<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
彫金材料捜索しませんか?〜似て否なる力を秘めし者
カウンター越しに立つ赤毛の女性をレムはわずかに目を細める。
暇つぶし、と出した彫金セールを聞きつけてやって来る道楽好き達とは明らかに一線を画す。
久しぶりに興味深い者が来た、と思いながらもレディ・レムはそれを顔に出さずに応じた。
「ようこそ、我が工房へ。ご依頼は?」
「セールの話を聞いた。彫金を依頼したい。」
深紅を思わせる赤い瞳に鋭い光が走る。何かを探るような眼差し。その内から感じ取れるは自身とは相反するが、近しい力。
数瞬の後、レムは胸の内で小さく嘆息をこぼす。
それは、目の前にいるこの女性―パメラも同じであった。
優雅とも言える笑みを称えながらも、その仕草一つ一つに隙はなく、こちらを喰らい尽くさんばかりの力を感じさせる。
こうして対峙しているのが不思議としかいいようのない出会いだ。
「彫金依頼、引き受けましょう。ただし材料を取ってきてもらう。」
「分かったわ。材料を取ってきたらまたここへ戻ってくる。」
必要最低限の会話だったが、充分だった。
パメラは口元に小さく笑みを浮かべると、くるりと身を翻し、扉へと足を向ける。
この話を耳にした時から使ってみたいと思っていたあの鉱石―かつてソーンの彼方に降り注いだ謎の隕石から抽出した隕鉄。
自分の力―『創成術』で生成してもよかったが、以前からエルザードで噂になっていた魔道彫金師・レディ・レムに興味があった。
だが、その機会に恵まれなかった。
いつだったか、この館の近くに来た事があった。が、折り悪く彼女は不在で扉は固く閉ざされており、残念に思うと同時にわずかな安堵を覚えた。
おそらくそれは己とは違う力に対する恐怖からだろう、とパメラは思う。
実際に対峙してみて、はっきりと分かった。
彼女・レムは強大な『光』に属する―均衡と安定を望むもの。自分達とは相対する存在。それでも、彼女の行う魔道彫金への興味は消せなかった。
パメラにしてみれば珍しいほど悩んでいたところへ、このセールの話が耳に入り―ちょうどいい機会だ、と思い切って訪ねたのである。
実際のところ、敵対する存在だからと断られるかも知れないと少しばかり意気込んできたのだが、あっさりと引き受けてくれたので少々拍子抜けした。
「名前ぐらい言っていたらどうなのかな?魔族のお嬢さん。」
勢い込んだのが馬鹿馬鹿しく思え、苦笑まじりにドアノブに手をかけたパメラは背後から投げかけられたレムの声に背筋が一瞬寒くなる。
穏やかで明るい声だが、抗いがたい力が含まれていて、息が詰まる。
が、それは一瞬のことでパメラは顔だけ振り向き、不敵ともいう笑顔でレムを見やった。
「パメラだ。よろしく頼む、レディ・レム。」
「よろしくね、パメラ。どんな材料を持ってくるか、楽しみにしているね。」
飄々とした声音が妙に空々しいと思いながらも、パメラはそれ以上口には出さず、館を後にした。
鬱蒼とした森の中に一条の閃光が奔る。
どうと倒れた巨獣を一瞥すると、情報屋から入手した地図を片手にパメラは毅然とした足取りで道なき道を歩く。
この地に踏み込んでしばらくの間、ここに巣食う魔物や巨獣が格好の餌とばかりに襲い掛かってきたが、幾多の戦いを乗り越えてきたパメラにとっては敵ではなかった。
見る間もなく倒されていく仲間の姿に恐怖し、奥へ進むごとにパメラを襲う魔物たちは激減し、目的の場所へたどり着く頃には影すら見えなくなっていた。
「所詮は獣だな、本能で分かるということだ。」
口元を小さくゆがめ、パメラはゆっくりと木々を抜ける。
すると、今までの鬱蒼とした森が嘘のようにむき出しの大地と岩が広がる荒涼とした光景が広がっていた。
ジャリっと足元で風化した石が砕け、惨めな音を立てる。
ぐるりと周囲を見渡すと、視線の遥か先に黒々とした木々が見えた。
上からここを見下ろす事ができれば、誰もがその光景を奇異に感じるだろう。
果てしない黒き樹海に突如、現れた円状の荒野。
まるで何かにえぐられたように窪み、穿たれている。
情報どおりの場所にパメラは満足しながら、軽やかな足取りで穿たれた地の中央にむかう。
漆黒を写し取った闇の中に金と銀、真珠の輝きが閉じ込められ、不可思議な色を織り成す大地から生えた鉱石の樹。
全てをなぎ払いながらも、悠然とたたずむその姿にパメラは思わず息を飲む。
これこそ探していた目的の鉱石―隕鉄。
『創成術』を使って抽出しなければならないかと思っていたが、その必要はなかった。
突き刺さった隕石は様々な物質で構成されており、同じ隕石であってもある部分では交じり合い、ある部分では断裂している。
パメラが必要とした隕鉄はまるで彼女が訪れるのを待っていたかのように、一抱えもある巨大な塊の姿で大地に穿たれてあった。
滑らかな表面に手のひらを当てると、内にあった全てを捨て去った無明の黒のイメージがひんやりとした感触と共に伝わり、歓喜に近い寒気が駆け上っていく。
わずかに押し当てた手のひらに力を加えると、まるで柔らかな粘土のようにグニャリとねじれ、瞬時に真珠の光を閉じ込めた艶やかな鉱石へと変化する。
パメラは持ってきた革袋にそれを放り込むと口を固く閉めて、初めて満足そうにうなずいた。
