<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


花屋と小人

 夏の気配が迫りくるそんな日。
 メラリーザはその雰囲気を楽しむように散歩を楽しんでいた。
 にこにこと口元には柔らかい笑みを浮かべて。
 通りを歩いていた。
 そのまま何もなく歩いて、気分気ままに散歩を続けて行くはずだった。
 そんな彼女の動きが止まる。歩いていた足もぴたりと………。
 そうしてゆっくりと振り返る。
 うーん。とかわいらしく小首を傾げて、あたりを見回す。
 何かを感じる。
 なにかしら。
 感じる方に視線を向けて行く。
「あら」
 自然と漏れ出した声。
 そのまま何かに惹かれてしゃがみ込む。
「あら、あらあらあら」
 メラリーザは何かを見つけたようで、小さなメモを見つければ楽しそうに笑った。
「これはこれは、とても楽しそう」
 うふふふ。とか笑いながら、メリーザは立ち上がるとスキップをして今まできていた道を引き返して行く。


「乱ちゃーん。乱ちゃん。乱ちゃん。乱ちゃーん」
 向かった先は乱蔵の家。
 お邪魔します。も、こんにちわ。も扉のノックもすることもなくメラリーザは勢い良く扉を開ければばたばたと走りこむように中へと入る。
 メラリーザはキョロキョロと乱蔵を探す。
 その賑やかな声はよく響いた。
 その声がその場所にいた乱蔵に聞こえないはずもなく、言葉なく乱蔵はメリーザの前に現れる。
「あぁ、乱ちゃん。あのね、あのね」
「何だい、メラコ。そんなに騒いで」
 顔中に笑みを携えたまま、乱蔵を見つけたメラリーザは乱蔵に駆け寄る。それはもう抱きつきそうな勢いで。
「お花屋さんにお手伝いに行って来る」
「―――――はぁ?」
「あのね、あのね。お花屋さんが困ってるって。小人さんがつくった貼り紙を発見したのです」
 えっへんと。得意気に胸を張るメラリーザを不思議そうな顔で見つめる乱蔵。そんな乱蔵をそっちのけで、メラリーザはひとり楽しげに話を続けて行く。
「きっとジューンブライドで忙しいのよ。花嫁さんのためのブーケ作りなんて素敵ぃ」
「で?」
「でっ、て。お手伝いに行って来るっていってるじゃなーい」
 花嫁とブーケを想像してはうっとりとした表情で、胸の前で両手を組む。乱蔵といえば何一つ表情変わることなく、その様子を眺めているだけで、その先の言葉を促せば、テンション上がったメラリーザがパチンと乱蔵の身体を叩いた。
 乱蔵の身体を叩いたメラリーザはそのまま楽しげな瞳でじっと乱蔵の顔を見る。
「……………」
 それに乱蔵も見つめ返す。
 言葉は何もなかったけれども、その顔には『好きに行ってくればいい』なんて大きく書いてある。けれどもそんなことが分かるのはメラリーザだけなのだけれども。
 それに満足すると、メラリーザは乱蔵を見つめたままにっこり笑う。
「それじゃぁ。乱ちゃんいってきまーす」
 バイバイ。と小さく手を振ると来た時と同じようにスキップして出て行った。
 賑やかだった空気が一変して、またそこはメラリーザが訪れる前の静寂に戻った。
 乱蔵は黙ったまま、去りゆくメラリーザの背中を見送り。
 見えなくなってもまだそこに立っていた。
「ジューンブライド、か」
 その呟き声はいなくなったメラリーザには届かなかったけれども。


「すみませーん」
 スキップしてたどり着いた先。
 小さな花屋の店頭でぴたりと足を止めたメラリーザは大きな声で呼びかける。
「はい、いらっしゃいませ」
 出てきたのは20代半ばの男性。にこりと柔らかい笑みを携えて。メラリーザをお客と思って挨拶をする。
 その言葉にメラリーザはふるふると顔を左右に振った。長い髪の毛がゆるりとそれに続いてゆらゆら揺れていた。
「あの、私。お客さんじゃないのです。お手伝いにやってきたのです。何をお手伝いしましょう」
 にこにことメラリーザは笑顔のまま、客じゃないことを伝えて首をかしげた。
 メラリーザのその様子と言葉を聞いた店主は柔らかい笑顔のまま言葉を返した。
「あぁ、そうでしたか。こんにちわ。僕はエイトといいます。よろしければお嬢さんのお名前を教えていただけませんか?」
「あ、はい。私はメラリーザ・クライツといいます」
 お互いに自己紹介をして、ふっと頭の中によぎったこと。
 目の前の店主は男性。
 自分よりもすこし年上の印象を受けるけれども、男性は男性。
 以前他所の男の人と話をしていて、乱蔵が不機嫌になったことを思い出した。
 あまり表情が変わらない彼だけれども、静かに不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたのを思い出しては、メラリーザ本人の眉間にも浅いながらも小さな皺が寄ってくる。
「あの、どうかしましたか?」
「あ?いいえ、いいえ。うん。大丈夫です。えとー。ブーケを作るのお手伝いすればいいですか?」
「そうですね。じゃぁ、そう言って下さるのならブーケ作るの手伝ってくれますか?」
「はーい」
 エイトの言葉に現実へと引き戻される。
 今日はお店のお手伝いに来てるのだし、まぁ乱蔵だって分かってくれるだろうと。メラリーザはひとり納得し、小さくうん。と頷けばにこにこと笑顔のままエイトを見上げて尋ねる。
 ブーケ作りのお手伝いを申しだされれば、メラリーザはまるで小さな少女のように片手を大きく空へと向かって大きく突き上げて返事をした。


