<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 水晶玉〜それは異世界への扉〜 +


「もし、そこの貴方」
 真夜中のベルファ通り。帰宅を急ぐ貴方を呼ぶ声が通りに響き、声の主を見ると、女性が水晶玉を置いた机の前に立っていた。
 20代前半といった顔立ちだが、雰囲気はそれ以上のような気がする女性であるが、なにやら焦っているようで、
「私のティアラがこの中に入っちゃって無いのよ、探してきてほしいのだけど」
 帰宅を急いでいたが、困っている人を放っておくのもシャクであるし……と、はじめて出会った人は思うだろうが、
「?! テメェッこの前のッ! ここであったが百年目、このッ! 効果不明、ドッキリ薬をくらいやがれ!」
 ビンごと投げつけると、占い師はさっと避け、
「こっち、ここに座って」
 まるで話など聞こえていないようにユーアの腕を引き、抵抗しようにも思ったより強く、
「さぁ、この水晶玉を見なさい」
 言われるがままに体が動いてしまうのだった。
 水晶玉は白く半透明で、机がぼやけて見えたが、徐々に灰色、そして黒と変化していき、水晶玉自体が真っ黒になったとき、貴方の姿はどこにもなかった。
「早く見つけてきてよ、あれ凄く気に入っているのだから」
 女性は水晶玉に手をかざすと、呪文を唱え始めた。


【もしももし〜ティアラを探せ〜】


 山間の、小さな村のど真ん中を走る道路の真ん中で、
「くそっ、この手紙の封。開いてるじゃねぇか」
 この村唯一の郵便配達員、ユーアはいつものように肩から提げた鞄に配達物を入れて配達していた。
 しかし最後の1通とセットになっている箱を取り出してみると、なんと手紙の封が開いていたのである。中を覗いてみると、ちゃんと紙が入っていたのだが、
「俺が見たように思われるなぁ」
 信用問題である。
「のり……のりねぇか」
 辺りをキョロキョロ見ても、のりを借りられそうな人など検討もつかない。
「のり…」
「どうぞ、これを使ってくれ」
 突然後ろから声がし振り返ると、赤い服を着た男がのりを差し出していた。
「ありが……?」
 目が、おかしくなったのであろうか。
 人は透けるわけがない。
「あぁ、俺、具象心霊っていうやつだからな。気にするな!」
 『それじゃあな』と手を振り、男は金髪の女性のもとに駆け寄って話している。
「なんなんだ、アイツ……」
 箱とのりを持ちながら、しばらく去ってゆく姿を見ていた。


 ここはユーラン村。良い薬草が採れるのだと学者や薬剤師なんかが季節ごとに訪れては研究に没頭し、一方で煙草を栽培、加工している。そのほうが儲けになるとして数年前から栽培する作物を変えたのだが、それを狙った盗賊やら冒険者やらで、村は荒れていた。
 そして、その村で1枚の紙を片手に通りすがりの人々に声をかけている2人組がいた。
「すまんが、この紙に描いてあるものを知らないか?」
「……チッ」
「この紙に描いてあるものを知らないか?」
「俺だったら姉ちゃんのほうが興味あるなあ!」
 黒いコートを着た金髪の女性は、その男のみぞおちに一撃をくらわすと襟首を持って歩き出した。
「おい、ちょっと待てよ。どこに行くんだ、オセロット!」
「ここには私達が求めているものは無いようだ。だから早くこの賞金首を差し出して、とっとと村から出る」
「おいおい、今日来たばっかりじゃねぇかよ! それに、そんなに早く歩くと人にぶつかるって」
「煙草は手に入った」
 すると、具象心霊、オーマ・シュヴァルツが言ったように賞金稼ぎ、キング=オセロットは角を曲がる時に人とぶつかった。その衝撃で相手は尻餅をついてしまった。
「ッ!! どこ見てんだよッ!」
「すまない、少々よそ見をしていて……?」
 相手を見てオセロットは首を傾げた。
「……ユーア? なぜこんな所で?」
 青い郵便局員の格好をしたユーアに、驚いた眼差しを向けるオセロット。オーマも知り合いのはずだが、ユーアと同じく、わけのわからないような顔をしている。
「んだよ、俺はユーアだけど、あんたらなんて知らないぜ」
「本当にか?」
「嘘を言ったってしょうがないだろ」
 立ち上がり、服についた砂埃を払い落とし、箱とのりを手に持って、
「そこのおまえ、これ返すな。まぁ、ゆっくり観光してってよ、それじゃ」
 手紙の宛先を見ながら家を探すユーアの背を見て、
「…あの占い師に細工でもされたのか」
 そう確信した。


