<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


大切な鍵、奪還作戦

□Opening
「いらっしゃーい」
 ルディアは、いつものようにその客にも元気の良い声を投げかけた。
「あのぅ、こちらで冒険者の方に取り次いでもらえると聞いてきたんですぅ」
 と言うのに、その客は今にも泣き出しそうな勢いでルディアに駆け寄った。ウサギのような耳と尻尾に、ルディアは目を奪われる。
「えっと、どうしたんですか? あなたは?」
 その人物の勢いに一歩退きながら、それでもルディアはしっかりと確認の質問をした。
「あ、ボクはトット、ラビ・ナ・トットと言います」
 トットと名乗った人物は、落ち着き無くルディアを見上げ、話を続ける。
「久しぶりに大陸まで買い出しに来たんです、そうしたら、あんまり気持ちが良くてボク、ちょっと丘の上でお昼寝をしてしまって」
 ぐすぐす、と。トットは情けない顔をして、鼻をすすった。
「それで?」
 しかし、こんな所で泣き出されたのではかなわない。ルディアは急いで続きを促す。
「空から飛んできた小型のドラゴンに、大切な鍵を盗まれてしまったんですぅ」
 おうおうおうと、ついにトットが泣き出してしまった。
「ボクは、扉の番人なのに、鍵を無くすなんてどうすれば良いんでしょう」
 泣き崩れるトット。鍵……、と言う事は、光物収集のドラゴンの目に引っかかってしまったのだろうか?
「そ、それで、そのドラゴンはどこへ行ったんですか?」
 それでもルディアは、少しでも多くの情報を聞き出そうと、優しくトットに話しかけた。
「ううう、あの、広場を通り抜けた丘が、ボクが居た場所で……」
 トットは目を潤ませながら、身振り手振りで、その状況を語る。
「あいつは……、西の山のてっぺんに見えた一本の大きな木を目指して飛んで行っちゃいました」
 そうして、西の方を見ながらトットは、またぐすぐすとぐずり出した。
「追いかけたんですけど、モンスターが沢山居て……怖くて山に入れなかったんですぅ、お願いです、ボクと一緒に鍵を取り返しに行ってくださいぃ」
 さて、どうしたものか。
 めそめそ泣き止まないトットを見ながら、ルディアはこっそりため息をついた。

■02
 泣いているトットに、アリュセは優しく声をかけた。
「元気を出して」
 その手には、手土産のケーキと紅茶。とくとくとカップに紅茶を注ぎ、そっとトットに差し出す。トットは、驚きながらも、紅茶の香ばしい匂いに誘われそのカップを受け取った。一口、暖かい液体を口に含む。ふと息を吐き出したら、トットは随分落ち着いたようだ。
「落ち着いたかしら」
 そんなトットの様子に、アリュセはほほ笑む。
「はい、ボク、ボク、鍵を取られてしまったんです、だからだから」
 紅茶の次にケーキもトットに差し出し、自身も紅茶を飲んだ。
 アリュセは、トットの言葉に頷く。
「私も協力するから」
「ほ、本当ですか? あ、ありがとうございますぅ」
 優しいアリュセの言葉とケーキに、トットは飛びあがるほど喜んで、丁寧にお辞儀をした。

