<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
fortunate bouque
物語は突然始まる。
今回だってなんの前触れだってなかった。
早朝。何も変わらずいつもと同じようにオーマ・シュヴァルツは外に出ようと扉を開けたのだった。
何も気にも留めずにいつものように玄関から外に出ようとした。一歩足を踏み出した。
―――――――カツン。
何かが爪先に当たった。と、思った瞬間、突然早朝には大きすぎる音がした。
びくりと一瞬何事かと思ってオーマの視線が慌てて音のなるものを捉える。
それは決め細やかな装飾が施されたオルゴールだった。
爪先に当たった拍子にそのオルゴールはこけて蓋が開いてしまったのだろう。倒れて蓋が開いたオルゴールからは音が鳴っている。音は音楽だった。どこか懐かしい、聞いたことがあるようなけれども聞いたことがない音楽だった。
オルゴール特有の少し物悲しい音色に誘われるように、オーマは身を屈めてオルゴールを拾い上げた。
オルゴールの中にはピンク色の紫陽花が添えてある。音はしているのに、まるでピンク色の紫陽花が歌っているように聞えてしまう。
オーマはしばらくそのまま呆然と、オルゴールを見つめてしまった。その音色に聞き入ってオルゴール見ていれば、ひらりとオルゴールからこぼれたものがあった。
早朝のまだ朝陽が昇りきってない、冷ややかな空気が残る中その音楽が流れていた。
オルゴールの蓋を閉めることを忘れているかのようなオーマはこぼれ落ちたものを拾い上げた。
写真だった。人物が写ってはいるものの、黒く塗りつぶされて誰かなんて分からない状態。ただ長い巻き毛の髪の毛から、女性のような感じがした。
蓋を閉めてないオルゴールから聞える音色は次第にゆっくりになる、ネジの勢いが次第になくなってくればその音色もゆっくりとそうしてそのまま音色は消えかかりそうになる。
写真を呆然と眺めながら、歌を紡がなくなったオルゴールを見た。
小さなメモが挟まっていた。
自然とソレは掴み取られて開かれていく、極自然に。
『 私を 街角の花屋
Symphony in C まで
連れて行って 彼に
聞かせてあげて 』
綺麗な文字が並んでいた。
「……おまえさんが歌い紡ぐ中で想い見てやがるのは何なんかね?」
そろそろ陽は昇り始めるものの朝早い時間。オルゴールを抱えて通りを歩く。
人通りはあるはずもなく、ひっそりと息を潜めるかのようにただ静けさだけがそこらを支配していた。
聞きなれない花屋の名前、どこにあるのだろうかわからないまま通りを歩いていた。
ここにあるかどうかは分からなかったけれども、頼まれたからにはやらねばならないと思い、まだどこも店を開けてない通りでひとりの男性がバケツに水を汲んでいるのを見かけた。
自然とオーマの足は速くなり、その男性に近づいた。
「ちょっと。尋ねたいんだが、Symphony in Cなんて名前の花屋知らないかい?」
「…………え?――――――――あぁ、その店ならうちですよ」
水を張ったバケツを手に持った男性は、一瞬驚いた顔をしたもののにこやかな笑顔をオーマに向けてそれから視線をそのまま動かし、オーマの背後にある自分の店を見た。
その視線の動きにオーマは軽く振り返り、小さな花屋を見つけた。そこに看板は掲げられてはいなかった。ただ、軒先にぶらりと下げられている『close』のプレート。
ようやく陽が昇ったぐらいの時間帯。
まだ通りはひっそりと、パン屋がパンを焼き始めたのか香ばしい香りを漂わせてきた。
「何かご用であれば、お店で話をしませんか?」
バケツを持ったまま男性はオーマに向かって笑い、ゆっくりと自分から足を花屋の方に向けて歩き出した。
「こんな朝早くにすまんね」
「いいえ、構いませんよ」
店先に持っていた水を張ったバケツを下ろし、両手を軽く振りながら男性は相変わらず笑いながらオーマに言葉を返していく。それにオーマは少し申し訳なさそうな表情だったのが晴れて、にかっと笑う。
「俺はオーマ・シュヴァルツ。朝起きたらこんなものが、玄関先に置かれていてよ」
「えと、僕はエイトといいます。………オルゴールですか?」
「あぁ、そうなんだが。こんなメモも一緒に」
オーマは自分の名前を名乗りそうして持ってきたオルゴールを店主へと見せた。店主もまた自分の名前をオーマへと告げれば、目の前へと差し出されたオルゴールを見た。呟く言葉、まるで確認をとるようにゆっくりを首をかしげて、どこかで見覚えがあったかな?というように。そうして更に目の前へと差し出されたメモ。それをエイトは手に取り中に並んでいる文字を目で追った。
