<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


花屋と小人

「乱ちゃーん。乱ちゃん。乱ちゃん。乱ちゃーん」
 なんの前触れもなしに突然だった。家中にまで響き渡りそうなほどの賑やかな声がこだました。
 今日も何事もなく、日が昇り穏やかな1日が始まろうとしていた矢先。
 ゆっくりと朝の用事を終え、一息つこうとしたときにその声が響いたのだった。
 乱蔵はそのまま声のするほうに向かった。
 その姿を先に見つけたのはメラリーザで、乱蔵がなにか言う前に彼女が乱蔵に走り寄ってきた。
「あぁ、乱ちゃん。あのね、あのね」
「何だい、メラコ。そんなに騒いで」
 まるで小さな子どもが楽しいことを見つけてきたときのように、大きな目をクルクルさせて乱蔵を見つめたまま勢いのまま言葉をつづけていこうとする。それに乱蔵はすこし休ませるために、メラリーザの言葉を遮るように言葉を発する。
 すると不思議と少しの空白ができて、メラリーザが一呼吸置く。
 そうしてそのまま満面の笑みのまま発せられた言葉に、乱蔵は一瞬言葉を失った。
お花屋さんにお手伝いに行って来る」
「―――――はぁ?」
「あのね、あのね。お花屋さんが困ってるって。小人さんがつくった貼り紙を発見したのです」
 えっへんと。得意気に胸を張るメラリーザ。
 その様子をただ乱蔵は不思議そうに見下ろしている。メラリーザはそんなことはお構いなしで話を楽しげに続けて行くのをらんぞうは ただ黙って聞いて行くことにした。
 メラリーザはその見つけた何かにえらく興奮しているのか、なかなか要領の得ない話だったけれども、乱蔵はまるでいつものことと、顔色ひとつ変えずじっと話を聞いていた。
「きっとジューンブライドで忙しいのよ。花嫁さんのためのブーケ作りなんて素敵ぃ」
「で?」
「でっ、て。お手伝いに行って来るっていってるじゃなーい」
 で、ようやくメラリーザの話も終わり、自分が知りたい情報も得た乱蔵はそのままじっとメラリーザを見つめたまま。
 ぺちんと、勢いでメラリーザは自分の身体を軽く叩き突っ込みを入れていた、けれどもそれはさほど気にもならず別の考えが頭の中を占めていた。
 行きたいといったら、何を言っても行くというだろうし。
 特別なにか危ないこともあるわけでもない。
 こちらをじっと見つめて、みてくるメラリーザの無垢な瞳。
 なぜ行くなといえるだろう。
 行くなという理由さえ見つからない。
 乱蔵の表情はなにも変わらなかったけれども、心の中では少しだけ忙しなかった。
「……………」
 行くなら好きに行って来るといい。
 と、言おうとしたときだった。
「それじゃぁ。乱ちゃんいってきまーす」
 乱蔵が唇を開きかけたのと同時に、メラリーザがそのままの笑顔で行って来ると言う。
 あぁ。
 と、答える間もなく、メラリーザは手を小さく振りながら外へと駆け出した。
 乱蔵はそのまま小さくなりゆく姿を見送る。
 見えなくなってもそのままその場所で佇んだまま。
 また静寂がもどってきた時。
「ジューンブライド、か」
 ぽつりと呟いた。
 何を思ってメラリーザがそんなに楽しげに花屋に手伝いに行こうとするのか、男の自分にはよくわからないところもある。
 けれども。すこし心に思うところもある。
「ジューンブライド、か」
 また、もう一度同じように呟いた。
 そうして心の中では、決して心配だからとか、変な虫が付かないだろうかとか。
 そんなことじゃなく、ジューンブライドというものをもうちょっときちんと分かりたいから。
 と、自分の中で妙な理由をつけては、乱蔵もメラリーザに遅れて玄関を出た。
 空は蒼く高く。
 夏の雰囲気をどことなく含んでいた。