□03
 西の山の入り口で、一同は一旦立ち止まった。
 先頭は、オーマ・シュヴァルツ。山入りに際して考えがあるらしく、皆を止めた本人だ。
 その後ろには、アリュセ。彼女のおかげで、トットは落ち着きを取り戻し、一行はこの山まで迷う事無く辿り着けたのだ。
 そして、最後にびくびくと山を気にしながら、トットが続く。
「山入りは目立たねぇようにしないとな」
 確かに、山の中からは様々な魔物の気配がする。その中に見知らぬものが入り込めば、件のドラゴンばかりか、生息する全ての魔物が警戒するだろう。人型ならば尚更、こちらが不利と言う物だ。
「そうね、話して分かる相手ばかりなら良いけれど……」
 もし、そうではない相手ならば、残念だが力ずくで、と言う事になる。
 アリュセも、慎重にと言うオーマの意見に首を縦に振った。
「よっし、じゃあ、俺がこの姿で先陣を切るぜ」
 言うや否や、オーマはその姿を銀の獅子に変えた。
「まぁ」
 アリュセは、思わずしゃがみ込みその背を撫でた。
 その姿は、獅子……、なのだけれども。
「お、およよよ、こ、子犬」
 トットは、驚きと戸惑いながらも、あの大きかったオーマのその姿に魅入る。
 そう、その獅子の姿は、銀色で、
「おうよ、ラブリー☆オーマ、カモフラ心理効果もバッチリでGOだぜ」
 子犬のような手頃サイズだった。
 確かに雄雄しい獅子なのだけれど、如何せん、そのミニサイズはラブリー感たっぷり。
 一番大きく派手だったオーマがその姿に変化した事で、一行は、可愛い女の子とびくびくいかにも弱そうなトット、と、見かけだけは害の無い集団になった。

□04
「私達、どうしてもあの大きな木へ行かなければいけないの」
 だから、通してくれないかしら? と、アリュセは取り敢えず目の前の魔物に向かい説得を試みた。そろそろ山の中腹に差し掛かった頃、一行はモンスターの群れに囲まれたのだ。
 今までもモンスターに出会う事はあったのだが、その殆どは、森へ入ってきた珍客に驚き身を隠すか逃げて行くかだった。従って、特に大きな戦闘も無くここまで来れたのだが……。
「ぐぅぅぅぅ」
「ぐるる」
 目の前の魔物の群れは、そうではなかった。
 テリトリーに踏み入った一行を、分かりやすい敵意で威嚇する。
 四足歩行のその魔物達は、皆いきり立ち、アリュセの言葉などそよ風のように消え去って行った。
「あああああ、全然伝わってません〜」
「……、無理なら仕方ないけど力づく……、かしら」
 おろおろと涙目になるトットを庇いながら、アリュセが緊張の目を向ける。
「ああ、いや、ここは俺に任せてもらおう」
 たしたし、と。
 二人の前に踊り出たのは獅子姿のオーマ。ミニサイズのその姿が、今は頼もしい。
「じゃあ、私達は上空に非難するわ」
 オーマの姿を確認し、アリュセは聖獣装具のホリィ・アンブレラを取り出した。日傘のようなそれを優雅に広げる。
 次に、トットの手を取り、アリュセはふわり地面を蹴った。
「よし、行ったな」
 二人が上昇して行くのを確認したオーマは、改めて魔物達と向き合った。
「え、兄さん達、挨拶が遅れやした、あ、こいつはお近づきの印です」
 へこりと頭を下げ、どこから取り出したのか聖筋界あいどるんるん魔物大全をうやうやしく魔物達に差し出した。
「ぐ、ぐるる」
「あい、あっしは新入りでさぁ、ささ、他にも色々ありやす」
 魔物達は、獅子姿のオーマだけになり、幾分警戒が和らいだようだ。その上、オーマの取り出すイロモノ品々の数々に興味津々の模様。
「ぐるぐるぐる」
「ええ、勿論差し上げます、そのかわりと言っちゃあ何ですが……」
 ミニ獅子オーマは、その、イロモノ品々を差し出すかわりに見逃して欲しいと持ちかける。何と言っても、侵入者はこちらの方なのだ。戦闘は避けるべきだろう。
「ぐるるる」
 賄賂が効いたのか、魔物達は機嫌が良さそうに一匹二匹と引いて行った。
「ぐ……、ぐる」
 しかし、まだ疑い深い魔物も居る。それらは、上空に避難したアリュセとトットを気にしているようだった。
「いやいやいや、あのトットの旦那はあっしの師匠でして、ここは見逃しておくんなまし」
 オーマは、更にもう一押し、魔物達をなだめすかした。
 ここは、嘘をついても構わないだろう。
 とにかく、オーマは魔物達を追い払った。完全に魔物達の気配が消えた事を確認し、上空へ合図を送る。ふわふわホリィ・アンブレラで浮かび上がるアリュセとトットは、共に無事のようだった。
「このまま山の頂上を目指すってのも有りだけど、それじゃ彼に悪いわね」
 地上からオーマのサインを確認し、アリュセはトットと共に下降をはじめた。

