<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ピカレスク  −路地裏の紅−


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■序章


薄く雲が張った空には、嵩を被った月がある。

それは、とても紅く、陰惨な光を放っていた。

そんな中、婦人は一人立つ。

両手には血に塗れた短剣を持ち

足元には数人の死体。

短剣は、ぬめった液体を被ったままに、鈍く月光を反射する。

婦人の影は薄く延び、それは何処までも、延々と続いているようにも見えた。




一人、事件が起こった路地裏に佇む婦人が居た。地面にはべっとりと血糊の後が、氷を思わせる眼差しは軽く細められ、豪奢な衣装の裾は風へと翻った。

「…この事件、放っては置けんな」

知り合いも、またこの一連の殺人事件の被害者でもあった。ゆったりと足を歩ませ、豊満な体を陽の元へと曝した。眩しさに少し目を顰め、婦人、レニアラは情報収集のためと、手に握られた一枚の号外を頼りに一人の貴婦人の元へと向かう。
既に彼女の名前も職業も知られている、物書きを営む婦人だそう。名前はレッドラム、赤い屋根の家に住んでいるらしい…なんてことまで、号外には載っていた。

少しばかり街より郊外に出たなだらかな坂道、号外を拾ったのが昼過ぎだったため、背後から真っ赤な陽がレニアラの身体を射している。レニアラの影は濃く長く伸び一軒の家に被さっていた、ふと見上げれば…夕陽の赤に負けずとも劣らぬ見事な赤色の屋根。
…恐らくは此処だろう、レニアラの足はまっすぐ、一点の迷いも曇りも無く赤い屋根の家へ、ドアへと突き進む。一陣強い風が吹き、草原に波を起こし夕陽を反射した。

こんこん

さて、本人は出てくるのであろうか。手の甲、骨ばった場所で軽くノック、すぐさま…物音が聞こえてくるほど、甘くは無いようだ。それでも、レニアラは不機嫌そうな表情も、苛立った表情も見せない。
もう一度…こんこん…、ようやっとドアの奥で足音が聞こえる。ゆるりと開かれたドアの向こうに居たのは、己とは違い質素な飾り気のないドレス…だが、真っ赤に彩られ夕陽にも映えた。それを着こなしているのは、黒髪の婦人。

「ご婦人、此方の号外に載っていた…貴婦人とは、貴女の事かな?」

ひらり、レニアラが持ち上げた号外の紙面に踊る文字を見た婦人はどこと無く嬉しげ。レニアラは其の様子をじっと温度の無い目で見つめるだけであった。

「ええ、其の通りですわ」

にこりと笑って告げる婦人、其の事を隠す風も見せはしない。常人であれば、この穏やかな対応にまるで何の疑いも見せはしないだろう…だが、しかし、相手はレニアラ。凍った目は少しほど瞬いた。

「…殺人は愉快かい?よくぞ、此処までやらかしたものだ…」

レニアラの凍る目線は全てを見透かすレンズの様に光る、呆れ果てた様な物言いにも婦人の表情は乱れない。ただ、少し小首を傾ぐだけでレニアラの言葉を避けてしまう。何が何だか、と言う雰囲気を見せる婦人の様子に、再度レニアラは溜息を一つ。
婦人は至って、そこいらに居るだろう普通の婦人と変わらないだろう。だが、レニアラの眼に映る、眼球奥底にまで渦巻くような憎悪に、陰鬱な気。それは手に取るようにわかった。

「……貴女はもう少し、その悪い気をダイエットさせた方が良いと思うがね」
「あら、婦女子に対して、其の言葉は好きませんわ」

婦人はにこやかに笑って、レニアラの言葉を流す。冷気を纏ったレニアラとは違い、婦人の雰囲気は一見して寛容で温和だ。だが…それは、一見しての話なのだが。レニアラのアイスブルーの眸は緩く伏せられる、一つ、溜息のような、本性をひた隠しにする婦人に対しての、憐れみの様な。

「貴女に婦女子…と言う形容が、相応しいとは思わないがね。温和な顔の分厚い皮、それはどう見ても化け物の其れだろう」

レニアラの言葉は婦人を挑発するに十分な力を発揮した、婦人の頬は少し引きつり、心なし目元には暗い影を帯びている。それでも依然、彼女は笑みを浮かべている事で、彼女の精神面の強さをレニアラに示したのだった。

