<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【銀華工房】よろず修理・製作承ります
「ここですね」
漆黒の髪と瞳、優しげな風貌を持った青年が、古びた扉の前で独り言つ。
鎚が金属をうちつけるリズミカルな音が、彼こと、山本建一(やまもとけんいち)の耳を打つ。
「ずいぶんと、商売繁盛しているようですね」
にぎやかな音は、炉に火が入れられ、今この時も武器を作り出している証である。それに、単純な感想を述べながら、健一は微笑む。
健一がいるのは、ニグレードの大通りぞいに店を構える、【銀華工房】前である。そこには、特殊な武器やアクセサリーを作ることを生業とする、腕利きの魔装具技師がいるという。
そんな噂を聞きつけた健一は、物見遊山がてら、気に入ったアクセサリーなども手に入れられればいいという淡い期待とともに、この町を訪れたのだ。
工房の名が彫金された銀のプレートが、落ち着いた色の扉に打ち付けられている。つややかなプレートの下に下げられた木製の看板には、カリグラフィで『よろず修理・製作承ります』と記されている。
「こんにちは」
声をかけながら、軋む扉を押し開ける。その声に、奥の炉で鎚をふるっていた者が顔を上げる。
頭頂で結んだ緩く波打つ銀の髪と大きな銀の瞳。白い肌はそばかすの一つもなく、かわいらしいというのが相応しい容姿をした、一人の少年。
まるで、日の光に煌めく新雪のような色ですね……。
少年が纏う色に、そんな感想が自ずと沸いてくる。
「いらっしゃい」
少年は、笑みとともに立ち上がる。
赤々と燃える炉の火に照らし出された銀の髪が、ほのかな赤みを帯びている。
「ようこそ、銀華工房へ。……なんていうと、照れちゃうんだけどね。何か欲しいものはある? あったら、遠慮なくボクに言ってね」
そう彼は、屈託なく言葉を紡いだ。
店の中はそれほど広くない。
奥が作業場で、手前が販売所兼設計室という、二間続きの作りになっているようだ。床は寄木細工の凝った細工が施され、作業場の炉の周りだけに耐熱レンガが貼られている。
その作業場に作り付けられた大きな棚を彩るのは、様々な金属や石だった。白金や銀、金、鉄鉱石、様々な色を纏った宝石に貴石。この世界にあるあらゆる鉱石が、違う姿に生まれ変わる時を待ちながら、しばしの眠りについている。
手前の販売所は、雑多な商品で溢れていた。白木の壁に打ち付けられた無数の鉤には、出来上がった大型武器たちがかけられている。それら全てが、依頼主たちが引き取りにくるのを待つ、魔剣や聖剣なのだろう。それらには法外な値段が付けられているため、ハンター以外にはほとんど用がないものだという話も耳にしていた。
壁の下の小卓や棚には、守護苻やアクセサリーが無造作に、けれど乱雑ではなく飾られている。
「あなたが、魔装具技師のクロードさんですか?」
健一は店主であろう少年に微笑みかけながら、言葉を紡ぐ。
「ぜひとも、あなたが作製したアクセサリーや守護苻が欲しくて、お伺いしたのです」
少年は、不思議そうに目をしばたたかせ、少しの間をおいて笑みを返す。
「そう、どれでも好きなのを見てってよ。人気商品は、ここら辺かな。一度だけ、致死のダメージを避けることができるっていう、避死の守護苻。軽い傷なら瞬く間に癒す、癒しの指輪。あとは……」
少年は矢継ぎ早に説明をしながら、健一の前に様々な商品を積み上げていく。指輪や首飾り、守護苻などなど。それらへの説明が早すぎて、すべてを一度に把握しきることなどできそうもない。
積み上げられていく商品の中でふと目を引いた、美麗な細工が施された腕輪を取り上げ、その値札を見る。
どうにか手が出そうな値段だ。
精緻な竜の柄が彫り込まれ、嵌め込まれた青い貴石は台座となる白金と溶け合い、その境界をわからなくしている。普通、金属に石を嵌め込む時は、爪でおさえたり、裏から嵌め込んで金属でおさえるなどの方法をとるはずだ。このように、金属と石が溶け合うなどということはありえない。あまりにも変わった細工に健一は、魅入られたように腕輪を見つめ続ける。
「それが気に入った?」
問いかけに、健一は我に返る。
「すみません。まるで、この腕輪に呼ばれているように、気を引かれてしまったもので……」
「……たまに、そういうことがあるんだ。魔剣や聖剣と同じ素材で、同じ作り方をしているからなのかもしれないけど。持っている力は、全然違うのにね……」
壁を飾る大型武器を見つめながら少年は、独白のように語る。
「これを……いただけますか?」
「その説明を、聞かなくてもいいの?」
「ええ。大丈夫な気がします」
きっぱりと告げられた言葉に、少年は無邪気に笑う。
「いいよ。それも、キミを待っていたんだろうし」
少年は健一の手にした腕輪を受け取り、小さな箱に収め、包装しながら、ふと思い出したというように、
「そういえば……、クロードっていう名前、誰に聞いたのかな?」
と問いかけてくる。
「旅の途中で出会った、ハンターから伺ったのです」
「ふうん」
そう答え、しばらく考え込むそぶりを見せていた少年は、ため息をつきながら健一を驚かせる言葉を発する。
「その人、ちょっと間違えてたみたいだね。……ったく、検討はついてるけどね、そんなこといったヤツ。ボクの名前は、クローネ……、クローネ・アージェントっていうんだ。店では、アージェントって呼んでくれないかな」
