<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


月夜烏の踊り子

  月夜に狂った烏がカァと鳴く夜。
 黒山羊亭はいつものように賑わいを見せている。
 エスメラルダは窓に身を乗り出し、月の輝く空を見つめて呟いた。
「月夜烏(ガラス)の踊り子って知ってる?こんな…人を狂わせそうな美しい月夜に現れる踊り子なんですって」
 月の光を浴びて、実に美しい舞を舞うと言われているらしい。
「どうやったら現れてくれるかしら。そんな舞の名手なら是非とも共演してみたいわ」
 そうすればもっとお店も楽しくなるでしょう?、と、彼女の唇は弧を描く。
「どうせなら満月の夜よね。誰か月夜烏の踊り子さんを招くいい方法、一緒に考えてくれる?」


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■宵の口・黒山羊亭

 「あ?ガラスってぇのは、月夜に狂ったように鳴く烏のことだって?」
 月夜烏という言葉に何か意味があるのだろうと考えていたオーマ・シュヴァルツに、エスメラルダはあっさりとそう答える。
「そうよ、月夜に浮かれて鳴く烏。また、夜遊びに浮かれ出る人のたとえ。うかれがらす。まぁ「つきよがらす」とそのまま呼ぶのが一般的ね。「がらす」とあてて読む人もいるってこと」
 歓楽街にはぴったりじゃない?と彼女は笑う。
「…深読みしすぎたか」
「でも響きからすると、なんとも儚げで風情があると思わない?」
「それで、会ってみてぇって訳だ」
 神出鬼没の噂の踊り子殿に。
「その踊りってぇのはよ、どんな色と音色と想いを舞で表現して視せてくれやがんのかね?」
 さまざまな思いを舞で表現する踊り子だ。ともすれば月夜烏の踊り子と同じ思いを持って舞えば、その舞に惹かれて姿を現すかも知れない。
 オーマはそう踏んだのだ。
「――ふ…ん?踊りに対する想い…ねぇ。それも十人十色だわね。同じ型の舞を舞っても踊り手の解釈一つで雰囲気はがらりと変わるし…それに噂だからそこまで正確な情報は出てないのよ」
 月夜の晩だけ何処からともなく現れて、そしていつの間にか去っている。
 何の報酬も貰わずに。
 ただ踊って場を盛り上げたかと思えば、いなくなっている。
「――とりあえずはあれか。舞が好きで好きで報酬なんぞ関係ねぇ。ただ踊りたいだけってやつか」
「かも知れないわね」
 それならば、とオーマは一輪の花を用意した。
「それは?」
「想いを映し見て偏光導き、贈った者と永久の証絆で結ばれるってぇ伝承のある、ルベリアの花だ。こいつを使って輝きと香りと、楽師の音色を夜風にのせればきっと気づくと思うがね」
「…なるほどねぇ」
 それならば興味を惹くやも知れない。
「ま、そうなると後は私の気持ちの入れ方次第ってトコかしら?」
 二人がそんな話をしていたその時、ステージの方でわぁっと歓声が上がる。
 拍手の中ステージを降りて休憩に入ったレピア・浮桜(れぴあ・ふおう)が二人に近づいてきた。
「おつかれさま、今日も大人気ね」
「ふふ、有難う。ところで二人で何の話?」
 悪戯な笑みを浮かべながらそう尋ねるレピア。
 そういえば条件的にもレピアと似ている、エスメラルダはそんなことを考えた。
「ねぇ…月夜烏の踊り子って知ってる?月夜の晩にだけ何処からともなく現れて、すばらしい舞を披露してはいつの間にかいなくなってしまう神出鬼没の踊り子なんだけど」
「いいえ?聞いたことないわ。でも…なんだか妙に親近感がわくわね…」
 身体を蝕む神罰<ギアス>により、昼間は石像となってしまうレピア。
 現在はエルファリア王女が保護してくれており、昼間はエルファリア別荘の王女の部屋を飾る石像インテリアと化している。
 そんなレピアだからこそ元の姿に戻れる夜は大切で、夜だけしか現れないという月夜烏の踊り子も似たような呪いで夜しか踊れないのだろうかと、想いを重ねてしまう。
「興味があるのよ。それでね、モノは相談なんだけど…月夜烏の踊り子を誘う為に、貴女も一緒にステージに立ってもらえないかしら?」
 勿論、その分の報酬は出すわと付け足すエスメラルダ。
「そうね…あたしも会ってみたいわ。楽しく踊っていればそれに誘われて現れるんじゃないかしら?」
 三度の飯より踊りが好きなレピアならではの発案だ。
 勿論、エスメラルダもオーマもそれに賛成する。
「よっしゃ!ルベリアの花の力と二人の踊りで月夜烏の踊り子を誘い出そうぜ!!」