「次にまたブーケを作らないといけないので、このバケツに白い百合と白い薔薇を入れてきてもらえますか?ぁ、薔薇は蕾のものと、咲いているものと両方お願いします」
「はーい」
 挨拶の後、汚れるといけないからと渡されたエプロンを身に着けていれば差し出された小さなバケツ。
 お手伝いの内容が分かれば、また先ほどと同じように大きく返事をしてバケツを受け取った。
 まるで軽くスキップするように小さな店に所狭しと並ぶ色とりどりの花を眺める。
「えーと、百合と………白い薔薇。薔薇、薔薇」
 頼まれた花を忘れないように呟きながら、バケツの中へと白い百合に白い薔薇を入れて行く。
「ぁ、い……たっ……」
 薔薇の枝をつまんだときだった、指先から感じ小さな痛み。
 眉をしかめて、メラリーザは痛みを感じる指先を見た。
 不用意に薔薇の枝をつまんだものだから、棘にささったらしく指の腹にうすらと赤い血が滲んでいた。
 自分のおっちょこちょいさにため息吐き出して、今度は用心深く薔薇を選びバケツへと入れて行く。
「エイトさーん。これでいいですかぁ?」
 小さなバケツに白い花が踊っている。
 ブーケになりそうなほど見繕えば、えへへへー。と笑いながらバケツをエイトの方に差し出した。
「あぁ、ありがとうございます」
「次は何しましょう?」
「そうですね、リボンとか掛けられますか?」
「リボン?」
「えぇ、ブーケは出来上がったので。ここにこの紅いリボンをかけたいのですよ」
「あ。じゃぁ、やらせてくださいー」
 太目の紅いリボンを片手に、もう片方の手には出来上がったばかりの淡いピンク色のブーケを持っているエイト。
 やりますよと。快い返事の後、メラリーザはリボンを受け取ろうとバケツを置き手をエイトのほうへと差し出した。
「あれ?」
「はい?」
「そこ、血が出ましたか?」
「ぁー。いえいえ」
「薔薇の棘にでも指を刺しましたか?」
「えぇ、まぁ」
「気をつけてくださいね」
 差し出されたメラリーザの指先に少し紅く滲んだ場所を見つけたエイトは、そのまま何てことないようにメラリーザの手をとり赤く滲んだ指先に傷テープをはった。
「じゃぁ、これをお願いしますね」
「はーい」
 傷の処置が終われば太目のリボンとブーケをメラリーザへと手渡せば、エイトはまた新しいブーケを作り出す。
 先ほどメラリーザが持ってきてくれた、白い花で大き目のブーケを作るために百合と薔薇をバランスよく組み合わせて行く。
 その横でメラリーザは出来上がったブーケにリボンを掛けていこうとする。
「あれ?」
 するりとリボンはすぐに解けてしまう。
 もう一度、気を取り直して束なった場所にリボンを掛けて、結び目つくり大きくリボンの輪をつくり…………
――――――――するり。
 またリボンは無情にも解けてしまう。
「あれ?」
 その度にメラリーザは不思議そうな声を上げて、首をかしげていた。
 そんなことを何度も繰り返しているのだから、隣で作業をしていたエイトは気になったのか声をかけた。
「無理ですか?」
「え?む、無理じゃないですよ」
 掛けられた声に、はっとなってメラリーザはエイトを見た。
 見た先のエイトは笑いながら尋ねているから、メラリーザはまた慌てて花束にリボンを掛けた。
 でもそれはまたするりと見事に解けてしまった。
「――――――ぁ」
 その呟きは二人同時に。
 それに二人は顔を見合わせて笑った。
「こうするのですよ」
 エイトがメラリーザの手を取って、リボンの掛け方を教えようとしたときだった。
 人の気配に気がついたエイトがふっと視線を上げた。
「こんにちわ、いらっしゃいませ」
 その声にメラリーザもまたブーケを見ていた顔を上げた。
「乱ちゃん!?」
 素っ頓狂な声を上げたのはメラリーザ。
 見上げた先に見知った男性が相変わらずな表情で立っていた。
「あれ、お知り合いですか?」
「はい。えとー。乱蔵さんっていいます。乱ちゃん」
「こんにちわ、今日はなにかお探しですか?」
「ぁ、いや。違うんだ」
「分かった、乱ちゃんもお手伝いに来たんだ」
 良く知っている男性の登場に、メラリーザは上機嫌でその男性のことをエイトに紹介した。
 客だと思われた言葉をかけられた乱蔵は表情変わることなく、否定の言葉を続けて言っている途中で、メラリーザがその言葉を遮った。
 違う?違う?と首を傾げながら尋ねる。
 その様子に乱蔵は少し困ったらしいのだけれども、それは表情に出ることなく。乱蔵はただ『あぁ』
と、答えただけ。
「そうですか、ありがとうございます」
「いや」
 お礼の言葉を発するエイトをちらりと見ただけで、視線はメラリーザに向けられる。
「ほら、メラコ。貸してみな?」
「はい?」
 メラリーザの手にあるリボンを貸せと、乱蔵は片手をメラリーザの方についっと差出した。
 それに気がついたメラリーザはワンテンポ遅れた動作で、乱蔵の手にリボンを手渡す。
「こうやって、やるんだ」
 するり、するり。と、乱蔵の手の中でリボンは踊るようで。
 そうしてすぐにそこにはリボンの花が咲いた。
「きゃぁ。乱ちゃん、すごーい」
 その見事なリボンのできにメラリーザは無意識に小さく拍手をしていた。
「凄いですね。僕がリボンを掛けるよりも綺麗ですよ」
「いや……」
 エイトもそのリボンの見事さに、感嘆の言葉を呟いた。そうして少しなにか考えているようだた。
 乱蔵といえばメラリーザに拍手を貰い、エイトには褒められてすこし照れていたらしいのだけれども。そんな様子は微塵も見えず。
「じゃぁ、これの続きをお願いしてもいいですか?」
 作りかけの白いブーケを見せたエイト。
「えぇ。いいですよ」
「それから、メラリーザさん」
「はーい」
「乱蔵さんと一緒にお店をお願いしますね。僕は配達をしなければならないので」
「わかりました。いってらっしゃーい」
 店を乱蔵とメラリーザに任せれば、エイトはブーケの入った箱を3つ持って配達へと向かっていった。 
 それにメラリーザは元気良く手を振って見送り、乱蔵は静かにエイトを見送った。
 そうして店には二人きりとなった。