ソーンの彼方から飛来した隕石は旅してきた悠久の時間とともに、内に宿していた膨大なる力を失い、虚ろを抱えたものと化していた。
かつて宿していた力があれば、それはそれでとてつもなく興味深いものが生み出すことができただろう。
だが、ただの虚ろと化したものだからこそ意味があった。
膨大な力を秘めて砕け散ることなく存在したものならば、どんな力をも受け止める器となる。
ソーンの彫金技術を計るにはこの上もない材料であり、噂の魔道彫金師・レディ・レムに依頼をするならば、この隕鉄以外考えられなかった。
「さて……どう出る?レディ・レム」
我知らず零れ落ちた言葉にパメラはすっと目を細めた。
「隕鉄ね……また珍しい材料取ってきたじゃないか。」
呆れとも感心とも取れる声を上げるレディ・レムの反応にパメラはわずかに眉をしかめた。
もう少し驚くかと思っていたが、あまりに淡白すぎる彼女の姿が面白くなかった。
「で、何を彫金すればいい?」
状況を楽しんでいるような不敵な笑みにパメラは嘆息すると、しなやかな指を口元に当て―兼ねてから考えていた品を依頼した。
一瞬、レムの表情が強張り、瞳が鋭くなる。
パメラが依頼した品―液体金属製ガードブレスレット。
その性質と能力を察し、さすがのレムも驚きを隠せなかった。
「どうかしたのか?レディ・レム。」
「……いや、持ってくる物もだけど彫金する物もまたとんでもない物ね。」
「できないのか?」
やれやれと首を振るうレムをパメラがからかうと、鋭く睨まれた後、艶やかに微笑み返された。
「できないとは言っていない。依頼された物を造るのが魔道彫金師としての私のプライドだね。」
わずかに殺気をにじませた言葉にパメラは押し黙り、不用意な発言を後悔した。
『創成術』を使う自分も同じ事を言われれば、レムと同じように言い返し、怒りを露にするだろう。
自ら招いた凍りついた空気を解くため、パメラは聖獣装具・ベルゼブブを手に取る。
怪訝な表情を浮かべるレムにパメラは口を開いた。
「すまなかった、レディ・レム。あたしも、お前と同じ技術者なのでな……おまえのプライドを傷つけたことは詫びよう。」
「どういう意味かな?」
にわかに信じがたいと言わんばかりに問いかけてくるレムに論より証拠とばかりにパメラはベルゼブブをよく見せながら、『創成術』を披露した。
ほのかな光とともに『銃』や『短剣』といった様々な物へと変化していくベルゼブブにレムは驚愕し、椅子を蹴倒して立ち上がる。
「まさか……これは。」
目の前で繰り広げられる光景にレムは息を飲んだ。
―自ら魔力を消費して、様々な形・物質・性質・思考等を持つものを作り出す『魔道彫金』に極めて近い術がある。
かつてある世界でそんな話を耳にしたことがある。
興味が沸かなかったことはない。もし叶うならばこの目で見てみたいと思っていた術だ。
それが叶うとは考えもしなかった。しかも、自分とは相対する存在であるパメラが使うとは、完全に予想外だった。
パメラの手のひらでいくつもの姿に変化していくベルゼブブを見逃すまいと、凝視するレム。
ひときわ強い光を発した後、そこには見事なバイオリンが作り出され、パメラは優美な手つきでそれを弾きこなしてみせた。
「すごいな、パメラ。素晴らしい術を見せてもらったわね。」
「『創成術』という術だ。魔力で様々なものを作り出す。」
小さく肩を竦めて見せるパメラをレムは手放しで賞賛した。
久しぶりにいいものを見せて貰い、興奮するとともにレムのプライドを大いに刺激した。
テーブルの上に置かれた隕鉄をレムが手に取ると、青白い閃光がその身体を包み込み、床に見たこともない円陣が描かれる。
レムは手のひらにある隕鉄に小さく息を吹きかけると、まるで意思をもったかのようにふわりと空に浮かぶ。
眩いが決して目を貫かない閃光が駆け抜け―気付くと、レムの手にはシンプルだが精緻なデザインの腕輪が握られていた。
「良いものを見せて貰ったお礼だ。」
「なるほど、それが『魔道彫金』か。」
差し出された腕輪を受け取りながら、今度はパメラがその技術に息を飲んだ。
瞬時に高められた魔力で物質を変化、精製し、魔力を込める。それを一瞬のうちにやってのけるのだから、レムの力はやはり侮れないと改めて思い知らされた。
「いずれ、おまえと共に彫金を行ってみたいものだ。」
「同感だね。機会があればやってみたい。」
皮肉でもなんでもない心からのパメラの言葉にレムは久々に爽快な気分で応じた。
FIN
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2873:パメラ:女性:22歳:異界職】
【NPC:レディ・レム】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、緒方智です。
遅くなって申し訳なく思いつつ、『彫金材料〜』をお届けいたします。
『創成術』と『魔道彫金』の腕比べになってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
近い力を持つパメラ様をレディ・レムも気に入ったようで、機会があれば共同作業をやってみたくなったようです。
それではまた機会がありましたら、よろしくお願いします。
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