はて。と疑問符が思いっきり出てるような表情に一変し、反対側へとゆっくりと首を傾げてから。メモ越しにオーマをすがるように見た。
「いや、俺を見られても困るぜ?ここまで運んできてくれって、このオルゴールに頼まれただけだから…………な?」
すがるエイトの視線から逃れるように、オーマは晴れ渡ろうとしてる朝焼けの空へと視線を逸らしながら言葉を進めた。ところで、はたと、何か思い出した。
視線をエイトへと戻して、差し出したのは黒く塗りつぶされている写真だった。
すがる視線のままのエイトは差し出された写真を手に取り、首をかしげたまま見た。大半を黒く塗りつぶされたその写真。肝心な顔の部分は当然黒い。
どこの誰かはわからない。頼りなのは長い豊かな巻き毛。それから分かる情報といえばおそらく女性であるという程度。写真を片手、メモを片手。エイトは両方を交互に見つめては、深刻な顔をした。
「困りましたねぇ。メモを見ても写真を見ても僕になんのことなのか、分かりません」
かなり考え込んだ後、エイトは深くため息を吐き出して、物凄く落ち込んだ表情でオーマを見た。
オーマだって困ってしまう、ただメモに書かれたとおりにここに持ってきただけで、何故自分がここにもってこなければならなかったのかさえ謎なのだから。
「ぁ。そうだ、聞かせてあげて。なんてかいてあるんだから、ほらオルゴールの曲を聴けばなにか分かるとか」
そう言えば、オーマはまだ自分の手の中にあるオルゴールをひっくり返して、ねじを回してから蓋をゆっくりと開いた。
少し開いたとたん、音色がこぼれだす。
オーマが玄関口で聞いた音楽となんら変わりない。
どこかで聞いたことなんてないのに、どこかで聞いたことがあるような音楽。
懐かしくて、切なくて。
蓋が完全に開けばその中にある、ピンク色の小さな紫陽花の花が顔を出す。
花が歌っているわけではないのに、その音楽は何故だか花が歌っているような気がしてきてしまう。
エイトは目を閉じてその音楽を聴いていた。
次第にねじがゆるみ、音楽もゆっくりになれば次第にフェードアウトして止まってしまう。
音楽が止まると同時にエイトがゆっくりと目を開けて、まじまじとオルゴールを見た。穴が開くほどに。
それからまた首をかしげた。
「どこかで聞いたことがあると思うんですが、どこでと言われればわかりません。聞いたことがあるのも気のせいかもしれないし」
途切れがちに発する言葉。
必死になって思い出そうとしているらしい。
自然とエイトの腕は組まれて、首を左右に何度も何度もかしげながら考え込んでいる。
「ぁー。なら」
何かを思いついたオーマはごそりと何かを取り出した。
エイトの視線がオーマの方へと動いた、取り出された一輪のみたこともない花にまた首をかしげた。
「コレを使ってみようか?」
「それはなんですか?」
「奇跡を起こすと言われてるルべりアの花さ」
「奇跡………どこかで聞いたことがあるかもしれません」
「写真は黒く塗りつぶされて誰だかわからない。メモもイマイチよくわからない。この音色だって聞いたことがあるようなないようなもの。それなのに、全部、お前さんへと届けられることを望んでる」
「はぁ」
「なら、直接聞いてみるってのが早い」
オーマは指先につまんでいた花をくるりとかわいらしくまわした。体躯のいい彼とは不釣合いだったかもしれないけれども、エイトはオーマの言葉を聞きながら、くるりと回った花を見ていた。
どこかで聞き覚えのあるその花の秘密。花は朝陽を浴びてキラキラ不思議に輝いていた。まるで今から奇跡を起こす下準備のように。
エイトが生返事をする横でオーマは奇跡を起こすべくはじめていく。
指先につまんだ花は相変わらずクルクル回されていたのが止まった。
エイトは写真とメモを蓋の開いたままのオルゴールの上に置き後はオーマに任せることにした。オーマは写真とメモを乗っけられたオルゴールに花をそっとかざした。
朝陽を浴びてキラキラしているだけではなかった、花は自ら光り輝きその光の粒子が風もないのに上へと上がっていく。何色も言えない色とりどりの色のカケラが集まって何か見せようとでも言うのだろうか、何かの映像になってくる。
まるで古い古い映写機のように途切れ途切れで始まる映像。
オルゴールの上で始まった小さなお話。
セピア色の画像。
