<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


逃げ出した妖精

 いつも通りに、約束の場所に行っただけだ。
 彼女はいつも通りそこにいた。彼女は時間に遅れることがない。
 俺は笑顔で彼女に手を振った。けれど――
 次の瞬間には、自分の顔が凍りつくのが分かった。

 羽。

 彼女の背中に、見慣れない……羽。
「妖……精?」
 俺はつぶやいた。
 彼女は俺に気づいて、はっと目を見開いた。それまでずっと噴水の傍にいた彼女は、じりじりと後ずさって……それから俺に背を向けて逃げ出した。
 背を、向けて。
 見慣れない、羽のついた背を向けて。

     **********

「背中に羽があったんだ……」
 白山羊亭で飲んだくれていた青年は、やけになったようにつぶやいていた。
「背中に羽があったんだ。彼女は人間じゃなかったんだ」
「どうしたんですかあ?」
 看板娘のルディアが心配そうに声をかける。
 と、青年は急に激昂して、
「彼女は最初から、僕を騙してたんだ! 僕と本気で付き合う気なんかなかったんだ! 事実、妖精だってバレたとたん姿を消した……!!!」
「お、落ち着いて……!」
「これが落ち着いていられるか!」
 青年はがたんと席を立ち上がり、周囲を見渡した。
「ここは冒険者が集まる酒場……誰か、僕の依頼を聞いてくれないか。逃げた妖精の彼女を見つけ出してくれ。決着をつけなきゃ気がすまない」
「どんな妖精さんですかあ?」
 ルディアがおそるおそる尋ねる。
 青年が鬼のような形相で、
「人間に変身できて、羽がしまえる。人ごみが嫌いで、甘いものと花が好きだった」
 と言った。

     ***********

「おやおや、これはまたご立腹だなあ、兄ちゃん。まぁ、分からんでもないが」
 思いを募らせた相手が突然消えちまったんじゃあな――とジョッキを飲み干しながらトゥルース・トゥースは言った。
「――そりゃあショックだろうよ」
「うむ……その妖精が好きだったからこそ突然消えてしまって戸惑い、怒りを覚えるのも分からぬでもないが……まずは、落ち着かれたほうがよいかと思う」
 銀髪の少女、アレスディア・ヴォルフリートが青年――ゲオルグの背を撫でながらなだめる。
「だがなぁ、だからって騙したって決め付けちゃあいけねぇぜ」
 どん、とジョッキをテーブルに置き、トゥルースはゲオルグを見た。
「う、ん……」
 ゲオルグの代わりにうなずいたのは、黒髪の少女、千獣(せんじゅ)だった。
「捜して、くる、のは……いい、けど……ひとつ、約束、して……くれる……? その、妖、精……見つけて、きて、も……きめ、つけ、て……会わない、こと……」
「………」
 ゲオルグは黙り込む。
「ほんと、分かっちゃいねーなあ」
 と首にぶらさげた鎖をじゃらじゃら言わせながらえらそうに口をはさんできたのは虎王丸(こおうまる)だった。
「分かってない……!? 僕が何を分かってないって!?」
 ゲオルグが激昂する。虎王丸は口笛を吹いただけで答えない。
 ますます激昂して虎王丸に迫ろうとするゲオルグを、後ろからがっしとつかんで笑った大男がいた。
「決着ってなぁ、つまりそいつは果たし愛ゲッチュ★ってかね?」
 オーマ・シュヴァルツ。白山羊亭の常連である。
「妖精は捜してこよう。なぜ消えてしまったかも聞こう。だから、まずは、落ち着かれよ」
 アレスディアが再びなだめるように言う。
「そん、なに……怒る、の、は……妖精、が……大事、だったから、と……思う、ん、だけど……とり、あえず……決め、つけて、あわない、こと……約、束……して……?」
 千獣はゲオルグの手を取った。
 隣から、少年リュウ・アルフィーユが真顔で口を挟んできた。
「そうです。深い理由がなければきっと逃げないと思います。どうか落ち着いて」
「俺たちが見つけ出してきて、本当に騙してたって話なら、そのときは好きに怒ればいい。それまでは、どっしり構えて待ってな」
 トゥルースは葉巻を口にくわえてにやりと笑った。
「――それが男ってもんだぜ」
「まったくだ」
 オーマはるんるん気分で何事かを考えている。
「………」
 ゲオルグは、自分を見つめてくる冒険者たちの視線を受けて――
 うなだれた。
「分かってる……。きっと理由がある……んだ。それを……聞いてきて、ほしい……頼む……」
「のった」
 虎王丸がにっと唇の端をつりあげた。「俺に任せな」
「俺たちに、だ」
 虎王丸のこめかみを指間接で小突いて、トゥルースが言いなおす。
「さて、愛しの彼女をさがしにいくかね?」

