<東京怪談ノベル(シングル)>
始マリノ雨
何を祈ろうか。
何を願おうか。
必死に召喚獣を呼び寄せ、荒れ狂う嵐に立ち向かう。
時間はあまりない。
刻々と迫り来るタイムリミットから増す焦燥感を抑えながら、風雨の影響を弱めていく。
木々に押し潰され、今尚倒れ続ける木々に新たなる犠牲者が増していく。
弱いから、護れない。
それならば、強ければ何もかもを護れるとでも言えるのだろうか。
いつかこの先、後悔することのがないためにも、強くなりたいと。
そう、思った。
嘆いて進める道でないとしても、意思だけで進める道もないとしても。
これは一つの、きっかけだった。
目が覚めたのは、雨の音のせいだった。
王族たる者としての勉強の合間、教師の退出と同時に机に突っ伏したと同時に、いつの間にか寝てしまっていたようだ。目を瞑った覚えはない。つまりは、それ程に疲れていたということなのだろうか。
それは全く見に覚えのないことでもない。エレメンタルビーストの特訓から王族の勉強まで、他に雑事を合わせても体の休まる暇はない。
既に課題は言い渡されてはいたけれども、考えることを一時停止。教科書やノート、参考文献を抱え直し、明李は青い髪を揺らして部屋を退出することにした。まだ若すぎる体には多すぎる本を軽々と持ち上げて、視線を雨の音の方へと向けた。
窓から覗ける気色は、嵐にも近い。周辺の木々が数本薙ぎ倒され、僅かに青み始めていた葉を舞わす。その勢いも然ることながら、どこか違和感を感じて落ち着かない。理由のない動揺は次第に増していき、明李は抱えた全てをその場に放り出して部屋を出た。
道中ではその様子に家臣が声を掛けようとするが、申し訳を感じつつも無視をして進んでいく。外へと通じる門の前で、彼女はようやく足を止めた。
「ここ、通るね」
門番が一瞬面食らっている間に明李は扉に手を掛け、一気に力を込めて開いた。北竜族の王の血を引いている由縁なのだろうが、その力を目の当たりにしてしまっては彼女を止める術は誰にも持ちえていない。忠誠の証を示して見送り、彼らが顔を上げたときには門が開かれたときに豪雨によって床が濡れた跡だけが残されていた。
付近は砦のようにぐるりと森が囲んでおり、見渡しただけではどちらへ進めば目的地に辿り着けるかは分からない。慣れた者でも目印で終始現在地を確認してからではなければ進んではいけないと言われているくらいであるからして、安易に進むのは良いとはされていない。それでも何かに導かれるように明李は森の中へと掛けていった。
豪雨。
暴風。
現状の認識をその程度に抑え、申し訳程度に羽織った外套に手を添える。ずっと感じていた予感とも予兆とも付かない不安定な感覚を、彼女は言葉にすることで留めた。
「雨、凄いな。勝手に出てきちゃって怒られそうだけど、あたい達はその手のカンが鋭いから帰れるよね、うん。帰れたところで怒られない訳にはならないだろうけど、帰らないと怒られないから良しとして、って、だとしたら帰らない方がいい……訳もないしな」
水と風を使役する一族が故、見た目程に雨風の影響は受けない。明李の周囲に軽く膜のようなものが張られ、勢いもそれに触れると小雨程度に弱まる。到達者であれば衣服が全く濡れることもないのだろうが、いかんせん未熟なために、それがやっとであった。
十分弱歩いた頃、木々ばかりの視界が一度に開ける。湖でもあったのかと記憶を辿りながら進み、だが予想が外れたことに驚愕した。
人為的なものであったら、怒りの対象をそちらへと向けることも可能であったかもしれない。誰か適当な存在を悪と決め付けて、自分の感情を抑えることが出来たかもしれない。それは、明らかなる壁。太刀打ち出来ない溝に愕然としながら、明李は進んだ。
その場所は他と同じく、かつては多くの木々がそびえていたのだろう。その亡骸となった下には幾種類もの動物が息を絶え絶えにさせていた。駆け寄り木の下に手を差し伸べるも、そこまでの筋力は流石にない。口から息を零れさせて立ち上がる。指を組んで両手を正面に伸ばし、呼吸を整える。
召喚獣を呼ぶ構えは、あまり慣れていない。
「……多分、間違ってない、よね」
駄目だ。自信を持っていかないといけない。自信がなければ護れるものも護れはしない。
それでも足りない実力に怯えながら、明李は召喚を開始した。何も考えないように、ただただ必死に。
雨が晴れ、何もなくなった周囲に光が差し込み。
気がついたように周囲を見渡した。
何も、なかった。
何も護ることが出来なかったことに、自分の無力さを実感する。例え明李がその場に辿り着いたときには既に時遅しことではあったとしても、それでも悔やまずにはいられない。仮定を繰り返して、必死に否定しようとしても、ただ自身の無力さを否定することは適わない。
出来ることなら、全てを護る絶対的な力が欲しい。
引き換えに多くを失ったとしても構わない。
知れず、泣いていた。
怖かったのかもしれない。
また何かを失ってしまうかもしれないことに。
それでも逃げずにいれば、道は開けるのだとしたら。
護るために、強くなる。
絶対に護れる、ビースターになる。
涙が乾く頃には、彼女の姿はそこになく、遥か彼方の地への道を歩み始めていた。
【END】
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