<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


little ghost



****

満月も出ない 星も無い 遠くのどこかで狼の遠吠えが聞える…
そんな薄気味悪い夜、風も生暖かくて嫌になる。
そう思いながら、夜道を歩いていたんだ。
周りにはだぁれも、いない…。夜風が緩く吹き抜ける雑木林だ。
もう夜も遅い、下手に動いて野党に襲われたくないからな…。
近くにあった薪割り小屋へと入った、そしたら…


『キャーーーーーーっっっ』

甲高い悲鳴と共に、ぱっと店内の照明が灯された。
絶叫の主、ルディアの顔は真っ青。余程怖かったらしい、かたかた
と少し震えている。話をしていたのは放浪の剣士のようだった。
ルディアの様子に、がりがりと困ったように頭を掻いている。

「お嬢ちゃん…まだ何にも言ってないじゃないか…」

「だ、ってぇ…暗かったんだもんっ」

「お嬢ちゃんが暗くしろって、言ったんだろ」

話の腰はぽっきりと折られてしまって、続けるにも続けられないと
剣士は苦笑している。だが、一番怖がっていたルディアが一番納得が
行っていないらしい。ばんっと勢い良く、テーブルに手を突き大きな
目を更に大きく見開いて剣士に詰め寄る。意地でも続き…と言うよ
りは落ちを聞かねばすまないと、意志の強い目が語りかけてくる。
降参、そう言う様に剣士は両手を挙げて笑った。

「あの薪割り小屋、幽霊が出るんだよ。ただし…」

「た、ただし…っ?」


「子どもの、な。」



…どこか遠くで、子どもの泣き声がする。




さみしいよう、さみしいよう…



誰か遊んで


ぼくと遊んで



************************



灯りが再度ともされた中、笑う剣士の横に大きな影が差し込んだ。思わず固まり、ゆっくりと横へと目線を向ければ…筋骨隆々な大男。にやりと上がった口元を見れば、戦場や危険なフィールドを潜り抜けてきた剣士であろうと、冷や汗は禁じえない。

「お前さん、何か面白い話してたなあ?…ちょっと、俺にも聞かせてくれないかね」

にやりと笑う男…少しずれたグラスを中指で押し上げている、オーマ・シュヴァルツその人だった。
ぐっと剣士の方に回された腕は力強さを感じる。剣士は薄ら笑いを浮かべて頷くしか出来ない、頷いた時、剣士の携えていた剣がカチャンと音を立てて揺れた。


「幽霊の見た目…?ああ…赤毛?だったか、白んでたんで判らなくて…ああ、霧が出てたんだよ」

霧がかっているのはどうやら剣士の記憶も同様らしい、うんうん唸りながらようやっと捻り出された情報と言えばこんな物…。オーマはふうんと息を吐く、納得が行ったか行っていないかはいざ知らず、眉間には軽く皺が刻まれている。

「…ありがとさん、じゃ、その薪割り小屋の場所を詳しく教えてくれねえかね?」

次に出てきたオーマの要望、剣士は軽く苦笑をして後に、害はないからと快く教えてくれた。さて、行くは小屋へと、子どもの元へ。
既に日も暮れてしまったものの、まだまだ人は起きていよう時間。早めに子どもの元へと行こう、歩み行く足はとても強く踏み出された。




今宵の月は何とも心地がいいほどの満月、ただそれと無く周りには湿気が立ち込め、細かい水滴が少女の顔へと降り注ぐ。緩く首をめぐらせれば雑木林だろうか、少女…千獣は赤い目を瞬かせた。
首を巡らせた原因は、どこぞで聞こえる遠吠えでも、木々のざわめきや、星の瞬きでもない。これは、そう…子どもの泣き声だ。ぐるり…見回した景色の中、暗く見え難いものの千獣の赤い目に微かに映った小さな人影。
其の姿は霧に塗れ、白くかすんでいるが…確かに人影、子どもの姿だ。泣き続けていたのか、赤くはれた目元を擦りながらも泣きやむ事は無く泣いている。

「……?…こ、ども?」

まさか、雑木林と言えどもこの時間、まさか子どもが居るとは…何度か瞬きをしながらも、子どものそばへと近寄っていく。近づいて判ったのだが、子どもは赤毛だった。燃えるような、真っ赤な髪を持った子どもの服は少し薄汚れ、裸足だ、何時から彷徨っていたのか、足は大分土で汚れてしまっている。

