<PCクエストノベル(5人)>
■想い色〜ルナザームの村〜■
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【冒険者一覧:整理番号/名前/クラス】
【1989/藤野 羽月/傀儡師】
【0277/榊 遠夜/陰陽師】
【1711/高遠 聖/神父】
【1879/リラ・サファト/家事?】
【1882/倉梯・葵/元・軍人/化学者】
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一晩眠れば船旅の疲れも抜けて、意気揚々と魚釣り。
冒険者の類を職とするような、そんな日常に付きまとう無意識の警戒や緊張もまるで無く一同は朝も早くから釣り糸を垂れていた。
二人ずつが船の左右に分かれて思い出したように言葉を交わす。
そんな姿を一同の中で唯一の女性であるリラ・サファトはつばの広い帽子を被って眺めているのだけれど、にこにこと座るばかりの彼女が笑む様に男達は交互に声をかけていく。
藤野羽月が暑気を気遣えば高遠聖が釣り糸をうかがう魚の色を報告し、それぞれにリラが応じて波の音だけになったかと思えば今度は船酔いを案じて声をかける倉橋葵。付き合いの中で何度も世話をやいてくれた習い性かと苦笑して首をリラは横に振る。しまいには榊遠夜が釣ったばかりの魚を片手に振り返って一番美味しい調理方法を相談する始末。
よくもまあ河川を船で滑ってきた翌日の、それも早朝にこれだけしっかり活動出来るものであった。
遠夜:「魚が釣れると貝なんかも欲しくなるね」
葵:「……」
リラ:「じゃあ朝ご飯を頂いたら潮干狩りしませんか?」
時折吹くゆったりとした潮風に髪を遊ばせてリラが言う。
いいね、と笑う遠夜にちらりと視線を向けていた葵は無言のまま背後へとそれを巡らせた。
羽月:「トマトは栄養もあるのだから」
聖:「苦手なものの一つくらい」
釣りをしながらどういう話をしているのか。
仲が悪いわけではないが、リラとの距離の保ち方が二人(主に羽月の側)に微妙な対抗心というか緊張というか、傍目にはいささか興味深い関係を構築させている。
そのせいか釣果を競う現在に彼らは仲良く味方同士でちくちくと……いや、けして仲が悪いわけではないのだ。ただ二人(やはり主に羽月の側)が相手に――そこまで思考が巡ったところで隣の遠夜がくすりと笑う。
釣竿が図ったように引いて、力を入れながら目線を葵が遠夜にと向ける。
背後の二人はトマトから今度は釣果の話に移っている。大きさがどうの、引きがどうの、一転和やかに打ち合わせる様をきっとリラは変わらず見ているのだろう。
遠夜:「仲が良くていいね」
葵:「後ろの二人か」
肯定の意でにっこりと笑う遠夜。
引きの来ていない自分の釣竿を押さえつつ、葵の手元を覗き込む。ぐいとタイミングを合わせて力を入れた葵の手は骨の形がしっかりと解る締まった男の手だ。それが釣竿をしならせ釣糸を躍らせ最後に釣られた魚を水面から引き上げる。
遠夜:「うわ!」
大きかった。
それまでのものより一回り大きく一瞬見ただけでも身の締まりもよく活きが良い。
足元に落ちる音さえ他より響く気がする。
リラ:「わぁ……葵、凄いね!」
羽月と聖が揃って振り返ればリラの弾んだ声が早朝の海に響き渡り、それからついでとばかりに「あ」と小さな呟きのような音。
釣竿をそれぞれが握ったまま顔だけを素早く動かして男達が声の主を見た。
思わず立ち上がってしまったのだろう少女が船の縁で細い足を何度が踊らせてふらつき、そして傾いていく。落ちる。
リラ!と叫んだのが実際に何人だったかといえばきっと四人全員だ。
違いなんてせいぜいが名前の後に「さん」がつくかつかないか。