 花屋と一言に言っても、どこにあるのやら。
 大通りなのか、それとも路地の脇にあるのか、それとも屋台なのか。
 そこは聞いておくべきだったかもしれない。と、乱蔵は思いながら足を進めて行く。
 まずは大通りからと、メインストリートをいつもと変わらず足を進めて行く。
―――――と。
 通り過ぎようとしたところになにか視界に飛び込んできた。
 一瞬なにかの間違いかと思って、見直してしまったが間違いではなかったようだ。
 行き過ぎた道を数歩戻り、凝視してしまった。
 それは乱蔵の無意識のところで。
 彼が見た光景。
 それはこんなところに花屋があったのかと、普段気がついてなかった小さな小さな花屋。
 それを見つけたと同時に、メラリーザも変わらない満面の笑みでいた。
 それだけなら、なんら問題なく。
 メラリーザに声を掛けようかどうしようか、迷ったあげく一歩踏み出そうと足を動かしたときだった。メラリーザに近寄る影がひとつ。
 男性だ。
 小さなバケツを彼女へと手渡しなにか笑顔で話している。
 メラリーザもまた楽しげにその言葉に返して行く。
 む。
 としたのは事実。けれどもそれも乱蔵自身あまり気がつかないところかもしれないけれども、確実に眉間に浅い皺が寄っていた。
 その男性が花屋の店主だとわかっても、その皺が消えることはなかった。
 メラリーザに声を掛けるタイミングも、店主へと声を掛けるタイミングも失ってしまった乱蔵。
 む。と僅かに眉間に皺を寄せたまま、仕方がないのでそのまましばらくメラリーザにばれないように花屋で手伝う彼女の様子をみることにした。


 小さなバケツを受け取ったメラリーザは店頭に所狭しと並んだ花の前に立ち、白い花を抜き取ってはバケツの中に入れて行くのを乱蔵はただ少し離れた場所で眺めているだけだった。
 メラリーザの動きが一瞬、止まった。
 白い薔薇の前で、ゆっくりと指を眺めていた。
 あぁ、指に棘が刺さったな。
 乱蔵からははっきりと見えたわけではないのに、メラリーザになにが起こったのかわかる。
 全くもう。と、メラリーザが心配で近寄ろうとした、また丁度その時だった。
 乱蔵の存在など知らない、メラリーザは言い付かった仕事をこなし、今度は気をつけて薔薇を引き抜き手のみったバケツに入れて行く。
 またそこで一歩踏み出した足は止まってしまった。
 ココに来て、声を掛けるタイミングを2度も失ってしまっている。
 あぁ。と自然と吐息さえ漏れ出す始末。
 いつもならきっと、何も考えなくても自然に声を掛けているはずなのに、何故今日は上手く行かないのだろう。
 吐息を吐き出しつつ、乱蔵は空を眺めた。
 青空は高く感じた。
 視線を感じたとき、花の前にもうメラリーザの姿はなく、乱蔵の視線は慌てたように彷徨った。
 メラリーザの姿はすぐに見つかった。
 店主とまた店の脇で話し込んでいる様子。
 また乱蔵はそのまま、声を掛けようにもどうしたらいいのか戸惑ってしまって、掛けられずそのまま様子を見ることになってしまう。
 2度も失敗しているのだ。
 自然と次もまた上手く行かないような気がして、何度目か分からない吐息を吐き出すにとどまってしまう。


