<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ウーゼル・ペンドラゴンを探せ!


「やぁ、いらっしゃい。久し振りだね」
 真昼亭に入ると、店主の雷火はニッコリ微笑いかけた。
「丁度いいところに来た。キミに頼みたいことがあってさ」
 冷たい水を差し出す。彼がこう云う態度を取るときは、大概ロクでもない実験や依頼を頼んでくるときだ。
「――まぁ、話しは一応聞いてやる」
「またまたぁ〜。本当は暇で暇で仕方なかったんでしょ? 取り合えず、彼から話しを聞いてくれるかな。探し物があるんだってさ、オーマ」
 雷火は奥のテーブルに座った男を指差す。その動作に、オーマ・シュヴァルツは振り返った。
 小太りの中年男性‥‥服装から、旅の者であることが見て取れる。オーマは男のテーブルの前に立つと「主人からの紹介です」と云い、会釈した。重そうな身体で男は立ち上がり、ペコペコと何度も頭を下げるとオーマに着席を促した。
 つまりは、こういうことだ。
『ウーゼル・ペンドラゴン』という薬草を探して欲しい、のだという。
 伝説の薬草と云われているが、取引されている形状が乾燥した藁のようになっているだけで、本当に「薬草」なのか分からないらしい。大陸から来たらしい商人の男は、採取先を聞きながら訪ね歩き、このエルザード近くまでやってきたと云ってた。
「ウーゼル・ペンドラゴン、ねぇ‥‥。聞いたことねぇな。雷火、おまえ知ってるか? 伝説つったらよ、やっぱ聖筋界あいどるんるん★美筋人面系薬草なんかね?」
 商人が店を出、手持ち無沙汰にグラスの中の液体を回しながらオーマは、テーブルにやってきた雷火を仰ぎ見た。
 病気や怪我を立ち所に治す――そんな薬効であれば医者である自分が知っていてもよさそうだが、まったく見当が付かない。
「オレもないけど‥‥ここでは呼び名が違うとか? そんな感じの薬草だったらこの国にはいっぱいありそうだよね、嘘か本当か知らないけれど」
「ガルガンドの館で、本でも調べてみっか」
 そう云いながらオーマは店の中を見渡す。書物の管理人だという、看板娘が見当たらないようだ。オーマのそんな様子を察した雷火は、
「ああ、今日は出掛けてるんだ。彼女がいればいろいろ聞けたかもしれないね」
 どうやら、自分の足で稼ぐしかないようだ。雷火に別れを告げると、オーマはガルガンドの館――図書館へと足を向けた。

 道すがら、魔術占い師や薬草などを扱っている店に顔を出してみたが、ウーゼル・ペンドラゴンという薬草を知っている者は居なかった。『病気や怪我を立ち所に治すらしい』という話しをすると、他の薬草を売り付けられそうになったオーマであった。
(薬草なんて、生じゃなきゃみんな乾燥した草や藁みたいなもんだしなぁ‥‥)
 ガルガンドの館へやってきたオーマは、薬草関連の書物を開きながらぼんやり考えていた。
 とある異界の国の物語に、アーサー王伝説なるものがある。アーサー王伝説だと、ペンドラゴンは「竜の頭」の意。「偉なる者の敬称」ともなるらしい。
 名は体を表すし、ある意では名が尤もたる手掛りになるのかもしれない。単純に考えれば、竜の頭部の鬣などの体毛ではないか。然しなら、何故「ウーゼル」を冠したのか気になる所ではある。
 近辺の竜の生息地は、この街から少し離れた森の中ほどにある水場あたりだ。今から行っても、日没前には戻ってこられるだろう。書物を閉じると、オーマは森へ向かった。