□05
 ばさりばさり、と。
 それは突然現れた。
 大きな木が、視界に現れた時だ。小型のドラゴンが、上空を優雅に旋回したのだ。
「あああああー、あ、あ、あいつですー」
 間違いないと言う風にトットが叫び出す。
 どうやら、目当てのものに辿り着いたようだ。アリュセとオーマは同時にそれを見上げた。
 ドラゴンは、しかし、彼らには目もくれずそのまま木の頂点に降り立った。
「ん、あの様子じゃぁ、気を逸らして奪うのは手間、だな」
 自分が飛行して隙をつくのが一番か、と、オーマが構えた。
「あら、でも、ドラゴンって頭の良い生物だっていうし……」
 それを制したのはアリュセ。
「例え相手が人語を話せなくても、説得はできそうよね」
 そのまま、木の頂上へ声をはり上げた。
「こんにちはー、あのね、この子の鍵を返して頂けないかしらー」
 風が巻き起こる。
 アリュセの声に、ドラゴンが反応したのだ。少し動いただけで、この風。トットは、吹き飛ばされないように必死に耳を押さえる。
「なるほど、それならその方が良いな」
 オーマは、事の成り行きを見守るように、一歩引いた。

□Ending
 きらきら光る、大切な鍵。
 トットは、大切そうにそれを胸のポケットに収めた。
「お二人ともありがとうございました、おかげでまた扉が開けます」
 山を降りたら、もう日が落ちかけていた。山を背にしたトットが、丁寧にお辞儀をする。
「なあに、物分りの良いドラゴンでよかったぜ」
 元の姿に戻ったオーマは、豪快に笑い上げ胸を張った。
「そうね、ビー玉やおはじきと交換して貰えてよかったわ」
 アリュセもにっこり微笑み、無事を喜んだ。
 ドラゴンに言葉は通じなかったのだが、物々交換と言う事で意外と簡単に鍵を返してもらえたのだ。
「あのぅ、交換と言えば……、オーマさん、あの鍵はよかったんでしょうか?」
 機嫌の良い二人に比べ、トットは申し訳無さそうにオーマを見上げた。
 トットの鍵と交換に、オーマが差し出したのは何と自宅の鍵だった。本当に、そんな事をしてしまって良かったのだろうか。
「うんうん、丸く収まって良かったなぁ」
 しかし、トットの心配も何のその。オーマは豪快に笑うだけだった。
「そうねぇ、もし、あのドラゴンが家に訪ねてきたらどうするのかしら?」
 アリュセは、そう言えばと小首を傾げる。
「ああ、そん時ゃあ、もちろん、おもてなししますよ」
 その疑問に、オーマはどんと自分の胸に拳をあて、おおいばりで応えた。
 くすくすくす、アリュセも我慢できずに笑い出す。
 トットは、二人に感謝しながら、もう一度深深とお辞儀をした後、安心したように笑みを漏らした。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【3280 / アリュセ / 女性 / 15歳 / 具象心霊】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターのかぎです。この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。おかげさまで、無事大切な鍵を取り戻す事が出来たようです。
 ■部分は個別描写、□部分は集合描写になっております。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

■アリュセ様
 はじめまして、初めてのご参加有難うございます。やさしいアリュセ様の心遣いで、トットも怯える事無く無事帰還できたようです。本当にありがとうございました。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。