 まるで夜が更けたようなくらい闇が存在する部屋に通され、ユーアが箱を渡し終えた時の男の顔は驚きだった。箱を空け、手紙を読み終わっても、帰ろうとしても帰してくれない雰囲気が漂い、相手の口が震えながら開くまで続いた。
 やがて箱を机に置き、手紙を握り締め、
「き…金髪で……黒いコート、を着た女と……赤い服を着た、男、みま、見ませんでしたか…?!」
 急に男の体が動くと箱は机から落ちた。その拍子に中に入っていた銀色の何かも一緒に床に落ちた。
「は、離せッ!!」
 いきなり男はユーアに縋り付くと哀願した。
「見たと言ってくれ、言ってくれ!」
 ユーアは―――
「…見た! 見たってば、そんなやつらッ!」
 居心地の悪い家から飛び出した。


 オーマの頼みにより、1日だけ滞在期間を延ばしたオセロットは宿屋の2階で煙草を吸っていた。そんなオセロットの隣には山積みにされた煙草の吸殻が2山。
「ん」
 窓を開け、外を見ていたオーマだったが、少し考えて窓を閉めた。
「どうした?」
「…なんだか悪い予感がしてな」
「そうか…ならば何か来るな……おまえの予感はよく当たる。もしかして元の姿に関してか?」
「だといいが…」
 オーマが目を覚ましたには、すでに肉体が具象心霊とへ化していた。こうなる以前の記憶は、手のひらで溜まった血と名前しか覚えていない。徐々に思い出してきてはいるが、どれも名称がわからないものばかりで役に立たない。
 オセロットとは、あてもなく見知らぬ土地を彷徨っているうちに賞金首と間違われて襲われたのが切欠で、こうして一緒に行動している。
「俺は、例の『魔のティアラ』が見つかる方が嬉しいが」
「おいおい…。私も、なぜ賞金稼ぎをやっているのか、なぜ『魔のティアラ』を探しているのかわからないというのに、そう言われても、手がかりはこの1枚の紙だけなのだが……」
 昨日、村にいた者たちに見せ、聞きまわっていたのは、『魔のティアラ』についてだった。
「ここにあるという噂がガセであったか……」
「いいじゃねぇか、おまえは記憶を取り戻しかけている」
 オセロットが、気がついた時には、すでに記憶の半分がなかった。オーマと出会う前は目的もなく、ただふらふらとティアラを探していたが、オーマと再会してからはだんだん記憶が蘇っていた。
「ユーアと同じく、名前以外わからないわけではねぇし――」
「はぁ……おまえはもっと前向きでやかましい奴だったのに。ちょっとは前向きになれ。
明日、この村を出る。出る前にユーアを誘って朝食でも食べよう」
 ふぅー、と白い煙を吹き、窓ガラスに体を預けて外を見た。
 外では忙しそうに人々が行き交い、その中に昨日会ったユーアがいた。
 ユーアは此方に気づくと宿屋に入ってきて、部屋をノックした。
「どうした?」
「昨日、変なやつに会ってよ。黒いコートを着た金髪の女と赤い服を着た男を見たか、と言っていてな。もしかしたら、おまえらじゃないかと思って―――」
 煙草片手に最初は他人事のように聞いていたオセロットだったが、状況を聞いているうちに煙草の火を消し、オーマはさっきの予感が確信に変わった。
「その男の所へ案内してくれ」
「ああ、そのつもりで仕事を早めに終わらせたし」
 3人は部屋を飛び出した。


