<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


花屋と小人

 その日も天気のいい日だった。朝、まだ少し早い時間。
 その店の店主は今日も忙しそうに仕事に追われていた。
「あの、お手伝いを募集されているとあったのはこちらでいいですか?」
 沢山のガーベラが入ったバケツを持っている男性に聞えてきたのは女性の声。
 店主らしき男性はバケツをもったまま声のした方向に自然と顔を向けた。そこに立っていたのは儚い印象を受ける女性がひとり。
「はい?」
「お手伝いを………募集されていませんでしたか?貼り紙を見かけたので、私でよろしければと思いまして」
 重くなってきたのか男性はバケツを地面へと置き、女性のほうに向き直った。
 思わず尋ねるような言葉しかでてこなかった、自分は張り紙などしてないのにお手伝いにとやってきてくれるひとがココ数日後を絶えない。
 不思議なことが続く、また今日もこうして知らない女性が手伝ってくれるといってやってきてくれる。
 不思議なことに慣れてしまったのか店主は笑って答えた。戸惑いがちに言葉を続ける女性に。
「えぇ。ありがとうございます。助かります。僕はエイトといいます、よろしければお名前聞かせていただけませんか?」
「あ、はい。私はエメスといいます。よろしくお願いします」
 戸惑った表情と言葉だった店主の様子が変わり、笑顔でお願いすると言われればエメスもまた小さく微笑み返し頭を下げた。
 二人同時に頭を上げれば顔を合わせて笑う。
 不思議なめぐり合わせに感謝していたのは店主のエイト。
「じゃぁ、何をお手伝いしてもらおうかな」
「あ、あの。私接客してます。接客ならできると思うので………」
「そうですか。なら、今日は1日お店お任せしますね。その間僕は裏で注文されているものをつくっているので、分からないことがあれば聞いてください」
「はい、わかりました」
「あ、それからこれ。使ってください。」
 接客を申し出てくれたエメスに、のんびり首を傾げながら言葉を返して行く。
 エメスが了承の言葉と共に頷くとエイトは運んでいる途中だったバケツを運び、その後エメスに差し出すもの。
 エメスが不思議そうに首を傾げてエイトの手にあるものと、エイトとを見て。
「なんですか?」
「エプロンですよ。そのままでお仕事してもらっていて、着ているものがよごれては大変ですから」
「ありがとうございます」
 エメスはエイトの手にあるエプロンを受け取り、その小さな気遣いにまた頭を下げる。エイトはその様子を見ては小さく笑い、自分は制作するために花を選び取り小さな水の張ったバケツに移していく。
 裏にいるから後はよろしくと、エイトは今日の分の制作に取り掛かることにした。
 エメスは、よし。とひとり小さく気合を入れてエプロンを身にまとう。
 高い場所にあるお日様を眺めて笑い。
 エメスの花屋での1日が始まった。 


