<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『弟子入り志願〜可愛いお弟子さん〜』
●目覚めのひと時
「う……ん……」
寝台の中で、グリム・クローネはまどろみの中から覚醒しつつあった。
窓から差し込む朝日がベッドにまで届いており、気持ちのいい一日の始まりを告げている。
「そーっとそーっと……」
隣で寝ているカイ・ザーシェンを起こさないように、少しずつ少しずつベッドから降りるグリム。
もっとも、その試みが上手くいった試しはない。
どんなに遅く帰ってきたとしても、グリムが起きた時には目を開けるカイであった。
「うー……もう朝か……?」
ほらね。
「昨夜は遅かったんでしょ? もう少し寝ていたら?」
かすかに酒の匂いが鼻につく。
テーブルの上においてあった水差しからコップに移し、グリムは彼に渡してあげた。
フリーウインド領にいた頃と違って、昔の仕事に近い生活をカイは送っていた。無論、悪事を働いているわけではない。
冒険の報酬で生活の方は十分賄えるのだが、カイなりにいろいろな情報収集の手段を確保しておきたいという意図もあるらしい。それについては、グリムは一切口出しをしない事にしていた。
「今、朝ごはんの支度するから。ちょっと待っててね」
何かと相談事を受ける機会も多くなり、すれ違いも多くなってきた。
それでも、絶対に時間を合わせられる朝食だけは一緒に食べるというのが、カイなりの優しさであったのだろう。
「今日も出かけるの?」
「いや……予定は入れてない。なんか服を見に行きたいって言ってただろ? 今日でいいか?」
日頃、どれほどちゃらんぽらんに振舞っていても、グリムの言葉を忘れる事はしない。いろいろと頼まれ事が多いのも、そういう細かい心配りが出来るところに所以があるのだ。
もちろん、その気持ちはグリムも嬉しく思っている。
「じゃ、お昼前に出ようかな……あ!」
「ん? どうした?」
朝食の用意はグリムの分担であった。別に、階下に行けば簡単な食事は取れるのだが、朝は大体前日の残りものというのが酒場のパターンだ。この街に来てからというもの、朝食だけは下で摂らないようにしている。
いつもは美味しいパン屋さんを見つけたので、そこから買ってきていたのだが。
「ごめん。昨日、ジェスに分けてあげたんだった……」
友人の料理の腕前は殺人的だ。
いつもはジェイクが何か簡単に作っているのだが、昨日は珍しく向上心が湧いたらしい。グリムの部屋に来た時にパンを持っていったのだった。
グリムは簡単に身支度を整え、カイを振り返った。
「焼きたてのパンを買ってくるね。ちょっとだけ待っててくれる?」
ベッドで二度寝をはかろうとする恋人の頬にキスを残して、彼女は部屋を出て行ったのであった。
●朝の街並み
「ふんふんふ〜ん♪」
どうやら今日もいい天気のようだ。
ついつい、石畳を行く足取りも軽くなりがちである。
お目当てのパン屋さんは、ジェントスの街の外れに位置する。
ご主人は腕のいい職人さんで、もっと立地条件のいい場所にとの声もあったのだが、祖父の代から続いてる今の店にこだわっているらしい。
やや早足で歩いていると、向こう側からパン屋のおかみさんがやって来るのが見えた。
何やらせわしなく辺りを見回している様だが、何かあったのだろうか?
「おかみさ〜ん、どうかしたんですか?」
「ああ、グリムちゃん。うちの坊主見なかったかい?」
「え、ライスくん?」
来たばかりの頃、街の事が分からない彼女にいろいろと教えてくれたのが、おかみさんであった。元来が子供好きであるグリムは、よくこの家の男の子と遊んであげていたのだ。
「いえ……何かあったんですか?」
「パン焼きの手伝いをしていたと思ったら、どっかに行っちまったようでね。最近、森の方に行く事が多くて叱ってやったばかりだったから……」
最近は何やら剣の真似事まで覚えていたらしい。
「大変! 森の方は、あたしに任せてください。おかみさんは心当たりをもう少しあたって!」
二人は手分けして少年を探す事にした。
何事もなければそれでいい。だが、危険とは常に日常と隣り合わせにあるものなのである。
冒険者であるグリムは、その事をよく知っていた。
●銀星、流れる
「ライスく〜ん! どこにいるの〜! いたら返事をして〜!」
森の中に踏み込んだグリムは、人の気配を探しながらあちこち走り回った。
エルフである彼女にとって、森の中は庭みたいなものである。異変があればすぐに感じ取れるはずであった。
だが、日差しが注ぐ入り口付近には人の気配はなかった。
一度戻るべきか、もう少し奥へ行ってみるべきか。
グリムが悩んだ、その時であった。
「!」
微かに。ほんの微かにだが、森の奥から少年の声が聞こえた。鋭敏なエルフの耳でなければ感じ取れなかっただろう。
グリムはワンピースの裾をひるがえし、奥に向かって駆け出していった。
するとそこには、崖を背にして二体のゴーレムに囲まれている少年の姿があった。
「ライスくん! くっ、茜色の朝焼けよ……!」
とっさにジュエルアミュートを装着するグリム。
『ザ・ルビー』だけは片時も離す事なく身につけている。だが、さすがにエクセラまでは持ってきていない。
少年に振り下ろされようとしているゴーレムの腕を見て、彼女は反射的に飛び込み、彼を抱きかかえた。
「あうっ!」
アミュートを纏っているとはいえ、背中に受けた衝撃により、一瞬息が止まる。
華奢なグリムの体にはこの一撃が応えた。
返しの一撃で回し蹴りを放ったものの、軽くかわされてしまう。それでも、間合いが開いたのがせめてもであった。
(シャドウフィールド……? ううん、こっちが不利になる恐れがある。ここは……!)