「どんな妖精なんですか?」
 リュウが真剣にゲオルグに尋ねた。「背丈はどのくらい?」
「人間に……蝶の羽をつけたような妖精だよ……背は……そっちの人の肩ぐらい……」
 ゲオルグはアレスディアを示して言う。
「蝶の羽……僕みたいな羽とは違うんですね」
 有翼人のリュウは、自身の白に少し茶が混ざった翼を示す。
 違うよ、とゲオルグは言った。
「蝶の羽だ……色は……白。白に何か違う色で斑点があった気がするけど、そこまで見えなかった」
「あ、僕は妖精ではないですからね。羽は隠せませんし……」
 リュウは真剣にそんなことをつけたしてから、
「髪の色と長さは?」
 続けて熱心に聞く。それを、まわりの冒険者たちもしっかり耳に聞きとどめておく。
「髪は緑で、長くてストレートだ。腰ぐらいまで」
「他に特徴はないか? 羽をしまわれてはしらを切られてしまうかもしれぬ」
 アレスディアが尋ねる。ゲオルグは少し考えてから、
「ええと……唇の……向かって右側の下にほくろがある」
「美人だよな? とーぜん」
 虎王丸が茶々を入れる。というより、虎王丸にしてみればそこが一番重要だった。
 ゲオルグは胸を張った。
「当然だ。僕にはもったいないくらいかわいい子だった」
「よっし」
「……おい虎王丸。お前何か企んでないか?」
「気のせいだおっさん」
 オーマの横目にも、虎王丸は涼しい顔で答える。
 オーマは不信感をにじませたまま、しかし「よし」と切り替えた。
「そこまで聞けば充分だろう。急いで捜しに行くぞ」

「えー、確か、人ごみが嫌いで、甘いものと花が好きだっけか。てぇことは郊外の花畑ででも香りのいい菓子だの茶だの持ち込んでティータイムと洒落込んだら出てこねぇかな。ちょいと安易かね」
「花畑が多すぎる」
 トゥルースの言葉に、オーマが肩をすくめる。
「そりゃあそうだな」
 トゥルースは葉巻から残念そうな煙を吐いた。
「んでも人ごみ嫌いなら郊外だろうぜ」
 虎王丸が言う。
「郊外っつったら千獣。お前さん、ちょうどよさそうな花畑知ってるか?」
 たいてい郊外で寝泊りしている千獣に、オーマは尋ねた。
 千獣は少し考えて、
「そう、言えば、よく……人間、じゃ、ない、匂い……する……女、の、人……が、いる……花畑……三つ……」
「おお!」
 トゥルースが手を打った。「こりゃ手っ取り早いじゃねえか」
「その女の人は緑色の髪をしてるんですか?」
 リュウが千獣に尋ねる。
 千獣はうなずいた。
「んだ、思ったより簡単に見つかりそうじゃねえか」
 虎王丸がわくわくと目を輝かせながら言う。
「どこの花畑だ?」
 オーマは重ねて尋ねる。
「んと……こっち……」
 千獣の案内で、他の五人は郊外へと連れ出された。