■月が高くのぼる頃・黒山羊亭

  客はいつもの通り。
 状況が少し違うのはステージの上だけ。
「用意はいい?」
「誰に聞いてるの?」
 レピアの自信に溢れたその笑みに、エスメラルダもニッと笑い返し、黒山羊亭名物の踊り子二人は曲にあわせて踊りだす。
 対になるような動き、時には全く同じ動き、しなやかに動く体は指の先まで扇情的で、時に激しく、時にたおやかな二人の踊りは見るものに感嘆のため息をつかせる。
 二人の踊りに見入る間もなく、オーマはルベリアの花使い、その香りと二人の舞への想いと調べを風に乗せて夜の闇に流した。
「さぁて、気づきやがれよ。月夜烏の踊り子ちゃんよ」
 後は待つのみ。
 待つ間は二人の踊り子の踊りを堪能するとしよう。
 オーマはきびすを返し、黒山羊亭内に戻っていった。


■月が高くのぼる頃・街路樹の下

  つい今しがたまで誰もそこには立っていなかった。
 道行く酔っ払いも自分の目がおかしいのかと首を傾げたか、見落としていただけだと思い、木の下に立って月を見上げる黒髪の女に近寄っていった。
 見るからに踊り子とわかる、露出の高い衣装と煌びやかな装飾品。
 楽師がいる訳でもなくこんな人気のないところに佇んでいるということは、花売りでも兼業しているのだろうか。そんな風に酔っ払いは邪推してしまう。
『――いかなくちゃ…』
 酔っ払いが声をかけようとした寸でのところで、女はそう呟いて軽やかな足取りで走り出した。
 そんな後姿を酔っ払いはただ呆然と見送った。


