「なんにせよ、無事でよかったですね!」
ルディアの顔に笑顔が戻っていた。
強く頷いた凪の顔にも、笑みが浮かんでいた。
ところで、あの誘拐犯達といえば。
女性の方は公園の人気のない場所にて、発見されるまでベンチ拘束の刑。
男性の方は、取り押さえた際、オーマがみっちり仕置きをしたという。
腹黒同盟パンフ翳し、自分は総帥であり、ダランは腹心だという知られざる事実(大嘘)を語り屈服させた後、ナウ筋矯正させたらしい。
以後、彼等はダランを見ると逃げ出すようになったとか!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2303/蒼柳・凪/男性/16歳/舞術師】
【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
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■ ライター通信 ■
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今回のことで、今度こそ? ダラン少年も少しは反省したようです。とはいえ本質は変わっていないので、今後も騒動を起し続けそうではありますがっ!
ご参加ありがとうございました!
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