「…その様な事を言う資格がお有りになって?」

「ああ、存分に。…私の知り合いも、貴女の手にかかったものでね」

レニアラの表情には影はおちることは無い、ただ少しほど冷たさが増したようには思えた。玄関のドアを開け放したまま、レニアラの背後から風が繰る。帽子の羽飾りを玩び、レニアラの銀糸の髪もまた揺れた。
婦人の表情はといえば…逆光で知る由も無く。ただ、赤い口元だけ弧を描いているのだけ、レニアラの蒼の双眸に映る。…瞬間、木の葉が舞った。もう夏だと言うのに、可笑しい話。…そして、レニアラの頬には鋭く光る一太刀。

「光栄な事でしょう?わたくしの作品になれるだなんて」

刃をもつ婦人の手は力が入っているのか、筋が浮き上がり白く変色していた。それでも、唇の赤さだけは不自然な鮮明さを保ったまま。

「はた迷惑な話だ」

婦人の言葉に対し、レニアラは至って冷静に冷たく、短く答えた。頬へと来た刃には臆することも無い。ただ、やれやれと、呆れたように目を伏せたのだった。
相して始まる活劇、仕掛けらるのはほぼ婦人より。銀の光閃かせ、レニアラを仕留めようと振り翳す。だが、それは空しくも空を切るばかり。レニアラは顔色一つ変えず、回避を続ける。

「…何が目的かは知らないが、容赦はしない」

そして抜かれるレイピア。シャープな輪郭線に夕日の紅を纏う其の出で立ちは壮麗。向けられるのは婦人へと。
さて、婦人としては、場所位置にとってもとても不利な状況へと追い込まれた。レイピアは突く武器だが、此方の短剣は腕を振らねばならない。つまりは、此方の方がより多く隙を作るという事と成る。

「嬉しいお言葉ですわ」

さあ、どうする。レニアラは目線で婦人へと問うた。其の答えは帰っては来ない、曖昧に…婦人は目を笑むように細めただけだった。


家の仕組みは婦人が一番良く知っているだろう、レニアラも其れを考えないような者ではない。注意深く、部屋の気配を探る。婦人は其の間にレニアラとの間合いを空けた、それほど広くは無い玄関ホール。婦人の手は二階へと続く階段の手すりに手を掛けられている。
レニアラは追わない、婦人が目に付く場所にいるまでは、恐らくその場を動かないつもりだろうか。根競べのように、二人とも見据えあったまま動かず。さあ、またも先手に出たのは婦人、ただそれはレニアラへ短剣を振り翳すものではない。さっと、跳ぶ様に軽い足取りで階段を駆け上がっていく。
レニアラもそれに続く、カツカツカツンと忙しなくヒールの音が木の階段へと叩き付けられた。婦人は既に二階より、レニアラの姿を見据えていた。…先ほどと違い今度は、レニアラが不利な状況へと追い込まれた。しかし、レニアラは至って悠然と。不利に追い込まれたなど微塵も思えない雰囲気は変わらない。
婦人としても、そんなレニアラが気に入りでもしたのか、攻撃を仕掛けることはなくレニアラを廊下の突き当りで待っている。口元には依然笑みを浮かべ、静かにレニアラのヒールの音に耳を澄ませ。

「ここなら、少しは広いですし…申し分はありませんでしょう?」

レニアラは周囲を目線だけ動かし、婦人の言葉を確かめる。確かに玄関よりは広い、ホールのようになった家の中の袋小路は、夕日を取り込み真っ赤に燃えているようだ。

「…確かに」

一言、レニアラは婦人へと返す。腕を振るえば壁へ、レイピアの切っ先が突かないほど広いのは確かにありがたかった。改めて、婦人を見据える。ぬるい風がレニアラの頬を掠めた…ああ、婦人の背後に控える窓が開いているらしい。
婦人は構えを取る、足を少し開き、両手に持った短剣をぐっと己の身体を守るように持ち上げた。レニアラも、フェンシングに似た構えを取る。斜に構えたレイピアの先端は、夕日をふんだんに含んで眩しく光る。レイピアの煌きを目にした婦人は、少し眩しそうに目を細めた。

