<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Dahlia + 出会い +



☆★☆


 白山羊亭の中、カランと軽快な音を立てながら入って来た少年に、ルディアは目を丸くした。
「リンクさん!?」
「そ。お久しぶりだね、ルディアさん」
 彼の名前はリンク エルフィア。
 ここから遠く離れた場所にある、1軒の喫茶店で働いている。
 2人はそこの店長でもある少女を介しての顔見知りであり、リンクが白山羊亭を訪れるのは今日が初めてではなかった。
「今日はね、ちょっとお願いしたい事があって来たんだ」
「お願いしたい事、ですか?」
 リンクの前に、透明なグラスに入った水をコトンと置くと、ルディアは首を傾げた。
「ライル・グロウラーって人がいるんだけど・・・」
 知っている?と言うような瞳に、ルディアはただ首を振った。
「ちょーっとやんちゃな人でね。俺より年上なんだけど・・・17、でさ」
 リンクは見た目こそは17,8に見えるが、実年齢はそうでない事をルディアはきちんと知っていた。
「口は悪いしガサツだし、好き嫌いは激しいし、暴れん坊だし、気分屋だし、すっごく困ったヤツなんだけどさ」
 なんだか大変な人物のようだ・・・。
「ある国の王子なんだよ。しかも、第1王子で・・・王位継承予定者」
 そんな王子が国を治める王になるとするならば、そこに住まう国民はさぞかし不安だろう。
 声に出さないまでも、そう思ったルディアの表情を読み取ってか、リンクがコクリと頷いた。
「一応あんなんでも俺の友達なんだけど・・・なにしろ小さい頃から城で育ったんで、世間知らずなんだ」
「そうなんですか?」
「うん。でね、見聞を広めるためにって外に出したは良いんだけど・・・」
 そこから先はあえて言わずに、リンクは頭を抱えた。
「まったく、王様も人使いが荒いよな〜」
「リンクさんだから、信頼してるんですよ」
「・・・んー・・・で、こっからが本題なんだけど・・・」
「はい」
「・・・急な用事で出かけなくちゃならない事になって」
「レシピですか?材料ですか?」
「レシピをね、ちょっと遠くの町のシェフに習いに行く事になって・・・」
「そうですか・・・」
「俺が戻ってくるまでの間、ライルの世話をして欲しいんだ」
 ・・・口が悪く、ガサツで好き嫌いが激しく、暴れん坊で気分屋の困ったヤツの世話を、だ。
「多分、1週間程度で帰って来れると思うんだけど・・・」
 ルディアが白山羊亭の中に視線を巡らせる。
 誰か、適材がいないかどうか探しているのだ。
「まずは、仲良くなってくれると嬉しいんだけど・・・」
 そう言って苦笑いをするリンク。
 その笑顔が全てを物語っている気がする・・・。


★☆★


 ルディア経由で経緯を聞いたオーマ シュヴァルツとシェラ シュヴァルツは、白山羊亭の前でジっと時を待っていた。
 超がつくほどの方向音痴だと言うライルは、1人で町を歩く事もままならないらしく、リンクが白山羊亭まで引っ張って来てオーマとシェラと落ち合おうと約束をしていたのだ。
「お、アレじゃねぇか?」
 一直線に整えられた道の上、丁度大きな家が道の両脇に立ち並んでいるその真ん中に2つの人影を確認し、オーマが指を指しながら隣に立っているシェラを肘でつついた。
「そうだねぇ」
 人影はどんどん近づき、その表情が見て取れるほどになった時、オーマとシェラは確信した。
 見慣れたリンクの姿の隣には、銀髪赤眼の美しい少年が立っていた。
 肌は透けるように白く、華奢な身体を覆う布は遠めに見ても高価そうなものだった。
「オーマさんにシェラさん。お待たせしてしまって・・・」
 リンクがそう言って駆け寄り、ペコリと頭を下げた。
「いや、それほど待ってないよ。ねぇ、オーマ?」
「あぁ。で?その・・・王子様ってヤツは??」
「あ、こっちです。ライル グロウラーって言って・・・」
 にこやかに紹介しようとしたリンクが固まった。
 つい先ほどまで隣に居たはずのライルの姿が忽然と消えているのだ。それはもう、消失トリック顔負けに・・・!
「あ・・・あれ・・・???」
「アレじゃないのかい?」
 困惑するリンクの背後、ボンヤリとしゃがんで花壇に咲いていた綺麗な赤色の花を見詰めていたライル。
「ライル!」
「・・・なに?」
 リンクの抗議の声もなんのその、ボヤっとした顔をオーマとシェラに向け、何の感情も浮かんでいない瞳をゆっくりと交互に向けると視線を落とした。
「で?」
「で?って何が?」
「コレ、なに?」
 人差し指をオーマとシェラに突きつけながらライルがそう言って、首を傾げる。
「こら!ライル!人を指差すな!」
「・・・これ、人間なの?デカスギだし」
 ポツリと呟かれた言葉に、シェラの笑顔が思わず引きつる。
 口が悪いとは聞いていたが、もっとこう・・・口調が乱暴だとか、そう言うのかと思いきやとんだ勘違いだ。
 美形で繊細そうな見た目とは違い、目は死んでいるし、ポツポツとしか紡がない言葉はどれもこれもキツイ。
「すみません!オーマさんにシェラさん・・・!ほら!ライルも挨拶しろよ!」
「・・・初めまして」
「おうおう、人類皆親父愛の輪★ってか、いっちょグレイトマッスル下僕主夫キング☆にしてやらねぇとな?」
「そうさねぇ“男”になりたいってんならだね。素養教養だけじゃなく年上の女の扱いを知る事も必要さ。どれ、ひとつこのあたしが“存分に”相手をしてやろうかい?」
「・・・・・・・・・・・」
「ライル?」
「・・・今の、何語?もしかして、通訳必要?」
 ポカンとした顔で固まるリンクと、相変わらず死んだような瞳をしているライル。
 赤い瞳は限りなく濁っており、その瞳にはオーマもシェラも映っていないようにさえ思えた。