 とは言えども、小さな花屋にそんな急にお客が来ることもない。
 エメスはそのまましばらく店頭に立っていたのだけれども、あまりの手持ちぶたさに立てかけてあった箒を取り出し店の前の掃除をはじめる。
 沢山のバケツに沢山の花が色とりどりに花咲いている。
 なんだか自然と心がやわらいで行くような気がする。
 店の前を箒で掃いていれば先ほどから、5、6歳の少女が店の前を行ったりきたりしている。
 その様子を箒を持ったまま眺めていれば、ふいっと少女がエメスの方を見た。
 がっちり二人の視線は絡み合ってしまった。
 それに慌てたのは少女のほう。
 あわわわー。とびっくりしたように慌てて視線を外してまた店の端まで歩く。と、ちらりとまたエメスの方を見た。
 その様子にエメスは首をかしげていたが、持っていた箒をまた元あった位置に立てかけるとしゃがみこみ、少女に向かっておいでおいでをしてみた。
 少女はじっとその様子を見ていて、エメスの手の動きにつられるかのように近寄って行く。
「お嬢さん、なにか欲しいお花でもあるのかしら?」
「え?うん、あのね。」
 エメスが近くなった距離の少女に声を掛ける。
 その言葉に少女は驚いたような声を上げてから、なかなか続きを言い出せずにもじもじと下をみたり並んでるお花を見たりしていた。
「うん?誰かにプレゼント?」 
「…………うん。あのね、ママがお熱で元気がないの。だからお花をプレゼントしたいんだけれども…………」
 ぼそぼそと、エメスの言葉に誘われて少女は言葉を紡ぎだす。視線はエメスのあとその向こうに咲き乱れる花を眺めてははぁー。と小さな肩を落とす。そっと小さな掌をエメスの方に向けて握り締めていた手を開けた。その中には少女のお小遣いであるらしき小銭がすこしだけ握られていた。
「これじゃぁ、お花買えないよね?」
 少し残念そうに、少し寂しそうに。
 エメスの方を見て、掌の中のお金を少し恨めしそうに見て、咲き乱れる花を見つめた。
「そんなことないわ。きっと素敵なお花買えると思うわよ」
 エメスは立ち上がると、そのまま少女の頭をぽんぽんと撫でる。
「沢山は無理だけれども、あなたが好きなお花を選んであげればままも喜ぶと思うわ」
「そうかな?そうかな?」
 沈みがちだった少女の顔に笑顔が戻ってくる。
「どんなお花が好き?」
「あのね、赤くてね丸いお花が好き」
「赤くて丸いの…………」
 少女の言葉をそのまま呟きながらエメスは、両手を腰に宛がって首は傾げて並んである花を見つめる。
 花を辿って行く視線がふっと止まった。その先にある花は先ほど店主が運んだガーベラのささってるバケツ。
「ねぇ、お嬢さん。このお花はどうかしら?」
 エメスは赤いガーベラを一本抜き出して、少女の前に良く見えるように差し出してみた。
 赤い色、全体的には丸い花。
 大きい花は一輪でも絵になる。
「かわいいね、おねえちゃん」
 花を大きな目で見つめる少女。じっとその花の中心を見るのだから、少しより目になる。その表情がとてもかわいらしくて、エメスの顔もほころぶ。花をひとしきり眺めてから、少女はエメスを見上げて笑った。
「他にはどんなお花がいいかしら?」
「うーん」
 少女はエメスの言葉に、両方の掌を頬に宛がって考え込む。恐る恐る花の入っているバケツに近づいてはそっと眺めたり、においをかいだりして。
「ママどんなのあげたら喜ぶかなぁ?」
「そうねぇ」
「ママの好きなお花知ってる?」
 いろんな花がありすぎるせいなのか、少女はひとりでは決められずにエメスに尋ねてしまう。
 そうしてその言葉を汲みながらエメスが聞き返す。
「うんとね、ママ。ご飯食べるテーブルの上にお花を飾るの」
「その時どんなお花飾っているのかしら?」
「綺麗なのがイッパイでね。うーん。このお花と良く似たのもあったし、こっちのお花もあったかも」
 そういって少女が指し示す花を目で追って行く。
 百合と薔薇を指し示した少女の指。
「じゃぁ、こういうのはどうかしら?」
 赤いガーベラに似合うようにエメスは淡いオレンジのミニ薔薇を一本引き抜いて、ガーベラとあわせて少女に見せる。
「………わぁ」 
 少女は両手を頬に宛がったまま、感嘆の吐息を吐き出した。
「すごいね。おねえちゃん」
 一輪だけよりも豪華に見栄えがする小さな花束。
「これでいいかしら?」
「うん。だけど………お金」
「大丈夫よ、だってお花2本だけだもの。お釣りがでるもの」
「本当?」
「うん、本当」
「じゃぁ、じゃぁ。おねえちゃんそれお願いします」
 少女はかわいらしく頭をぺこんと下げて、まだ握り締めている小銭をエメスのほうに差し出した。
 エメスはそこから硬貨を二つつまみ上げる。
「ありがとうございます」
 その言葉に少女は、えへへへへ。と少し恥ずかしそうな笑顔でエメスを見返した。
「じゃぁ、すこし待っていてね。綺麗な良く似合うリボンを掛けるから」
「うん」
 少女は満面の笑みで頷き、大人しく待っている。
 エメスは赤いガーベラ一輪と、ミニ薔薇の枝一本をバランス良く配置するとオレンジ色の大き目のリボンを引っ張り出し小さな花束を作り出す。
 小さな花束を作るにはそんなに時間はかからなかった。 
 出来上がった綺麗に包まれ、オレンジ色のリボンをつけた花束を少女へと差し出す。
「お待たせしました」
「ありがとう、おねえちゃん」
 少女はぺこんと頭を下げてお礼を言うと、家路に急ぐのだろうか駆け出していった。
 何度も何度も振り返ってはエメスに向かって手を振りながら。
 少女の姿が見えなくなってからでも、エメスは少女の笑顔が嬉しくて少女の駆けて行った方向をしばらく眺めていた。
 少女が喜んでくれたことが何よりもうれしくて。
 余韻を惜しむように切り落としたリボンの端切れなど、作業台のうえに散らばったものを片付けだす。
「あの、すみません」
 背後から声を掛けられた。
 声に反応してエメスはゆっくりと振り返った。
 少し離れた場所に立っていたのは、20歳前後の男性が立っている。ちょっとそわそわしてるのはこんな店に普段立ち寄らないからだろうか。
 エメスは素早く後片付けを済ませると、男性の方に近づく。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「えぇ」
「何方かにプレゼントですか?」
「はい。そうなのですが………」
 エメスは柔らかい笑みを浮かべて男性に尋ねる。それでも男性はどこか落ち着きなくそわそわと花を見たり、ちらちらエメスを見たりしてすこし落ち着きがない。
 あらあら、どうかなさったのかしら。というのはエメスの心の中の声。
 しどろもどろな受け答えの男性を見やりながら、なんとなく小首をかしげた。
「いや、あの…………………………………彼女に花を贈りたいんです」
「あら、素敵ですね」
「えぇ、でもどんな花がいいのかとかわからなくて」
「お誕生日とかですか?」
「いいえ。あの、とても恥ずかしいのですが」
 意を決したように、男性はゆっくりと視線は落ち着かないまま言葉を続けて行った。
 素敵な贈り物に、エメスはまぁ。と顔を綻ばせる。
 あまり言葉の続かない男性にエメスは、その先を促すようにたずねて行く。
 そうして男性は一端言葉を区切って、大きく深呼吸をする。
「プロポーズをしようと………思って」
 最初の語句は強くはっきりと、けれどもその後は小さく尻すぼみになっていく。
「それじゃぁ、とても素敵なものをつくらないといけないですね」
「どんな花が喜ぶとか、どんな花が好きとか全然わからなくて」
 困ったような笑みを浮かべて男性は自分の頭に片手を乗せて、くしゃくしゃやりだした。
「じゃぁ、お客様の想いを乗せてみてはいかがでしょうか?」
「え?」
「花言葉に想いを乗せてみてはどうでしょう?」
「あぁ、いいですね。それ」
「そうですね、例えばこれなんかだと…………愛情とか、熱烈な恋。なんて言われてますよ?」
 エメスの言葉に一瞬なんのことだかわからないような表情を向ける男性。その彼にわかりやすいように説明を足しながら、エメスは一本の赤い薔薇を手に取り、その花言葉を言ってみながら男性の様子を伺う。
「あ、あぁ、そうなのですね。…………それなら………大切とかそんな花言葉の花はありませんか?」
「そう、それなら。これがいいかもしれませんね。あなたを大事にします。なんて花言葉があります」
 エメスが言葉を続けながら選んだのはアイリスの花だった。
 この時期に咲くわりと大きな花。
 その花弁はまるでオーガンジーのように繊細で、風に吹かれればひらひらしていた。
 男性はその花をじっと見詰めた後、エメスのほうに顔を向けた。
「じゃぁ、この花でお願いできますか?どういうのが女性が喜ぶとかわからないので、お任せで花束をひとつ」
「はい、わかりました」
 エメスはにこやかに返事をすると、さらにアイリスをバケツから取り出しプレゼント用の花束を作って行く。
 女性が好むようにかわいらしく、愛らしく。
 それが愛のカケラのように、丁寧につくっていった花束。
 花に良く似合うリボンを掛けて、エメスは男性へと手渡した。
「お待たせいたしました」 
 できた声を掛ければ、男性は出来上がった花束を見て顔を綻ばせた。
 きたときのそわそわ感はなくなり、出来上がった花束を嬉しそうに受け取る。
「ありがとうございました。これでがんばれそうなきがします」
 そんな言葉を残して、花束を抱えて店を後にする。
 エメスはその去り行く背中くを見送りながら、アイリスの花束を抱えた彼がどんな告白をして、告白を受けた女性がどんな表情でその愛の言葉を聞き、花束を受け取るのだろうかと想像してみたりした。
 それからものんびりとした時間の中、お客は珍しくひっきりなしにやってきた。
 まるで今日はエメスがいることを知っているかのように。
 お客はエメスを頼りにして、尋ねたり些細な会話をしたりしながら対応していた。
 鉢植えを購入してくれた、お客にはその詳しい育て方がわからないと言われれば丁寧なメモを添えて渡したり。
 ひとりひとりに丁寧な接客をし、すこし暇があり時間があいたりすればバケツの水を変えたり、店の前をマメに掃除したりとエメスはエメスなりに有意義な花屋での1日を過ごしていた。