「貴女は、楽しそうですもの、ね」

婦人の足はドレスをはためかせながら、ぐっと前へと踏み込まれた。それは速く、レニアラの袖を引き裂いた。若い女の悲鳴のような音、レニアラの美しい装飾を施された服は破れ、オークの床へと散り散りに舞った。レニアラは足を振り上げた、婦人は懐の中…そう易々と逃げ出せるわけも無い。
ただ少し身体を移動させたのだろう、鳩尾には入らなかったが、肩口へとレニアラのヒールは深くとは行かないまでも、婦人へと鈍いダメージを与えた。婦人お顔は鈍い痛みにぐっと顰められる、白い眉間に深い皺が寄り目線は肩口へと行く…其の瞬間を狙ったようにして、レイピアの柄頭を婦人の背に叩きつける。二度目となる鈍い音は部屋には響かない。…婦人には其の音が聞こえたのだろうか、少しほど婦人の体がよろめいた。

「っ…!」
「容赦はしない、そういった筈だ」

冷たく言い放つレニアラの言葉、婦人とて屈することはなく強気な目線で睨みを返す。口元には不敵な笑い、レニアラの双眸へ、再度婦人の手へと力が篭るのを見た。さて…この場合、この婦人ならば…。
レニアラの思考が辿り着いた先は攻撃、すぐさま間合いを開けようと足を後へと移動させる。引いたというよりは移動に近く、婦人の斜向かいへと来る。それは先ほど蹴り上げた、力が入らないだろう片側へ。
止めとばかりに振るわれるレイピアの切っ先、レニアラの腕には確かに手応えがある。だが…どうした事だろう、婦人の姿は見えはしない。

「…!」

窓!そう言えば開いていた、びゅうと一陣強い風が家の中へと吹いてくる。レニアラの白銀の髪を揺らし、悪戯する風はすぐに虚空へと消え行く…だが、婦人はそうはいかまい。窓際へと、警戒しながら歩み寄る。…下にある芝生は青々として、夏が来た事を感じさせた。

「楽しかったですわ」

「…」

婦人の声がする、ただそれは此方へと這い登ってくるのではなく、レニアラの頭へと降りかかってきたのだった。レニアラは少し顔を仰いで、屋根を見上げる。…婦人の表情は、逆光で見えはしない。気付けば外は真っ暗闇、深淵の天鵝絨が天井にはためいていた。

「また、お会いできる事を祈って…」

…婦人の姿はレニアラの前から消えてしまう。それこそ、先ほどの風のように。虚空の中へと消え入ったのだった、ただ、ぽつりと落ちた水滴がある。雨かと思ったのだが、レニアラが見れば逸れは硬く凝固していた。

…血だ。
レイピアの切っ先へと、視線の向ければ其処にもまた黒い液体がこびりついている。…レニアラは、以前表情の消えた面影で其れを見ていた。かしゃん、少しほど目を伏せ、レイピアを鞘へと納め

「…ルドラ」

レニアラの凛とした声が澄んだ夜の虚空へと響けば、赤い屋根の窓際へ。ごうごうと風を切り裂きながら、近寄る竜の姿。窓際へ足を掛ければ、慣れた様子で其処から飛び降りる。
息が合っているようで、レニアラの下へと飛竜は身体を滑り込ませるようにして移動し、レニアラの身体を見事に己の背へと着地させた。レニアラの手は労わるように竜の頭を撫でてやれば、嬉しげに啼き声を上げる。

「…行こうか」

一言、レニアラがそう言えば、主人の意思は何でも判っているとばかりに、澄まし顔の竜は空を切り裂く。レニアラの目は、己の双眸と同じ、青い光を放つ月へと注がれていた。




今宵は満月、観月に耽るには相応しい。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号2403/ PC名レニアラ/ 女性/ 20歳(実年齢20歳)/ 竜騎士】

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■         ライター通信          ■
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■レニアラ 様
初めまして、発注有難うございます!ライターのひだりのです。
今回は戦闘シーンを多めに書いてみましたがどうでしょうか。レニアラさんのクールな感じが出ていれば良いのですが…。
いつでも余裕と言った感じを崩さずにして見ました。全く変わらない表情を描写するのが楽しかったです。(笑)
楽しんでいただけると幸いです!ルドラさんを少ししか登場できなかったのが残念です…。

まだまだ至らない点が多いのですが、また機会がありましたら、尚更に精進を重ねますので、宜しくお願いいたします。

ひだりの