☆★☆


 リンクに散々頭を下げられ、宜しくお願いしますと何回も念を押された後に、オーマとシェラはライルを自身の家の前まで連れてきた。
 ジロジロと家を見た後に、ライルがプイっと顔を背け・・・
 オーマが扉を開けてやると、無言で中に入って手近にあった椅子に腰を下ろした。
 手荷物は自分でズリズリと引きずりながら持って来ており、途中で何度もオーマが持とうかと申し出たのに、頑なに首を振り続けたのだった。
「ま、お城よりかは狭いだろうケド・・・」
「犬小屋と同じだね」
「そんなにお前さんとこの犬はデカイのか!?」
「汚さがだよ。・・・いや、犬小屋以下かな。以下」
 椅子の上で体育座りをしながらそう言うと、わざとらしく咳き込んだ。
「そうだねぇ、それなら掃除をしないとねぇ」
「掃除するお手伝いさんはいないわけ?」
「いや、ここにいるさ」
 オーマがニヤリと微笑み、桃色エプロンを手馴れた様子でライルに着せると、綺麗な銀色の髪を隠すように三角巾をつけさせた。
 ライルはその間ジっとしていたが、瞳だけはまるで嫌な物でも見るかのように冷たい瞳をしていた。
「さぁ、いっちょやるか!キッチリ掃除しねぇと親父ナマ絞りだからな!」
「・・・だからさぁ、いい加減普通に喋ってよ。って言うか、なにこのゴワゴワの生地。雑巾?」
「エプロンだ!」
「しかも、あんた全然似合ってないよ。ピンク」
 ライルがザクリとするような事を言い、シェラがクスクスと肩を小刻みに震わせ苦笑を零す。
「確かにねぇ、似合ってないかも知れないけど・・・まぁ、見慣れればまた違ってくるだろうさ」
「へぇ。見慣れるまで直視しちゃったわけだ?」
 ライルが同情と尊敬の光を宿した瞳をシェラに向け、直ぐにそらした。
「言っとくけど、掃除なんて出来ないよ。だって、やった事ないし」
「なぁに、俺が手取り足取り腰取り教えてやっから、なぁんも心配しなさんなって!」
「・・・心配してるわけじゃないし・・・って言うか、あんた何してんの?」
 擦り寄ってきたオーマがライルの腕を取り・・・既に掃除を始めていたシェラに向かってそう言うと首を傾げた。
 シェラが箒代わりに持っているのはどうみても鎌だ。しかも、巨大な。
「なにって、掃除に決まってんじゃないかい」
「掃除って、鎌でするもんなの?何此処、雑草でも生えてるわけ?」
「いんや、雑草はねぇな。人面草はあるけどな」
「・・・人面草?」
 オーマの言葉に、何処からともなく霊魂軍団と人面草がやって来てライルの周りを囲んだ。
「なに・・・これ・・・」
 ライルの表情がサァっと変わる。血の気のない頬はまるで人形のようだ。
 身の危険を感じたライルが走り出し、人面草にぶち当たるとその場を逃げ出そうと腕を回して大暴れしている。
「おい、こら・・・!ちょっ・・・」
 オーマが必死で止めるものの、火事場の馬鹿力とでも言おうか・・・ライルの力は相当なものだった。
 しばらく一進一退の攻防を繰り広げた後で、ペタリとライルがその場に腰を下ろし、深い溜息をついた。
「・・・・・・・・・疲れた・・・・・・・・・・・」