「ありがとうございました」
 ふいっと掛けられた声。エメスは其方に向いた。
 向いた先に立っていたのはエイトだった。
 にこやかな笑顔をエメスに向けて。
「おかげさまではかどりました」
「それは良かったです」
 笑顔の後に続いた言葉にエメスもまたにこやかに返した。
「それにエメスさんにお店を任しておいた方が、お客さんも多かったですし」
「いえ、そんな。きっとたまたまですよ」
 エイトの言葉にエメスはすこし照れたような口調で、慌てて否定をする。
 本当に私は役に立ったのだろうか。
 誰かの役に立ち喜ばれることはうれしい。
 その誰かのために働くということは本当の私の気持ちなのだろうか。
 目の前で笑顔を向けて、助かったという店主を見る。
 その言葉が、笑顔が、嬉しいと思う。
 その気持ちは偽りがないような気がする。
「今度は僕がエメスさんにお礼をしたんですが………大したお礼はできないのですが」
「い、いいえ。そんなお礼だなんて。私は…皆さんのお役に立つのが役目なのですから」
 エメスがお礼という言葉に、自分の顔の前で大きく手を左右に振り断りの言葉を放った。
 エイトはそれを不思議そうに聞いていた。うん?とかちょっと首を傾げたりしながら。
「でもそれだと、ちょっと僕が困りますね」
「何故?」
「折角頂いた好意になにもお返しできないのは、少し寂しいですから。僕の我儘だと思ってこれを貰ってはくれませんか?」
 今度はエイトの言葉にエメスがうん?と首をかしげる。どうして彼はそんなこというのだろうと。
 自分は特別なにか見返りを求めて手伝ったわけじゃないのに、気が済まないという。思わず疑問の言葉が口からでてしまう、表情は変わらず不思議そうなままエイトを見つめて。
 そうしてエイトから差し出されたのは花束。
「お好きな花かどうかはわからないのですが、僕からのほんの小さなお礼です」
 何のことだか分からない、ちょっと考えるだけの時間が必要だった。それが自分に向けられていることに気がつけば、ゆっくりとした動作で受け取った。 
 手の中にある小さなブーケ。かわいらしい色とりどりの花で作られたそれをエメスは穴が開くほど見つめる。それから目の前のエイトを見た。
「あまり気に入りませんでしたか?」
「あ、いいえ。そういうわけではなくて。そのあんまり人からモノをもらうとかいうことがなくて…………」
 なんともいえない気持ちが胸に広がる。
 その気持ちを言葉にしようと思うのだけれども、上手く言葉になることはなく語尾は次第に小さくなり、しどろもどろになってくる。言葉の途中からエイトをみていられなくなり、下がった視線は自分の手の中で咲くブーケへと落ち着く。
 大きく深呼吸した。
 胸がなんだかいっぱいになる。
 人からなにかしてもらえるということ。
「ありがとうございます」
 自然と出てきた言葉はお礼の言葉。
 落ちてブーケを見ていた視線は上へと向けられて、エイトを見ては笑った。
「いいえ、どういたしまして。喜んでもらえたのなら、僕も嬉しいです」
 人の役に立ちたいという思いは自分の気持ちなのか、それとも作られている気持ちなのかまだ判断しかねるけれども………。
 こんな心穏やかな日であれば、どちらでもいいようにさえ思えてくる。
 もう一度エメスは手に持ったブーケを見つめて、そっと鼻先に近づけそのにおいをかいでみた。
 柔らかい春の匂いが詰まっているような気がした。
 