 村はずれの黒い建物。日の当たらない一番奥の部屋の扉を蹴り開けたとき、中に男がいた。
「よく…来てくれた」
 床に敷かれたカーペットにめり込んだ扉の上に立ち、男を睨みつけてみたが、男はまったく動じず、
「お待ちして、おりました……」
 小さく言った男の青白い頬が健康状態を物語るように、男は病に犯されていた。激しく咳をし、白い錠剤を口にふくむと水で流し込んだ。
「…すまないね、私はこのとおりで…余命も、短いのだ…」
 それを聞いたオーマは表情を変え、
「原因はなんだ。俺は医術も身につけている」
「いいんだ。もう、原因はわかっているんだ……こいつだよ」
 そう言うと、男は大事そうに箱から銀色の何かを取り出した。
―――銀製のティアラ。それが入っていた箱は昨日ユーアが届けた物である。銀製のティアラには光を当てていないのに光り輝く大粒のレッドスピネルと星屑のような真珠とカーネリアンがあしらわれ、見るからに高価な代物である。
「こいつは製作者から離れると、惑わせ快楽を与えると同時に病と、持ち主に命を吸うといわれている……こんなものが送られてきた瞬間から、持病が悪化してしまってな」
 そう言うと男はティアラを見て、ニヤリと笑った。
「そ、それは…」
 何度確認しても、特徴、効果、持ち主の定め……どれをとっても探していた、あの『魔のティアラ』である。
 顔に出ていたらしく男は、
「おぉ、そこの金髪の方はこれをご存知で? あ、もしかして賞金目当てでしょうか? まぁ、どちらでも、これを手放す気はありません」
 そしてまた、笑った。
「私には賞金がかけられているしねぇ!」
 その表情を見て、ユーアにはどうしても腑に落ちない点があった。
「てめぇ、昨日はあんなに嫌がってたのに、なぜ」
「言っただろう?! こいつは人を惑わせる。正気じゃないのだよ!」
 クックックッ! と男は腹をかかえて笑った。
 その笑いはどこか人をバカにしたように―――そして、こうも言った。
「あの女、やりやがったなぁ……信じていたのによぉ」
 ブツブツと独り言を繰り返し、唖然としている3人など見もせずに数分が経過した後、背中を丸め、ポツリとこう言った。
「ラリーズ……君は変わってしまったのだね…」
 そう言う口は笑っていたが、目は笑ってはいなかった。
「あなたは……そのティアラと、何か関わりがあるのではないのか? それにラリーズとは」
 こちらを向くと、
「私は、ラリーズという娘の婚約者でした。そしてラリーズはこのティアラの製作者です」
 男はゆっくり、語り始めた。
『私は昔、魔術師をしていて、ある組織に所属していたのですが、そこで知り合ったのがラリーズでした。彼女は優秀で、上層部からも高い評価を貰っていたのですが、内向的で気弱で…周りの嫉妬、妬みをかって、親しい仲の者もできず、どんどん暗い性格になっていったのです。
 だから、私は彼女に積極的に話しかけ、一緒に研究もし、薬草を採りに散策にも行ったり、常に一緒に行動をしていました。そして、やがて私たちは婚約を約束する仲にまでなり、これをきに私たちはある物を創り出しました」
「ある物?」
「水晶玉です。私達の国では水晶は永遠に2人の仲を丸くし、そして清らかで澄んだ心をもたらしてくれると伝えられていました。だから2人で2つ、水晶玉を作ったのです。ですが、それは間違いでした。
 その水晶玉というのは今、今、私たちを吸い込んだ水晶玉なのですッ!」
 男は一瞬めまいをしてから、机に張り付くようにもたれかかって薬をわしづかみして飲んだ。
「おいッ! そんな飲み方をしたら…!」
 だが、男は口を止めない。
「はぁ! はぁ……私と、彼女と、2つ水晶玉を……1人、1つずつ持ち…。私のは、もう、とうの昔に、別世界の渦の中へ投げ捨てましたが、彼女は……故意で水晶玉に人を吸い込ませ、楽しんでいるようですね……」
 その瞬間、オーマの脳裏に多彩な映像が走馬灯のように駆け巡った。
「では…あれか? 白雪姫の世界に引きずり込まれた時の占い師がおまえの言うラリーズなのか? 今の状況へやったのもラリーズなのか?!!」
 まるで電流が体中を走るかのようにオーマは記憶を取り戻し、そしてそれはユーアにも伝わった。
「あいつか……俺を一晩中道に転がしたアイツか!」
「落ち着け2人ともッ!」
「クックックッ! 運が悪いな3人さん!」
 男はまた腹をかかえて笑い、その笑いもまた、どこか人をバカにしたように……
「?!」
 その姿はあの女。占い師のあの女と被ったのだった。
「やめろ2人とも。惑わされるな!」