それほどに綺麗に声と動きを揃えて四人は彼女に手を伸ばして。
――さて、ここで思い返してみよう。
早朝の釣り体験。
地元民と一緒に網もかけてみたのはもっと朝早くで今は五人だけ、気心の知れた者達で船に乗って釣りをしてみている。漁業が盛んな村なだけあって、潮流も良く当然魚も素人ながらにそこそこ釣れるがそれは今はいい。
問題なのは五人が乗っていたのがはっきり言うなら小船の類で、リラはその端に腰掛けていたという点だ。
彼女が落ちかけて男四人が一斉に駆け寄った。
流石に船が引っくり返ったりはしないが乗っている人間が一気に片方に偏ったのだから結果は――と、思い返した状況から出る答えはすぐに正解を見せる。
リラ:「きゃ、ぁ!」
葵:「……っ」
羽月:「うわ……っ!」
聖:「わぁ!」
遠夜:「っと」
上がる水飛沫。
どぽんどぽんといっそ間抜けな水音が連続して五回。
そういえば集団での漁を体験させて貰っていた先刻に乗せてくれた船員が言っていたなと、遠夜は葵がリラを抱えるのを視界に納めつつ思い出した。
遠夜:「勢い余って海に落ちるなとかなんとか」
聖:「何がですか?」
遠夜:「陸と違って船は端っこがあるんだよ、って話していた漁師さん」
そのときも控えめにリラが船の端にいるものだから自分達はちらちらと彼女に気を配っていたのだ。それに笑って言われたのである。
遠夜:「端にいりゃ落ちる危険もあるが慌てて助けに走ると一緒に落ちる、って」
聖:「……まさにそうなりましたね」
濡れて張り付く髪を後ろに送りつつ苦笑する聖。
うん、と頷いて二人が見る先では葵が船にまず戻り、羽月が支え上げる形でリラを船上に戻している。同じ側から戻ってはバランスの問題で戻り辛そうだ。
まとわりつく衣服に苦心しながら船の傍をゆったりと泳いで移動した。
――同時刻。
にゃあにゃあふにゅふにゅ、と猫達が大小の声で宿の一室を落ち着き無く動き回っていたりしたのは彼らは当然知らない。
** *** *
今回の観光旅行。
話自体は随分と前から五人の中で出ていたのだ。
揃ってどこかに行きたいね、と話しはしても依頼だ教会の用事だと誰かの都合がつかずその度に話は流れ、その繰り返しに殊更リラは落胆していたのもだったけれど。
聖:「だからあんなにお弁当に」
気合が入っていえいえトマトがたくさん。
言いかけて穏和な笑みで誤魔化す聖の手は幾らか前の時期に咲く花の色そのままのリラの髪を丁寧に乾かしている。自分の髪も長いのにざっと拭いたらまずリラの髪。
困った様子でリラが銀髪がさらりと湿ってまとまっている彼を見る。
リラ:「あの、聖……あなたもまだ濡れ髪のままだし、私は自分でするから」
聖:「リラの髪は僕よりも、もつれやすいでしょう?」
リラ:「えっと、だからね」
葵:「俺がやるからあんたも乾かしてしまえ」
ぱち、と一瞬散った火花が見えたのはきっと遠夜と当の二人にだけだ。
遠慮がちながら信頼しきった眼差しで葵に笑んで頼むリラと、遠夜の傍らでむすりとした空気を見せる従兄弟は気づいていない。
従兄弟、羽月は今は短い髪も乾き忙しなく動く猫の相手をしている。
遠夜:「戻るなり一斉に寄ってきて鳴いたのには驚いた」
羽月:「茶虎は当然、みけもきじも賢いからな」
遠夜:「親の欲目を引いてもそうだね」
羽月:「欲目なぞ入れていない」
やはりむすりとした調子であるのに遠夜は少しだけ目元を和ませ、そっと笑った。
大事な奥さんに他の人間があれこれと――彼女の恋愛感情は羽月自身にしか向けられないと承知していても――世話を焼いて羽月がタイミングを逃すばかりなのが引っ掛かっているのだろう。
遠夜自身も大事な妹分なのだからどうしても声をかけて気遣って、と正直なところ相当に甘いとは思うので葵や聖の気持ちは理解出来るのだけれども、この従兄弟の様子も面白く。