そこに映し出されたのは小さな村。その後にその村はずれにある群生している大輪の紫陽花の花たち。
どうもそこは村への出入り口の場所らしく、群生の数が増えてきたのでどうも邪魔だから、切り取ってしまおうと相談が決まっていった。そうして簡単に村人達は刈り取るために道具を手に集まり、紫陽花を切り取ろうとする。
『だめぇー』
あまり聞き取りづらい音声の中で、良く響いたのは少女の声だった。
群生した紫陽花の前に飛び出し、両手を大きく横に広げた。
切りかかろうとしていた、村人達の手が止まる。
『お花が死んじゃう。もっと大事にしてあげて』
見た目10歳前後の巻き毛の少女が必死にお願いをしている姿。それでも村人達は有無を言わさずどけという。
少女は泣きながらイヤイヤと首を左右に振る。
『すみませーん』
能天気な青年の声がした。
セピア色の画像の中に現れたのは、エイトにそっくりな20歳前後の青年。
「ぁ、僕だ」
ぽつりと呟いたのはエイトで、あれ?と首をまたかしげた。
そんな彼をおいておいておhな足はまだ続いた。
『あの、すみません。ここに立派な紫陽花があると聞いてやってきたんですが?』
緊迫している中に能天気な言葉を続けていく画像の中の若いエイト。
だからなんなんだ、と、勢い良く村人に怒鳴られれば、身を竦めてしまう始末。今はちょっと取り込み中だ、後にしてくれ。なんていわれれば、ひとりあわあわした状態でどうしたものかと困り果てていた。
『お兄さん、紫陽花ってコレのこと?』
紫陽花の前に両腕広げて立ってるままの少女がエイトへと叫んだ。エイトの視線が其方に向けば少女の方に向くのは極自然なことで、そうすれば少女の背丈ほどの群生した紫陽花が見えた。
『あぁ、ここにあるじゃないですか。こんな立派な紫陽花が』
邪魔だ、どけ。と、村人達は迫りくる。花を見つけたエイトはそんなことお構いなしで、少女と花の方に足を進めていく。
『こんなに立派なのに勿体無い』
『村の出入り口の場所であまりにも増えちゃったから、切り取っちゃうっていうの』
『あぁ、それは勿体無い。こんなに綺麗に咲いているのに』
歩みを進めながらエイトは独り言を漏らす、それを聞いていた少女が必死になって訴える。それに一瞬なんだろうという表情をしたものの、エイトは柔らかい笑みを浮かべて、剪定ばさみを取り出した。
『大きくなりすぎたのなら、小さくすればいいのです。丁度今は、開花時期です』
『やめてッ!!何するの』
そういってエイトは剪定ばさみをにぎった。それを見た少女が悲鳴のような声を上げた。それにエイトは笑って、大輪の花を咲かせている枝をぷちんと切った。
『これは野生のままこうしておいたから、のびのびと大きくなったのです。だから、ちょっとこちらで手を加えてあげれば邪魔にもなりませんし、楽しめますよ?』
悲痛な表情の少女に向き直りエイトは笑顔のまま切り取った紫陽花の花を少女に差し出した。
『ちょっと騙されたと思って、僕に任せてくれませんか?…………いい花の噂を聞いた通りすがりの花屋です』
――――――――――――――プチン。
そこで映像は途切れた。
いいところで終わってしまった。
知りたいのはそこから先立ったのに、まるでそこから先は必要ないというように。
「で、何がどうなってるのかわかったのか?」
「えぇ、まぁ。大体」
オーマがエイトを覗き込んで訪ねた。今見ただけの映像だけじゃなにがどうなってるかわからなかったのだ。
曖昧な返事をしてから、エイトはオーマを見て話を始めた。
「5年程前の話なんです。噂で大きな大輪の見事な花をつける紫陽花があると聞いて、見に行ったのがあのできごとなのです。あれはそのままその当時の出来事でした。あの後僕は村の人たちを説得して、紫陽花の剪定の仕方を教えたんです。紫陽花は秋口に新しい芽をだすので、小さくしたいのならその特製を生かして15センチほど残して全ての枝を切れば仕立て直すのには向いているんですよ。」
「で、紫陽花は小さくなって、めでたし、めでたしなのか?」
「いやぁ。そこまではしらないのですよ」
がくーん。とオーマはずっこけそうになってしまった。能天気にも取れるエイトの言葉と表情にしてやられてしまった気分だった。
「紫陽花の育て方だけ、教えてあげてその村を後にしたのです」
そうしてオルゴールの中に置いたメモと写真を取り出して、今一度眺めた。
「あれ?」
呟いたのはエイトだった。覗き込んだオーマも目を丸くした。
「これはこれは」