「どう、したの…?寂しい…なら、一緒に、遊ぼう…か?」

少し腰を屈め、子どもの目線へと合わせる。緩く首を傾げれば、さらりと艶やかな黒髪が零れ落ちた。子どもは千獣の言葉を聞くや否や、ぱっと泣いていた顔を緩やかに綻ばせる。
すっと小さな手を千獣へと差し伸ばした、千獣もまた子どもよりは大きいが、小さな手で子どもと手を繋ぐ。

「何、して…遊ぶ……?」

子どもは千獣と、手を繋いでいるのが嬉しいのか、何度も何度もぶんぶんと手を振っている。色々と遊びたいのか、ええとね、ええとね…と、口をもごもごとさせながら千獣と楽しげに話している…。
ただ…繋いだ子どもの手は、柔らかさに反し氷のように冷たく、其の冷たさは千獣の腕まで、ぶるりと這いあがってきたのだった。



■□■□

さて、もう既に陽も遅い…手に入れられる情報も此れまでかとオーマは息を吐いた。剣士に聞いた小屋近隣にて、色々子どもについての情報をかぎまわり、手に入れられた情報は五つ。

小屋が作られたのは数十年ほど昔。
所有者であった老人は既に死去。
今では誰も使っては居ないらしい。
そして、肝心の幽霊騒ぎが起き出したのは今から数ヶ月前からだそう。
近隣では子どもが居なくなったとの声は聞かれなかった。


…が、ふと出会った馬車。其処に貼られていたのは、一家揃って行方不明となっている家族の貼紙だった。


手の内にある張り紙、風雨にさらされ色も褪せてかなりの痛み様。両親の姿かたちはほぼわからない。…ただ、子どもの姿は未だ辛うじて判るほど残っていた。
色は判らない、だが…

「ルベリアが反応するんだよなあ…」

そう、手の内にある花が輝きを増す貼紙、そして一方向にも輝きを増すものがある。ルベリアの花は、オーマをどうやら小屋へと導いてくれるつもりなのだろうか。薄暗い雑木林を照らす、…ぱきり、がさり、ざさり、枝の折れる音に枯れ草を分ける音や土を擦る音、オーマの足が一歩踏み出すごとに耳へと届いたのだった。
さて、出発してから幾分過ぎたことだろう。未だ小屋らしきものは見えては来ない…ただ、霧が深すぎる所為もあるのだろうか?小さな水滴は、オーマの身体へと纏わりついた。

…?

オーマの目が開かれる、この音…決して枝の折れる音、枯れ草を分ける音、土を擦る音ではない。人の話し声…子どもの物だ。…しかしおかしい、聞いた話は確か一人のはずだろう…。

「…二人」

オーマが呟いたとおり、声の主は二人いた。何者だろう、子どもとは言え油断は出来ない。危険ではないと言う保証は何処にもないのだから。近づくにつれ、気配を段々と消してゆく。そうしなければ、途中ふっと消えてしまうのは怪しまれてしまう元だ。
そっと、木陰へと入り込めば気配を消す。影から声のする方向を伺った。…見えてきたのは、やはり一人ではない…二人の影。


「……これ、も、…飽きた、の?じゃあ、次…どうしよう、か…」

千獣は腰を折って子どもへと語りかけていた、遠くにあった気配は消えた…。どこか脇道にでも逸れたのだろう、頭の片隅では何となしにそんな事を考えている。目の前の子どもは、再度うんうんと迷っているのか唸っている。
子どもが悩みぬいた末に選んだ遊びは、かくれんぼ。千獣は一つ頷き了承をした。

「じゃあ……鬼、決めよう?」

その言葉に子どもも頷く、よし、そうと決まればお決まりのあの勝負。二人揃って拳を振り明け、じゃーんけーんと間延びした言葉を言いつつぽいっと振り下ろされた手…ん?おかしい、二本のはずの手が三本…。それも、少女でも少年の手でもない。かといって、獣に変化している千獣の片腕でもなく…大きく筋張った男性の掌。
すす…っと、千獣の目線が移動した。其処に居るのは体躯の大きな男が一人。負けちまった〜とへらへら笑っている。オーマといえば、ふと視線が来ているのが判ったらしい、緩く手を振るった。