「……いねえな……」
 三つの花畑を回ってみたところで、オーマが大きく息を吐く。
「あちらさんにしてもいつもと違う気分なのかもしれねえなあ。隠れてぇ気分なのかもしれねえ」
 トゥルースが葉巻の煙を吐き出しながら言った。
「あの」
 リュウがひかえめに口を出した。
「森の中で、きれいな花が咲く場所とか、どうですか? 森の探索なら得意です」
「森か」
 ふむ、とオーマはうなずいた。「行ってみる価値はありそうだな」
「……とか言って迷ったらどうしよう……」
「何か言ったか? リュアル」
「いえ、何でもありません!」
 リュウの案内で、聖都とはそれほど離れていない場所にある森をいくつかめぐってみた。きれいな花が咲くところを重点的にさがしてみたが、妖精らしき影はない。
「だめか……」
 リュウががっくりと肩を落とし、
「いや、リュアル殿は頑張っておられるぞ」
 慌ててアレスディアが励ましたそのとき。
 千獣がふと、虚空を見上げた。
「どうした? 千獣」
「匂い……匂い、が、する……いつも、の、女、の、人、の……」
「まじかよ!」
 虎王丸が跳びあがった。
「よっしゃ!!! でてこーい妖精やーい!」
「おま! そんな叫んだら出てくるもんも出てこないだろーが!」
「美人には直球ストレートが一番だ!」
 訳の分からない理屈をつけて、虎王丸が再び「やーい妖精やーい!」と叫ぶ。
「あ……」
 千獣がぽつりとつぶやいた。「匂い、が……遠ざかっ、た……」
「………………」
「こーおーうーまーるー」
 オーマがぎりぎりと虎王丸の首を絞める。虎王丸がばしばしとギブアップの意思を示そうとオーマの太ももを叩く。
「――んだよ! 自分に正直にさがして何が悪い!」
「悪いわ! お前さんの恋人を捜してるんじゃねえんだぞ、こりゃ依頼だ!」
「千獣殿、匂いを追えるか?」
 にらみあう虎王丸とオーマはひとまずおいといて、アレスディアが千獣に訊いた。
「追える、よ……」
「追っても逃げ切られますよ! 相手は羽があるんです!」
 リュウが口を出す。
「羽、なら……私、も、持って、る……」
 千獣が突然その背からばっと獣の翼を生やす。
 リュウはぎょっと一歩引いたが、
「ででででも、強引に連れ戻すのは、よくないんじゃないかなとか……!」
「それもそうだな……」
 アレスディアがあごに手をやった。「答えてくれぬようになるかもしれぬ」
「美人を落とすには多少強引さが必要だぜ」
 虎王丸が口を出し、オーマに脳天を殴られた。
「お前は何の話をしてるんだ何の」
「でで……だから美人を落とす百の方法……」
「お前みたいな若造にはまだ早い」
 ふっとかつて女たらしだった過去のあるオーマがせせら笑う。
「んだとおっさん! 世の中いつでも若いやつが勝つんだよ!」
「熟年の渋みが分からない時点でもうそれはいい女じゃねえ」
「美人ならいいんだよ何でも!」
「おいおいお前さんら何の談義をしてんだ」
 トゥルースが呆れたように口を挟んで会話に終止符を打つ。
「今は我らがかわいい妖精ちゃんを見つけなきゃいかんだろうが。いかにして誘いだすか?」
「誘い出す……」
 オーマは少し考えて、「そういや今はアジサイの時期だな」
 と唐突に言い出した。
「あん? まあアジサイの時期だな」
「腹黒商店街でよぉ……アジサイ祭りをやってんだよ」
 ことさら大きな声で、オーマは言った。
「あ……」
 千獣がくん、と鼻を鳴らし、「匂い、の、動き……止まっ、た……」
「アジサイ祭り見にいかねーか? な? いいぜーアジサイ。なかなか乙だぜ」
 虎王丸とリュウの肩をがっしと組んで、オーマは森の外へ出ようとする。
 トゥルースはすぐに察して、
「そりゃいいや。人出はどんなもんだろうな?」
 とズボンのポケットに手をつっこみながらオーマの後ろに続いた。
「アジサイ祭りはのんびりできていい感じだぜ」
 オーマはそれに答える。
 オーマに引きずられている虎王丸は悲鳴をあげていた。
「あででで! ひっぱんな親爺!」
「誰が親爺だ。ダンディなおじさまと呼べ」
「あの、痛いですオーマさん」
「いいからリュアルもおとなしくついてこい」
 千獣もアレスディアもな――と言われ、女性陣二人は顔を見合わせてから従った。

