<PCクエストノベル(2人)>


紺碧の舞踏会

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1805 / スラッシュ / 探索士】
【1962 / ティアリス・ガイラスト / 王女兼剣士】
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☆序章

ぽかぽか。ぽかぽか。
春の日差しは暖かい。

まっすぐな太陽。
肌に心地いい春風。

見上げれば青空。
紛れもない快晴。


ティアリス:「今日は夜まで晴れが続くわね。音楽祭に最高の天候で参加できそうで嬉しいわ」


 長いウェーブのブロンドを風に揺らしながら、ティアリスはスラッシュに振り返る。


ティアリス:「ほら、クレモナーラ村が見えてきた。そこから聴こえる音楽も。あとは、この山を下るだけなのね」


 年に一度、春の夜空の下で執り行われる祭。
それが、クレモナーラの音楽祭。

世界中から多種多様な人々が、この小さな村に密集してくる。

今回のスラッシュとティアリスの観光旅行の目的地も、そのクレモナーラの音楽祭なのだ。


スラッシュ:「ティアが喜んでくれて嬉しいけどな……あんまり、はしゃぎすぎるなよ。音楽祭には本当にたくさんの人間が集まるんだ。どんな奴がいるかわからないし、はぐれることだってあるかもしれない」
ティアリス:「心配してくれるのね。ありがとう、スラッシュ。でも、大丈夫。私はそんなにヤワじゃないし、それに……いざとなったら、貴方が助けてくれるでしょう?」


 ティアリスは、今度は振り返らずに言った。
そんな彼女の背中に、スラッシュは答える。


スラッシュ:「もちろん」


どこにでもあるその一言は、二人にとっての魔法と化した。
約束という名の、魔法の言葉に。






☆本章
〜第一部:デートらしく〜

 折角のお祭なのだから、デートらしく。

そんなティアリスの意見を聞き入れて、スラッシュは一人、村の噴水のベンチに腰かけていた。
この場所で、ティアリスと待ち合わせをしているのだ。

 約束の時間まで、あと十分。

音楽祭は村全体で行われる一大イベントであるため、早くも音楽に合わせてステップを踏んでいる人々が各所で目立っている。

 普段着でラフに踊る家族連れ。
明らかに人間ではない種族の豪胆なダンス。
民族衣装に身を包み、一人祈祷をするかのような踊りを披露している者もいた。


ティアリス:「スラッシュ〜!」


 待ち合わせの時間ジャスト二分前というところで、ティアリスの明るい声が響いた。

真紅のドレス。淡いピンクの口紅。
踊りやすいようにか、長いブロンドは一つに束ねている。

 素直に思った。綺麗だと。


ティアリス:「……カッコイイ」

 不意に、ティアリスの唇が動いた。

ティアリス:「ズルイくらいにカッコイイ。スラッシュの正装してる姿って、あまり見ることないから……余計にそう思ってしまうのかも」

 そう、スラッシュもまた、正装をしている。
仮にも一国の姫君であるティアリスと踊るのに、いつもの冒険者の服でいるわけにもいかない。
銀の髪に、シックな黒いスーツが良く映えていた。


スラッシュ:「それじゃあ……」

 スッと、スラッシュはティアリスに手を差し伸べる。

スラッシュ:「俺と踊ってくれるか? お姫様」

 ありふれた賛辞の言葉は要らなかった。

ただ、手を差し伸べる。
ただ、音楽祭のステップの相手を願う。
ただ、自分にとっての姫であると告げる。

 そして、最愛の人に向ける、最高の笑顔。


ティアリス:「喜んで」


 スラッシュのたった一人の愛しい姫は、やはり最高の笑顔で応えてくれた。






〜第二部:楽しんでこそ!〜

 音楽が切り替わる。
クラシカルなワルツ。

1・2・3・・・
1・2・3・・・

 テンポよく、二人ステップを踏み始める。

1・2・3・・・
1・2・3・・・


ティアリス:「不思議な気分ね」


 踊りながら、ティアリスが言った。


ティアリス:「スラッシュとちゃんと踊るのは、今回がはじめてなんだもの。ダンスなんて慣れているはずなのに、少し緊張してるみたい」


 傍からみれば、ティアリスのステップは完璧だ。
間違えの一つもない、リズムにのった足取り。

スラッシュはティアリスほど踊り慣れているわけではないが、ティアリスのステップがまさに『姫』という名に相応しいものであることはわかる。

 しかし、いつもの余裕や優雅さはない。
それは、いつも彼女の側にいるスラッシュだからこそわかる。
そしてまた、同じことをティアリスもスラッシュから読み取っていた。


ティアリス:「少し、休憩しましょう」


 一曲踊り終えた後、ティアリスが言った。


スラッシュ:「そうだな」


 スラッシュも同意し、待ち合わせのときに利用していたベンチに腰掛ける。
あらためて村を見渡すと、誰もが本当に楽しそうな顔で、音楽祭に参加していることがよくわかる。


ティアリス:「楽しむって、すごく基本的なことよね。楽しければ自然と笑顔になれるし、例え技術がなくてもかたちになる。この音楽祭のステップを見ていると、それがよくわかるわ」