「ふふっ、そんな眼で見ないでくれねえか…照れるだろ」

何処と無し、見当違いの言葉を吐き出したオーマ。それのお陰で、千獣も何故だか警戒が解けた。子どもといえば、遊んでくれる人が増えたのは喜ばしい事らしい。ぴょんぴょんと飛び跳ねては、オーマの腕にしがみ付いている。

「……じゃあ、あなた、が…鬼、だから…10秒、数えてから」

オーマの腕にぶら下がっていた子どもも、思い出したとばかりにオーマの腕から離れる。千獣のそばへと駆け寄り、オーマが眼をとじ背を向けるのを待っているらしい。顔はワクワクと、楽しみにしている様子が表情豊かに白い顔に映えた。
少し安堵するような息を漏らす、それは二人共にはばれぬように。そうして、其れを隠すようにしてにやりと笑えば腰に手を当て、大きな笑い声で雑木林を揺るがした。

「フッフ、このオーマ様に10秒なんて生温い事はいわねえ!20秒くれてやる!」

などと、ハンデのつもりらしい。大きな声でそういえば、くるっと二人に背を向け木の幹へと腕を押し付け、目隠しを。そして、聞こえてくるのはいーち筋、にー筋、と何だかオーマ独特の数数え。とりあえず、其れが数を数えていることだと分かった二人は、アイコンタクト。子どもは千獣に心底楽しそうな笑顔を向けていた。
そうして、二人ともてんでバラバラの場所へとかけて行く。子どもは草むらへ、千獣は身軽な運動神経を利用して木の上などを駆けて行く。それはなるべく、子どもの位置が見えるようにとの配慮も含んだものだろう。さあ、オーマの言葉が森へと響く。

「もーいーかーい!」

「もー、いーよ」

お決まりの台詞を返してやれば、幾分張り切った表情のオーマ。千獣は、見つかりっこないだろう、そう踏んでクスクスと肩を揺らす少年の姿を見ていた。愉快そう、楽しそうだと、千獣の大きな目は細まり…己の獣へと変化した片腕を軽く撫でる、優しく。
少年は無論、あっという間に捕まり、オーマと冗談を言い合い笑っている。…千獣の手には、未だ少年の指先の冷たさが残っていたまま。


…夜が明ける、紺色の空は白み朱が挿した。雲はたなびき風を引き連れ、森を揺さぶる。舞う木の葉の中、一頻り遊んだのか、オーマは子どもを肩車、千獣は其の横に付いていた。

「ね……、遊び、終わったら…ちゃんと、帰らないと…いけない、よ……?」

ふと、千獣が口にした言葉。子どもはオーマの肩の上ではしゃいでいたが、其の言葉を聞くや否や黙り込んでしまう。聞きたくないのか、ふるふると何度も首を横に振る、千獣は首を傾ぐ、オーマは子どもへと目線を仰ぐ。…どうしたものか、子どもは駄々を捏ねてオーマの肩から降りようとはしない。
じたじたと暴れる子どもを千獣は困っているのだろうか、何度も目を瞬かせた。オーマはじっと、暴れる子どもが落ちないようにと足を支えたまま。

「話したい事があるなら、ちゃんと良いな、坊主」

オーマの重みのある低い声音は、子どもの耳の内で響いたらしい、段々と大人しくなり、果てにはオーマの頭に顔を押し付けて静かに泣き出してしまった。嗚咽に混じる言葉は揺れて聞き取り難いもの、それでも千獣とオーマは聞き耳を立て、こどもの話に耳を傾けてやる・

寂しかった、気付いたら誰もいない。
お父さんは?
お母さんは?
みんないない、置いていかれたんだ。

しくしく、泣き声と共に零れる言葉は同じ言葉の繰り返し。家族を見失い、何処へ帰れば良いとも判らないらしい。

「で…、至る人に声をかけたって訳ね…」

オーマは子どもの意図を汲み取り相言葉をつなげてやる、すれば、子どもは語るのを止め一つゆっくりと頷いた。そして、ぽつりと呟かれる子どもの言葉。…声を掛けてもみな逃げてしまうのだと言う。
オーマと千獣が始めて子どもを相手に遊んでくれたと、嬉しかったと子どもは呟いた。オーマは軽く笑い、足を支えていた腕を伸ばす。大きな掌は、未だ頭にある柔らかく冷ややかな子どもの頭へと。粗雑ながらも優しく、なでる様に軽く叩いた。