「えっ、あ……、すみません。間違えてしまいまして」
「ううん、いいんだ。間違える人も多いし。……もっとも、適当な情報を流して楽しんでる、人の悪いヤツがいるせいなんだけどね」
明るい口調で答えながら少年は、健一に商品を差し出す。差し出された商品を受け取りながら、健一はひたすら恐縮する。
竪琴など、旅の必需品をしまっている袋の中に商品をいれようとした時、がさりと音がしたことで、もう一つの用事も思い出す。
「その人に、あなたがお茶とともにお菓子を楽しむのがお好きだとも伺いましたが……、それも違っていましたか?」
「ううん。お客さんや友達と、楽しくお茶を飲んだり、お菓子を食べるのは大好きだよ」
「そうですか。よかったです。……これは、お土産です」
健一は、ニグレードの前に訪れた町で買い求めた、その町人気の菓子店の、これまた一番人気だというクッキーの包みを取り出す。
「へぇ……、おいしそうだね。ありがとう。そうだ……、いい時間だし、一緒にお茶にしようよ」
少年に通されたのは、作業場の奥に開ける、花と緑に満たされた中庭だった。涼しげに枝を張る木の下に、小さなテーブルと椅子がある。
吹き抜ける風が、とても心地よい。
「あったあった。お客さん用にしまい込んでて、探すのに苦労しちゃったよ」
盆の上に、白い茶器や蜜壺、菓子皿、そして封がされたままの茶箱を載せて少年がやってくる。彼が茶箱を開けると、健一が嗅いだこともない甘い香りが立ち上る。
茶器がふれあうかすかな音。
風に揺れる梢がたてる葉ずれの音。
燻る煎れたての茶の香り。
咲き乱れる花々の鮮やかな色。
それら全てが美しい調和を作り出し、この空間を彩っている。
「とても、居心地のいい場所ですね」
風が、健一の髪を乱しながら吹き抜けていく。
「そう言ってもらえると、ボクも嬉しいな」
少年は、微笑みながらティーカップに、湯気のたつお茶を注ぎ入れる。
「それに、蜂蜜を入れてみてよ。おいしくなるし、ちょっと変わったことが起こるから」
勧められた通り蜂蜜を入れると、お茶は赤から、赤みを帯びた淡い紫へと色を変える。
「……ね」
「きれいですね」
柔らかな花の香りのするお茶は、乾いた喉を潤してくれる。
「それはね、ニグレード特産のレッドカラムの花を乾燥させた、花茶なんだ。蜂蜜も、その花の蜜だけを吸う白蜜蜂の蜜なんだよ」
「その果物は見たことがありますが、花茶というものがあるのは、初めて聞きました」
「だろうね。実を成らす時、実が大きくなるようにって、よけいな花芽を摘むでしょう? その花を乾燥させて作るだけだから、市場にほとんど出回ってないんだって……」
「へぇ、そうなんですか」
この香りは、そのためなのか。
花の甘い香りは、心を優しくほぐしてくれる。
「クッキーもおいしいね」
「ほんとですね。……このお店は、当たりかもしれませんね」
おいしいお茶とおいしいお菓子、そして可愛らしい笑顔で迎えてくれた店主。
「……珍しいお茶のお礼に、一曲奏でさせてていただいてもよろしいでしょうか?」
心が温かくなる時間に、胸の奥から泉のように曲が湧き出てくる。
「いいよ」
少年はカップをおろし、健一が袋の中から竪琴を取り出すのを期待に満ちた眼差しで見つめている。
竜をかたどった水竜の琴レンディオン。
愛用の竪琴をかかえ、緩みなく張られた細い弦に指を添える。ひやりとする弦は、曲が奏でられる時をいまかと待ち望んでいるようだ。
さやかな草音と飛び回る虫の羽音。
それらを打ち消すことがない、それどころか庭にある全ての音と美しいハーモニーを奏でる音が、竪琴から流れ出す。それから僅かに遅れ、低く柔らかな歌声が、奏でられる曲に色を添えるために紡がれ始める。
少年は目を閉じて、曲に身を委ねるように聞き入っているようだった。
健一の指が弦から離れ、弦と共鳴板の震えが収まると、目を開き、満面の笑みとともに手を叩く。
「きれいな曲だね」
「ありがとうございます」
何の飾りもない率直な感想に、健一は嬉しくなる。
「そういえば……さっきの腕輪はね、言霊の腕輪っていうんだ。その名の通り、紡ぐ言葉に、魅了の力を与えるんだ。……キミに、ぴったりだよね」
優しい時だけが、二人の間をゆっくりと過ぎていった。
─Fin─
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0929/山本建一(やまもとけんいち)/男性/19歳(実年齢25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【NPC/クローネ・アージェント】
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■ ライター通信 ■
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山本健一様
はじめまして。ライターの縞させらです。
交流希望ということで、中庭でのティータイムとなりました。曲も一曲奏でていただきました。お楽しみいただけましたら、幸いです。
また機会がありましたら、宜しくお願い致します。
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