 キラキラ。キラキラ。
音楽の華やかさだけでは足りない。
ダンスの優雅さだけでは足りない。

笑顔から溢れる気持ち。
楽しいという空気。


ティアリス:「うん!」


 そっと、ティアリスはスラッシュの手をとる。


ティアリス:「今度はもっと、楽しく踊れる気がする」


 もう一度行きましょうというティアリスに、スラッシュは笑顔で頷いた。

 流れるのは独特のリズムのジャズ。
スラッシュもティアリスも、ジャズダンスはワルツほど踊りなれてはいないが、趣向を凝らし楽しんでいる。


スラッシュ:「思えば、旅も同じだったな」
ティアリス:「旅も……同じ?」
スラッシュ:「最初は緊張も不安もあった。でも、やるうちのどんどん好奇心とか……楽しいって感情のほうが強くなったなって。そして……ティアリスと一緒に旅をするようになってから、楽しさは増した」
ティアリス:「それは、最高の褒め言葉ね。私も貴方が傍にいるから、毎日が楽しいの。……ありがとう、スラッシュ」

 スラッシュの頬に軽く口付けをするティアリス。
何にも負けない幸せが、そこにはあって。
その笑顔は、音楽祭の終了を知らせるベルが鳴った後も絶えることはなかった。






〜第三部:二人の音楽祭〜

 音楽祭が終わって、二人はクレモナーラの宿に一泊する。

 スラッシュがシャワーからあがると、部屋にティアリスの姿が消えていた。


スラッシュ:「ティア?」


 呼びかけても、返事はない。
どこにいったのかと、バルコニーまででてみると……。


ティアリス:「スラッシュ!」


 宿泊先の庭から、ティアリスの声が響いてきた。


ティアリス:「いい場所を見つけたの! 今から外にでてこれる?」
スラッシュ:「俺は平気だけど……こんな時間に一人ででてたのか。危ないぞ」
ティアリス:「大丈夫よ。私には、貴方という存在がいるんだもの。私を助けてくれるって約束してくれた貴方が」


――いざとなったら、貴方が助けてくれるでしょう?
――もちろん。


ティアリス:「約束どおり、貴方はすぐに私を探しだしてくれたじゃない」


 そう言って、ティアリスは少し、小悪魔じみた笑顔をこぼす。
そんなティアリスを見ていると、この恋人には一生敵いそうにないなと、スラッシュは思わず苦笑いを浮かべてしまう。


スラッシュ:「わかった、すぐに行く。少しだけ待っていてくれ」
ティアリス:「えぇ、わかったわ」


 素早くいつもの冒険者服に着替え、ティアリスの待つ庭にでる。
もう深夜0時をまわろうという時間帯であるため、辺りは静まり返っていた。


スラッシュ:「それで、いい場所っていうのは?」
ティアリス:「ふふっ。それは、見てからのお楽しみ。こっちよ、ついてきて」


 ティアリスが案内したのは、村のはずれ。
そこには、一本の桜の木があった


スラッシュ:「夜桜か」
ティアリス:「素敵でしょう? 少し散歩にでてみたら、たまたま見つけたの」


 紫でも闇色でもない、春の紺碧の夜空。
桜の花びらは白く輝き、ひらひらと風に揺れ舞い散っている。

 それは、まるで桜の花の秘密の舞踏会だった。


ティアリス:「ねぇ、スラッシュ。今から音楽祭の続きをしない?」
スラッシュ:「構わないが、演奏はないぞ」
ティアリス:「あら。流れてくるメロディーがなくては、踊れないわけではないでしょう?」


 ティアリスは、すぅっと息を吸う。
そして、まっすぐに前を向き、星の輝く夜空へとメロディーを送り出した。

 音楽は、特定の人だけが作りだせるものではない。


スラッシュ:「……そうだな」


 頷いたスラッシュは、ティアリスの手を取った。
彼女の唇から生まれる音楽に合わせ、ステップを作り出す。

 自分たちの歌。ダンス。
――音楽祭。


 幸せの笑顔は、流れる花びらの数だけつづいていた。