 しばらくそのまま何事も変わらず様子を眺めていただけだった、乱蔵の表情に小さな変化。
 誰が見ても、何も変わってなさそうだけれども。
 ただひとつ。
 浅かった眉間の皺が少しほんの少しだけ深くなっているのだった。
 その原因はやっぱりメラリーザ。
 メラリーザと花屋の店主の距離が近いのだ、いや近すぎる。もうちょっと離れろ。乱蔵の心の呟きが聞えるわけでもなく、そのまま近い距離のままの二人。
 とどめはすぐにやってきた。
 店主が物凄くさりげなくメラリーザの手を取ったのだ。
 それを見たとたん、乱蔵は一歩踏み出した。そうしてそのまま店主に詰め寄ろうとしたが、それもまた失敗に終わった。
 店主は先ほどメラリーザが怪我した指先を手当てしてるだけだと、わかったから。
 む。と、眉間の皺は深くなる一方。
 浅かった皺はくっきりはっきり深くなっていた。
 それ以外になにか表情の変化など見当たらないのだけれども、心の中では早く手を離さないかとイライラしてきていた。
――――――――――が。
 何かを見たとたん。 何も考えずに乱蔵は歩き出す。すたすたすた。と、今まで戸惑っていたのが嘘のように。
 近かったメラリーザと店主の距離がさらに近くなり、まるで店主はメラリーザを抱きかかえるように腕を回し、彼女の手を取っていた。
 その様子を見たとたん、乱蔵は一目散に小さな花屋へと。そうしてぴたりと店主の背後あたりで立ち止まる。
「こんにちわ、いらっしゃいませ」
 自分の存在に気がついたらしい店主は軽く振り返りながら、乱蔵に向かってにこやかに挨拶をする。
 その言葉でさえ乱蔵をいらっとさせる。
――――――彼女から手を離してもらおうか。
 と、言おうとしたときだった。
「乱ちゃん!?」
 乱蔵の存在に気がついたメラリーザが素っ頓狂な声を上げた。
 メラリーザを見てみる。
 ちょっと驚いたような表情の中でも、彼女の目は嬉しそうに笑っていた。
「あれ、お知り合いですか?」
「はい。えとー。乱蔵さんっていいます。乱ちゃん」
「こんにちわ、今日はなにかお探しですか?」
「ぁ、いや。違うんだ」
「分かった、乱ちゃんもお手伝いに来たんだ」
 自分のことをまだ客だと思って対応する店主に、メラリーザが注釈をいれていく。
 違うんだ。と言った後、なんていえばいいのか分からずに、一瞬言葉を詰まらせた瞬間、メラリーザの言葉が遮った。
 どうしたものかと、少し考えていたのもあった。
 そうしてメラリーザを見てみれば、楽しげに何度も何度も首を横に倒してこちらに尋ねてくる。乱蔵はただ、『あぁ』と、小さく答えただけだった。
「そうですか、ありがとうございます」
「いや」
 乱蔵の頷きに、店主はうれしそうにお礼の言葉を言う。それにも短い言葉で返すだけだったのだけれども。乱蔵の視線はちらりと店主を一瞥しただけで、そのままメラリーザへと移った。
 まだリボンがかかってないブーケと紅い太目のリボンを手に持ったままだった。
 乱蔵はメラリーザの方に手を差し出した。
「ほら、メラコ。貸してみな?」
「はい?」
 一瞬なんのことか分からなかったメラリーザ。
 乱蔵が彼女のほうに向かって手を出していることに気がつけば、にこりと笑って乱蔵に手渡した。
「こうやって、やるんだ」
 受け取ったリボンをブーケへと巻いていく。
 するり、するり。と、乱蔵の手の中でリボンは踊るようで。
 そうしてすぐにそこにはリボンの花が咲いた。
「きゃぁ。乱ちゃん、すごーい」
 出来上がったものを見てメラリーザは、はしゃぐように手を叩き大きな声を上げた。
「凄いですね。僕がリボンを掛けるよりも綺麗ですよ」
「いや……」
 店主もそのリボンの見事さに、感嘆の言葉を呟いた。そうして少しなにか考えているようだた。
 乱蔵といえばメラリーザに拍手を貰い、エイトには褒められてすこし照れていたらしいのだけれども。そんな様子は微塵も見えず。
「じゃぁ、これの続きをお願いしてもいいですか?」
 作りかけの白いブーケを見せた店主。
「えぇ。いいですよ」
「それから、メラリーザさん」
「はーい」
「乱蔵さんと一緒にお店をお願いしますね。僕は配達をしなければならないので」
「わかりました。いってらっしゃーい」
 店を乱蔵とメラリーザに任せれば、店主はブーケの入った箱を3つ持って配達へと向かっていった。 
 それにメラリーザは元気良く手を振って見送り、乱蔵は静かにエイトを見送った。
 そうして店には二人きりとなった。