そうして二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃぁ、この日の記念に紫陽花の鉢植え3つくれないか?」
「3つもですか?」
「あぁ、俺と妻と、娘。ひとりずつに」
「えぇ、いいですね。とっても」
「イヤな花言葉も多いけれども、『元気な女性』つぅのはうちにはぴったりだ」
「家が明るいのはいいことですよ」
「じゃぁ、コレはオーマさん、そうしてこちらは奥様。で、これがお嬢様に」
エイトは笑いながらオーマと話を弾ませる。
紫陽花の花が欲しいというオーマに、エイトが選んだ3つの鉢植えはそれぞれ皆違った。
オーマへと選んだのは、ガクアジサイで八重咲きの青紫色をしたもの。
奥さんへと選んだのは、ヤマアジサイで今は白色だけれども、日光を良く当てると後に紅になるもの。
お嬢さんへと選んだのは、セイヨウアジサイで白色だけれどもピンクで縁取りされたもの。
それぞれに似合ったものを選んだらしい。それからエイトは紫陽花を育てるためのコツをいいながら、持ち帰りやすいように包装していく。
「紫陽花を剪定をするなら花が咲いたすぐにしてくださいね、夏以降に新芽がでてくるので。その後に間違って剪定しちゃうと次の年には咲きませんから。それから、鉢植えでこのまま育てるのでしたら、花が大きいので大きめの鉢にいれれば安定もよく花も良く映えますよ」
と、まぁ。花のこととなればよく喋っていく。
植物の知識はあったしエイトのその説明は別に聞かなくてよかったのだけれども、おーまは途中で口を挟むわけでもなく静かに相槌を打ちながらきいていた。
包装が終わった三つの鉢植えをオーマの方に差し出した。
「ありがとうございました。またいつでもいらしてくださいね。」
「あぁ、ありがとう」
「奥様、お嬢様にもよろしくお伝えください」
オーマは包みを受け取り、エイトは花屋らしく頭を下げた。
そうしてオーマは家路へと急ぐ。
もう朝陽は昇りきった。
気がつけば、早朝ではないけれども朝と言う時間になっていた。
眩しい朝陽を見上げてオーマは目を細めた、家につく頃には丁度朝食の時間になっているだろう。
帰れば何故朝いなかったとか、問い詰められてしまうだろうけれども、楽しい土産話がひとつできたのだから、みんなで食卓を囲みながらその話をしようと思っていた。
奇跡は起こった。
ルべりアの花が見せた過去の記憶の映像はそれだけで終わらなかった。映像のあと、黒く塗りつぶされていた写真はその黒い部分がなくなり年頃の少女の姿が見えていた。
そうして花屋に届けてくれというメモ用紙の内容も。
写真の少女はただエイトへと約束とお礼を伝えたかっただけだったのだ。
『 あじさい は元気です。
大きな花は変わりません。
村の名物になろうとしています。
いつか聞かせると約束した 雨の音楽を
オルゴールにしました
そうして最後にこれを態々届けてくれた
人 ありがとうございました 』
今日も爽やかな初夏の陽射しが注ぎだす、今日も慌しい1日が何事もなく始まろうとしていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1953/ オーマ・シュヴァルツ/ 男性/ 39歳/ 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
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■ ライター通信 ■
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オーマ様
こんにちは、櫻正宗です。
この度は【fortunate bouque】に発注ありがとうございました。
3度目の発注ありがとうございます。
時節柄の紫陽花の花でのお話、楽しく書かせていただきました。
お任せの部分が多くて、こちらの脳内妄想を膨らませて書かせていただきました。
いいお題を頂いたわりにはうまいこといかせたのかどうか物凄く心配なところではあります。
が、これがオーマさんのおうちの話題のひとつにでもなればうれしいと思います。
それでは最後に
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会うようなことがあればよろしくお願いいたします。
櫻正宗 拝
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