 森を進むと、思わぬところにルベリアの群生地があった。
(こんなところにも‥‥)
 ルベリア――オーマの故郷であるゼノビアに咲く花。偏光色の花弁を持つこの花は、ひとの想いを読み取るという。こんなところにまで咲いているのだな、とルベリアの繁殖力を笑った。なかなかしぶといようだ、自分たちのように。
 鬱葱と茂った森をさらに進むと、岩場の多い湖が開けた。湖面にはしっとりと霧がかかっている。上段の岩場から下へと霧が流れ落ち、なんとも幻想的な雰囲気だ。オーマはしばらくその様子を眺めていた。
 偏光に輝くルベリアの花弁を見ながら、商人が真昼亭で云っていたことを反復する。
――希少なものらしく、実際に手にしたことがあるという者は多くないのです。恥ずかしながら、私も実物を一度しか見たことがないのです。過去手にしたことがあるという数人に出会いましたが、皆一様に「藁のようにしか見えなかった」「藁だった」「何か毛のようなもの」と抽象的なことを云うのです。こう、細い針葉樹の葉のような‥‥。
 はぁ‥‥と溜息を付いたその時。
 ぽちゃん。
 湖面が揺れる。
 その音にオーマは顔を上げた。霧の奥に影が映っていた。じっと見据えているとソレはどんどん大きくなり、姿を現した。
『なにやら異質なモノがいるようだが‥‥呼んだのは、お前か?』
 ヒトの言葉ではなかった。いや、喉を震わせる音ではなく、脳に直接響くような言葉だった。
 そこには、大きな恐竜のような青緑のものが佇んでいた。水に濡れているせいもあるのだろうが、ツヤツヤした表皮(イルカのような気もする)に、長い首。脚はあるのだろうか、地上からではその様子をうかがい知ることはできなかった。某湖の想像上の水棲爬虫類を思わせる風貌だ。そして、その頭部には同じ色の毛のようなものが生えていた。
「ああ――おまえ達から見れば、確かにオレは異質なモノ‥侵入者かもしれない。争いは望んでいない。よければ話を聞かせてもらいたいんだが、いいかな?」
 両手を広げ、肩を竦める。武器など持っていないことをオーマがアピールすると、竜は目を細めた。
『いいだろう』
「ありがとよ。おまえのその鬚や毛を取りにくる人間とか、いるか?」
『私の、毛を?』
「探してる薬草がある。それは『毛』だから、薬『草』じゃないが、名前にドラゴンって付いてるし、ちったぁ関係があるんじゃないかって思ってよ? それを欲しがっている奴が、採取先はこの辺じゃないかって聞いて大陸からやってきたらしい」
『時折、護身用だかお守りだか知らぬが、くれとせがむ人間はおるが‥‥薬草、というのは初めて訊くな』
「そうか。取りにくる奴がいるってことは、理由が何であれ流通してるってことには間違いないんだな、きっと」
 オーマは腕を組みながら独り云つ。その片手に握られている花を思い出し、
「よかったら、これと‥‥交換してもらえないか?」
 そう云うとオーマは、ルベリアの花を差し出した。
『異質の花か』
「ん、ああ。確かに異質の花だけど、悪くないぜ。この花はヒトの‥‥アンタは竜だけど、心の奥底の『色』を見せる。世に二つとない美しい色に染まるぜ」
 オーマの手の中にあるルベリアの花弁は、定まらぬ色を発していた。まるで竜の心を読んでいるかのようだ。
『‥‥面白い。持ってゆけば好い。それではその花と交換するとしよう』
 竜はオーマの前に頭を擡げた。オーマは「サンキュー」と云いながら、ほんの少しだけ竜の頭髪を携帯用メスで切った。
「あーっと。コレじゃどう闘ってもアンタに勝ち目はないから、さっき隠してたのは勘弁な」
 携帯用メスを揺らしながら笑い、オーマは竜の口元にルベリアの花を差し出した。竜はそれを受け取り再び身体を起こす。
『さて‥‥役に立てば良いが?』
「ありがとよ、そう願いたいねぇ」
 オーマはにっこり笑った。
 竜は現れたときと同じように、再び霧の中に消えていく。その様子を、オーマはじっと見ていた。

「それが『伝説の薬草』?」
 真昼亭に戻ってきたオーマは、カウンターの上に紙で包んだ青緑色の竜の頭髪を置いた。雷火はそれをしげしげと見る。
「どうだろね。ただ‥‥確証はないし、あの商人も本物を見たことないんだろ? 遠路遥々大陸からやってきたのに、間違ったモノ持って帰ってもらうのも俺様の本意じゃないんだよな。だから、俺が知ってる限りで一番怪我に効くって云われてる薬草も持ってきた」
 竜の頭髪の横に、オーマはそっと遮光瓶を置いた。精製してあるらしく、液体になっている。
「伝説は、伝説のままの方が良いってこともあるしな――」
「‥‥オーマってさ、外見ですっごく損してる時あるよね」
「なんだそれ」
「とっても優しくて心遣いがきめ細かいのに‥‥顔怖い」
 冷えたビールを差し出しながら「奢り」と云って雷火はにっこり笑った。

 後日――商人はオーマからの伝言を聞き、竜の頭髪と液体になった薬草を持ち帰ったらしい。商人がまだ『伝説の薬草』を探して彷徨っているのかは分からないが、少なくともオーマの薬草は役立っているだろう。
 伝説は、伝説のままで。知らなくてもいいことは、世の中にいくらでもある。
 それがいい意味なのか、悪い意味なのか。自分の目で見定めればいい。
 真昼亭から足を踏み出したオーマは、大きく伸びをしながら微笑んだ。


      【 了 】


_/_/_/_/_/_/_/_/_/ 登場人物 _/_/_/_/_/_/_/_/_/

【 1953 】 オーマ・シュヴァルツ | 男性 | 39歳 | 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り

_/_/_/_/_/_/_/_/_/ ひとこと _/_/_/_/_/_/_/_/_/

初めまして、担当WR・四月一日。(ワタヌキ)です。ご参加誠にありがとうございました。
納品時エラーとはいえ、お待たせしてしまい大変申し訳ございません。

ウーゼル・ペンドラゴンは、ちゃんと何か決めてありました。が、あまりにも‥‥な設定のため、紳士的な振る舞いをしてくださったオーマ様に失礼かとも思い、今回はあえて明かさない方向にいたしました。
気になるところがございましたら、リテイク申請・FL、矢文などでお気軽にお知らせください。

2006-06-18 四月一日。