■月夜烏が誘われて・黒山羊亭

  二人のステージの第一幕が終わった。
 歓声の中、休憩を取る二人は冷たい水を飲みながら呟く。
「…くるかしらね」
「来てくれるといいわね」
 第二幕はレピア一人で踊る。
 その次はエスメラルダ。
 二人で踊り続けてばてるわけにもいかないので交代制にして、所々で共に踊ることにしたようだ。
 楽師が次の舞曲の準備を始めている。
「さて!行ってきますか♪」
 やる気十分に席を立つレピアはステージへ向かって足を進める。
 その時だ。
『――私も、一緒に踊っていい?』
「!」
 何時の間に店内に入ってきたのだろう。
 レピアのような踊り子衣装の、緑の黒髪をした女が傍に立っているではないか。
 透けるような白い肌、深い海の色をした瞳、一瞬レピアもエスメラルダも呼吸を忘れるほど、惹きつける何かを持った女がそこにいる。
「…貴女が…月夜烏の踊り子?」
 女はそう呼ばれてる、と苦笑する。
 本人はその呼称をあまりよく思っていない様子から、やはり何か訳があるのだとレピアは悟った。
 そしてレピアは女に手を差し伸べる。
「―――踊りましょう、一緒に」
『ありがとう――』
 舞曲が流れる。
 舞を愛する二人の踊り子がそれぞれの想いを舞に込めて踊る。
 その様子をエスメラルダもオーマも、他の客までもが静かに見つめる。
 誰が囃し立てるでもなく。
 ただ静かに。
 舞曲と女が身にまとった装飾品のシャラシャラとした音だけが舞を彩る音色。
 ステージで舞うレピアとその袖で二人を見つめるオーマがふと気づく。
 これは、この女の舞は戦勝祈願の舞だと。
「(――戦の舞…何故?)」
 共に舞いながらもレピアは不思議でしょうがない。
 何故自分の舞を舞わないのか。
 確かに彼女の舞は美しい。
 けれど、どこか哀しい。
「――…戦舞…か……こりゃあ、ただ夜しか踊らねぇってだけの話じゃなさそうだ」
 オーマは戦の経験がある。
 こういう儀式舞も、戦の前に行われる所があることも知っている。
 だからこそ、この踊り子がこんな陽気な場にも関わらず、戦舞を舞うことに違和感を覚える。
 戦舞しか踊れないというわけはないだろう。
 あえてそれしか踊らない、そんな気がした。
 そして、レピアと踊り子の舞が終わった。
 終わった瞬間、いままで以上の拍手と歓声が場を包み、空気が振動する。
「!待って、行かないで」
 ホンの一瞬の隙だった。
 彼女をずっと見ていたレピアしか気づかない。
 観衆もエスメラルダもオーマも、踊り子がいつの間にか出入り口の近くまで来ていることに気づかなかった。
 外へ出るぎりぎりのところでレピアがその腕を掴んで引き止めたのだ。
『お願い、放して…』
「たった一度きりじゃなくて…もっと一緒に踊りたいの…お願い」
 レピアの言葉に、無表情に近かった踊り子の表情が変わる。
 踊りたいのだ。
 何もかも忘れて踊りたいほどに舞が好きなのだ。
 それはオーマからも一目瞭然で、同じ踊り子のエスメラルダも同様にその表情を読み取る。
「ねぇ、三人で踊るにはここのステージじゃ狭いし…こんな素敵な月夜ですもの。外の広場で踊らない?」
 エスメラルダが踊り子とレピアの肩にそっと触れ、囁く。
「遠慮なんかせずに踊っちまえ、月に照らされた紫陽花が咲く中、三人で踊る姿を見てぇしよ」
『……踊って……いいの?』
 ただ一度きりの舞ではなく、時を忘れるほどに。
「いいのよ、私たちも一緒よ」
 両手で踊り子の手を取り、レピアは微笑む。
 今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で、踊り子は嬉しいと呟き、レピアとエスメラルダの手をとって外へ出た。
 観衆の目も外へ向けられる。
 黒山羊亭ではなかなか珍しい光景だ。
 そして楽師も気を利かせたのだろう、何時の間にやら入り口付近に移動してきている。
「用意がいいじゃねぇか、いっちょ神秘的な奴頼まぁ」
 楽師はオーマのリクエストに任せろといった笑みを浮かべた。
 弦楽器が旋律に揺れる。
 月夜に照らされながら踊る三人の踊り子。
 観衆は目の前に精霊が舞い降りたようだと口々に呟き、感嘆のため息をもらす。
「(よかった…楽しそう)」
 共に踊りながら月夜烏の踊り子を見つめるレピアは、彼女の表情を見て実に楽しそうなことに安堵した。
 しかし先ほどの曇った表情はなんだったのだろう。
『嬉しい…一緒に踊ってくれる人がいるなんて…嬉しい…とても…』
 瞳が潤んでいる。
 泣いている。
 泣きながら踊っている。
 泣くほど嬉しいのだろう。
 けれど、それならどうしていつでも好きな時に踊らないのだろう。
 ただただ踊りを楽しみたいだけなのに。
 彼女の表情がレピアの心に疑問を抱かせる。