「乱ちゃん。上手ですねぇ」
 黙々とブーケを作っていく乱蔵の器用な手つきにメラリーザはほう。と、ため息を吐き出した。
「で、メラコは何をしている?」
「え?私は乱ちゃんのアシスタントします」
「いや、一人で十分だ」
「じゃぁ、私はなにをすればいいのかしら」
「店番しながら、店の前でも掃除でもしてたら、いいんじゃないか?」
「そうですねー。そうします」
 白い豪華なブーケが形になって行くのを見つめていれば、乱蔵がメラリーザに声を掛ける。
 アシスタントだと、元気良く声をあげるのだけれども。それは簡単に却下されてしまった。
 そうしてそのまま、メラリーザはそこを離れて箒を取りに向かう。
 店番をかねて、店頭の掃除を始める。
 店には静寂が流れ出す。
 箒で地面を掃く音と、剪定ばさみで花の枝を切る音が時折聞える程度。
 静かでゆっくりとした時間。
「すみません」
 そこへメラリーザへと掛けられた声。
「はいー。いらっしゃいませ」
 にこりと笑ってメラリーザは振り返った。
「あの、鉢植えの紫陽花を探しているんですけれどもありますか?」
「えと、紫陽花ですか?」
 中年の女性の客がメラリーザに尋ねる。
 メラリーザはその言葉を聞きのんびりと首を傾げて、そのまま欲しい名前を反芻した。
 その言葉に女性の客はゆっくりと頷く。
「鉢植え、鉢植え」
 ちょっと待ってくださいね。と、声を掛けた後、探すものを繰り返し唱えながらどこにあるのだろうと、店の前をいったりきたり。
 ふと、黙々と作業をしている乱蔵へと視線を向ければ。
 ぴたりと二人の視線はかち合った。
 のは一瞬で、そのまま乱蔵の視線が動く。メラリーザを通り過ぎて、その横へとずれてその足元へと落ちて行く。
 それにメラリーザもつられて、乱蔵の視線を追って行く。
 自分の足元にあったのは鉢植えの紫陽花。
 丁度咲き頃で、大きな花をつけていた。
 見つからない自分に、乱蔵がそっと教えてくれたことがうれしい。
 また作業に向かった乱蔵の横顔を眺めて、にっこり笑った。
 足元の鉢を抱えると女性客のほうへと戻って行く。
「お待たせしました。これでいいですか?」
「はい。ありがとうございます」
 見事な紫陽花に、女性客はにこりと笑って頷く。
 そうやって、乱蔵は言われたようにブーケを作っていき、メラリーザは店番をしながらお客が来れば接客したり、店先を掃除したり、たまに乱蔵にちょっかいをかけていた。
 陽も傾きかけてきた頃、店主のエイトが戻ってきた。
「ただ今戻りました。どうもありがとうございました」
 帰ってきたエイトは二人を見つけるなり、お礼の言葉共に大きく頭を下げた。
「いいえ、楽しかったですよ」
「ブーケはこれでいいのか?」
「えぇ。ありがとうございます。素敵です」
 メラリーザは楽しげにそのまま、感想を口にし。
 乱蔵はそのまま出来上がったブーケをエイトへと差し出した。
「お二人のおかげで、仕事がはかどりました。本当にありがとうございます。今日、お手伝いして頂いたお礼になにかプレゼントさせて欲しいのですけれども…………」
 忙しくてどうにもなりそうにならなかったところで、メラリーザと乱蔵の手伝いの申し出に大変助かったらしく、エイトは心からのお礼の言葉と何かしたいと申し出た。
「えー。そんなの頂けませんよ〜。物凄く楽しかったので、私はそれで十分です」
 エイトの申し出にメラリーザは慌てて自分の顔の前でヒラヒラ手を振って断る。
「そうだ。私はいいので、乱蔵さんにあげちゃってくださいね?今日はありがとうございました」
 断った後、メラリーザは両手を腿の上で合わせてぺこんとお辞儀をした。
 それから借りていたエプロンを返すと、乱蔵を見てえへへ。と緩い笑みを浮かべる。
 その笑みは物凄く満足そう。
「それじゃぁ、お先に失礼しますー」
 エイトにまたもう一度ぺこんと頭を下げて、乱蔵にはひらひらと手を振って今日半日ほどお世話になった花屋を後にした。