遠夜:「旅行に来て良かったなぁ」
羽月:「ああ、リラさんも嬉しそうで良かった」
うん。そういう意味じゃないけどそうだね。
愛情を溢れさせてリラを見遣る羽月が、そのまま予定決定後にリラがどれだけ楽しみに用意をしていたか、いかに往路の弁当メニューに苦心していたか、そしてそこにどれだけにこやかにトマトを入れたか(これは聖絡みで実際彼は弁当を見て笑顔を固めていた)とぽつぽつ語り出すのを聞きながら遠夜は和やかな笑みのままうんうんと頷いておいた。
その間に葵が聖と交代する形でリラの髪に手をかけている。
他の人間に関心を寄せない葵にとっての例外なだけのことはあると、傍目にも知れる空気。
葵:「調子はどうだ」
リラ:「うん。大丈夫、すごくいいよ」
葵:「そうか」
羽月が猫達と戯れてやっているのを視界に納めながら、葵が手早く水気を取って櫛を入れる。今は自分の髪を整えて結び直している聖が丁寧に扱っていたおかげで緩やかな波の少女の髪はすぐに元の軽さを感じさせるだろう。
鍛えている自分達とは違いこの少女は脆く、繊細だ。
かつてほどでなくともやはり気を使って過ぎることはない。
髪をいじるついでに首元から脈を診、熱を探る。専門ではなくとも知識故に葵はリラの担当医のような位置にもある。
葵:「……ま、大丈夫だろ」
リラ:「でしょう?ありがとう」
ああ、と流しながらふと櫛を通したばかりのライラックの髪を束ねてみた。
別段に意図があるわけでもなかったが、潮風に任せるよりは結んだ方がいいだろうかとそのまま考える。
聖:「はいどうぞ」
折良く差し出された紐を曲げた足に乗せられて葵は相手を見た。
慣れたもので聖は普段通りに銀髪を一括りにし、腕を上げたまま笑顔。
リラ:「どうしたの?」
聖:「潮風でリラの髪が傷んでも大変だから、僕とお揃いで」
葵:「…………そうだな。折角綺麗にしてるんだ」
にっこり。
髪に触れたまま動かない青年を不思議に思ったリラの声に、当人でなく聖が笑う。
確かにリラは髪の一筋までも自分達とは比べ物にならない繊細な物で出来ていそうな相手であるし、朝食前の釣り体験のときから風はそれなりにあった。ならばまあ、束ねて損は無いだろう。そう考えてから葵は同意しつつリラの髪を器用にまとめることにして。
その頃になれば扉の向こうから宿の人間が朝食を持って来た声。
遠夜がいそいそと迎え入れ、そうして並べられた器には早朝の釣果が猫達の分も含めてさばかれていて、羽月達共々テーブルについた猫が尻尾を盛大に躍らせた。
** *** *
そんなちょこちょこと小さな生物達を伴って食後に行くのは先に話した潮干狩り。
めいめいが手に熊手とバケツを提げて干潮に移った砂浜でしゃがみ込むと、ざりざりと素朴な音がそこかしこから響き渡る。
他の観光客だとか地元の親子連れだとかもいるけれど、砂浜は広く五人がそこそこの距離を取って動いていても他の邪魔にはならなかった。
リラ:「ほら、怖くないでしょう?」
んー、と口を閉じたまま目を大きく開いて波を見るきじ。
茶虎とみけもしばらく一緒に寄せては返す海の裳裾の踊る様を眺めていたけれど、見飽きたらしく今はリラの背後をうろうろとしている。
羽月:「こら茶虎、手を突っ込むな。みけもだ」
バケツの中に興味津々で男性陣の元を順に巡る二匹。
小さな手で貝を掻き出そうとしてはたしなめれて。
その声に笑ってリラは休めていた手を彼らと同様に動かし出す。
ざく、ざく、と波が光を弾く様に目を細めながらの仕草はゆったりと穏やかで、思い出したように聞こえる貝の数を競う皆には加わっても確実に叶わないだろう。
とはいえリラにはそれでいいのだ。