 一瞬、あの男が占い師と被ったんだ―――


 2人から一撃を受けた事により男は床に崩れ落ち、今にも息の根を止めそうなところをオセロットは制した。
「落ち着け2人とも、こいつは被害者だ」
「ハハハハハ……乱暴だなぁ。私はただ、この水晶玉を創るのを手伝い、怒りを買って閉じ込められ殺されかけたのにというのに………あの頃のあの子はおしとやかで勉強熱心な、か弱い子だったのに―――」
 男は激しい咳をすると吐血した。
「同…ょ…なんかじゃな…ぃ…心から、一緒…に…なりたかっ………」
 静かに瞼を下ろすと、ティアラにあしらわれている宝石が光りだし辺りを包んだ。


+++++++++


 聖都エルザードのベルファ通り。月は真上にあり、まだ夜は明けていない。
「お疲れ様でした」
 3人の後ろで高い女の声がした。
「テメェッ!!」
 振り返るとユーアは力いっぱい薬瓶を投げつけた。
が、それは右手で受け止められ、
「本当に、アレはなかなかしぶとくて、手を尽くしたのだけれども……結局、私じゃなくて“貴方たち”が始末してくれたのね。うふふ、ありがとう」
「貴様……」
「本当は、予想外だったんだけどね。ティアラをこの中に入れたことすら忘れるくらい……3人さんの活躍で、ふふふ…私はちょっと手を貸すくらいでよかった」
 ニッコリ笑う占い師の頭には先程のティアラがあった。

 俺は、一歩前に出ると口を開いた。
「過去に何があったかは知らないが、あの者はおまえを信じ、愛していた。それに、婚約者だったんだろ? たとえ破談となっていようが、一時は信じあい愛し合っていたのではないのか」
「ダマレッ!!」
 占い師は此方を指差し叫んだ。
「貴様に何がわかる。身内にも裏切られ、やっと出会えた人間に同情で付き合われ何が信じている、愛しているだ。フザケルナッ!!」
「俺たちは、たとえ記憶無くても、面識が無くても、水晶玉の世界で再会し、一緒に行動した」
「それがどうした」
「裏切られない仲間ができれば、そんな考えにはならない」
 占い師は口を開けると噛みしめ、
「貴様に、何がわかる………ッ?!」
 右手に持っていたユーアの薬瓶から液体が漏れ出し手についた。すぐに地面で叩き割ったが、もう遅かった。
 ユーアは敵と認めたら相手が降伏するまで徹底的に攻撃するのだから。
「手が、腕が…!!」
 占い師の右腕には白い蔓がキツク絡まっていた。腕を思い切り振り回しているが一向に剥がれそうにない。
「貴様らッ…! 覚エトケヨ」
 左の手のひらで光の玉をつくると地面に叩きつけ、一瞬光ったかと思うと占い師の姿は消えていた。

 まるで、全てが無であったかのように―――



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2872/キング=オセロット/女性/23歳/コマンドー】
【2542/ユーア/男性/18歳/旅人】

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■         ライター通信          ■
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  こんにちは、田村鈴楼です。2回目のご参加有難う御座います!
 今回は何箇所かあるのですが、個別で話が少し違ったり、後半で一箇所言い方を変えたりしています。
 もしよかったら見つけてみてください。

 ありがとう御座いました。