少年を庇うようにして前に立つと、グリムはアミュートから精霊力を放出させた。目の前のゴーレムから漂う異様な気配に、彼女は自分の持つ最大の攻撃魔法を唱える事を決めたのだ。
開いた両手の間に、淡い光で形作られた弓矢が出現した。ムーンアローの強化版である。
「月光よ! 立ちはだかる敵を貫け!」
放たれた矢は、確かにゴーレムの一体を捉えた。元々、絶対命中する魔法の矢である。しかし、歪に変形したその装甲に弾かれるようにして、それは掻き消されてしまった。
「そんな……」
通常のゴーレムであれば、倒せずとも腕の一本くらいは破壊できる威力を持っているはずだ。それが殆ど効いている気配もないとは……。
(……)
エクセラ無しで勝てる相手ではない。とっさにグリムは悟った。それでも彼女は絶望はしない。
自分を囮にして、少年を逃がす事をグリムは決心した。威力を落としてでも、連射すればゴーレムはこちらに気を取られるだろう。その隙にライスくんを逃がそう。
それが、彼女の描いたシナリオであった。
「いい……? 次にあたしが魔法を放ったら、左側から一気に駆け抜けるのよ。そして街で助けを呼んで来て。出来るよね? 男の子だもの」
「う……うん。でも、グリムは……?」
「あたしなら大丈夫。森の中なら逃げ切ってみせるから」
それが出来るとは、さすがにグリムも思ってはいない。それでも、少年を励ますように彼女はにっこりと微笑んだ。
「いい……? いくわよ!」
グリムは右側に跳びながら、ムーンアローを目の前のゴーレムに放った。
それはゴーレムの手前で大きく弧を描き、もう一体の頭の部分に命中した。ムーンアローならではのトリックプレイである。
弾かれたように走り出す少年。
グリムは彼を牽制する為に、もう一度ムーンアローを唱えようとした。だが、頭部に魔法を喰らったにもかかわらず、ゴーレムはすぐさま少年を捉えようと動いていた。
「駄目ぇっ!」
魔法を放とうとするグリムに、目の前のゴーレムが拳を叩きつけた。
小さな彼女の体は大きく吹き飛ばされ、崖に叩きつけられる。
全身を激痛が走る中、それでもグリムは少年の事だけを案じていた。
(お願い……誰かライスくんを助けて……誰かっ……!)
少年の背に、拳を振り上げたゴーレムが迫る。
その時であった。
「重圧の波動よ!」
無形の衝撃波が一直線に走り、ゴーレムに炸裂すると、その体を後方へと弾き飛ばした。
少年が駆けていく道の向こう。
そこに、一人の女性が立っていた。
深紅の襟の黒マントを靡かせる姿は、まさに威風堂々たる振る舞いを見せつける。
「ゼラさん!」
「ゼラ姉ちゃん!」
二人の声が重なる。
走り抜けた少年は、ゼラ・ギゼル・ハーンのもとに辿り着き、そのマントに包まれた。
「街の近くにまでこんなものが近づいているなんてね……私も迂闊だったわ」
少年を街の方向にそっと押し出し、自身はゴーレムの前に近づくゼラ。
一見すると優雅に歩いているようにしか見えないのだが、気がついた時には間合いが狭まっている。
近接戦闘における高等歩法の一つであった。
「去れ、ガラクタが」
マントから抜き出された手に、いつの間にか長刀が握られていた。
先程の魔法でも、致命傷には至っていないらしい。弾き飛ばされはしたものの、ゴーレム自体の動きに異常は感じられなかった。
キン!
無造作に振り下ろされた……はずの長刀の動きは、グリムの目でも追えなかった。しかし、ゴーレムの装甲はそれを弾き返す。
「気をつけてください! そいつら普通のゴーレムじゃありません!」
「因子強化型か……」
小さく呟くと、ゼラは一度下がった。
刃で自らの人差し指に傷をつけると、その血で長刀にまじないを書きこむ。
銀色の輝きが、よりいっそう強くなったように感じられた。
次の瞬間。
ザシュッ!
一度は弾かれた装甲を、長刀はやすやすと斬り裂いていった。
ゴーレムはそれでもじたばたと動いていたものの、やがて動きを止めた。
(すごい……この人、本当に強いんだ……!)