日頃冷静な羽月や葵までもが微妙ながら競争心を見せ、穏和な笑みがまず浮かぶ聖や遠夜もまた数を申告しては砂を浚う音を早める。
そんな、日頃の空気のまま少し違う遣り取り。それを聞くことだけでも彼女には幸せを実感させるのだから。
リラ:「ふふ」
聖:「楽しそうですね、リラ」
熊手の動きを傍らで見るきじの顔がくい、くい、と合わせて振られる様子に唇を緩める。影が静かにさしたのはその辺りで、聖、と呼ばわると笑みで返された。
バケツを下げて腰を下ろす。
リラ:「もしかして皆で競争してる?」
聖:「いいえ……まあちょっと、お互いの貝の数が気になるだけですから」
リラ:「だから聖のバケツも一杯なんだね」
聖:「ちょっと頑張り過ぎたかと今凄く思ってます」
はい、ときじの前にアサリを転がしつつ聖。
尻尾をふりふり凝視する猫の姿を並んで見守る。
聖:「朝も随分早かったですし疲れていませんか?」
リラ:「ううん大丈夫。ありがとう聖」
いいえと笑顔を湛えたまま聖は首をふり、リラの帽子を「失礼」と前置いてから整えてやる。そうして丁寧な指先が次いで未だに貝と睨み合うきじを撫でてからバケツを持つと、彼は再び貝探しに戻って行った。
入れ替わりのように近付いて来たのは葵だ。
聖と同様にバケツを下げてそれをまず置いたところまでは一緒だったが、ついでのようにみけを連れて来たのにぱちくりとリラは瞬きをひとつ。
葵:「バケツに入ろうとして転がってたぞ」
きじの隣に置いてやると、みけは早々にきじの前の貝を手でころりと動かし出した。
瞳を和ませてそれを見るリラを葵は見る。しばし様子を観察してから無理はしていないと判断してバケツの中に手を入れて一つ二つを差し出した。
彼の懐から覗く白猫に小さく手を振って挨拶していたリラが目線をそれに落とす。アサリよりも大きめの貝だった。
リラ:「ハマグリだね」
葵:「結構混ざってる」
リラ:「そうなの?じゃあ……お吸い物にいいかな……」
葵:「厨房借りるんだったか?」
リラ:「うん。お願いしてお昼に」
貝を採れば新鮮なそれを食べたいと思う者も多い。
客のその希望全てに応じるのは厳しいからと、客が自身で調理も出来るように場所が別に確保されているという。魚を捌いたり程度は応じてくれるし、朝のように釣った魚を焼いて、くらいも拒まない。
ちょうど良い宿を選んでおいたものだった。
葵:「それで、アサリは?」
やたら採れたがどうする、と言う葵の傍らのバケツも聖のものに負けず劣らず大量だ。幾らかは戻すとしても……まろぶ猫達を視界の隅に収めて考えていると、追加の一匹が下ろされた。当然それは茶虎。
羽月:「遠夜が『スパゲティもおいしいな』とのたまっていたんだが」
リラ:「羽月さん」
羽月:「茶虎がバケツから貝を掘るので、連れて来た」
しかしウォッカは落ち着いたものだな。
言いながらリラを挟んで葵の懐を覗き込んでから膝を曲げ、見せたバケツの中身はこれも大漁。これはもう遠夜も同じ状態のバケツを抱えていることだろう。
羽月:「葵さんもハマグリを見つけていたのか」
葵:「かなり一緒に転がっているみたいだな」
ひたひたと、訪れたときより随分と逃げた波打ち際を望みながらリラは二人の会話を聞く。
アサリ、アサリ、と考えてふとウォッカを見てしまうと酒蒸しなんかも候補に上げてしまうけれど、昼食だし場所を借りるわけだし。
リラ:「アサリスパゲッティかな……」
結論を出すと、聖がしてくれたように帽子をかぶり直して振り返る。
丁度遠夜がこちらを見ていて手を振って来た。
振り返しつつ親友の銀髪が眩く陽を弾くのを見て考えたのはやはりというか。
リラ:「……トマトソースも合うかも……」
どこまでも聖の苦手食材克服に真摯なリラである。
呟きを聞いた羽月が葵と視線を交わし、僅かに笑んでいた。