 一人楽しげに。
 意識して歩いていないと、軽くスキップしそうなほどに機嫌が良かった。
 自分ひとりだと思っていたところに、乱蔵が現れて何も言わなくても優しくしてくれたこと。
 それから何より、ブーケを作っている横顔が物凄くかっこよかったこと。
 それを思い出せばうふふふふー。と、また一人含み笑いをしてしまった。
 もう日は傾き、茜色に染まって行く中、とても幸せな気分のメラリーザは歩いていたはずがスキップで家路へと帰って行く。
 道々途中で、何か思い出してはうふふふー。と含み笑いを繰り返して。
 満たされた幸福感を抱えて。



―――――――fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


3271/ メラリーザ・クライツ / 女性 / 19歳(実年齢22歳)/ 水操師
3272/ 朝霧乱蔵 / 男性 / 26歳 / 超常魔術師

NPC
花屋の店員→ エイト/男性/25歳/flower shop 〜 Symphony in Cの店主でフローリスト




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■         ライター通信          ■
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メラリーザ 様

はじめまして、こんにちわ。
ライターの櫻正宗です。
この度は【花屋と小人】にご参加下さりありがとうございました。
初めてのご参加。うれしい限りでございます。

乱蔵さん想いのかわいらしメラリーザさんを書かせていただき、楽しい限りでございました。
嬉しいこと、楽しいこと、悲しいことも全て包み隠さず表情豊かに表現するメラリーザさんを意識して書いてみたのですがどうでしょうか。気に入ってもらえればほっとします。
乱蔵さんとも言葉でなくても心のそこで強く繋がっているということが分かるような話で、できればメラリーザさんの楽しげな雰囲気を出したく全体にテンポ良く進めたつもりではあります。
が、まだまだ至らないところも多々あると思います。
なにかあればファンレターなどでご指摘ください。次への糧へとさせていただきます。


それでは
重ね重ねになりますがご参加ありがとうございました。
またどこかで出会えることを祈りつつ。

櫻正宗 拝