 腹黒商店街のアジサイ祭りはまばらな人出だった。
 アジサイ祭りは元々それほど人を集められるような行事ではない。会場は、ゆったりと恋人同士でも歩けそうなほどの余裕がある。
「このまばらさの中に――後は甘いもんだな」
 屋台だそうぜ屋台、と会場につくなりオーマはわくわく弾んだ声で言った。
「甘味どころだ!」
「それでおびきだせるか……?」
 トゥルースが呆れた声を出すが、オーマはすちゃっとどこからか三角巾とエプロンを取り出してきた。きっちり六人分。
「それ着ろやれ着ろ」
「………?」
 千獣が小首をちょこんとかしげながら、渡されたエプロンと三角巾を見下ろしている。
「あー……ええと……」
 アレスディアはうきうきとまっさきにエプロンをつけて用意を始めるオーマを見つめて長い間ためらっていた。が、やがて諦めたのか、千獣に「これはこうして身に着けるものだ、千獣殿」と自身が着てみせた。
「おお、似合うじゃねえか姉ちゃんたち」
 トゥルースが葉巻を口からはずしてひゅうと口笛を吹く。「いい奥さんになれるぜ」
「トゥルース、お前さんも着るんだぜ!」
「待てオーマ、俺もか!?」
「当然だろう!」
 オーマの少年のようにきらきらした瞳を見て、トゥルースもがっくりうなだれた。渋々とエプロンの紐を後ろに回し、三角巾を頭につける。
 リュウは最初からオーマに反抗できる度胸などない。何も言わずにエプロンと三角巾を装着した。……なかなか似合っていた。
 虎王丸だけが、
「冗談じゃねえなんで俺が!」
「皆が着てるからだ」
「っざけんなよ何が悲しくてエプロンなんぞ!」
「皆が着てるからだ」
「俺はお前らとは違う!」
「おそろいが一番なんだ、虎王丸」
 ぽん。
 と肩に手を置かれ。
 その置いた手にぐぐぐぐぐぐと力をこめられ。
 負けじと肩に力を入れていた虎王丸の顔色がどんどん悪くなっていった。
 そしてとどめの一言は、
「美人のためだ、虎王丸」
 ――虎王丸、撃沈。
「これのどこが美人のためになるんだ、これのどこが……」
 ぶつぶつ言いながらも虎王丸もエプロンをその鎧の上につけた。
 なかなかどうして、似合っていた。
「匂い……する……」
 千獣がつぶやく。「甘い、もの、に、まぎれ、て……後ろ……」
「よしよし、今うまい団子作ってやっからな。よもぎもちのほうがいいか? わらびもち? くずもち?」
 料理大好き人間オーマがきらきらと全身を輝かせながら全員に好みを聞いていく。
「蜜……」
 千獣が手を差し出す。
 その手には、いつの間にとってきたのか森に咲いていた花があった。
「妖精、なら……花、の、蜜……好き……かな……」
「よしよし、これを飾っておくか」
 オーマは屋台の店頭に千獣の持ってきた花を飾り、そして嬉々として料理を始める。
 アレスディアはその手伝いに回った。天然バカ力な彼女は、包丁で素材だけでなくまな板まで切った。
 リュウも慌てて手伝いに回る。彼はそこそこオーマの役に立ったようだ。慣れない手つきでそれでも一生懸命な彼は、一生懸命なだけにやりこなすことができた。
 オーマいわく、
「こういうやつが作ったものこそうまいんだ」
 ――それはそれとして。
 怪しそうな六人組が行う屋台の前を、本来のアジサイ祭りの客たちが逃げるようにこそこそ通り過ぎていく。
 それを見ながら、ぷかっと煙を吐き出して、トゥルースがつぶやいた。
「――お望みならティータイムでもいいんだぜ。実は葉も持ってる」
 虎王丸があーあとため息をついた。
「美人さんはお茶に誘うのが俺の楽しみなのに! なぜ出てきてくれないんだ!」
「お前はあからさますぎるからだ」
 オーマはいい汗をかきながら爽やかに虎王丸を撃沈させた。
「まあバカ話はともかく――」
 トゥルースは葉巻を口から離す。
「――そろそろ出てきてもいいんでないかい――」
 かわいこちゃん、とつぶやいて。
 あ、と千獣が声をあげた。
 ひら、とまるで花びらと花びらがこすれあうような音がした。
 オーマがにいっと唇の端をあげた。
「これは全部お前さんのための食い物だぜ。食べろ食べろ」