ちなみに、昼食のアサリ(をメインにした)スパゲティがトマトソースで彩られたかは置いておく。
** *** *
――聞こえるのは波と微かな靴音ばかり。
夜の散策は、気付けば二人だけだった。
猫達は連れているがそれでも二人きりだ。
気を回してくれたのかもしれないし、こっそり窺っているのかもしれないし、単純に海中から覗く光に見惚れる間にはぐれたのかもしれない。
そのどれであろうとも問題はないけれど。
きゅ、と手を繋ぐ。
細い指に剣を握る者ならではの硬い手が触れる。
一瞬だけ視線を交わして羽月はリラと微笑み合った。
羽月:「良い旅だな」
リラ:「はい。素敵な旅行です」
にゃあと猫達までが鳴くのにまた笑う。
遠く見る海面にはちらちらと何かが覗いては光る。
それは月明かりでなく、今は暗い海の中からの。
リラ:「綺麗ですね」
羽月:「ああ……ホタルイカ、の類だろうが美しいものだ」
言葉少なく、握った手と抱いた仔達の温もりに心を休ませて二人は夜風に髪を躍らせていた。
無論、三名は承知の上である。
葵:「どうせ大した時間じゃない」
聖:「リラも話をしたいでしょうしね」
遠夜:「倉梯さんも聖も優しいなぁ」
多分、リラの為。羽月についてはそこまで甘やかしはしない気もする男連中。
楽しそうな遠夜に聖も笑い、葵は丁度良いとばかりに煙草をふかしつつ言葉を交わしていた。
聖:「遠夜さんもここにいるじゃないですか」
遠夜:「そりゃ、だって」
それは砂抜きには時間もそれなりに要るからと、下拵えだけしておいて大小の土産物屋を覗いてみたときのことだ。
リラが小さな頭を帽子ごと傾けて考え込んでいる様子であるのに遠夜は声をかけた。
遠夜:「何か良いものがあった?」
リラ:「遠夜さん……いいえ」
可愛らしい小物がリラの前で広げられている。
どれもが彼女らしいとは思ったけれどきっと自分の為の土産ではないのだ。
リラ:「なにか、お揃いになるかな、と思って見ているんですけど……」
遠夜:「うん?」
リラ:「この貝殻で作ったものなんて可愛いんですよ」
遠夜:「ああ、そうだね。これは可愛い」
でも何か問題が?と言外に問うとリラはほっそりとした指先を口元に寄せてからまた首を傾げ、一度振り返った。そこには同様に何かを選んでいる羽月の背中。相談しているのかもしれない葵の背中も一緒にあった。聖は別の棚に。
彼らを見、そして遠夜も見てからリラは再び小物を見る。
彼女が示したのは貝の欠片を研磨して連ねたものだとか、二枚貝を柄布で覆い鈴を添えているものだとか、懐かしさを覚えるものだ。
遠夜:「壊れそうで怖いとか?わりと丈夫だから平気だよ」
リラ:「そうじゃないんです。ええと……音がしたら困るかな、って……」
言葉を探す少女が、ほらお仕事で、と続けたところで遠夜も得心した。
自分たちは依頼をあれこれと受ける関係で探索や戦闘も含むことがある。そういったときの隠密行動などを気にしたのだろう。
気にしなくていいのに、と思いながらつまりリラは日常の中で身に着けておけるものが欲しいのだと知れた。
ふと息をゆったりと零して遠夜はリラの肩に手をかける。
目線が同じ程度の高さになるようにと屈んで一緒に土産物を眺めてから、離れた場所からひとつ手に取って。
遠夜:「鈴は取れば済むけど勿体なくてリラさんも躊躇うだろうし」
リラ:「出来たらそのままが、いいです……」
遠夜:「うん。だからこっちの、これ――ちょうど、大きいものを聖が広げているね」
え、と見た先では遠夜が示したものよりも大きな布を広げる聖の姿。
大きな分だけ特徴的な煌きも顕著だった。
遠夜:「あっちは鋏入れなきゃ駄目だけど、これなら結ぶだけだし」
リラ:「……これ、貝殻……ですか?」
その言葉には遠夜より先に店の者が頷いた。