グリムが息を呑む
『あの』ジルの師匠である。半端でないとは思っていたが、流麗な剣捌きと、それに似合わない膂力を見せつけられ、グリムは言葉もなかった。
もう一体のゴーレムもまっすぐにゼラに向かっていく。
その突進を軽やかに避け、じっと隙を窺う。
数合の後、長刀はゴーレムの両腕を落とし、動きの止まった胴体から大きく頭部が宙に舞って、勝負は決したのであった。
●グリム・クローネ
「あの……危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」
グリムが深々と頭を下げる。
素直なその態度は、ゼラにも好印象だったらしい。微笑みが返ってくる。
グリムが驚いたのは、ライスくんがゼラと知り合いだった事だ。しかも、随分と懐いている様に見える。
街に帰る道すがら、グリムは二人にいろいろと話を聞いていた。
それによると彼だけでなく、何人かの子供たちがゼラに剣技や文字を教わったりしているそうだ。
街外れまで着くと、少年は照れ笑いを浮かべながらお辞儀をひとつして、一目散に家へと駆けていった。
「あの子は文字の勉強をしてくれなくてね……」
微苦笑を浮かべるその横顔を、グリムは尊敬の眼差しで見ていた。
(この人……なんて大きな人なんだろう……。ジルがあれほど慕う訳も解るなぁ……)
翻って、自分はどうだろう。
アトランティスでの戦いを経て、間違いなく強くなったはずであった。
しかし、誰かを守れるだけの力を、身につけたと言えるだろうか。
(あたしは守られている……)
いつも傍にいてくれるカイ。そして今も見守っていてくれているジュディス。
守りたい大切な仲間、そしてジルのこと。
様々な想いが彼女の胸の中を駆け巡り、それは言葉になって溢れ出た。
「あたし、もっと強くなりたいんです」
まっすぐな視線で、長身のゼラを見上げ、目を合わせる。
「貴女の弟子にしてください。お願いします!」
●ゼラ・ギゼル・ハーン
まっすぐなその瞳を、ゼラはどこか懐かしげに見ていた。
ジルを拾ってしばらく経ったのち、あの子が初めて剣を教えてくれと言ってきた時も、こんな目をしていた様な気がする。
もちろん、当時のあの子と今のこの子では、求めるものは違うのだが。
「貴女は何を望むのかしら?」
「自分のためでなく、大切な人達のために強くなりたい……守ってあげられるだけの力が欲しいんです!」
ゼラの目からすれば、グリムは華奢な女の子にすぎない。
ジルの様な戦士として成長することは無理だろう。
だが、見た目よりもずっと芯が強いことは彼女にもよく解っている。自分の愛弟子が、背中を預けられる人物なのだから。
「その守りたい者にジルは入るのかしら」
大きく頷くエルフの少女を、ゼラは微笑みを浮かべて見つめた。
「貴女が本当に望むのであれば、技ならば伝えてあげましょう。それで何をすべきかは貴女が探るといいわ」
嬉しそうに、何度も頭を下げる少女。
ゼラは機会をみて、修行をつけることを約束した。
「あ、いけない。カイの事忘れてた……!」
グリムの忙しく変わる表情を眺めながら、愉快そうにゼラは見送った。
少女はパン屋に寄りかけて、思い直したように宿の方向に向かって走り去っていった。
街の中を見て歩き、ゼラが宿に帰った時には既に夜になっていた。
二階の部屋に上がっていくと、ベッドに横たわっていたジルが体を起こす。
「お帰り、姉様。遅かったね?」
「そうね、今日は可愛い弟子ができたわよ」
彼女が子供を拾って剣や文字を教えるのはいつもの事だ。ジル自身もその一人である。
だから、今回も子供なんだろうなとジルは思い、それ以上は何も言わなかった。
(それにしても……)
ゼラは今日出くわしたゴーレムの事を思い出した。
強化された特殊なタイプだった。まじないをかけなければ斬れないものなど、彼女にとってはそう多くない。
(あのタイプは定められた場所を護衛するだけのはず。森の中ではぐれているとは思えないけど……)
しばらくは森の中で子供たちに会うのを控えた方がいいかもしれない。
明日、時間をみて付近の様子を調べようか。
幾つかの考えを記憶し、ゼラは寝る事にした。
ジェントスの街を襲う未曾有の危機まで、残された時は僅かであった。
了
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2366/ゼラ・ギゼル・ハーン/女/28歳/魔導師
3127/グリム・クローネ/女/17歳/旅芸人(踊り子)
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。
体調を崩してしまい、がっつりと遅れてしまって申し訳ありません。
本編の続きについても、近々再開する予定ではありますので、またよろしくお願いします。
序盤だけ、ちょっと変えさせていただきました。
強くなりたいっていうけど、エクセラ持っているグリムが退けられない相手ってそうそういないっすよw
楽しんで書けました。
お二人にも楽しんでいただければ何よりです。
それではまた〜。
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