 いつの間にか――
 目の前に、
 長い緑の髪の女性が、立っていた。

 唇の端に、ほくろ。
 うひょー! と虎王丸がはしゃぎだす。
「すっげかわいい! ゲオルグにはもったいなすぎ!」
「ゲオルグ……」
 女性はぴくりと表情を動かす。憂いの影を落として。
 そして彼女は身を翻そうとした。
「待って!」
 リュウが叫んだ。
「その、僕が作ったお菓子なんだ。食べていってよ……!」
 言いながら、形のくずれたくずもちを差し出す。
 女性は振り向く。リュウの一生懸命な顔を見て、少しだけ表情を和らげた。
「そう言えば名を聞いてなかったな――」
 アレスディアがつぶやいた。
「ゲオルグ殿の恋人殿――どうか、今は逃げずに事情をお聞かせ願いたい」
 最初からおかしいと思っていたのだ――とアレスディアは言った。
「羽が背から見えた……と言った。ということは、羽が背から出るような服装を、そのときはなさっていたのだろう。……羽の存在をゲオルグ殿に知られるのは、構わなかったのではないのか?」
「―――」
 緑の髪の女性は、少しの間の後――
 わっと泣き出した。
 その場にくずれて――泣いて泣いて泣き続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「落ち着いて」
 虎王丸がそっと横から手を出す。「お茶でも飲んでよ、言いたいこと言ってすっきりしろよ。な?」
「うまい茶なら用意するぜ」
 トゥルースがオーマに葉を渡しながら言った。
「妖精殿……」
 アレスディアが進み出る。地面で泣き崩れる妖精の前にかがみこんで、
「少なくとも、私は怒っておらぬ。だから、正直になぜ去ってしまったのか教えてくれぬかな?」
「そう、だよ……」
 千獣がアレスディアの横にちょこんと座った。
「ねぇ……どう、して……勝手、に……消え、ちゃった、の……?知られ、るのが……やっぱり……怖、かった……?……自分を……知られ、るのは……怖い……怖い、よね……でも」
 そっと手を伸ばして、その長い緑の髪に触れて。
 撫でるように、さらりと触れて。
「……何も、わから、ない、まま……消え、ちゃった、ら……彼の、気持ち……宙……ぶらり、に……なっちゃう、よ……?」
「ごめんなさ……」
「いい、いい、謝んな」
 オーマがリュウの形のくずれたくずもちを差し出しながら、「ほら、食え」
「………」
「食って。好きなだけ食って。リラックスして。んで好きなだけしゃべれ。俺たちも付き合ってやるよ」
「そーそー。お茶ならいくらでも付き合うぜ」
 虎王丸がそっと妖精の手を持つ。
「泣いてる顔もかわいいけど、あんたはきっと笑ってるほうがいい。ほら、俺たちとしゃべろうぜ」
「皆さ、」
「まずは椅子に座って。な?」
 トゥルースがとんとんと妖精の背中を叩く。
 妖精は――こくりとうなずいた。

「まぁ、なんだ。単刀直入に、聞くと、お嬢ちゃんはやっこさんに本気かい?」
 甘味どころの前の椅子に妖精を座らせ、リュウのくずもちを食べさせたところで、トゥルースが切り出した。
 妖精は、名をシズキと言った。
 シズキはトゥルースに問われて、またもや目をうるませた。
「本気……本気です……ゲオルグのことは好き……」
「なら……どう、して……姿、消した、の……?」
「――私の羽――」
 シズキの言葉に誘われて、皆がシズキの背中を見る。
 シズキの服は後ろがチャックで開くようになっていた。
 シズキはチャックを下ろした。白い肌が露出する。虎王丸が鼻の下を伸ばす。
 ばっ
 シズキの羽が、蝶のような四枚の羽が、突如として現れた。
 白い、白い羽だった。
 ――ところどころに、どす黒い斑点さえなければ、それは美しい羽だったろう。
「この……斑点……」
 シズキは今にも泣き出しそうな声で言った。「私たちの種族特有の病気……これが始まるといずれ羽がこの斑点の色で染まってしまう……治療法、ない……」
 千獣がシズキの羽を優しく撫でる。
 黒い斑点は、異様に不気味な色で彼らの目を奪っていた。
「私、羽、真っ白。綺麗だって、一族でも自慢。――ゲオルグにも、綺麗な羽だって、言ってほしかった」
 最初は妖精だと知れるのが怖くて隠していた。
 でも徐々に、ゲオルグはそんなことで怒る人間ではないと分かってきた。
 なら、この羽を見てもらいたいと思った。自慢できる羽。きっとゲオルグも喜んでくれる。
 そう思って見せようと決心し、彼を待っていた日に――
「噴水、見て、驚いた。……映っていた私の羽、斑点、出来てた」
 一族でもたまに現れる病の一種――
 体に害はない。ただ、羽の色だけは奪われる。
「こんな不気味な色、ゲオルグ、喜ばない、思った。だから、とっさに逃げた」
 ほーらな、と虎王丸がつぶやいた。
「分かっちゃいねーんだよゲオルグは。美人てぇのは……不治の病だとか、何かどうしようもない事態になったとき、愛する男の前から姿消すもんなんだよ」
 シズキの羽の斑点は、大分大きい。
 たしかに、美しい羽とは言いがたいのだ。
 シズキが妖精である以上、羽は隠しとおせないだろう。
 しかしその羽をゲオルグに拒絶されたら――どうなる?
「怖かった……」
 シズキの頬を涙が伝う。
 アレスディアがそっと、その涙をハンカチーフですくいとった。
「自分もショックだったし……ゲオルグの反応も怖くなったってこったな」
 オーマがうなずきながら話を聞く。
 シズキの涙が止まらなくなっていた。
「……大丈、夫、だよ」
 千獣がつぶやいた。
「大丈、夫、だよ」
「そうですよ。ゲオルグさんなら受け入れてくれますよ」
「でも……ゲオルグ怒っていたから、皆来た。違うか?」
 皆が一瞬つまる。
 けっと虎王丸がつまらなそうに足を組んだ。
「――言いたかねーけどよ。あの野郎は姿消されたから嘆いて悲しんだんだよ。戻ってきたらそれだけで大喜びさ。羽の色なんざどうでもいいに決まってら」
「虎王丸。何そんなに不機嫌なんだ」
「うっせ。こんなかわいい子野郎に返すのはもったいねえ。俺がもらおうと思ってたのによ」
「馬鹿言うな」
 オーマが手を広げる。
 そこはアジサイ会場――
「今はいつだ?」
「はあ?」
「ジューンブライダルの時期だ!」
 虎王丸がこけて、トゥルースが大笑いした。
「確かにな! こりゃ早くゲオルグのところに返してやらねえとな」
「なるほど。妖精殿、帰るなら今のうちだ」
 アレスディアが微笑んだ。
 不思議そうに微笑みを見返してくるシズキに向かって。
「今は……愛される女性がもっとも幸せになれる時期、のようだ。妖精殿」