 途中からエスメラルダが外れた。
 店の方もちゃんとしないといけないしね、と苦笑する。
 とても楽しかったと、上気した頬で艶やかな笑みを浮かべた彼女に、月夜烏の踊り子も満面の笑顔で返す。
『ありがとう、一緒に踊ってくれて。忘れない…』
「エスメラルダは抜けちゃったけど、好きなだけ二人で踊りましょう?」
 時間を忘れて。
 もう、倒れるまで踊っていてもいい。
 踊らせて。
 二人で。
 今この時を。


■朝日と共に・黒山羊亭前

 「――空が白んできやがったな…」
 完徹したところで如何って事はないのだが、二人はいつまで何時まで踊り続けるのだろうか。
 そのうちぶっ倒れるんじゃないかと、少々職業柄が表に出てくる。
 しかし二人は踊り続ける。
『ねぇ』
「なぁに?」
 踊りながら、時折交差して顔が近づく瞬間に、踊り子はレピアに囁く。
『私今とても幸せよ』
「私もよ」
 共に踊れて。
 この上なく幸せだと。
『でもさよならね』
「もう?」
『だって…』
「!?」
 目の前で月夜烏の踊り子の体が変化していく。
 朝日が水平線に金色の線を引き、それが水面を渡って世界に朝が訪れる。
 忘れていた夜明けの時間。
 楽しい時間の終わりを告げる光。
 レピアの体も石化していく。
 忌まわしい呪いの為に。
『貴女も――呪いをその身に抱いているのね――』
「……貴女…は…」
 体がどんどん石化していき、意識も徐々に薄れていく。
 同時に月夜烏の踊り子の姿も、黒く小さく変わっていく。
『確実な勝利をもたらす戦舞の巫女―――死の花<トーテンブルーメ>を咲かせる踊り子……多くの死を呼んだ――それゆえ神に罰を与えられたの』
 決して解けることのない呪縛を。
 その身をカラスに変えて、踊ることもなくただ鳥として生きるがいいと。
 けれど踊ることを諦めきれず、死をもたらす代わりに魔が支配する夜だけは元の姿に戻れるよう、力ある魔と魂の契約を結んでしまったと。
『ごめ――さ…い………ありが―――ぅ』
「名前…おし…」
『シェン―――』
 そういい残し、踊り子…シェンは漆黒のカラスへと姿を変えた。
 高く澄んだ声は、甲高い鳴き声に変わり、その体はたおやかに靡いていたあの黒髪のような黒い羽毛へと変わった。
 その姿を、レピアが見届けることはなかった。
 踊りの途中で、前に伸ばされた腕にカラスがとまり、カァと鳴く。
「…これが、『月夜烏』の踊り子たる所以ってわけかよ…」
 オーマの手には、花を具現させ二つにした輝石が握られている。
 今宵の記念にと思って用意したものだが、彼女があのような姿になっては渡したくても渡せない。
「―――遣る瀬無いわね…」
「…ああ…」
 店を早々と切りあげ、二人をオーマと共に見守っていたエスメラルダは哀しげに呟く。


 舞の為に己の魂さえも捧げた女。




 それが月夜烏の踊り子の正体だった―――…



―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1926 / レピア・浮桜 / 女性 / 23歳 / 傾国の踊り子】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【月夜烏の踊り子】に参加頂き有難うございます。
オーマさん、レピアさん、初めまして。
ソーンの有名人なお二方に来ていただけて恐悦至極!
オーマさん、月夜烏の踊り子の心を大事に扱ってくださってとても嬉しかったです。
レピアさん、月夜烏の踊り子の心からの願いである「朝まで踊り続ける」を一緒にして下さって有難うございます!
彼女はこれからも様々な地でいつの間にか現れ、いつの間にか去っていく、それを繰り返すことでしょう。
それでもこの終夜の思い出はずっと、彼女の心に残るものだと思います。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。