「良かったよ、ああ、坊主。…これを遣る。帰り道を、母さんと父さんの居場所、教えてくれる」

頭をなでていた手を引き、そうしてまた差し出されたのは可憐ながらも…凛とした、一輪の花。子どもの手へと其れを渡してやれば、仄かに淡い光が子どもの周りを霧散する…まるで、無数の蛍が飛んでいるような、幻想的な風景が広がり。
子どもは其の風景に見とれているようだった、もうじき帰らねばならない時刻が迫り来るのを心得ているように、駄々は捏ねず、ただ大切に花を握り締めている。千獣の紅い目に、無数の光が飛び散るのが映し出される。眩しくもない、優しい光なのだが、千獣にはとても目を細めずには、いられなかった。

「………楽しかった…?」

子どもへと、千獣が静かに語りかける。ゆっくりと、言い聞かせるというよりは、子どもの心へと染み込ませる様に優しい声音で。一つ一つ、言葉を紡いでいく。

「楽しかった、なら……、その気持ちを…持って帰って…ね。」

子どもの身体は既に光に満ち、今にも昇華せんと消えかかる輪郭線。

「また…おいで……今度は、お母さんと、……一緒に…。」

子どもは笑う、オーマと千獣に向けて。小さな唇が微かに動く、ありがとうと。

「また、また……其の時、会えたら……遊ぼう…?」

子どもの細い首が縦へと揺れた、子どもは言う。それは、さようならと別れの言葉ではなかった。


『またね』

其の一言を、千獣とオーマの耳に残し、子どもは花と共に消え去っていた。辺りには、恐ろしいほどの静寂が波紋を広げる。
月は朝陽に照らされ、恥らうように白い顔へと朱を挿していた。雑木林から見える子の風景を、あの子どもは、たった独りで何度と見たのだろうか。

「…またね、か…。…さて、俺はまだする事があるんだが…お前さんは、どうする?」

オーマの目線は薪割り小屋へと向いていた、恐らくはあの中に…子どもと、両親の遺体がある筈だろう。手厚く弔うため、暫くは残る必要があった。…千獣といえば、明ける空を仰いだまま、少し呆然としているようにも見える。

「…どうした」
「……なんでも、ない…」

オーマの声、まるで風船を割ったかの様に目の前が開いた。我に返った千獣はふるふると首をゆっくりと振るう。黒髪はさらさらと背に流れ、緩やかな波を感じさせるもの。

………みんな、……いつか、帰る……私は
…私は、帰れ、ない………

それは微かな千獣の独白。ほぼ唇を動かすだけのような音量は、オーマの耳には届かず空を揺るがしただけだった。

「私も……もう、行く…ね…。また、ね…」

千獣は、帰る、とは言わない。オーマへと少し目配せをして後、身体に巻きつけた呪符を翻し、雑木林の闇の中へと駆けて行く。己が何処へ帰ればいいのか、其れの判らない千獣の姿は、何処へ行き着くとも判らない獣道へと。
オーマの目線は、小さな千獣の後姿が消えるまで向けられていた。彼女にもまた、何らかの影があるのだろう。先ほどの唇の動き、それで何も判らなかったものが口惜しくもあった。

「…帰れる場所ってモンは、大切だよなあ」

帰れば、待っている妻や娘、思い出したのだろう。オーマの表情は、朝陽の助けもあって優しい。胸に軽く手を宛て薪割り小屋へと歩んでいく、あの少女にも、この世の誰にも、このような幸せを与え給う事を。オーマは緩く目を伏せ、その思いを巡らせた。


薪割り小屋のすぐ近く、小さな丘の上に、誰が造ったとも知れない、みっつの仲良く並んだ墓標あると言う。
それが現れて以来、幽霊騒ぎは成りを潜めていったのだった。








□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1953/ オーマ・シュヴァルツ/ 男性/ 39歳(実年齢999歳)/ 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【 3087/ 千獣/ 女性/ 17歳(実年齢999歳)/ 異界職】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

□千獣 様
今回のご参加、毎度有難う御座います。お世話になっております、ひだりのです。
今回は、遊び、と言うことで、はしゃぐというよりは、お姉ちゃんっぽく
リードしている感じを目指してみました。(笑)どうでしょうか…。
帰るところの無い、と言う切なさも表現できていればと、思います。切ない文章を書くのは好きなので、とても楽しく書かさせて頂きました…。
千獣様もまた楽しんでいただければ幸いです。
此れからも精進いたしますので、何卒良しなに…。
では、機会がありましたら、また宜しくお願いいたします。

ひだりの