 そう言いながら箒を手に取り、バサバサと床を掃いては立ち止まってしゃがみ込み、深い溜息をつく。
 どうやらライルは相当体力がないらしい。
 オーマがそう思いながら箒を片手にルンルン気分で掃除をして・・・ライルが再び立ち上がり、数歩歩いた先でカチリと軽い音が鳴った。
 何か踏んでしまったのだろうか?そう思い顔を上げてみると、ライルの真上から巨大な岩が落下してきているではないか!
「あぶねぇっ!!!」
 そう叫んでライルを突き飛ばし、オーマの上に岩がクリーンヒットするものの、体の丈夫なオーマはびくともしない。
 こんなものがライルに直撃していたら、きっとライルはお星様へと旅立ってしまった事だろう。
 この家には、番犬様がオーマのために仕掛けてくださった紅色トラップが各所に置かれており、ほんの些細な衝撃で発動してしまうのだ。
「ふぅ、危なかったなぁ、ライル・・・」
 言いかけてライルの方へと視線を向けると、ライルが床に伸びていた。
 頭の方はなんとか人面草が守ってくれたようだったが、背中や腰を打った衝撃で意識は飛んでしまったらしい。
 血の気の引いた顔はまるで死んでいるようで、ライルの頭をヒシと持っている人面草もオロオロしている。
「なんだいオーマ、今の音は・・・って、どうしてこんな事になっちまってるんだい!?」
「や・・・なんつーか、ライルがトラップに引っかかって・・・」
「突き飛ばしたのかい!?」
 シェラの瞳が妖しく輝き、その手に持たれた大鎌がキラリと光る。
「岩の下敷きになるよりかは・・・」
「マシだったとは、到底思えないんだけど」
 オーマの言葉を引き継いでライルがノロノロと身体を起すと腰をさすった。
 人面草がオロオロとライルの周りを歩き回り・・・ライルがその頭をそっと撫ぜる。
 その光景を見て、オーマとシェラは視線を合わせた。
 死んだ瞳と良い、やたらキツイ口調と良い・・・なにかライルにはある。
 そう直感した2人だったが、決してこちらから聞き出そうとは思わなかった。
「大丈夫かい?立てるかい?」
「大丈夫・・・だけど、この場に長く居たら命の危険があるような気がするんだけど」
「まぁ、それは・・・俺らが命がけで守って・・・」
「くれたせいで、命の危険だったんだけど?」
 ライルの冷たい瞳がオーマの瞳と合わさり・・・オーマは二の句が告げないでいた。
 一理あるどころか、ライルの言う事に間違いはない。
「まぁまぁ、トラップを仕掛けた場所は覚えてるからねぇ、それを回避しながら・・・」
「ってかさぁ、なに?アレ」
 シェラの言葉を遮ると、ライルがオーマの背後を指差して首を傾げた。
 ゆるゆるとソチラに視線を向ければ、何やら動く物体が視界に入る。
 グニャリと歪んだ空間の中から現れたのは、ウサギとも犬ともつかない外見をしたナマモノで・・・・・・
「厄介な事になったな・・・」
 オーマが盛大な溜息をついてウサギ犬を見詰めつつ、ライルに目配せをした。
「アイツは正体不明の生物で、散らかすのが特技なんだ。アイツに憑かれると、その家は一生片付かない」
「さぁ、どうする?」
 シェラが微笑みながらライルを見詰め、その瞳を覗きこんだ――――――