 誰かのために何かするということは決して悪いことじゃない。
 誰かに何かしてもらったときの胸を占める暖かい気持ち。
 ただのんびりと過ぎた1日。
 花屋の店員として働きいろんな人に関わって。 
 その度に見ることができた笑顔は、エメスの中での宝物のようで。
 帰り際すこしその場所から離れるのが名残惜しくて、幾度となく花屋を振り返りながら帰路に着いた。
 手にはしっかりブーケを抱えて。

―――――――――fin





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3201/エメス/女性/19歳(実年齢3歳)/異界職


NPC
花屋の店員→ エイト/男性/25歳/flower shop 〜 Symphony in Cの店主でフローリスト




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■         ライター通信          ■
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エメス 様

はじめまして、こんにちわ。
ライターの櫻正宗です。
この度は【花屋と小人】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加いただきうれしい限りでございます。

純真無垢なエメスさんの雰囲気を大事にして書かせていただきました。
ひとりひとりに丁寧に接客されるだろうと想い、こんな風な1日となりました。
のんびりと花屋で過ごした1日はエメスさんにとって良き想い出になっていれば嬉しい限りです。
口調や、仕草など。これで大丈夫かなと不安に思うところもあるのですが、
こちらとしてはエメスさんの人に対する優しさに心打たれました。
書かせていただかせて、ありがとうございます。

それでは
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会えることを祈りつつ。

櫻正宗 拝