<東京怪談ノベル(シングル)>
大蜘蛛大調査!〜研究ノート〜
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空は真っ青に晴れ渡り、暖かな陽光がエルザードの街を照らしていた。
穏やかな、一日である。
そんな中天使の広場内に診療所を構える医者――自他共に認める藪医者、クレシュ・ラダは、聞く者が居れば思わず仰け反ってしまいそうな、地の底から響くような不気味な笑みを漏らしながら、暗い室内で机に向かっていた。
その様は一心不乱。何かに憑かれでもしているかのよう。
ペンを持つ右手が白いノートにつらつらと文章を紡ぎ続けている。
ノートの表紙には【ラダの研究ノート】と名がついているが、今その面は机とご対面中だ。
どうやらノートは既に半分、その役目を全うしたと見る。
そして今、クレシュが記すは……『クーガ湿地帯』について。
文章は次のように始まる。
≪ それは、暗い洞穴の中に居た。 ≫
――まるで物語の冒頭の様な仰々しさである。
≪ 四人の協力者を伴い、ワタシは洞穴を奥へと進む。揺らぐ松明を見るに、風の通り道となっているようだ。毒ガス等害なすものはひとまずなさそうである。 ≫
その後には、洞穴に対しての考察が幾つか。例えば岩肌を伝う水滴は、蜘蛛の好む成分が含まれていた、等。洞穴の大きさから推測される蜘蛛の大きさも細かく記されている。
しかし真面目なのはそこまでで、そこから蜘蛛の糸や唾液を採取するまでの文章は、目を疑いたくなる程の喜劇めいたものへと変貌している。
それは余す事なく真実で、嘘偽りは一つとして無い。
読めば読むほど協力者の四人に同情を禁じえない内容であったが、研究ノートがクレシュの最高機密である以上、日の目を見る事は無さそうだ。
――クレシュは黙々と、ノートの行を埋めていく――
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≪ 蜘蛛の唾液――消化液には、催眠効果が含まれる模様。成分は麻酔等に酷似。しかし大蜘蛛の体を離れた後、空気を遮断しているにも関わらず、黄土色に変色。消化液に大蜘蛛の皮膚を浸した所、変色を免れ空気に晒しても変化は見られない。 ≫
≪ 大蜘蛛の皮膚――外甲は細い毛に覆われている。欠片での強度は実物の10%未満。粉末状にしたものを消化液に混ぜても、変色はしない。しかしアンモニア臭に悩む。 ≫
≪ 大蜘蛛の糸――魔法陣、服には噂通り最適。炎魔法ではおよそ30%、水魔法では70%の耐性を確認。魔法を持つ魔物を戒める際のロープにも最適。糸一本と見られるものは何百本の細い糸を合わせたものであり、外甲を覆う細い毛と同一である。 ≫
結論に至るまでの詳細な実験の結果や、成分図表には奇天烈な化学式や論理が記されているが、あまりに難解でどこがどうなっているのやら。
脳の出来が違うらしいクレシュであるからして、常人には理解出来ない。
――理解出来ないのだという事にしておこう。
目の下に隈を刻みながら、荒い息の元怪しい笑い声を漏らす、狂っているかのように見える不気味な青年には、目を逸らし……
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そして最後には、クレシュに協力した面々の生態・能力に関連した記述がある。
これに関してのペンの走りは止まったりよれたりと、クレシュの動揺をそのままに綴られている。キラキラと瞳を輝かせ、あるいは顔を真っ青に染め、時々ぶるりと体を震わせ、奇声を上げてほくそ笑む――その珍妙な行動のままに、文面は統一性が無く、話を脱線させたり怪記号で埋められたりと――どうやらクレシュにしか理解出来ない有様だ。
けれどもそこには、協力者達についてが事細かに記されており……いつか、きっと、役立つのだろう。何にかは知れないが。
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「さて、と……大方、これで終わりっと」
大きく伸びをしながらクレシュはぽつりと呟いた。肩をほぐし、首を回し、硬くなった体をほぐしていくと何やら眠気に襲われる。
「ふわぁ……」
なんとはなしに目線を窓にやれば、外は真っ暗で月明かりだけが注いでいる。
机に向かうには暗すぎる。
だから、それをクレシュは寝るには良い機会と踏んだ。
徹夜のし過ぎで体力もそろそろ限界ではあった。
クレシュは気力を振り絞って、最後の一行を書き記す。
≪ ――こうして、大蜘蛛調査は幕を閉じる―― ≫
END
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