綺麗、と揺れる声でリラが言う。
リラ:「なんだか、海みたい」
更に幾つか手に取って眺め出す。
まとめればそれは薄青い布に小さな粒があって、成程海のようにも見えた。
そして光に透かしてみるリラの呟きに遠夜はただ笑むばかりだったのだ。
リラ:「……羽月さんの、目の色……」
そんなことを聞いてしまえば、流石に多少は二人で歩く時間くらい作ってやろうと思いもしよう。
幸せ者めと羽月に対して呟いたのは誰なのか。
聖:「もう少ししたら声をかけて合流しませんか」
葵:「ああ、いい加減充分だろう」
思い返して話した遠夜が唇を閉じたところでそれぞれに静かに海を見ていた三人は、ややあって夫婦の出迎えに立つことにした。もう充分なはず。なにより旅先だからとはしゃげばリラが調子を崩しかねないし。
遠く見える海中の光を眺めながら歩き、途中で遠夜が葵に問うた。
遠夜:「そういえば羽月は何を選んだのかな」
葵:「……同じようなことしてたな」
煙草を片付けて葵が応えるのを聞き聖が笑う。
リラ達も海中の光を眺めつつ歩いているだろうから追いつくのも容易いはず。
――聞こえるのは波と微かな靴音ばかり。
** *** *
葵:「陽が強い。かぶっとけ」
ずっとずっと楽しみにして、指折り数えて待った旅行。
はしゃいでしまうのも仕方無くて、そんなリラに忘れ物だと帽子を乗せてやったのは葵。
リラお手製のお弁当は五人分だけあって大量だから、男達が手分けして持って歩く。
村といいながら巷の街より余程活気のある道をきょろきょろと見ては声を上げ感心し。
聖:「さすがに漁業で有名な村なだけありますね」
遠夜:「うん。きっと美味しい魚が食べられるよね……今の旬といえば」
あれこれと挙げていく遠夜にリラがふんふんと耳を傾ける。
河川を船で移動する間は聖がそつなくリラの体調を気遣い、葵はたった今のようにさりげなく気を回す。遠夜も海産物に思いを馳せているかと思えばリラに細かな解説までし。
羽月:「…………」
ふ、と息を吐いて羽月は猫達がおそらくは中で身じろいでいるだろうカゴを握り直した。
別段自分が彼女に関心を向けていないわけでではないのだが(むしろ彼らに負けぬ程に気に掛けていると断言出来る)どうにも出遅れている気がして、つまり微妙な情けなさや悔しさがあるわけで。
いかんいかん、とかぶりを振って気を取り直す。
リラ:「羽月さん!」
振り返りつば広の帽子の下から満面の笑みで頬を染めて自分を呼ぶ。
その妻の姿に頷いて足早に彼女の元へと寄って行った。
そんな往路の光景があったのだけれども。
――なにやら繰り返してはいまいか。
帰路の船に向かう道すがら、到着したときとは異なる感慨で周囲を眺めながら一同は歩いているのだが、奇妙な既視感を羽月は感じていたり。
いやこれは既視感ではない。
聖:「素晴らしい場所でしたね」
遠夜:「うん。今度は違う季節もいいね……そうすると旬のものは」
猫達を預かって歩く羽月の前でリラが髪を揺らして地元の子供と話している。
帽子、と思ったところで葵がつば広のそれを彼女の頭に乗せた。
葵:「これだけ強い日差しだ。忘れるとことだぞ」
ふ、と息を吐いて羽月は歩を進める。
誰も彼もがリラを大切に想っているからこれはもう仕方が無い、はず。
羽月の少し先にいたリラが振り返り、つば広の帽子の下から満面の笑み。
唇が綻んで声が零れて。
リラ:「羽月さん、帰りましょう」
夜の色、朝の色、宵の色、夕の色。
海も空も、境目が曖昧で一枚の布みたいに。
それが皆の色みたいで、と紅一点が選んだ土産を受け取るのは王都に戻ってからのお楽しみとしよう。
end.
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