★☆★


「どうもしない、放っておく。だって、何も出来ない」
 シェラの質問に、ライルはいたって淡白な言葉を返すと立ち上がった。
「・・・もう、付き合いきれない」
 そう言って振り向いた瞳は何の感情も浮かんでいないものだった。
 美形なだけに、中々凄みのある表情だった。
「ライル、最初から何も出来ないって諦めるな」
「出来ない事を出来ないって言ってなにが悪いの?出来ないものは出来ない。アレを殺す事なんて出来ない」
「誰が殺せって言ったんだい?」
 シェラがそう言って肩をポンと叩くと、ライルがウサギ犬の方に2,3歩よろめいた。
「さぁて、それじゃぁ俺はライルに此処を任せて夕飯でも作るかな」
「・・・はぁ?」
「なに、大丈夫だ。お前さんなら出来るよ。・・・んで、時にライル。何か好き嫌いはあるか?」
「沢山あるけど?魚介類は食べれないし、肉も嫌いだ」
「って、そんなんじゃ栄養が偏っちまうじゃねぇか!普段は何食べてたんだ!?」
「・・・野菜。ソレは好きだから」
 だからそんなにも細く、血の気のない顔をしているのだろうか?
 体力がないのも頷ける。育ち盛りの少年がなんて食生活なのだろうか・・・。
 オーマはシェラにその場を頼むと、そそくさとキッチンに入って行った。
「さぁ、どうする?」
「だから、どうもしない」
 シェラの言葉に、ライルが先ほどと同じ言葉を返すと目を伏せた。
「何もしなければ何も変わらない・・・違うかい?」
「何もしなければ、誰も余計な期待をかけたり失望したりしない」
 ポツリと寂しそうに呟くと、ライルはウサギ犬に向かって手を差し出した。
 その瞬間、シェラは思わず目を疑った。
 普通なら絶対に人に懐かないような生物なのに・・・微かに戸惑ったように身を震わせた後で、ソロソロとライルの手に近づくと甘えるように身体をこすりつけたのだ。
「あんた、凄いねぇ」
「・・・こんなの、凄くもなんともない。馬鹿にされるだけだ」
 寂しそうに目を伏せてそう言うと、ライルは優しくウサギ犬の頭を撫ぜ、抱き上げた。
「どうして馬鹿にされるんだい?なかなかいない才能じゃぁないかい」
 シェラの言葉に、ライルはプイっと顔を背けるとウサギ犬を床に放し、優しく諭すように家に帰るよう告げると愛しそうに頭を撫ぜた。
 走り出す・・・その後姿を見詰めながら、ライルは複雑な表情をして立ち尽くしていた・・・


☆★☆


 オーマが作った食卓は賑やかだった。
 色取り取りの食材達は美しく、華やかなソレは美味しそうだったのだが・・・見事に肉や魚のオンパレードだった。
「イジメ?特殊な虐待かなにか?」
 ライルが冷たくそう言い放つのをなんとか抑え、宥めすかして食べてみるように勧めるものの、なかなか手を伸ばそうとしない。
 勿論、ライルの嫌いな食材中心で作ったのはオーマだ。でも、なんとか工夫して食べられるようにはしてある。
 恐らく、ライルは魚や肉のあの独特の臭いが駄目なのだろう。
 だからこそ、臭いは消してある・・・とは言うものの、ライルは半信半疑だ。
「そうだねぇ、ライル。こうしないかい?」
 躊躇するライルにシェラがにっこりと含みのある笑顔を浮かべ、まるで秘密の話しでもするように人差し指を唇に当てて言葉を紡ぐ。
「不味かったら不味いと素直に言えば良い。そうしたら、オーマにお仕置きをしてあげるからねぇ」
 シェラの一言にオーマの心臓が飛び跳ねる。
「そこまで言うなら、食べてやっても良い」
 ライルがそう言ってパクリと意を決したように口に入れ・・・その表情が少しだけ驚きに染まる。
 死んだような瞳が刹那だけ輝きを取り戻し―――――直ぐに色を失うと目を伏せた。
「不味くはない」
「そうか・・・」
 ほっと安堵するオーマの隣で、シェラが残念そうに舌打ちをして・・・その音にオーマが固まる。
「王室の飯より美味いだろ?何せ、一仕事終えた後の食事は格別だからな!」
「・・・・・・・誰かと一緒に食事するの、久しぶりだ」
「そうかい。いつもは1人で食べているのかい?」
「誰も、一緒に食べたがらないから・・・・・・・・・」
 クスリと、口元に笑みを浮かべた後にライルは立ち上がった。
「ご馳走様」
「おい、もう食べないのか!?」
「お腹いっぱい・・・」
 伏せられた瞳の奥、寂しそうに細められた瞳の色は濁っており、深い悲しみに染められたライルの心の底を窺い知る事は出来なかった。



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1953 / オーマ シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り


  2080 / シェラ シュヴァルツ / 女性 / 29歳 / 特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)


  NPC / ライル グロウラー

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『Dahlia + 出会い +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 どうにも何かあるらしい少年・ライルですが、如何でしたでしょうか?
 初回と言う事で、ほとんど心を開いておりませんし、感情らしい感情も見せておりません。
 ですが、この先徐々に感情を取り戻し、お2人と仲良くなれればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。