     **********

 白山羊亭でずっと待っていたゲオルグは、シズキの姿を見るなり椅子を蹴倒して立ち上がった。
「シズキ……!」
 走りよってきて、抱きしめる。
 彼はぼろぼろと泣いていた。
「よかった……! 君に何かあったんじゃないかと、心配で心配で……!」
「……こいつ、ぶん殴ったろうか」
 虎王丸がつぶやいた。
 あはは、とリュウが困ったように笑った。
「ゲオルグさんはゲオルグさんで、本心を隠してたみたいですね」
 ――怒りは心配の裏返し。
 怒ってなど最初からいなかったのだ、彼は。
 ただひたすらに――姿を消したのは、彼女に何かあったからなのではないかと心配して。
「今まで……どこにいたんだ、シズキ」
 ゲオルグは目を真っ赤にはらしたまま、シズキを見つめる。
 シズキは顔を伏せた。
 ゲオルグが不安そうに、彼女を連れ戻してきた冒険者たちを見渡す。
「ジューンブライダルの準備だぜ、ゲオルグ」
 オーマはアジサイの花を差し出した。
「アジサイの花言葉は……どっかの国では『辛抱強い愛』だ。……受け止めてやれ」
「はっは! 景気の悪いことは全部酒で吹っとばしちまえばいいさ」
 トゥルースがルディアに早速ジョッキを頼みながら豪快に笑った。
「飲もうぜ! 明るく、この先を祝ってな……!」
 シズキが顔をあげた。
 ゲオルグと視線が合った。
 二人は抱き合った。
 虎王丸はつまらなそうに、千獣はちょこんと首をかしげて、アレスディアは微笑んで、トゥルースはジョッキをあおぎながら、リュウは満面の笑顔で、オーマはアジサイを手に。
 それぞれが、それぞれの思いで。
 愛し愛される人間同士がもっとも幸せになれるこの時期に、どうか二人が幸せになれるようにと――

 オーマの手の中で、アジサイが切なく揺れた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070/虎王丸/男/16歳/火炎剣士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3117/リュウ・アリュフィーユ/男/17歳/風喚師】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳/伝道師兼闇狩人】

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■         ライター通信          ■
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アレスディア・ヴォルフリート様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
依頼にご参加頂き、ありがとうございました。納品が大幅に遅れて申し訳ございません。
アレスディアさんには優しい言葉が似合うと思い、言わせてみたかったセリフを言って頂きました。お気に召すと嬉しいです。
よろしければまたお会いできますよう……