「乱ちゃん。上手ですねぇ」
 黙々とブーケを作っていく乱蔵の器用な手つきにメラリーザはほう。と、ため息を吐き出した。
「で、メラコは何をしている?」
「え?私は乱ちゃんのアシスタントします」
「いや、一人で十分だ」
「じゃぁ、私はなにをすればいいのかしら」
「店番しながら、店の前でも掃除でもしてたら、いいんじゃないか?」
「そうですねー。そうします」
 白い豪華なブーケが形になって行くのを見つめていれば、乱蔵がメラリーザに声を掛ける。
 アシスタントだと、元気良く声をあげるのだけれども。それは簡単に却下されてしまった。
 そうしてそのまま、メラリーザはそこを離れて箒を取りに向かう。
 店番をかねて、店頭の掃除を始める。
 店には静寂が流れ出す。
 箒で地面を掃く音と、剪定ばさみで花の枝を切る音が時折聞える程度。
 静かでゆっくりとした時間。
 乱蔵はちらりと、メラリーザを見た。
 箒で店頭を掃除している姿が目に入った。
 その姿を確認して乱蔵はまた作業に戻って行く。
「すみません」
「はいー。いらっしゃいませ」
「あの、鉢植えの紫陽花を探しているんですけれどもありますか?」
 客が来たらしい声と、メラリーザの応対する声を聞きながら乱蔵はブーケを作っていた。
 何度か聞えたやり取りの声が不意に途切れたような気がした。
 視線をメラリーザの方へと向ければ、何か探している様子。
 先ほど聞えたのは『紫陽花』という言葉。その花を探しているのか小さく狭い店をメラリーザは右往左往して探しているようだった。
 ちょっと待っててくださいね。なんて笑顔で言っているようだったけれども、その花がどこにあるのか分かってないらしく、てんでお門違いな場所を探していたりする。
 その様子を何を言うわけでもなくじっと眺めていれば、メラリーザがこちらを向いた。
 ぴたりと二人の視線はかち合った。
 それはきっと一瞬のデキゴトで、乱蔵はすぐにメラリーザから視線を外して、彼女の足元にあって、彼女が見つけられない紫陽花の鉢植えに視線を移した。
 メラリーザの視線が動き紫陽花の花を見つけたことを確認すれば、乱蔵はまた視線をブーケにもどり8割がた出来上がったブーケの仕上げに取り掛かった。
 メラリーザがこちらを見て笑ったことには気がついてたが、気がつかないフリでそのままブーケを作って行く。
「お待たせしました。これでいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
 作業をしながら聞えてくるのは明るいメラリーザの声と、メラリーザが持っていった花を気に入った客の声だった。
 その客が去っていけばまた静かになる。
 そうやって、乱蔵は言われたようにブーケを作っていき、メラリーザは店番をしながらお客が来れば接客したり、店先を掃除したり、たまに乱蔵にちょっかいをかけていた。
 陽も傾きかけてきた頃、店主が戻ってきた。
「ただ今戻りました。どうもありがとうございました」
 帰ってきた店主は二人を見つけるなり、お礼の言葉共に大きく頭を下げた。
「いいえ、楽しかったですよ」
「ブーケはこれでいいのか?」
「えぇ。ありがとうございます。素敵です」
 メラリーザは楽しげにそのまま、感想を口にし。
 乱蔵はそのまま出来上がったブーケを店主へと差し出した。
「お二人のおかげで、仕事がはかどりました。本当にありがとうございます。今日、お手伝いして頂いたお礼になにかプレゼントさせて欲しいのですけれども…………」
 忙しくてどうにもなりそうにならなかったところで、メラリーザと乱蔵の手伝いの申し出に大変助かったらしく、エイトは心からのお礼の言葉と何かしたいと申し出た。
「えー。そんなの頂けませんよ〜。物凄く楽しかったので、私はそれで十分です」
 エイトの申し出にメラリーザは慌てて自分の顔の前でヒラヒラ手を振って断る。
「そうだ。私はいいので、乱蔵さんにあげちゃってくださいね?今日はありがとうございました」
 断った後、メラリーザは両手を腿の上で合わせてぺこんとお辞儀をした。
 それから借りていたエプロンを返すと、乱蔵を見てえへへ。と緩い笑みを浮かべる。
 その笑みは物凄く満足そう。
「それじゃぁ、お先に失礼しますー」
 エ店主にまたもう一度ぺこんと頭を下げて、乱蔵にはひらひらと手を振って今日半日ほどお世話になった花屋を後にした。
 残ったのは男性二人。
 乱蔵と店主。
 ふっと二人は嵐のようにメラリーザが去っていった方向を見て、なんとなしに顔を見合わせてしまったから互いに小さく笑う。
 店主も乱蔵も彼女には敵わない。
 などと思っていそうな表情で。
「乱蔵さんも、今日は本当にありがとうございました」
 店主は乱蔵に向かって頭を下げた。
「いや。逆に足手まといになってないか心配だが」
「いいえ、ものすごく綺麗ですよ」
 そういって店主が見たのは店主が留守の間に作っていた白いブーケ。
 それからさらに店主は言葉を続けていった。
「何かお礼はさせてくださいね」
「金は要らん、ブーケを1ついただく」
 店主の申し出に乱蔵はブーケをひとつ欲しいと申し出た。
「えぇ、それぐらいでよろしいのなら、これをもって言ってください」
 その言葉に店主は、小さく頷くと先ほど乱蔵が作った白いブーケを差し出した。
「いや、でもこれは店で使うものでは?」
「大丈夫ですよ、足りなければまた作れば言いだけの話です。それにこれは乱蔵さんが作ったものですし、乱蔵に持って帰っていただくのがいいような気がします」
「すまない、ありがとう」
 店主の言葉に乱蔵は軽く店主に向かって軽く頭を下げる。
 その様子に店主はただ笑っていた。


 それからゆっくりと乱蔵は花屋を後にした。
 手には自分が作った白い百合と白い薔薇でできた花束を持って。
 どこへ向かうのか、そのブーケは何のためにもらっていったのか。
 ただ、彼は傾きかけた陽射しの中少し早足で帰路につく。



―――――――fin




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3272/ 朝霧乱蔵 / 男性 / 26歳 / 超常魔術師
3271/ メラリーザ・クライツ / 女性 / 19歳(実年齢22歳)/ 水操師


NPC
花屋の店主→ エイト/男性/25歳/flower shop 〜 Symphony in Cの店主でフローリスト